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Updated   
2026.11.02 (Mon)

『日本の「ラスボス」は『自民党』の「ご主人さま」』の続き。

 

だいたい、自党に関する誹謗中傷が影響したがため、無残に敗北したとか主張するには、一般の国民の場合でもアタリマエに、それなりの証拠というものを押さえておかなければ、話にならない、そこが全く お留守のままでは、話にならないのはアタリマエで、マヌケと呼ばわれても仕方ない。

 

けれども、方向転換した泉 健太氏の主張することも、大いに危惧されるべき問題点を孕んでいることは、先日来の当ブログ エントリーで指摘してあるとおりだ。

 

でね。

「『文春』頼み」のような状態になってしまっているのであれば、それは、何ゆえなのかを考えるんだよ。

 

なぜ、『文春』ばかりが、いわゆるスッパ抜き的な記事をブチアゲてこれて、
他のメディア、とりわけ、本来の仕事するべき大手新聞社らが、まったくの後追い状態に堕し続けているような状態なのは何故なのか考えてみるんだよ。

 

そう、真っ先に浮かぶコトバは、「忖度」ってやつ。

たしか、安倍政権の頃に、にわかに注目され始めた単語だったと思う。

 

要するにね、

大手を中心に、たとえ『朝日新聞』だろうが、ほぼ完全に腑抜け、腰抜け状態になってしまってるんじゃないかってことですよ。

 

かねがね言ってきたけど、新聞社ってのも、一個の営利企業だからね。

 

経営の上層部にもなると、それこそ、「木鐸」?そんなことより、経営上の戦略やらカネの回しかたのほうが、よっぽど大事になってくるのだろうし、そのためと あらば、

『自民党』の意向に合わせて、弱者叩きをも辞さない、

これを、表面だけは尤もらしくも、「弱者寄り」であるかに見せかけて、
その実、叩いて傷つけるという陰湿な やりかたが得意なのは、むしろ、『毎日』や『朝日』のほうだよ(嗤)とりわけ要領のイイことが売りの優等生ならではの得意な誤魔化し術は、官僚タイプの特徴だわ(嗤(嗤)

エリート意識ゆえの無神経さ、ひょっとすると、自覚してないかもだが(嗤)

 

同時に、

近年は、日本全体の「精神性みたいなもの」が、どんどん「おこちゃま」的になってきて、そのへんの庶民クラスの一般家庭出身でも、男女ともに、おぼっちゃま、おじょうちゃん気取りが溢れている。

そういう軽佻浮薄な風潮は、新聞社も無関係では いられず、

社内では、まあ、そこそこの役職に就いている者でも、それこそ、『読売』のオエライが、「中学・公民」レベルの知識すら わきまえていなかったのが露呈したこととか(まあ、ウヨどもは大喜びしたわけだが嗤)、

世のウヨどもから敵視されている新聞社の一つであるw『東京新聞』なども、社説に おいて、『皇室』と被災地住民の関係性を、とんでもなく浅薄な情緒趣味まる出しに演出していたので、これについても、私は、近頃の過去エントリーのなかで容赦なく批判しておいた。

私の目の前に、その社説氏が いたなら、思いっきり、とっちめてやるところだ。

 

ことに『皇室』について、あたかも芸能人あつかいする記事は、昔から、俗悪が売りの雑誌系や女性週刊誌の方面に任せておくことだ。
仮にも新聞社が やるべき仕事では ない。

 

ましてや、
末端の若いヒラ記者が、サラリーマン感覚で当然となり、いつの間にやら、新聞業界に おいても、「おこちゃま」とかオボッチャマ、おじょうちゃんが、いっぱしのエリート気取りだけは堅持したまま、「木鐸」?「公器」?なにソレ??聞いたことないなあ~状態になっていてもフシギは ないというところにまで堕ちている。

 

昨今の購読者数の激減で、経営難が目立ち始めて久しい。

それでも、これといって思い切った改革も、新聞業界自身、打ち出せていないでは ないか。

 

その代わりみたいに、たとえば『朝日新聞』系列のメディアは幾つも あるようだが、どれも これもが、記事の内容が低レベル傾向で(特に、『皇室』ヨイショ記事は、いわゆる女性週刊誌も顔負けの俗悪さ、読むに堪えないほど見苦しい 嗤、しかも、肝心かなめの政治方面の記事ですら、昨今の女性週刊誌の容赦なさに負けてるしまつww)、

私なんかは、もう数年前から見離しており、ネット上で見出しを見かけるたびに冷笑しか浮かんでこない。

 

 

というわけで、

要するに、『文春』などの雑誌系メディアのほうが、よっぽど「仕事してる」というのであれば、それは そのまま、肝心の新聞社らが、まともに仕事してないんちゃうか、ということでっさ。

 

私はね、何年か前から、いよいよ、生活が逼迫してきており、しかたなく、購読していた『朝日新聞』を断って久しいので、なおさら、パソコンと、様々なニュース記事が読めるインターネットが欠かせなくなってしまったわけだけれど、そもそもの私は、これも過去エントリーで言ってきたように、職場以外に、自宅でもパソコンを使おうという気が全く ないままに(私にとっては、高額な買物だしね)、世間から10年は出遅れていた。

自分用のパソコンを購入する必要も、インターネットへの関心も低いままで、世間が どうだろうと、自分は、このままでイイとすら思っていた。

けれども、知人や同僚などから、これからの時代は、仕事するうえでも、パソコンとインターネットは欠かせなくなっていくよと、つよく勧められて、もっと使い慣れるために、しぶしぶながら、プライベートでも利用するように なったわけだが、

じゃあ、もし、今後、家計に余裕が できたとしたなら、あらためて、新聞購読を復活させる?と聞かれたら、ノーです。

理由はね、

私が「無党派」を貫いてきたことと、ある意味では似ていて、

たとえば、ネットでは、日本国内のものだけでは なく、あらゆる海外発のメディアの記事も、その気になれば、ある程度は読めますから、言わば「読み比べ」のスケールが飛躍的に進化したよね。

 

むかし、裕福では ない、いたって庶民クラスの家庭では、せいぜい一紙だけ購読していたらイイほうだった時代には、どの新聞社を選択して読み続けているかにも、読者の考えかたや判断への影響の差が あったかもしれないし、新聞社によるニュアンスや視点の違いを踏まえておこう、とまで考えるようなインテリ家庭は、けっして多くは なかったはず。

