2026.09.22 (Tue)
『新聞社、裁判所、『沖縄』知事選、ドラッグその他のこと』の続き。
ついでに、世のドラッグ摂取者について。
私が若い頃、「スーパーモデル」という大きなブームが あって、そのなかの代表的な人気モデルの一人だった女性の息子さん(きょうまで全く知らなかった)が、非常に恵まれている生まれつきと環境であったはずにも かかわらず、若い身空で、ドラッグに溺れてしまっていて、ついに亡くなられたというニュース記事を見かけたので、その関連を少し。
まあねえ、私みたいな、およそ「ないない尽くし」で生きのびてきた者から見ると、あまり同情は できないし、「甘やかし過ぎたのと ちがう?」「ヤワすぎちゃうか?」と、つい言いたくなってしまうけど、
まだ若いから、視野が狭いままだったのかな?
自分が想像すらしていなかったような、驚くような人々の世界も あるんだということを知れていれば、とも思うのだけれど、
でも、表向きは華やかな、完璧なくらいの家庭に見えていても、裏の経緯とか事情とか、われわれには全く分からないのだから、決めつけるようなことを言い放つのは、やはり、慎まなければ ならない。
ただ、
おそらく、ああいう特殊な世界って、ぎらぎらとエネルギッシュそのものな人々が溢れかえっている所で、すごく華やかで浮ついていると同時に、それこそ、麻薬でも やりたくなるくらい、常に、気おされないように していなきゃならないのだろうなと思う。
そう言えば、
むかし、シルベスター・スタローンだったと思うけど、雑誌の取材に応じたときの吐露を憶えている。
やはり、ああいう業界では、邪悪なまでの誘惑が恐ろしいほどに多くて、油断も隙も ないのだというふうなことを話していた。
マイケル・ジャクソンの場合も、彼の広大な敷地内や屋敷のなかに遠慮会釈もなく入り込んできたアカの他人の親子が、ありとあらゆる あつかましい要求を通そうとして、筋合いも ないマイケルに しがみつくように しながら、トコトンたかっていたというし、
『クイーン』のフレディの場合も、ものすごく自己主張の激しい「もとカノ」の話が知られているようだしw
なにしろ、『アメリカ』あたりの人は、一般的な気質の日本人だと、びびってしまうくらい、主張が強烈だと聞いてるからね。
そんななかでも、図太く生き抜ける日本人だって少なからず いるわけだけどw
「ノイローゼ」状態になって、ほうほうのテイで帰国した人も いる。
私自身、一見は、「どこの苦労知らずの おじょうさま育ちなのか」という、噴飯ものの誤解が やたらと多かったからね、
おそらくは、当の私も含めて、ほとんどの人は、しょせん、表面しか見てないし、表面や雰囲気だけで判断してることが多いんだなあと、このトシになって思う。
記事に添えられた生前の写真を見てみれば、なんとなく寂しげな眼をしている(シンディの)息子さんも、誰にも わかってもらえないことや説明しきれない気持ちを抱えていたのかもしれないし、
うちの兄だって、自殺したけど、遺書も残してなかったし、誰に聞いても、原因は、ついに分からなかった。
私は、中学生頃まで、共に生活していた時代も あるから、ある程度は、兄の気持ちも、兄にとって、やり場のない憤りや寂しさを抱え続けていたことも、それなりに理解できてると思うし、
実際、親父のことを めぐって、恨み つらみを述べ続ける兄に向かって、親父は親父で、生い立ちに、非常に薄幸な面が あったのだということを伝えたら、それから しばらくは、声の調子まで少しく明るくなっていたことも あった。
それでも、結局は、自殺してしまったのだが、
ヨメさんと、うまくいってなかったとか、息子のことで問題がとか、そっちのほうの悩みも、あれこれ抱えていたようでは ある。教師だったし。
究極のところは、本人にしか分からないことも あるものだ。
あって仕方のないことも あるのだと思う。
私自身も、むしろ、親とか身内とか、ある程度なりに身近なはずの人たちほど、私のことは、誰にも わかるめえ、と思っている。
若い頃のように、なんとか、わかってもらえるよう説明に努めるなどということも、もう、一切、しなくなった。ムダだから。
だってね、
そもそもから悪意のある者や、決めつけ色眼鏡で見たがる者ってのは、「わからない」のじゃなくて、
「わかりたくない!」、「わかってなんか やるもんか!!」というのが本音なんだから。
だから、いくら、真摯に、事分けて話そうとしていても、実際に、こっちは困ってるんだけども、全くと言っていいほど聞かない、受けつけない。
しまいには、逆に、思いっきりキレられたりする。
わかってもらおうとすること自体が、あんたのワガママ勝手だと、冷たく突きはなされたことも あった。
そういう状態のなかで、「自分の話し方にも問題が?」とか、殊勝に反省なんかすると、先方は、その、岩のような頑なさで追い詰め、ペシャンコに潰してやると謀っているのだから、相手を、もっと つけあがらせるだけです。
