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2026.08.16 (Sun)

ただいま「地獄の季節」の真っ最中の続き。

 

さて、

『民主党』政権も後半からは徐々に、経済が上向いてきていたらしいのに、あの最悪のタイミングで大災害。

いまだに、「悪夢の~」という枕詞を欠かさないほど、『民主党』が憎くて憎くて たまらん連中も、『給付付き税額控除』に異議を唱えているようすが ない()

 

で、

『消費税』減税もなあ、いつの間にか「公約」だっただの「じつは私(高市)の悲願だった」だのって、取って付けた話になってるけど()

それにしたって、やっぱりモタモタモタモタの やっとかめ、来年の春からなんでしょ。遅っ!!ww

この今、苦しい生活を、どないしてくれる?

 

しかも、

『消費税』減税によるメリットよりも、デメリットのほうが大いに懸念されるということは、私なんか、「高市首相」なんてな呼び声も全く浮上すらしてなかった数年も前から指摘してあるよ。

もっと言えば、かつて、枝野さんが、急に撤回したときよりも、もっと早くからだよ。

 

「縁なき衆生は度し難し」というけれど

どうすんの、コレ

【続】どうすんだ、コレ

 

だいたいねえ、
賃上げ!賃上げ!つってるけど、一握りの存在でしかない大企業や公務員のなかの人が、文句を言わずに おれないような状況でも なくなってるでしょ、いまではね。

 

問題は、安倍政権のときにグーッと広げ、トドメを刺すように広げ続けてしまってる格差。

これが開き過ぎるのは、国家レベルで危ないよと言ってきてるんです。
わからんかねぇ。。。

 

 

庶民生活の窮状は放置でも、『靖国』参拝なんどには、ドドドemojiと徒党を組んで、「みんなで♪」お参り()

『日本会議』の御機嫌取りも あるのだろう()毎度ご熱心なことですわ、『自民党=ダッピ統一つぼ売国党』と きたら。emoji

政治屋集団、さっさと潰れてくれ。emojiemoji

 

 

私は、もちろん、経済分野の知識も勉強もサッパリ無縁だったけど、このブログの過去エントリーを読んでもらったら、少なくとも「当たらずとも遠からず」くらいには、ある程度なりに妥当なことを指摘し続けてきていることは お分かりいただけるだろうし、それだけに、大学で経済分野を修めたという人は世のなか大勢いるだろうものを、なぜ、こんなシンプルな道理も分からないでいるのかと、

それどころか、

はっきり経済の専門家でございと自称している人のなかには、言っていることに首を傾げたくなるほどの、愚にも つかない講釈を垂れる人を幾人も見かけてきているので、

最近も、『ヤフーコメント』「エキスパート」たらいう肩書で、しょっちゅう、顔を出してくる、門倉何某という、経済方面の専門家を名乗る人に呆れ果てたところなのだが、もう これで何度目やら、わが国の社会制度の実態にも疎く、外交面でも「ウヨ」に迎合、こんな無責任な浅薄な主張が「エキスパート」で ござい!と罷り通れば、いよいよもって、社会に有害であると危惧している。
いったい、『ヤフーコメント』運営の人選基準は どうなっているのだか。

こっちも、さっさと潰れてくれ、ヤフゴミ捨て場。emojiemojiemoji

 

いまでも憶えている、たしか、安倍政権末期の頃の『毎日』新聞の記事。

(『アメリカ』のだったか、違うメディアの記事だったかもしれないが)

とある中小零細企業の経営者という人へのインタビューで、

その社長さんは、最後に一言、こう述べたのだと。

「アベノミクス?これからでしょう」。

あ~あ、やれやれ、

吹けば飛ぶような零細のと言えども、いちおう、人を雇っている社長業でしょ?

それで、このレベルの意見だからな。。。

まさに一言。

ダメだ、こりゃ。emoji

 

日本で最多層である中小・零細企業こそ、ほんとうに、いっぺんシェイクして、ガラガラポン!して、大再編を やるべきなのかもなあ。

うちの親父も言ってたけど、中小・零細の経営者も、ひどい公私混同で、裏では汚いこと やってる社長は いるんだって、むしろ、『税務署』に対してよりも、腹を立ててたもんだw

こういう社長(および、たいがいは、その家族も含めて)のワガママご意向を かなえて差し上げるような経理仕事を やらなきゃならんわけだから、そりゃ、うちの親父のストレスも凄いわけで。

その結果、私までが、殴る蹴るの暴力を蒙るハメになると(苦笑)emoji

 

 

結局さ、

民衆なんて、古今東西、アホであり、おバカちゃんであるのが揺るぎなき定番、そんな民衆が選ぶ為政者やら、有難がる権威、権力筋のレベルも、必然的に、つり合ってるわけだからね、

だから、行きつく所まで行き着いて、そこでガコーン!! と、アタマを打って、こんなはずではー!!と泣き叫び、喚き散らかす、この繰り返しなんだなあと、つくづく実感するにつれ、わたしゃ、もう、ささやかなブログの更新意欲も萎えてくるばかり、そんな近頃です。

 

あ~あ、トイレットペーパーも、またもやググッemojiと値上げになっちゃったよ。

 

 

もう一つ、いつもの念押しを。

女性差別はダメ!

だけど、血筋差別や門地差別は構わないんですか?

