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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2026.03.27 (Fri)

『リパブリック日本』からの続き。

 

踏切での事故が相次いでいたとき、近頃の過去エントリーでも話題にしたけれど、

私自身、近年は、高校生時分からの弱点である足腰を痛めがちなので、ふだん、よく通りかかる踏切の手前が、盛り土状の、かなり急な傾斜に なっているのが、かねてから、気になっていたのだが、

ある日のこと、

買物の品を積んでいる自転車に乗って、くだんの踏切に差し掛かったところ、あいにく、遮断機が下り始めた。

その踏切は、大通りから外れた住宅街のなかに位置するのだが、そのわりに、乗用車などの往来が多く、ここで足止めを喰らって、なかなか、遮断機が上がらないときは、あとから あとから次々に、車が行列を成す。

やっと遮断機が上がったところで、ヘタに漕ぎ出すと、少しでも よろけたものなら、後ろから迫ってきて追い越していく車に、踏切内で追突されるかもしれない恐れが ある。

そのときは、すでに、帰宅のラッシュアワーを過ぎた時間帯では あったので、まだ、車が来ていない状態だったのだが、いつもながら冷や冷やする難所ゆえ、ついつい、後ろのほうを確認しようとしてしまい、自転車に乗ったまま振り向いた ひょうしに、ガッターン!!emojiと、やっちゃった。

 

しまった!!と思いつつ、すぐに起き上がろうとしたのだが、起き上がれないのよ、これが。

 

なぜかと言うと、

先述したように、傾斜が急だからね、
頭と足が「逆とんぼり」状態で ひっくり返ったので、頭が起こせないのよ。

 

むかし、自宅マンションの階段から落ちた時も そうだったように、ギリギリで頭だけは打たなくて、もっけの幸いだったとは思いつつ、すぐ傍らの、踏切の囲いと言うか、黄と黒に彩色された鉄製の仕切り板を掴んで起き上がろうとしたのだけど、圧倒的に、足の位置のほうが高いので、もがいても もがいても、起き上がれない。

そうしているうちに、車が通り過ぎていった。

たまたま、通りかかる歩行者は いないし、どうしたら いいんだぁ~と、なおも もがき続けていたところへ、地獄に仏とは このことか、近くの住民だろうか、30代か40代くらいの、見知らぬ女性が近づいてきて、助け起こそうとしてくださったのだが、うまく いかない。

 

すると、今度は、連れらしき男性が現れて、踏切の囲いの鉄枠を掴んだまま ひっくり返っている私の両肩を、ガシッと掴んだ。

その とたん、あっけなく起き上がれた。

 

いつの間にか、横倒しになったままの自転車と買物の品は、もとどおりに起こして積み直され、それを、さっきの男性が、うしろから引きながら、女性のほうは、私に寄り添って、肩と手を包むようにしながら、いっしょに、ゆっくりと、踏切を渡ってくださった。

だいじょうぶですか?と、心配そうに聞かれるのを、だいじょうぶです!ありがとうございます!と、何度か繰り返し返事して別れ、そこから しばらくはトボトボ歩いたのだが、懸念の尽きない腰を、やっぱり、思いっきり打っていたことに気づいて、このことが また、後日のトラブルに繋がったのだが、それは さて置き、途中からは、どうにか こうにか、自転車に乗り直し、その日は、辛うじて、自宅まで帰り着いたという しだい。

 

最近、これも値上がり続けの卵も買っており、せっかく買ったのに、、、と心配だったが、ふしぎと、まったく割れていなかったので、ホッとした。

肉も魚も、めったに買えないので、せめて、卵くらいはね。。。

 

でね、

こんなこと思ったのは、たぶん、初めてだけれど、

圧倒的な力強さで掴んで起こしてくれた男性、

ヨタヨタしている私の肩を優しく抱きつつ、歩調を合わせて付き添ってくれた女性。

このとき、つくづく思ったのが、

これこそは、女性と男性の理想の姿で あるまいか、と。

 

あれ以来、さすがの私も、男性に対する、そうとうシニカルな考えかたは、かなり、修正を迫られました(苦笑)

 

 

