2026.09.12 (Sat)
小学生時分の、ある日のこと。
学校の授業で、「尊敬する人は誰?」というようなテーマで、作文を書いたのだったか、そのときに、自分が、誰の名を挙げたのだったかも忘れてしまっているのだが、たぶん、無難なところで、偉人とか有名人に類する歴史上の人物名を挙げておいたのかもしれない。
ただ、はっきりと憶えているのは、これまた母親の言動だ。
帰宅してから、その作文を見せたのか、あるいは、単に、そういう授業が あったということを話題にしたのだろうが、
母親は、たちまち不満顔になって、こう言った。
「なんで、尊敬する人は おかあさんだと書かなかったんや!」
と。
子ども心に、なんとも言えない困惑を感じたものだ。
近頃は、つくづくと振り返るたびに実感するのだが、
要するに、母親の言うとおりにしたら、本人が自信満々に決めつけるようには うまくいった ためしが なく、少なくとも、私に限っては、むしろ、想定外に悪くなることばかりだった、ということ。
これは、幼い頃から学校時分、成人後に至るまでも、大小ありとあらゆることが そうだった。
ことに大きかったのは、
先日のエントリーでも再び少し触れたように、特殊な技能職の養成学校。ここに入学するのは、けっして、私の意志なんぞでは なかったのだが、直前の大学受験失敗の(これにも、聴覚障碍による影響が つきまとった)その あと、
「浪人」は断じて許さない、すぐさま就職せよという親父が主張することに従えないのなら、母親が見繕ったテイの進学先は、ここだ、ここしか認めないという、それが、くだんの専門学校だったのだが、いま思うと、呆れ果てるしかない。
だって、
その学校が養成している専門職の内容は、第一前提として、健常聴力が必須だったから。
そのうえ、学校側としては、2年間の養成課程に、ちょっとしたオプション的「花を添える」的な意味合いでだろうか、『アメリカ』仕込みだという女性の指導者による英語の授業も組まれていたのだけれど、日本語ですらも聞き取るのに苦労する私に、ほぼ「ネイティブ」に等しい英語をペラペラと まくし立てられたって、全くというほど聞き取れるわけがない。
入学した直後から、しまった!!というショックに加え、この、英語の授業も、私の惨めさに拍車を かけた。
やがて、親に黙って、学校に行かなくなり、通学途中の電車を、気が向いた所で降り、くわえタバコでフラフラほっつき歩いたり、その辺のベンチに座って、文庫本を読んだりして、来る日も来る日も、長い時間を潰した。
こんな状態になる前にも、担任の先生や校長先生たちは、私の状態が普通では ないことに気づいて、そこで初めて、聴覚障碍を抱えていることを打ち明けたりしたのだが、学校側としても、入学してしまっている者を、いまさら追い出すわけにも いかず、同情的態度で接しては もらったが、どうにも ならない。
その学校に在籍しているあいだに、公的な資格を段階的に取得することで、就職へと繋げるカリキュラムになっていたものの、私には、初級レベルの資格に合格するまでが精いっぱいで、だんぜん、就職に有利になる上級資格を取得することは できない。
その頃に、一人で思い悩んだあげく、『障害手帳』を取得すれば、その枠で、就職できるのでは ないかと考えて、まずは、専門医の もとで検査しなければと、母親に付き添ってもらったのが、かえってアダになった。
それが、これらの過去エントリーに述べた顛末だ。
『振り返る』
『そして、問う。』
もともと、幼い頃から、つらいことが多かったので、「ああいう親を持って生まれてしまったくらいだから、一生、こんな状態なのかな」といったことを、子ども心に、漠然と思っていたけれど、
聴覚障碍など、私の思い込みに過ぎない!として、なかったことにしたい、ふつうに「健常者」「健聴者」として就職させたいというのが、この障碍を背負わせた張本人である母親のモクロミであり、かねて、思いどおりに運ぶチャンスを虎視眈々と狙っていたのであろう。
アホほど鈍かった私にも、いまでは、よーく、わかる。
大学を落ちたのだから、すぐに就職!と言われても、自分自身の実感として、このままで就職するにも、接客業も事務員も無理、先行きの見通しが立たないし、悪い予想しか浮かんでこない。
なので、
現実逃避の如くに進学、もう、どこでもイイから、とりあえず進学、その間に、どうするのか再考しよう、くらいの気持ちだったのだが、
親らにしてみれば、とりあえず進学したいというので、探してやった専門学校じゃないか、就職するのを先延ばしして進学させてやったのだから、聴覚障碍なんどと、ありもしないことを理由にするのは許さん!!という姿勢だったので、結局、あるときを境に、全く登校しなくなったまま、卒業式にも出席しなかった。
でも、多少の事情を知っていた校長先生たちは、途中で逃げ出した私を咎めるよりも、哀れに思ったのだろうか、資格取得は初級レベルのまま終わった私にも、他の学生たちと同じ卒業証書とプレゼントの小物を送り届けてくださった。
母親は、そんな経緯も知らず、上級資格を取得できないままに終わったのも、私の努力不足、怠けのせいだと思っていただろう。
