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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2018.07.07 (Sat)

まぁしかし、

『七夕まつり』てなムードは皆無。。。

 

「教祖」麻原ナンチャラこと松本智津夫はじめ

(以降、当ブログ主は、麻原ナンチャラで なく、あくまでも「松本智津夫」という個人の元の姓名を使用する。この件については、もとから、そういう方針。ましてや「ホーリーネーム」だの教団内の階級名なんぞ、滑稽の極み、笑止千万。)

幹部級メンバーらの一気呵成的処刑については、

おりしも、

またぞろ、文科省の役人が、今度は『東京医科大』との癒着問題を起こしたことが発覚し、

まさに任命責任を問われるべき事態となった安倍政権、

そして、このところ続いている、予断を許さぬ災害のこととも併せ、

その「タイミング」には、なにやら臭うと言うか、裏の計算が見え隠れするような気も、しないでは ないのだがw

 

うれしそーに、死刑執行「前夜祭」か何だか知らないが、お酒とアテを前に、醜悪な笑顔の雁首ならべた面々を、『ゲンダイ』さんとこの記事経由で見て、まじで吐き気もよおした。。。emoji

それは さて置き。

くだんの『オウム真理教』と名乗っていた「新興宗教」に関しては、個人的に、いちばん印象に残っていたのが、もう何十年前になるのか、あるときの選挙戦が始まった頃のことだった。

たまたま、家族全員不在中で、その夜、家のなかで一人、テレビを見ていたのだが、各候補の選挙演説を放送していたのを、何かの気紛れでか、あるいは、われながら意外とマジに視聴していたのかもしれないが、

若い私の眼には、どうにも胡散臭い風貌、胡散臭い、ケッタイさ まる出しの演説をば、大真面目の ていで ぶちあげてみせるオッサンらが次々に出てくるのを眺めていて、

「まー、いろんな候補が いるんだなemoji

と、なかば呆れる思いでいたところ、

もっと呆れる、あの『オウム真理教』の教祖というのが出てきたわけ。

 

いまでも忘れんわ。

取り囲む手下らに、異様でケッタイな かっこうを させ、

異様でケッタイで軽薄な歌と踊りを披露させ、

立候補者として登場した本人は、いたって鷹揚に構えたつもりの、あの尊大な ようす。

 

「何かいな、これ???emoji

と、私はポカンと眺めていた。

ただただ、

「いちばんヘンなのが出てきたw

と思ったものだ。

「世のなか、こんなんに投票するモノ好きも いてるんやろか?w」

と。

 

 

さて、
『オウム真理教』と名乗っていた集団については、その特徴的なこととして、学業優秀な者や高学歴者、学者、医師等エリートと呼んでいい職業の者らが少なからず加わっていたことが挙げられるのだが、このことに関連して、いつも思い出すことが ある。

それは、私の幼なじみの友人のことだ。

 

彼女とは、学区が同じで、幼稚園の頃から一緒のクラスだったりしたので、PTA活動に殊のほか熱心だった うちの母親と、彼女の母親が親しくしていたうえ、私らどうしの名前の読みが偶然、同じだったりしたこともあってか、向こうのほうから大いに親しみを持ってくれたようで、お勉強嫌いなチャランポランの私とは違い、真面目で優等生の彼女は、いつも優しく親し気に接してくれたものだった。

 

彼女の真面目さは、小学校時代、担当していた兎等の小動物飼育係を、他の子はサボっていても、彼女だけが律儀に、餌やり等を怠らなかったことにも あらわれていた。

ところが、である。

 

ところが、この彼女が、親御さんともども、いつの間にやら、とある「新興宗教」にハマっており、

ある日のこと、
断りきれなかったのであろうか、うちの母親と共に連れ出された集会の場で、私は、子ども心に、エッemojiと驚き、ゲゲッと慄くことになったのである。

 

 

のちには、彼女自身が、親御さん以上に熱心な信者になっていたらしく、お互い20歳代を迎えた頃、突如、久しぶりに会いたいと言ってきた彼女の目的は、やはり、くだんの新興宗教への勧誘だった。

 

そのときに再会した顔を一目見て、

私は まず、

彼女の眼が、子どもの頃とは変わってしまっていることに驚いた。

 

清楚な雰囲気は相変わらずだったが、明るく屈託なく澄んでいた眼は、彼女の母親譲りの黒目がちなままながら、大人びた分、あの頃とは異なり、どこか得体の知れないような、妙に底光りする眼つきに変わり果てていた。

 

この同級生の変貌のことについては、たしか、旧ブログで綴ったことが あるのだが、ここでは、めんどうなので、ごく掻い摘んで述べるに留める。

要するに、

『オウム真理教』信者となった、いわく「優秀な」「エリート」と目されていた連中との共通した性質を、私は観るのである。

 

以前から、おりに触れて指摘していることだが、

批判精神に乏しい「優等生」であるとか、

何らかの「劣等意識」の激しさは、「高いハードル」かつ俗悪な価値観に毒されているゆえであり、それは、
かえって、「(くそ)真面目」、(悪しき)従順だからこそなのであり、