ほんの ついでだが、

『ユーチューブ』に、勝手にオススメしてくる動画のなかに、私が、かねてから大っキライな連中の一人である『ひろゆき』とかいうやつの「キリヌキ」動画とやらが並んでいたので、なんとなく題名を見たら、いわく、「仕事を自分でやる」とか「人にさせる」とか、前者は、会社に評価されない、後者は評価されるとか何とか、バカまる出しだったので、つい最近も、仕事が できない先輩同僚からのシワ寄せを被っていたという経験談を述べていたので、まるでアテツケみたいな題名だなwと思いつつ、これまた、とんでもなく愚かなことを言い立てているのかもしれないものの、
むろんの こと、くだらない動画を見るほどヒマ人でもないので、代わりに、この場で、ちっとばかり、クギ刺しておいてやる。

私の場合、まず、新入りだったからね、先輩に、自分の仕事を させるって、そんなこと、ありえねえわwだけども、実際、そういうのが、他の先輩同僚にも いたのよ。

それは、職場で最も無能な、たぶん、何らかの内部障害を抱えているのかと思しかったが、ほどなくして、辞めていった。正確には、解雇。
それを せせら嗤っていた、もう一人の「できない」(しかも、性格も悪いw)先輩同僚も、頼みの綱だった後輩の私が、たまりかねて離職したあと、ほどなくして、これまた、辞めたそうな。

なお正確には、二人とも、私が去った あとに、ほどなくして辞めているのです。

要するに、
こういった場合の能力が問われるべきは、本当は、上司、管理職の側に あるんだよ。

ま、このことについては、またの機会にしておくが、

ふん、私もサンザン、不快な目に遭わされた「おカルト連」な、ありゃあ、そもそも、『2ちゃんねらー』だったのよw

そこの元締めだったヤカラでしょ?
自殺者を何人も発生させたという『2ちゃんねる』の、まともな職歴も皆無の、いまだに、裁判から逃げまくって、海外にトンズラしてるっちゅう定評ある、ご立派な『ひろゆき』さん?(大嗤)

 

 

で、さて、

先日の高市さんによるゴマすりすり訪米について、「多としたい」なんどとホザいや、評価した党首の小川さんを見て、『中道』には、やっぱり、次も投票できんな、と、あらためて思いました。

例の野田さんの問題も そのまんまホッカムリだし。

だらしねえなあ。emojiemoji

 

 

さてさて、

『イスラエル』首相と、そして、その国民は、彼らが誇る『ユダヤ教』の教義に適った生きかたを しているのだろうか?そのように自負しているのだろうか?

 

衣替えしただけの「新・自由主義」?

自業自得政権の国。

 

「賢い」とは?――風の前の塵――

 

最後になったが、

くそニ、もとい、ネタニヤフに贈る、というのは、これである。

なぜなら、
こないだ、このエントリー
【続】倫理も良識もクソくらえ!をアップした、そのあとに、こういう記事を見かけたから。

 

ネタニヤフ氏、「キリストはチンギスハンに劣る」と発言 力なき正義は悪の前に無力と主張

2026321

 

●。  ○。  。●。  ○。  。● ○。  。●   ○。  。●。  ○。  ● 

 

『平家物語』から。

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、の朱异、唐の祿山、これらは皆舊主先皇の政にもしたがはず、樂しみをきはめ、諌めをも思ひ入れず、天下の亂れん事を悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。

 

 

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Updated   
2026.03.27 (Fri)

まずは、

先日の、高市さん訪米について。

いやはや、もう、あれこれ言うのもダルい。。。

 

無理して やったのだろうか、最大のハイ テンションぶりで あったが、

いきなり抱きつこうが(高市さんって、ほんとうに、抱きつくの好きなのねwそれは、総裁選のときにも あらわだったよね嗤)、大口あけて歌いまくろうが踊り狂おうが、品が ないにせよ、まあ、そのくらいは どうでもエエわ。

ただねえ、

歴代大統領の肖像の、バイデン氏の それを前にして笑ったというのは、さすがにマズイと思う。

やっちまったな、、、って感じ。さすがに、これは、下品きわまる。

まあ、なんせトランプは、気に入らない相手の死を、全世界に向けて嘲笑してみせるほどの手合いなので、ゴマスリも、このくらい やっておけば、、、てなところか。

大恥かいたのは、日本国民だけどな。

 