まあ、母親の本音としては、学歴や卒業のことよりも、あくまでも「健常者」「健聴者」として、テキトーに就職さえ してくれれば、それでメデタシ メデタシだったわけで。
その頃、幼なじみの男子の おかあさんが、うちの母親らが長期不在の あいだ、若い娘だった私の留守番を心配し、ようすを見るついでに、菓子類などを届けてくれたときの、ちょっとした会話のなかで、ふと、専門学校に通うのが、とても辛い、ということを、私がポロッと言ってしまったのだが、まさか、その後、母親らが帰宅したのを見計らい、わざわざ、「可哀そうだ」と忠告しに来てくれていたとは、予想もしていなかった。
そのことを、母親は、いつものように、口をへの字に曲げながら、侮蔑心まる出しの冷たい目つきで、私を横目で睨んでいた。
なぜ、こんな母親を、正しい人と信じていたのか、
どんなにバカにされても、憎々し気に睨まれても、心底では、親らしい愛情を持ってくれているはずと思えていたのか、
いまの私には、若かった頃の自分のオメデタサかげんが、ちょっと分からなくなっている。
なぜなら、私自身に、私のような事情や不利な条件を抱えている子どもが いたとしたら、とてもじゃないが、あの母親のような無責任な仕打ちは、モクロミすら できなかったであろうから。
要するに、うちの母親は、自分が原因で背負わせた私の障碍を、現実とは裏腹に、単に「軽い」、障碍とも呼べないほど軽いのだから、最初から何もないものとして あしらっておこうとしたわけで。
どんなに、私が苦しんでいようとも、親は関係ない!おまえの問題なんだから、自分で解決しなさい!その姿勢を、頑として貫きとおした。
こんな親だから、
もしも、重度の仮死状態・酸欠状態により、このことだけは母親自身も、どういうわけか認めていたように、『脳性まひ』を実際に背負って生まれた恐れとか、あるいは、その後に背負わされた聴力障碍について、逆立ちしたって「軽度」には該当しないという厳しい現実を直視しなければ ならなかったならば、とうてい、受容できず、持ち堪えられず、最悪の場合、母親自身の精神崩壊も ありえたのだろうと思う。
それが、あの女の限界だったのだろう。
だからと言って、私も、ただ許しているわけではない。
私が、学校のことと、卒業後の不安に苛まれていた頃、
母親の言動の あまりな酷さに、思わず、ベルトを鞭のようにして叩いた事が あるのを、先日、再掲したばかりの過去エントリー内でも述べているが、
あるときなどは、
「そういう星のもとに生まれついてるオマエが悪いんだ」
と、言い放ったことも あった。
だからね、
私は、常々怒るんです。
「前世だの来世だのと、見てきたようなことをキモチよく言い放つ、無責任な軽薄短小どもが!」
と。
もっとも、ほんとうに、来世とやらいうものが あるのなら、次は、あの親らの番だわな。
あの親父の前妻との子孫らも、今世での罪(の自覚)が あろうが なかろうが無関係に、ろくなことには なるまいて、と、そういうことになるよ。前世や来世が あるのならね。そりゃ、楽しみだわ(嗤)
なにしろ、自分の子孫を持たなかった私の存在が なければ、彼ら彼女らの両親の存在だけでは、彼ら彼女らも、とうてい、この世に生まれてくることすら なかったのだから。
そんなこんなで、出だしの就職から険しい道。しかも、「健常者」ですら、非正規だ何だ大変な世相となり、たしかに、生活の援助を してもらっていた時期も、短くは なかったでしょうよ。
私のような、とてもじゃないが、軽くは ない、「軽い」と見えてたなら、それは、ひとえに、私の内面の苦痛を こらえての、必死の努力ゆえだ。
若いから、できたのだと思う。いまは、もう、しんどい。結局、むだな努力だったし。
高度の聴力障碍を抱えていても、誰にも頼れず、一人で背負っていくしかなかった私の「逸失利益」。
それを、一顧だにすることなく、30歳代にもなってしまってから、遅きに失した補聴器の費用を出してやったからと、謝れ!親に謝れ!!と怒鳴りつけた母親。
苦しい自活で、当時も食うや食わずに近かった私の前で、自分と親父のための高級食料品を大量に買い込んでいた母親。
晩年は、脳梗塞で何度も倒れ、
しまいには、私が、近所のスーパーマーケットで、安価な食料品の買物を しているホンの数十分の あいだにも、けたたましく何度も何度も電話を かけてきて、
帰宅して電話に出たとたん、
「どこに行ってたんや!!電話してるのに、何を してたんや!!すぐに来い!!」
と、すさまじい怒鳴り声。
とうとう、私は、親の奴隷に なってしまったんだな、、、と、全身から力が抜けた。
そんな母親が亡き後は、私を「安く使える女中」扱いできると踏んで、
その陰で、前妻との子どもや孫らに とどまらず、近所の人たちにも、さんざん、私の悪口を言いふらし、
生活費の援助を してもらってる分際で!と、ちょっとした趣味的な小物の買物にも、いちいち目くじらを立て、ねちねちと文句を言っていた親父。
要するに、「経済的虐待」ですわな。
たとえば『生活保護』制度利用者に対してバッシングする連中にも言っておくけど、このコトバ、知らんか?