そんな者を相手に、むなしい奮闘を続けるだけムダなのだから、常に言うように、障碍や持病を抱えているわけでもなく、いちおう、人並みの心身を持っているのなら、さっさと働いて、一人で生活するしかないでしょう。
私も、学校時分から、何度かは自殺未遂やってたが、やっとの思いで、実家を出て、まがりなりにも自活を始められたのは、すでに、30歳代に入ってからのことだった。
それと同時に、
念頭を離れる日が なかった自殺決行のことは、ひとまず、踏みとどまるように なった。
意地でも、そうすることは できなくなった。
要するに、タイミングを決定的に失うことになったのだ。
なぜなら、
親もとを出たせいで、無理な背伸びを したせいで、やっぱり、やっていけなくなった、自活なんて、とうてい無理だったのだ、最初から、親の家で、親の身の回りの世話を しながら、おとなしく暮らしておれば よかったのに、バカなやつ、と、誰であれ、嘲笑されるのも、また、哀れまれるのも厭だ、どうしようもなく屈辱的だと思ったから。
親を始めとして、相手を許す、許さないとかは さて置き、おそらく、過去の経緯や個々の事情を、いまとなっては、最も知っている身となった私は、親や義理の兄弟姉妹たち、それぞれの生い立ちから来る辛さなど、精神的・心理的な機序をも踏まえつつ洞察してきて、いまでは、全員に ついて、そうとう程度に理解していると、けっしてウヌボレでなく思うのだけれども、
当の彼ら彼女らにとっては、たぶん、むしろ、見透かされるみたいなのも面白くないわけでw性格が悪いだけにねw
生前の母親の口癖みたいな言い分では、何と言っても、私だけが「実の両親そろっているから」ということだったのだが、それ自体を以て、だから幸せだという理由になんか、ならない。そんなの、押しつけでしかない。
でも、私以外の家族や身内は、ほぼ全員、片方は義理の親というパターンで育っているので、どんな親であろうとも(←つごうのイイ理由だわな嗤)、実の親が揃っていることだけで、ものすごい奇跡的に幸せなことだという思い込みでガチガチだった。
片親は義理だけれど、兄弟姉妹は、同じ両親から生まれたというパターンあり、
私や父親違いの姉のように、兄弟姉妹の全員が全員とも、血の半分は義理というパターンも あり、
もっと言えば、
私の母方は、祖母から叔父たちから従兄に至るまでも、半分、あるいは全くの義理という関係性で、
いままで、私の実家の家族関係、血縁関係の複雑怪奇さを知った人で、驚き、呆れなかった人は いないwあまりにも入り乱れた関係性なので、異様な感じさえ するだろうと思う。
もっとも、そんなことで悩んだということは全くなく、アッケラカンとしていた私だったのだが。
家族や身内の者たちの、私を見る視線のほうが、よっぽど屈折していた。
【続く】
2026.09.22 (Tue)
各新聞社などが発表する、政権や、その施策についての「支持率」というものについて。
私も、折々発表される各社間の数値の乖離が、往々にして かけ離れている状態だったりすることに呆れ、過去エントリーで、疑問を呈しておいたことが あるけど。
わりと最近では、こういったところ。
その後、
どこかの「識者」か、とある大手新聞社の「なかの人」だったかが、「政権支持率」などを発表すること自体は、意義のあることであり、各社ごとに発表された数値の乖離などのことよりも、同一新聞社の発表数値の流れのなかで、どのような動きが あるのか、要するに、いわゆる「トレンド」を見ることが大事なのだといったことを説いていたようだが、
最近の「ヤフごみ捨て場」では、そういう「識者」の啓蒙に早速、洗脳されたかの如きパターン全開で、同じウケウリ内容のコメントを、われもわれもという勢いで、雁首揃えている光景が見受けられた。
ほんっとうに、自分のアタマで、一から考えてみる能力ないんだねえ。
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』(「ゆ党」と呼ばれる補完政党も含めて)支持方針の新聞・メディアは、だいたいが、ほぼモロ出しで憚らないもんだけどwだから、そういう新聞社は、もちろんのこと、与党『自民党』政権のことは、概ね、マンセーが基調だw
もう少しは恥じらいがwと言うのか、クールに見せたいのか、さすがに、モロ出しにまでは してない新聞社でもw当ブログが何度も指摘してきたように、日本の新聞・メディア界隈は、全体的に、昔から、ほとんど、基本的には自民党寄りですからね。
これも、以前から言ってきてるけど、
どうもね、「支持率」なるものを出すことで、一般の有権者・国民に対しては勿論のこと、政権に対しても、批判、牽制、扇動的な意味を込めているように思えるのよねー。
なんせ、「第四の権力」だ。
あと、これも再々言ってきたけど、