しかし、何よりも懸念されるのは、

日本の国防・軍事、食料、この方面は、すでに久しく、『アメリカ』に手綱を握られているに等しい、というわけで、このうえ、エネルギー分野までもが握られてしまって いいのだろうかという危惧は拭えない。

まあ、そうは言っても、
どだい、アメリカから購入しようとする原油そのものが、一朝一夕に どうなるものでなく、この先もサッパリ不透明だ。『レア アース』の問題と同じことだわね。

 

いずれの将来に、やっぱり、してやられたんだ、、、と、日本国民が臍を噛むことになるのかもしれないが、

それは とりあえず置いておいても、
いま、まさに喫緊の原油問題、どうする、どうなるのだろうか。

 

それにしても、

なぜ、こうまで、日本は毟られるのだろうか。アメリカに貢ぐのだろうか。

 

法律上の、いや、憲法上、(派遣)できないことが ある、と説明 して、で、トランプは、渋々にせよ、頷いて納得していたというんでしょ。

それなのに、なぜ、貢ぎ物を増やさなきゃならんかったの?

NATO」とは違う、「責任」を果たそうとしている、って、どう違うの?責任って、どういう意味??

 

その、積み増した貢ぎ物が なかったら、やっぱり、船を出せ!派遣しろ!と、ゴネられて、どうにも ならなかったのだ、ってこと???

 

日本の憲法を踏み躙れ!という権利が、アメリカに、トランプに あるわけか???

 

 

アメリカに貢ぎ倒すと、どうやら、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』にとっては、何らかの、大いにメリットが あるらしいとは、とっくの以前から見受けているのだが、

国民の一人としては、ただただ、溜息しか出て来ない。

残るのは、そこはかとない惨めさ。

 

 

ただ、『アメリカ』では、自己主張すること、できることこそが大事な価値観なのだそうで、

だから、高市さんのような媚びに徹する態度は、最もアメリカ人の侮蔑を誘うのであり、実のところ、トランプ自身も、内心では そうだと見受けた。

 

かつて、かなりの知名度が あった日本人の女性アーティストで、アメリカに滞在しているあいだに、ノイローゼになって帰国したという人が いた。

ご本人の話では、あちらの人々の、自己主張の激しさ、それは、ごく若い女性でも、それは もう、ものすごい自己主張ぶりなのだそうで、それには気おされっぱなしだったと、そういう話だった。

これはアメリカのみならず、『フランス』でも似たような事情だそうで、
あちらに留学など していた日本人が、ノイローゼ状態になって、日本に帰国せざるを得なかった実例が多いという、私が20歳代の頃だったかに、新聞の記事で読んだことが ある。

 

(さもしい「サナエ コイン」はオッケーですか?『女性天皇』なんぞのことよりも、断然、重大な取り決めごとが山積しているでしょうに。)

「賢い」とは?――春の夜の夢――

 

要するに、言いたいことは正直に言うべきだ、という考えかたのようだ。それが、どのように、他者を傷つけ、顰蹙を買う内容でも。

 

たしか、フランスの政界の要人で、黒人女性だったとかで、とある女児が、ご本人の面前で、「猿」呼ばわりしたとかいうようなことが あったらしく、かの『シャルリーエブド』事件の大騒ぎの おりに、当ブログでも、その出来事を引用・紹介したことが ある。

 

日本人の感覚としては、なんとシツケが悪い子どもだ!と、親子ともども顰蹙を買うはずなのだが、

しかし、
昨今の日本も、おとなから子どもまで、平気で「死ね」「殺せ」「消えろ」と喚き、自分よりも立場が弱いと見るや、罵詈雑言を吐き、罵倒し、いわゆる「フルボッコ」を楽しむ風潮になってしまっている。かつて、私も やられたよ。

 

 

トランプ個人については、あきらかに、「感情失禁」の傾向が みられる、と言いたくなるほどだが、

それくらい、度を越しているように見えるから。

あれでも、熱心なキリスト教徒であると自負しているらしいが、

晩節に なって、戦争屋、大量の人殺しを おっぱじめるとはね。

 

