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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2026.04.27 (Mon)

似合わん「ヤル気」出しちゃったアホやバカの選挙の続き。

(やっとかめ、タイトル変えれたwww)

 

それよりも、気になっているのは、若い女の子たちの、みょうなプライドの高さ。

自他ともの外見ばっかりを異様なまでに気にしてる感じなのも、その一端なのかと思えるし、

何かで、少しでも、自分側のミスみたいに、あるいは、そのように見做されかねないようなことが起きると、たちまち、態度が硬化する感じの子が増えたなあという実感が ある。たとえば、学生アルバイトらしき若い店員さんとかも。

こういう、一種の「恐れ」というのは、ほら、先日のエントリーでも、これで2、3回は挙げたかな?という事例を出したけど、そう、

「それが、どれだけ些細なことでも、自分のミスだと発覚し、ちょっと注意されることにすらも、異常なくらいの恐れを抱いていた」、

職場の、仕事が異様に遅い先輩同僚の、たぶんに、精神的な問題ゆえなんだろうと思しかった、その傾向と、共通性が あるのでは なかろうかと思われること。ふつうに「真面目」というのとも異なってる。
むしろ、本質的には、徹底した自己中心。

 

まあ、道や店内などを歩いているときも、反対方向から行き合って、そのままでは ぶつかりそうになる前に、先に避けてくれるのは、わりと、男の子のほうが多いなと思っていた。

むしろ女性、特に、若い女性は逆で、こちらが、進路を譲り、立ち止まってあげようものなら、とたんに、堂々と、それまでの速度をグッと落として、ど真ん中を、わざとみたいに、ゆっくり歩いていくのよw
当然よ!と言わんばかりにww

そういうところを見ると、

やっぱり、男性のほうが、むしろ繊細というか、小心でw
女性のほうが図太い傾向が本来なのかなと思えなくもない(苦笑)

 

思うに、

こういう、ふてぶてしさ剥き出しの、ひらきなおった女性に対する男性の感情って、さぞかし、複雑なんだろうな、とwww

 

ちなみに、私も、気づかなかったり、急いでいるなどの理由が ないかぎりは、自分から先に譲るほうですよw

こっちが譲ってもらった場合は、軽く会釈して、できるだけ急ぎ足で通ります。わざとチンタラ通り過ぎる、なーんて、ふてぶてしい女じゃないですwwけど、最近は、腰痛のせいで、ままならないこともwww

 

 

はてさて、

こういう世相の なか、

やっぱり、せめて、いつものように「寝ていてくれたほうが」よっぽどマシ、だったというわけか、ついには「推し活」イベント化してしまった国政選挙。

 

単なる不勉強の軽薄短小の愚民が、
「動きます!」
とて張りきるもんじゃないよな、つくづく()

アホの行動力も、「バカな大将」に勝るとも劣らず、危険度を爆上げするわ。

 

デモの話に戻るけど、

近頃の若い人たちって、これだけ、娯楽が溢れかえってる世の中なのに、なぜ、こんな、、、と、かの『ハロウィン』のバカ騒ぎなんかを見ていて思っていたのだが、

もしや、最近のデモ集会なんかも、一種のイベント感覚でしかなく、いざ選挙!となったら、『自民党』に投票してるんじゃねえの?とか思えたりねw

 

いや、
やっぱり、今回の『自民党』を、「推し活」するイベントと見做して、いつもは投票所に行きもしない「無党派」層がワラワラ出て来て大圧勝させたのだから、イベント熱が冷めたら、また、もとの「無党派」に戻るんでしょうかね。

 

私は、自分自身が「無党派」であると公言してきたけれど、
近頃は、どうやら、「無党派」にも、2種類が存在しているらしいと察するようになった。

 

私みたいなのが、言わば「正統派の無党派」だとすれば、

それ以外の「無党派」ってのは、結局、ほんとうに、政治や社会問題に ついての意識や関心が薄く、

したがって、
投票先を吟味しようにも、ふだんからが不勉強すぎて、どの政党、どの立候補者に投票したら いいのやら皆目ワカランので、選挙投票に出向く気にすら ならない。
そうして、
「政治家は誰でも同じだから」
と、言い訳がましく うそぶいている。

ところが、
今回のように、わかりやすい娯楽イベント的な意味合いを垣間見せられたら、それっと湧いて出てくる。

これが、世間で最も多い「無党派」層なのでは ないかと。

 

自分も「推し活」イベントに参加して、みんなで「勝ち馬に乗ろう!」みたいな軽薄短小が選挙に来るくらいなら、そりゃ、『自民党』のジジイじゃないけど、違う意味で、「寝ててくれたほうがマシ」と思うわよ。

 

こないだも、「ヤフごみ捨て場」で見かけたけど、
こういうこと言うやつ、けっこう多いのよね。

本人は、自分は賢い、立派な見解を披露しているのだ、くらいに自負しており、また、そういうコメントに賛成している「ヤフゴミん」が多いのも常のことなんだけども、そのチグハグな内容に、なぜ、気づけないのか?と、呆れつつ思う。

 

要するに、投票先を選ぶに当たっては、立候補者の頑張りぐあいや貢献度を見ることが大事だと。

そのあたりを見分けるには、地元の自治体ならば、明白に分かりやすい、だから、このところの自治体のトップは、『自民党』や『自民党』現職・前職以外の立候補者の当選が立て続けに起きているのでは ないかと、そのような分析的主張。

まあ、その現象についての見解も、「いまごろかよ嗤」といった、私なりの分析は持っているけどwそれは さて置き、

立候補者が、すでに、地元の自治体で、あるいは、何らかの活躍で貢献度が知られているなどの人物なら、そりゃ、投票に当たって判断しやすいわけだし、

できれば、そういう人が、やがては国政の場に入ってもらえたら良いことだろうけれど、

そもそも「政治経験」というものが、ほぼ全く ない新人の立候補者だって いるでしょう。

そして、そういう人が、いきなり、国会議員に立候補するケースも あるでしょう。(『自民党』から出馬した芸能界出身者に目立つよねw)

その場合、どこを どう見て、この人なら!と、判断できるわけ?

 

言うところの「人柄」「人物」を見分けて判断すべきだ!と主張されても、困る。。。emoji学歴とか職業とか、もしや、人相とか??