「人は、パンのみにて生くるに あらず」。
そのパンですら、事欠く者を嘲嗤うんだよね、オマエさんらは。
私はね、ほんとうのところ、甘えるのがヘタなタイプです。
親や義理の兄弟姉妹らには どう見えていたにせよ、
ふつうに就職して、ふつうに自活できるかぎり、親らに、びた一文だって、もらいは しない。
それどころか、
もともと、日本人の気質に合わないという自覚も薄々あったから、さっさと、自国からさえも脱出したかったのだけど。
そうなれば、あの親らも、依存する対象にホトホト困ったでしょうよ。
母親なんかは、死ぬまで、親父に殴られて終わっていたかもしれない。
…
ところで、きょうのうちに、もう一つエントリーアップしようかなと思っていたのだけど、
他の用事も あるので、明日か数日のうちには、、、ということにします。
テーマは、目下の大きな話題であり課題であるところの、今後の国民の生活と国家経済に かかわる新制度、例の『給付付き税額控除』や『所得連動給付』とかいうものについてです。
私自身、これらの内容やシステムなどについて、いまいち、理解しきれていないままだったのだけれど、おそらく、私の個人的な家計にも影響は あるはずらしいので、ちとメンドクサと思いつつ、こないだから、ぼちぼち検索したりしているうちに、「ははーん」と、思えるような感じも出てきたので、そのへんを少しだけ。
けっこう、各方面それぞれから、えーっ?![]()
という声が湧きそうな「予測の あかんぼ」みたいなことも述べるかもしれないっす。でわ~![]()
2026.09.06 (Sun)
『【続・続】花の色は うつりにけりな』の続き。
さて、
もう一つ、思い出したことが ある。
過去エントリーで話題にしたことが あったかもだが、
私がハイ ティーンの頃、デパートで、母親に、おしゃれ用のハイ ソックスを買ってもらった。そのときに、私は最初、白地に、さわやかな、きれいなブルーのストライプ柄のものを選ぼうとしたのだが、母親に止められた。
「あんた、そういうのは、かえってダサいのやで。ほんとにアカヌケた色というのは」
と、
母親が勧めてきたのは、白地では なく、くすんだ黄味がかったクリーム色の地で、幅に大小の変化を つけたストライプの色は、それぞれ臙脂色や茶色といった組み合わせで、全体に、くすんだ感じの色調だった。
言われてみれば、ああ、なるほどと思った私は、母親の指摘に従ったのだが、
それから数年後の、専門学校時代。
その学校は、少し特殊な方面の作業に従事する専門職の養成校だったので、その作業に、やはり、少しばかり特殊なペンを用いる必要が あることから、校内にて購入できるようになっていた。
私は、何種類か取り揃えられたペン本体の色を、ここでも、透明感のあるブルーを気に入り、それを購入した。
ある日、何かの おりに、教室へ校長先生が やって来られて、私ら学生が、どの色のペンを購入したのか、チェックし始めたという奇妙なことが あった。
教室の生徒たちは、当然、自分の好みの、あるいは、これが無難かなと思う色を選んで使っていたわけで、
不透明な臙脂系の色や、ふつうに黒一色も あり、
各人の机の あいだを歩き回って、それぞれのペンの本体の色を確認していく校長先生は、時々、声を荒げるのである。
どうやら、色の選択のことを咎めているらしいので、はなはだ怪訝に思えたのは、私だけでは なかっただろうが、
私が、単なる好みで選んだのは、先述したように、透明感のあるブルーで、いよいよ私の机に回って来られた校長先生は、こういうので良いのだよ、というふうに おっしゃった。
ひとしきり、チェックし終えた校長先生は、教壇の所に戻り、
色の選び方には、気質や性格が出る、
というようなことを おっしゃったのである。
要するに、言ってしまえば、「濁った」または「くすんだ」あるいは「暗い」感じの色を好んだり選ぶ者は、性格も、それに見合っていると、こういうことらしい。
さすがに、えええ~?というふうな声が起こり、校長先生が去ったあとも、なに言ってんだかなぁ、という不満の声は続いていた。
ひとり私は、数年前の母親のアドバイスのことを思い出していた。
いわゆる「きれいめ」な色では なく、「濁り」や「くすみ」を帯びた色のほうが、あか抜けて見えるのだと。
たしかに、私は、いわゆるクリアな、さわやかな色合いが好みで、いまでも、その傾向は基本的には残っているのだが、
近頃は、何か購入するとき、特に、衣料などを購入するときは、ただ単に好みの色に手を伸ばして買ってしまう前に、ちょっと立ち止まって再考することを心がけるようになった。
そう言えば、中学校時代の美術の授業中、このように教えられたことも あった。
その先生は、私らのクラス担任で(兄の中学時代の先生でも あったらしい)、ふだんは「家庭科」の担当だったが、たまたま、本来の美術教師が欠勤ということで、いきなり、美術の授業時に登場したときは、皆が驚いたが、
じつは、大学時代に、美術教員の資格も取っていたとかいうことで、どうりで、年賀状を出したら、返信に、ベレー帽を被った子豚のユーモラスな「自画像」を軽妙に描き添えておられた。
先生は、
「絵具はね、チューブから出した、そのまんまを使うんやなくて、いろんな色を少しずつ混ぜて使うほうが、複雑みとオリジナリティが出て良いんよ」
というふうに、おっしゃっていたのを憶えている。
なるほど、たしかに、複雑な色調のほうが、落ち着きと深みなども表現しやすい。
ただ、
ハイ ティーンの頃の夏の ある日、白地にオレンジ色の斜めストライプ柄の半袖ニットに、レモンイエローのミニスカートといったキャンデーさながらな色を組み合わせて着ていたら、母親が、
「それ、ええやん!お母さんの若い頃に流行った感じするやつやわ~」
と、大いに褒めてくれたことも あるので、わからんものだ。
母親は、『イタリア』ブランドでは、『ベネトン』の鮮やかな色遣いが お気に入りでも あった。
子ども時代は戦時中だったことの影響も あるのかもしれない。
私は、どうしても、クリアで爽やかなキレイめ色調が好みなもんで、「パステル カラー」「ビタミン カラー」というのも大好きである。
してみると、やはり私は、根が単純なのだろう(苦笑)
実際、そういった色のものを見ると、思わず、ホッとするくらいで、ひどい難産で、重度の酸欠状態にて出生したせいか、生まれながらに疲労しているのだろうとも思う(マジで)。