そうした価値観をピッタリと体現し切れない自分に対する幻滅感、挫折感、無力感は、なまじに「優秀」「エリート」意識と背中合わせになりがちなのでないか、という指摘だ。

 

【続】『海辺にて――家族の光景』

 

おかしなことを、おかしなことだと、異様なことを異様なことだと感じないで いられる人たち、そのこと自体に、私などは唖然呆然とする。

それも、世間で「優秀」「エリート」として通せるはずだった人たちが。

こんなん、政治の世界で権力ふるわれたら困りますがな。。。

 

 

なかには、自分のことを「変わり者でーす♪」「変人なんですぅ」と宣言し、それを、卑下してでもいるのかと思いきや、なんだか大いに自慢しているかのようなタイプの人も いるが、

私に言わせれば、こういうのも、リッパに「俗物」だからこそですわ。

俗物としての選別基準を内部に備え持っているからこそ、「変人」診断が できるのさ。気づいてないのは、本人自身ばかりなり。

 

たとえば、「天才」なる者、意外と、本人自分自身では、これでアタリマエだろ、フツーでしょ、なんにも偉いとか ないよ、と思ってるようなもんで。

 

あ、そういや、狂人は、自分は「狂ってなんか いない!」と言い張るんだっけか?w

 

 

あぁ、それと、

『オウム真理教』幹部の一人だった「村井」ナントカが、衆人環視のなかで刺された事件も あった あった。あとから思い出したんだけど、

あの当時、ニュースで知った私は、

「下手人アホかー!emojiこれから調べあげて吐かせなアカンものをemojiemoji

とムカついていた。

 

「TBSのカメラが」云々というのも あるが、

坂本弁護士一家襲撃事件についても、テレビ局が余計なことを やってたのも大きな原因、みたいなことも指摘されてたなあ。

 

私は今になって、あの徐計、あいや、余計なことを やらかした下手人が、在日韓国人だということを知ったんだけど、

まあ、何が「義憤」なのだか。この軽薄短小めemoji

でもって、こないだの当ブログ エントリーでも触れた話だが、

案の定みたいに、「福島へボランティア」だとw

「家族の絆」?虫唾が走るわ、ぶりっこ野郎がemojiemoji

 

「ロシアン ルーレット」日本

 

 

真相は、やっぱりカネなんだろ。

薬物絡みも そうだし、

特に「武器類の輸入」ということは、たいがい暴力団絡みの定番コースということじゃないのかよ。

 

 

だから、

異様なほどジミン擁護・持ち上げネトウヨうようよしてる「ヤフゴミ溜め」には、一般人を装った「暴力団」関係者の投稿も少なからず混じってるんじゃないかと、わたしゃ、せんから睨んでるのよw

どうりで、

過去エントリーで晒しといたヤカラも、暴力団の内輪話に、やけに詳しかったり、その方面の話題への喰いつきぶりが激しかったからね、ひょっとして、、、と思ったよ。

しかも、あの「カルト連」の言いぐさソックリときたもんでw

 

「建設業・不動産関係」
「親が、『組』関係者」

愛好するネット サイトは、()在日が経営ww

 

ウヨの正体・暴力団w

暴力団には、な~ぜか、在日韓国・朝鮮人が多いとなww

暴力団と言えば例の『山口組』を代表格に、「永遠の与党」を目指して「ナチス見習い中」ジミン党との深~い癒着www

 

日本も、陰に陽にと言うか、多くは「陰に」で済まされてるから、一般国民は殆ど知らないでいるんだろうけど、

けっこう「マフィア」ばりの国というのが実態のようだな。。。emoji

この国も、そうとうの「闇」かかえてるんじゃないの?emoji

 

 

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Updated   
2018.06.28 (Thu)

「神に見離されたときは」

『海辺にて――家族の光景』

の続き。

 

アップしたあとで思い出したんだけど、

「神に見離されたときは」』のエントリー中で、

私が食べかけてた「ういろう」の残った半分を、兄が、大学の先輩とこへ持って行こうとした、つう話だが。

よくよく思い出したら、半分ぢゃなくて、

3分の1だった。。。

 

 

それと、

親父のバカやった話は、まだまだ ある。たとえば、

これも旧ブログで常連ブロガーへのコメントで書いて、そのブロガーさんに大爆笑されたということを、どこかの過去エントリーで書いたけど、

掻い摘んで言うと、

自宅で留守番中にタバコemoji吸ってた親父が、うっかりと、座布団に火を移してしまい、

ボヤを出したのを、ご近所に知られるとカッコ悪いと思って、

ボヤを消すより先に、

家じゅうの雨戸を立てまわしにかかり、

そこへ、ちょうど帰宅してきた母親が、家の前の道で、煙もくもくを目撃し、
(追記:ああ、ちと違ってたかも?煙が、と言うよりは、真昼間から雨戸を閉めまくる親父を不審に思ったと言ってたかな)

何事!?!
と慌てて、家に入ってみたら、

親父が、雨戸を閉めるのに必死こいてる最中で、
それ見て激怒したっつう事件。

 