 

私のように、特定の政党や政治団体との関わりは勿論、議員さん個人との交流も ほぼ全く持ったことが ない有権者なら、どうしたって、政党や、立候補者が所属している政党の吟味から始めるしかないわよ。それが、ほとんどの平凡な一般的な有権者の実際じゃないのだろうか。

なので、

先日も述べたように、

私は、政党を選択するに当たっては、その政党の掲げる基礎的な理念や基本的方針、結党以来の歴史が長い政党なら、これまでに、どういう姿を、われわれ国民に対して見せてきたかという仮借ない現実、

そのうえで、

特に、喫緊とする課題設定や施策について、どういうことを挙げ、どのように解決していく見通しを示しているのか、その見通しに、甘さや誤魔化しや欺瞞は見受けられないのか、

そういったことを総合的に吟味して、

そうして、立候補者が、どの政党に所属、あるいは、推薦を得ているかを見る。

まあ、まず、政党を吟味した段階で、かなり振るい落とすことになるわね。

どの政党に所属している、あるいは、どのように、政党を渡り歩いてきたかの履歴を見れば、その立候補者の おおよその考えかたや姿勢の見当は付くからね。

 

 

最後の最後に、念押ししておこう。

小泉ぼ~えーダイズンくんが、またまた やらかしたというので、
今度は何や?と思いきや、

『自衛隊』員をば、「軍人」と呼んだとな。

このぼ~えーダイズンは、日本では、敢えて『自衛隊員』と呼ばなければならない、なぜ、呼ばなければならないのかという理由を知らないのかな。

 

まあ、どうあっても、なるはやで「軍人」!という呼びかたが できるようになってほしい、つまり、「軍隊」「軍部」という呼称に変えたい!という思惑の、敢えての「お漏らし」なのだろうが

まあ、子イズミくんのことを咎める前に、

これも何度か指摘してきたことで、

故アベシは、国会で、堂々と、

わが軍!!」

と、言い放ってるのだからね。

このことを忘却している人が殆どのようだ。

 

高市さんにしても、アベシより もっと やれるのなら、という野望や野心は あるのだろうけど、

再び三たび言うが、すべては、安倍政権のときに、下地を敷いてあるんですから。

『自衛隊』の あれコレの問題に、いまごろ驚いたり憤ってる人たちのほうがボンクラというもんです。

 

 

ま、
日本の一般的国民・有権者が、ずばり「肉屋を支持する家畜」の群れであるように、

日本国そのものは、
『アメリカ』という名の肉屋を支持する「家畜国家」なんですわな。

 

 

くだらんノスタルジーに浸りたいがために、なのか どうか、
しょうもない小細工を施そうとも、

『敵国条項』なる首輪を外されては いない日本。

「死文化」してるのか どうなんだか、だったら、さっさと外してもらえよ()

話は それからでしょ?(大嗤)

 

『昭和天皇』や、アベシの外祖父である岸の時代から、『アメリカ』にコントロールされている『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』。

そんな 『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』にコントロールされ続けてきた日本の国民。

 

その軛を逃れようとして、何人もの人が、蹉跌や暗、、、emoji

おっと、こんな夜更けに、誰か来たようだwww

 

そこの女の子、女性たち。

男子・男性だけの話だと思ってちゃダメですよ、っての。

あなた自身が、また、あなたの子どもたちも、当事者となる可能性が高いのですよ。

アメリカの代わりに、つまらんイキリ祭りに興奮させられて、

アメリカの代わりの「鉄砲玉」を請け負って、むざむざと死んでいきたいか?

 

『敵国条項』、このことと、
日本の軍事力向上の、そして、核兵器装備の可否とを、よーく考えておくのですよ。

 

 

ついでに、

『IQ』コンプレックスのトランプに教えといてやろう。

そんなものは、そのときの生育・生活環境やコンディションによっても、大なり小なり変化するものなんです。

 

うちの兄なんか、私よりも大幅に低い、はっきり言って、日本人の平均値よりも低いIQで、国立大学を卒業し、教職公務員を務めてましたよw私の鬼母のスパルタ教育のタマモノでww

 

 

こんなはずでは、、、

この繰り返しが、愚民大衆の歴史。

 

「国家」などと、
幻想・幻影の最たる人工物のために、どれだけの命と資源を浪費するのだろうか。

もっとも、自然界が、個々の「命」は重いだの大切などとは、気に かけているはずも なし、
そんなキレイごと言ってるのは、人間の口先だけだ。 

ま、好きにすれば いい。

バカは死んでも直りは しない。

 

 

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Updated   
2026.04.27 (Mon)

【続・続&追記】再び、いろいろ言う。の続き。の続き。

(もお、どうでもエエwww)

 

幼児の頃の私が、いちいち憶えては おるまい、と、高を括っていたのだろうが、

あいにく、

生後6ヵ月からの記憶が鮮明な私、

もし、栄養も酸素も途絶えさせられていなかったならば、いわゆる「胎内記憶」も鮮明に持って出生したかも しれない私です。

幼いからって、舐めていてはダメですよ()

 

 

「おまえは、おとうさんソックリ!」

「おまえは、おかあさんソックリ!」

「おまえは、オバサン(←私の母親)ソックリ!」

と、

それぞれの立場とエゴで、家族全員が、四方から八つ当たりの集中攻撃を幼い私に向かって投げつけてきた、そんな状態のなかで生育したとは言え、

もともと、私は、親や兄弟・姉妹らとは、フシギなほど似てない性質なので、

彼らと違って、自分から争いごとを起こすタイプでは なく、いたって素直な子ども時分は、親・きょうだい以外の人たちからは、とても可愛がられていた。

 

けれど、

いまになって振り返ってみて、つくづく実感するのは、

あの母親のために、
複雑な関係性の身内を筆頭に、あっち こっちで、見苦しい争いの渦中に巻き込まれていき、結果的に、私自身も、「敵認定」されるハメに なってしまっていたなあ、ということ。

 

母親の真の姿、本性を、すべてが終わるまで、見抜ききれなかった私がマヌケで愚鈍だったのだが、

父親を信用できるとは到底、思えなかった分、母親を疑うことまでは考え及ばなかった。

 

目の前の親の どちらも、信用に値しないとなったら、
そんな子どもの寄る辺なさは、どれほどのものだろうか。

 

子どもは、「安心立命」を求める。
だから、
父親違い、腹違い、双方の姉らは、ことさら、おとうさん、おとうさん、と なるし、

私は、まぎれもなく、母親っ子だった。

さかのぼって、うちの両親それぞれも、

一方の親に対しては大いに失望や厭悪が あっても、
もう一方の親には、素朴な思慕や信じられる感覚を辛うじて消失させては いなかっただろう。

 

その点、自殺で亡くなった兄の場合は、自分の実の父親も母親も、どちらも信用に足るとは思えない心情だったであろうと察する。

皮肉なことに、この兄も、自分の両親の どちらとも、あまり似ては いない性格だった。

 

 