えっ?構わないの??()

そんなムシの いい両立は、ナシよ!(大嗤)

 

だいいち、

法律は不遡及ゆえ、最初の最初から「ないものねだり」でしかないのに、いつまーでシツコく未練たらしく叫び続ける『愛子天皇』推し連中。うっざ。いいかげんにしたら?
「男子を産まなければ ならないプレッシャーを負わせる」以前の問題で、ずばり、障害者を産んだら、えらいことになるでしょうよ、なんせ、「無謬」「無欠性」がウリの存在だもんねw

結局のところは、進学先、就職先、結婚相手、すべてプレッシャーだらけでしょ?
そんな時代錯誤の人権侵害を、いつまで負わせるの?って話ですよ。

だいいち、われわれシモジモ庶民国民との格差が甚大に開くばかり、
それこそ、「ティアラを つくってない!おいたわしい!!」だの「『学習院』卒の伝統を守った!」だのと、そんなことでチヤホヤされて、
「国民と苦楽を共にしてきました!」宣言されたってねえw

たとえ、国民の大多数が死に絶えそうになっても、『皇室』だけは、最後の最後まで、ご安泰だわww誰がために、何のためになんだかサッパリわからんけどさ(嗤)

 

ことわるまでもなく、私個人的には、悠仁さん推しでもサラサラないし、

それより何より、

カネクイ虫『宮内庁』なんか、潰してしまえ!と思ってるくらいですけどwww

 

 

あらためて、話題を変えて、

私の長年の疑問。

たとえば、いわゆる「発達障害」なる方面の当事者が、未診断のままで、周囲と互いに違和感を持ち合って、その原因が不明だったことも あり、いつしか、いじめの対象になってしまい、とても辛い思いを味わってきたという告白や述懐を目にすることが時々ある。

 

そういう話は、高度難聴とともに、何らかの「発達障害」をも抱えているのでは ないかと、みずから思しい私自身も多かれ少なかれ共感を覚えるところでは あるけれども、

ひとつ、これだけは、どうしても、少しフシギに思えるものが ある。それは、

「発達障害」のせいで深刻なイジメ対象になり、友だちも得られず、人が苦手、人嫌いに なってしまったとか言いながらも、結婚は している人の場合ね。

 

結婚した相手、その、たった一人とだけは、なぜか、奇跡的に、気が合うのか、よっぽどウマが合ったのか、仲良く つき合えて、とにかく、結婚に こぎつけるくらい、互いを好きになり、少なくとも、その人とだけは、そばに居ても苦痛には ならないわけよね?

 

以前は、

私の場合のように
(ただし、親でも他人でも、周囲の人々の殆ど全員が、この子(私のこと)は、早く結婚するだろうなと決めつけていたもんだが、なんでやねん?と、当の私自身は、はなはだ怪訝に思い続けていたw)
生育環境が悪く、両親や家族間の争いごとや暴力ざた、虐待などが影響し、基本的に、なんとなく、男性一般が信用しにくい、したがって、結婚についての良いイメージが持てない、そんな状態では、子にも悪い影響が、などなどの不安や危惧を拭えないままだと訴える、そんな人がだよ、しかし、意外なほど、すんなり結婚して、ダンナは良い人なの♪と言い、あたりまえのように素直に子どもも産んでる、そういう人のことも、ずーっと怪訝に思う対象だったわけです。

 

「この人、ほんとうに、人間不信や人間嫌いになるほどの、つらい、酷い目に遭ってきたのか?」

と。

 

だけども、近頃では、ああ、むしろ、かえって、そうなるものなのかも?と、思えるように なった。

つまるところは、

「わたしだって、ふつうに恋愛して、あたりまえに結婚できるもん、ふつうにアタリマエに出産、子育てできるもん、わたしだって、わたしだって!」みたいな、一種の「リベンジ」的な心情なのかな?と。

そういうふうに、いちおう理解している。それで ちゃんと合ってるか否かは わかんないけどね。

私の周囲には、そんな感じの身内も一人ならず いるもんで。
皆そろって、表面だけは、気が強いタイプw内面には、深い劣等感やコンプレックスかかえてるけど。

 

検索していて、どこかのサイトで見かけたのだけど、

「発達障害」者の結婚に あたっては、診断が下っていることに ついて、結婚を検討中の相手に、事前に知らせておくべきか どうかということの見解が、当事者の家族と、一般の人たちの あいだで、はっきり二分されているらしく、

特に、当事者の兄弟姉妹の立場に ある人の主張では、「知らせなくて いい」というものが少なくなかった、というか、どっちかと言えば多かったようだ。

 

【続く】

 

 

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2026.08.16 (Sun)

【続・続】最近の映画鑑賞からより続く。

 

『ユーチューブ』もさあ、ご多分に漏れずと言うのか、
私自身、『ユーチューブ』内だけじゃなく、他のサイトで、何を検索し、閲覧したとか、私個人のメールや何かのなかで、どういった やり取りを したか、(キーワード的)コトバを用いていたかとか、いろいろ「個人情報を抜いてる」な?みたいな感触は、あきらかに あるんだけど、まじでキモチ悪いだけじゃなく、むかしから指摘してきたことなんだが、実際、私なんかは特に、単なる気まぐれや思いつきで やってることも多いので、何らかの視聴対象にせよ、キーワードなどにせよ、大概は、たまたまのことに過ぎない。