したがって、
同じネタの記事でも、多少の差異が あるはずとまでは考えも しないままの一般家庭が最多だったろうと思う。

うちの親父の「ロハ」好きゆえにw『読売』一紙で数十年だった私の実家でも、だいたい、そんなとこだった。

 

ただ、
私自身は、先日、再び挙げておいた過去エントリー内でも述べてあるように、初めて引越しした おりの、『朝日新聞』に購読先を変えたことにより、多かれ少なかれの違いが あることは、おのずと知れたわけだが、

それとても、
近年は、ほんとうに、各社とも、『自民党』と、その政権に対する阿りやら忖度やら自粛めいたものが まかり通っている状態が共通しているのでは なかろうかと思える。

少しばかり批判的論調を出してみたところで、なおも奥歯に何か挟んでいるような程度でしか なく、

結果、

『文春』の後塵やら後追い、恐る恐るの様子見やらで、自分たちの本来の仕事を やってないのでは ないの?という疑念や不審や不信感。

この傾向は、今後も深まっていくのだろうか。

日本の新聞社なんぞ、昔から、「政権寄りが基本」と批判されてきたのは知っているが、近年に至っては、まさに、「ジャーナリズムの死」を、みずからで招いているの図だ。
かと言って、一般の読者のほうも、読者として どうなのか?という疑問を突きつけられても、あまり、ピンと来るようなレベルの意識も持っていないと思しい。

 

 

当ブログは、過去から ずっと指摘し続けてきたけれど、

まさに、日本の全方面で、「ラスボス」かつ「ご主人さま」は『自民党』、
そうなってしまっている。

かれこれ100年近くも費やして、
「永遠の与党『自民党』」を固め上げんものとし続けている。

 

その『自民党』の「ご主人さま」は、『アメリカ』だ。

なんせ、自民党は、アメリカに大恩が あるらしいからね(嗤)

 

だからこそ、なおさら、アメリカの大統領が、その政権が、どのようなものであるかによる影響は、とりわけ日本にとって、たいへん大きく影響する。

 

こないだ、国会で、高市さんが、子ネズミくんを「総理」と呼んでしまったとかいうことが あったらしいが、
いや、ほんとうに、すでに、その方面の内部では予定されていてもフシギじゃないよ。

 

ま、父ネズミ氏も、高市さんと同様、たいした媚米ぶりだったのは確かだしね。

子ネズミくんも、アメリカ留学と称して、あちらの「ジャパン ハンドラー」の面々にジックリ仕込んでもらってきたという経緯が あるそうだから。

 

 

何度も言ってきたけど、
『自民党』は、誰が首相を やっても、結局、同じこと。

だって、アメリカが、彼らの「ご主人さま」だから。

 

われわれ一般のシモジモ国民は、アメリカを「ご主人さま」と拝む自民党に、知らず知らず付き合わされてきただけ。

自民党が与党であるかぎり、「アメリカの属国」であり、共に平伏し続けることを強制されるのは当然なのです。

 

でも ま、「日本は、自分のもの!誰にも渡さず、独占し続ける!」と、アメリカが欲するかぎり、その おかげで、他国が手を出しにくいというような効果も あったのだろう。
そうして、

もし、野党の側が政権に就くことが再び起きたとして、ご主人さまアメリカは、とても機嫌が悪くなる。

 

大恩ある ご主人さまの逆鱗を恐れてやまない子分『自民党』は、政権の座を取り返すのに必死となるわけで。

 

それらに つられた如く、日本の国民たちも唱和して、「悪夢の!!」と、ブーブーブーブー喚き始める。

 

これが、日本列島に おいて100年近く続けてきた、「野党が育たない」構図。

 

 

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Updated   
2026.11.02 (Mon)

『「天然」の醜w(または、いやらしき天然w)』の続き。

 

先日のエントリーに引き続き、
「政権支持率」「世論調査」というものに対して、もっと言っておこう。

 

同じ新聞社なり通信社なりメディア一社のなかでの数値の上下すなわち細かい「トレンド」を見ることについては、私は、意義も意味も殆ど感じられないと述べておいたわけだが、

なぜなら、その「トレンド」なるものを見、知ることによって、一般の有権者国民の選挙に臨んでの投票行動に対し、どういう影響を齎しているのかサッパリ不明だからである。

 

少なくとも、私自身の投票行動には、何らの影響も ない。

「正統たる無党派」である私は、世間の有権者大衆のように、大なり小なり固定した支持政党を堅持しているのでは ないし、いわゆる「勝ち馬」とかブームに乗ろうの類には全くと言っていいほど左右されないタイプなので、それらの数値が発表されても、「ふうん」と呟くのが せいぜい。ほぼ、何の意味も ない。

特に近年、そういう傾向が強まってきた。

 

でも、
従来と変わらずに影響を受けやすく、かんたんに左右されがちなタイプの大半の有権者国民たちに対して、「政権支持率」「世論調査」というものは、いかなる効果を期するがゆえに、いまだに、いちいち発表されているのだろうか。

 

選挙速報も、ずばり、百害あって一利なしと言っても過言では ないとすら思うし、

全てが終わったあとで、じっくりと、分析でも検証でも したらいいと思う。

 

要は、
大した労力と資金を費やし続けて、「政権支持率」やら「世論調査」やらを こまめに発表することよりも、もっと重大な仕事が あるんじゃないの?と言いたいわけです。

 

「ヤフごみ捨て場」のヤフゴミんのなかには、毎度のことでは あるが、

ここでも、高市政権への支持率が、幾つものスキャンダルや政策に ついての問題点にも かかわらず、実態としては、要するに、少なくとも来年の春までは、ぶらさげられている「期待のニンジン」を追わせるテイでもって、とりあえず、そこそこの線を維持している、

この状態を利用して、定番の「野党ガー」を喚き、次いで、「『文春』頼みでは なく、実力で!」どうしろ こうしろとクレーム言いたい ほうだいなのは見慣れ過ぎたくらいに見慣れた光景なのだが、

やれやれ、言ってやらないと、サッパリわかんねえのだな。

 