ところで、

例の『南丹』市の事件のこと。

いわゆる識者の人たちが、
「もう やめましょうよ」「報道するな」
とまで言い始めたらしいけど、

いや、社会問題を孕む事件なのだから、報道は、むしろ、きちんと行なうべきでしょう。

ただし、
憶測やらデマを蔓延させたり、以て、「エンタメ化」してるようでは、それが、現政権の大問題から、国民の眼を逸らさせる意図が あったにせよ、なかったにせよ、いずれの方面に おいても、必要な報道は、すべきことなので、どうすれば よいのかは考え続けていかなければ ならないことだと思う。

 

さて、この事件について、最も怪訝に思っていたことなのだけれど、

被害者である男児の家庭は、同じ敷地内で祖母や伯父たちが生活していて、という、いかにも地方の地元らしい「大家族」、ふだんは、男児も、彼らとの交流が密で、とても可愛がられていたそうだね。

私は、むしろ、このあたりで、なんだか、腑に落ちないのだ。

まあ、私自身に、いわゆる「田舎」という場所、「大家族」での生活を経験したことが皆無に等しいからなのだろうけど、

どうやら、家族・身内のなかで、「あいつが」とまでの疑念を持っていたというのだったら、なおさら、最悪の事態を防ぐことが叶わなかったのは、なぜなのか、どうすれば よかったのだろうか、と。

つまり、

けっして、母子だけで孤立してしまっていたという、ありがちなパターンの状況だったわけでは全然なかった。
すぐ傍に、仲の良い親族たちが いて、目が届いていたはず、それなのに?という疑問だ。

 

 

あとは、

特に『自衛隊』を めぐって、いよいよ、きな臭さが漂い始めた高市政権のこと。

ま、彼女の背後組織のことを思えば、こうなるのは、火を見るより明らかだったはずなんですがね。

 

差別意識の つよいトランプが、日本、そして、その首相を尊重する姿勢なんぞ本心から持っているわけないじゃないか、さすがの高市さんとて、その本心は分かってるだろう、分かっていて、敢えてのことなんだよ、というよりもね、

先日も指摘したとおり、高市さんみたいな、ああいうタイプの人は、男女関係なく、まずは、とにかく「力を誇示」「強圧的に迫る」姿勢を憚らない、そんなタイプが、純粋に大好きなんですよw

だから、ほんとうなら、自分自身も、そのようでありたい。

だけど、
そうも いかない わが身の現実であれば、一転して、とことん、ひれ伏すのですよ。みっともないくらいに。

そこに「抵抗」なんか感じないのよ。

だって、
ああいうタイプが大好きで大好きで、ひたすら憧れているのだからさ()

 

したがって、

リスペクトできる「強い者」にはペコペコする反面、

自分よりも「弱い」「下」だと見做している蔑視対象には、やたらと態度がデカくなる、無意味にエラソーに する()このパターンです。典型よね(嗤)

 

日本の政界やマスコミにて跋扈している連中のなかにも、トランプ タイプ大好きな連中は、けっこう多いでしょw

さすがに、最近は、大っぴらには しなくなったけどさ(爆嗤)

 

男性どうしなら、心底では、いつか自分だって、、、と、
あるいは、
いやいや、自分では、ああいうところまでには なれないだろうなと思えばこそ、単純なリスペクトや上下関係に従順に徹してみせる、それだけかも しれない。

しかし、特に、女性の場合は、もっと複雑よ。

高市さんのようなタイプだと、ある種の女性特有の「男性コンプレックス」が根底に あるからね。

だから、「女だてら」に(?w)ヘンに真似しようとしつつ、女としても大いに媚びる。

 

ま、

当初から言ってきたけど、彼女は、とにかく、チョーシが いい。

「働いて!働いて!働いて!」「馬車馬のように働く!!」

と、
これも また、意気軒昂に、口いっぱいのことを言ってしまって、いまさら、めそめそと「睡眠不足で~」は、ないわねwちと、カッコ悪いぞよww

 

 

うちの母親なんかもね、異常なくらい、気が強かったけれど、その裏では、実は、コンプレックスや劣等意識のカタマリを抱えていて、本質的には、むしろ、弱い女、脆い人だったなあと思う。

 

こういうタイプは、要するに「俗物」なんです。

言い換えれば、俗世間の価値観に、異常なくらい敏感だからこそ、それに従っておこうと、素直に、いっしょうけんめい努める。
ゆえに、往々、典型的「優等生」だったりも する。

それだけ毒されているんです。

けれども、本人自身は、トンと無自覚だ。

なので、しょせんは、真似しか できない。

あの人の真似、この人の真似。

ほんとうの、自分のなかのものが、ない。

とにかく、要領よくして、勝つしかない。

そのほかには、何も ない。

空っぽ。

それにも無自覚。

 

蔑視に相当する者と分類している対象のことは、まずは、容易に「勝てる」「勝ちやすい」相手だと踏んでいるから、躊躇いなく、罵ったり、貶めることを するんです。

おのれの「さもしさ」は、棚に上げてね。

 

 

最後に、

盛況であるというデモの話題ですが。

今度は、私も、あまり期待してないというか、いまどきの、特に、若い女性のほうに、むしろ、いささかの懸念を持っているということを、先日のエントリーでも指摘しておいたわけだけれど、

なんつうか、いまの若い人って、私らの若い頃よりも、もっと軽薄度合いが進んでしまってる感じが するのよ。。。

 

男の子のほうはね、意外なくらい、むかしの男の子の傾向と、良くも悪くも、それほどには変化してないなと思える。

要するに、たとえば、些細な失敗や、ちょっと注意されただけで、むやみとヘコんだりするというのは、私ら同世代の男の子たちも、まあ、そんな感じだったよ。

 

私が若い頃の、ある日の朝、とある建物の入り口の手前で、18か19歳くらいの男の子が、学校に遅刻しそうになったのか、走っていて、つまづいて転んだのね。

私も若い頃で、当時は専門学校生だった頃か、新入社員時代だったかは忘れたけど、目の前でスっ転んだ男の子の鞄や何かが路上に落ちたのを拾って、渡してあげたのだけども。

その男の子はサ、転んだ ひょうしに、尻もちを ついた状態のまま、足を投げ出して、動かないのよ。

で、「だいじょうぶですか?」とか聞いても、ただ、力なく頷くだけで、
かわいそうなくらい、見るからにショボ~ンと俯いたまま、へたり込んでたw

ま、若いからね、人前で、それも、同じく若い女性(私w)の前で思いっきり転んで、恥ずかしかったんでしょう(苦笑)

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.04.27 (Mon)

【続・追記】再び、いろいろ言う。の続き。の追記。
(ああ、ややこしやwww)

 