後年、母親が倒れたときも、

親父は、救急車を呼ぶ前に、

救急隊員に見られるのがカッコ悪いからと、

母親が倒れたひょうしに粗相した後始末に時間を かけていて、

駆けつけた私が激怒した話。

やれやれ。

思い出すと、いまでも、思わず脱力するよ。。。

 

 

でっ、話を戻すと、

無意味に細か過ぎる管理支配

これって、特徴的に、日本の学校教育の現場についても、指摘できる。

はなはだ、よくないことだ。

 

くだらなくも細かい「管理」にヤッキになる側の心理と、意図するところを考えてみるが いい。

 

 

そういや、「ヤフゴ民」の大半すなわち「ネトウヨ」が盛んに持ち上げたり擁護する現政権も、、、w

 

弱い者いじめが生き甲斐みたいな政権。

「ヤフゴ民」よ、おまえさんらの多くが、その同類だ。

 

イヤミたっぷりに「障害者さま」と呼び、そうかと思えば、

むき出しの「コイツら」呼ばわりまでw

本音は やっぱり、あの植松と似たり寄ったり。

 

過去エントリーでも述べたが、
私の経験では、身体的障碍者を最もアカラサマに侮辱して憚らないのは、皮肉にも、精神病や脳に、中途半端に異常が ある人に多いんだよ。

 

もっとも、
本当には、「身体」と「精神」に分けるのは おかしいだろうと思う。

だって、脳の異常とて、身体のうちなのだから。

また、「身体的障碍」が、精神面に影響を及ぼすことも ある。

 

自身の肉体こそは、自己を最も密接に取り囲んでいる「環境」なのだ。

変えられる部分も あろうが、基本的に、限界は大きい。

それは、「自己責任」を問いきることの困難さに通じる。

 

 

先のエントリー冒頭、父兄が「ヘンなやつ」だった話wとは言ったが、

ヘンだったのは、母親もだ。

 

ただ、酒癖が悪いのはアカラサマだった親父と違って、

母親のほうは、周囲や世間では、頭の回転が素晴らしく良く、容姿・才能とも際立ち、シッカリし過ぎてるほどのシッカリ者で通っていた。

 

ところが、

この人も、作話するタイプだったのだ。

 

と言っても、

母親のことについては、

親父が信用できないと、幼い頃から感じていただけに、

その分、母親に対して、同情と信頼の気持ちが強かったからね、私は。

 

亡くなって、そうとう経ってから、

ありゃりゃ、あれは嘘だったのかemojiとか、

裏切られてたんだぁ、、、emojiemoji

と、呆然愕然とするようなことが、次々に出てきたわけ。

 

だいたい、亡くなった直後、

「実は、おかあさん、脳に異常が あったんだぞ」

と、

これも脳に異常が あった親父から告げられたんだけどw

 

両親に全くと言っていいほど似なかった私という辛うじてマトモな性格?の娘を持って、

ほんとに、うちの親らは幸いだったろww
さんざ「出来損ない」と呼ばわれたけどなemoji

 


ところで、
目黒での虐待死事件を続報する記事に、相変わらず「ヤフゴミん」らが群がり、あーだ こーだコメントしてるが、

たしかに、子どもはね、

親が、単に自分のストレス発散のために、こっちへ八つ当たりを ぶつけてるな、って、薄々ながら感じてるもんだよ。
そういうの見抜かれてると思うと、親本人も、ますます憎たらしく思うのかもねw

ただ、昔は、

これは、田舎育ちの親父が言ってたことなんだけど、

とにかく、「墓守」する者とか先祖の祀りを行う者が確保されてないとマズイ、という固い社会通念ゆえに、
結婚して、子どもを持つというのは、否応もない義務だったんだ、と。

だから、本人は嫌々でも、無理やりに、お見合いさせるとかして、たとえ、相手が気に入らなくても、いつまでも自分一人で生きてることは、まず、周囲が許さなかったんだと。


まあ、現代ですら、高齢者の「買物難民」てなコトバが出てくるくらいなんだから、
便利な都会の街なかとは異なり、昔の田舎となれば、実際、独身のまま高齢になったとなると、その生活の困難さ推して知るべし、ってなところだったろう。


もっとも、昔の田舎は、近所じゅうが身内みたいな感じだったのだろうから、いわゆる「村八分」にでもならないかぎりは、隣り近所で手分けするなりして、メンドウみてやったんだろうけど。



うちの親父の場合はね、

親父の先妻って、電車のなかで、逆ナンパで知り合ったんだそうなw

当時の親父が着用していた将校の制服に注目したんだとさ、のちに結婚することになった女のほうが。

この経緯も、そうとうのスッタモンダでww

他人には言えないほどの醜聞ですわwww


せっかくエリートだったものの、「帝国陸軍」崩壊後の戦後は、まだ20歳代の若さで、地元の議員に推されたらしいけど、

育ての父親の横暴さを恨みに思っていたせいか、

結局、義父の老後のメンドウは、くだんの先妻、すなわち、育ちの悪い、こちらも精神に問題ある家系の、田舎者まる出しの、逆ナン女に押し付けておいて、
自分ひとり、かつては海運会社を経営していた実の家が あった大阪へ逃げ、身内のコネで仕事に就き、
やがて、義理の父親が亡くなったあと、
残してきた妻子を大阪へ呼び寄せたものの、