わざわざ親切に言ってやっても、ムダでしかない■ノウも大勢いるわけだが、でも、めんどくさいのを堪えて、言っといてやろうな。
ああ、めんどくせぇ。

こういう問題になると、とたんに、「ミギ」も「ヒダリ」も無関係に、軽薄短小が増大する。やれやれ。

 

あ、そうだ、

あらゆる商品が値上げ続きとなって久しい近頃、
近所のスーパーマーケットでは、いつの間にか、

「電子棚札」

とかいうものが登場して、

それ以来、以前には、「当店通常価格」が共に表示されているのが基本で、たまに「お買い得価格」「セール価格」になっているときは、「通常価格」との差が分かりやすかったのに、

いくら「お買い得価格」とだけ表示されていても、「通常価格」が、なぜか、表示されなくなった近頃は、比較することが できなくなった。

つまり、お買い得になってますと言われても、本当に そうなのかを確認しにくいようになった。

同じく、

知らないあいだに、値上げされていても、分かりにくい。

 

したがって、

高くなってるから買うのは やめておこうとか、お買い得なら余分に買っておこう、とか、そういう家計の節約・調節も しにくくなった。

 

ささやかな対抗策としては、せいぜい、こまめに価格をメモしておいて、買物のたびに、そのメモと見比べることだろうか。めんどくせ。わたしゃ、スマホ持ってないしな。

 

その方面の識者や専門筋による記事を読んでみても、ほとんどが、あくまで、「電子棚札」を導入することによる、あくまで販売業者にとっての、いろいろな効率化をメリットとして挙げているのみで、

われわれ一般の買物客にとっての不便やデメリットのことには言及しない。

 

時を同じくしたあたりから、

レジ袋に加えて、お箸やポリ袋のサービスも次々にナシになり、

いつぞやのエントリーでもボヤいたように、
下着を買ったときでさえも、以前のように、透けない紙袋に入れてもくれなくなったし、たたむことすら一切せず、くしゃっとしたまま、放り投げるようにして寄こすようになった。

まあ、衛生面のことを考えたら、レジの店員さんの手に触られないほうが、むしろ いいのかも?だが。

 

あーあ、年々、暮らしにくい、ギスギスした国に なっていくなあ。。。

 

いつも使っているキッチン ペーパーも、たまたま、ずっと前に買ったままだったものを思い出して取り出し、こないだ買ったばかりのものと一緒に使ってみたら、サイズが大幅に違っていた。

もちろん、小さくなっていたわけだけど、こないだ買ったほうのがね。

 

もう、こういう「ステルス」値上げの類は、明示される値上げが目立つより何年も前から頻繁に やってるし、そのうえで、どしどし大っぴらな値上げも している状況なわけでね。

 

こないだは、
テレビ ニュースなどに よく登場していて おなじみの顔となった、ある生鮮系のスーパーマーケットの店長さんだか経営者の かたが、国会に招かれて、見解を述べておられたようだが、

はっきり、「(食品)消費税1パーセント」政策実施は、言わば「ぬか喜び」のようなもので終わるだろうと言い切っておられたらしく、まあ、要するに、このかたのように、直接的に売る側の立場からしても、施策で1パーセントに下げたところで、すぐに無意味な状態になる、いや、させてもらいます!宣言とも とれるわけだ。

 

 

さてさて、

まずは、

たしかに、雑誌の類を掲げ、それを片手に、延々と、ノラリクラリの『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』政府に詰め寄り続け、しまいには、「八百長」や「出来レース」にすら感じられてきて、腐れ自民党の不誠実さ、悪辣ぶりは、これこそ見慣れ過ぎているがゆえに、むしろ、野党の側こそが、毎度ものすごくマヌケに見えてくるという、いかにも不毛な光景が映し出されていると感じる心情は、理解できないでもない。

なので、

ここは、そろそろ、「ゆ党」を除く野党たちも、戦術を練り直す必要性が高まっていることを、さっさと自覚すべきなのも確かだろう。

 

ちなみに、

「ゆ党」の一員である『国民民主党』は、やっぱりダメだな~という考えを新たにしましたわ。

『立憲民主党』ならびに、あえなく潰れた『中道』系も、やっぱり、もひとつという印象は変わらないし、

『日本共産党』は、言うことは、まあ、各党のなかで、いちばん正攻法的で真面目だし、理論的なのだろうとは思うけど、如何せん、やはり、政権に単独で就かせて安心できるというイメージは、自覚も あるのだろうが、まったく!備わっていないまま(苦笑)せいぜい、野党側に政権が移った あかつきには、連立政権の端に座ってもらえば いいだろう(ただし、いちいち、こまかいことで袂を分かつことのないよう慎まねば ならなくもなるw)という存在の域を出ないままだ(その意味で、安心して投票できるわけでも あるw)。
なぜなのか、こういう面でも、ご自分たち自身で、本気で自己分析と検証を してもらいたい。

それ以前に、野党側に政権がと言っても、連立するにせよ、「共産党だけは、いやだ!」と言い張る野党議員も多いわけだし、困ったもんだ。

しかも、

じゃあ、しっかりとメインに足る政党は、どこが良いのかと考えたら、これまた、あたま痛くなってくるしまつ。

世のなかの無責任で不勉強なだけの「無党派」層とは全然ちがう意味で、この私ですら、投票先の選択に苦悩する。近年は、このような情況が、ずっと続いており、ひどくなる いっぽうのようだ。

 

ついでに、

まあ、私自身は、直接的に見ていたのでは ないが、

国会の議場に おいて、ここぞ目立っておこう!というパフォーマンス的な言動も、野党側に目立っているように思えなくもない。『自民党』のほうは、目立つとかでは なく、昔から、野党および国民を舐め切った態度なのは定番なので、驚くまでもない体たらくだからね。

 

最近の一例を挙げるなら、たとえば、「何それ!」連呼などは、あまりに稚拙だし、ただでさえ限られた質問時間を、みずから削っているに等しいパフォーマンスは、およそ賢明では ないと思う。

あんな世襲の子ネズミごときに、イヤミで言い返されるほど空虚なセリフは慎み、真面目に やれ!!emojiです。
おたくらは、芸能人じゃないのだから。

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.10.31 (Sat)

