2020.01.02 (Thu)
さすがに、少しは秋の気配ただよい始める季節に ふさわしく、香り高い文学の話題でも、たまにはネ。と思ったまま寝かせていたら、、、
暑がりの私は、例年、最低でも10月に入るまで、アイス コーヒー(ミルクたっぷりめ!)を愛飲してますが、こういった話題となりますと、やはり、ホットに切り替えたくなりますねえ。。。と言いつつ、まだ冷コだけど(笑)だって、なんかヘンに暑いんだもん。と思ったまま寝かせていたら、、、
年が明けちゃいましてm(_ _)mおめでとう(爆)
ところで、
実は、あたくしの大好物の一つなんざます、「耽美」とか「幻想」ってやつが(笑)
ええ、なにを隠そう、若かった頃の あたくしは、だんぜん「耽美派」だったのよ~。どうだ、信じられねえだろ?w
定番中の定番、ポー大先生は勿論のこと、日本の作家では、高校生の頃、横溝正史にハマって、学校の図書室で次々に借りまくってた。
文章の耽美ぐあいでは、『蔵の中』も特に良かったが、
『真珠郎』の出だしには、ほんと、シビレたもんです。
~「真珠郎は何処にいる」~
んもう、いきなり禍々しくて、ドキドキだわw
そうすると、
忘れるわけにいかないのが江戸川乱歩大先生でございます。
『孤島の鬼』あたりを読んでウ~ットリざあました(笑)
ま、「耽美」だの何だのって、そんなものはカケラも見当たらぬ、身も蓋もない現実生活にドップリ埋没したまま、長いこと忘れてたと言うか忘れてることも忘れてたんだけど、
こないだ、ふと、ミュージカル映画で『オペラ座の怪人』の動画を視聴して、つられて思い出した。
ルルー原作の『オペラ座の怪人』は、小学生時分に読んだ記憶が あるけど、よく憶えてない。それに、耽美とか感じなかったしなあ。。。ヘンな爺さんが出てきて、悪さを はたらく話、くらいしかw
これ。2004年に、映画化されたもの。
「オペラ座」の象徴である巨大なシャンデリアが、あたかも宇宙船が降りてきたかのような不気味さと共に、ある種の美をも感じさせつつ、ゆっくりと落下していくシーン。いかにも怪奇耽美的な作品らしく、この「不気味と美」は、全編にわたって貫かれております。いかにも、いかにも。
Fuseli(1741-1825)The Nightmare(1781)
これは、まさに「地下神殿」w
“The Phantom of the Opera”
かわいそうなファントム。。。
若きヒロインのクリスティーナは、ファントムから醸し出されるデモーニッシュなセクシーさと、彼の持つ悲劇性ゆえの陰影に、かなり揺れ動いたようだけれど、ファントムにとっては、一世一代の純愛そのもの、なのよね。
ところが、怖れつつも抵抗する女であるクリスティーナは、よりによって、万座の観衆の前、華やかな舞台の上で、ファントムが陶酔の最高潮に達した まさに そのとき、彼が最も嫌がることを容赦なく やり遂げた。
そりゃそうでしょう。
ファントムは、やっぱり独りよがりのエゴイストだもの。
そして、
怒りのファントムは、ついに、クリスティーナの恋人を殺そうとまでするのだけれど、、、
ほんとうの愛なら、相手の最も嫌がることは、できないのよ。
恋や、そして愛も、強要は できないの。
でも、
結局のところ、ファントムを愛していたと言えるとしたら、それは、終始、彼を かくまった「マダム ギリー」じゃないのかしら?「母の愛」的に。ヒロインのクリスティーナも、それに近い部分は あるけれど。
それにしても、
あちゃらの俳優さんたちを見ていると、ごく若い人でも、すごい大人びてるのに驚くことが多々。
(ずっと以前の過去エントリーでも紹介したことが あったかなと思うけど)、当時14歳のジョディ・フォスター主演『ダウンタウン物語』なんかも圧巻ですよ。ロリコンの向きは、閲覧注意ですw
“Bugsy Malone - My Name is Tallulah”
やっぱり、日本人は、全体的に小粒ちゃんが多いのかな~?って気が する。