先日のエントリーで触れておいたとおり、

若くて美人の人妻(←私の母親)にチョッカイ出して、どど修羅場。

結果、

「脳に異常」夫婦そろって、私という娘ひとりに全てのツケ回して、

死んだあとも、いまだに恨まれ続けているというわけだww

ヒント:

劣等感やコンプレックスが異常に根深い者ほど、負けん気で「子どもを持って一人前」みたいな言い古されたことに縋りがちなんだよ。

だって、俗物根性の価値観なんだからさ。

こういうのが、

意に叶わず、人並みに、子を持てないとなると、それも また、屈折心理の要因になるわけ。

どこまでいっても、しまつ悪いわ。。。


あるいは、

ごく自然な流れで、結婚し、アタリマエの感覚で、子どもを持つ、それは、それだけ、人並みにスムーズな人生を歩んで来れたってことさ。

その分、ものごとを深くは考えない人が多いわな。

感謝するよりも、ウヌボレてる自覚が ない。


この二者は、どういうものか、殊のほか、政界に多いと見受けられる。

また やらかしてる2Fと言いアッホウ、アベシと言い。。。emoji

はよ引退しろやemojiemoji

 

 

Updated   
2018.06.28 (Thu)
「神に見離されたときは」の続き。

私が思うに、

結局、
昔から言われるような、「あたまがキレる」のとナントヤラは紙一重、
ということなのかもしれないが、

「だいじょうぶかよ?」な思考回路もセットになっているというのが、多くの実態なのでは なかろうか。

さしづめ、官僚とかねw

 

たとえ「キレる」あたまであろうと、

単に「アタマ悪いだけ」の者と遜色なくて、
しまつが悪いのは似たか寄ったか、ということも ある。

これと接触する者にとっては、その傍迷惑さ加減において、頭が「悪い」「キレる」両者とも大差ない。

いや、もっと悪いかもしれない。

 

ことわっておくが、
私自身だって、そうとう頭が悪いことを認めるに吝かでは ないよ。

しかし、自分以外の人に対して、取り返し つかぬほどの大迷惑を及ぼす致命的失敗を おかしたことだけは、ない。

まあ、自他ともにとって幸いなことでは あったな。

私自身は、「致命傷」を何度も負わされた身だけれど。

 

あと、これも個人的な、しょうもない話なのだが、

題して、エントリー タイトルのとおり、

『海辺にて――家族の光景』

とでも しましょう。

 

私が、まだ幼い頃に、
突然、自宅から遠くないあたりと思しき海辺へ、家族で連れ出されたことが あったのを、ぼんやりと憶えている。

だが、ある場面だけは、鮮明に記憶に残っている。

なぜかというと、これにはハッキリした理由が あって、

かなり恐い思いを したからなのだ。

と言うのは、

うちの親父は、千葉県で育ったので、
子どもの時分は、近場の海でサンザン泳ぎまくって遊び、あげく、対岸を目指して泳ぎ渡ろうという、たいへん無謀な企てを して、周囲を呆れさせ、本人の母親(=伯母)を嘆かせたことも あったそうだ。

そんな親父が、

ふだんは、およそ家族サービスなんぞ考えもしないのに、
どういう風の吹き回しなのか、その日は急に思い立って、海に行くぞと、家族を急きたて、母親は急いで、お弁当を拵え、そうして、
テキトーに到着した浜辺から、やおら、幼い私を抱えて泳ぎ出した。

 

あれよあれよと、浜から離れていき、子ども心に、これは、かなり深い所へ来てしまったのではと察したので、恐くなって、

「お弁当たべるから~」と言って、浜に戻りたいと泣いたのだが、

親父は構わず、

なおも、ずんずん、私を抱きかかえたまま、立ち泳ぎのようにしながら、沖の方向へ進んでいく。

浜辺で、弁当を前に座って、こちらを眺めている母親の姿も、どんどん遠ざかっていく。

 

ついに、私はギャン泣きして、やっと、親父は諦めたのか、もと来た方へ戻り始めた。

その場面以外は、さっぱり憶えていないのだが、

後年になって、その日のことを、母親に尋ねてみたら、

「ああ、あれはなぁ、○○あたりの海岸やったんやけど、そもそも、普通に海水浴に行くようなとこや あらへんがな。ほんまに地元の お百姓さんらしか おらへんような、えらい寂れた浜や。せやから、そんなとこ、やめよ言うたんやけどな、おとうさんが、どうしても行こう言うから」

と、

母も、その時のことを思い出して、あらためて、親父に対する呆れた気持ちを あらわにしていた。

 

…私はね、幼い頃から、親父だけは、どうも信用する気になれなかったw

だから、
沖の方へ向いてドンドン連れ出されたときも、ひどく不安になった。

その不安は、成人後の今でも、妥当な不安だったと思う。

だいたい、

まだ全然、泳げもしない幼児を抱えて、ほいほい沖へ向いていく途中、おのれの足が つったりしたら、どうするんじゃい。

 