まぁ、だが しかし、ババアになってもビタミン カラーづくめとかは、さすがに なかろうしw
まだ若かった頃、母親が(ミエで無理やり)買ってくれた一つ紋付訪問着の色を眺めるたびに思う。
この明るいグリーン系の色は、当時の私に してみれば、自らで選択したものの、わりとオバサン向きの色調だと思えていた。
けれど、トシくって見たら、まぎれもなくハデなのである。
かなり鮮やかなグリーン系の、この和服についても、過去エントリーの『和服姿で』にて述べたように、
「子どもの入学式にも着れるで!」
と言った母親のコトバを思い出し、そのたび、
「なにが子どもの入学式や?結婚も してないうちに、妊娠・出産も不可能なカラダに なってしもうたがな」
と、あらためて苦笑するしかない。
赤やピンクばかりがハデなのでは ない。
ブルー系でも、とくに、私が若い頃に好んで着ていた「ロイヤルブルー」も、ハデな色で ある。
「DCブランド」なるものが流行っていた若かった頃には、全身オレンジ色のミニスカ スーツも着たりしたのだがw
いま振り返ると、かなり恥ずかしいww
そんな服が、クローゼットに何着も残っている。それほど多くは着用していないので、ほとんど痛んでは いないだろうと思うし、誰か、もらってくれないかなぁと思うのだが、いまどき、こんなにも明るい鮮やかな色調の服なんて、ピエロか漫才師とかの衣装くらいでしか見ないんじゃなかろうか?言い過ぎかな
(苦笑)
そんなわけで、
少なくとも、衣服については、むかし、叔母からも、また、モデル養成スクールで知り合った女性からも、シックな色を選ぶほうが、あか抜けて良いよ、と言われたことを思い出して、
若かりし頃、驚かれるほど白い肌に、「平安時代の人か?」と揶揄されるほど長い髪で、「(見かけだけは!)ガラス細工のような」なーんて言われた私だけれどw(←ホントだよ!!w)もはや、ババアになった昨今は、「キレイめ」とか「ビタミン」とかいうのは、できるだけ避けるようにしている。(悲哀)
その分、文房具などの小物類に関しては、誰が何と言おうと(鼻息)、大好きなクリア系のキレイめのビタミン カラーを遠慮なく使用しているww
外出時に使っていると、幼稚園児や小学生の女児などに、ちと怪訝そうな目で見られることも あるがww
幼い頃から慣れ親しんだ『ディズニー』プリンセスとか『ペコちゃん』
とか『ミッフィー』
とか『キティ』とか、キャラクター系グッズも、いまだに大好きだ。
私のなかには「永遠の少女」
が居るの!文句あっか??www
2026.09.06 (Sun)
『【続】花の色は うつりにけりな』の続き。
火事だの爆発だのに、一歩ちがえば巻き込まれていたかもしれないのだから、ゾッとしてきたわ。![]()
だって、高齢者の「火の不始末」だけじゃなく、若いもんの「爆発」騒ぎも心配しないとならなくなったわけだからなあ。。。![]()
とは言え、私自身も、けっして品行方正な生活してるわけじゃなく、トシと体調の悪さと共に、かなり だらしなくなってきているし、もともと、嗅覚もニブイし、もちろん聴覚も、視力も大いに弱点だからね、あらためて、自戒しておこう。
そう言えば、
何事!?という驚きは、3年ほど前だったかにも あった。
そのときは、警察官が何人も集まっているのを、今回と同じく、やはり2階の並びの、似たような位置の居室前あたりで目撃し、まだ暗い早朝に、ごみを出しておこうとしていた私は、1階まで下りて、アパートの敷地内にも、『大阪府警』のバイクが何台か停めてあったのを見た。
バイクの色によって、取り締まり対象の違いが あるらしいのだが、当時は、それを知らなかったし、憶えても いないので、あれは、いったい何の理由で詰めかけていたのか、いまだに分からない。
ところで、
最近、各界の90歳代の人たちが、たて続けに亡くなられているところを見ると、いまの寿命って、おおよそ、このくらいになってるということなんでしょうかね。
私が子どもの頃は、幼なじみのとこの おじいちゃんが、自転車に乗っているのを見て、うちの親父らが、
「あれで80歳代だぜ、たいしたもんだ」
と、いたく感心していたが、
そう言っていた親父自身も、やがて80歳になっても自転車に乗っていたし、90歳代になるまで生きた。
私の母親も、存命でいたなら、そろそろか?という世代だったが、深刻な持病のために、30年近く前に亡くなってるけどね。
とある高名な現代美術家の女性も亡くなられ、彼女の実年齢を知って、私の母親よりも、いくつか年上だったことを知り、少し意外だった。
このかたは、精神方面の病気を、学校時分から抱えておられたのが知られていたけれど、持病のことを除けば、かなり恵まれた、幸せな人生で あったとも言えるのでは なかろうかと思う。
持病でも障碍でも、周囲の誰にも、ほとんど、まったく理解してもらえないまま、心身の苦痛を こらえつつ、不本意な生活を余儀なくされる現実も少なくは ないのだから。
美術の世界もね、歌と同様、「世につれ」というのが実際ですよ。
故 山田五郎氏の『ユーチューブ』チャンネルに おける美術解説を視聴していたら、よく分かる。
けっして、人の俗世から孤立・屹立なんか してませんわな。
『ユーチューブ』では、華道のチャンネルなども時々覗くのだけれど、
私が、我流で、花を活けるとき、母親が、横から、訳知り顔に言うのは、いつも、「全体が三角になるように」ということだったのだが、
まだ実家で生活していた20歳代の頃だったか、ある年の暮れ、新年を迎える前には必ず そうしていたように、玄関先に活ける「縁起物」ということで、特別に買ってきたばかりの花々や『南天』やら『千両』やらの赤い実と松の小枝などを取り合わせ、これも母親なりの我流で、花器を前に、ひとしきり奮闘している最中、ちょっとした所用にて、隣町の知人が訪れた。
母親が、必要のものを取りに、室内へ引っ込んでいるあいだ、その知人は、いちおう、母親としては完成させたつもりの花活けをチラッと見たのだろう、まだ、そこに置いたままになっていた花鋏をサッと手に取り、母親がアタフタと戻って来たときには、すでに、手直しが されてあったらしい。
じつは、この知人は、茶道と華道の免状を持っておられて、教授も されていた。
その知人が帰ったあと、母親は、なおも玄関に佇んだまま、手直ししてもらったものを、矯めつ眇めつといったようすで眺めながら、つくづくと、こう言っていた。