現代日本の芸能界「アイドル」なんて、まさに「会いに行ける」とか「一山ナンボの彼女たち」がウリの体たらくだもんね。
日本における「アイドル」は、実年齢よりも、ことさら幼く見せてる感じだけど、
真逆に、
実際まだ子どもなのに、そのへんのオトナたち軒並み負けそうな『ダウンタウン物語』のJ・フォスターやダンサーの女の子たちと、日本の芸能界アイドルたちを同時に並べてみたら、見劣りするなんてもんじゃ済まないね。存在感も実力でも。
それでなくてもアジア人の、特に極東方面の人種は、全体に「ひらたい」w容姿で、地味ですからな~(些かフクザツな気分)。
たま~に、日本人と言うか東アジア人離れしたような容貌の人もいるんだけどねえ。うちの母親なんか、まさに そうだったし、母方の祖母なんて、エリザベス・テイラーに似てたそうな。ただ、彼女は若くして亡くなってるので、孫娘の私は見たことないのが残念だ。
同じ日本人でも、昔の俳優さんのほうが、風貌からして、スケール大きい感が あったような気が する。
さて、
今回、紹介した『オペラ座の怪人』は、特にヒロインのエミー・ロッサムを始め各俳優陣の歌唱が素晴らしくて、どこの一流オペラ歌手の吹き替えなんだろうかと思ってたら、吹き替えじゃないんだって。よく知らないままだったので、調べてみたんだけど、どえりゃあビックリだ。
「怪人」を演じたジェラール・バトラーは、もと弁護士だそうで、声楽のレッスンなんて無縁のはずだったのに、あれだけの美声と表現力だもんな。もちろん、猛レッスンを こなしただろうけど。
ただ、歌ってるのを聴くと、なるほど、ちょっとロックっぽい感じするね。
作曲者のAndrew Lloyd Webber、すばらしい才能!
その作品は、いかにもクラシカルで壮麗で優美で、名前からして、大昔の音楽家ですか?って感じがするんだけど、私たちと同じ現代人なのよね。
この人の他の作品でも、メロディアスな名曲が いくつも あって、
私も、『メモリー』や『私はイエスが わからない』など好きでした。
こちらは、「地下神殿」と言うよりも、なぜ、『オペラ座』の地下に墓地が?とか、汚水の臭いとかは だいじょうぶなのかなあ?と思っちゃったww
サラ・ブライトマンでのハイライト シーン。
彼女は、作曲者ウェッバーの もと夫人で、まさに、『オペラ座の怪人』を彷彿とさせる関係性であり、そもそも、ブライトマンこそが、ウェッバーの『オペラ座の怪人』最初の歌い手だったわけらしい。
Witt(1840-1901)The Masked Beauty
ジェシカ・ハーパー主演の『ファントム オブ ザ パラダイス』も、過去エントリーで紹介したことが あったと思うんだけど、
“Old Souls”
この映画のなかで、ヒロインが舞台上で歌うシーンは、今回とりあげたミュージカル映画版『オペラ座の怪人』のオマージュだということにも気づきました。
Beraud(French,1849-1936)In Front of the Opera
ところで、かの『国書刊行会』でしたなあー。
なかでもジャン・ロラン(Jean Lorrain)の作品を読んで、これまたウットリしたのは、あたくしが、「櫛に流るる黒髪の おごりの春の」まっただなか、二十歳前後の頃だったか。
『仮面の告白』じゃなくて『仮面の穴』いや『仮面の孔(Les trous du masque)』ですよ。
日本語だと、ちとダサい題名のような気もするがねw
その頃、同時に読んだメリメ(Prosper Mérimée)『シャルル11世の幻想』は、もちろん翻訳ながらも、抗い難く滲み出る理知的な表現と、息を呑むほどの格調高さに圧倒されました。
ロランもメリメも、全体の印象と、いまでも部分的に憶えている文章からは、ゴシック、退廃、耽美の香りが立ちのぼってきて、えも言われぬ境地へと いざなわれたもんです。
いやぁ、なつかしいわ。
いつまでも、どこまでも、耽美の世界に沈潜していたいわ。。。
さてと。
気を取り直して、身も蓋もない現実に、あらためて埋没するか。とほほ
