2026.03.14 (Sat)
『【これが最終w】働け!働け!働け!_| ̄|○』の続き。
さて、
高市さんの異様な支持率なんざ、なかみスッカスカ、「推し活」という名の張りぼてだから、私は、内心で、この3月じゅうに、いろいろなトラブルやアクシデント、あるいは、それこそ致命的な何かが発覚したら、はい、もう そこまでよ!になるだろうなと去年から予測というか予感してましたがね。
たしかに、ここのところ、予想外のトラブルやアクシデントが内外で続いてますな。支持率も下がっていってるそうな。
さてさて、
『アメリカ』に忠誠を!トランプ大好き!な高市さんにとっては、もうすぐ、楽しい「トランプ詣で」ですがw
国民としては、またぞろ、いらぬ土産を持ち帰るんでないかと、冷や冷やもんです。![]()
ま、そのことが隠蔽できなかった場合は、さしものキミョウキテレツな支持率も、坂道を転げ落ちるようにダウンしていくでしょうがね。
かつて、高市さんの部下だった立場の人が言ってたらしいけど、
「狐憑き」
みたいな、とかってw
またぞろ、トランプの横で、ぴょんこピョンコ跳び跳ねないでもらいたいわね、狐じゃないのならww
とにかく、自国民の生活苦を どないかせえ!っちゅうねん。![]()
こちとら、もう、待ったナシや!!![]()
スピード感なんか、どこに あるんや!?![]()
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いちばん肝心なことを、もたもたモタモタもたもたモタモタ。。。![]()
はよ せんかいな!!![]()
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…
ほんとうに、
近年ほど、「民主主義」というものに対する懐疑が深まったことは ない。
なにがムカつくって、
「有権者が支持した結果なのだから、どんなに苦しくなろうとも、国民の自業自得」ってね、
あのね!
わたしゃ、失敗が明白に なっているにも かかわらず、今後も『アベノミクス』継続!と、どうにも不可解なことを主張している高市も『自民党』も、一切、支持した覚えは ありませんのよ!!
それなのに、なぜ、道連れにされなきゃならんのか。
いつも そう、
「こんなはずでは」
これを繰り返す愚民の群れ。
私にしてみればだな、
「ほれ見ろ、言わんこっちゃない」
この一言ですがね。
なぜ!私までが道連れに されなきゃならんのよ?あ??![]()
人間の考える思想とりわけ政治思想なんぞに、完璧など ありえないことは容易に判断が つくけれど、
「民主主義」ってのは、要するに、「連帯責任」の思想でも あったわけだ。
だから、私までが巻き込まれて、道連れにされる。_| ̄|○
越し方を振り返れば、
最も無責任だったのは、うちの親らだったけれど、
それ以外は、まじ、『自民党』政治の犠牲になってきたよ。
障碍者、とくに、重度以外の障碍者に対する施策の貧困きわまるレベル、
それと、例の小泉・竹中コンビによる「非正規」蔓延政策ね。
たしかに、私自身も、まだ若い頃は、見通しが甘かったと思うし、
「仕事なんて、能力で判断されるほうがイイやん、すっきりしてるやん」
などと言い放っていた頃も あった。
だが、現実は、できない「健常者」の尻拭い役を押しつけられて、やすい報酬で疲弊するだけだった。
あるいは、天下の大企業であってさえも、「障害者枠」という非正規は飽くまで非正規、やっぱり、考えられないほどの低収入と待遇の悪さで疲弊するだけだった。
なので、いわゆる「氷河期世代」だけの問題では なかったのですよ。
私は、身をもって知ってます。
結局、日本社会では一握りの存在でしかない大企業の正社員以外は、まともな人間扱いされないのよ。
そういうわけで、私は私で、理不尽なことに泣かされてきた。
いまの若い世代も、しっかりしていないと、いずれ、理不尽さに泣く日が来るのだろうが、
この先に、どれだけの恐るべきことが待っていようとも、もはや、それを真正面から被るであろう年齢でも世代でも なくなったことで、私自身はクールになれたのかもしれない。
ただ、
子や孫が いる人たちについては、なにを考えているのだか、自分たちの子や孫に、どういう教育を してきたのやら、もっとワカランなぁと いう気もするのだが、
まあ、私らの世代も、その多くは、新聞なんか読まなかったし、男女交際に関心は大でも、政治とか社会問題に関心は薄い、アイドルや芸能人にキャピキャピ言ってただけ、少なくとも若い頃は、そんな感じの子が大多数だったので、いまの若い世代に始まったことでも ないわな。
ことわっておくけど、私自身は、子どもの頃から変わりダネだったので、同世代からは激しく浮きまくってたことを お忘れなくw
結局は、われとわが身に思い知ることが ないうちは、何事も、どこまでも他人事で、ノホホンとしてしまう、ま、それは それで、しかたないのだなと、近頃は、つくづく思うようになった。
ところでさ、
オカルトやらスピリチュアルやらが大好物な人たち、ならびに、
カルト宗教の類に のめり込んでしまう人たち、
昨今の、詐欺話にヒョイヒョイ引っかかっては次から次へ大金を巻きあげられちゃってる「被害者」という名の、実質は「反社」協力者たち。