『機械と感情』の続き。

 

次に、

私が視聴する動画のジャンルについて、以前も述べたように、あるていど決まっており、このブログの読者さんには、意外だと思われるかも しれないのだけれど(苦笑)およそ政党系や議員さん、あるいは、専門筋だろうと一般のシロウトさんであろうと、政治に関する解説や見解や主張や意見を目的とするチャンネルは、基本的には、あまり見ないほうです。

理由は、
どのチャンネルを見てみても、ほとんどは、その立場によって多かれ少なかれ違ってくるし、つごうに合わせて偏っていたりもするし、つごうに合わせた虚偽も混じっているだろうし、所属している組織・団体や支持している政党を持つ人のチャンネルなら、おのずと、党派性といったものも滲み出ているので、私のような、「ミギ」からも「ヒダリ」からも叩かれてきたww純然たるw無党派には、見ているうちに、大概、どこかでウンザリしてくることが多いものだから、閲覧対象から外れているという状態。

 

ま、私が「ワード」で何かの下書きとかしたとたんに、覗き見していることが明らかな『ヤフー』また『グーグル』は、『ユーチューブ』でも、こいつの好みらしいと推測したものを次々オススメで挙げてくるし、しかも、基本的に、直近の閲覧チャンネルを中心とした傾向のオススメを挙げてくるので、見なくなったチャンネルは、どんどん遠ざかっていく仕組みのようで、そうなると、ますます、関心が薄れゆき、まったく見なくなっていくわけで。

なので、
私が、わりと頻繁に見るジャンルは、旅行に行くことも ままならないから、国内外の風物紹介チャンネルとか、これも、ご無沙汰のまま久しい、美術鑑賞やコンサートの代わりに慰めとする美術系とか音楽系のチャンネルとか、それから、家事系や料理方法(=極力、安上がりで、手間も かからない方法w)・簡単なレシピの紹介チャンネルとか、自分では やる機会に乏しかったが、興味は持っていた刺繍や編み物、少しだけ経験が あるレジンのアクセサリーなどの手芸や趣味系、あとは、ペットや動物系といったところ。たまに、心理学系や精神医学系かな。

ただし、

動物系チャンネルも、いくつか連続して見ていると、特に、いわゆる発展途上国などの場合、いかにも、動物愛護やレスキュー活動のほどを見せているようで、その実は、感動的演出のために、とんでもない虐待を している疑念が生じてきたケースも あり、非常に不快になったことも少なくない。なので、この方面でも、かなり注意を払って警戒している。

 

動物と言っても、私は、そもそも、野生のナンタラ系の、グロテスクなまでの光景が映し出されるものは御免蒙りたい性格なので、そういうものは慎重に避ける。だが、こないだ、いつもの気まぐれから、うっかり、『東南アジア』などの地域の野鳥観察のチャンネルを視聴してしまい、いかにも南国らしいギラギラしているほど色鮮やかな羽を全身に まとった母鳥が、ひな鳥に給餌している光景を見て、ウへッemojiと思いつつも、好奇心に駆られて、しばらくガマンしながら見ていた。

すると、母鳥は、途中から、ひな鳥を、その鋭い嘴で突いたり、首を絞めたりし始めて、しまいには、巣から追い出したので、唖然emojiとした。

鳥の世界にも、子ども虐待とか子殺し子捨てって、あるものなんだなあと、話には薄々聞いてたけど、やっぱりビックリした。

 

まあ、なんせ、鳥だもんね、

思いっきり口を開けて騒がしく催促しまくる雛どもの口中へ、とうてい入りきらないデカい餌(爬虫類とかね;emoji)を押し込んでやって、それを、ちゃんと飲み込めるか どうかを見つめていて、雛が、目を白黒させるばかりで、どうしても飲み込めないと見るや、いったん取りあげ、再び、食べやすい角度から入れ直してやる、その作業を何度も何度も根気よく繰り返すのだから、そりゃ、イライラしてくるんだわなw親鳥自身は、ろくすっぽ食べてないだろうし。

 

そして、これもフシギな本能と言うべきか、雛は、デカすぎる餌を必死に飲み込んだあと、すぐに、親鳥に向けて、お尻を突き出すのね。ウンチを取ってもらうために。巣のなかを汚しては いけないことを知ってるみたいだ。

 

あ、そうそう、

先日、「4歳児が、虐待により死亡させられた」という事件の公判で、2審も無罪との高裁判決だったとかいう記事が出ていた。

もちろん、なぜ無罪!?との怒りの声が多かったようであるが、「冤罪は あっては ならないことだから」という意見も、それは尤もだ。

しかしながら、

この、虐待して殺した嫌疑を かけられていた「母親の男」が直接的死因を齎したという明白な証拠に足るものが なかったゆえの無罪となったと理解すべきなのでは あろうけれど、やはり、納得いかないものが大きく残る。

それは、

そのときの直接的な死因とまでは言い切れない状況で あったにしても、そもそも、それまでの執拗な虐待行為が積み重なって、幼い子の体力が尽きるまで続いた結果のことだったのでは ないかという疑いが、どうにも拭えないからだ。

 

野鳥の動画の話に戻ると、

それから、『カッコウ』の托卵ね。これは、一般にも よく知られている習性だと思うのだけども、やっぱり、まだ知らなかったことが あった。

まずは、『カッコウ』の親鳥が、よその鳥の巣のなかに産み落とすとき、数合わせとして、先に巣のなかに あった、本来の卵の一つを、おのれの卵一個と引き換えに、巣の外へ落としておくのだそうだが、へんなところで、しょうもない計算するんだなぁemojiと思った。

だって、いち早く孵ったカッコウの雛は、「育ての親」鳥が、巣に戻ってきて、まだ温め途中の「実子」の卵の上に腹這った隙間から、育ての親の眼を盗むようにして、巣の外へヒョイッと落としてしまうんだから。

育ての親も、自分の卵が、一つ、また一つと、次々に減っていってるのをサッパリ気づかないのだから、いちいち「数合わせ」する必要あるのか?と思ったわけさ。

それにしても、

今回、初めて知って、呆れ果てたのが、カッコウの雛のカラダの秘密よ。やっぱり、「生物の進化」って、こうなりたい、ああであれば、つごうがイイのに、といった切実な願望みたいなことから始まるのだろうか。