なので、

いちいち、「あなたは、きのう、こういうコトバを用いて検索したり閲覧しましたよね?」「さっき、このサイトやチャンネル見てましたよね?」じゃあ、これなんか どうですか、ねっねっ!!見て見て見て~!!!とばかりに「オススメ」とやらをズラズラ挙げてくるのは、その分、ほんとうに、有益とか興味深いと、私自身が思える対象を遠ざけられている可能性が高いかも しれないと思えるゆえ、むかしから、「こんなの、迷惑な押し売りや的はずれでムダな御用聞きみたいなもん」でしかないがなと、ウンザリしつつ批判してきたことなのだが、

もう一つ、

社会的に有害な傾向を招いている恐れが高いのは、やはり、ここでも、いわゆる「エコーチェンバー」的な現象を起こしやすいということ。

だいたい、何か一つのチャンネルを視聴したが最後、それと同じような、あるいは、チャンネル主の主張や設定傾向などは、全く逆方向で あってさえも、政治なら政治の分野のチャンネルばかりを延々と挙げてくる。

 

私なんかは、けっこう変わりダネだろうから、話題の人や有名人のチャンネルだからということだけでは、視聴する理由に なりにくい。でも、それだけが理由で視聴しようという人は、世のなか、少なくないのだろう、そうして、すぐに影響され、感化されて、まさに「エコーチェンバー」の住民となる。

 

私は気まぐれで、または、自分とは異なる意見の識者や議員などの考えも、一度くらいならと視聴してみて、「はあ?」と思ったら、いや、そのあとにも、もう一回くらいは、同一人の別のアップ分を、念を入れて確認のために視聴したとしても、ますます、「はあぁ??なに言うとるんや」アホちゃうかというような感想しか残らなかったら、「やっぱり、時間をムダしたわぃ」と、バッサリ却下する。特に、政治の分野などは、そうなりやすい。

 

オススメ一覧表示も結構だが、まったく興味が湧かないどころか、サムネ画像やタイトルを見ただけで、猛烈に不快でしかないようなチャンネルは、せめて、削除できる機能くらい付けたら どないやねん!と思う。

しかし、まあ、前回も言ったとおり、『ユーチューブ』も、私は非会員だし、インターネットの分野も、よろず そうであるが、利用する側の知性や品性によって多少は変わっていく側面が あることも事実なので、今後も、それを念頭に、視聴対象を厳選していくしか あるまいとは思っている。

 

 

話題を変えて、

こないだ、駅頭で電車待ちしていたら、

よく分からないけど、『インド』とか『インドネシア』とか?『パキスタン』とか?そのあたりから来てるのかなと思しいような、肌の浅黒い、目鼻立ちがクッキリした若い女性が別々に二人ほど いて、一人は、手に持っているファイルみたいな板状のものでパタパタ扇いだり、もう一人は、扇子を取り出して広げたり、やっぱり、すごく暑そうにしていた。

日本人からしたら、ちょっと意外で、暑いイメージのある国が出身国ではあっても、だからと言って、暑さに強いわけじゃなく、暑いのは、やっぱり暑いものなんだなあ、特に『大阪』は、湿度が高いしな、、、と思いつつ、ぼんやり見たら、ファイルみたいなもので扇いでいた一方の女性は、黒の厚めのニットを着込んでいる。そんなの着てたら、そりゃ、よけい暑いがな、、、と、思いました。

 

 

またぞろ、そろそろ来そうだな、、、

と予感していたら、なんと、きっかり10年後に、再びの「マグニチュード7..1/最大震度7」に襲われた『熊本』。

 

どっちかと言えば、寒い時季とか春先に多いような印象を持っていたのだが、今回は、まさに、猛暑、酷暑の さなかの大地震である。

冬場も大変には違いないのだが、やはり、夏場の大地震は、より大変だと思う。

 

『イオン』のなかの雑貨販売店の従業員たちが、「売上金を金庫に入れといて」という指示に従ったがために、揺れが おさまったあとのガス爆発に巻き込まれて亡くなってしまったという事例が発覚し、問題になっているようだが、当該の会社の上司と社長が、遺族を訪ねて、並んで謝罪している場面もニュースで見かけたけれど、最初は、年配の人の方が社長なのかと思いきや、その男性は上司で、隣りに座っている、まだ若いほうの男性が社長ということだったので、ちょっと驚いた。やっぱり、親御さんから引き継いだ会社であるらしい。

 

この件について、あまり声高に咎めるつもりは ないのだけれども、

ただ、

売上金を金庫に入れるために、屋内へ戻れといった内容の指示を、相手が、自分の娘だったりしたら、言えたのだろうかな、とも思った。

まずは、とにかく避難しておくようにと厳命するのが、おおかたの親心では ないかなと。

 

まあ、たしかに、ガス爆発についてまでは想定外と言っていいアクシデントだったのでは あろうけれど、こういうことも、大地震に伴って起きる可能性が ないとは言えないわけだから、原因と予防策はシッカリと究明してもらわないと いけない。

 

 

近年、だんだんと、住みづらい傾向を増していってる日本って、今後は、特に地震を筆頭とする大災害が引きも切らずになっていき、結果、痩せ細っていく運命の国なのかな、って感じが拭えない。

 

 

ところで、

以前にも指摘したことが あるけど、

『ノーベル賞』において、日本は、『経済学』分野の受賞者が皆無だそうなwさもありなんかと言う気は、しないでもない(苦笑)

わりとガンバっていると思える科学方面ですら、日本の場合、ある意味、いかにも日本人ならではなのか、日本人らしい特徴が滲み出ているなあと思えることが多い。

要するに、オリジナリティとか画期的とかいうことよりは、先行している他国の人々の真似というかw真面目に見習って、小さなことをコツコツと、それが実れば、という感じの傾向。大昔からだ。

