2026.03.14 (Sat)
『【最終というか本番w】働け!働け!働け!_| ̄|○』からの続き。
そうは言っても、実際は、必要に迫られては、仕方なく、電話を取ったり、かけたりも したけれど、
それより何より、
過去エントリーでも述べてあるように、
障碍持ちであることを明言している新入りの私ですら、30分あれば済ませることを、なぜか、数時間も かかる、というのか、かけて平気な、仕事が異様に遅い先輩同僚(←もちろん「健常者」)の分を引き受けさせられ、残業まで やるハメになっていたこと。
で、
感謝されるどころか、文句を言われるのよ、これが。
そして、なぜか、尻拭いしてもらった相手である こちとらを妬む。
もちろん、私は、自分が損を被っていても、恩着せがましい言動は しない性格ですよ。
あまりにも お門違いのダメ出しや文句を言ってきた相手に、最後はブチ切れたことも あったけど。
お門違いの要求や文句を言われても怒らず、遅いと急かしたこともない、優しすぎる(?)wそんな私でも、さすがに、怪訝に思って、仕事が遅い、遅すぎる先輩同僚は、なぜ、こんなにも、仕事が遅いのだろうかと、チラチラ観察したことも あった。まじでフシギだったから。
…
どうやら、本人は、些細なことでも、何らかのミスすることを、病的に恐れていた、これが根本的な原因だったのね。
それは、要するに、プライドが高い、高過ぎなんだか、そのわりに、自分の仕事に自信が ないのだか、どっちなのかは、よく分からんかったけど、ポカミス程度のことも含め、とにかく何らかのミスを やってしまった場合、そのことで、上司に責められたり、同僚に謝らなければ ならない仕儀になるのを、ものすごーく恐れているのだな、ということだけは察した。
私らが やっていた仕事は、印刷物や出版物に関係している部署だったから、最終段階に進むまでには、いわゆる「ゲラ」とか「青」とか、いくつかのチェック段階が あるので、そのことを踏まえているからこそ、きょうは間に合わないけど、次のチェック時点で拾えるからと、頭のなかでパッパと計算しつつ、現時点でも、ぜったいに見逃すわけに いかない箇所とか、終始、気を抜いては いけない重要箇所だけ、しっかりと指摘やダメ出ししておき、それ以外の細かい箇所は 敢えて、そのままにしてゴーさせることも多かった。それは、苦肉の策で あって、私だけが、他の同僚よりも、まさに3倍くらいの仕事を押しつけられていたからなんだけど、その もともとの原因はと言うと、仕事が遅すぎる先輩らのシワ寄せを被っていたから。
過去エントリーでも述べてあるとおり、もとはボ~としている私ですらも、泣こうが喚こうが30分以内にゴーさせなくては ならないときは、あれこれ計算して、とにかく間に合わせることを第一優先するんだけど。
それが できないのよね、その先輩同僚らは。
どうせ、最低でも私の2倍くらいは、余裕を与えてあげなくては、どうにも ならないのが分かっているので、「締め切りは、だいたい1時間後ですので、よろしく~」と。
でも、優しすぎる私はw約束の1時間を とーっくにオーバーしていても、せっついたり、怒ったりは しませんでした。
それより何より、
なんともフシギなことを やってるなあと、横目でチラッチラッと見ていたら、先輩同僚は、さっきから同じ個所のチェックを繰り返してるわけ。
常々、娘である私の要領の悪さをこそ疑い、責めてやまなかった うちの親父らでさえも、その話を聞いて呆れていたけど、ふつうは、念のために確認するとしても、2回も見直したら済むだろうにと。そりゃそうです。
ところが、その先輩は、口端に泡を浮かべながら、ぶつぶつブツブツ呟きつつ、どうかしたら10回20回と繰り返し確認してるんだわな。同じ箇所を。
こうなると、何かの「症状」よね。
それも また、本人にとって苦行だろうなあと、ある意味では気の毒にも思ったが、帳尻を合わせさせられる私だって困る。
後日のチェック時、忘れずに拾えば間に合うはずのことに かまけきって、そのせいで、さしあたっての締め切りに遅れるなんて、致命的にバカげてるっしょ。
要するに、取捨選択が できない、優先順位をパパッと決められないんだわな。
とことん、全部フラットに同時進行。
その理由は、ひとえに、自分がミスして、責められたり、謝らなくては ならない事態になるのが、ほんの ちょっとのことでも、ぜーったいに、いやだという、恐怖心。
世のなかには、こういう人も存在するのだと、当時は まだ知らないでいた私は、どうにも理解できなくてねえ。。。
しかも、
あべこべに、迷惑こうむってる私に向かって、えらそうにダメ出しや見下し口調で文句つけてきたりするもんだから、最後の最後は、一切の かかわりを お断りしました。