「選挙速報」なんかも、いらないよ、って。
まあ、「これで食ってる」業界も存在するわけだし、
政権から国民大衆までをコントロールできる重宝なツールのうちでも あるのだろう(嗤)
で、
私なんかは、一つの新聞社のなかでの「トレンド」なるものを見ることよりも、質問の持って行きかたによっては、かなり、どうとでも変えられる、という指摘が的はずれでないのであれば、各社とも、それぞれ、いったい、どういう質問の仕方を しているのか、それを、すべて出してくれたほうがイイのにと思いますけどなw
それと、選挙そのもののことね。
『高市政権』大圧勝の決め手になったのは、やはり、いわゆる「無党派層」の動向だったということだけれど、
以前に、これも、概ねは二種に分かれるようだと、私が指摘しておいたのは、ふだんから、関心を持って、情報収集を心がけ、ある程度以上には勉強し、自分のアタマで考えてみて判断しようと努めている層以外は、
ふだんは殆ど無関心、もちろん不勉強、なんだか「ブーム」みたいな雰囲気になってるようだと感じたら、そういうときだけ、それっ!と、投票所に繰り出して、およそ似合わん投票行動を気まぐれに起こす種類の連中ね。
こういう連中には、はっきり言って、投票しなくてイイ、いや、しないほうがマシですと言いたくなるよ。
投票券を持たせる前に、ふだん、どれだけの関心を持ち、情報収集し、勉強してきてるのか、それと、ズバリ言っちゃうけど、知的能力も加えたいところだけどね、
いずれにせよ、それらを問うのは、いろんな意味で難しいもんね。
だから、「民主主義」は、常に、「民愚主義」に陥りやすい。
どうにかならんのかねえ。。。
ま、特に大手の新聞社に対して、いろいろと「喝を入れたい」ことは あるけども、
特に、『毎日新聞』社ね。ある意味、論外であることが明白な定評を得てきたw『産経』シンブン社よりも始末が悪いと、以前から私は言っているのだが、
ここは、まあまあ知的、冷静、中立、公平を装っているようでありながらも、けっこう、タチの悪い記事を過去からポロッポロッと出してきているのを、私は知ってるからね。要するに、「弱者に寄り添うフリして、その実、テイよく叩いてる」という感じ、あるいは、りっぱな美談のように見せかけて、実態は異なっていたという類のね。
文句あるなら、実例の二つ三つは即座に挙げてやれるよ?(嗤)過去エントリーでも取りあげてあるし。
もっとも、これとて、たぶん、まだ若くて世間知らずの記者が、表面だけ取材して、「こりゃあ美談だ」と勘違いして、記事に仕立てあげたのかな、とも思うのだけど、それにしても、上司の眼ン玉にも問題ありなのは確実だわな。
もう一つ、
ごく最近では、なんとまあ、去年の末から今年の選挙戦中の時期を中心に、「サナ活」というキーワードを、記事中に出してたわな。特に、『毎日新聞』が頻繁だった。
思わず、バカじゃねえのか?!と怒髪天になったということを、そのときのエントリーでも言ってあるよ。
ま、このような傾向は、『読売新聞』社あたりも要注意だわな。
『朝日新聞』は朝日新聞で、安倍政権時のヘタレっぷりには大いに驚かされましたわ。
なかには、アベシとの「特別な仲」を吹聴して回り、自慢しまくってた、という、あたオカなのか?みたいな記者か何かも いるって話が出てたし。
…ったく。![]()
いくら、「木鐸」だのとエラソーに自称しようが、
新聞社も、一つの営利企業体であるとは理解しているけれど、
私はね、これでも、若い頃は、マスコミ志望だったし、聴覚障害のために、記者になるのは諦めたけど、別の職種として、零細クラスとは言え、いちおう、新聞業界と名の付く職場に勤めたことも あるので、世間で、「ネトウヨ」あたりが喚くような「マスゴミ」呼ばわりは したことが ないし、基本的に、現代でも、新聞報道の価値は揺らいでいないはずと思っている。それだけに、しっかりしてちょうだいよと言いたいわけ。
不勉強で、子どもっぽい記者が増えたように思えるよ?
ついでに、
この国は、裁判官も、なかなかにマズイことを平気で言い放つことが あるからね。
なにを考えてるのやら?と唖然としたことの代表格が、「公益に資する」からという理由にして、デマや誹謗中傷でしかないことを流布した者を、無罪にしちゃったってな事例。筆頭格が、故 安倍氏とかね。
裁判官さんたち。あなたがたも、基本的には、政権与党(つまり、『自民党』)に阿るものだという話は昔から聞いてたけど、私でも呆れ果てるようなことを言うもんですなあ。
混乱や誤った方向付けには なり得ても、
デマはデマでしかなく、逆立ちしても「公益」になんぞ、なりやしませんよ!!あったりまえじゃろがい。
ところで、
『沖縄』の知事選。
まあ、一言で言わせてもらうなら、私自身は従来から思っていたのだが、
よりによって、沖縄の民衆が、『自民党』を支持するなんてなあ、、、そんなことでイイのかいな?