このテの人たちの脳って、共通性が高いんだろうなあと思うのである。
しかも、意外どころか、ビックリするほど、世間に多いじゃないですか。
その人たちが、国家の権力者を選ぶわけなんだからね、そりゃあ、ろくなことにならんのも当然ですわ。
現に、カルト宗教的に崇拝してるしなあ(呆&嗤)
【続く】
2026.03.14 (Sat)
『【最終というか本番w】働け!働け!働け!_| ̄|○』からの続き。
そうは言っても、実際は、必要に迫られては、仕方なく、電話を取ったり、かけたりも したけれど、
それより何より、
過去エントリーでも述べてあるように、
障碍持ちであることを明言している新入りの私ですら、30分あれば済ませることを、なぜか、数時間も かかる、というのか、かけて平気な、仕事が異様に遅い先輩同僚(←もちろん「健常者」)の分を引き受けさせられ、残業まで やるハメになっていたこと。
で、
感謝されるどころか、文句を言われるのよ、これが。
そして、なぜか、尻拭いしてもらった相手である こちとらを妬む。
もちろん、私は、自分が損を被っていても、恩着せがましい言動は しない性格ですよ。
あまりにも お門違いのダメ出しや文句を言ってきた相手に、最後はブチ切れたことも あったけど。
お門違いの要求や文句を言われても怒らず、遅いと急かしたこともない、優しすぎる(?)wそんな私でも、さすがに、怪訝に思って、仕事が遅い、遅すぎる先輩同僚は、なぜ、こんなにも、仕事が遅いのだろうかと、チラチラ観察したことも あった。まじでフシギだったから。
…
どうやら、本人は、些細なことでも、何らかのミスすることを、病的に恐れていた、これが根本的な原因だったのね。
それは、要するに、プライドが高い、高過ぎなんだか、そのわりに、自分の仕事に自信が ないのだか、どっちなのかは、よく分からんかったけど、ポカミス程度のことも含め、とにかく何らかのミスを やってしまった場合、そのことで、上司に責められたり、同僚に謝らなければ ならない仕儀になるのを、ものすごーく恐れているのだな、ということだけは察した。
私らが やっていた仕事は、印刷物や出版物に関係している部署だったから、最終段階に進むまでには、いわゆる「ゲラ」とか「青」とか、いくつかのチェック段階が あるので、そのことを踏まえているからこそ、きょうは間に合わないけど、次のチェック時点で拾えるからと、頭のなかでパッパと計算しつつ、現時点でも、ぜったいに見逃すわけに いかない箇所とか、終始、気を抜いては いけない重要箇所だけ、しっかりと指摘やダメ出ししておき、それ以外の細かい箇所は 敢えて、そのままにしてゴーさせることも多かった。それは、苦肉の策で あって、私だけが、他の同僚よりも、まさに3倍くらいの仕事を押しつけられていたからなんだけど、その もともとの原因はと言うと、仕事が遅すぎる先輩らのシワ寄せを被っていたから。
過去エントリーでも述べてあるとおり、もとはボ~としている私ですらも、泣こうが喚こうが30分以内にゴーさせなくては ならないときは、あれこれ計算して、とにかく間に合わせることを第一優先するんだけど。
それが できないのよね、その先輩同僚らは。
どうせ、最低でも私の2倍くらいは、余裕を与えてあげなくては、どうにも ならないのが分かっているので、「締め切りは、だいたい1時間後ですので、よろしく~」と。
でも、優しすぎる私はw約束の1時間を とーっくにオーバーしていても、せっついたり、怒ったりは しませんでした。
それより何より、
なんともフシギなことを やってるなあと、横目でチラッチラッと見ていたら、先輩同僚は、さっきから同じ個所のチェックを繰り返してるわけ。
常々、娘である私の要領の悪さをこそ疑い、責めてやまなかった うちの親父らでさえも、その話を聞いて呆れていたけど、ふつうは、念のために確認するとしても、2回も見直したら済むだろうにと。そりゃそうです。
ところが、その先輩は、口端に泡を浮かべながら、ぶつぶつブツブツ呟きつつ、どうかしたら10回20回と繰り返し確認してるんだわな。同じ箇所を。
こうなると、何かの「症状」よね。
それも また、本人にとって苦行だろうなあと、ある意味では気の毒にも思ったが、帳尻を合わせさせられる私だって困る。
後日のチェック時、忘れずに拾えば間に合うはずのことに かまけきって、そのせいで、さしあたっての締め切りに遅れるなんて、致命的にバカげてるっしょ。
要するに、取捨選択が できない、優先順位をパパッと決められないんだわな。
とことん、全部フラットに同時進行。
その理由は、ひとえに、自分がミスして、責められたり、謝らなくては ならない事態になるのが、ほんの ちょっとのことでも、ぜーったいに、いやだという、恐怖心。
世のなかには、こういう人も存在するのだと、当時は まだ知らないでいた私は、どうにも理解できなくてねえ。。。
しかも、
あべこべに、迷惑こうむってる私に向かって、えらそうにダメ出しや見下し口調で文句つけてきたりするもんだから、最後の最後は、一切の かかわりを お断りしました。
まあ、なんせ、私は優しいのでw事を荒立ては せず、静かに静かに断ち切りましたわ。
本音は、めんどくさいからだけどww
ま、それからも、いろんな人を見てきて、
決定的には、うちの親らの死後に発覚した、親に あるまじき裏切り行為の数々。