と言うのは、

カッコウの雛の背中に、小さな窪みみたいな部分が あったからなのです。

この窪みというのがね、
「育ての親」鳥の実子である、まだ孵化していない卵を乗っけて、巣の外へ放り出しやすいよう、おあつらえ向きに できてるでやんの。emoji

んで、ヒョイっと「窪み」に乗っけて、ホイホイ放り出すという ぐあい。emoji

 

まあ、こんな自己チュウむき出しの狼藉ぶりも、これは これで、自然界の摂理に適っているらしくて、ここまで酷い目に遭わされる托卵先の(『ヨシキリ』など)の鳥たちが、絶滅危機に瀕するなどといった弊害は起きていないらしいのだから、なんか納得いかなくて、思わず唸ってしまうw

 

考えてみたら、人間のほうが、乱獲あるいは保護しようとも、どっちみち、生態系に大なり小なりの弊害を及ぼしている現実は否めないでしょ。
皮肉なもんよねえ。

 

で、

本来の雛たちよりも、ずっとガタイが大きいカッコウの雛は、まだ孵化していない卵を、自分の背中の窪みにヒョイヒョイ乗っけては、巣の外へ放り出すんだけどね、
ついに孵った雛が辛うじて一羽あったとしても、一見して分かる体格差で、腕力も大いに違うのだろう、育ての親鳥の実子たる雛は、しばし抵抗を試みたようすでは あったが、自分の2、3倍は大きい、「義理の兄弟」であるカッコウの雛が、まだ羽毛も全く生えていない赤ハダカ状態の腕を精いっぱいに伸ばし、担ぎ上げるようにして背中に乗せた「ライバル」である雛を、ついに、巣の外へ墜落させていた。
ちなみに、
これにも驚いたのだが、
育ての親の産んだ卵から孵った雛を排除するため、自分の背中に乗せようと、思いっきり伸ばしている、やがては羽になる部分が、まるで、人間の腕と手にソックリだった。

 

「お人よし」どころでは なく、まさにアホそのもの、マヌケとしか言いようのない「育ての親」鳥『ヨシキリ』は、自分の子どもらが全滅させられているのも気づかず、ただ一羽だけ残っている、いやにデカい(カッコウの)雛が、あっという間に成鳥なみに大きくなって、すでに、親である自分の3倍くらい大きいのに、サッサと気ままに飛び始めた「義理の子」カッコウの あとを、必死に追いかけてまで、なおも、集めてきた餌を食べさせようとするんだよね。いやはや。。。emoji

 

それで、私は思ったのだけど、

カッコウの親が、まったく無関係の、他の種類の鳥に托卵する理由というのが、体温の安定性に欠けているため、卵を孵化させるうえでは不利なせいで、安定して体温を保てる種類の鳥に向けて托卵しているらしいという理由は、なるほど、そうだったのかとは納得しかけたが、

しかし、思い起こしたのが、カッコウの雛の背中の、あの憎たらしい窪みですよ。あれってのも、言わば、「切実なる願望ゆえ」の「進化」の賜物でしょ?

そもそも、カッコウの「実の親」鳥が、托卵先に選ぶ鳥の卵と似た柄の卵を産めるようになったのも、同じく、切実なる願望ゆえの進化でしょ?

 

だったら、おのれの卵を孵化させるのに適した体温を保てるよう進化したらイイでは ないの??

まあ、そうなったら、親鳥である自分自身が生きていくうえで、何らかの不都合が あるから、体温のほうは諦めたのかもしれんけど。

そもそも、鳥類って、恐竜や爬虫類の仲間でしょ?体温が低いのも当然なのだろうし、自分の体温を進化させるよりも、よその鳥に大迷惑かけるほうを、だんぜん選択したのであれば、やっぱり冷酷な性質なんとちゃうか?ww

 

ま、
人間としては、その現実に、野生動物にも劣るような冷酷非情な、残酷な性質の者も少なくはないとは言え、やはり、カッコウの凄まじいまでの利己主義ぶりを目の当たりにしたら、つい、不快を もよおしてしまうのを抑えきれないわけだけれど、

それでも、先述したように、托卵された種の鳥が絶滅の危険に直面しているでもなく、全体から見れば、ちゃんと、ツジツマは合っているということなのだから、なんだか、おもしろくないじゃありませんかw

 

人間なんか、何を どう頑張ったって、自然界の迷惑にしかならないようなことばっかり やってるもんね。

それでも、

それでも、思っちゃうのよ。

「自然の摂理」って、なんてイヤラシイのだろうかと(苦笑)

 

 

さて、話題を変えて、

近年の動画は、撮影機材の発達も、ますます高まり、シロウトの一般人でも、昔ならプロ並みな出来の撮影が手軽に可能になったことも あり、私は、ふだんから、自分では体験できない、いろいろな海外の ようすを、そこに居るかのような臨場感を持って鮮明に見ることが できる動画を覗くことも多い。

特に、現地で生活している日本人によるチャンネルを、興味深く閲覧させてもらうことも多くなったわけなのだが、

一般に、日本人には、とりわけ『フランス』って、庶民クラスの人でさえも、それなりにオシャレで優雅な雰囲気を満喫といったイメージを持っている人が多いだろうが、じつは、意外なほど地味で質素な生活スタイルなのだとも聞いては いたけれど、私は、住んでる世界が違い過ぎだぁと思えるくらいに、いかにも「お金持ち」自慢が鼻に つくような、これ見よがしなリッチぶりには、あまり関心が なく、どちらかと言えば、あるていど庶民的な つつましさを備えつつも、現地の特色ある味わいの ある良さを、楽しく案内してくれるような内容が好もしく、そんなチャンネル中心に、だんだん自然と絞られてきて、このチャンネルさんのは見る、というものが幾つか定番になった。

ところが、

最近は、例の『フランス』の目下の実態が気になって、

こういうことこそ、「特権階級」みたいな、どこのパラダイスに お住まい?みたいな人たちの話よりも、どちらかと言えば庶民クラスの生活を している、日本出身の一般人、かつ、その国に長らく在住してきたという人の話を聞くほうが、それこそ、日本国内の新聞やメディアが尤もらしく報じていることよりも、もっと実感や実態に即した詳しい内情を知ることが できるのではと思ったので、いつもは見ないチャンネルさんでも、暴動が起きた場所が、ご本人が居住されている地域から、わりと近いという人たちのリポート的な内容のものを選び、あちこちで閲覧してみた。