「天才」ではないけれど、ひたすら真面目な優等生。

良し悪しは ともかく、まあ、概ねの国民性でしょうね。

 

私なんかは、「リフレ浜田」大先生あたりのセンスというのか、やっぱり、先見性や人間性を見るには乏しく甘い日本人の典型を見た感じが したもんです。

この御仁は、第二次の安倍政権が発足して早速、当時の安倍氏を最大限に持ち上げ、誉めそやしつつ、その反面で、『日銀』の前任総裁だった白川氏とかいう人を思いっきしイヤミたっぷりに あしらっておられたのを見て、そのイヤミな振る舞いに及んだ ご本人にとっての理由の妥当性のほどは知らず、学問に疎いゆえ、直感的に判断するしかない私にとっては、大いに不安と危惧を もよおさせた安倍氏に並ぶ人間性の悪印象が残っています。ちょっと言い過ぎかもしれんけども。

 

また、

聞くところでは、他人さまの貴重品をドロボウしたという嫌疑も知られている高橋何某氏のような御仁は、直感以前でwこりゃ信用できない!という第一印象も さりながら、やっぱり、本職に おいてすら、なんか胡散臭いこと言う人だなあと感じさせられる人たちのうちの一人なんだけどもwま、詳しいことは分からない。なんせ私には、経済学なんて、最も縁遠い分野だから。

 

ただ、森永卓郎氏だけはねえ、、、wなんか、判断に困る感じの人だった(苦笑)

最初はね、アベシの側に くみするスタンスの一人なのかな?という印象だったのだけど。

そうでも ないのか、けど、高市氏を高く評価してたらしいからねえ。

 

それと、

例の『給付付き税額控除』っての?

あれは、たしか、旧『民主党』政権が提唱してたことだったじゃないですか?それに伴って、『マイナンバーカード』が必然なのだと。

なぜか、このへんのことは、大手新聞を含めた各メディアも報じなくなってるのか、とんと見かけないみたいだが

まっ、日本のマスコミ界隈ってのも、ようワカランこと多々だ。

分かるのは、大手を中心に、概ね、非常に下品で、利に敏い、そのうえ、みょうなエリート意識だけはマンマンの、政治屋を含む商売界の一員に過ぎない、ってことだ。

こう言われて、反発を感じるなら、それらの現状を、精いっぱい、くつがえしてちょうだいね。期待せずに待ってますよw

こんな仕事じゃ、「AIロボット」に負けるw

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.08.13 (Thu)

【続】最近の映画鑑賞からの続き。

 

山田五郎氏と森永卓郎氏あたりの場合の共通性、と言うよりも、

一般に、男性の場合に顕著な傾向なのかなと思えていたのが、仕事に対する姿勢というか、ほとんど執着に近いほど のめり込んだ働きぶりというのか、わき目も振らぬ実行性、遂行性だ。こういうのは、女性一般には、比較的に少ないと思う。

 

うちの親父ごときは、何事に つけても、彼らと比べるべくも ないのでは あるが、それでも、辛うじて、仕事に関してだけは、素朴なまでの真摯さを保っていたようだし、ごく親しい取引先や身内の者に絞っては いたが、結局、80歳代に入るまで、経理方面の仕事を続けていた。

 

たとえば、高齢に なっている男優さんなどの場合で、もはや回復は望めないだろうという末期的な病状で入院中にも、うわごとのように繰り返し繰り返し、「次の舞台の」セリフを、、、と、最後まで練習していたという話など、一人ならず、聞いたことが ある。

 

 

――カルペ ディエム――「その日の花を摘め」

結局、そうできる余裕が心身に あるか、それに尽きるのだろう。

 

個々に担う事情も背景もエネルギーも、同じでは ない。

自分の現実が辛すぎて、現実が直視できない、ひとまず現実から逃避する、とりあえず現実を やり過ごすしかないような心身の状態では、自分(と、その愛の対象)のためにこそ頑張る、頑張れるという前向きさ、ひたむきさ、その余裕が ない。

 

 

誰しも、どこかで、大なり小なり、自分を正当化し、甘やかしている。

どれほど努力したか、がんばってきたことかと、みずから豪語しても、常に100パーセントの遂行、実行できたと言い切れる人も そうは いまい。

 

 

~『ロミオとジュリエット』から~

 

「木々の梢を銀色に染めている、あの祝福された美しい月にかけて、わたしは誓おう…」
「いいえ、月にかけて お誓いになるなんて、いけません。まるい形を、ひと月ごとに変えてゆく、あの不実な月、あなたの愛までが、あのように変わってしまっては」

 

若者とは?
抑えられず性急に燃え上がる炎
乙女とは?
熱情と氷の冷たさ

いつの世にも
薔薇は咲き
世は移り

そして色褪せ枯れる
若さも同じこと
やがて移ろい

色褪せる時が来る

美しい娘も

いつの日か

時が来れば
恋人の甘い微笑も



【続く】

 

 

Updated   
2026.08.13 (Thu)

最近の映画鑑賞からの続き。

 

次に、

『ともだち』という児童向け映画のほうは、なんと、あの『日活』による配給なので、ええっ?emojiなんで『日活』??と、「ロマン ポルノ」のイメージしか持ってなかったw私はビックリして、ま、それで、いっちょ鑑賞してみるかという気になったようなものなのだが(苦笑)
これについては、当時、『日活』の企業経営としての戦略が あってのことだったそうだ。