なんせ、あの肥満体ゆえ、「床ずれ」に陥ったら大変な事態になる、
本人が、耐えられないほどの苦痛に苛
まれることになる、と、
ほぼ毎日、見舞いに行くたびに、看護師さんをアテにしていてはダメだと思って、

全身の清拭をマメに行なっていた その甲斐あって、
床擦れだけは、辛うじて、なりかけの手前で防ぐことが できた。

 

タオルを何度も取り換え、熱湯に近い お湯で絞るたびに、私の弱い皮膚は、いよいよガサガサになっていき、

「ああ、人間って、こうやって、外見から老いていくのだなあ」

と、思った。

 

若い頃は、「手タレ」も できるよ、と、言われたものだし、

あんた、家事なんか、やったことないでしょ、とも言われたが、

どっこい、
私は、母親が自称する「病気の問屋」みたいな体質にも かかわらず、家計の助けに働いていて、家に い
なかったりしたし、
ついには交通事故で入院といった長い不在も経験しているので、
幼い頃から、自分の身
の回りのことや掃除、洗濯、簡単な料理といった家事も、同世代の子の「お手伝い」レベルを超えて、いろいろと やってましたよ。

 

まあ、でも、誰にも何も頼めないのがデフォルトである私の身と違って、

虐待してきた娘に、最後まで介護してもらえたのだからさ、幸せだよね、あの母親。

 

 

話が大幅に逸れていってしまったが、

若くして、不慮の事態で亡くなった叔父のこと。

この叔父が、まだ元気に暴れていた頃。

たまたま、私ら親子が、祖父の家へ訪問した日、やはり、小学生だった私の記憶は曖昧になっているのだが、

何かの理由で、叔父が、大暴れを始めて、近所の人たちまでが、ようすを見に来るほどの騒ぎに なり、

祖父に向かって狼藉を はたらこうとするのを、年老いている祖父が毅然と抵抗しているうちに、
叔父は、あ
ろうことか、いったん、自分の家に戻ったと思いきや、今度は、刃物まで持ち出してきた。

そんな事態のなか、
祖母(義祖母)が、床に座り込んで、わんわん泣き出し、
私の母親が、

「おばあちゃんの顔を拭いてやりなさい」

と、私に促したので、
私は素直に、義祖母の もとへ近づき、タオルで、頬の涙を拭いてあげた。

すると、義祖母は、反射的に、私の手を払いのけ、なおもヒステリックに、泣き喚いていたのだが、

そんなことが あってから、義祖母の、私に対する態度が、ますます甘いものになったようで、これには、叔母らも、呆れるように感心していた。

「この子()のことは、可愛いのかねぇ」

と。

 

もともと、私を含めた、先妻のほうの孫に対しては、野性的な育ちらしい、ぶっきらぼうな態度ながらも、彼女なりに、可愛がってくれていたことも事実なのだ。

 

以前にも触れたことが あるが、

正月に挨拶に行けば、祖父は、いつもに増して、お小遣いを与えてくれるのだが、最低でも3万円は渡してくれる、
それを確認した義祖母は、張り合うかのように、5万円を差し出す、
といった ぐあい。
おみやげに持たせてくれるのは、ゴージャスなデコレーション ケーキを、ホールまるごとドーン!といった豪快さ。ワイルドなのよねw

祖父が5万円なら、義祖母は7万円、8万円と、ドンドンつりあげてくる()

母親に言わせれば、

「それは、本当は、おかあさんが、家計の足しに できるようにと思って、その代わりに、あんたに多めに渡してくれてるんや」

とのことだったが、
そう言う母親も、だからと言って、私から取りあげることは しなかったので、親から もらう お小
遣いでは、とうてい、手が届かない、高価な大型の美術書やら『ボードレール』の豪華版詩集やら、定評あるアーティストの2枚組レコードを購入するなどに使わせてもらっていた。
(『ピーター・ラビット』の絵本とか、洒落たドレスを着たビスク ドールふうの人形とかも笑)
私は、そんな子どもだった。

 

 

私が小学校の低学年の時分、入院した義祖母の見舞いに、母親に連れられて訪れたとき、たまたま、隣りのベッドの人が、バナナを食べ始めたのを見て、アホな子どもだった私は、行儀悪くも、バナナ食べたい~と、わがままを言った。

だいたい、こういうときこそ、いつものように、頭を張り飛ばして、叱りつけるはずの母親が、なぜか、何も言わないw

 

母親では なく、義祖母のほうが、とても困った顔を して、ベッド サイドの引き出しから、「一口羊羹」を二つ三つ取り出し、これでも食べるか?と、勧めてくれたのだが、どこか申し訳なさげな、そのときの義祖母の表情は、初めて見ただけに、いまでも印象に残っている。

 

思うに、

義祖母は、私の祖父と結婚するときに、長女(私の母親)ら子ども全員が、そろって猛反対していたことを、ずっと、根に持っていたのでは ないだろうか。

凄まじいほどの継子いじめを やっていたことの、第一の理由だったのでは ないかと。


私は、スーツでも何でもセンス良くテキパキと仕立てあげる技術を持っていた、とても おしゃれで、たいへんな美貌だったという実の祖母の顔を、知らない。
写真を見たことが ないので。

実祖母、つまり、私の母親らの実母の写真、そして、実祖母が愛用していた遺品の数々も、
義祖母が、すべて、捨ててしまったので、何一つ残っていない、ということだった。 

 

母親の話では、

若くして病没した(母親の)実母は、今わの際に

「私が死んだあと、決して、後妻を迎えてくれるな」

と、祖父に約束させたというのだが、

実際は、義祖母が登場する前に、後妻の候補として紹介された女性が存在していたわけで、

気性が穏やかで、優しい その女性をこそ、継母に迎えてほしいというのが、私の母親ら兄弟姉妹全員の希望だったという。

ところが、

祖父にとっては、その人を、男性としての視線では、あまり、魅力を感じなかったらしく、

泣いて反対する子どもたちを無視し、
年齢が離れた、かなりの年下の若い女だった義祖母を迎え入れた。

 

そうして、

のちに、祖父の娘(私の母親)は、最初に儲けた長女、まだ幼かった娘を犠牲にしても、不倫相手の もとへ走った。

お腹には、「罪の子」である私もデキちゃったしね。

 

で、

私の父親違いの姉が、せっかく、うちで暮らし始めたのに、なぜ、やめることになったかということの切っ掛けを、あとから思い出したわけなのだけれど、

ある日、姉の実父から、電話が かかってきたらしい。

私が目撃したときには、親父が応対していたのだが、

親父は、へえ、へえ、と、なんかペコペコしている感じで、やけに低姿勢。

その傍では、母親が、電話の向こうの相手(前夫)にも聞こえよがしに、何やら怒鳴り散らしている。

 