「やっぱり違うもんやなあ。。。自分なりに、これでいいかと思ってたんやけど、ほんの少しの手直しで、見違えるほど良くなった」
と。
この ちょっとした出来事を、華道のチャンネルを見たときは、いつも思い出すのである。
さて、時々拝見している華道チャンネルの一つでは、いわゆるコラボというのか、全く他の流派の師範が活けた作品、ならびに、そのプロセスや主旨の解説を伺っていると、もちろん、芸術論でもあり、まさに「哲学」的な思想までが垣間見えて、たいへん面白いと思ったものだが、
このチャンネルさんの「ウリ」のような名物のような くふうが あって、それは、どこかしら一部を少々変えた作品を並べたりしてから、「どちらのほうが良いと思いますか?」的な、ちょっとしたクイズを出されるのだけども、これも、なかなかに面白いので、サムネのタイトルと画像を見かけたら、つい、「こっちかな」「あの取り合わせのほうが良いだろう」などと思って、その答えを知りたくなり、ついつい、チャンネルを合わせてしまうというような、上手い やりかただなあと思う運びが あって。
で、今回も、どっちが良いでしょうか?的な問いかけを目にして、めずらしく、こう思った。
「ほとんど同じ活け方してあるけどなあ。たぶん、この先生の流派やスタイルでは、こっちの、この部分が、よろしくないということになるのだろう。でも、私は、敢えて、どっちかと言えば、見た感じ、こっちが好みかな」
と思って、答え合わせを確認してみたら、やっぱり、推測どおりだった。
つまり、どちらが、「プロの眼」から見たときに合格を出せるかというと、私が、最初の感覚で、こっちと思ったものでは なかったのだが、その理由は、私も察していたとおりの内容だったということ。
けれど、あくまでも、その人の好みや感覚で、「正しい」とされる お手本からズレることも ままあるものだと思う。
くだんの家元さんは、
「こっちだという判定そのものは合っていても、判定の理由についてとか、指摘の内容が違ってた場合は、なんかモヤモヤしてしまいますよねえ」
みたいなことを おっしゃっていたが、それも、わりと よくあることだろうと思う。
ただ、
今回の、私の場合は、どうなんですか?と、聞いてみたい。
つまり、流派や、お師匠さんの判定や評価では、たぶん、こうなるのだろうなと分かっては いても、しかしながら、自分は、敢えて、こっちが良いと思う場合は。
こちとらの検索履歴のみならずで、個人的なワード原稿やメールの内容までも覗き見しておる『グーグル』もキライな業者なのでw『ユーチューブ』会員にも なる気は なく、コメント投稿できないけど。
ただし、一つ、あとから、考えが変わったことも ある。
それは、私の最初の判断は、真正面からの画像だけ見てのことだったのだが、
家元さんの解説中、横合いから見てみたり、角度を変えながらの撮影によって、真正面からだけでの判断とは違う感じに、おのずと変化した、ということ。
それから、
同じチャンネルのなかで、題材になった お花の色を、家元さんが、撮影担当の人だろうか、傍らの男性に、何色に見える?と尋ねられたところ、その男性は、薄いピンク色と答えられたのだが、家元さんは、私と同じくで、紫系に見えるということだった。
これも、受けとめかたに個人差が あるらしいのは、虹の色が何色に分かれて見えるかということに、人種や文化による違いまでもが かかわっているらしいことと同様に有名な話だ。
【続く】
2026.09.06 (Sun)
『花の色は うつりにけりな』の続き。
次の話題へ。
先日のエントリーで、
ホイホイありえないような荒唐無稽な騙されかたしてる連中、すなわち「アホであるほど金持ち」なのであれば、そんなアホでも大金を持てるようにしてくださったという感謝から、おおかた、『自民党』を支持してるんだろうよ、という意味のことを述べたけどもw
その結果、いわゆる「反社」や「暴力団」に、莫大な資金援助しているに等しいわけだからねえ。
そうして、社会不安や治安が悪化していくことを手伝ってるようなものなのだから、被害者というよりも、社会全体で見たら、むしろ、「加害者」だっつうの。
「ヤフゴミん」の一人が、「社会にカネが回るとでも思うしかない」みたいなこと言ってたけど、そんなの楽天的に過ぎるでしょ。
反社や暴力団は、莫大な資金を手に入れて、それによって、ますます、手下やパシリを雇っていき、
ますます、司令塔の追跡を困難に させたうえで、大々的に やるんだからね、ほんとうに、キリが ないわ。
あのね、「自分だけは、だいじょうぶ」という、ほとんど幼児的万能感みたいな楽天的な感覚で生きてる人ってのは、一事が万事で、ずばり、子どもを産むことについても、自分は当然のこと自分の子孫を産むし、みずからが産んだ子は「健常」に決まってる、ていうような、全く根拠なしに、典型的「自分だけは、だいじょうぶ」感を保持したまま、ウヌボレたまま、長の年月を、チョロく生きて来れた、ってことなんですよw
まあ、そういう幼児的な楽天性が なければ、子孫を残すことも できないから、社会も持続できないわけだけどね。
実際、子を儲けるって、無責任な行為には違いない。
子どもが、どんな不幸を背負うことになっても、そのために、親のほうも、そうとうの苦労を担うことになってさえも、それでも、
ほんとうの本当には、責任なんて取りようが ないのだからね。
それだから、自分では経験も体験も したことが ないような苦労続きの人の辛さや不遇さを理解できないもんで、狭い視野に色眼鏡を掛けて、的はずれな侮蔑を向けたり嘲笑したりするわけさ。
それだけに、いざ、自分の身近や周辺で、何らかのトラブル勃発!!となったら、なんせ、そんな苦い経験や体験は、ほぼ知らないで来れてるから、たちまち、「パニック」に なるんですかねえ?そこは、私には、よう分からんけど。
で、ほとんど決まりきったことしか知らない、それに対する疑問や不審も、とくには持つことなく生きてこれてるから、必然的に、俗世間の権威や権力筋等に弱い。
いまだに、スマホを所有してないし、今後も、持つつもりは ない私なんかね、パソコンやインターネット初心者も初心者だった頃、やはり、ビカビカ光ってる、わけのワカランけばけばしい広告みたいな警告みたいな画面がドカンと出て来てさ、英文だったりもしたけど、いちおう理解したのは、このパソコンは、何やらセキュリティ上の不具合が生じている、もとどおりにするには、今すぐ、ここクリック!!とか、どこそこへ大至急、連絡!!みたいな、盛大に煽り立てる文意だったが、もちろん、言いなりになんかならんかったわよ。