そうかと思えば、

これも鮮明に憶えてるんだが、

とにかく、母親の裁縫道具に触らせることを、神経質に咎めて やまず、

母のほうは、私が、針山に手を伸ばそうが、わりと放っていたのだが、

そんなときに、親父が通りかかろうもんなら、

「こらっ!危ないじゃないか、ダメダメ!!ケガしたら どうする」

と、裁縫箱を、たちまち、私の手の届かない高い所へ かたづけてしまう。

 

子ども心に、ヘンなの、、、と思っていた。

 

そのくせ、酒かっくらっては暴力ざんまいなんだから、「何をか言わんや」だよ、まったく。

まあ、幼いうちの私には、直接、なぐりかかってくることまでは、辛うじて抑えていたようだったが。

 

 

そう言えば、

家庭内ルールというのか、はなはだ危険を伴う「縛り」を幾つも、よりによって幼児に負わせた結果、死に追いやったバカ親の報道記事が目につく最近、

この「縛り」と言うか「家庭内ルール」を指して、
当のバカ親は、「躾」のためだ「教育」だと主張しているらしいのだが、

その なかみたるや、

もし、危険ではないものだとしても、あまりに細かく、無意味も通り越して、ひたすらクダラナイだけでなく、

負わせた親のほうの病理をこそ感じさせるものだ。

 

実は、うちの親父にも、似た傾向が あってね。

これは、私が、もう中学生になる頃だったし、私自身は、ぽかんと呆れていたものの、

聞いていた母親が、途中で、さすがに怒りだしたので、それは引っ込めさせたのだが、

たとえば、

「内風呂の作法」と称して、

「掛け湯は、洗面器に何杯まで」

「上がり湯は、洗面器に何杯まで」

と、異様に細かいことを説き始めたことが あった。

 

そもそも、私が幼い頃、ご飯の よそいかたがダメだ!というので、何回も何回も、よそい直しさせられた記憶も ある。

 

目黒での(あんなボロいアパート、目黒あたりに残ってたのにもビックリした)幼児虐待死事件のバカ親と共通点が あるようだ。

 

だいたい、こうした事件が起きると、ふだん、あれほど陰湿に、弱者叩き大好きな「ヤフゴ民」が こぞって宗旨替えでもしたごとくに、

「天国で幸せに」だの

「いっぱい食べて、いっぱい遊んで」云々と。

 

死んでしまったらね、そんな甘ったる~い自己満足のための美辞麗句を縷々連ねたって、しょうがないの。

なんとかできるのは、生きてるあいだだけなんだからさ。

そして、

「鬼畜親を死刑に」

「刑務所でトコトン苛めろ」

これじゃ、あまりに虚し過ぎるだろが。

 

致命的なことが起きてしまってからでは遅いんだ。

 

私個人は、もちろん、人並み以下の非力者だし、
子どもの叫び声や異様な泣き声を聞き取れない場合が殆どだろう聴障者、ただでさえボンヤリした性分だけれど、

せめても、自分の眼が届く範囲で、何らかの不審を感じたら、ためらわずに、次に繋がる行動を心がけるしかないなと思っている。

 

ただ、どんなケースにせよ、「虐待」事案というものは、密室で、あるいは、「虐待」ではない、と見せかけて行われるものだから、どうしても難しいところだけれど。。。

 

社会人としての、いや、

男性に圧倒的多数が見受けられるということは、

「男として」の自信喪失なのか、

真面目というよりは俗悪な価値観ゆえの激し過ぎる劣等感、

もつれたコンプレックス、

それらの反動から、

まだまだ支配力を存分に振るえる自分、であることを確認したいのだろうか。

 

おそらく、

支配したがる自分自身がグラグラ不安定で、

不安で たまらないからだろう。

 

だから、常軌を逸するほどまでも支配したがる。

 

要するに、弱者に対する自己投影

 

 

【続く】

 

Updated   
2018.06.20 (Wed)

まるで「ロシアン ルーレット」な日本列島。

さすがに、大阪府下在住の一員である私も、恐かったよ、18日の朝の地震。。。

さっき、古い知人に電話したら、やっぱり「恐かったぁ」と言ってた。

 

あの『阪神・淡路』大震災のときも、そして、記憶に新しい、東北の震災・津波による大災害のあとにも指摘されていたが、
今後の大地震の引き金になるであろう、「断層帯」活発化ということ。

「寝てたものが起きた」みたいな?。。。

でも、今回、はっきりしたところまでは なんとも不明だそうな。

 

たしかに、『阪神・淡路』のときまでは、関西方面での大きな地震は、まあ起きないという思い込みが あったと思う。

 

私自身、東京や神奈川に住んでいた親戚の家に長期滞在した数十年も前、ほぼ数日おきに震度2や3程度の揺れが起きるので、
いやに よく揺れるよね、と、その身内に言ったら、
ここいらでは、これくらい普通、とのことで、余裕しゃくしゃくの てい。

 