ということは事実として あったのだから、いずれ遠からずして、ついに、圧倒的に支持する ご時勢となったことにも、それほどまでの驚きは ない。ただただ、溜息だけが出た。
『オール沖縄』については、過去エントリーで、少々批判的なことを述べたことが あったが、その すぐあとに、どうやら、支持者であるらしい投稿者が、「ヤフごみ捨て場」にて怒りを あらわにしたようなコメントを投稿しているのを、たまたま見かけて、これは、もしかしたら、私のブログ エントリーへの怒りなのかしらんと思ったことが ある。
『日本共産党』あたりには特に指摘できることかと思うのだが、
きれいごとや思想的タテマエだけで押し通そうとしてもムリだということの多い世のなかでしょ。
沖縄県民も、「米軍基地」が たくさんあるのがアタリマエで育った世代に移り変わっているわけだし。
【続く】
2026.09.17 (Thu)
では、
少し遅れてしまったけれど、いちおうの予告どおりに。
旧『民主党』時代に、いわゆる「逆累進性」あるいは「逆進性」対策として提唱し始めた(ただし、もともとの土台としては国外の「先進国」発のものである)らしい、そのための『マイ ナンバー』制度であるといったことくらいは、旧ブログでも取りあげたことが あり、その程度は知っていた私自身も、なんせ『経済』については、とりわけ疎い方面なので、きちんとは理解していなかったのだが。いまでも、正確とまでは言えない理解度だろうなとは思ってるけど、ま、大多数の日本国民・有権者(「識者」とか専門家を名乗って恥じない手合いも含む)は、どうやら、この私のアタマより悪くて、ワカランチンで、性格も悪いようなのでね(苦笑)
そもそもから、論理や合理性といったものに、いちじるしく乏しい、かつ、お門違いの方向へ悪意を向けたがる国民性なので、なおさら、公的議論を深めにくく、低レベルな感情も絡みに絡んで二転三転を起こしやすく、
しまいには、「リーダーシップ!!」「決めてくれるトップ!!」てな、低ノウまる出し民愚主義に陥るのがパターン(嗤)
実際、『自民党』と、その支持者を中心とする界隈から「蛇蝎の如く」憎悪され続けてきた『民主党』系の提唱施策なんてものは、意地でも無視!無視!あつかいで忘れ去られるのだろうと、なんとなく思っていたから、ここへ来て、意外だったりもするわけです。
だって、
さても にっくきw『(旧)民主党』が提唱していたシロモノ(?)をですよ、なぜかwなぜだかww与党『自民党』の なかでも、とりわけゴチゴチの「ミギ」を売りにしてきた高市さんが実施しようとしている『給付付き税額控除』。
だが、
やっぱりねと言うべきか、この名称はサッサと やめて?『所得連動給付』から結局『就業者負担軽減支援金』とかへw名称が二転三転という状態のようだww
これも結局、『アメリカ』まんせーの高市氏の本音がジワジワって感じかwwwでも、それは、あくまで表面的な、あるいは、冷酷な彼女らしい本音の あらわれwwww
そして、
肝心なことは、いま現在、ほぼ何らも決めてない決まってない、ということだ。
ズバッと言っちゃうかなー。
「ヤフごみ捨て場」などのコメント欄でも、どうせ、あとあと「消費税」増税が待ち構えているんだぞ、というふうなことを言ってる人もチラホラ見かけてるけど、どうやら、そうなることも大いに あると、私も思いますねんわw
大手新聞に おいても、「財源」を!財源を!財源!どうすんだ~という、なんだかパニックを誘うような見出しや記事を しょっちゅう見かけるけども、
そんなに、財源を見つけるのが困難を極めるのなら、そりゃあ もう、
『消費税』大幅アップ!
するしかないんじゃないですかねえww
まあ、どシロウトが言うことなんで、大雑把に過ぎるでしょうけども(苦笑)
でも、もっと言っちゃおかな。
いまだ かつて なかったほど、ドカンと上げちゃうのも手かも?ですヨww
さすれば、私が若かった頃から、すでに、日本の消費税率は低すぎる!上げろ~上げろ~との、国外からの煩い声にも応えられるし。
しかしながら、
さしもの高市さんだって、消費税大幅アップいたします!なんて、業火を見るより恐ろしいことを口に出す勇気なんて あるか どうか。そりゃ、ないだろうね。
なので、
いつものパホーマンスとしてなら、なんだかんだ言うだけ言っといて、
いざ実行に あたっては、お次の政権に まる投げ~、とwww
「私が責任を持って」って、ほんとかな?ほんとうかな??wwww
要は、
殺す気かー!?
ってくらいにまで追い詰められてしまっていて、とーっくの むかしに、これ以上もっと追い詰めるわけには一切いかなくなっている現実に至り、いわゆる「底辺層」に ついては特に、新たな給付(と言うから、誤解や反感をも誘うので、正確に、「還付」付きと すべき)制度などによって、しっかりガードしておかなければ ならない。
その施策を万全に講じたうえでの話になる、そのうえで、
消費税を大幅アップさせた分、世の「富裕層」に担ってもらおうということですよw
いまこそ宣言しよう!
これからは、富裕層に、爆上げした消費税を支えてもらうのです。
このことによって、
上下・格差が開きに開き過ぎ状態になってしまっていた極端な歪さが、やっとかめ、バランスとれていくんじゃないですかね?
私ごとき者でも、いち早い段階から、『消費税』減税によって最もトクするのは、じつのところ、「富裕層」や お金持ち層なのであって、「底辺層」は、『消費税』ゼロに なってさえも、大したトクは ないのだ、ということを指摘してある。
それでも、それでも。
ちょっとでも減らしてもらえるなら、そのほうが、ずっとマシだというくらいの生活苦なわけよ。
「私の認識とは違う」だとぉ?