死んだ者には、恨み言や苦情も言ってゆけは できないのだから、完全に、私ひとりの泣き寝入りだけどね。
でも、それを筆頭に、世のなかには、いろいろと、何らの必要もないはずの嘘を ついたり、不可解なことを言ったり、目論んだり企んだり、良心の咎めも なく、ひたすらガツガツと やってのけたりする人たちが いるんだなあ、と。
そのあたりで、やっと、気づいたわけよ。
あの同僚らも、どうやら、脳とか精神方面に異常性が あったんだなと。
そのように推察してみると、なるほど、何かの ひょうしに、不自然な、つじつまの合わない言い訳めいたことを、ぽろっと言ったりしてましたわ。
たとえば、アレルギーで、じんましんが酷くなって、仕事も行けずに、毎日毎日、家で寝込んだままだった頃が あったので~とか何とかと。
なーんか、どこかが、ほれ、いま首相の座に就いてる高市さんみたいだわねえ(嗤)
親が親しくしていた知人のオバサンたちとか見ていてもね、みょうにソワソワせかせかと、いつも落ち着きが ない人とか、そのくせ、お説教するのが楽しいのか、よりによって、虐待されながら育ったことを知っているはずの私に向かって、
「おとうさんのために、あんたが同居してあげるべき、仕事も辞めるべき、娘として尽くしてあげなさい、それが人の道よ」
とかってね。
福祉のボランティアやってますのよ、地域の人望が、人脈が豊かなんですのよと、その同じ口で、障碍者を侮蔑していた人も いた。
たぶん、無自覚だったのだろうとは思う。けど、
その人の「自己顕示欲」の旺盛さも、うちの母親と同様で、むやみとプライドが高くて、ミエっぱりのわりに、心底には劣等感やコンプレックスが人知れず あるのね。
その人の場合は、なにやら、大昔の、ご先祖筋の特異な(かつ、忌まわしい類の)職業(それこそ、死刑執行人みたいな)を、ひそかに、気に病んでいたものらしい。
そういったことや屈折した思いを解消したさに、福祉でございますボランティアでございますと活躍ぶりを自慢しても、かえって よくないことだわと思いますけどねぇ、私は。
私自身の場合も、なにしろ、うちの母親が、よりによって自分の子に障碍が あるという事実を頑として認めたくない人だったし、
辛うじて認めざるを得ない現実を突きつけられても、それでも なお、全然「軽い」ということに勝手に決めつけ(もちろん、軽いどころか、かなり重いのだが)、弱みに つけ込むようにして、
あくまでも「健聴者」「健常者」としての就職を要求し、入社試験の面接に おいても、聴覚障碍のことは、一切、隠し通すべき!という強固な要望でも あったので、当時は、「障害手帳」というものを申請していなかった私は、高校卒業後の大学受験も失敗したあと、これも、母親の強固な方針で、聴覚力が必須の専門学校へ入学しなければ許されなくなった。
当然、在学中も苦しいばかり。
案の定、いよいよ卒業時の就職活動で、最大の不安と試練とに直面することとなって、孤立無援の自分なりに懸命に考え、「健聴者」「健常者」のフリを することもなく、つまり、嘘を つくことなく、就職先を確保できそう、しかも、むしろ、大企業に就職できる可能性が高いのでは ないかということで、「障害手帳」取得申請に向けて取り掛かろうとしたら、いともアッサリと、母親に邪魔され、大失敗に終わったという、この顛末を、わりと最近の過去エントリーでも述べたわけだが、
思うに、
せっかく、福祉やボランティア方面の人脈を築いていても、えてして、ボランティアに熱心な人のなかには、障碍者や社会的弱者を、心底では侮蔑している、そんな手合いの一人だった母親が存命中には、誰も、私に対して直にアドバイスすることが憚られた、というくらい、あの母親の拒絶心は異様に激しかったから、こんにちのようなパソコンで検索という手段も存在しなかった頃の私は、自治体の広報とか簡単な案内パンフレットの類だけを頼って、確実な手順を踏む方法も知らないままに、手探りで走り出し、すぐに転んでしまった。
母親が原因で、このような障碍を負ったことも つゆ知らず、ひとりで、様々に苦悩した あげく、あえなく転んだ私を見下ろし、冷笑を浮かべつつ突き放し、あるいは悪罵する母親、最後まで、そういう状況・情況だった。
まあ、「前世」だのと説くオカルト趣味の手合いが、私は大キライなのだけれど、ほんとうに「来世」とやらが あるものなら、次は、あの親らの番だわな、と、心中で冷笑し返してます、はい。
【続く】
2026.03.14 (Sat)
『【続】働け!働け!働け!_| ̄|○』の続き。
本音を言うとね、
身辺事情で、ひと頃は政治の局面にも疎くなっていて、投票にも行けなかった時期に、第一次の安倍政権も麻生政権も大失敗、だから、この間の経緯とか、いまでもアヤフヤなままなんですが、『自民党』が、政権の座から退場、いつの間にか(旧)『民主党』へと移っていた、という画期的なことが あったので、敢えて無関心になって、棄権するようにでもなったら、もしや再び、自民党政権が崩壊するやもという、ある種の賭けのような、期待のようなものも心底に潜んでいるもんだから、いっそのこと、次からは、投票に行くのを やめることを実行しようかなとまで思っているのですわw
まっ、更新が長らく滞っていたときの直前のエントリー内容を御覧になられていた かたは頷かれることでしょうが、この最後のエントリーで述べておいたことが当たっていたでしょ。