まあ、なんせ、私は優しいのでw事を荒立ては せず、静かに静かに断ち切りましたわ。
本音は、めんどくさいからだけどww
ま、それからも、いろんな人を見てきて、
決定的には、うちの親らの死後に発覚した、親に あるまじき裏切り行為の数々。
死んだ者には、恨み言や苦情も言ってゆけは できないのだから、完全に、私ひとりの泣き寝入りだけどね。
でも、それを筆頭に、世のなかには、いろいろと、何らの必要もないはずの嘘を ついたり、不可解なことを言ったり、目論んだり企んだり、良心の咎めも なく、ひたすらガツガツと やってのけたりする人たちが いるんだなあ、と。
そのあたりで、やっと、気づいたわけよ。
あの同僚らも、どうやら、脳とか精神方面に異常性が あったんだなと。
そのように推察してみると、なるほど、何かの ひょうしに、不自然な、つじつまの合わない言い訳めいたことを、ぽろっと言ったりしてましたわ。
たとえば、アレルギーで、じんましんが酷くなって、仕事も行けずに、毎日毎日、家で寝込んだままだった頃が あったので~とか何とかと。
なーんか、どこかが、ほれ、いま首相の座に就いてる高市さんみたいだわねえ(嗤)
親が親しくしていた知人のオバサンたちとか見ていてもね、みょうにソワソワせかせかと、いつも落ち着きが ない人とか、そのくせ、お説教するのが楽しいのか、よりによって、虐待されながら育ったことを知っているはずの私に向かって、
「おとうさんのために、あんたが同居してあげるべき、仕事も辞めるべき、娘として尽くしてあげなさい、それが人の道よ」
とかってね。
福祉のボランティアやってますのよ、地域の人望が、人脈が豊かなんですのよと、その同じ口で、障碍者を侮蔑していた人も いた。
たぶん、無自覚だったのだろうとは思う。けど、
その人の「自己顕示欲」の旺盛さも、うちの母親と同様で、むやみとプライドが高くて、ミエっぱりのわりに、心底には劣等感やコンプレックスが人知れず あるのね。
その人の場合は、なにやら、大昔の、ご先祖筋の特異な(かつ、忌まわしい類の)職業(それこそ、死刑執行人みたいな)を、ひそかに、気に病んでいたものらしい。
そういったことや屈折した思いを解消したさに、福祉でございますボランティアでございますと活躍ぶりを自慢しても、かえって よくないことだわと思いますけどねぇ、私は。
私自身の場合も、なにしろ、うちの母親が、よりによって自分の子に障碍が あるという事実を頑として認めたくない人だったし、
辛うじて認めざるを得ない現実を突きつけられても、それでも なお、全然「軽い」ということに勝手に決めつけ(もちろん、軽いどころか、かなり重いのだが)、弱みに つけ込むようにして、
あくまでも「健聴者」「健常者」としての就職を要求し、入社試験の面接に おいても、聴覚障碍のことは、一切、隠し通すべき!という強固な要望でも あったので、当時は、「障害手帳」というものを申請していなかった私は、高校卒業後の大学受験も失敗したあと、これも、母親の強固な方針で、聴覚力が必須の専門学校へ入学しなければ許されなくなった。
当然、在学中も苦しいばかり。
案の定、いよいよ卒業時の就職活動で、最大の不安と試練とに直面することとなって、孤立無援の自分なりに懸命に考え、「健聴者」「健常者」のフリを することもなく、つまり、嘘を つくことなく、就職先を確保できそう、しかも、むしろ、大企業に就職できる可能性が高いのでは ないかということで、「障害手帳」取得申請に向けて取り掛かろうとしたら、いともアッサリと、母親に邪魔され、大失敗に終わったという、この顛末を、わりと最近の過去エントリーでも述べたわけだが、
思うに、
せっかく、福祉やボランティア方面の人脈を築いていても、えてして、ボランティアに熱心な人のなかには、障碍者や社会的弱者を、心底では侮蔑している、そんな手合いの一人だった母親が存命中には、誰も、私に対して直にアドバイスすることが憚られた、というくらい、あの母親の拒絶心は異様に激しかったから、こんにちのようなパソコンで検索という手段も存在しなかった頃の私は、自治体の広報とか簡単な案内パンフレットの類だけを頼って、確実な手順を踏む方法も知らないままに、手探りで走り出し、すぐに転んでしまった。
母親が原因で、このような障碍を負ったことも つゆ知らず、ひとりで、様々に苦悩した あげく、あえなく転んだ私を見下ろし、冷笑を浮かべつつ突き放し、あるいは悪罵する母親、最後まで、そういう状況・情況だった。
まあ、「前世」だのと説くオカルト趣味の手合いが、私は大キライなのだけれど、ほんとうに「来世」とやらが あるものなら、次は、あの親らの番だわな、と、心中で冷笑し返してます、はい。
【続く】