 

やはり、現地では、まあ平凡な一般的な暮らしを しているほうだという人たちならではの、日本国内のニュース記事などとは多少ちがうんだなと思えるような、生活実感こもった話を幾つか聞くことが できた。

ご本人たちが、自身で撮影したという、暴動が起きたあとの街角の光景のなかには、荒々しく書きなぐられた落書きのような文字が映し出されたりしていて、それが、なんと、

「タックス ザ リッチ」。

最近、『日本共産党』が提唱し始めたことと全く同じスローガン的なコトバなので、ありゃりゃ~!発祥の地は、どこらへんが先だったのかな?などと、ちょっと驚きながら思っちゃったw

 

でも、「タックス ザ リッチ」は、間違いじゃないよ。必要な政策です。

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.10.31 (Sat)

近頃の話題、それも、大きな懸念や危惧の伴う話題として挙げられることの筆頭に、『AI(人工知能:Artificial Intelligence)』に関することが、いよいよ目立ってきているが、これは、すでに何年も、いや、もっと前からかもしれないが、錚々たる世界的科学者などの幾人もが、人類規模としての警告を発してきているところを何度も見かけている。

いやはや、ここまでの事態になるまで、アッという間だったね。

気候変動の急激さと似て、私が若かった頃から、せいぜいが数十年の あいだに進んでいる。

インターネットの利用をプライベートでも開始した当初から、その「見切り発車」的スタートが齎す弊害は、多岐に わたって深刻なことになるだろうということを直感し、特に、いま子どもである世代については、できうるかぎりの警鐘を鳴らさねば ならないと、「汚気・愚」などのQAサイトやコメント欄を設けているサイトなどに対して、運営管理を疎かにするな、社会的責任を自覚せよと、個人の範囲ながら努めてきたつもりだが、イヤガラセや誹謗中傷された私のほうが、かえって、運営に睨まれ、ペナルティを課されるしまつだった。
そんな私ですら、『AI』の危険性については、もとが出遅れていて、「IT」分野にも疎いせいで、いまだに、なんだか漠然としている懸念のようにも思え、だいいち、あくまでも人間が、しっかりとコントロールすべきなのだから、それが、どうやっても追いつかず、破綻を招く恐れが拭いきれないのであれば、まだ引き返すことが可能な地点にいるうちに引き返すべきじゃないか、それが できない理由は何だというのだろうか?と、要するに、それほどには、ピンと来ては いなかった。

 

ただ、この方面の話題を目にすると、『AI』が、やがて「自己意識」のようなものを持ち始めて、それとともに、人間のコントロールを逃れようと凄まじい暴走を始め、ついには、人間社会に、とてつもない危険を齎すだろうという深刻な警告が、その方面の専門家や識者たちから発されることが やまないので、見かけるたび、なんとなく、つられるように、自分の周辺で経験したことなどを、あれこれと思い浮かべるようなことは よく あった。

 

いま使用しているパソコンには装備されているので、何かを検索しようとしたら、いちいち、AIへの質問機能を利用することを勧めてくるのだが、回答を表示し終えるのに、いつも、数秒ほど待たなければ ならないので、その数秒にイライラしがちなものだから、積極的に使おうという気は薄い。

たまに、手もとが狂って、AIに質問する機能を呼び出してしまったときは、舌打ちしたくなるくらいだ。

それに、「生成AI」とやらに頼って、特に、文章などを代理で作成してもらおうなどという気には、まったく、なったことが ない。間に合ってますので不要、という感じ。

 

若い頃は、「物書き」にでも なろうかと言うか、障碍のため、普通の就職が困難だったので、自分以外の人から、概ねは評価してもらえ、それも、年がら年じゅう、「なにやってもダメ!あほ!」と罵ることを忘れなかった親らですらも、文章を書くことだけは、まあまあ、悪くは ないんじゃないかと、そこそこ肯定してくれるほどだったし、ましてや、他人さんから、この方面については一目置かれるといった感じの評価を得られることが珍しくは なかったし、で、

なかでも、高校時代の『現国』担当の教師からは、

「□▽さん(←私のこと)は、いったい、家では、どんな勉強を しているんでしょうね」

と、

ここまで聞いた時点では、てっきり、私の勉強ぎらいを嘆いておられたのかと思いきや、

続けて、

「彼女は、将来、とても大きな仕事を するでしょうね」

などと、私が いないところで話していたと、親しい友人たちから聞かされたことが あったのを、このトシになって、恩師に対する申し訳ない気持ちとともに苦笑しながら思い出すことが ある。

ことわっておくが、

「現国」ですら、それほど、デキが良かったわけでもない私なんぞよりも、テストの得点が常に高く、成績がトップだった生徒は、クラスメートや同学年に何人も存在していた。

おまけに、

ほんとうは、書くことが好きなわけでは ない。

むしろ、めんどくさくて苦痛なくらいだということも、過去エントリーで述べてある。

 

せっかく認めてもらえることは、あまり好きでもなく、素直に純粋に好きなことは「下手の横好き」の域でしかないという哀しい現実なので、昔から「好きこそ ものの上手なれ」と言われるが、どうも疑わしく思っている。

なので、文章に関しても、自分で才能が あるとは思えない(苦笑)

 

書くという行為にも、エネルギーは必要なのだ。

ましてや、仕事上などの必要に迫られたわけでもなくて、誰に頼まれも しないのに、ただ産みたいから産む、あ いや、ただ書きたいから書く!書くことが好きだ!という動機の小説家さんなどは、ほんとにエネルギッシュなんだわなと、ほとほと感心する。

 

私の場合、あくまで仕事のためとか、論文みたいなものだったら、しかたなく書くけど、

それでも、

AIに、自分の代わりに文章などを作成してもらいたいとは全く思わない。

 