これに限らず、以前も指摘したように、私のブログで述べておいたことは、遅かれ早かれ、ほぼほぼ、的中しております。
そして、
大多数の人々は、「こんなはずは、、、」と嘆くことになる、その繰り返し。
それでも認めたくない向きは、もはや、まぎれもなく、カルト信者の一員と相成る、そういうこと。
ほんとうは、こういった方面のことを縷々綴ってきて、たいがいウンザリしてしまっていて、なお書き募るのもメンドクサいというのが本音なんだけども。。。
めんどくせえのを堪えて再開した、そのあとに続けたエントリーは、じつは、昨年末の12月4日にアップするつもりで、大まかな下書きだけして、ほったらかしになっていた内容です。
当ブログ、そもそもの名称からして、正直、誰のためよりも、第一には私自身のために綴っているものなので、言わば「ガス抜き」が最大目的なのですがねw
『』
『』
私自身が、職場で実際に経験・体験したことを振り返って、その おりおりの感想や疑問を思い起こしたり、当時は不可解なまま、首を傾げているばかりで終わったことの推察や分析やらを述べた過去エントリーを掲げたわけだけれど、
たとえば、身体面に おける障碍のみであれば、そこをカバーできる状況さえ整っていれば、あとは、「健常」の人と同様の働きが可能であることは、ほとんどの「健常者」にも理解できるはずでしょう。
たしかに、難しいのは、精神や知能に直結してくる障碍だろうけど、精神面での障害や持病を抱えている人の場合は、思いがけず発病した当初や、よほどの負荷が かかったりして、悪化してしまったときは ともかく、ふだんの診療や服薬などの治療が効果を上げるなり、保持できていさえすれば、日常の生活や仕事は、ほぼ、ふつうに こなせ、なかには、そのへんの「健常者」よりも、何らかの才能を明らかに備えている人も いるので、タイミングや機会が ありさえすれば、驚くほど良い仕事を してみせる人も いる。
私の身内にも、精神面で発病した者が いたが、その前までは、大いに稼いでいて、なかなかゴージャスな生活ぶりを謳歌していた時代も知っているし、
私自身も利用していた作業所では、精神面の持病を抱えつつ、センスの良い、緻密な手仕事を上手に こなしていた人たちも見てきている。
ただ、知的障碍の場合には、就労可能な範囲が、最も限られてくるのが現実だろうと思う。けれど、この方面も、やはり、個々にバラツキは あるだろうし、手順が決まっていて単純な軽作業的な仕事なら、こなせる人も少なくないだろう。
知能面には問題ない身体障碍者や、また、落ち着いている状態であれば、まじめに作業できて、才能やセンスを発揮できる可能性も高い精神障碍者は ともかく、
重度の知的障碍となると、そういう人にまで、「健常者」に伍して働け!働け!と要求するんかい?と、呆れが先に立ってしまうのが本音だけれど。。。
それよりも、
過去エントリーで、何度か指摘したことで、
単純作業労働なら辛うじて やれるという知的障碍者の場合、「健常者」が厭がるようなキツイ作業、それが、単純な作業労働だからというので、これは、ある娘さんが、クリーニング工場のなかの、いちばん汚れる仕事かつ重労働に、汗をボトボトかきながらも、唖然とするくらい少ない報酬、つまり、「工賃」だからというので、「最賃」から遠ざけられた状態で、ひたすら黙々と従事している現実、抗議したり不満を述べたりすることも知らないままなのか、ハナから諦めているのだか、とある親御さんたちの話を読んで知ったことが あり、その事例を紹介したことが ある。
親としても、障碍を抱えた子どもに、ずっと家で過ごされるのも困るから、とにかく、時間どおりに仕事に出てくれているほうが、たとえ、不当な待遇だとは内心で思っていても、子の従順さやガマンづよさに、つごうよく甘えているところが あるのだろうかと見受けた。
また、
これは、私自身が、目の前で見てきたことだが、ある作業所では、「アメニティ」的な小物類を、小さな袋のなかに詰め合わせて、ちょっと可愛く、しゃれたプレゼントふうに仕上げていく手仕事を しているところを見たことが あり、発注者は、たしか、『産経新聞』系列だったのを憶えている。
そりゃあ、小学生でも、難なく できるだろう単純作業では あったけれど、こういう場合は、まとまった数を、きれいに揃った状態に仕上げていないとならないらしく、そこでも、やはり、黙々と集中できる人ばかりなら いいのだが、根気が続かず、すぐに放り投げてフラフラしてしまう人が多いと、運営スタッフが、出来上がりをチェックしつつ、注文数に達するまで残業しなければ ならないことも多々あるという話も見かけた。
しかし、しごく単純な作業だからと言って、機械まかせに できうるとしても、そこに、「人の手」を僅かでも要する部分は、それが「健常者」の手で あるならば、どうしたって「最賃」を基本とする報酬を支払わなければ ならないでしょう。
でも、障碍者に専用の「工賃」という名目が あてがわれている以上は、「最賃」の世界から遠ざけられたまま、不満も言えずに いる。
しょせん、小学生でも できるような作業だからと、「健常者」の半分以下の価値にしかならないと見做されているのだろうし、仕事というよりもリハビリ・訓練的な意味合いが大きいのだから、子どもの お駄賃ていどでも「御の字」だろ、タダよりはマシだろが、ってなことなのだろう。