Somov(1869-1939)Masquerade
2019.12.31 (Tue)
『元ゲリラ兵のビジェガス氏死去 チェ・ゲバラの部下』
12/30(月) 11:36配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191230-00000031-kyodonews-int
一昨年だったかな、『エルネスト――もう一人のゲバラ』という、日本・キューバ合作映画を観ました。
実在した日系ボリビア人が主人公の。
とても地味な映画だが、記念すべき作品だと思う。
私は、それまで全く知らなかった話なんだけど、
この主人公は、日系移民ながら、比較的裕福な育ちで、最初は、医師になるつもりで、母国ボリビアからハバナに出て、医学部に入学したのだけれど、やがて、ゲバラたちの戦いに参加していく。
主人公が、初めて、ゲバラに対面したときに、彼のファースト ネームを直々に もらい、以後、「エルネスト・メディコ」と名乗っていたということだった。
ゲバラは、若き医学生だった自分の面影を、彼に見たのだろうか。
思えば、日本とは、奇しき縁だった。
その「もう一人のゲバラ」も、人生の最後は、じつに皮肉な経緯となり、
まさに、かつてのキューバを蹂躙していた政治トップが、アメリカの傀儡であり、それが、あろうことか、虐げられていた原住民がルーツであったこと、
それに対する反逆者が、「コンキスタ ドールス」の子孫たるエルネストやフィデルたちだったという歴史の皮肉さを思い起こさせるものだ。
この映画を観る直前だったが、その日、起床する前、まだ少しウトウトしているときに、突然、浮かんできたコトバが あった。
「石ころのような人生」というのだが、
くだんの映画のなかで、その同じコトバが、主人公の吐露のなかに出てきたので驚いた。
まあ、私には、わりと、似たような現象が、これまでも様々に あったので、それほど大きな驚きでも なかったけれど。
ただ、日本人のハシクレとして些か残念なことには、
これは敢えてのことかもしれないが、主人公を演じたオダギリジョーさんよりも、あちらの俳優さんたちのほうが断然、印象に残ってる。
特に、フィデルを演じた俳優さんは、フィデルの暑苦しいくらいの熱血的演説ぶりの感じが よく出てた(笑)
アメリカの公民権運動の象徴、立役者的存在だったキング牧師の演説ぶりも そうだけど、皆さん、表現力が際立っていて魅力的だ。
そこへいくと、日本人の、ことに政治屋センセイがたの演説の、つまらんのも通り越して、見るからに胡散臭く、呆れるほどの矛盾を矛盾とも気づかぬ滑稽さ、醜悪でさえあることよ。なさけない。
俳優でも政治家でも、総じて日本人は、もっと表現力を磨かないと いけないようだ。それが苦手ゆえの、型に嵌める傾向なのだろうが、
そうでない場合は、
何につけても、顔と同じように、の~っぺりしているw
そこへ もってきて、
詐欺師顔負けの政治屋ときたら、「腹に一物、手に荷物」を地で行くような顔つきで、にやにやニタニタしているんだから、見るも おぞましいことだ。
『日本会議』あたりから、そういうふうにしているようにという指令でも出てるんだろうか、何故だか一様に、締まりなく、終始、ニタニタにやにやしておる。
年末最後の最後に至るまで、大いに立腹させてくれた『自民党』と安倍政権。
来年こそは、堕ちるだけ堕ちてしまった日本の政界、ならびに、そういう政界を許してしまっている社会の様相にも、刷新の風が吹いてほしいと、切に願う。
いま、世界じゅうが、
特に、アメリカに平伏しながらも同時に、ゲバラたちとキューバに共感を禁じえない者が、ふしぎと多い日本においても、
フィデルやゲバラたちの意志の体現たるキューバは、自身も問題を抱えつつ、矛盾と腐敗が深まっている世界において なお、言わば、「最後の希望」のような存在だ。
…
ではでは、読者の皆さま、しばしの さらば(笑)
どうぞ、良き年の訪れを。
2019.12.25 (Wed)