まっ、ね、

姉の父親って、いまどきに言う、いわゆる「ネトラレ」ですやんか(苦笑)

その腹いせみたいな つもりだったのか、

姉に向かって、

「あんたは、実の母親が、10万円で売った子」

と、嘲笑し続けた「継母」的な女性も含めた、何人もの女性を、とっかえ ひっかえ、というふうに、家に出入りさせ、出産した人も一人ならず いたので、
姉にも、腹違いの弟妹が おり、
その子らの世話を押し
つけられても いたらしいのね。

 

おまけに、

姉が最も忌み嫌っていたのが、その実父。

実の父親の家を出てからも、お金の無心やらを含めて、しつこく電話してくるので、ほんとうに鬱陶しい、あんまりシツコイから、電話のモジュラーやコンセントごと引き抜いたるねん、などと、姉が、よくボヤイていたのを憶えている。

 

まるで、私らの母親に対する恨みを、姉に ぶつけているようだなと、私も感じていた。

そんなだから、

姉にしてみれば、うちの親父のほうが優しいし、実父よりも ずっとマシと思うのも無理は ない。

 

それでも、

姉の実父が亡くなったとき、

私らの母親は、いたって冷淡だし、

私も、顔も知らない人だし、これまでの姉の苦労を思えば、やっと、解放されるじゃん、くらいに思っていた。

ところが、

姉にしてみれば、
やっぱり、たった一人の実の父親で、愛憎こもごもの存在、そんな父親が亡くなったこと
に対する複雑な心情を、私らとは共有できないのだと感じたようで、それで また、疎外感を持ったらしい。

 

 

ただ、
いっしょに生活した期間が、ごく短いので、妹である私のほうも、自分の父親らに、ひどい目に遭わさ
れてきたことは、姉も、殆ど知らないままで、勝手に想像していて、
私という妹だけは、いちおう幸せな生い
立ちだろうと思い込んでいるらしきところは ある。

したがって、
どこか、私に対するネタミのようなものを感じないでもなかったのだが、このようなことは、腹違
いの姉や兄とも共通している。

 

要するに、
私は、両親からも、兄弟・姉妹からも、どの方向からも、
一人だけ、ねたまれ続けている存在なの
である。

「私の苦悩は、誰も知らない」。。。

どうすることもできない現実も あるのだな。

なんとかしようと足掻いても、かえって逆効果になる現実が。

 

私だけが、幸せに育ったかのような思い込みは、
義理の兄弟・姉妹にとって、また、母親にとっても、
特に心理
的に、つごうの良いイメージなのだ。

 

いみじくも、母親は、幼い頃の私に向かって、繰り返し、言い続けたものだった。

「おまえは、誰からも、きらわれる」

「おまえは、妬まれやすい」

と。

 

おのれの汚物を なんぼでも投げ入れさせてくれるゴミ箱みたいな娘を、そういうふうに呪っていた。

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.04.27 (Mon)

【追記】再び、いろいろ言う。の続き。の追記。(ほんと、ややこしいww)

 

でもね、

この、真ん中の叔母は、ふだんは、とても おとなしく、およそ、親や目上に逆らうことが なかったそうなのに、

そこを舐めて かかっていたのか義祖母が、何やらイチャモン的、理不尽な言いがかりを つけたときに、その叔母が、義祖母の気が済むようには しなかったのか、たちまち、怪力の義祖母に、着ているものを全部、剥ぎ取られて、裸で、家の外へ放り出された。
祖父は不在だったときのことらしい。

たまたま目撃した近所の人が驚いて、どうにか こうにか、家のなかへと入らせたのだが、

そのとき、くだんの叔母は、そばに置いてあった裁ち鋏を掴むが早いか、義祖母を目がけて投げつけた、その裁ち鋏が、太腿に刺さった義祖母は、響き渡る叫び声を あげて、助けを求めたものの、一部始終を見ていた近所の人たちは、救急車を呼んでくれという義祖母の大声を無視し、その後は、帰宅した祖父が、義祖母の訴えを聞いて連絡した警察も来たそうだが、事情を訊かれても、娘は悪くない、継母の自業自得!とて、皆、真相も顛末も語らず、一様に知らん顔で、ダンマリを通したそうな。

 

この叔母は、所帯を持った相手の男との子を妊娠したものの、相手には黙って、中絶したという。

叔母なりに、いろいろ思うところが あったのだろうと察する。

しかし、相手は激怒して、こういうところが、すごく嫌だわと、私も思うのだが、

ただでさえ、からだが弱い叔母に、勝手に中絶したという理由で、暴力を振るったらしい。

ほどなくして、叔母は、「猫いらず」か何かを飲んで、自殺してしまった。

 

こういった類の出来事に関しては、また今度、詳しく述べることも あるかもしれないが、搔い摘んで言うと、

私の母親は、当時の婚家で生活している頃、その叔母の事態を知らされて、大急ぎで、担ぎ込まれていた病院へ駆けつけようとしたのだが、

なぜか、道に迷い続けて、尋ねても尋ねても、なかなか、その病院に辿り着けない。

やっとのことで、変わり果てた妹の亡骸と対面した、その瞬間、待ちかねていたかの如く、遺体の口端から、細い糸を引くように、赤い血が一筋、つーっと流れ出た、と、母親は述懐していた。

 

それから数十年後、うちの母親が亡くなって半年が経つ頃、兄弟・姉妹のなかで最後まで生きていた叔母も病死し、その知らせを聞いて、うちの親父に託された私が、急遽、『東京』へ向かったのだが、このとき、私も、まずは、叔母の入院先、いまは遺体が安置されている病院へ駆けつけようとしたのだが、慣れないせいで、やはり、乗り継ぎを間違えるミスや、みょうな滞りが相次いで、当時、叔母の生活の世話を してくださっていた人との待ち合わせが果たせず、その日は、病院に向かうことを断念し、翌日に訪れて、亡くなった叔母の顔を見せてもらい、
「おばちゃん、遅くなってゴメンね」
と、覗き込んだ瞬間、叔母の片方の眼が、急に、薄く開いた。

こんなことも あるのか?と、驚きつつ、

まあ、私が来るのが遅れに遅れたもんだから、
「あんた、案の定で、やっと来たのね」
と、叔母も呆れたのだろうと思ったことだった(苦笑)スマンwww

 

しかしながら、これらの現象は、べつだん珍しいことでもなくて、科学的、医学的な原因が あることのようだが、
母親の述懐と、私の体験との共通点は、対面した瞬間に、それが起きた、ということかな。

 