いったい、どちら側が、「感謝」しているのだろうか?と思う。
ただし、もっとタチの悪い現実も あることを指摘しておく。
それは、単純どころか、複雑で細かい作業を要する、高度にクリエイティヴな手仕事であっても、「工賃」の名目が適用されることが まかり通っている、という現実だ。
それで、どうやって、「健常者」なみに自立した生活力と納税力とを身に付けろと要求するのだか、
大学時代から、この方面に関わってきて、大きな作業所を何ヵ所か設立・運営している知人も、
「役所の人間は、現場や現状を無視して、どだい無理なことばかり言ってくる」
と、怒っていたけれど。
他の福祉業者の人の話でも、安倍政権の頃から顕著に、「雨後の」ナントヤラの如く、まったくの他業種から参入してきて、助成金を目当てにか、ろくな基礎知識も専門的知見も ないまま、作業所を やっている業者が ものすごく増え、それと同時に、障碍者も稼げ稼げ!と、せきたてるようになったと。
最近、美術館や博物館に対しても同様に、商売っ気を出して稼げ稼げ!と、せきたてているという問題が起きているそうだが、根底に共通性が あるね。
さて、この記事です。
あらためて、同じ「障碍者」と括ることの弊害を思いました。
『「障がいのある人を納税者にする」中村裕博士の理念継ぐ…「普通の仕事をして感動されないような社会に」』
(去年の)12/21(日)14:49配信
なるほど、『読売』ですか(嗤)
ある意味、『産経』以上の、始末の悪さを、そこはかとなく漂わせている、そんな伝統ある『読売』ですね(嗤(嗤)
まあ、でも、そこは結局のところ、『毎日』や『朝日』でも、負けてへんけどな(嗤(嗤(嗤)
「ヤフごみ捨て場」投稿者らの、相変わらずなヘイトっぷりとか、ワケわかめなオカルトちっく自己満お説教っぷりを押し出して恥じない態度を見るにつけても、私自身が当事者のハシクレだけに、いよいよゲンナリしてしまう。。。
さて置き、
「私のように重度の障がいがあっても納税者になれる頭脳労働のために作った」
と、おっしゃっているので、
この方の場合は、四肢に重度の障害が おありでも、知能・頭脳の面では、いわゆる「健常者」と、少なくとも、互角なわけですね。
先日の、当ブログ エントリーでも指摘しておいたとおりで、誰しも、障碍や持病の該当部分を除けば、あとは、ほぼ「健常者」なんですよ。
ただし、「感動した」とか「感謝される」ことの壁、要するに、問題が あるということも おっしゃっているけれど、
私自身の現実はですね、感謝どころか、恩に着せられまくりでした。
つまり、
「あんたは、聴覚障害で、電話も受けられないというんだから、あんたの代わりに電話を かけたり、取ってくれる他の社員たちに対して、ありがとうございます、いつも すみません、すみませんと、頭を下げながら、他の人の3倍は働きなさいよ」
と。
それは そうとね、
「働いて働いて働いて働いて」宣言のわりに、お休みが多いようですな、高市首相は(嗤)
だからね、最初から、口いっぱいの啖呵を切るのも、考えものなんですよ。
自分個人の範疇で済むことならイイけど、立場と責任を考えてから、ものを言うということが できない性分のようだからね、高市さんは。
そのくせ、まともに答えられないときは、すたこらサッサ。逃げ足だけは早い早い(嗤)
「心ない」ことを言われてしまうのも、そもそも、高市さん自身が、心ない、冷酷なことを言い放ってきたからでもあるんじゃないですかね。
「さもしい」「さもしい」って、今度も また、汚いカネ疑惑が持ち上がったね。早くも、これで何度目?(嗤)
高市さんのほうが、よっぽど「さもしい」のじゃないですか(大嗤)
とにかく、これ以上の生活苦は困る。ほんとに困る。
なにグズグズしてるの?
さっさと どうにかしてくださいよ!!![]()
【続く】
2026.03.06 (Fri)
『働け!働け!働け!_| ̄|○』の続き。
私には、じつは、東大卒の学者とか専門家のなかにも、苦々しい印象が残ったり、この人は、なんてバカバカしいことを吹聴するんだろうか、時間を割いて読んでしまってムダになったわ、と、画像の顔を見るのも避けるくらいに大キライな対象が何人か いるんだけどさw
そのなかの一人が、先日、「人権も大事だけど」云々しているらしいことを見かけて、
人権は大事でしょ!なに言ってんだか、相変わらずだな、このオッサン、
と、久しぶりに、つよい不快を もよおしました。
もっとも、話の内容は一切、確認してないのでねw
見出しだけ見て立腹した あまり、決めつけるのは避けておくのが無難だろうから、ここまでにしておくけど。
ま、
人並み以上に恵まれて、「機嫌よく」生きて来れたリッチマンの言うことに、心を打たれるほどの良い話を聞けた試しは、いたって少ないですわ(嗤)
もう一回、ズバッと言っとこ。
特に大手の新聞社を含めたマスコミ、メディア業界は、どんなエエカッコしていても、基本は商売人ですからね。
『天皇』『皇室』という存在は、チヤホヤと賞賛するにも、あるいは、人格攻撃的バッシングするにも、どんなにか人気ある芸能人などよりもw最上に使い勝手が良いネタなんですww
だから、ああいう存在を、とにかく残したいと最も欲しているのは、じつは、大手紙を筆頭としたマスコミなんですよ。
