2025.10.21 (Tue)
まずは、最近の感想いろいろ、から。
どこかのメディアのカメラマンが、「支持率落としちゃる」とか言ったのが、高市姐さんの記者会見の場で独り言みたいに?言ったのがバレてもうたとかいうので、えらいバッシングされたとなw
なんで、そんなことがバレたのか、なんかフシギでは あるのだが、
ただ、マスメディア界の写真や画像による何らかの意図の表現は、とうの昔から あることで、今回に始まったことでは ない。
舞台俳優などについても、こいつの人気を下げてやると思えば、力のある照明係を怒らせるとマズイ、という定番の説が あった。
かつての『民主党』政権時に首相を務めた鳩山さんや菅さんあたりも、『産経』のカメラマンに、酷い顔に写されwあるいは、タイミングを狙って、悪意こもった お遊び対象にされ、それを、『自民党=ダッピ統一つぼ売国党』支持者らが、盛んに嘲笑ネタにしてたもんです。
もっとも、
当時は、『産経』系ブログ サイトでブログを やってた私自身、鳩山さんと『ウーパールーパー』の写真を並べたりしてオモシロがっていたんだけど(苦笑)
んで、
「支持率を落としてやる」騒ぎの あとは、問題視された通信社のライバルに当たる企業が、がぜん、ニュース一覧の座を多く占めるに至ったというアカラサマな現象で、これまた鼻白む始末。
それと、
『読売』の記事だったかな、
かつて、隆盛を誇った料亭『吉兆』のこと。
いまでは、そこの次男さんが、ご自分の お店を幾つか やっておられるとのことで、もともとは、創業者が一代で大きくした『吉兆』の跡取りとしての長男さんと共に取締役を務めておられたそうで、その頃に発覚した不正だった、そういう顛末が動機としては大きかったらしく、協力してくれた人の誘いで、刑務所での社会復帰教育の一環としての和食づくり講師をも引き受けておられるとのこと、ここで、またぞろ、アベシの大盟友の一員だった『日本財団』の宣伝を、さりげなさを装いつつ かましてきたので、いっぺんで不快になった。
以前にも、新聞社あたりが、その記事内で『日本財団』の宣伝するとは、怪しからん!と、怒っておいたんだけどね。
まあ、ここの創業者である お爺さんが生前は、テレビに毎日毎日、堂々と出て来ては、「いちにちいちぜーん!」などと やってたもんだ。
私が子どもの頃、この正体不明の、幼心にも不審に思えた お爺さんの姿を、テレビ画面で見ない日は なかった、そんな『昭和』の時代でした。
つくづく、テレビ局は勿論、新聞社も、商売人でしかないのだなと実感するわ。
それこそ、自分とこのギャンブルで、身を持ち崩して、何かの犯罪を やらかし、刑務所に入るに至った者を相手に、『日本財団』が、コレこのように、受刑者教育に いそしんでおりますよ~、ねっ、立派でしょー!ってのも、なんか、どえらく皮肉な話になりますわな(嗤)
そして、それを、なに気を装って、ステルス宣伝する新聞社という構図よ。
『維新』がカジノを拵えた あとは、それを こぞって賞賛、宣伝するんだろうなあ、この国のマスメディア連中は。
ちなみに、
ある一般のコメント投稿者が、「『吉兆』を批判するのは、この店で食事したことも ない貧乏人のネタミ僻み」てなことを言い放っていたので、クギを刺しとく。
私は、『吉兆』で食事したこと あります。本店では なく、ホテル内のだが。
過去エントリーで、そのときのことを述べてあるかもしれないけど、
私が20代の頃だったが、母方の叔母が、時々、東京から帰阪したときは、だいたい、当時の『中之島ロイヤル ホテル』を定宿にするので、ある日も、母親と二人で、叔母に会うために、『ロイヤル ホテル』へ向かった。行けば必ず、叔母が御馳走してくれるのだけど、その日は、ホテル内の『吉兆』に入ろうということになった。私は、非常に高級なる料亭だという評判くらいは、かねて聞き知っては いたが、若かった当時の私の感想を、ここでも披露しよう。
単刀直入に一言、
ガッカリだった。![]()
まずね、お料理の一つ一つが、あまりにも小さい。少な過ぎ。
過去エントリーでも指摘してあるはずだが、
いまだに鮮やかに忘れられないのが、天ぷらの盛り合わせに入っていたイカ。
一辺3センチくらいだったなあ。
一見して、学校時分の、半分くらい使った白い消しゴムの残りを連想したw
何につけても、こう小さいとね、味の良し悪しを評することも、なかなかに難しいよ。
まして、私は、食材については、好き嫌い以上に、体質が合わないものも あるし、特に和食となると、連れに代わりに食べてもらうことが多くなるので、よけいに、もの足りなさが募るわけ。
お鮨の盛り合わせなんかを食べに行こうものなら、友人や同僚が大喜びだ。
胡瓜巻きや「玉(ぎょく=卵焼き)」なんかと引き換えに、ケタ違いに高い鮨ネタが幾つも食べられるんだからさw
「かわいそう、、、でもラッキー!アリガトね」とww
「なあ、きょうも、お鮨の盛り合わせ食べに行かへん?」とwww
いいかげんにしろよ!wwww![]()
そして、最後のシメに出された、何種類かの漬物。
これ自体は、初めて、量に不足なしだった。
三つに仕切られた長方形の器のなかに、各種の漬物が入っている。
わりとタップリめ。もしや、使いまわしだったのだろうか。。。?