罪深さはトランプでも勝てないかもしれないプーチンですら、あからさまなセリフは吐かないし、いつぞやの国際的会議の席で、日本に原爆が投下された場面を上映したとき、各国首脳陣から一斉に拍手が沸き起こったなか、プーチンだけが、十字を切っていたという。

アメリカ人は、それを、「偽善」と呼ぶのかもしれないが。

 

 

それは そうと、

私は、アベシが存命中、アベシのことを、「トランペット」(←そのココロは、トランプのペットww)とも呼んでいたものだがw最近、トランプのスペルは、トランペットと同じだということを知った。つまり、ラッパwww

 

 

ところで、

たとえば、自国発の「遺伝子組み換え食品」のことも、アメリカ人が最も知らないままで いて、それらの問題についても無頓着なままだということを、私も、どこかの記事で読んだことは あるのだが、

「大いなる田舎者」とも喩えられるアメリカ人は、自国のことを、もしかしたら、最も知らないのかもしれない。

 

 

また ちょっと話が変わるけれど、

先日、とある人の述懐で、戦時中に、おかあさんが、足を切断しなければ ならなくなり、病院では なく、学校の教室のなかで、麻酔なしで、それを行なったという話を目にした。

薄暗い廊下の隅に置かれた盥のなかに、切断した足が入ったまま放置されていたとかで、たいへん恐ろしい思いを したそうだが、残念ながら、おかあさんは結局、亡くなったという。

そのかたは、当時まだ小学生だったが、泣くことすら許されない雰囲気だったそうだ。

 

麻酔なしの手術というと、近年に亡くなられた俳優の宝田 明氏も、子どもの頃に、『中国』東北部にて、ソ連兵から撃たれたときの銃弾を摘出するのに、麻酔なし、焼いたハサミで行った、という話を読んだことを思い起こした。

 

私なんかは、全身麻酔が切れたあと、たちまちにして、なんとも喩えようのない、強いて言えば、メスが入った おなかの上に、とてつもなく重たい石を乗せられたような痛みで苦しみ、動いては いけないと言われても、一晩じゅう七転八倒してしまったものだから、

麻酔なし。。。

想像するだに、とんでもなく恐ろしいことだ。

 

『天皇』や『皇族』が、その特権的地位ゆえに、彼らに特有の「苦労」が あろうとも、麻酔なしで、四肢を切断だの銃弾を摘出だの、原爆投下時に、ガラスの破片を全身に浴びたなどという惨状は、いつだって、われとわが身で味わったことも なかろう。

 

「リパブリック日本」

と なるのが妥当と思っている私は、

いまだに、時代錯誤な制度を有難がっている日本人の、さっぱり向上せぬ本質的民度には、ほとほと呆れるのだが、

アメリカの毎度の理不尽な要求から、このたびも、われわれ国民を守ってくれたことが明白になった現代日本の平和憲法・9条、これを世界じゅうの他国も取り入れると良いものを。

 

そうすれば、すべての国家が、他国に向けて、要らぬ干渉だの侵略だの先制攻撃だのを行なうことも、自国民を、理不尽な争いのために差し出して犠牲にすることも なくなるのに。

もちろん、徴兵制も、あらゆる武器、核兵器なんども不要だ。

 

なぜ、そうならないのだろうか。

 

真っ先に考えられるのは、

言ってしまえば、女性の突然変異的な、より偏った脳、より攻撃的な存在が、ヒト族の男性なのであるが、実際、「自己愛性人格障害」や「サイコパス」などの類は、男性に有意に多いらしいし、
また、私も身近で知っていることだが、「自己愛性人格障害者」の要らぬ争いごとの多さ、男性並みの支配欲の つよさ、ならびに、性欲の つよさは、女性で あっても、突出している。

 

人間の場合、やはり、まずは概ねの男性という存在だが、

自分自身の入れ物」として、最大のものが、すなわち、「国家」なので ある。

 

人類ならではの戦争、少なくとも、大規模の戦争を なくすためには、男性の存在を なくしてしまえば いいのだろうがwそうも いかないだろうしww

 

しかしながら、

個人的に、先日、こういうことが あった。

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.03.20 (Fri)

国家権力者vs.底辺庶民の続き。

 

「無期懲役」を求刑されたという犯人は、本来的には、こちらのほうこそが被害者の立場だった。

 