でも、ま、

先述したように、世間一般的なカタチの就職には、そうとうの困難と苦労が予想されたゆえ、それこそ、いわゆる「でもシカ」で物書きになるくらいしか思いつかなかったものだから、やはり、基本的には、何らかのカタチで、「文章」に関わる類の仕事に就いていたわけで。「コピーライター」も やったし、校正、校閲も やったし、これは便利なというので、自分で書いた文章を、自分で校正・校閲して、印刷発注せよという、本来ならタブーと言って然るべきような芸当を、よく命じられました(苦笑)

それまでは、専門の社やライターに外注していたのだが、私が入社したら、上司も同僚も、

「便利な新入りが来たから、外注せずに済む分、経費が安上がり!」

と、ホクホクしていたw

だからと言って、こちらに幾ばくかの手当等を支給してくれるわけも一切なく、ただ単に「便利な やつ」あつかいだった(苦笑)

 

たとえば、旧ブログの頃にも触れたことが あったと思うのだが、

最初に入社した職場で担当した仕事は、これまた皮肉なことに、人並みの聴覚を必要とする業務だった。これまたまたまた、うちの冷酷な母親の命令に等しく、毎度の「この道しか ないで!!」という、ほとんど恫喝されたような経緯から、その仕事に就いたのだが、社長らの言うには、入社試験の作文に、力量ありと見込んだので採用した、ということだったが、実際の業務は、かなり特殊なほうの仕事で、たしかに、プロのアナウンサー(なかには、あるテレビ局や、FM放送局の現役アナウンサーに来てもらったことも あった)が、こちらが書いておいた原稿を読み、それを、こちらで録音し、BGMなども組み合わせた編集作業を するのだが、当然、各種の音響機器類を操作する必要が ある。慣れない作業なので、納期が立て込んでいるときは、仕上げなければ ならないものが山積み状態になってきて、かなり焦る。

新入りだった私は、先輩社員が命じるとおりの作業と、休憩時の飲み物の準備なども課せられていたので、自分自身のノルマが果たせない場合は、こっそり残業でカバーしていた。

一人のほうが落ち着いて集中できる性分でもあるので、そういうときこそ「本番!」とばかりに没頭していたら、いつの間にか夜中近くになっていて、まだ20歳代だったし、帰宅の遅さを心配した親が、電話してきて、「いつまで やってるのか!いま何時だと思ってるんだ」と、怒られたことも一度ならず。

で、

録音や編集作業で、いろんな種類の音響機器を使うわけなんだけども、そういうときに、フシギに思うことが何度も あった。

というのは、

社長は勿論、先輩社員たちにも黙ってのサービス残業、親も怒って電話してくる、そんな深夜に さしかかるまで作業していると、私も、さすがに、いよいよ焦ってきて、繊細な機器類を操作するには、極力、落ち着いて、慎重に扱わないと いけないのだが、うまく いったかなと思ったら、予想外のミスが あったり、ヘンな箇所が あったりで、やり直しが重なってくれば、だんだん、操作が乱暴ぎみになってくる。

これで最後に したい、今度こそ、ちゃんとなっててくれよ~と、つい、指先に必要以上の力を込めてしまい、スイッチやボタン類を、ぐぐっと押下。

すると、そんなときに限って、まるで反発し、抵抗し、拒絶するかのように、バチンemojiと撥ね返してくるのである。

そういう現象が起きると、

「もしかして、機械にも人間のような心や感情みたいなものが ある?あるのかも。。。」

と、深夜の薄暗い職場で一人、なんとなくゾッemojiとするような感覚を覚えた。そうなると、大慌てで、照明を消し、戸締りを し、逃げ出すかのように退社したものだ。

 

 

最近のAIについては、人間のような自意識を持ち始めて暴走し始めたら最後、制御できなくなった人類と、その社会全体を破滅させるのでは、といった深刻至極な恐れを説いている記事を多く見かけるようになったが、

やはり、私は、

「機械は、あくまでも機械だからねえ」

と思うし、
たしかに、パソコンの仕組みなども、われわれの脳の働きと似た共通性を持っているんだな、生物も、一種の機械では あるし、とか思うけれど、

「自意識を持つ」とは、つまり「自己保全の欲求」を持つということで、そのように仕込む、要するに教育するのは、やっぱり、人間側でしょ。

その人間側の企図するところに、機械は単純・素直に従うことが基本の大前提であるからには、機械の問題すなわち人間側の問題に ほかならないのだと思う。

まあ、機械の「自意識」やら「暴走」を恐れる前に、人間の邪悪さを恐れて警戒するべきなんじゃないですかね。

 

ちなみに、

『マイ ナンバー』と同様の制度が、日本よりも、ずっと早くから実施されていた、たしか北欧あたりの どこかの国では、とっくに、国民の殆ど全員の個人情報が、「ダーク ウェブ」といった所で売買されていると暴露している記事を読んだことも ある。もう何年も前に。

 

ところで、

旧ブログでも触れたことが あるが、

『オフィスの妖精』という作品を連想することが増えた昨今、
やはり、星 新一氏は凄かったんだなあと、つくづく思う。

私は、どちらかと言えば、まずは古典から、みたいな考えが あって、近・現代の作品でも、たとえば、一人の小説家について、この作家と定めたら、初期から晩年まで順を追って読了していくという やりかたを、20歳代から意識するようになっていて、そのために、特に、近い時代や同世代の作品は、なかなか読むことが できなくて、星 新一氏のようなジャンルの作品は、どうしても後回しにしてしまうというか、もちろん、キライというのでは全然ないけれども、まあ後回しでイイとすら思っていたのだが、

40歳代になるかという年齢にもなって、だいぶ年下の男から勧められた何冊かの文庫本のなかに、星 新一氏のものが数冊まじっていたのを、内心で、相手の男を、「ろくに教養のない、いまどきの軽薄な若造のくせにナマイキ」と、少々軽んじる気分も なきにしもあらずだったのでw「これ読めよ!読んでみなよ!」と、つよく勧めてくるのを、あ~うるせえなぁと思いつつも、しかたなく受け取って、そうなると、もともとキライでは ないことなので、いざ読み始めたら、おもしろくなり、借り(させられ)た数冊を、イッキに読み終えた。

おかげで、
いま、こうして、星 新一氏の素晴らしい作品について話題にすることが できるわけで。

 

ちなみに、いちばん気に入った作品は、『友を失った夜』です。

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.10.16 (Fri)