まずは、このギンラギラやかましい画面を、どうやったら消せるのか考えてみて、どうにも ならんっぽいから、思い切って、強制終了というやつを試み、恐る恐る、再度、立ち上げてみたら、通常状態に戻っていたので、ふん、やっぱりな、と、思ったもんですわ。
なので、
まだ高齢とも言えない年齢の、職場でもパソコンを使ってる立場なのに、あのテの詐欺に素直に引っかかって、指示どおりに連絡したり大慌てで送金したりしたというニュースを目にした私は、常にボ~ッとして、ほぼ「右も左もアヤフヤ」状態の初心者だった自分ですらも引っかからないのに、なぜだ?と、まじでフシギだったわねー。
もっとも、当時の私は、たとえば、いわゆる「QAサイト」とか、コメント投稿欄などで意見交換したりする相手を、顔も知らないからとて、胡散臭いに決まってるとか、嘘つきに違いないなどといった色眼鏡や先入観をもって応対することは、けっして なかった。
だって、ハナから、そう思えてしまうような相手と、まじめに意見交換する価値なんか感じられないですやん。時間が惜しいですやん。
まっ、だから、例の「おカルト連」みたいなクズ連中に巻き込まれて、不快この下ない、いやな思いを させられるハメにも なったわけだけど。
ただ、
どういう職業の者だとか、地位・肩書きの者だとかいう相手からの自発的名乗りに対し、あたまから疑ってかかるということは しなかっただけ。
「仮想空間」の「ネット人格」っつうの?wあくまでも、ネット上の やり取りでしかないのだから、意見交換などを するだけのことなら、相手が、どのような肩書き、職業であろうと、やり取りするうえで重視するのは、あくまでも、言ってることの内容のみだからね。
おまけに、もし、相手について、とても良いイメージを描けるのなら、それは それで、望外に楽しい、楽しい時間を過ごせるしww
それこそ、これが、どこぞの大学で教えてるとか、実際、クズ野郎の一人が そう名乗っていたように、「言語学関係の専門家」だとか「精神医学の専門家」だとか自称しても、言ってることが おかしかったら、いずれは気づくのだからさ。
ましてや、実際に会いたいので、まずは、けっこうな額の おカネ送って、とか要求されたって、そんな話を持ち出してくる来る時点で、「ハア??」てなもんでしょ、ふつうはww
ところが、「ふつうに、お金持ち」ほど、引っかかってるのねwww
これも、とんだアホが起こした騒ぎなんだけど。
最近、私が入居しているアパートの管理会社からの告知をコピーした紙が各戸に配布された。何かいな?と思って読んで仰天。
なんと
入居者の誰かが、揮発性や引火性、可燃性の液体(シンナーとか灯油とかガソリンとかの類)を、浴室の排水溝あたりに流したとかで、
こういったものは、ぜったいに、室内で処理せず、自治体の指定方法に従うこと、という内容だったのだが、そりゃ、仰天しますわな。
管理会社の指摘どおりで、最悪の場合、火災や爆発の危険性が あったわけだからね。
むかしの実家では、冬は灯油式のストーブを使っていたから知ってるが、あんな液体を、ほんの少量こぼしただけで、すごい悪臭が蔓延するじゃないですか。私は、灯油を注入しておくように、と、よく命じられたりしたので、めんどくせえなあと思いつつ、ついウッカリと、ポンプの先から一滴や二滴、玄関のタタキの床に こぼしてしまったことも多々あったのだけど、そのたびに、嗅覚が敏感な母親から、「また こぼしたやろ!灯油の臭いで、あたま痛くなるわ!!」と、ガミガミ怒られたもんです。
なので、
本当に、灯油を流していたのならば、とんでもない臭いが浴室外の居室にも充満して、居られたもんじゃなかろうにとも思ったが、まあ、そこまでは断定されておらず、他の種類の薬品類だった疑いも あるらしいので、
「いったい、どこの大バカ者よ?『火災や爆発や健康被害の恐れ』に巻き添えで陥れてくれちゃったのは??」
と、怒りよりも、唖然
としてしまい、呆れまくっていたのだが、
あ、それだったんだ!と思い当たったのが、この数日ほど前に、外出のため、共用廊下に出て、階段を下りていったら、2階に差し掛かったところで、「消防署」の制服と言うのか、防災作業服なのだろう、あの、全体に銀色みたいな、なんか すごい服とヘルメットね、あれらを着込んだ男の人たちが、何人も詰めかけていて、
「何事!?!
」
と、面食らった出来事が あったのだ。
で、
何か あったんですか?と聞いてみたかったが、わりと急いでいたので、そのまま1階へ向かおうとする途中、2階の並びの中ほどの居室前で、先述の防災服で固めた消防署の人たちが何人か集まっており、玄関ドアから出て来た女性に向かって、何やら問いただしているようすが見えた。
まだ若い女性だった。はっきり言って悪いけど、ちょっと「たりない」感じの、なんとなく、だらしない感じも ただよわせている、でも まあ、いまどきの若い子という印象だった。
その女性が、いささかフテクサレた表情で、消防署の人に応答しているのをチラッと見てから、1階にも、なお2、3人の消防士が いるのも見て、「えらい また、ものものしいな
」と、あらためて驚きつつ、自転車を取りに行くと、1階の住人であるらしい、老齢の男性が、たいへん心配そうな顔で、外に出て来ておられた。
私は、そのまま出かけ、帰宅した頃は、すでに夜になっていて、アパートも、いつもどおりの静かな状態に戻っていたので、その日以来、あれは何だったんだろか?と、首を ひねっていたのである。
なんだかなあ、最近の若いやつは、なんて、言いたくないけどさぁ、
何年前だったか、「白熱灯は高温になる」から、燃えやすいものに近づけておいたら発火する危険が あることを知らずに、結果、幼い男児を焼死させてしまったという、悲惨な事故が あったでしょ。あの事故を起こした若造って、よりによって、理系の大学生だったわな。
万事にボ~っとしていて、大学で学んだことのない私ですら、いまよりも もっとボケ~ッとしていた子どもの頃から、白熱灯は、すぐに ものすごく熱くなるから、燃えやすいものの傍に置いては いけないことくらい、感覚と常識的に知ってたけどなあ。
今回の非常識きわまる騒ぎのことと言い、近頃の若い人ってのは、もしかして、うちらの世代よりも、もっとバカに なってやせんか?