さて、

義祖母から すれば、極貧の労働階級出身だった自分に比べると、母親ら義理の娘たちは、とても恵まれた育ちに見えたようで、とりわけ、義理の長女とは、年齢も、親子というには近すぎるうえ、若い頃の私の母親の、際立った美貌や、学業成績の優秀さ、頭の回転の速さなどが、大いに妬みの理由だったのだろうと、
それは、当の母親自身の指摘でも あったのだがw

実のところ、

いまの私は、それだけでは なかったのでは ないかと推察している。

 

と言うのも、

当時、祖父が所有する不動産のうちで あった住宅の一つに、新婚早々の叔父夫婦が住んでいたのだが、裕福な良家の娘と結婚、子どもも遠からず、という年齢になっても、グレてしまっていた叔父は、まともな就職もせず、いろいろ問題を起こしては、祖父母は勿論のこと、私らのほうにも迷惑を及ぼすほどの困った存在に なってしまっており、

親父などは、
「会社にまで、カネの無心に押しかけてきやがって」
と、晩年まで、この叔父(母親の実弟)のことを、心底から嫌っていた。

暴力団との揉め事まで起こしていた叔父は、母親や叔母ら姉妹と同様に、容姿が際立っていた おかげで、それを活かし、ポートレート モデルなどもアルバイト代わりに やっていたようだが、だからだろうか、かねてから狙われていた暴力団の手先と、繁華街で遭遇したとき、
「どこかに逃げやがったかと思っていたら、まだ、ここに居たのか」
ということで、あのハンサムな顔を、刃物で切られたとか、そういった事件も あったらしい。

けれど、
子ども時分の私と二人だけで話しているときなど、この叔父は、いたって物静かで、どこか寂しげな表情を浮かべていた。
うちの母親に対しても、ときに、幼児のように甘える言動が見受けられたりして、なにしろ、実母を、乳児のうちに亡くしているせいか、本心では、母性に飢えていた人だったと思う。

 

結局、一粒種の女児が、ごく幼いうちに、何かの事故で(私も小学校の低学年だったので、原因は曖昧になってしまっているが)病院で亡くなっており、その直接の死因というのが、病院側のミスで、輸血の型の間違いだったゆえ、それを訴えてやると憤っていた祖父を抑え、実姉である母親が、「おとうさん、やめときなさい!」と、猛反対したということはハッキリ憶えている。

 

まあ、母親にとっても、自分の亭主を怒らせるほどの、どうしようもない、困った弟だったからなのだろうか。

うちの母親ってのは、そのことに限らず、時々、非常に思い切りが良いというのか、冷酷なほどのところが あって、ふだんは、母親代わりを務めた長女らしく、世話好き、面倒見が良い、涙もろいタイプでも あったので、
このような落差には、実子である私でも、やはり、理解し難いままなのだが、

たとえば、『北朝鮮』の拉致被害者の親御さんたちを見ていると、ふつうの親というのは、ああいうふうに、子を思う情が、とても深いのだろうか、でも、うちの母親なんかは、、、

ハッキリ言って、
私が、誰に、どこへ連れ去られようとも、騒ぐのは、おそらく、せいぜいが数年ていどのこと、

早い話、「自分の役に立つ子」では なくなったと認めざるを得ないほどの年数が経ってしまったものなら、しごくアッサリ忘却していくのでは ないか、そう思えるくらいに、冷淡な面も あった。

要は、「条件付き」のナントヤラ、ってことだわな。

 

「自分の役に立つのか否か」

それが、基本の判断なのだ。「勝ち負け」に拘ることと同様に。

 

私自身は、母親の、そういう面を、責める気には ならない、と言うか、
とっくに見おろしてる心境なので、ただ、「しかたないよなぁ」と思うだけ。

だって、そういう思考回路の脳なのだろうから。

 

ちなみに、
母親自身が、事故で長期入院中、寝ているときに、
「あんたの死神だよ」
と、迫ってくる相手を見たら、それは、亡くなった弟だった、という幻覚に襲われたと、たいへん怯えていた。
「皆に迷惑かける存在だったのだから、輸血のミスで死んでくれたのは、むしろ幸い」
というふうに言い放ったことの、後ろめたさが潜んでいたのだろうか、
母親は、自分自身の心底に向き合うことが苦手な性格だったので、いまの私は、心理的なものの現れでは なかったかとも思う。


ところで、先日のエントリーでも、

腹違いの姉が、「自己愛性人格障害」との診断を受けてから年々、甚だしく太っていったことを指して、親父が、「精神科で処方されている服用薬のせいも ある」とか言っていたものの、あの義姉の食生活にも問題が大だったのは、彼女が学生時代から、私の母親が指摘しているくらい あきらかだったので、もともと、太りやすい体質には違いないだろう、とも指摘しておいたわけだが。

 

で、

うちの母親の場合だ。こちらも、

「子どもを産むたびに」太っていった、というのが本人の言い訳みたいな口癖だったが、たしかに、体質的なもの、持病から来る影響も あったと思う。

 

しかし、よくよく思い返すと、

うちの母親は、歯を磨くのを厭う人だった。

 

なので、
晩年の入院中、「完全看護」とは看板倒れもイイとこな看護師さんたちをアテにしていては、歯磨きひとつも、まともに やってもらえないだろうことは明白、したがって、娘である私が、仕事帰りなどに見舞
いに行き、食事の介助を終えたあと、歯ブラシを取り出して、当ててやろうとするのだが、「痛い!!」と言って怒る。

そのうちに、歯茎からの出血が目立つようになってきたので、
痛い!と喚かれようが、叱りつけて、無理にでも
磨いてやれば、終えたあとにはゲンキンに、「あー、サッパリした!」と、せいせいした声を上げている。

 

だが、
完全に寝たきりになった最晩年へ近づくにつれ、ますます痛がるようになり、小児用の歯ブラ
シを使ってみたところで、最後の すすぎが、できなくなっていった。

どうやっても、歯ブラシが無理ならばと、洗口液などを用いてみたら、今度は、含んだ液を、ごっくん、と、飲み込んでしまう。

飲んだらアカンでしょ!と叱っても、もはや、焦点の定まらぬ眼を、ぼ~っと泳がせている。

 

聞くところでは、

ある種の「発達障害」者は、歯磨き、歯ブラシを当てるのを嫌がるとのことだったが、

歯も弱かった うちの母親も、若い頃から、その傾向は あったようだ。

晩年は、いよいよ、歯磨きが困難に なったわけだが、

本人が言っていた「食欲中枢」あるいは「満腹中枢」が狂っているから、というのは、この、歯磨きを厭うことと、食欲との関係に あるのでは ないだろうか。

もっと言えば、

うちの母親は、食べるのが非常に早く、そもそも、あまり きちんと噛んでいないということも、自分で認めていた。

 