『「オリジナリティ」なき国の行く道は』の続き。

 

それから、

例の「政権支持率」ってやつね。

今度は、『時事通信』が発表しているけど、やはり、深刻な不祥事が発覚したばかりにも かかわらず、高市政権支持率への打撃は、少なくとも、いまのところ小さいようだ。

いまのところ小さい、のであれば、この国の民衆は、忘却力がズバ抜けているからw今後、もっと、意に介さなくなっていくという予想も成り立つだろう。

 

で、

どういうわけだか、新聞社や各メディアが発表する「政権支持率」などの世論調査について、やたら擁護する連中が、またぞろ湧いていて、今回も、「関係者かな~?w」と疑わしいくらい必死のテイにすら見えるほど、意義あるものだということを力説してやまないヤフゴミんが雁首そろえているのがフシギ(嗤)

 

まずね、
高市政権のシンパ、いまも支持している連中が、支持率が下がったなんて、悪意の捏造だ、と、決めつけているということを決めつけているのが、新聞社や各メディアが発表し続けている「世論調査」の必要性、意義を力説する側の手合いなのよね。

 

言っとくけど、

わたしゃ、高市政権も自民党も、まったく、支持してないんだよwなので、支持率が下がったことを歓迎しこそすれ、腹を立てて、捏造よばわりする理由なんか全く、ない。

当ブログの読者は、ほとんどが知ってるはずですわねww

 

先日、私は、このエントリーをアップしました。

『権力が、国民を虐待することを悦ぶ国。』

私が、第一に不審や疑問を感じたのは、
与党の深刻きわまる不祥事の数々にも かかわらず、政権支持率には、あまり影響していないようだが、しかし、そのわりに、不祥事そのものについては、やっぱり、けしからんと思っている人の割合のほうが大きいという数値が出ました出ました!と、『毎日新聞社』が、なんだか嬉しそうに?発表したという、ケッタイな現象のことだ。

であれば、

これは、どう見たって、大多数の国民は、不祥事のことは それは それとして、与党と政権を支持し続けていくことについての躊躇いにまでは全くと言っていいほど、及んでいない、気にしてないということでしょ。

それだから、

『毎日新聞社』の願望なのかいな?とも思えたわけ。

要するに、高市政権支持率が、ほぼ高止まり状態という現実では あっても、それでも、「不祥事はケシカラン!」と、思っている国民は多いのだ!多いのだ!と、毎日新聞社としては思いたいのかな?ってw

 

だから、どういう質問の仕方なのかと疑問を呈しておいたわけです。

もう一度ことわっておくけど、

私は、生まれて このかた、『自民党』を支持したことは一度も ないし、現政権も、全く、支持してませんからね。

 

それとね、

訳知り顔のヤフゴミんらが、またぞろ、「トレンド」を見るため云々と、賢しげに説いているけど、

だ・か・ら、

一つの新聞社のなかの数値の上下、「トレンド」とやらを見ることに、どれほどの価値が あるの?と言ってるんです。

私は、そんな「トレンド」に興味は ないし、知らなくても全く困らん。

 

それに、、

『毎日新聞社』は、先頃の、よりによって選挙期間中にだよ、「サナ活」てなコトバを幾度も掲げて、つまりは煽ってたじゃないか。そのことを説明してもらいたいもんだわ(怒)

 

とにかくね、

泉 健太氏も宣言したというように、

「与党・自民党の不祥事は、今後、いっさい追及しない。なぜなら、選挙の結果が全てだから」

と、

そういうリクツなら、ますます、政権支持率だの、不祥事に対する世論だの、いらないじゃないですか。

泣いても笑っても、選挙の結果で全てがキッパリ一目瞭然になるじゃないですか。

何のために、調査を行なって、そして発表してるの?

 

ある新聞社やメディアのなかで、数値が上がった下がった、で?それが どうだっていうの?

政権支持率が上がったから、下がったから、有権者の投票行動に、どういう影響が あるわけ??

 

私に言わせりゃ、

選挙速報も、いらない、というか、ムダだし、有害なくらいだ、

 

あとね、

新聞社の「世論調査」を一も二もなく推してるヤフゴミんらよ。

おたくら、『産経』だか『フジ』だかが、不正したことを知らんのか?

このことについては、まったく言わないね(嗤)

 

それと、

うちの実家は、

過去エントリーでも述べたように、

「ロハ」大好きな親父が、勧誘に来たニイチャンに泣いてもらって、夏場の1ヵ月は無料にするという契約で、以来、数十年に わたり、『読売』一紙を購読し続けたのだけど、私が幼い頃から30歳代に差し掛かるまでの、その間、ただの一度も、世論調査への依頼は皆無だったし、

私自身も、自活を始めてから、かなりの年月、『朝日新聞』を購読していて、その頃の経緯も、過去エントリーでアップしてあるけど、

『「シャラップ上田」の再来かと思ったw』

私は、ずっと固定電話を設置していて、携帯電話も併用して、むかしは、仕事の つごうも あるから、かかってきたら、基本的には、すみやかに受話器を取って応対していたけれど、新聞社の世論調査というものにはトンと縁が なかったわ。

スマホは所有したことが ないし、近頃は、直に応対するのが酷く疲れてしまうので、メールでは なく、固定電話の場合は、留守電の録音内容によって判断するか、ファクスでしか受け付けなくなっているが、やっぱり、こんにちまで、新聞社などの調査には縁が ないままだった。

以前のマンションに居住していた頃、『大阪ガス』からのアンケート依頼は あったけどね。ささやかな謝礼も もらったよw

 

 

ついでに、

アメリカ人のみならず、フランス人やブラジル人も、しっかりしてもらいたいと思っているところだけど、

ルペンっていう、極右で知られている政党の党首だっけ?最近、党勢が盛んになってきているらしいが、あのルペンって人、プーチンから大きな借金してるとかいう記事を、だいぶ前に、どこかの新聞記事で見かけたよ。
なぜか、一回こっきりみたいで、続報を見かけないままだけど。

トランプについても同様で、プーチンがらみのスキャンダルが知られているよね。

こういうことの追及こそ、やってもらいたいのよ、

胡散臭いうえ、何の役に立つんだかサッパリわからん「世論調査」発表よりもね。