と、まじで心配になってきたわよ。
なんせ、私自身は、子や孫を持ったことが ないから、いまどきの親たちの教育ぶりとか、若い世代の常識度とか、あまり知らないのよね。
【続く】
2026.09.06 (Sun)
ほぼ何もかもが大幅な値上げ続きで、日常の買物していても、気持ちが どんよりしてくる。。。
特に電気代が嵩んでいる今月、乗り切れるのかなあ、、、って感じ。
そんな日々に、突然、側頭部界隈の局所がハゲているのが見つかった。
栄養失調のせいか、ストレスのせいなのか、たぶん、両方だろう。
まだ実家で生活していた若い頃、急に出現したハゲと同じような場所に できていた。
当時は初めてのことで、ビックリし
、かなりショックだったので、半べそ顔で、親らに見せたら、親父は嘲笑してやがったのを思い出したw![]()
こないだのニュースの見出しによると、なぜか、ぬいぐるみドロボウ事件が起きたというので、これも、実家で暮らしていた学校時分に、私の自室内に並べて飾っていたヌイグルミが一つずつ減っていくのを怪訝に思っていたところ、犯人は、腹違いの兄だった、ということを思い出した。
それらのヌイグルミは、ふつうに、何らかの動物などを愛らしく形どったというような類のものでは なく、下から上へ向かって逆さに生えているフワフワした毛の流れとともに、可愛いと言うよりは、奇妙なほど個性的な、抽象的な姿を していて、どこからが顔で、どこから胴体なのかも判然としない、全体がズングリした三角形を していた。おおよそ顔の あたりかと思しき箇所に、真ん丸な目玉がチョコンと付いていて、色も、ピンクやイエローなど、それぞれ鮮やかな色で、サイズも大中小の三個セットになっていた。
たぶん、誰かにプレゼントされたものだろう、当時、ちょっと流行していたのだろうか、本来の私自身の好みとは言い難い感じのものでは あったけれど、なんともユーモラスな雰囲気に満ちていたので、これは これで愛らしく思って、本棚の隅などに、三体ならべておいたのだが、いつしか、それらが一体ずつ、間を置いて消えていくことに気づいたのである。
先に述べたとおりで、
真相は、義理の兄が、大学に通うため、近場に借りていた下宿の部屋へと、それらのヌイグルミを徐々に持ち去っていた。
このことは、たまたま、兄の下宿を訪れたときに目撃したという、これも腹違いの姉からの指摘だったと憶えている。
当然、私は、兄に抗議したのだが、
くだんのヌイグルミを一体ずつ拉致したあと、兄は、下宿の自室内の棚の上に並べて鎮座させ、礼拝していたのだというw
おそらく、それらのヌイグルミの独特な姿かたちゆえなのだろうか、兄は、勝手に、「火の神さま」と名付けており、「五体投地」式の礼拝を続けていて、とうてい、返してくるつもりもなさそうだったww
あの変わった形状ゆえ、特別に気に入ったのかと、私なりに、好意的な、苦しい受けとめを していたら、そうでもないことが分かったのは、これも腹違いの義姉からの情報だった。
と言うのは、義姉が結婚後に初出産したとき、中学1年生くらいだった私は、なけなしの小遣いで、「犬の おまわりさん」を思わせるような、制服を身に つけた犬のヌイグルミを贈ったのだが、このヌイグルミも、姉に届けてくれるよう託した兄が堂々と横取りしていて、姉は、そんなヌイグルミを もらった覚えが ないというので、これまた、犯人は兄だったことが明らかになった、というわけwww
さて、
雨
の降りかたも、おかしいよね。
私の子ども時代や若い頃とは、あきらかに違ってきてる。ほんの数十年ですよ、急激すぎるんでないか?
大自然界の大変動に、人間どもが飽きもせず相も変わらずで
ドンパチやり続けてることも影響しているんじゃあるまいかと思えるくらい、世界じゅう、デタラメな世相に拍車が かかっちゃってさ、あーあ、やだやだ。
大昔から、性犯罪か戦争か、どっちも大好物でやんすから両方セットで おなしゃす!の男ども。
まさに、いま、この典型を やって見せてくれてるのが、トランプですわな。「棺桶に片足」の お年頃にして(嗤)
それにしても、
あの『アメリカ』国民がだよ、こうまで おとなしいとは、日本人顔負けじゃあるまいか。
よくも まあ、こんなフザケたもん大統領にしてるよなあというのが、少し前までは、もっぱら、いわゆる「発展途上国」にて ありがちな話だったはずなんだけれど、
いまでは、あっち こっちの大国、「先進国」で、バカな時代錯誤な連中がトップに就いたまま、それに阿るしか能も芸もない、これまた時代錯誤のエセ保守がトップに就いている日本でも、口先だけ勇ましい女ほど、この世で最も男に媚びを売る、女の敵の女と きたもんだ。
例の『北方領土』。
「二島返還」、いーや、「四島返還」で押し通せ!!