○。 。● 。●。 。● ○。 。●。 ○。 。● ○。 。● 。●。。○。
過去エントリーや、いつものクリスマスとはグッと趣向を変えまして、
今回は、Mae Westのクリスマスで。
彼女については、これまで、その名前しか知らなかったんだけど、何かのキッカケで少々調べているときに、この歌唱を耳にし、大いに気に入りました。
おもしろくなって、彼女が主演した映画の断面的な動画もチョコチョコっと覗いて見たんだけど、なんとなく連想したのが、中国の女帝。
『清朝』末期の『西太后』とかね。
その独特の歩きかたは、実際の低身長をカバーするためか、仕掛けを施した靴を履いてたらしいのだけど、その影響もあったんじゃないかな、あたかも「纏足」みたいな。
かのモンローも、人体研究して、あの歩きかたに至ったそうな。
もっとも、からだには良くないらしい。
骨盤に悪影響とか、モンローが不妊体質だった原因とか遠因とか言われてる。
女優としての演技も非常に個性的で、
これはアメリカ女性の特徴と言っていいんだろうか?マリリン・モンローも、ただ「お色気」だけじゃないね。なんとも言えないユーモラスが伴っていて。
その先駆的なスタイルを確立していた一人が、モンローから見た、母親の世代に近い「メイ・ウェスト」なんだと思う。
ただ、彼女のルーツはドイツだそうで、なるほど、マレーネ・ディートリッヒも連想したわけ。
歌いっぷりにもスタイルが現れていて、単に上手いとかを越えて、強烈に個性的。
彼女は、画面で見ると、グラマーそのものだし、大柄なのかと思っていたら、実は、いまどきの日本人以上に小柄。それでも、あんなドスの利いた声が出るんだもんなあ、感心しちゃったわ。
では、お聴きになってみてください。
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“Santa Baby”
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2019.11.12 (Tue)
『「芸術」って?やれやれw追加だww』の続き。
うちの母親なんかは、すごく綺麗な絵なのに、「気持ち悪い!!」と叫ぶなり、顔を背けてしまうことも あった。
「耽美派」系の画家などは、「ゴージャスな不吉」、とでもいうようなものをモチーフにして描いた作品が多いけど、まさに、「不吉」「死の影」などを感じさせるような作品だと、猛烈に拒絶すんのよ。
反面、
モネあたりの、女性たちが穏やかに船遊びしているといった場面には、気持ちが安らぐわ、と言ってた。知識も薄いし、特に好みの画家などは なかったようだが、
母親の妹である叔母は、有名な家柄出身の人たちや財閥系の御曹司との交流で、若いうちに磨かれたのかもしれないが、ファッションでもインテリアでも、とかく美意識が つよく、
自分自身では、これといって、ものを創作するような行為には殆ど無縁だったし、おそらく、その才能も乏しかっただろうが、
他人の作品の出来栄えに対しては、がぜん、上から目線で批評するクセが あった。
お花いっぱ~いが大好きなのにw画家のなかで、ジョルジュ・ブラックが特に好きだと言ってたなあ。
実の姉妹でも、だいぶ異なってるみたいだ、と私は思ってたのに、ひょんなところで、全く同じ好みを持っていたり。
ふだんの好みは多かれ少なかれ異なるのに、
死後になってから、じつは、二人とも、あるイラストレーターの作品が好きだったのだと判明したり。そのことを、本人どうしも知らなかったと思う。
「ああ、それ、あんたの おかあさん(自分の姉)が買ったんでしょ?なんで分かったのって?姉は、そういう色柄が、むかしから好みだったもん、ハッキリわかるのよ」と言ったり。
母親の弟は、学生時代、ピカソばりの絵を描いていたそうだ。
先日のエントリーで言ったように、ピカソ嫌いの親父は、特に東山魁夷のファンだった。
小学校低学年の頃、たまたま、おとな向けの、ある雑誌を めくってみたら、特集号だったのだろうか、ルソーの作品をパロディにした絵が幾つか載っていて、なかでも、