しかしながら。
肝心の御飯が少ない。
3種類の漬物のなかの、どれか一種を二口ほど味わえば、それだけで、ご飯が なくなってしまう。
たしか、風流な趣の茶碗の半分くらいしか、盛られていなかったと憶えている。
それなので、結局、最後の望みの漬物すら、三種類すべてを口に入れることは不可能だった。
何のための三種類なのか、はなはだフシギに思えたが、
先述した「消しゴム」様のイカと、この漬物の、ある意味、対照的な供されかたと同時に、いずれも、じゅうぶん味わえるには、ほど遠かった、という奇しき共通性。
トホホであった。
生来、持病が多かった母親ですら、もともとは健啖家で、その おかげで、こんにちまで生き延びられていると豪語しているくらいだったのだが、
私は、なにしろ若かったし、食べない、食べられないものが多いにせよ、その分、好きなものは、あるていどの量を欲する。
自分でも食べられるものは、せめて、ぜったい残さない。
そうよ♪
それが♫可憐な乙女たる私の最大のポリシー
![]()
食べ物の怨みは、尾を引く。
叔母が泊っている部屋へ戻って すぐ、叔母は、姪である私に向かって、
「あんた!あんたの隣に座ってた男の人、見た?」
と、いきなり問うた。
それが どうしたのかと思っていると、
叔母は、
「あんた、ああいう人を つかまえないとダメよ!あの若さでサ、『吉兆』に一人でフラッと来て お昼ご飯を食べるくらいだから、あれは きっと、どこぞの御曹司だわよ!」
と、まくしたてる。
そんなことは どうでもイイ私は、叔母の説教に負けじと、天下の『吉兆』の悪口を並べ始めた。
何やの?あの天ぷらのイカは![]()
あの漬物と御飯は、あれは、なんやったの?
と。
おなかが満たされない怒りと侘びしさ。。。
叔母は、私の口から、次々に垂れ流される文句に呆れて、一言。
「そんなこと言うけどね、ほんとに、すんごく高いのよ、あそこは」
と。
そう言えば、「バブル」の時代で あったのか。
われわれの食事に、叔母は、何万円も支払ってくれたのだろうけど、
訝しく思うに、
味そのものを評することも困難なほどの、あの量の異常な少なさ、食材の異常な小ささは、創業者で あった湯木貞一氏の頃からの方針だったのだろうか?と。そりゃ、ヤリ手だったわけだ。
叔母を相手に、よりいっそうの我田引水的しゃべりを繰り広げるのが常で あった母親は、この日も、夜になるまで盛んに しゃべり続け、
私は、ルーム サービスを頼んでもらい、今度こそ、納得いくまで、おなかを満たしたので あった。
次の話題。
最近、案の定で、高市氏側とホイホイひっついた『維新』だが、
もともと掲げていた主張である「政治とカネ」については、とうてい、高市氏側の譲歩のカケラも引き出せないと見えて、取って付けたごとく、「国会議員数の削減、これゼッタイ」と言い始めたと。しかも、「比例」で。
たしかにね、比例制度が始まった頃は、私も怪訝に思ったし、「選挙区」で落っことしてやったに、「比例で復活」して、こんちくしょう!と思う場合の心情も あることは理解できる。
ただし、これも、旧ブログの頃から言ってきたことなんだけど、
立候補者について、この人なら!と思えるほどの確信を持てるということは、どういう意味を持つのだろうか。
よっぽど親しく交流してきたとか、また、自分側にとって、個人的に、あるいは、自分が属する組織や団体にとって、思想や理念なんかよりも、それ以上の利益が見込めると思うからこそじゃないのかな。
だって、
立候補者個人の人品骨柄などについては、一般の有権者は、よく知らないまま、ほぼ不明なままであるのが実際だろう。ここの甘い期待が裏切られ、大ハズレだったなんてことは少なくないというよりか、ハッキリ言って、多い。だからこそ、
議員個人との つきあいや交流を持ったことが ないであろう一般的な有権者の殆どは、結局のところ、その立候補者が所属している政党は どこなのかということ、その立候補者も納得のうえで所属しているはずの政党の掲げる施政方針は、実績は、あるいは将来性などに対する考慮のうえの判断によって、最終的な投票先を決めるしか ないはずなのだ。
私自身、およそ政治団体や政党との関わりや立候補者との交流などには、ほぼ無縁だったので、やはり、ふだんから、それぞれの政党の主張する基本的な理念、施政方針、公約、実績などを吟味した うえでの投票先決定となる。
というわけで、
私は、もともと、立候補者個人よりも、第一には、所属する政党で判断している。それだけでも、立候補者に対する おおよその判断は つけられる。
党から党へと渡り歩くような立候補者の場合も、その軌跡だけで、その人の内面性や志向性は推測できる。
そう考えてくると、立候補者個人について、よくは分からないまま投票することが殆どの有権者の実際であれば、やはり、「比例」制度こそは重要、大事だという結論になるのは頷ける。
時に、怪しからん!と言いたくなる側面も発生するけれど、
そういうのって、ほとんどの場合はダントツで『自民党』だ(嗤)
私は、弱い者いじめを するやつが大キライ。
ましてや、それが、政治家となると、断じて許せない。
そんな政治家が、政権の座に就くなんてことは、庶民国民にとっては悪夢どころか、地獄の沙汰。
このたび、首相になりたくて、なり振り構わず、あちこち無節操に しがみつきまくる醜態を さらけだした、さもしい姐さんの今後を、これからはジックリと観察させてもらいます。
【続く】
2025.10.12 (Sun)
緊急的に。
「さもしい」姐さんの行く手に、思わぬ壁が出現したようで ございますw
もう喧々囂々の騒ぎだがww