私と外食しようものなら、気が短い母親は、自分が食べ終えたら、サッサと席を立ち、支払いを済ませに行って、まるで、娘の私が、まだ食べている途中であることなど眼中に全く ないかのごとく、そのまま、店の外に出て行ってしまうのである。

これ、ほんとうに、なさけない気分に させられることで、いくら家族でも、ずいぶんなマナー違反じゃないかと思うのだが、

それに、私は、食べるのが人並みより遅いわけでは ない。

そして、いっしょに食事している相手が いれば、相手のペースに、できるだけ合わせるし、食べている途中の相手を尻目に席を立ち、出て行ってしまうなどという無神経なことは、したことが ない。

もちろん、親に しつけられたからでは ない。自然に、自主的に、そうしていた。

 

 

母親は、俗に言う「往復いびき」も酷くて、おそらくは、本人も自覚しないまま、慢性の睡眠不足になっていたのだろうと思うが、あの異常なほどの短気さや易怒性は、主たる持病であった「本態性高血圧」との密接な関係が あり、

結局、
これらのことは、中年以降の甚だしい肥満体型との結びつきから、
やがて『心筋梗塞』『脳梗塞』を招
く原因に なっていったものと察せられる。

最終的には、懸念されていた『C型肝炎』では なく、繰り返した脳梗塞が原因に なり、68歳に なって、ほどなく、ついに亡くなった。

なお、

明確なことは不明のままだが、

『C型肝炎』に ついては、
事故後の入院中の輸血が原因だったかも しれない、ということだった。

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.04.27 (Mon)

【続】再び、いろいろ言う。の続き。の追記。(ややこしいw)

 

前回エントリーでは、父親違いの姉の経緯で、
いったんは、うちで引き取ったのに、出て行くことになった原因が、親父の怪しからん行動にも あったとは思うのだが、

姉の側も、急に、長く離れていた、それも、決して、良いイメージは ない実母のもとで生活することになり、そこへ、義父と片親違いの妹も いる。

 

まあ、私は、10歳以上も年齢差が あるうえ、よくイジメられた腹違いの姉(←特に苦手)や兄とは大きく違って、比較的に年齢が近く、たまに、母親から、この姉のことを聞かされることも あったので、言わば「瞼の姉」的な存在でも あったせいか、私にとっては、そばに居て違和感のない、好きな姉なので、共に生活するのは楽しかったのだが、

実母としては、離れていた10年来の空白を取り戻さんものと、「教育的指導」を再開できるチャンスでも あるという構えに加えて、私に対する姉からの悪影響を防がねばという警戒心も あったことは窺えた。

 

あるときに、この姉が、ちょっとした化粧小物(アイ メーク系)を、私に試させて、それを付けたまま、上機嫌で いた私の顔を見たとたん、母親が、猛烈な勢いで怒りだした。

なにしろ、母親は、私が20歳代になっても、化粧することにすら、しぶい顔をしていたくらいだ。

 

そして、すぐさま、姉のほうにも怒りを向け、
「妹に、いらんこと教えるな!!」
あんたみたいになったら困るんや!などと叱責したようで、

今度は姉が、私に向かって、
「おかあさんに怒られたやんかぁ~emoji」と、文句を言っていたw

 

親父と、母親の態度も かなり違って、特に、姉が妊娠したあとは、それまで以上に、喫煙を厳しく咎めるようになった母親の前で、親父が、あるとき、「ほれ!」と、自分のタバコを数本、姉に手渡してやったのを見て、母親は、また激怒。

かねてから、喫煙を大幅にガマンさせられていた姉は、親父が差し出したタバコemojiに、一瞬、顔色が明るくなったのに、たちまち、暗い顔をして、うつむいてしまったという出来事も あった。

 

そんな こんなで、
姉にとっては、うちでの生活は、気づまりな面も多々あったのだろうと思う。

 

私も、当時は まだ子どもだったので、記憶が少し曖昧になっているところも あり、あとから思い出したことも ある。

それは、姉の実父のことだ。

 

その前に。

そもそもは、別の男性に見初められていて、それが、たいへんに裕福な実業家だというので、母方の祖父母、特に、うちの母親にとっては継母であり、私らから見れば、義理の祖母になるのだが、その義祖母が大喜びして、強烈に推したものの、当時は、まだハイティーンで、『京都大学』の おぼっちゃまたち(どうやら、好きな人が いたらしい)と遊びまくっていた頃の母親にしてみれば、かなり年上の、自分の父親と年齢が近いオッサンと結婚する気になんか なれない。

一度は、妹である叔母に手伝わせて、友人の所へ逃げ出す家出を決行したものの、気性の荒い、若い後妻に責め立てられた祖父は、娘である私の母親の顔を見るなり、

「トシが離れた人が、そんなに嫌なら、そっちは もう いい、今度は、もっと若い男だから、頼む!今度こそ、嫁に行ってくれ~emoji

と、泣き倒し戦術でもって、のちには姉の父親となる男性との結婚を強制したということだった。

 

のちに、私が小学生、中学生くらいの年齢になった頃、母親は、義祖母に、さんざんイヤミを言われたと苦笑していた。

と言うのは、

かつての結婚に おいて、せっかく、大金持ちの中年男性に見初められていながら、それを厭って、逃げ出したものの、結局、のちに、姉の父親となった男性のところへ、それも、顔も知らないままで嫁入りさせられて、
その後は、反動のように、私の父親とのダブル不倫の すえに再婚したわけだが、皮肉なことに、それからが、もっとド修羅場の毎日。

義祖母は、

「おまえは、ほんとうに愚か者。最初の結婚話に素直に従っていれば、今ごろは、大金持ちの奥さまで いられたものを」

「おまえは、ほんとうにアホ。義理の子に、そんなに いっしょうけんめい してやって、なんになる?むだじゃ、むだ!!」

と、当てつけ的イヤミを、冷笑しつつ言い続けていたそうな。

 

義祖母は、極貧の下層労働階級出身ながら、歴史的名門家系の、こちらも、たいへん裕福だった祖父(しかも、すごいハンサムw)を射止めたあとは、先妻の遺児らを、徹底的に虐めていた。

そこへ、私の母親を見初めた大金持ちが、まずは、この継母から攻略、と ばかりに、母親の実家へ足繁く訪問するたび、義祖母用にと、高価な贈り物を多々運び込んでいたそうなので、そのことを指して、嘲り続けていたわけです。

母親のほうも、苦笑しつつ、

「まあ、それも そうやわなぁ。結局、あの大金持ちのオジサンと、うちの親父(私の父親)とじゃ、年齢的な差は、大して違わんのやから」

と。

 