それ以外の商売人にとっても、何かと利用しやすいよね。
「御用達」に代表されるように、あらゆる商品の宣伝とかね。
で、
いまどきの一般国民、大衆が、『天皇』や『皇族』の「お言葉」だからとて、ひたすら有難がり、ひれ伏して押し頂きますかね?(嗤)
そんな精神だったら、スキャンダルが発覚した有名人に対すると同様の下世話で下劣なバッシングなんか、起きるはずも ないでしょうが。
ということは、
いまだに、ヤフゴミ捨て場あたりで主張し続ける手合いが言う、「『天皇』の お言葉の もとに、国民が団結する」なんて、少なくとも現代に おいては、幻想どころか、嘘っぱちも甚だしい。
だいいち、当の『天皇』さんたちも、本心から言いたいことを言えてるわけじゃなく、みずからの計算も あり、周囲の思惑も ありのなかで、ほぼ、「言わされてる」のが実態でしょうよ。、
んでさ、
たしかに、高市さんは、政治家としての理念や思想なんかは、本人としては、立派に堅持しているつもりなのかもしれないが、実際には、権力大好きな上昇志向、そのための要領だけがイノチ!な「勝ち負け」思考で、そのためには何でも やってのける!という、子どもっぽいエネルギッシュさが、まさに「ちっちゃいトランプ」、すなわち俗物根性で、軽薄短小な人だと見受けております。
まあ、いまのところ、これと言えるほどの何も やってないし、庶民の生活苦も そのままで、ただの莫大なムダでしかないようなことばかり やってるから、せめて、もう少し、首相としての行状を見てから、とは思っていたのだけどさあ。。。はあ~ぁ。
かと言って、石破さんのほうが、わずかにマシだったと言われれば、そうなのかなあと思っても、良いとまでは、けっして思いませんよ、やっぱり。
え~っと、村上さんだっけ?石破さんと同様の、「党内野党」みたく言われている、マスコミの取材に応じるたび、自分とこの党に対する不満やら、ときには涙を流して糾弾してみせる、もと大臣だった議員さんが いるわよね。あの人も、はっきり言わせてもらっちゃうけど、どれほどの実績を積んでこられたのか知りませんが、ただグチグチぐちぐち言ってるだけにしか見えないので、わりと鬱陶しいですwわるいけど。
ま、私は、『自民党』は、若い頃から大ッキライだったので、あの腐れた党の議員なんざ似たり寄ったり、首相の椅子に誰が座ろうが、良くなるはずが ないと踏んでます。
一般の有権者、国民もね、
私は、旧ブログの頃から ずっと、「育てる」ことを してこなかった報いで あることを指摘してきたけれど、
そりゃまあ、人間、自分さえ安泰でいられると思えば、現状を肯定したいのも人情ですわな。
いま、自分にとっては居心地が良い状態なのに、わざわざ、頼りないとしか思えぬ野党を、敢えて「育てる」なんてモノズキなことを、誰が やるってんだ、アホ、と、思うのがフツーなんでしょうね。
でもね、個人でも政党でも、ただ一つの対象だけに頼り続けて、他には何も ない、というのも、恐いことだと思うんですわ。
なので、思いきって、「やってみぃ」と言える余裕が、余力が、多くの国民に残されているうちに、切り替えるべきだったなあと。
言っとくけど、
「民主党ガー」と、念仏みたいに繰り返す連中が、いまだ飽きもせず唱えてるのを見かけるが、私は断言しますよ。
あの未曽有の大災害に際して、対応と処理に当たったのが、『民主党』ではなく、相変わらずの『自民党』政権だったなら、不真面目な姿勢と、ひらきなおった態度を、表面だけは隠し通し、芯から染みついている習い性の、その陰では悪事を はたらきまくり、
「いまだけ、カネだけ、自分だけ」を徹底的に追い求め、結局、もっと酷くタチの悪いことになっていただろうな、と。
だいたいね、この国の国民大衆が、ひどい「ダブスタ」です。
「利害のシガラミ」というやつにも、そういう思惑で流布される様々なコトバにも囚われたことが ないせいか、そんな私には、どうにも理解できない。
あの大災害の おり、『民主党』は、国民のために、歯を食い縛って、頭を下げた。
『自民党』は、ここぞとばかり、いっそう踏ん反り返って、門前払い、拒絶の仕打ちだった。
なぜ、多くの国民は、「建設的でない」「批判ばかり、拒否ばかりだ」と、野党には激しく反発し、糾弾する、その怒りを、最も責任を問うべき『自民党』に対しては、けっして、向けることが ないのか。
いまは、もう、断崖絶壁が視野に入るところまで来てしまってるから、国にも国民大衆にも、殺伐とした、一触即発的な不寛容さが忍び寄ってきている。
おとなの世界の、えげつない排除や排斥、攻撃を、子らが真似ないはずが ない。
そして、高市さんもトランプも、自国に対する「愛国心」どころか、アベシも そうだったように、心底では、自国を憎悪しているように見えるのよ。
正確には、「弱い自国」をね。
弱い自分を断じて認めたくない、そこに、キミョウな自己投影も見受けられる。
こういうタイプの人は、権力志向者に殊の外、多いと思う。
うちの母親なんかも、勝ち負け思考のタイプだったからね、学校時分の私は、よく怒られてました。
「おまえは、負けてクヤシイという気持ちが ないんか!!」
と。
いまの私なら、
「べつに。くやしいというほどムキになってカリカリすることは ないよ。人は人、自分は自分だもん」