たぶん、私自身も、まだ中学生くらいの頃の作品で、こちらでも、やはり、懐かしい俳優さんたちの、とても若い頃の姿が見られた。

 

この映画の主人公の男子児童が、庭にリスなど野生動物が やって来る田舎なんて、「夢みたいな良い所じゃないか!」と言うセリフを微笑ましく思ったけれど、

同時に、

「オレの男を立ててくれよ~」

などという生意気なwセリフが頻繁に出てくるので、いまどきでは、こんなことを言う小学生なんて いるかな?いや、おとなの男性でも、さすがに、言わなくなってるだろうなあと苦笑し、

児童の面前で、当たり前のようにタバコに火を点ける担任教師のシーンでは、私の母校の職員室も、入っていくと、タバコ臭かったことを思い出し、

やはり、当時からワルっぽいイメージそのままの松田優作さんが、道端で堂々とタバコのポイ捨てを やってたりする場面も ありで、

まあ、『昭和』ならではの大らかさと言うのか無神経さと言うか、ハッキリ言って、こんにちでは通用しないだろうという価値観や感覚の違いもチラホラ、それだけに、全体にツッコミどころ満載だけれど、そこは児童向けということだけ あって、ホロッとくるような友情、人情に満ちた、良い意味での単純さも、わるくは なかった。

 

あと、

作中、主人公の男子が、「秘密基地」のなかでコレクションしている「記念の品」の一つ一つを、最初は忌み嫌っていたものの、いつしか仲良しに なった女子児童を招き入れて、熱心に見せていく場面で、「富士山の雪(もう融けて、とっくに水になっている)」とか、「去年の夏に海辺で日焼けした背中の皮」()とかいった、ケッタイな収集品の数々について、逐一、説明するのだが、

これってのは、
たとえば、故 森永卓郎氏あたりが知られていたという、奇異なるまでの雑多な収集癖と展示の心理的傾向に共通しているんじゃなかろうか?と思えた。つまりは、森永氏も、「永遠の少年」だったのだ、ってことか()

 

続く場面では、

持病を抱えている女子児童に、彼女の将来の夢が「スチュワーデス」だと聞いて、それなら、飛行機に乗っても、事故に遭わない御守り、というのを、自分のコレクションのなかからプレゼントするシーンが あるのだが、私自身、小学生のときのクラスメートだった男子から、唐突に、どこかの神社の御守りを手渡されたことが あったので、帰宅して、もらった御守りを、母親に見せたら、母親が呆れて苦笑していたこととか、そう言えば、あの御守り、どこかに しまってあったっけ?などと、じつに数十年ぶりに思い出した。

 

さて、真面目な話、

ストーリーの流れのなかで、経済成長いちじるしかった時代の日本とは言え、当時でも、取り残された地方の経済、山奥での農業と生活の厳しさに喘ぎ、いわゆる出稼ぎの人々という層も存在していたわけで、

その作品の舞台は、公害問題の代名詞みたいだった『川崎』なのだが、私も、このトシになって初めて知ったには、かつては海苔などの養殖業が盛んだったらしく、とても美しい海だったのに、というセリフで、再び思い起こしたのが、私自身が小学生のとき、最初に手にした『社会科』の教科書のこと。

めくってみると、味気ないモノクロ写真が載っているのが目に つき、その説明文によって、ここ『大阪』でも、かつては、全国的に名勝として知られていた「白砂青松」の海辺を潰し、煤煙モクモクの工業地帯に変えてしまった事例が あることを知り、子ども心に、「もったいないことを したもんだ、、、」という感想を抱いたことが あった。
もっとも、その教科書に、批判的な文面が少しでも添えられていたということは一切なかった。

それを、このトシになっても、いまだに、まざまざと憶えているのである。

 

あの時代の おとなたちの考えていたことときたら。。。

 

私が居住している地域から、わりと近い当該地域にて生育した同窓生も いたのだが、やはり、公害を原因とする喘息などの持病を抱えていた。
それは、持病と直接には関係しないはずの様々な面で日常的に、彼女の生活に影を落としているのが窺えた。

 

われら、公害っ子の世代。

 

私の母親らは、「欠食児童」の世代と呼ばれ、そのせいか、栄養不足の影響が、高齢になってから出てきて、血管とかが弱いとされていたようだが、

私なんか、血管も通り越して、骨から弱いもんね(苦笑)

 

ちなみに、

うちの母親の お骨を拾ったあと、親父が、こう呟いていた。

「あんな立派な お骨は、俺も見たことないぞ、特に、『喉仏』の立派さよ。あいつ、ほんとうに、からだ弱かったのかな?w」

 

私は、母親のときが初めてだったので、ふ~ん、としか思わなかったが、

それから、ちょうど半年後あたりに、母の妹である叔母の お骨を拾う事態になって、そのとき、はっきりと、たしかに、うちの母親の骨は、とても立派だったのだなと実感した。

叔母の お骨は、寂しい、侘びしい、小さくて、貧相なくらいだったから。

実際、姉である私の母親は、若い頃とは大違いに、中年以降はデップリ肥満体型で、全体に大柄だったが、妹である叔母は、基本的に小柄で、身長も いたって低かった。

 

 

ここで、映画の話題からは離れるが、

これも『ユーチューブ』名物チャンネルの一つであろう『山田五郎 オトナの教養講座』。

私も、たまにはテレビを見ていた頃、『アド街ック』も見ていたし、当時の山田氏は、毎回、ある種の特徴的な微笑みを浮かべながら、都会的な、颯爽としたスーツ姿で登場してきて、同時に、隠しようもなくオツムの良さを漂わせた、しかも、それが全くイヤミなく、言わば「存在感の過不足ないコントロール」みたいなものをシッカリ自覚しておられる、スマートな風貌だったのを、いまでもハッキリ思い出せる。