で、今回、自宅室内を、よく確認してみたら、
これまでは倒れたことが なかった飾りの小物なんかが、あちこち引っくり返ってるのに気づいた。

よくまあ、ガラスや食器類までが倒れなかったもんだと、とりあえず胸を撫で下ろしたけれど、

あくまで個人の範囲では、被害と言えるほどのことは なかったものの、

急いでニュースを見ていて、早速、

これは、むしろ「人災」だと思えた、小学校のブロック塀倒壊による児童の人命事故とか、
高齢者が、書棚の倒壊で亡くなったとかいう記事を読み、

「やっぱりなあ、震度5や6以上にもなってくると、ただでは済まん被害が多々起きてくるわ。。。」

と、あらためて恐ろしく思った。

 

「塀が崩れた」と聞くと、

ここら近くにも、個人事業所みたいな敷地が、数十年にもなろうかという年月にわたって、何かの加工材に用いると思しい、長方形にスライスしてある大きな材木片を、乾燥させるためなのか何だか知らないが、歩道に面したフェンスの上端に もたせ掛け、斜めに置き重ねてある かたちで、また その木材の量が夥しいもんだから、
フェンス自体、古くなって、全体に傷んでいることもあって、どうかしたらイッキに倒壊しそうだな、役所も誰も注意したことないのか?と、気には かかっていた。

今度、そこに通りかかることが あったら、ようすを見ておこう。

ここも通学路だし、相変わらずだったら、役所に通報だな。

 

あと、出入口を開けておくのも大事ね。

おふろやトイレなんかも、ヒヤヒヤものだ。

トイレの室内自体は、比較的安全とは聞くけれど、やっぱり、ドアは開いておかないと。

特に、マンションなんかは、換気装置のみで、窓のないトイレも多いから、ドアが閉まったままだと、大声あげても、周辺に聞こえないという事態も あるからね。

 

 

さて、書棚や本が倒れてきて、、、という事例も、私の身近で起きたことが あった。

あの『阪神・淡路』の大震災のときだった。当時の同僚の、若い男性が、出社して来ないうえ、彼の実家の親御さんから、ようすを見に行ってほしいとの要望が あり、他の同僚たちが2、3人で連れ立って、見に行ったら、崩れ落ちた書籍類のなかで亡くなってた、という経緯を、あとから、私も聞いた。

私自身は出張で(本質は「派遣」だったんだけどね)、本社を不在中だったのだが、すでに、日にちを置いたあとで、本社同僚たちと久しぶりに顔を合わせたおり、この話を聞いた、
その前後、ちょっとフシギな現象が あってね。

この類の「フシギな話」というのは、じつは、私には、他にも あるのだが、またの機会にしておきましょう。

たしかに、われわれが、この世というものに関して、日常的に知っていること、本当のところを解明できていることは、まだまだ少ないのだな、
と思いを新たにすることが あるもんです。

 

そういう話だけでなく、

『阪神・淡路』のとき、当時の住まいだったマンション2階の室内で、
「ゴオーッ」というような不気味な音が、床下のほうから、かすかに轟くのを聞き、青白い閃光が走ったのを、私は見ている。

 

あのとき、ごく寒い時季だったのに、ヘンに なま温い瞬間が、事前に あって、

「はて?さっき、おふろから上がったばかりのせいか?」

と怪訝に思っていたら、あれが来た。

 

 

当時の私は、初めて、実家を出て、ちょうど今回、被害が大きかった地域に引っ越しており、まだ、日も浅い頃だったのだが、

引っ越す前、本当は、神戸か、あのあたりに引っ越そうと本気で考えていたことも あったので、
その後、『阪神・淡路』が起きたことで、「命拾いしたのかもしれないな」と、家族とも話していた。

 

あの大揺れのあと、間もなく、実家の母親から電話が入り、

当時、つきあっていた男のことでアタマいっぱいだった私はw
開口一番、「なんや、おかあさんか」と、のんきに口走り、

その話をした同僚に、「あんたって冷たいのお」と笑われたことも あった(苦笑)

 

あのおりも、実家では、戸棚のなかの食器類が、かなりの量、破損したと言っていたが、

長らく住んでいた神戸から姫路市へ移っていた姉は、揺れが一応おさまったと見たとたん、ぐちゃぐちゃの室内を放っておいて、とにかく、人の多いとこへ多いとこへと、駅前まで自転車で ひたすら走ったというので、うちの母親は、「性格やなあ」と苦笑していた。

 

その後、しばらくして、
当初の状態からは だいぶ落ち着いた姫路市での、姉の結婚式に出席する途上、神戸市内の惨状のようすを、駅に停車した電車の窓や、タクシーの窓から眺めているうち、

同僚の男性が、神戸の友人のもとへ食料等を届けに、バイクで向かったとき、倒壊したビル等の光景を目の当たりにしても、まるで、映画のワンシーンを見ているかのようで、現実感が起きてこなかった、と語っていたのを思い出し、まさに、今こうして眺めている自分の感覚も、それに近いと実感した。

 

今回、私の すぐ目の前の、重量物は入っていないものの、ガラス扉で、比較的に背の高い家具が倒れたらヤバいと思って、思わず、手で押さえつけていたんだけど、もし、火の気なんかを使っている最中だったら、そっちのほうを先に心配しないと いけないとこだった。たまたま使ってなかったけど。