今回、『公明党』から「三下り半」を叩きつけたということらしいのだがwww
もう早速、次の次には、、、などと、未練がましく、「再連立」を仄めかしているというので、
あらためて、思わず冷笑いたしましたwww
ところで、
いまのトップは、もとから『公明党』所属じゃないんだってね。
わたしゃ、『公明党』って、ここの議員は皆、生え抜きというか、『公明党』しか所属したことは ないんだろうと、漠然と思ってました。
私もね、『創価学会』の信者さんについては、学校時分から職場の同僚など、数人の友人、知人は いたので、選挙時の不愉快な活動に巻き込まれたなどと糾弾しているコメント投稿者の気持ちも、多少は理解できます。
カゼを酷く拗らせ、仕事を休んで寝ている最中に、さして親しくもない同僚が押しかけてきて、インスタントラーメンなどを「見舞い品」として差し出してきたのと引き換えに、例のごとくの「投票依頼」だったので、おもて向きは、うんうん、いいよ~わかったよ~と流しておいたけど、内心では呆れたという話を、過去エントリーで述べてある。
まあ、さすがに、いまどき、旧態依然の選挙活動を やり続けているはずは なかろうとは思うけど、
『創価学会』の信者さんについて、私が直に知っている範囲での印象を、ズバリと言わせてもらうなら、
どの人も、わるいけど、おせじにも、知的レベルが高いとは評価できない、むしろ、周囲の人からも、個人としての人柄や性格は、まあ、明るくて、まずまずマジメな良い子だという印象ながら、ちと おバカちゃんだなと思われていたw
まあ、私が言ったら、同様に嗤われるのだろうけど(苦笑)
わたしゃ、ふだんの日常では、「爪を隠して」ますのでねww
そんなことよりも、
若い頃、母親に促されて、『公明党』から出馬した立候補者に、「公約では妥当なことを言っているようだから」という理由で、一度や二度は投票した覚えが ある。そんな私が、
『公明党』に対し、なに やってんだよ、、、
と、心底から呆れて呆れて、
『日本共産党』に投票することは あっても、今後、『公明党』には金輪際、投票するまいと決心させたのは、もちろん、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』と連立し、「暴走を引き留める役割」とやらを自任しておきながら、「婦人部」とかいう所属の女性信者らは、反発を あらわにしているとも聞いていたが、結局は、安倍政権の暴走を止めることも できず、底辺庶民バッシングに加担していたことだ。
このあたりは、『立憲民主党』などに対しても、私は、とうてい許しがたいと思っている。
いったい、自分たちの やるべきことを、きちんと わきまえているのか?
政治屋どもが!!と、はらわた煮えくりかえったよ。
なので、
今回、「連立離脱」は、対立している層の者どうしでも、大歓迎だという声が高いが、
私も、これで、ちっとは、どぶ泥川の表面が、いささか揺らめきを呈し始めたかなと思っては いるが、それも、今後しだい。
仮に、選挙の立候補者が、クソ自民と公明党からしか出馬してない場合なら、公明党に入れとく、それだけのことだw
で、
『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』これ即ち『日本会議』とズブズブな、アベシ亡き後のウヨ界隈の期待の星「ウヨエ」さんが、想定外の妨害に遭っている!ってんで、早速、大騒ぎよ(嗤)
『日本会議』『創成日本』の手先、加えて、株で儲けさせてくれたアベシを崇める私利私欲の餓鬼どもがウジャウジャ湧いて出てるさ(大嗤)
「高市の人事」で、最も批判対象になっているのが、「萩生田の要職かえり咲き」らしいのだが、これに絡めて、
(ちなみに、萩生田と聞けば、茂木を連想、茂木と聞けば萩生田を思い浮かべるくらい、この二人がゴッチャになったままの私w)
『日本会議』と言えば、『皇室』ともズブズブと見受けているが、その昔の栄誉が忘れられぬテイと見える「『皇室』芸人」さまが、
「民主主義」をば、なんと心得るか!
ですってさ(嗤)
チッチッ、「皇室芸人」さん、
民主主義は、「私利私欲のための人気投票」では ありませんwww
キレイごとでは やっていけないのだから、政治理念とか要らない!という主張も、賢いつもりの愚か者。
政治にこそは、理念や哲学の背骨が必要です。
何のためなのか、最終目的は奈辺に あるのか、上手く やっていく手腕や力量は、「権謀術数」が付きものの政治に欠かせないのは確かだが、
だからこそ、理念や哲学を かなぐり捨てた政治は、格差や腐敗に歯止めが利かなくなるよ。
その結果は、庶民国民にとっての地獄だ。
庶民国民を取っ払った国家なんて、それ自体が、滅びへの道。
あとさ、
日本を見下してる類のアメリカ人らと同じく、
『日本会議』から甘い汁を吸わせてもらってるらしい外国人ね、
たしか、『エジプト』から やって来て、日本に棲みついてる女。
見かけるたびに不快で不快で、
さっさと日本から出てけ!と、常々、思うとりますwwww
さてと。
『姉さん、事件です』シリーズwの冒頭で述べたと思うが、
「来世では」「この次に生まれたら」というセリフに陶酔する連中や、
はては、
「自業自得」「因果応報」という決めゼリフで大得意になっている手合いに向けて、いろいろと指摘、警告しておいたけれど、
一例として、「障害者は、前世で悪いことを やった報い」という定番のセリフも昔から あり、私が若い頃は、けっこう、まかり通っていたこと、いまでも、心の底では、同様の感覚を持っているであろう者は少なくは ないのだろう。