ボールを使うスポーツを していると思しき、さも楽しそうなオッサンたちの光景を描いた絵は、よく見ると、生首がボールになっているので、子どもながら心底、不気味さを感じたけれど、同時に、すごく ひき付けられて、しばらくのあいだ、なんとなく、目が離せなかったことを憶えている。
眠るジプシー女とライオンのも そう。食べられちゃってるやつね。
けっして、好みでもないんだが、魅入られたように見詰めてしまった。
これらはパロディ作品というものなのだということを知ったのは、ずーっと あとになってからで、小学生だった あのときの私は、ルソーも横尾忠則氏も全然、知らなかった。
ルソーの絵には、幼い子どもでも即座に感じ取るような、独特の静謐な空気感が齎すものか、魔力のように引き付ける力が あるのだが、そのルソー本人としては、たぶん、普通に楽しい光景や美しく幻想的な場面を、いたって真面目に描いたつもり、なのかもと思えるんだけれど、
それが、
なぜか、単純に楽しいとか美しいとかに向かわず、なんだかマカフシギな方向へ行ってしまってるのが、ある種の哀感すら もよおしてくる。
そういう、魔力的静謐、ある種の哀感を、横尾氏ならではのブキミ世界に連れ込んでしまっていて、元の絵も「パロディ」という単語も知らぬ小学生の私の眼を釘付けにし、以後、数十年後を経た今だに、あのときの感覚を、まざまざと思い出させる。
今度は小学校高学年の夏休み。
宿題の絵の題材に、庭の池を選ぼうと思い立ち、
掃き出し窓の縁に腰掛け、描き始めて しばらくしたら、
ふと、親父が やって来て、取りに来たらしいタバコを手に、ついでの感じで覗き込んだ。その とたん、
「お、おまえはぁ~!アホじゃないのか」
と、呆れ嗤われた。
藤棚の下。
水面下に沈められた幾つかの水蓮の鉢の あいだ。
小さな噴水から 注ぎ落ちる水の動きを楽しむかのように泳ぎ回っている金魚たち。
そのうえに浮かび漂う、
ビニール袋など、大小のゴミ。
それらをも逐一、ていねいに描き込んでいた私w
リアリストでしょ?ww
はて、見えたとおりに描いて、なに悪いのかと、しばし困惑していたら、
親父は重ねて言った。
「そーいうのはな!省いて、見栄えの良いところだけを描くもんなんだ。なに?学校の宿題だと?そんなもの持って行って、先生たちに見られたらカッコ悪いじゃないか!ゴミまで描くのは やめろ」
「やれやれ、まったく。。。」
と、首を振りつつ、部屋を出て行った。
自分が、下手の横好きに過ぎないということは自覚してるさ。
だからこそ、描くことは、ただ楽しい。純粋な歓び。
「問いかけ」だの批判だの、リクツを駆使するのは、文章で やるわ。
文章を書くのは、好きでもなく、むしろ、苦痛なんだけどね。
きのう、とある記事にて、安倍政権主催の『桜を見る会』たらいうやつで、税金を私物化しまくり、不正な使いかたを しておるとの批判を読んだが、
「立法府の長」さんよ、違法行為とは、たいしたシャレのつもりですか?(嗤)
まあ、毎度のことだが、
こんなに滑稽で醜い、と感じるシュショーは、はじめてだわ(呆)
それこそ、顔を一目、見ただけで、吐き気がしてくる。
ということは、りっぱな「芸術品」ということか、アベシは。(嗤)
「4銭」じゃなかった「4選」を口にするのが、あの!カネ甘利さん。なにをシャシャリ出てんのやら。
被災地と死傷者を そっちのけに、「まずまず」、
アベシと自党の私利私欲、私物化は「当然」のこと、と言い放った、国民への愛は ない二階さん。
みんな、ボケてしまってるのかね?欲深過ぎて。(呆)
はよ引退しろ!!どいつもコイツも
私も かねて、あきらかに皇室の『園遊会』を真似てるじゃんか、あれはと思ってた『桜を見る会』、
いつも以上に垂れ下がったニヤケ笑顔のアベシの周囲を取り囲み、
ヘ~ラヘラと俗物根性まる出しの芸人らが、さも嬉しそうにハシャいでる場面の写真を見て、「アンソール」の仮面の絵を連想していた。
『陰謀』