なに言ってんだ、高市さんはよ(激怒)![]()
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なんだったら、
およそ贅沢品とは切っても切れぬ縁の深い御用達層・富裕層に、これも引き受けてもらいましょうや、
かつての「物品税」法もしくは、いわゆる『奢侈税』とかを、ドカン
と復活させて。
まあ、これも大雑把にしか言ってないことだろうけど、少なくとも生活必需品の範疇からハミ出た、押しも押されもしない、まぎれもなく超高級品ってものは各方面に夥しいほど存在するでしょ。
やっぱり、
『日本共産党』が提唱している「タックス ザ リッチ」、そういうことなんですよ。
ただし、ここで、高市政権は、「中所得」層をも並列・並立的に掲げているので、その区分を どうするのかということも問題に なっているらしい。
それと、
あくまで見かけの所得は「底辺」の範疇だとしても、実際には全然ちがう内実のケースあり、そういう問題視も あるようだ。
いずれにしても、
大企業経営者を筆頭格に、超の付く富裕層、それより ちょい下がってるランクでも、いちおう富裕層と呼ばれる人たちとなると、たいがいは、専門職を雇って、「抜け穴」的に、ズバリ、「節税」という名の脱税(スレスレ)を やらせてるのは、昔から知られておりますわな。
大企業経営クラスの富裕層だけでなく、そこまでは いかない お金持ちにしても、
当ブログが先日も再指摘したように、うちの親父の生業の中心的取引先だった中小・零細企業経営者クラスでも、公私混同して何が悪い?という感覚でもって、一族総出の、けっこう汚いこと やってたりも しますからな。
要するに、
金持ちになるほど、裏側で汚い手もアレコレ使えるし、いろんなトクも してる、それが実際のところ。
半可通レベルですらない、お門違いのネタミひがみや被害意識の権化が、ペラッペラな薄くて軽い衣装を着て叫ぶが如く、
「非課税層は勿論のこと、納税額が低い層ほど、とうてい見合わぬ行政サービスを享受していて、けしからん!!」
てな決めゼリフね。それは、むしろ逆ですよ、っての。
何度も言ってきたけど、
「富裕層」代表と言えば、筆頭は大企業経営者だろう。ということは、
ありとあらゆる社会的インフラを、いっちばんに利用し尽くしつつ、同時に、あらゆる公害をも撒き散らかしてきた存在である。
だから、
昔から、「社会還元」の精神を持つことを当然の責務として、自他ともに問われてきたのだよ。
それなくして、大昔から、一段も二段も低く見られてきたアキンドや商売人が、世の尊敬を集める存在に なることは ない。
「いまだけ、カネだけ、自分だけ」
この素晴らしく鋭く的確なコトバのとおりを、往々、体現しているからさ。
ただねぇ、
最後に、ごく個人的な思いを一言。
なんせ、とりわけ「底辺」庶民層に対して、高市さんの言うことは、毎度のパホーマンスに過ぎないと思っておくほうがイイのだろうし、
来年、いや、再来年、そのまた翌年くらいに、どない こないします!乞う御期待!などと説かれても、結局、「私の認識とは違う!」を押し通されて終わるだけなのであれば、もはや、こちとらのカラダが持つやろか??今度こそ、年が越せんかも?という不安が些か以上に ある。そんなとこですわ。あ~あ。。。
2026.09.12 (Sat)
小学生時分の、ある日のこと。
学校の授業で、「尊敬する人は誰?」というようなテーマで、作文を書いたのだったか、そのときに、自分が、誰の名を挙げたのだったかも忘れてしまっているのだが、たぶん、無難なところで、偉人とか有名人に類する歴史上の人物名を挙げておいたのかもしれない。
ただ、はっきりと憶えているのは、これまた母親の言動だ。
帰宅してから、その作文を見せたのか、あるいは、単に、そういう授業が あったということを話題にしたのだろうが、
母親は、たちまち不満顔になって、こう言った。
「なんで、尊敬する人は おかあさんだと書かなかったんや!」
と。
子ども心に、なんとも言えない困惑を感じたものだ。
近頃は、つくづくと振り返るたびに実感するのだが、
要するに、母親の言うとおりにしたら、本人が自信満々に決めつけるようには うまくいった ためしが なく、少なくとも、私に限っては、むしろ、想定外に悪くなることばかりだった、ということ。
これは、幼い頃から学校時分、成人後に至るまでも、大小ありとあらゆることが そうだった。
ことに大きかったのは、
先日のエントリーでも再び少し触れたように、特殊な技能職の養成学校。ここに入学するのは、けっして、私の意志なんぞでは なかったのだが、直前の大学受験失敗の(これにも、聴覚障碍による影響が つきまとった)その あと、
「浪人」は断じて許さない、すぐさま就職せよという親父が主張することに従えないのなら、母親が見繕ったテイの進学先は、ここだ、ここしか認めないという、それが、くだんの専門学校だったのだが、いま思うと、呆れ果てるしかない。
だって、
その学校が養成している専門職の内容は、第一前提として、健常聴力が必須だったから。
そのうえ、学校側としては、2年間の養成課程に、ちょっとしたオプション的「花を添える」的な意味合いでだろうか、『アメリカ』仕込みだという女性の指導者による英語の授業も組まれていたのだけれど、日本語ですらも聞き取るのに苦労する私に、ほぼ「ネイティブ」に等しい英語をペラペラと まくし立てられたって、全くというほど聞き取れるわけがない。
入学した直後から、しまった!!というショックに加え、この、英語の授業も、私の惨めさに拍車を かけた。