と、言い返すところだが、
子どもの頃の私は、うん、くやしくない、などとは、口が裂けても言っては いけないこと、くやしくないと思うのは、とても恥ずかしいことなんだ、と、申し訳なさに、うなだれるばかりだった(苦笑)
それなのに、親からであれ、他人からであれ、私自身は、よく妬まれたw
現代は、インターネットの悪影響が最大であるにしても、やはり、かつて、テレビによる「一億総ハクチ」と言い放った人のコトバも当たってたなあと、あらためて思う。
表面的なビジュアルを過大に重視する、「ふわぁ~とした民意」のフインキで流されるがまま、
隣国の異様な「整形大国」ぶりが、日本にも押し寄せてきているのかと見受けていたのだが、だったら、近頃の若造の、とは言え、まあ、いつの時代も そんなものだったにせよ、あまりにも外見やナリばかりを気に病むみたいな傾向は、いっそのこと、徴兵制度を敷きでもしたら、ちったぁピリッとしてくるのかなとすら思えたのだが、どっこい、隣りの「整形大国」は、とうの昔から徴兵制を敷いてきた国だったわけで(苦笑)
平和憲法、平和教育や平和外交を かなぐり捨て、徴兵制を施行し、まさに「富国強兵」の夢を再びとて、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』と共に走り出す方向に行きたいと、若い人らが、そのように受け入れようと望むのならば、それでも よかろうと思うに至った。
つまり、それで泣くことになるのは、まさに、いま、若い世代の人たちだ。
やってきた将来を如何なる状況に おいても、否応なく引き受けるのは、いま、若い世代の人たちだもの。
未来を決めるのは、君たちであり、明るい笑顔で迎えるような、あるいは、泣いて涙も涸れはてるような未来であろうと、それは、君たちのものだ。
ま、「年寄りがあ」とばかり口走っているうちに、遠からず、自分たち自身が、子や孫の世代から指さされ、「年寄りジャマ!」「これまで何してくれたの?年寄りは死ね死ね死ねぇ」
等々と、言われるようになりますよw
ついでに、
何年生だったか小学生の頃、新しく配られた『社会』科の教科書の、ある部分のことも、鮮明に記憶している。
それは、「コンビナート」という初めて知った単語がキャプションに添えられた、モノクロの風景写真。
その写真が撮影されたコンビナート地帯の現場は、大阪府内の、私が生育した地域と、わりに近い場所だったので、そのため、印象に残ったのかもしれないけれど、真っ先に浮かんだ単純な感想は、全国的にも知られていたという風光明媚な海辺を、なぜ、こんな殺風景も甚だしい場所に変えてしまったのか、「もったいないことしたなあ」というものだった。
ちなみに、私らの世代は、「公害」とか危険性の高い「食品添加物」などの影響を、最も早く、多く受けた子ども世代でもあった。
【続く】
2026.03.06 (Fri)
『【続・続】働け!働け!!『ダッピ統一タコつぼ売国党』』の続きです。
ところが、前の『天皇』さんからは、祭祀に熱心なのだという。
本来の、正統なる、伝統の祭祀事と言えど、「女系」が行なったって構わないんですよ、とは、いまだに聞いたことが ないね。
そりゃそうだわ。
祭祀というのは、じつは、重要なものでも なく、とにもかくにも、いちおう「血筋」さえ合っていればオッケーというのであれば、そこで完全に、
「世襲」そのものだけが目的、
となるのだから。
つまり、
男系男子である『天皇』が行なうべき祭祀を、女性の『天皇』、あるいは、女系の『天皇』ともに、やっては ならない、ならば、もし、女性や女系の『天皇』が認められたら、そこからは、祭祀事の一切、「御代替わり」儀式なども一切、廃止しましょうよ、ってことにも できるはず。
ご本人たちの負担もググっと減らせて、単なる『王室』なみに済ませられる、
国民大衆にとっては、ワケわかめな税金を莫大に注ぎ込まされることも無意味になって、お互いに喜ばしいことだわ。
えっ?
女性や女系の『天皇』が認められたら、そこからは、新しい儀式のパターン構築も始めよう、それが、新しい「伝統」となるのだ、ですと??
はあ、、、それが「伝統」ですか???![]()
だったら、以前、私が指摘したように、廃止して、それが続いていけば、それも「伝統」になりますやんwww
しかし、おもしろい話も あるよね。
『昭和天皇』が、祭祀を行なえない事情が発生したおりに、侍従さんが頭を悩ませているのを見た当時の『皇后』が、「私が代わりに やろうか?」と、気軽に おっしゃったのを、侍従さんが、お叱り申し上げたとww
でも、あの『皇后』さんって、血筋の上では、何らの問題も なかったのと違う?
なぜ、侍従さんのほうが、アベコベに、お叱りしなきゃならないわけ??www
ところでね、
私は、先日、、和田秀樹とか おっしゃる、たしか、東大の医学部卒という学者さんの御意見動画を、これも たまたま、見てみたんだけれど、なるほどね!と共感や同意できることも多くて、
特に、政界の「世襲」問題と弊害について、これを、つよく批判されていたので、ごもっともなことですわ、と、視聴しつつ、私も頷いていた。
だが、
『ユーチューブ』側が勝手に上げてくる次の動画も、なんとなく続けて視聴していたら、どういう話の途上だったか、
わたしは『皇室』大好きなんです!