とにかく、

『阪神・淡路』以降もだが、あの東北における大震災以降、揺れに敏感になったという以上に、「トラウマ」に近い恐れを感じるようになってるよ、私自身。

特に、だらだら長く揺れてるとね。

そのうちに、今より もっと激しく揺れる瞬間が来るんじゃないか?という不安で、おっかなくてヒヤヒヤするようになった。

 

今回も、むしろ、東北のときの、長い長い揺れを思い出させた。

あのとき、こんだけ揺れて、しかも長~いとこを見ると、てっきり、大阪の近県で起きたのかと思いきや、

なんと、東北方面だと知って、なおさら驚いた。

はるかな大阪まで、あのくらい長く揺れたんだから、そりゃあ、よっぽどのことだったんだ、と、つくづく思ったものだ。

 

で、今回、遠くの地域で、また大きなのが来たのか、と思ってたら、

なんと、足もとの大阪だった。しかも、かつて住んでいた所に ごく近い。

 

 

これは、あとから思い出したんだけど、

何も知らなかった私は、旧ブログを、よりによって『産経』系サイトである『イザ!』というとこで設けていたわけだけど、

ちょうど、あの頃に、東北での大災害が起きて、私を含めた一般ブロガーたちも、連日そのテーマで持ちきり状態だった。そんななかで、

「きょうも被災地へ、ボランティア行ってきたぞ」

と、たびたび話題にしているブロガーも いて。

ときたまに覗くことが あると、

「よく まあ、そんなに しょっちゅう、遠隔地から出向く余裕が あるもんだわ。この人、いったい何の仕事してるんだろうか?」

と、フシギで しゃあなかった私。

会社員とか、殆どの人は、まず費用と時間の工面が難しいはずだからね。

 

もしかして、、、「ヤーさん」とか?

神戸のナンタラ組も、子どもらに お菓子を配って、良い人ぶってるらしいもんなw

 

で、そのブロガーのプロフィール写真を見ると、これが、えらく「ガラ悪い」の典型w

そして、もちろん、バリバリの「ウヨ」ww

いかにも『産経』らしいブロガーだった()

 

 

さて、うちは狭いし、備蓄するのも限界が ある。

普段から購入する食品類は、保存の利くものが比較的に多いので、いま現在も、数日分くらいは もつだろうとは言え、

何であれ、「備蓄」というものが、いざとなって本当に役立つものなのか、ちょっと疑問も感じる。

やっぱり、最終的には、行政レベルで備えておいてもらわんと。

 

さすがに、昨夜は、いつもに増して、寝つきが悪かった。。。

 

だいたい、季節の変わり目とか、落ち着かない気候のときなんかにも、地震が起きやすい感じが する。

 

やれやれ、

大昔からとは言え、あらゆる災害の多い日本列島。

 

ただでさえ、「先進国」にあるまじきほど、改善できていないところが多々というのに、

ここへ来て、権力者や政治屋どもは、いよいよと、弱い者いじめに精出していて、

国民や大衆は、教育レベルも高い?はずなのに、「反知性」ムーヴメントに流されて。

 

世界じゅうが、なんだか おかしな流れになってきてるのが、不気味さを いや増す時代だ。

 

以前も指摘したことだが、
私個人的にも、子どもの頃と比べて間違いなく、気候・季候なども変動してきていることを実感している。

 

 

Updated   
2018.01.27 (Sat)

へどが出るほどの「俗物」の続き。

 

さてと。

「人を殺して、なぜ悪いか」

という、「哲学上の」?愚問が あるらしい。

 

「命」というものを、全き平等の まなざしで見ることが できるとしたら、
それは、言わば「神の視線」とでも言うしかないのだろう。

 

だが、

ささやかな、脆弱な一個の命として、この世に生まれ出た誰しもが、
自分の命は大切で、惜しいものであろう。たとえ自殺しようとする者でも、例外では ない。

 

人間以外の生物でも、このことは、ほぼ共通しているだろう。

すなわち、まさに「普遍」である。

 

それだからこそ、突出して知的に発達してきた人類は、「法」というものを萌芽させ、以後、営々と構築してきた。

 

「食うか食われるかの野生」のままで良いのなら、法なんぞ無要だ。

産み落とされた あかんぼうが、無事に育つこともない。

 

そして、

「あすは わが身」

それ以上に、

もともとが、われわれ皆、保護を必要とする あかんぼうから出発した。

 

 

ところで、

最近の当ブログで述べておいたとおり、

まさに、「肉体」という物質あるからこそ、「心」の動きも生じるのである。

最も人間の生活に近しい動物たちの ようすを観察していても、このことは、容易に察せられることだ。

 

人間以外の動物とでも、ある程度なりに「意思の疎通」は可能であることは、多くの人が知っているが、

もちろん、人間社会から遠い野性になるほど、困難度は高いのだろう。

 

で?

意思の疎通とやらが できる動物なら、どうなんだ?