このかたって、『大阪』にて学校時代の大部分を過ごされているようだし、その絡みで、私個人としても、いろいろ親しみを感じるところが あった。
それと、「遅刻魔」だった、ってところ。
私も、もともとは そうだったけど、最終的には、職場で最も早く出社する人に変貌していた。
でも、いまは、あの頃のストレスの深さを思う。
本来の性分には全く合わない生活だったから、その反動は凄まじいほどだった。

 

じつは、
ご病気が進行して、以前とは、外見の感じも いよいよ変わってしまったであろう お姿を見るのが ためらわれ、しばらく、チャンネル視聴を避けてしまっていたのだけれど、すでに1週間ほど前に亡くなられている、ということが報じられたのを知って、「おすすめ」リストに あがっていた、まさに最後の登場回を、思いきって視聴し始めた。

あの『ルソー』や『家光』の解説などで、それこそ涙を浮かべながら爆笑させていただいたのに、久しぶりの お顔を見た途端、意味の違う涙が滲んできて、やっぱり、苦しそうだよなあ、、、と、直視しにくい思いだったが、最後まで視聴いたしました。

 

「メメント モリ」。

古今東西、似たようなことを言うもんだよね。

 

「朝に紅顔を誇りしが夕べに白き骨となる」

「ただ、春の夜の夢」「風の前の塵」

「諸行無常」

……

 

山田氏ご当人が亡くなられてしまってから初めて聞いたところによると、じつは、今回の発病以前にも、たしか「食道」の癌が発覚していたことが あるというので、やはり、タバコだけは控えられていたら、、、とも思ったけれど、今ごろ言っても、それこそ詮ないことだ。

 

山田氏ご自身も、経緯に共通性を感じておられた森永卓郎氏については、経済方面の専門家として、その御意見や主張を、どう受け止めたら妥当なのかが、私は、ながらく、よく分からないままだった。
いまだに、よくワカラン(苦笑)
ただ、共感や賛成できるところも少なからず あるけども。

 

とりわけ、かの『日航機123便』事故についての、森永氏の主張と見解は、公的にも世間でも、大いに疑念を持って批判されているようなのだが、私も、遅ればせながら、つい最近になって知り、思わずギョッとして、どのような受けとめかたを すべきなのか、ますます分からなくなった。

 

まあ、ただ、ごく強いて言えばだが、わが国の『自衛隊』とかよりは、むしろ、『在日米軍』が やらかしたのだ、というほうが、もう少しは、ありえそうなことだと思えないでもないのだがwなんせ、あっちこっちで実績あるからね、「仮想敵を仕立てた練習」が大好きで、大事故も起こしてきた米軍は。

ところが、

なんと、こないだの4日の早朝、よりによって『国交省』の「安全確認検査機」と、民間の航空機とのニアミスが起きたよね。

『全日空機(ANA)』と、『国交省』が飛ばしている、「安全確認検査機」とのニアミス。

私は、これも疎かったのだが、どうやら、似たような事故は、過去にも起きていたらしい。

 

「空中衝突防止装置」が、『全日空』機では作動したこと、ならびに「管制官からの情報」は、2機とも受けていたことによって、ほんとうに辛うじて回避できた、ように見えちゃうよね、シロウトの眼には。

でも、「重大インシデント」には当たらないのだってさ。フシンフシン。。。

 

なんせ、『朝日』新聞記事によると、「国が「ドクターホワイト」と称してPRしている」という、くだんの「安全確認検査機」のほうの衝突防止装置のアラートは沈黙していて、その原因を調べている、つうんだから。

どゆこと?どゆこと??

 

ま、そのことは さて置き、

もしも、いま、森永卓郎氏に質問することが できるのなら、私が真っ先に聞いてみたいと思うのは、やはり、麻生氏とか、特に、現首相となった高市氏についての評価は、いまでも変わらないのか否かということだ。

 

【続く】

 

 

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2026.08.13 (Thu)

いやはや、おひさで ございます。連日お暑うございます。

生きてきた年数、慣れるどころか、年々、ウンザリ度が募り、大キライに なっていく、この季節。

 

夏と言えば水泳なのですが。

最近、へええ~っと驚いたことの一つが、海水浴客の大幅な減少という話題。なんと、90パーセント近くも減少しているとか?
しかも、砂浜も消失が進行。。。

そう言えば、
むかし、『沖縄』好きの同僚に、あのキレイな海で泳ぐんでしょ、みたいなことを言ったら、にべもなく、「泳がないよ」と。

どうやら、陽射しが強烈すぎるとか、そんな理由だったかと憶えているのだが、

そもそも、当の沖縄の地元民たち自身、泳いでないよとも聞いたような。

やっぱり、紫外線が危険視される昨今だからなのだろうか。

私も、海水浴は、学校時分から こっち、とんと しなかったような気がするし、
最後に海に行って泳いだのは、いつだったやら、さっぱり思い出せないくらいに遠く霞んでいる。

いや、行きたいですよ。

泳ぐのはヘタだし、ちと怖いけど、でも、浅瀬でチャプチャプするだけでも楽しいじゃないかとは思うのだが、しかし、考えてみれば、私自身、20歳代の頃から、全身を覆うようなものを着て海に浸かれたら いいのになあと思っていた。

あるとき、たまたま見かけた『イスラム』教の国の女性たちが着用している、独特の水着の写真を見て、「あっ、これよ これよ、こういうのがイイのよ~」と思った。『ブルキニ』とかいうんだっけ?