そこで、指摘と警告を念押ししておく。
思い込みが激しい低知性の愚か者にも分かりやすいようにね。
何らかの障碍が、まさしく「前世」とやらに起因する「因果応報」であるならば、あらゆる犯罪に対してと同様、放置し、冷たく見ているだけの姿勢が正しい、ということになる。
「復讐するは われにあり」なるセリフにせよ、これは、大昔は、現代のような社会的常識や良識、ルールや法体系などが確立されていなかったというのが最も大きな理由だったろうし、いわゆる「私刑」とか「自力救済」に及ばれては、権力者や統治組織にとっても、始末が悪くなることなので、現代でも戒められている。
ま、「神」や「神のコトバ」というものは、つまるところ、人間が拵えたものに他ならないので、その想像や願望から始まり、このようでないと、つごうが悪いからという必要性は、必ず、その時代背景が大きく影響している。
わけのワカラン遺物が出土した場合などに、とりあえずの如く、「祭祀に使われていたもの」であろうという見解は、いかにも安直な かたづけかたであるとも思えるが、
なぜ、障碍や犯罪などの理不尽が続々と発生するのか。
この世は不条理そのものな世界には違いないわけだが、それでも、そのなかで、腐らずに、倦まず弛まず、生活していくことに励まねば ならない以上は、とりあえずでも、納得できうる答えらしきものが必要だ。それが、人間のサガである。なればこそ、あらゆる観察を続け、分析を試み、何らかの体系と呼べる世界を打ち立てようとしてきた、それが、人間に特有の歴史。
宗教も、その一つだ。最も古い体系世界だ。
もちろん、現代では、科学が最重視されているはずでは あるのだが、
さて、ここで、旧態依然とした「来世」「前世」「自業自得」「因果応報」を、現代でも堅持したいとなると、障碍や難病などの類も、各種の犯罪と同様に、「復讐するは われに あり」としなければ ならない以上、「前世に起因する罰」である難病や障碍についても、これを放置しておくべき、となる。
ということは、
これらについての治療方法や改善のための研究などは遮断され、滞り、障碍者の「クオリティ オブ ライフ」なんぞ、もってのほかである。
かくて、この方面の科学や医学研究は捨て置かれ、「健常者」で あったはずの者が、思いがけず、何らかの障碍や難病を抱えることになったときも、「自業自得」「因果応報」とて、涙を呑むしか ない。
凶悪な犯罪の被害者に なっても、「復讐するは われ」と宣言なさっている御方に期待しておくのみ。
「来世」とやらに切り替わるまで、堪えて堪えて、堪え続けるしか ない。
そして、この世は、どれほど理不尽なと思える凶悪犯罪が蔓延しようと、なんてったって「復讐するは」云々なのだから、野放しにしておく ほかは ない。
このように、宗教というものは、
特に昨今、『アメリカ』のワケわかめキリスト教を見ていたら よく分かるように、およそ、科学の発展や識見、そこに伴うべき現代的な道理というものも含めて、一切を妨害するものである。
現代人が、こんなものを信奉する思考回路、ね。
キ▼ガ▲の言いなりに従うのと同じだわ。
こんにちのインターネットは、そのことを如実に体現している。
どうりで、ああいう連中は、学校教育に対しても、口出しが凄いでしょ。
大昔から、邪まな権力者が忌み嫌うのは、知性を培う教育、聡明な能力を持つ庶民だもの。
ま、いまのところ、知性や聡明は、なお大多数の庶民国民から遠ざけておくことに成功していると見えるが(嗤)
その助太刀を続けてきたのが、メディア各界、なかんづく、スポーツ紙や、女性週刊誌の類は、昔からの定評ある媒体だが、
どっこい、一流とか大手とか呼ばれる報道界も、あれらよりは、もう少し、アカラサマでない悪知恵を働かせるから、むしろ、もっと慎重に警戒しなくては ならない面も あるけどねw
やれやれ、油断も隙も ねえわ。。。
疲れます。
それは そうと、
『キリスト教』で、「右の頬を打たれたら左の頬も」差し出せとか言うよね、
それって、かなりの意地の悪さを感じさせるじゃないですかw
だって、
「復讐するは」だよ?
左の頬の分も、「復讐」度が積み増されるわけじゃんww
「博愛」「人類愛」とは真逆じゃねえの?www
【続く】
2025.10.09 (Thu)
『姉さん、事件です!【弐】』の続き。
ついでに言っとこう。
今度は、『中核派』とかいうやつ。
まだ やっとったんかーい!?
な『中核派』も、いまどきは、ファッションで やっとるんかの?
と、思わず呆れた団体の新トップが、えらい また、カワイイおじょうちゃんふうの女の子なのねw
で、高市さんが首相になることを、断固拒否!!と叫んでいるとのことで、『産経』大ヨロコビという構図ww
『産経』の意図なんざ毎度の見え見えで、私に言わせれば、真剣に立腹するよりも、冷笑のほうが先に立つとは、以前から言ってるけどw
アベシが射殺されたとき、さっそく、下手人をヒーロー的主人公とした映画だか何だかを発表すると宣言した、若い頃は「極左」的な活動に励んでいたという老人が いたっけね。あの頃、この人と、その周辺に向けて、
「やめてちょうだい」
と、私は怒ったのだけど、
再び言う。
『中核派』とやらの おじょうちゃんたち。
やめてちょうだい。
高市さんについては、たぶん、私も同様の意見だけど、
でも、やめといてちょうだい。
もうちっと、賢く計算できんものかな。
なぜかって?一言で済むわよ、そんなもん。
逆効果にしか ならないからです!あーたがたが やること なすことね(嗤)
これまた傍迷惑でしかないから、やめてくれっちゅうの!!