それが難しい野生動物でも、こんにち、人類は、絶滅を防ぐべく、保護を始めているけどね。

 

 

さて、この「生命」というものを めぐってこそ、
大切であるとか、自分にとって大事と感じる者を含めて、これをば最優先で保護・温存したい、あるいは、逆に、自分の生活を脅かすほどの負担を齎すほどになってくると、できるかぎり、これを遠ざけ、排除したい、といった「選別」が起きてくる。心にも、実際の行動にも。

 

それは、本能的なことであるから、しかたのないこと。人間の解消しきれぬ限界である。

それを責める資格ある者が、どこに いるというのか。

 

もし、責められるべき対象の存在が あるとしたら、それこそ、この「摂理を造った者」を措いて他には なかろう。

 

 

産み落とした当の親ですら、わが子を遠ざけ、排除、抹殺、そうした情況になりかねないのは、第一には、疲弊が降り積もっていくからだろう。

私も、知的障碍者と思しき、十代後半くらいの、大柄な男子を伴った母親らしき人の、疲れ果てて暗い顔つきを、街なかで目撃したことも、一度ならず ある。

 

ならばこそ、この面における社会的なシステムの構築と改善に努めるのが、人間社会ならでは、人類ならではの理念と目標的責務なのである。要は、結局のところ、自分たち一人ひとりのためだ。

そこには気づかずして、

イッキに、他人を「モノ扱い」して良し、虐殺して良しと、
「行動する」ナンチャラよろしく、犯行に及ぶとは、何さまなのか。
なんたる愚物か。

 

 

福祉だボランティアだと精出す人のなかにも、つまるところは、劣等感に裏打ちされた不安ゆえの自己承認欲求に突き動かされて、という自覚が ない場合も ままある。

 

くだらぬヘリクツを振りかざす前に、

一職員としてすら全うできかね、あげく、
稚拙にして単純な排除のヘリクツにしか思い至らないような非力な愚か者は、自分の器を自覚して、その分にあった仕事と生活を選べば いいだけのことだった。

 

けっして、恵まれぬ身の上でもなかったどころか、むしろ、恵まれていたはずの ご身分だったじゃないか。苦労知らずの分際で。

 

 

ところで、こないだは、このところの大寒波の話題に絡み、

おのれは、どれほど有意義な仕事を やってるからというので、

「ぐうたらしている生活保護受給者に比べ、ホームレスは偉い」

てな放言して恥じない、

日常、「タクシーを乗り回している」のが唯一自慢、らしき投稿者を、
またぞろ「ヤフゴ民」のなかに見かけたので、

「ホームレスの人たちも、生活保護の手続きが必要でありこそすれ、
何らかの持病や障碍を持っている人が大半の生活保護受給者を非難する投稿は、ヤフー運営も、社会的責任を もう少し自覚し、注意してもらいたい」

との旨で通報しておいたんだけどね。

 

まったくもって、ワープア問題をますます根深いものに陥れる自民党・安倍政権のシンパそのものだ。

何のリッパな仕事が つとまってるってんだよ、こんな軽薄短小きわまるオツムで。

これこそ「偽善」そのものなコメントだろうが。馬鹿者が。

 

 

それにしても、

当時の「衆院議長」というのは誰だったっけ、手を拱いていたのだろうか。いまだに、このことにも不審が消えないでいる。

 

 

ま、障碍というものは、どの場合でも、重度よりは、中度・軽度のほうが、むしろ、最も苦労する。親とかじゃなく、本人の苦労が。

どうしても自力だけ、サポート無しで世渡りを余儀なくされがちという意味で。

一般的な人より、何かと不利なのは確かだし。

少しでも おかしいことが あったら、気を張って用心しておかないと、
うかうかしてたら、簡単に つけ込まれるからね、実の親にすらも、だ。

 

 

重度障碍であれば、そりゃあ、しんどいのは、本人は もとより、
家族も必然的に背負わざるを得ないことが大きいわけだが、

私の周囲では、特に精神面での中途半端な病者が一人ならず いたんだけど、
こういう場合、一見は、まともと言う以上に、
むしろ、頭の回転がヘンに速かったり、
口が達者と言うか、よく聞いていたら、ものすごく浅はかで、筋の通らんヘリクツを捲し立ててるだけだと気づくんだけども、

とにかく、根拠が あるのかないのか、異様なほどの勢いで押しまくるから(これ自体が異常者の特徴ですよ)

たいていの場合、周囲は、そんな者を見過ごしてやってしまったり、

それどころか、利発なとか賢い人とか思わされてしまうみたいなのね。
なまじっか、ガッコの勉強は得意だったりするし。

私自身、このテのタイプだった母親だけは、なかなか、疑う気になれなかったんだけど、

死んでしまってから、
実は、脳みそに異常が あったことが発覚していたと聞かされて、
あっ!やっぱり そうだったのか!!と得心いったもんだ。

 

 

植松も、そのへんを、よく調べるといい。

これの描いたイラストも、上手いという以上に、真似の上手さ、

それ以上に、なんとも言い難い、吐き気を催させるような いやなものを感じさせるし(佐世保の同級生殺人事件の女子高生の描いたものと似た感じを受ける)

なまじっか、ガッコの勉強なんかは頑張ったらしいが(←尚更、挫折感)、それも含め、

やけに礼儀正しい ふるまいというのも、それらが、畢竟、こやつにとって「味方を得る」方法の一端であり、
しかも、形式的な範疇のことだからだろう。

ハンパな思考力の脳みそが得意とし、依存しがちなことだ。