2019.11.10 (Sun)
『【続】炎上が あらわにしたこと――『首里城』と『あいトリ』』の続き。
津田さんというかたは、インターネット世界について、早くから非常に詳しいそうだが、その危険性に気づくのが、けっこう遅れたようだね。
世間並みよりも10年くらい遅れてる私なんかは、最初の頃こそ、既存では望めなかったような画期的な世界なんだろうなあと、良いほうに受けとめていたが、ほどなくして、これはヤバい、自分の国だけじゃなく、世界じゅうが危険になるかも、と大いに危惧するに至り、
その悪い予感を、可能なかぎりで伝えようと足掻いてみたけれど、
なにしろ、あの当時は、いまよりも もっと、わけが分からず、稚拙でもあった。
希少な理解者と思えた者にすら、
「華麗にスルーが できないのなら、あなたこそ、パソコンを閉じたら いいのでは」
と言われて、
「なんで、私が?」
と、愕然としたもんだ。
最後に付け加えておきます。
どこかの記事で、やっぱり、大学教授という肩書らしき識者が、「既存の価値観などへの意義を問う」それが、現代美術あるいは現代芸術、
というふうな説明を しておられたので、
だったら、
それは「美術」「芸術」と仰々しく名乗らなくても、そこ かしこで「名もなき」一般人が、日常的に行なってますがな、と思った。さしづめ、私みたいにw
当ブログでは、世間の常識、既存の価値観だのに対する疑問表明、とりわけ、政権に対する疑義と批判は しょっちゅう やってるもんねww
でも、
これを、「芸術」だと称したこともないし、自分を「アーティスト」だと思ったことも一切ない。
なので、
どシロウトが自己満足に閉じこもったような、独り善がりなダサさと思われるようでは、つまらんし、わざわざ「美術」だ「芸術」だと称するからには、その表現と技術は、「アーティスト」と名乗るに値するほどに洗練された、力強いもので あってほしい(いわゆる「ヘタウマ」も技術のうちだろうが、くっっっそ真面目にやってて、しかもダッサいのはカンベンだわw)、と思ったしだい。あくまで、私が垣間見た範囲の作品についてですが。
むかし、うちの母親の生前に聞いた話なんだけど、
戦後も、ようやく一段落したかというような時代の ある時期、そこで生活していたアパートの住人の家庭の一つに、幼い男の子の兄弟が いて、上の息子さんが、「山下 清」という あだ名で呼ばれていたそうな。
と言うのも、まさに山下画伯を彷彿させるような、独特の絵の才能が明らかで、「これは、将来、たいした絵描きになるだろうよ」と、近隣の人たちに知られていたというんだけど、
また、多分、軽く知的障碍か、いまで言う「発達障碍」かを抱えていたらしい。
その家庭は、おとうさんが失業中か何かで、たいへん貧しく、くだんの男の子は、タバコが欠かせない好物である父親のために、いつ見かけても、近所じゅうで、タバコの1本を ねだっていたり、道に落ちている吸殻を拾い集めるのに いっしょうけんめいだったと、うちの母親は言ってた。
とても貧しい家庭の子だから、普通の進学すら厳しいだろうし、幼くして、あれだけの才能が明らかでも、はたして、画家さんに なれたかどうか、難しかったんじゃないかなと。
ピカソが大嫌いなwうちの親父もね、若い頃から、自分で描くのが好きだったらしいが、
親父が あかんぼうのうちに、母方の伯母の養子として入った家も貧しくて、絵の具だの買えるような家計じゃないから、普通の鉛筆1本だけで、あり合わせの紙に、写真みたいなリアルな絵を、独学で描いてた。
何枚か、私も見たことあるけど、
時代がら、最もスピード出世が望めることを期して、志願して軍人の道に入り、『天皇』に仕える将校となり、戦後は、全く興味もない、予想もしなかった堅い職業に、かなり無理して苦労して就いたのだが、
いよいよ老齢になってから、引退し、60歳代で亡くなっていた女房(私の母親)が、生前、リハビリで始めた塗り絵に使っていた色鉛筆の一揃いを遺して逝ったので、それをムダにすまいとでも考えたのか、色鉛筆画の勉強を始めていた。