…
「民主主義」って、難しい。とても脆い。
「民主主義」は、見果てぬ夢、つかめない まぼろしなのかもしれない。
『アメリカ』を見てごらん(爆)
政治家だけじゃなく、一般的な国民、平凡な有権者一人ひとりに至るまでもが、低レベルな動機や利己心や自己利益だけで投票することしか できないのなら、民主主義は、かんたんに崩壊する。
しかしながら、
低レベルこそは常に世のなかの多数派という現実。
それが、律儀に投票したところで、、、ねえ。
てか、そもそも、投票率が低いままだ(嗤)
こないだの予告どおり、
これも ついでに、『中華民国/台湾』。
これまた迷惑な話ですわ。
故アベシを褒め称えてくれた、迷惑な『台湾』。
今度は、子分の高市に決まったぞー!ということで大ヨロコビしてるらしい迷惑な『台湾』w
『アジア』のなかのことは、アジア人どうしで、という本音が、『アメリカ』には あるとも聞いてるけど、どうやら、『中華民国/台湾』を めぐるイザコザは、日本に当たらせとけば よかんべ、という腹も あると。その昔、『清』の時代にも、日本に代わりに やらせとけ、みたいな経緯が あったらしいよね。
以前にも指摘しておいたことだが、
『尖閣』について、『中国』以上に強硬に主張してきた『台湾』さんは、
『アメリカ』と同じく、日本の、言わば「軍事力」すなわち『自衛隊』を利用したくて たまらないのだね。
もしも、日本の軍事力=『自衛隊』を利用できて、台湾にとっての都合が、うまいこと運べたなら、その後には、いよいよ、強硬さを剥き出すつもり、なのかねぇwwそれは それ、これは これと、手のひらクルリとwww
だって、心底では、日本に対する反感も含む複雑さが、いまだに根強いのだなあってことくらい、観察してたら、とっくに察しは ついてたもん。
『尖閣』も『沖縄』も、日本の本土よりも、どう見たって、『台湾』に ごく近いわな。本来の文化や風習も、そうだったろう。
ならば、
台湾は自国の一部!ぜったい!!と、強硬に主張する中国に言わせれば、尖閣は、台湾と同じくなんだから、沖縄だって、というリクツに なってもフシギは ない。
地図を一瞥しただけでも、日本に所属しているほうが不自然なことは一目瞭然なんだもの(苦笑)
高市さんも、「反日」は許しまへん!というスタンスを売りにしてるのならば、自衛隊をアテにしたいのがミエミエな『台湾』に対しても、この際、『尖閣』についての主張はスッパリ引っ込めさせる、それと、『光復』などというケシカランw記念日の名称も引っ込めさせたら どないですか?wwww
スタンスの切り替えを何度も図ってきた歴史を持つ『台湾』。
そこには、日本も、大いに絡んでいるわけだから、
台湾の国家的計算の必死さも、こんにちの現状ゆえ、理解できないでは ないけれど。
けれどもねぇ、
「親日」というよりも、『韓国』の言う「用日」に近いですやん(苦笑)
しかし、
日本としては、当初は、『中華民国』として、一国の扱いを しようとしていたら、例のごとくで、宗主国『アメリカ』の横槍、「中国の一部」として扱え、との お達し、日本は、いつもどおりに、はいはいと従っているだけ。
そんなアメリカと日本に、何を期待しているのか、
はっきり言って、どうしたいのか、よくワカラン。
「中国の一部」であることを拒絶したいのか、
もともと同じ『中華民族』なのだから、ほんとうは仲良くしたいのか。
私は、このテの揉め事が大キライ。
『日本共産党』の体質も、従来 そういう印象が つよいから、きらわれてるのだろうけどwどうも、ぜんたい、「ヒダリ」のほうの人ってのは、なによりも思想上のリクツとかをクソが付くほど真面目に「墨守」したがる傾向なのかなというふうに思えて、だから、『中華民国/台湾』についても、大昔の『清』のように、「ありゃ蛮族の地だから、ほかっとくヨロシ」というユルユルを したくないらしいと見える。
台湾も また、多くは「中華民族」だか「漢族」だか、とにかく、もともと同胞なのだから、やたら騒がずに、『中国』と言うか『共産党』を刺激しないように、穏便に、よい意味でノラ~リ、クラ~リと、先方の機嫌を取りながら、上手く やってりゃよかったんでないの?というふうに思える。
ところが『アメリカ』もね、「民主主義」サイコー!!ぜったいコレ!!というタテマエを振りかざすけどさ、実際に やってることといったら、「共産主義」とイイ勝負のガチガチでしょ(嗤)
アメリカの民主主義ってのも、実質は、世界一の「拝金主義」だからね。
ま、
そういったわけで、例の『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』と同様に、日本の政界や社会の水面下で侵食し続けてきたのは、新聞の報道なんかよりも、『ユーチューブ』の動画やら(←政治系の宣伝チャンネルは滅多と視聴しない私も、『統一教会』や『創生日本』『日本会議』等々の忌々しい ありさまを、それで最初に知りましたから。)『フェイスブック』や「ヤフゴミ捨て場」などの一般コメント欄を眺めていても、察しは ついてたよ、『台湾』も また、例外では ないのであろうということを(嗤)
要するに、いろんな所の組織や団体の手先だらけだ、ってことさね。日本に限ったことじゃないだろうけど。
あ、そうそう、つい最近、日本で最大というウヨ団体のことを知りました。
なんと
「高貴なる」
ヤクザ屋さんだそうです(爆)
ほんとうに、おのれがキモチよく、陶酔できることしか言わないな、「ミギ」でも「ヒダリ」でも、「極」の付く連中は。
【続く】
2025.10.09 (Thu)
『姉さん、事件です!【壱】』の続き。
んで、
この人のことを大いに推し、買ってきたのだなと思しき投稿者のコメントで、「救世主」だ!と、最大限に持ち上げてるというか、本気で、そのように思っているのだろうが、
「救世主」だとか「救国のヒーロー」だとか、はては「救ってくださるに違いない」という、信仰・信心ぶりね(嗤)
こういう手合いは、キャッチ フレーズの如く唱える「来世では」という、オカルト・スピリチュアル趣味の連中と大いに共通性が ありまして、個人崇拝が大好きというところもソックリだ。
双方とも、呆れるほどチグハグな言動、低知性ゆえかと思しき論理性の なさ、自分自身も信じているのか、信じているというよりも、自己の利益と、所属している団体の利益とが合体しているのだろうと思えるけど、そこへ巻き込む活動として、嘘や作話を用いて、「これが真実」と言い放つ、はなはだしい無責任ぶり。