やがて、親に黙って、学校に行かなくなり、通学途中の電車を、気が向いた所で降り、くわえタバコでフラフラほっつき歩いたり、その辺のベンチに座って、文庫本を読んだりして、来る日も来る日も、長い時間を潰した。
こんな状態になる前にも、担任の先生や校長先生たちは、私の状態が普通では ないことに気づいて、そこで初めて、聴覚障碍を抱えていることを打ち明けたりしたのだが、学校側としても、入学してしまっている者を、いまさら追い出すわけにも いかず、同情的態度で接しては もらったが、どうにも ならない。
その学校に在籍しているあいだに、公的な資格を段階的に取得することで、就職へと繋げるカリキュラムになっていたものの、私には、初級レベルの資格に合格するまでが精いっぱいで、だんぜん、就職に有利になる上級資格を取得することは できない。
その頃に、一人で思い悩んだあげく、『障害手帳』を取得すれば、その枠で、就職できるのでは ないかと考えて、まずは、専門医の もとで検査しなければと、母親に付き添ってもらったのが、かえってアダになった。
それが、これらの過去エントリーに述べた顛末だ。
『振り返る』
『そして、問う。』
もともと、幼い頃から、つらいことが多かったので、「ああいう親を持って生まれてしまったくらいだから、一生、こんな状態なのかな」といったことを、子ども心に、漠然と思っていたけれど、
聴覚障碍など、私の思い込みに過ぎない!として、なかったことにしたい、ふつうに「健常者」「健聴者」として就職させたいというのが、この障碍を背負わせた張本人である母親のモクロミであり、かねて、思いどおりに運ぶチャンスを虎視眈々と狙っていたのであろう。
アホほど鈍かった私にも、いまでは、よーく、わかる。
大学を落ちたのだから、すぐに就職!と言われても、自分自身の実感として、このままで就職するにも、接客業も事務員も無理、先行きの見通しが立たないし、悪い予想しか浮かんでこない。
なので、
現実逃避の如くに進学、もう、どこでもイイから、とりあえず進学、その間に、どうするのか再考しよう、くらいの気持ちだったのだが、
親らにしてみれば、とりあえず進学したいというので、探してやった専門学校じゃないか、就職するのを先延ばしして進学させてやったのだから、聴覚障碍なんどと、ありもしないことを理由にするのは許さん!!という姿勢だったので、結局、あるときを境に、全く登校しなくなったまま、卒業式にも出席しなかった。
でも、多少の事情を知っていた校長先生たちは、途中で逃げ出した私を咎めるよりも、哀れに思ったのだろうか、資格取得は初級レベルのまま終わった私にも、他の学生たちと同じ卒業証書とプレゼントの小物を送り届けてくださった。
母親は、そんな経緯も知らず、上級資格を取得できないままに終わったのも、私の努力不足、怠けのせいだと思っていただろう。
まあ、母親の本音としては、学歴や卒業のことよりも、あくまでも「健常者」「健聴者」として、テキトーに就職さえ してくれれば、それでメデタシ メデタシだったわけで。
その頃、幼なじみの男子の おかあさんが、うちの母親らが長期不在の あいだ、若い娘だった私の留守番を心配し、ようすを見るついでに、菓子類などを届けてくれたときの、ちょっとした会話のなかで、ふと、専門学校に通うのが、とても辛い、ということを、私がポロッと言ってしまったのだが、まさか、その後、母親らが帰宅したのを見計らい、わざわざ、「可哀そうだ」と忠告しに来てくれていたとは、予想もしていなかった。
そのことを、母親は、いつものように、口をへの字に曲げながら、侮蔑心まる出しの冷たい目つきで、私を横目で睨んでいた。
なぜ、こんな母親を、正しい人と信じていたのか、
どんなにバカにされても、憎々し気に睨まれても、心底では、親らしい愛情を持ってくれているはずと思えていたのか、
いまの私には、若かった頃の自分のオメデタサかげんが、ちょっと分からなくなっている。
なぜなら、私自身に、私のような事情や不利な条件を抱えている子どもが いたとしたら、とてもじゃないが、あの母親のような無責任な仕打ちは、モクロミすら できなかったであろうから。
要するに、うちの母親は、自分が原因で背負わせた私の障碍を、現実とは裏腹に、単に「軽い」、障碍とも呼べないほど軽いのだから、最初から何もないものとして あしらっておこうとしたわけで。
どんなに、私が苦しんでいようとも、親は関係ない!おまえの問題なんだから、自分で解決しなさい!その姿勢を、頑として貫きとおした。
こんな親だから、
もしも、重度の仮死状態・酸欠状態により、このことだけは母親自身も、どういうわけか認めていたように、『脳性まひ』を実際に背負って生まれた恐れとか、あるいは、その後に背負わされた聴力障碍について、逆立ちしたって「軽度」には該当しないという厳しい現実を直視しなければ ならなかったならば、とうてい、受容できず、持ち堪えられず、最悪の場合、母親自身の精神崩壊も ありえたのだろうと思う。
それが、あの女の限界だったのだろう。
だからと言って、私も、ただ許しているわけではない。
私が、学校のことと、卒業後の不安に苛まれていた頃、
母親の言動の あまりな酷さに、思わず、ベルトを鞭のようにして叩いた事が あるのを、先日、再掲したばかりの過去エントリー内でも述べているが、
あるときなどは、
「そういう星のもとに生まれついてるオマエが悪いんだ」
と、言い放ったことも あった。
だからね、
私は、常々怒るんです。
「前世だの来世だのと、見てきたようなことをキモチよく言い放つ、無責任な軽薄短小どもが!」
と。
もっとも、ほんとうに、来世とやらいうものが あるのなら、次は、あの親らの番だわな。