でも、その頃には、すでに『パーキンソン病』や眼病なんかを患っていて、若い頃のような、シャープな写実的描写力は、もう発揮できなかったみたい。
最近、どこかで見かけた記事で、
若い子が、色鉛筆で描いた、すごくリアルな犬の絵が絶賛されてるとかいうのが あったようだが、なんとなく、覗く気になれなかった。
私自身、鑑賞するのも描くのも大好きなんで、いつもは、この方面の話題に関心あるんだけど、
生前の親父が、もし、こういう記事を見たら、さぞかし、内心で悔しく感じただろうなあと思って。
自分が もともと やりたかったこと、進みたかった道を歩める人は、幸せね。
ピカソで一番好きなのは、これ(爆)
きょうになって、この記事が目にとまった。
良いこと言ってるじゃないですかwうん、なかなか哲学的(笑)
『【世相コラム】アートと「力」』11/9(土) 19:02配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191109-00010002-jij-cul
~
現代アートのグラフィティ(落書き)は、所有者や管理者に断りもなく描かれる犯罪行為であり、暴力的行為とも言える。しかし、それさえ時に歓迎されるのが、アートの力というものだろう。
バンクシーがヨルダン川西岸地区の分離壁に描いた一連のシリーズは、落書きという小さな暴力が戦争という大きな暴力を告発するという、アートの力をまざまざと見せつけるものだった。
そうすると東京都も、期せずしてアートの共犯者であり企画者、主宰者になったと言えよう。この際、本当にバンクシー作品だったのかどうかは問題ではない。真偽不明で犯罪の疑いさえある作品を展示したこと自体、一つの表現形態だ。
~
「国に対する暴力」
という批判が あるとして、それについては、先のエントリーで すでに述べた。
ところで、『バンクシー』は、センス良いしね。わりと一般ウケするみたいだ。
この記事で思い出した。
私が中学生時代の ある朝、全校集会のときに、制服のポケットに入れてあるものをチェックされることが あった。
基本的には「生徒手帳」を入れてあるのだが、ほとんどの生徒は、手帳のなかに、機関車『デゴイチ』とか何かの写真だとか、なかには、芸能界アイドルのブロマイドを挟んであったりするんだけど、
順番が まわって、私のところへ来た担任教師(この担任は、先日のエントリーで述べた、普段は母親的雰囲気なんだけど、叱るときは、恐いくらい迫力が あった、でも大らかで優しい先生)は、すでに没収してきた何枚もの写真やブロマイドの類を手にしていた。
私も、生徒手帳の表紙の透明カバーから見えるよう挟んであった、小さなカードを、しぶしぶ、差し出した。
すると、担任は、それを一目見るなり、
「いやあ、これ、カワイイやんそのまま持っとき~よ」
と、ソッコーで返してくれたのだ。
そらブーブー言うわ、すでに没収された生徒らはw
「ずるい~!ずるい~!!」
と。
「あんたらのは、しょーもないやつばっかりやから!」
とか何とか言い返していた担任は、通常は、別の教科を担当しているのに、たまたま、美術担当教師が急に休んだとき、私のクラス担任の、この先生が堂々と現れたので、皆ビックリしたことが あった。
実は、美術教諭資格も持っているということを、このおりに聞いていたのだが、なるほど、それで、この先生の自画像イラストは、いつも、ベレー帽を かぶってるのか、と思った。
私の生徒手帳に挟んであったのは、
小学生の頃、クラスメートの おかあさんが勤めていた会社の顧客用サービス品である、小さなカード型カレンダーだった。
カレンダーの反対側には、ルノワールの『イレーヌの肖像』が印刷されていたので、一目惚れした私が、そのクラスメートに ねだって、1枚だけ譲ってもらったものだった。
数十年後の今も、大事に保管してあります。
Irene Cahen d'Anvers(also known as Little Irene)(1880)