自己利益しか眼中にないのだから、当然、感情だけが剥き出し、それに合わせた口汚さ、あるいは逆に、滑稽なほどバカ丁寧なコトバづかいだが、ほんとうは、日本語を知らないな、分からないのだなということが滲み出ている。それは、基本的に無教養だからなのだろうが、それでも、バレは しないと、これまた信じて思い込んでいる。
要するに、あ・ほ。そのことに無自覚。
見る人が見たら見抜くし、そのうちに、いずれはバレるもんだよ。
ずいぶん後になってから、
「こんなはずでは、、、」
と、嘆いてみせたって、こやつらは自業自得でも、否応なく巻き込まれた側にとっては、イマイマシイなんてもんじゃないのよ。
たしか、『維新』がノしてきた当初も、こういった「信心」を早くから あらわにする支持者が多かったと思う。
ところが、いまでは どうだろう。
さすがに、当時と比べれば、少しは目が覚めた者たちも多くなったようでは あるが、それでも なお『維新』信者は相当数、残っていて、それと結託する腹づもりも隠さないようすの「さもしい姐さん」なのだが、
そこへ差して、
「下駄の」だか「金魚の」だかに甘んじてきた『公明党』は、長らくの連立から離脱を仄めかしているという、
まあ、そんなの、どこまで本気だか、信用は してないけどw
ただ、『公明党』と『維新の党』では、集票力の安定度が根本的に違い、それは、ここまで来て、「また『維新』か!」と、早くも、「また『自民』か」に負けないくらいの定番イメージになってしまっている『維新』のほうは、これからも、支持者の数がジリジリ減っていくと見ていたほうが妥当だろう。
威勢よく「断わる」つもりだと宣言したらしい『惨政党』についても、
「あ~ら、そ~お?」
と、私は思わず冷笑しましたww
ただね、
旧『民主党』系や『日本共産党』などの「老舗」野党は、やはり連帯と共闘が必要だろう。少しは思い知ってくれたほうが いいんだけどなあ。
『日本共産党』も、以前は、なかなか良い感じに前進できているなと思えたのに、すぐにポシャッたね。
ここが、『自民党』とは最も違うところで、個の利益と党の利益のためには、大同団結的に まとまることよりも、傍から見ていると、なんだか しょうもない内輪揉めがダダ漏れしちゃったり、しかも、そのタイミングが最悪、なぜに今よ??という、ずばり言って、これも ある種の、子どもっぽい青臭さが災いしたと思う。
ある意味で潔癖なのだろうけど、
自分たちの内部のルールに拘り過ぎて、国民は二の次が本音なんだろ、みたいな印象は、結局、『自民党』の本音と通じてくるものが ある。
もちろん、殊更な「信仰」や「信心」など持ち合わせない私自身は、基本的に「無党派」のままでは あるけれど、
この緊急事態に、野党連、たのむから、もっとシッカリ、気迫を持ってください。
無理か?
有権者の多くがアホだからねえw
ここまで来て、相変わらず、なにも変える気が ない『自民党=ダッピ統一つぼ売国党』と、なにも見えない見ようとしないまま、茹で蛙となっている多くの有権者たち。
むろん、『自民党=ダッピ統一つぼ売国党』みたいに、「青み」のアもないほどにドス黒く、ずるずるに腐って腐って腐り果て、もはやドロドロに溶けて、腐臭が漂っているしまつでは、青臭いくらいのほうが幾分かマシだ。
『公明党』が、もしも、連立離脱ということになったとしたらだが、そうなれば、腐りきった『自民』と、どうしようもないこと明白な『維新』その他あたりとの、恐るべき溶融政権が誕生してしまうよなあ。
こんにちの『メイク アメリカ クレイジー アゲイン』よりは、グッとスケールが小さいとは言え、もともと、トランプの「参考対象」で あったのが、故アベシだ。
あくまで参考ていどの存在で あって、トランプの憧れの対象には決して、なり得ないけどさ(嗤)
まあ、憧れの対象になってしまうのも大ヤバだけどな(嗤(嗤)
振り返れば、
これからの世界情勢が、どう転ぶか、予測が つかないからと、例の『アベノミクス』を危ぶみ、反対していた一部の専門家や識者たちも いたのに、結果は、このとおり。
株やら投資に注ぎ込める者だけが国民なのか?
どこが、「経済に明るい」姐さんなのだか、そのアベシの子分であり、忌まわしき『日本会議』の手先が、ついに、次の首相だとさ。
ほんとうに終わっとるわ。
ほんとうに、クソ自民そのものだけじゃなく、それを支持する党員らも含めて、「日本から出てけ」と叫びたくなるくらい、大迷惑な存在だわ。
食い物の怨みは恐ろしいぞ。
おのれらばかりがゴチソウざんまい喰いやがって。
姐さん、私は、今後も、あーたを許すことは ないと思う。
あーたが、心底を入れ替えて、まっとうな政治信条と哲学に裏打ちされた政策を実行できない かぎりはね。
あーたに、まあ、あーたに限ったことでは ないけれど、
政治的信念だの信条だの思想だの、そんなもの、ぶっちゃけ、関係ないのでしょ?
だって、個人的な野心だか野望だかを かなえたい、そのために便乗してるだけだものねえ?
持ちつ持たれつ乗っかり合う関係。
だいたい、「透明化」を、つったって、透明化なんざ、おたくの政党が最も忌み嫌うことじゃないですか(大嗤)
無理に決まっとるのは、火を見るよりも明らか、
もし、そういうことを進めていこうものなら、たちまちにして引きずり降ろされる、これも、あーたの党の定番スタイル(嗤)
いいですか、姐さん、高市さん。
仮に、ほんとうに「さもし」かろうと、腐っても、自分とこの国民なんですよ。
しかも、あーたは、政治家、
しかも、政権与党の政治家です。
ほぼ一党独裁に等しく長く続けた自分たちの政権の甚だしい料簡違い、甚だしい不始末、
それを誤魔化すために、
バカな有権者・国民の目を逸らさせる「国内仮想敵」を つくりあげるために、
底辺いじめ、弱者叩きをやることで、帳尻を合わせようとした。
言語道断の結果が、こんにちの、この国の様相だ。
そして、いまは、外国人に、ターゲットを向けている。
最低ですよ。
お次は、「外国人を入れ過ぎ」たとか何とか言いたいみたいだけどね、
その外国人を、次なる叩き対象にしようったって、そもそも、あーたの党と、あーたの親分アベシが最も推進してきた政策じゃないですか(嗤)
【続く】
2025.10.06 (Mon)
なにがキライって、
子どもを虐待して殺したという事件が起きるたび、「ヤフゴミ捨て場」などに早速、必ずのように、わいてくるオカルト趣味の手合い。
「来世は」
「この次に生まれたら」
だ、か、ら。
この世の問題は、この世で解決を図らなきゃならないことなのに、来世とやらで解決できるのだから、現世では、何も せず、ただ嘆くだけ、それも、フリだけしてりゃいいってのか?