あの親父の前妻との子孫らも、今世での罪(の自覚)が あろうが なかろうが無関係に、ろくなことには なるまいて、と、そういうことになるよ。前世や来世が あるのならね。そりゃ、楽しみだわ(嗤)
なにしろ、自分の子孫を持たなかった私の存在が なければ、彼ら彼女らの両親の存在だけでは、彼ら彼女らも、とうてい、この世に生まれてくることすら なかったのだから。
そんなこんなで、出だしの就職から険しい道。しかも、「健常者」ですら、非正規だ何だ大変な世相となり、たしかに、生活の援助を してもらっていた時期も、短くは なかったでしょうよ。
私のような、とてもじゃないが、軽くは ない、「軽い」と見えてたなら、それは、ひとえに、私の内面の苦痛を こらえての、必死の努力ゆえだ。
若いから、できたのだと思う。いまは、もう、しんどい。結局、むだな努力だったし。
高度の聴力障碍を抱えていても、誰にも頼れず、一人で背負っていくしかなかった私の「逸失利益」。
それを、一顧だにすることなく、30歳代にもなってしまってから、遅きに失した補聴器の費用を出してやったからと、謝れ!親に謝れ!!と怒鳴りつけた母親。
苦しい自活で、当時も食うや食わずに近かった私の前で、自分と親父のための高級食料品を大量に買い込んでいた母親。
晩年は、脳梗塞で何度も倒れ、
しまいには、私が、近所のスーパーマーケットで、安価な食料品の買物を しているホンの数十分の あいだにも、けたたましく何度も何度も電話を かけてきて、
帰宅して電話に出たとたん、
「どこに行ってたんや!!電話してるのに、何を してたんや!!すぐに来い!!」
と、すさまじい怒鳴り声。
とうとう、私は、親の奴隷に なってしまったんだな、、、と、全身から力が抜けた。
そんな母親が亡き後は、私を「安く使える女中」扱いできると踏んで、
その陰で、前妻との子どもや孫らに とどまらず、近所の人たちにも、さんざん、私の悪口を言いふらし、
生活費の援助を してもらってる分際で!と、ちょっとした趣味的な小物の買物にも、いちいち目くじらを立て、ねちねちと文句を言っていた親父。
要するに、「経済的虐待」ですわな。
たとえば『生活保護』制度利用者に対してバッシングする連中にも言っておくけど、このコトバ、知らんか?
「人は、パンのみにて生くるに あらず」。
そのパンですら、事欠く者を嘲嗤うんだよね、オマエさんらは。
私はね、ほんとうのところ、甘えるのがヘタなタイプです。
親や義理の兄弟姉妹らには どう見えていたにせよ、
ふつうに就職して、ふつうに自活できるかぎり、親らに、びた一文だって、もらいは しない。
それどころか、
もともと、日本人の気質に合わないという自覚も薄々あったから、さっさと、自国からさえも脱出したかったのだけど。
そうなれば、あの親らも、依存する対象にホトホト困ったでしょうよ。
母親なんかは、死ぬまで、親父に殴られて終わっていたかもしれない。
…
ところで、きょうのうちに、もう一つエントリーアップしようかなと思っていたのだけど、
他の用事も あるので、明日か数日のうちには、、、ということにします。
テーマは、目下の大きな話題であり課題であるところの、今後の国民の生活と国家経済に かかわる新制度、例の『給付付き税額控除』や『所得連動給付』とかいうものについてです。
私自身、これらの内容やシステムなどについて、いまいち、理解しきれていないままだったのだけれど、おそらく、私の個人的な家計にも影響は あるはずらしいので、ちとメンドクサと思いつつ、こないだから、ぼちぼち検索したりしているうちに、「ははーん」と、思えるような感じも出てきたので、そのへんを少しだけ。
けっこう、各方面それぞれから、えーっ?![]()
という声が湧きそうな「予測の あかんぼ」みたいなことも述べるかもしれないっす。でわ~![]()
2026.09.06 (Sun)
『【続・続】花の色は うつりにけりな』の続き。
さて、
もう一つ、思い出したことが ある。
過去エントリーで話題にしたことが あったかもだが、
私がハイ ティーンの頃、デパートで、母親に、おしゃれ用のハイ ソックスを買ってもらった。そのときに、私は最初、白地に、さわやかな、きれいなブルーのストライプ柄のものを選ぼうとしたのだが、母親に止められた。
「あんた、そういうのは、かえってダサいのやで。ほんとにアカヌケた色というのは」
と、
母親が勧めてきたのは、白地では なく、くすんだ黄味がかったクリーム色の地で、幅に大小の変化を つけたストライプの色は、それぞれ臙脂色や茶色といった組み合わせで、全体に、くすんだ感じの色調だった。
言われてみれば、ああ、なるほどと思った私は、母親の指摘に従ったのだが、
それから数年後の、専門学校時代。
その学校は、少し特殊な方面の作業に従事する専門職の養成校だったので、その作業に、やはり、少しばかり特殊なペンを用いる必要が あることから、校内にて購入できるようになっていた。
私は、何種類か取り揃えられたペン本体の色を、ここでも、透明感のあるブルーを気に入り、それを購入した。
ある日、何かの おりに、教室へ校長先生が やって来られて、私ら学生が、どの色のペンを購入したのか、チェックし始めたという奇妙なことが あった。
教室の生徒たちは、当然、自分の好みの、あるいは、これが無難かなと思う色を選んで使っていたわけで、
不透明な臙脂系の色や、ふつうに黒一色も あり、
各人の机の あいだを歩き回って、それぞれのペンの本体の色を確認していく校長先生は、時々、声を荒げるのである。