いやいや、やっぱ、これっきゃない!とて、なにやってもダメ安倍政権時に、がぜん、ゴマの擂りたかほうだいに擂りまくって、結果、決定的な大敗北を喫した。
そもそも、アメさんは、ほんとうに、日本の側、味方と言える相手なんですかねえ?w
少なくとも、「トランプのアメリカ」は、はっきり違うのだということを内心でだけでも わきまえておくべきだろう。
みんなぁ、ガマンせずに言っちゃいましょうよぉw
トランプ爺さんには、もうウンザリだ、飽き飽きだ、げんなりだー!!と。(嗤)
私は、これも最初の最初から言ってきてるよ、「トランプ ファースト」でしかないのよ、こんなもん、と。
トランプに、自国『アメリカ』に対する愛国心なんてものは ない、
どころか、
むしろ、アベシが、われわれ庶民国民を憎悪していたのと似たようなもんだよ、と。
まっ、
昔から、『アメリカ』と日本の関係は、本質的には「同床異夢」だけどw
もちろん、
だからと言って、『中国』へ、とか、に、とか、で、とかいうわけにも いかないものねえ。
私は、旧のブログ当時から(もう、かれこれ十数年も前から)、
今後の日本は、かつて、自分自身が、周囲の他国を苦しめ、難渋させ、辱めても きたように(だから、日本敗戦後は『光復』なんて記念されちゃうのw)、まさに「大国と大国の あいだに挟まれる小国」の典型的立場を味わう身と なっていくだろうと警告してきた。
高市さんは相変わらず、取って付けた お面のように、ヘラりヘラり笑ってるのを やめないけど(安倍政権の頃から目立ち始めた、これって、『天皇・皇族』の真似なのかい?嗤)、口先だけ威勢の いいのは、もう、通用しないよ。
実際、ほんとうにバカな国民が多いわけだけど、だから、舐めてかかっても いいことには ならないのよ。
「アメさま」と『日本会議』の手先まる出し感も相変わらずな高市さんの、特に厭だわあ
と、私が思う特徴は、口先の後出し癖。
ならびに、
「いつの昔の話」ならぬ「いつの先々の話してるんかいな?この人は
」と、鬼も嗤うのを忘れるくらい はるか先のことに設定した、無責任な話を平気で持ち出すところ。
要するに、ひどく遅いということでもあるわけだけど、
それ以前に、口先だけね、ということが透けて見えてしまうわけ。
つまりは、忘れっぽい国民たちが案の定で忘れてしまっているであろう、その頃まで、おあずけで、ということでも あるからね。
そうしておいて、実行責任は、次の政権へ。
喫緊に やらなくては ならないことは、このように、「皆さんが忘れた頃に やる予定」というの?くらいに遅すぎるくせして、
いま必要でもない、どころか、やっちゃいけないことばかりを一気呵成にゴリ押ししようと頑張り、そのついでに、われわれ庶民国民の生命リスクを増加させるような軽率発言も吐き散らす、
そういう軽薄なパフォーマンスが突出してるところ。
あーあ、いやだ いやだ。
ほんとうに、結局は国民の精神・知性レベルが低いから、こういうトップを選び続けてしまうんだわな。
高市さんって、『教育勅語』は読んでいても、かの山下大将が遺した言葉を読んだことは ないのでしょうね。
『ICC【国際刑事裁判所】』問題についても、国内外の あちこちから批判の声が上がって、これまた取って付けた如くに、「手の内を見せるわけには」とかナントカ言ってて、うまいこと誤魔化したつもりだろうけど、
おそらく、何も言えないし、できないだろうね、いままでの行いを見ていたかぎり。
やっぱり、男に弱い、男に阿るのが日本の女の性質なのか、という幻滅感つのる日々だったけど、
いま、世界じゅうで深刻な問題となっている「力の支配」というものに対し、「法の支配」を掲げて、真っ向から立ち向かわざるを得なくなったのも、日本女性。
同じ日本の女性でも、この極端な対比、どうなっていくのだろうか。
「力なき正義」は。。。
で。
『中道』の問題もねえ、やっぱりだったな、ってことで。![]()
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忌まわしき安倍政権を、草払い露払い よろしく返り咲かせた あの時点で、私も、そうとう頭に来ていて、「失われた」ン十年の拡大に次ぐ拡大、総仕上げへと導いた、陰の立役者とでも言いましょうか、そんな野田佳彦氏を、そもそも枝野氏が設立した『立憲民主党』トップの座に またぞろ就けてしまったことにも、不吉な予感しか なかったのだが、
結局、乗っ取られた かっこうに なったな。
先の、ボロ負けなんてもんじゃないほどの惨敗を喫したことで、この人は、潔く、無所属になるか、もともとは希望していたが叶わなかったのだという声も聞こえていた『自民党=ダッピ統一つぼ売国党』に加入させてもらえば よいものを、
ついに、
ここへ来て、あの小沢氏でさえ顔負けの、見事なる「壊し屋」となったことに、異を挟む人は、誰も いないだろう。
スローガンどおりに、自民党を引きずり降ろして政権交代どころか、それとは全く逆のことしか やりよらんのだから(トホホ)![]()
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いやいや、やはり、『自民党』支持者らだけは、野田氏を労い、「豪腕」「辣腕」と絶賛するのでしょう。
わたしゃ、かねがね、「貧乏神」みたいな御仁だわぃと思っていたがw
いまや、鋭利な大鎌を担いだ「死神」
と、巷で呼ばわれてますよ(嗤)
今回の雲散霧消について、「ノーコメント」で通したことに批判が高まっているけど、
だいたい、この人、『(旧)統一教会』との問題についても、なんか歯切れ悪くウヤムヤにして逃げてるじゃないですか。
それとね、
身も蓋も ありゃしないほどカネカネカネ、まさに、「いまだけカネだけ自分だけ」という名文句がピッタリ当てはまるような、現代の「国賊」「売国奴」に類すると見做して過言でないヤカラ連中が、『自民党』ならびに、その補完政党、および、それらの支持者にダントツ多いことは、従来から私は睨んでいるので、
ま、ほとんどは「サヨ」よりもオツムの出来が悪いみたいだしwここでクギ刺しときましょう。
いわゆる「ウヨ」「ネトウヨ」に多い主張のようだけどね、
「外国にバラ撒くために、日本人を搾取している」
というのは、
あのテの連中の思惑、目的は、ほぼ全てが軽薄かつ不審に思えること多々なのだが、
まずは、
それこそ、近年の『中国』の不穏な動きも あることだからこそ、そんなに単純な話では ないのでしょうよ。
つまり、
「外国へのバラマキ」よりも重大なこと、
自国内での搾取や悪政による格差拡大、庶民生活の窮状拡大のほうが、もっと もっと重大問題なのです。
そこから、目を逸らさせたいのと違いますかね?おたくらは。
『自民党』と、その補完政党、および、それらの支持者では全く ない、
そんな、私のような庶民の目を逸らさせたいモクロミと違いますのかな?おたくらウヨさんはよ(嗤)
【続く】