相変わらずなアベシまんせー連中(←『統一つぼ』信者やら『日本会議』やら、「ご利用」「ご相伴」連中」)が中心になって、「無期懲役は軽い!」とか言い募ってるようだが。

 

私はね、ついに、ぶっちゃけを言わせてもらいますよ。

 

「テロリスト」と呼ぶのなら、むしろ、アベシのほうだわと思ってきました。

なぜなら、

「こんな人たち!」
と位置付けて、弱い立場の自国民全体に対し、言語道断にも、国家最高の権力を振り回し、よりによって、憲法違反の所業を冷酷にも重ねてきたのだから。これは事実ですからね。

 

それだけでは おさまらず、

売国行為に等しいことまで やっていた。

これは、「こんな人たち」のみならず、庶民国民全体に対する、まぎれも ない裏切りです。すでに何度か言ってきたけどね。

 

 

それにしても、

とりわけ『自民党』は、「暴力団」との かかわりも、昔から知られては いるけど、

こうした「反社」的組織や詐欺団体の動員を かけて、それが、あたかも、一般的国民、有権者全体の中心的な声、民意であるかのような欺瞞は、やはり、歪んだ風潮を呼び、邪まな目論みを横行させて、大困惑の結果しか もたらさなかった。

 

飽くなき集票を求めるあまり、それ自体が目的となり、いかがわしい組織団体にまで媚びを売り、癒着する、
これ、ほんとうに、どうにかしないと いけない。

 

 

「さもしい」高市さんもね、故アベシのヨメの昭恵さんと、よく似てるところが ある。

崇拝するごとくに、アベシが大好きという共通点は勿論のこと、ひたすら軽薄短小であるということの自覚もない。

一言で言って、「哲学」的思考能力やセンスが微塵も見受けられない、というところ。

 

まあ、私は、外見的に どうこうとか整っているとか美男だ美女だとかいう表面的視点以外に おける容貌や、それ以外の、いろいろな観点で推測しているのだけれど、

昭恵さんの場合、自分自身への疑いも反省も全く見受けられないようすなのは、もともとが苦労知らずの お嬢さま育ちならではのウヌボレ、確信的で強情な気質も根底に あると、それは、容貌にも表れていると思うのだが、やはり、とことん単純な、子どもっぽい軽薄短小タイプでは あるのだろう、深い思考というものには、逆立ちしても届かない脳タイプなのだなと見受けている。

 

かたや、高市さんの場合は、ま、そこは、さすがに「政治屋」の人種。

野心を貫くため、勝ち負けのためには、悪事は悪事と分かっているのかもしれないにせよ、それでも、厚顔無恥をも辞さず、立場の弱い者たちに対しては冷酷な言動、踏みつける所業も平気で やってのける、故アベシとは、殊に、心底のコンプレックスの面で よく似ており、「自己投影」心理が甚大な分は、トランプとも よく似ている面であり、いずれにも、
「お門違い」を伴う被害意識の激越さ
が見受けられる。

 

いわゆる右翼とされる、まあ、左翼でも そうなのかもしれないが、
どっちにしても、「国家」というものに対する同一視の甚だしい肥大ぶりは、だいたいが、自己投影の心理による。

自分が、弱い立場であることは許せない、それは、自分の国が弱いことを受け入れられない、ということにイコールで繋がる。

国家でなくても、自社とか、自分が所属している何らかの組織・団体すべてに対して、類似の心理や言動が見られる。要するに、混同しているんです。

 

 

つい最近も、

重度の障碍を抱えている議員さん(『れいわ新選組』所属だったっけ)が、高市さんが、公邸に入居するに あたって、車椅子を使用している夫君のため、バリアフリー工事の必要性に関し、以前に述べていた発言内容について問いただされていたようだが、このことを扱った報道記事に対するコメント欄、私が確認したのは、『МSN』のコメント欄だったが、いやもう、目を覆いたくなるような酷いコメントだらけで、「ヤフごみ捨て場」のコメント欄までは、とてもじゃないが、目を通す気も失せてしまい、近頃は、体調も よくないので、ゲンナリしきってしまって、いつもなら、『ヤフー』コメント運営に対して、指摘や糾弾の通報を比較的マメに行っていたほうかとは思うのだが、そんな気力も ない。

 

少なくとも、理念とか思想とかを堅持している人たち(まあ、「ヒダリ」とか「リベラル」の人たち?)の ほか、あるいは、現実や現場を知ってる立場の人とか、他ならぬ自分自身が当事者である人などは、もっと糾弾する通報を行なってもらえませんものかね?やってても、こんな状態なのかな?