どうやら、色の選択のことを咎めているらしいので、はなはだ怪訝に思えたのは、私だけでは なかっただろうが、
私が、単なる好みで選んだのは、先述したように、透明感のあるブルーで、いよいよ私の机に回って来られた校長先生は、こういうので良いのだよ、というふうに おっしゃった。
ひとしきり、チェックし終えた校長先生は、教壇の所に戻り、
色の選び方には、気質や性格が出る、
というようなことを おっしゃったのである。
要するに、言ってしまえば、「濁った」または「くすんだ」あるいは「暗い」感じの色を好んだり選ぶ者は、性格も、それに見合っていると、こういうことらしい。
さすがに、えええ~?というふうな声が起こり、校長先生が去ったあとも、なに言ってんだかなぁ、という不満の声は続いていた。
ひとり私は、数年前の母親のアドバイスのことを思い出していた。
いわゆる「きれいめ」な色では なく、「濁り」や「くすみ」を帯びた色のほうが、あか抜けて見えるのだと。
たしかに、私は、いわゆるクリアな、さわやかな色合いが好みで、いまでも、その傾向は基本的には残っているのだが、
近頃は、何か購入するとき、特に、衣料などを購入するときは、ただ単に好みの色に手を伸ばして買ってしまう前に、ちょっと立ち止まって再考することを心がけるようになった。
そう言えば、中学校時代の美術の授業中、このように教えられたことも あった。
その先生は、私らのクラス担任で(兄の中学時代の先生でも あったらしい)、ふだんは「家庭科」の担当だったが、たまたま、本来の美術教師が欠勤ということで、いきなり、美術の授業時に登場したときは、皆が驚いたが、
じつは、大学時代に、美術教員の資格も取っていたとかいうことで、どうりで、年賀状を出したら、返信に、ベレー帽を被った子豚のユーモラスな「自画像」を軽妙に描き添えておられた。
先生は、
「絵具はね、チューブから出した、そのまんまを使うんやなくて、いろんな色を少しずつ混ぜて使うほうが、複雑みとオリジナリティが出て良いんよ」
というふうに、おっしゃっていたのを憶えている。
なるほど、たしかに、複雑な色調のほうが、落ち着きと深みなども表現しやすい。
ただ、
ハイ ティーンの頃の夏の ある日、白地にオレンジ色の斜めストライプ柄の半袖ニットに、レモンイエローのミニスカートといったキャンデーさながらな色を組み合わせて着ていたら、母親が、
「それ、ええやん!お母さんの若い頃に流行った感じするやつやわ~」
と、大いに褒めてくれたことも あるので、わからんものだ。
母親は、『イタリア』ブランドでは、『ベネトン』の鮮やかな色遣いが お気に入りでも あった。
子ども時代は戦時中だったことの影響も あるのかもしれない。
私は、どうしても、クリアで爽やかなキレイめ色調が好みなもんで、「パステル カラー」「ビタミン カラー」というのも大好きである。
してみると、やはり私は、根が単純なのだろう(苦笑)
実際、そういった色のものを見ると、思わず、ホッとするくらいで、ひどい難産で、重度の酸欠状態にて出生したせいか、生まれながらに疲労しているのだろうとも思う(マジで)。
まぁ、だが しかし、ババアになってもビタミン カラーづくめとかは、さすがに なかろうしw
まだ若かった頃、母親が(ミエで無理やり)買ってくれた一つ紋付訪問着の色を眺めるたびに思う。
この明るいグリーン系の色は、当時の私に してみれば、自らで選択したものの、わりとオバサン向きの色調だと思えていた。
けれど、トシくって見たら、まぎれもなくハデなのである。
かなり鮮やかなグリーン系の、この和服についても、過去エントリーの『和服姿で』にて述べたように、
「子どもの入学式にも着れるで!」
と言った母親のコトバを思い出し、そのたび、
「なにが子どもの入学式や?結婚も してないうちに、妊娠・出産も不可能なカラダに なってしもうたがな」
と、あらためて苦笑するしかない。
赤やピンクばかりがハデなのでは ない。
ブルー系でも、とくに、私が若い頃に好んで着ていた「ロイヤルブルー」も、ハデな色で ある。
「DCブランド」なるものが流行っていた若かった頃には、全身オレンジ色のミニスカ スーツも着たりしたのだがw
いま振り返ると、かなり恥ずかしいww
そんな服が、クローゼットに何着も残っている。それほど多くは着用していないので、ほとんど痛んでは いないだろうと思うし、誰か、もらってくれないかなぁと思うのだが、いまどき、こんなにも明るい鮮やかな色調の服なんて、ピエロか漫才師とかの衣装くらいでしか見ないんじゃなかろうか?言い過ぎかな
(苦笑)
そんなわけで、
少なくとも、衣服については、むかし、叔母からも、また、モデル養成スクールで知り合った女性からも、シックな色を選ぶほうが、あか抜けて良いよ、と言われたことを思い出して、
若かりし頃、驚かれるほど白い肌に、「平安時代の人か?」と揶揄されるほど長い髪で、「(見かけだけは!)ガラス細工のような」なーんて言われた私だけれどw(←ホントだよ!!w)もはや、ババアになった昨今は、「キレイめ」とか「ビタミン」とかいうのは、できるだけ避けるようにしている。(悲哀)
その分、文房具などの小物類に関しては、誰が何と言おうと(鼻息)、大好きなクリア系のキレイめのビタミン カラーを遠慮なく使用しているww
外出時に使っていると、幼稚園児や小学生の女児などに、ちと怪訝そうな目で見られることも あるがww
幼い頃から慣れ親しんだ『ディズニー』プリンセスとか『ペコちゃん』
とか『ミッフィー』
とか『キティ』とか、キャラクター系グッズも、いまだに大好きだ。
私のなかには「永遠の少女」
が居るの!文句あっか??www