虐待されて死んでしまった当の子どもは、もう二度と生まれたくないって言うかもしれないんだし。
ああいう手合いは、まず、論理性というものを備えておらない、めんどうな分析や検証はスッ飛ばして、どこまでも、ひたすら、自分がキモチよくなれる、ウットリできることしか言わない(嗤)
「ウヨ」と「オカルト」「スピリチュアル」好きの、みごとな共通性だ(嘲笑)
で。
あ、の、な。
「来世」というものが あるのなら、「前世」も必然となるはずだわな。
ならば、前世で、何らかの悪いことを やったから、現世で罰を受けているってなリクツになるんだわな。
すると、現世で悪いこと、たとえば、子ども虐待、殺人、それらを やらかしたからには、来世で今度は自分自身が虐待されて殺されることになる、要するに、なにごとも「自業自得」「因果応報」という仕組みになっているので、「復讐するは われに あり」か何か知らんが、小賢しい人間ごときが手出しすることは ない。
つまるところ、どのような犯罪や罪悪も、「前世」由来の然るべきこととして起こされるわけだから、だったら、この世の人間が拵えた道徳やら倫理やら法なんどを持ち出して、罪悪だー!犯罪だー!と指弾、糾弾する必要も ないがな。
それは「自業自得」の「因果応報」なのだから、どのような惨たらしい行いに遭っても、道理として当然の帰結でしょ。
ということは、罪びと、犯人には反省だの謹慎だの矯正だの、わざわざ、刑務所に入れて、税金つかって、懲役なんて一切、無用だ。
ましてや、死刑なんて、とんでもなく不当だし、それこそが、新たな罪悪を拵えることになるだろが。
死刑を、国家の名に おいて行う、その国家を構成する一員たる国民の われわれも、悪行に加担しており、来世では、相応の償いを しなければ ならなくなる、はずでしょうが。
ところでね、
私の子ども時分は、こんな言説が、けっこう、まかり通っていた。
「障害者は、前世で悪いことを した罰で」云々と。
それだから、そもそもの原因だった うちの母親も、決して認めたくは ない理由の一つだったのかもしれないけど、
まあ、私の場合、あきらかに、母親からのトバッチリの結果なので、それを知られたくない母親自身の、子よりも大事な自己保身、一種の自己防衛的ミエが強烈だったゆえに、私という子どもの権利と幸福追求権を妨害し、将来に対する無責任を貫いたわけだけど。
あれこれの虐待事件が報じられるたび、養育者に殺された子どもの生前の姿や表情を見るたびに、およそ、子どもが する顔つきや眼の表情じゃないな、と思うことが多い。
みじめそうな、悲哀が漂う表情。
先日のエントリーで触れたように、私自身も、それで気づいた。
両親の記憶が殆ど、あるいは全く ない頃、
それは、生後2歳になる前までの、ほんとうに短い あいだだったけれど、ご近所の おじさんや おばさん、少し年上の おにいちゃん、おねえちゃんたちの優しさや寛容の温もりに包まれていた頃の私の表情は、年齢に ふさわしい、屈託のない、楽し気な、あるいはアッケラカンとした表情で、写真に おさまっている。
それが一転、
親父と、親父の先妻との子ら、すなわち、義姉や義兄らと同居が始まってからは、常に、とまでは言わないが、やはり、心細げな、みじめそうな表情を浮かべるように変化していた。
このことも、過去エントリーの どこかで回想を述べたことが あったと思うが、
2歳になるや ならない幼児の私が、「大人の事情」ってやつだったのか、ダブル不倫カップルの つごうによるスッタモンダの あと、ようやっと、母親にとっては悦ばしく、一つ屋根の下で、親父らと、晴れて同居できることになった。
早い話、親父の前妻のほうは、最後に産んだ娘を連れて、追い出されたわけだが、当然、戸籍にも、その事情は明らかに反映される。
私の母親は、戸籍の書類を見ることが あるたびに、いつまでもブツブツと こぼしていた。
「これじゃ、まるで、わたしが後妻に入ったと同時に追い出したみたいに見えるやないの。みっともない」
と。
どこまでも、被害者意識だった。
もっとも、前妻のほうにも、いろいろと問題は あったわけだが、
私に言わせれば、親父には、前妻のほうが ふさわしかったし、
母親は、最初の亭主が厭でも、ガマンしておれば よかったことだ。
双方の子どもに対する罪悪感を、幼い私に集中して ぶつけるくらいなら。
あの当時、まだ20代後半の母親に連れられて、新しい住まいに到着した私が、親父に抱きあげられ、中学生だった義姉や義兄の部屋に入って、彼らに紹介されたときのことを、いまでも まざまざと思い出せる。
義姉に対しては、私は興味を持たなかったのだろう、別居していた親父についてと同じくで、まったくと言っていいほど、記憶に残っていないのだが、たぶん、あの義姉の癖のようなもので、内心は業腹でも、顔の表情には、いちおう、どっちつかずの曖昧な笑顔らしきものを浮かべていたことであろうが、
義兄のほうはと言うと、義姉よりも、ある意味で、もっと複雑な反応を出すタイプだったとも言えようか、
これは、母親から聞いていたことで あるが、当時は、『チック症』の特徴が見られたと、そのせいなのか否か、彼も また、その実姉と同様、内心では、つよい反発を感じては いても、姉とは異なるところで、一種の「照れ隠し」のような、かなり独特な反応を態度に出すことが あった。
親父の腕のなかで、これから、共に暮らしていくことになる姉や兄に紹介された私は、しかし、何が何だか、理解できていなかった。
この人たち誰?という感じで、ただキョトンとしていたのだが、たちまちにして、泣き出したことも憶えている。
それは、兄が、「ヘンな顔」を して見せたからだ。