やっぱり、紫外線を浴びまくるのは避けたいところだからね。

 

はてさて、

もうじき、「地獄の釜の蓋が開く」頃ですけれど、すでに、その前から、海や河川は勿論、山でも、死傷者が発生しているらしい。
毎年毎年、大地震後のアタフタと同様に、飽きもせず繰り返している。

 

ところで、

私が中学生のとき、校内で「水泳大会」が開催されたときの思い出を述べたことが あったけど、

【続】「東京オリンピックで死者」

宇宙が終わるまで、踊ってろグルグルw

あのとき、早い話が全身ヤケドに等しい状態に させられてしまった、人並み外れて、皮膚が弱い私が、いまにして振り返ると、まあ、この日本の学校ってのは、こういうバカげた、理不尽なことを、平気で まかり通らせるもんだなと、つくづく思う。

 

 

話題を変えて、

最近も、『ユーチューブ』にて映画を幾つか無料で鑑賞させてもらったことについての話、

その前に、

私は、いろんな海外の事情も知りたく、

いつぞやのエントリーでも紹介したように、あらためて日本で定住のための帰国に あたり、引っ越す手続きや作業が、日本国内でしか生活体験が ない私にとっては、ひどく複雑で、手間が かかり、そのうえ、業者の不真面目さや当てに ならなさにも驚いたり呆れたりの意外な事情が窺え、あれこれ興味深いので、

たとえば、いまは特に物価高騰や気候変動が各国共通で話題になっているし、こちらの「円安」と関係しているのかもしれないが、その おかげで、長年に わたって住み慣れた『ヨーロッパ』の各国から、日本に戻ったほうが、家計がラクになり、生活しやすいかもという動機も多少は含んでいるのだろうか、日本で定住するための帰国に踏み切りましたという人たち、それは、主として、あちらの国の人と家庭を営みつつ、仕事面でのキャリアも積んできたという日本女性たちなのだが、彼女らの『イギリス』や『フランス』など、あるいは『アメリカ』での生活ぶりを公開している個人的動画ジャンルをも、たまに視聴することも あるのだけれど、

現地で長らく仕事してきたなら、その分の年金は受け取れる見込みなので、最終的には日本に帰るつもりでも、まだまだ当分は現地にてバリバリ働きたい、
その後に、一般的な日本人よりも多少は潤沢な年金を受け取りながら、老後は、なつかしき日本で過ごしたい、というふうな本音のようだ。
実際、昨今は、日本へ出稼ぎに来るのでは なく、日本人のほうが出稼ぎするのが、老後に有利のようだ。なんせ、「円安」が すごいからね。

 

で、

わりと見かけることなのだが、そういった、個人の生活スタイルを、いかにもオシャレな優雅な演出ぶりでもって(つまりは、なかなかのメンドクサさや労力も伴っていることが垣間見えるわけなのだがw)大きな共通性として、やはり、どなたもマメな性格のようで、正直、「収益」ということが常に念頭に あるチャンネル主さんが殆どで、それだけに、時々、コメント欄を眺めてみたら、私には理解し難いほどのキツイ口調で何やらイチャモンを投げつけるような投稿も混じっていたり、そこまでは なくても、けっこう、イヤミな感じの(コメントの投稿者自身は、そんな つもりは なく、いたって善意や親切の つもりなのかもしれないが)、たとえば、チャンネル主さんが、ご自分の好みやセンスで ととのえてきて、かつ、楽しんでいるインテリアを紹介するなどのことに対し、なんか、えらそうな口調で注文を つけたりする投稿者も見かける。これが また、私には理解できなくて。

だって、他人さまの住まいだよ?
そこの家の人の居心地しだい、どんなものを、どんなふうに並べて飾っていようと、その人の勝手じゃないですか。

視聴している側の自分の好みには合わないとしても、チャンネル主が、アドバイスを求めているわけでもないのに、いちいち、コメント欄でエラソーにダメ出しする、その感覚ね。

たぶん、悪気は ないのだろうし、悪気ありだとしても、自覚はナシなのだろうが、

なんだろね、収益が大きな目的で、個人の生活ぶりを さらけ出しているチャンネル主に対して、干渉がましいことを言っても いいだろう、自分のダメ出しを素直に受け入れてくれたもんなら、支配欲が満たされて、気分がイイとでもいうのだろうか?

私なんかは、『ユーチューブ』の会員とかでもないので、コメント不可だし、見ていて何かしら不快に感じたりしたのなら、以後、そのチャンネルは二度と視聴しない、それだけだわ。

 

 

それから、

若い頃から特に好きだったLa Strada(『道』)を、これで何回目になるのか、あらためて鑑賞しなおした。名監督に名優揃いであることに感心しなおし、男性としても大いに私の好みの『イル マット』に惚れなおし、ヒロインである『ジェルソミナ』よりも、むしろ『ザンパノ』の哀れさに涙しなおして、

そののち、

20年ほど前に制作されたらしい日本の映画『いつか読書する日』とか、児童向けの作品である『ともだち』という映画などを鑑賞させてもらった。

 