私の母親は、まだ8歳くらいの頃に、実母が急死して以来、乳飲み子を含めた弟妹の母親代わりを務めながら、たった一人の父親(私の祖父)の苦労を見つつ育ったせいか、はっきり言って、ファザコンである。

母親だけでなく、妹たち(私の叔母ら)も同様だった。

 

妻が亡くなって、幼い子どもだらけの家のなかを男手ひとつで切りまわす父親(私の祖父)を可哀そうに思い、自分が役に立ってあげなければ、とのケナゲな思いで、ある日の早朝、家族全員が、まだ寝静まっているうちに、味噌汁を用意しておいてあげようとしたことが あったという。

それを口にした私の祖父が、いつになく大いに怒りだしたので、なぜ?と思ったら、味噌汁の具にしたワカメを、下洗いとかを せず、そのまま投入してしまったので、砂だらけになって失敗したわけね。

当時、小学校の低学年くらいの母親も、年齢のわりには、とても利発だと評判だったそうだが、さすがに、ワカメの処理法は、まだ知らなかったのだそうで、たぶん、父親に怒られたのは、それが初めてのことだったのだろう。

その話を思い出して、私に向かって語る母親の表情は、いつに似合わぬ、哀しげな顔だった。

 

 

いっぽう、
祖父母も また、彼らの再婚については、いろいろと問題が あった。

祖父と、義理の祖母も また、年齢差が大きく、母の実妹である叔母などに言わせると、どんなに下品で不細工な、自分たちの家系から見れば、とうてい、つり合うはずもない下賤の出自でも、まだ若かったから、その色仕掛けに、父親は迷ったのだ、ということだったが、

第一には、その義祖母よりも先に、祖父の後妻として紹介されていた人の存在が あり、私の母親らに対しても、穏やかで大らかな継母と なってくれるで あろうと見込まれる女性だったので、
あの優しい おばさんのほうを迎えてほしい、あとから来た人には、恐怖と不安を感じる、として、父親
(私の祖父)に、ぜひとも思いとどまってくれるよう、大泣きに泣いて訴えたらしいのだが、

祖父にとっては、娘らが望んでいる継母候補の女性について、若いとは言い難い年齢に差し掛かっており、異性としての魅力も希薄と思えたようで、結局は、男性である自分の欲求に負けて、子どもらの意向を一蹴し、若いほうの女性を、後妻に迎え入れてしまった。

 

私の母らは失望し、不吉な予感に慄いたそうだが、意気揚々と入り込んできた継母は、ほどなくして、先妻の子らの数に負けまいとするかのように、自分の子どもを次々に出産した。

 

じつは、(母らの継母であり、私の義祖母となった)この女性を、最初に、家のなかに招き入れ、父親(私の祖父)と出会う切っ掛けを つくっていたのは、ほかならぬ、私の母親だった。

このことも、わりと最近の過去エントリーで少し触れておいたかと思うのだが、

当時は戦時中で、仕事の都合のために、『大阪』に残らなければ ならなかった祖父が、ある地方の農村に建つ家屋を手配し、現地の人たちへの依頼事や、食料その他いろいろの契約や段取りを整えて、実母を亡くしたばかりの小学生だった長女を頼りに、子ども全員を、揃って疎開させた。

その滞在中のこと、
どこかから流れてきた一行が、行き暮れて、あてもなく、困り果てていたのを、声を かけられた私の母親が、気の毒に思い、幼い子らだけの家のなかに入れて、見知らぬ彼らを泊まらせた。

 

くだんの一行のなかに、のちの義祖母となる女性が混じっていた、それが発端。

 

大阪から定期的に、ようすを見に来ていた祖父に見つかり、長女である娘(私の母親)は、厳しく叱責されたというのだが、それも そうだ。どこの誰とも知れぬ、胡散臭い連中が、子どもしか いないけれど、食料などは、当時には珍しいほど、まずまず備えてある家のなかに寝泊まりしていたのだから。

 

しかし、
小学生だった母親の「善意」、それこそが、のちに、母の実弟・実妹たちを巻き込む不幸を呼ぶことになってしまった、というわけだ。

 

長女である うちの母親と、その継母(義祖母)とは、ちょうど、私の腹違いの姉と、私の母親も そうで あったように、親子に しては、年齢が近すぎた。

 

義祖母は、典型的な「継子いじめ」を、先妻の遺児全員に対して容赦なく実行したということで、兄弟(私の叔父たち)は次々にグレてしまい、母親や叔母らは、進学させてもらえず、実家で生活することにすら居心地が悪いように追い立てられる如く、叔母は、まだ15歳の頃、東京へと出ていった。その少し前、姉である母親は、継母(私の義祖母)が強力に押し進め、父親からサメザメ泣かれて、いやいやながらも、19歳の若さで、不本意ながら、嫁に出されている。それで出産したのが、私の父親違いの姉。

 

 

じつは、
母親の姉妹のなかに、もう一人いて、その人も、同じく15、6のうちに、家出して、『京都』の、いわゆる「置き屋」のような商売を している店にて雇ってもらい、妹である叔母が、相変わらずメソメソな祖父に命じられて、迎えに行ったことも あったとか、店主である女性経営者に気に入られて、後継者にという話とか、いろいろ あったらしいのだが、やがて、そのうちに、とある男性に見初められ、所帯を持った。

ところが、その男性、ある暴力団の組長だったのよw

それでも、
私の母親らとは気性も雰囲気も大きく異なるところが あったと聞いている、その、もう一人の叔母は、うちの母親よりも虚弱で、私が推察するに、どうやら、『癲癇』の持病を抱えていたらしい。

 

祖父は、私も知っているとおりの美男子、実の祖母は、エリザベス・テーラーに似た容貌、母ら子どもが「美人三姉妹」の評判で知られていたなかでも、私の母親は、さながら、「ギリシャ彫刻」を彷彿とさせるほどの堂々たる容貌とグラマラスな体格、

下の叔母は、いちばん小柄で、どこかキュートで、おきゃんな雰囲気。

くだんの叔母は、三姉妹のなかでも際立って おとなしく、まさに「楚々」とした、かつ、「嫋々」とした、黒目がちの、愁いを漂わす、さながら、かの「夢二式美人」のようで あったという。

そりゃ、いかついオッサンに気に入られるわwww

(ちなみに、私も、夢二の絵の女性に似てると言われたこと あるでぇ~!w若い頃ね!若い頃!!ww
母親には、「そりゃ褒め過ぎや!」と、イヤミ言われたけどwww
おいemojiなに笑うてるねん?emojiwwww)

 

【続く】