と、ここでも、ひときわ、つよく宣言されておられた。
そこで、いっぺんで、鼻白みました。
私は、この学者さんの動画も、二度と見ないことにした。
だってさ、おかしいよ。
『皇室』って、「世襲」の最高の象徴でもあるわよね。
しかも、祭祀事の仕来りを無関係にしてしまえば、いよいよ残るは、純然たる「血筋」だけを問われることになり、そこさえクリアできたらオッケーな存在になりますわな。
日本の大多数の国民衆の あいだで、いまだに、世襲に対しての批判が薄い、むしろ、大いに礼賛の気風さえ残っているままなのは、『皇室』の影響がダントツでしょうよ。
なんせ、国会で「お言葉」を述べられたり、議員に「親任」だかするのは、あくまで形式とは言っても、『天皇』さんに させているんだから。
日本や日本国民の象徴じゃなくて、「統合の」!象徴」ですからね。
んでさ、これも、「ヤフゴミ捨て場」のヤフゴミんの誰かが断言しているコメントを見かけた。
そやつが言うには、『天皇』あるいは『皇室』は、「人気が なければ、続かない」、そういう存在なんだとさ。
バカなことを言いまくって、わざわざ自分から恥を撒き散らすことないのに、と、思わず呆れた。
いつの世に、一般大衆の人気によって、『天皇』や『皇室』を維持していた時代が あったんだよ?(嗤)
「シモジモ」国民は、いつだって、これが最高にして冒すべからざるところの「権威」であると思わされ、「権威」の権化であるものと洗脳され、ただ ひたすらに、ひれ伏してきた、そうしなければ ならないのだと思考停止しているから。
現代でも思考停止した「シモジモ」は、あさはかなカン違い、勝手な思い込みでもって、このように、ついには「民衆の人気」説を唱えてみせるに至ったw
はやい話が、今度の首相の「推し活」「人気投票」と同じことで、『皇室』も「推し活」「人気投票」で決まり!ってわけだ(爆)
あ、マスコミに呆れたことの一つだが、
よりによって、選挙開始の前後あたりで、大手紙の一つが、「サナ活」とかいう流行りコトバなのか、新聞界も、流行りコトバにしてあげるべく協力したかった、ということなのか、この下品なほど軽佻浮薄な単語を堂々と登場させたこと。見た瞬間、
「怒髪天」
になった。![]()
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高市さんが首相になってからというもの、やれ、化粧品が、お洋服が、と、イイカゲンにしとけよ!と、かなり不快になってきていたのだが、
しまいには、十数万円とかの お値段の高級バッグが、さもしい姐さんの御愛用というので、問い合わせが殺到し、品切れになっとるとか どうだとか。
女性週刊誌などの記事であれば、読まずに完全スルーが、私の通常なのだが、いちおう、ふつうに新聞記事内で読まされたら、ほんとゲンナリだ。
国民の大多数を、アホのままに しておきたいのか、もっとアホにしたいからなのか、なにを考えて、女性週刊誌も顔負けレベルの低劣な記事を出しとるのか、と。
バカまる出しだよ。
それとね、
「国民・大衆の人気で維持するのが『天皇』『皇室』である」
などと、トンチキを唱えていたヤフゴミんは、こんなことも言っていた。
「昭和天皇は、国民を守られたのだ、国民も、天皇を守ったのだ」とさ。
嘘こいてキモチよくなりたがるのも、たいがいに せえよ(嗤)
たしかに、当時の国民が、完膚なきまでの敗戦によって、大いなる幻滅を味わい、言いようもなく破壊に直面した自国と、その国民としての自負や矜持、そして同時に、これ以上の激変には耐えられないからこそ、『天皇』や『皇室』の存在だけは続行させるべく望んだ者が大多数だったと、それは、理解できないでもない。
したがって、アメリカの計算の もとに、『昭和天皇』は、退位すら することは なかった。
そして、ほどなく、例の「越権」行為を はたらくに際し、『沖縄』の人々を、どう扱ったのか、それは、「守った」ことになるのか。
また、被爆したことで有名になった医師を、陰では、どのように冷たく断じていたことか。
このことも少々言い置いておきましょうかね、
愛子さんは、登校拒否とか拒食症とか、ちょっと あったでしょ。
環境が平穏で順調ならば、現在のように、余裕を持って、ご自身も穏やかにいられるが、もしも、ひとたび、逆境的な流れになってくると、強力な理解者や援護者に恵まれない場合、メンタル面で、どうだろうかなと思いますよ。『皇后』である御母上も、共通したところは あるよね。
かと言って、悠仁さんに対する問題視も隠しきれない事実の一つなのだろうし、いずれの かたについても、特に、まだ幼かったり、未成年のうちから、凄まじい「人格攻撃」のターゲットにまでも なってしまうのだから、ほんとうに、気の毒だと思う。
そして、ずばり言いますよ。
近頃の各界マスコミ・メディア、特に、昔から定番のゴシップ好き御用達である女性週刊誌は勿論、大手新聞社系列の雑誌も含めて、
何度も指摘してきたように、
『皇室』は、彼らの最も利用しがいある存在なんです。
持ち上げてチヤホヤ賞賛するのは定番のセオリーだし、逆に、いまどきは、えげつないほどの誹謗中傷も できる、
こんな便利なネタは、またとない。
どんなに人気者の芸能人とて、もとは一般人に過ぎないのだから、こたえられない旨味ある利用対象だ。
でね、
愛子さんのほうが、それこそ『天皇』ということになれば、悠仁さんよりも、だんぜん、話題も豊富となり、いまのまま、大衆受けが良い状態で いてくださるなら、前の『皇后』さんに勝るとも劣らない話題の宝庫に できるわな。
でも、そういう情態を、ず~っと維持できるか、どうか。
ただでさえ、「人の上に人」を つくっていることと背中合わせ、
それが ひとたび、国民大衆の気に入らぬこと発覚と なったとたん、一気に国民総出の勢いでバッシングの嵐、罵倒、罵詈雑言の坩堝と化す。
こんなことが実際に、たびたび起きてきたのだから、何よりも、子どもの教育上、けっして良いことでは ない。
もちろん、チヤホヤすることが良いはずは ないし、『昭和天皇』までは、「朕すなわち国体」などと、寄ってたかって、ばかげたことを叩き込むから、上から下まで、いろいろと、ろくなことに ならない。
私が大いに嫌悪してやまない団体の一つが、ご存じ、『日本会議』、そこの構成員や関係者、シンパの面々による発言や言動も、嫌悪を もよおさずに済むことは、まず、ないのでは あるが、
たった一つ、
「『天皇』(『皇族』も含むのかな?そこは憶えてない)は、表に出ず、『菊のカーテン』の奥で静かに籠っているべきだ」
と、どこぞの大学のセンセイだったかが主張していたこと。
『産経』系の ブログ サイトにて読んだ当時は、まだ、『日本会議』の存在も知らず、『産経』の何たるか疑う切っ掛けも なかったのでw感想も単純で、「よく まあ、そんなことを言うもんだな」と、ギョッとして、呆れるばかりだったのだが、ひょっとして、これだけは妥当と言えなくもない、かもな、と、近頃では思えるようになってきたw
【続く】