『いつか読書する日』に ついては、なつかしい顔ぶれの日本のベテラン俳優さんたちが揃っていることも あって、あ、さすがだなぁと思いつつ、
じつは、この作品のなかで、最も説得力を感じさせられた場面は、
「かつての英文学者にして認知症老人」
という設定の登場人物なのだが、
かなり悲惨な話になりがちなはずの設定でありつつも、ユーモラスな描写が際立っているので、ついつい、フき出してしまった。

でもね、

この認知症老人の設定は、誰あろう、じつは、私自身にも、思い当たるふしが あるもんだから、フき出しは したものの、あー、この感じ、わかるわ、、、と、しばし、考え込んだりした。

と言うのは、

いつぞや、だいぶ前の過去エントリーで、述べたことが あったかもと思うのだが、

再び、搔い摘んで述べると、

私が、ふだんの食品や日用品を買いに行くスーパーマーケットの一つで、その日も、食品類がズラリと並べられた大きな棚の前にて、購入品を吟味しているとき、すぐ横を、従業員の人が、補充するための商品を積み込んだ大きな台車を引っ張りながら、会釈して通り過ぎようとしたので、棚と棚の あいだで、狭い通路だし、私がジャマにならないようにと、目の前の棚に身を寄せて、やり過ごそうとしたわけです。

店員さんが、台車と共に通り過ぎていき、さて、他のエリアに移動しようと振り向いた瞬間、経験したことのない異変が起きた。

日常的に来ている店なので、どこを向いたって、見慣れている光景だ。
それなのに、今しがたクルッと振り向いた、その瞬間に、突然、「あれ?ここは、、、どこ??emoji」に近い状態になってしまったのである。

 

さすがに、そんなバカなことが あるかい!という理性を振り絞り、向こうのほうに見えてる お肉のコーナーだとか、お魚のコーナー、お惣菜コーナーなどを、つとめて冷静に眺め渡してみたら、なんだか、みょうに遠くて、やっぱり、「ここ、どこ?emoji」みたいな感覚が続いている。

 

初めての場所なのに、前にも来たことが、というような、「デジャヴ」?
それなら、一度ならず経験してるけども。

いわゆる「未視感」「ジャメヴ」は逆で、それまで体験したことが なかったので、ちと怖くなってきて、キモチ悪さを振り切るように、とにかく歩き始めたら、ほどなくして、いつもの感覚を取り戻せたのだが、いまだに、あのケッタイな感覚は忘れられない。

 

このキミョウな出来事を、まざまざと思い出させることが、わりと最近にも あった。

そのときは、所用のために、電車に乗っていて、疲れていたせいか、腰掛けているうちに、少しウトウトしていたら、目的の駅に到着して、慌てて降り立った瞬間、降りる駅を間違えてしまった!emojiと思った。

実際は、何のことは なくて、いつもなら、あたりまえに向かう改札口の方向とは逆のほうに歩き出そうとしていただけだったのだが、たった それだけのことで、違う駅に降りてしまったと錯覚したのである。

 

たとえば、自転車や乗用車に乗っているときにも、ふだんから見慣れている街、通り慣れている道が、見知らぬ街や道路に見えてしまうことが あったりする。そんなときは、大概、思いがけず、ふだんと全く逆の方向から進入してきており、しばらく進んでいくうちに、あっ、そうか、ここは、あの通りだった、と、思い出すわけなのだが、

もしも、「あれ?」という違和感が去らず、「ここ、どこ?!」という戸惑いが続いたとしたら、どうなってしまうのか。

いわゆる「徘徊老人」って、こういうことから始まってるのじゃなかろうかとも思うのである。

そうして、「帰らなきゃ、戻らなきゃ」と、さまよい続ける。。。うーむ(--;)

 

さて置き、

『いつか読書する日』のヒロインは、えらい力持ちだ。

私にしてみたら、考えられないほどの怪力と体力だ。

早朝、暗いうちから、瓶入り牛乳を何本も入れた重たいバッグを肩に、長い長い急坂や階段を駆け回って、各戸にテキパキと配達していく。

その仕事を終えたら、次は、スーパーマーケットのレジ担当だ。どうやら、パートではなく、みっちりフルタイム。

「ヘトヘトになって」帰宅してから、分厚いドストエフスキーなどを読むのである。

このへんの設定は、私にしてみれば、最も違和感あるところで、

ドストエフスキーも、若い頃に、何冊かは読了しており、『カラマーゾフの兄弟』だけは、いつの日にかの楽しみにと、はや、ババァに なっちまった こんにちまで、読むのを敢えて後回しにしてきた一冊なのだが、もう そろそろ、くたばる前に読んでおきたいと思いながら、しかし、

あのヒロインのように、一日の終わりに、ヘトヘトになっても、読もう、読めるという気が しない。

できるわきゃねえわ!と、思う。

虚弱な私にしてみれば、ああいう労働を一日とて やれるはずもなく、
たぶん、バタンキューどころか、帰宅後、死んだ如く倒れ伏したが最後、痛む足腰を持て余し、ヨダレを垂らしたまま昏睡状態に陥るだろうという自信だけは ある。ドストどころの騒ぎでない。

て言うか、牛乳を配達している途中で、倒れ伏すだろうという自信のほうが高いw

 

で、まあ、全体に、要は、「男性目線」的な傾向が感じられた。

おそらく、この映画の関係者全員、監督も脚本家も俳優たちも、そんな つもりは毛頭なかっただろうとは思う。

 

ただ、ヒロインの町と彼女の労働風景は、この作品の なかで、特に映像美が際立つところでもあり、こんな私でも、何度も見とれてしまった。

 

【続く】