ヘンな顔を、と言っても、「チック症」のせいだったのかなと思うのは、顔の全体にミョウな力が入ったような、無理に笑おうとしているかのように、顎や口もとを引きつらせ、不自然なほど、眼が寄り目になっていたからなのだが、
後年になってからは、私も理解していたけれど、兄は、緊張した ひょうしに、時々、このような「ヘンな顔」を する癖が あり、そして、当時は中学生だった兄らに対し、私は、やっと2歳になるや ならずだったので、年齢差が大きい、初対面の「妹」を前に、兄としては、これでも精いっぱいの照れ隠しとともに、幾分は、おどけて見せた愛嬌のつもりに加え、やはり複雑な感情も同時に入り混じって、ああいうミョウちきりんな表情になり、その顔つきにビックリした私は泣き出したというわけ。
いきなり、予想もしていなかった不審なものを見せられwこんなの初めて見たという違和感で、思わず泣き出してしまったのだ。
だって、
あんなケッタイな表情を、私に向けてくる人なんて、それまで住んでいた町の人たちのなかには、ただの一人も いなかったから。
すると、私を抱き抱えていた親父は慌て、きびすを返して、もとの茶の間へ戻ろうとする間際、兄らに対して、ちょっと声を荒げて叱っていたようにも憶えている。ここは曖昧だが、とにかく、それが、私と義兄たちとの初めての顔合わせで あった。
ちょっと話が逸れるが、
この兄について、いまでも、たまに思い起こすこと。
ご承知の読者も おられるだろうが、親父は酒乱だった。
要するに、そもそも、酒好きでは あるので、酒屋の借金が かさんでいても、外で飲み倒しては、へべれけ状態で帰ってきて、そのまま おとなしく寝てくれるでも なし、ほぼ毎回、凶悪な暴力を振るって暴れまくるので、母親にしてみれば、家で軽く晩酌する程度で済ませてくれるようコントロールするほうが、よっぽど楽だから、ある日の夜も、茶の間の食卓に、日本酒を満たしたトックリと お猪口、親父の好物である肴などを並べて、本来はイケる口だった母親も少しだけ、お相伴していた。
その前に、生意気盛りで、ただでさえ、親父と相性が悪かった兄に対し、酒を飲んでいる最中の親父に向かって、親父が立腹して、癇を立てるようなことは、ぜったいに言うんじゃないよと、注意してあったものらしい。
しかし、兄は、その言いつけを守らなかったのか、隣室に いた私が、ハッと気づいて、茶の間のほうを見たら、すでに、親父は、激しく怒り狂っていて、どうやら、案の定で、兄が、親父の逆鱗に触れるようなことを口走ったことが切っ掛けのようだった。
しかも、
母親も、ふだんの鬱憤が溜まりに溜まっていたのだろうか、このときは、いつになく、親父に負けない激怒ぶりで、
余計なことを してくれた義理の息子に対しての怒りのほうが上回っていたと見えて、ついには、食卓に並べてあった酒のアテを、素手で鷲掴みしては次々に、出入り口の戸の前で立ち尽くしている兄めがけて、力いっぱい投げていた。
ちなみに、キムチでしたわ。。。(苦笑)
親父は親父で、もちろんのこと、まだ酒が入ったままのトックリや お猪口を、息子に向かって投げつけている。
母親が やられている最中は、幼い私が、親父を なだめて、やめさせようと、必死に すがりつくのだが、
このときは、ただ茫然と、戸口の前に棒立ちになったままの兄を見つめていた。
兄は、さすがに、何も言うことなく黙りこくって、酒と漬物に全身まみれていた。
私は、幼稚園か小学校の1年生にもなっていなかった年齢だったと思うのだが、この光景には、母親が殴られているときとは また異なるショックを感じていた。
私も、母親、父親、それぞれから、それぞれの つごうと流儀で、いろんな虐待を被り続けてきたわけだけれど、
ただ、飲食物を投げつけられるということだけは、されたことが なかった。
もう一つ、
これは、やはり、母親から聞いていた話で、過去エントリーの どこかにて触れたことが あったかもなのだが、
兄は、先述したように、子どもの頃は『チック症』だったせいなのか、食事を、口へ上手く運ぶことが できず、箸や口もとからボロボロ落とすので、親父と姉に、汚い!と疎まれ、使い古しのタオルを、あかんぼうのヨダレ掛けのように掛けて、玄関の冷たいタタキの上に正座し、上がり框を食卓代わりに茶碗や皿を置いて、茶の間で仲良く並んで食事している親父と姉に見下ろされつつ食べていたらしい。
私の母親が同居するようになるまでは。
晩年の親父は、罹患した『パーキンソン病』の影響で、食事をボロボロと こぼすようになっていた。
ちょっとユーモラスな笑える話も ある。
母親が、時々、思い出しては苦笑していたことだが、
兄は、バナナの皮の剥きかたも知らず、
「これ、どっちから剥くの?」と聞いてきたとか、
母親が、おやつに板チョコを買ってやったときも、生まれて初めてだ!と、大喜びしていたという。
大学生になった兄と外出途中の駅の売店で、ふと、「チョコレートを買ってやろう」と言うので、ショウケースのなかに並べられたチョコレートを選ぼうとしていたら、兄はピシリと、ある有名メーカーの、昔ながらの定番商品である板チョコにしなさい、それ以外はダメ!と命令してきたので、またぞろヘンなこと言うなあ、、、と思いつつも、ここは素直に従ったw
このミョウな命令のことを、母親に話したら、
それは、かつて、兄に初めて買ってやったメーカーの板チョコだということを指摘し、あらためて苦笑していた。
いろいろと、ヘンな拘りが つよかった兄で あった。
さてさて、
直近の世情へと、話題を移します。
いや~な予感が的中し、
よりによって、例の「さもしい姐さん」が、次期首相の運びとなったらしい。
この人って、故アベシの子分で、例の『日本会議』の手先みたいな連中の一人よね。
【続く】