 

はっきり言わせてもらう。

『МSN』も『ヤフージャパン』も、

恥を知れ!!

 

 

また、

子どもの自殺率が高いままであることについての質疑ですか、それに対しても、「ご先祖が」云々したというので、もともと、私は、高市さんの答弁なんぞ、バカバカしくて、ほとんど無視しているもんだから、何の話を返しているんだろ?と、怪訝に思いつつも、記事を読むことは していなかったのだけれども、

きょうは、たまたま、とある精神科医の かたの動画解説を視聴してみて、まあ~、そんなアホなこと言ってたんかいな、と、心底、ゲンナリした。

その精神科医は、専門的知見などから憤っておられたのだけれど、

私はね、これこそ、高市さんの生来の軽薄短小度、ならびに、オカルト・カルト宗教的なものへのシンパシー度、なによりも、やはり、哲学的思考力やセンスが皆無であることを、つくづく、実感しました。

高市さん、あなたに、まともな答弁など、できようはずが ないですわ。

 

でね、

高市さんの、ズレまくった言い訳が、もう一つ。

それは、例の「働いて働いて働いて働いて」云々と、啖呵を切ったことの言い訳と全く同じパターンなのだが、

「私は こうですけど、皆さんは、そうでなくても結構ですよ」

と、

いくら、ものわかり良さげに言い繕っても、そのような誤魔化しは、簡単に ひっくり返ります。

要するに、

「自分は、こうだけど、アンタがたはダメ」と。

ジャイアン的発言なのですよ、本質は。トランプと同じ。

そこが分かってないのね、
高市さん自身も、その擁護に群がる「タコつぼ」応援団も。

 

いいですか?

「貴重な税金を使うくらいなら」

と、

そんな余計きわまるセリフを吐かなきゃいいんです。

 

誰かしら、どこかから、それこそ「イチャモン」を つけてくる向きは、権力のトップに立った以上、飛んでくるであろうことも覚悟しなきゃならない。

だが、まっとうな理のあることは、きちんと、論理的に述べるべきなんです。

私邸じゃなく、むしろ、公邸だからこそ、バリア フリーを実施することが、何の問題なのか?と。

こういうことに立ち向かうだけの理念も覚悟も ない。

 

ただ ひたすら、おのれがキモチよくなれるセリフだけ、躊躇なく、威勢よく吐く。

例の「台湾有事」ペラペラ発言のようにね。

ああいうことを まくしたてるのは大大大好物なんでしょうな。

 

それが、高市さんの言動の特徴だ。

その特徴は、まさに、「ばかウヨ」「あほウヨ」の それと同じです。

 

かくして、就任早々から、日本国民は、危うい立場になった。

怒りまくる中国、ほくそ笑むアメリカ、

そこへ差して、『イラン』。

ほんとうに、いらん戦争を おっぱじめられて、
たちまちにして、まさに「有事」とは、という重大局面に立たされることに なった。

 

高市さん、あなたの自己満的発言は、アッという間に、われわれ日本国民をリスクに さらしましたが、

それで、慌てて湧いて出た「ヤフごみ捨て場」のヤフゴミんたち。

じつに珍しいことに、「憲法9条」を盾にせよ!とのオンパレードだったw

ねっ、やっぱり、いざというときの「9条」「平和憲法」ですなww
そして、
やっぱり、米軍基地は、日本を守るよりも、かえってリスクになる、という指摘が当たっていたわけだ。

 

少なくとも、にわか首相である あなたなんかよりも、よっぽど、われわれ日本国民の盾を務めてくれている、「平和憲法」「9条」。80年来このかたの実績だ。

 

高市さんが首相に就任して早速の「台湾有事」発言のときに、私は、このブログで言ってあります。

「男性ばりの好戦的姿勢を ひけらかすような高市さんだが、しょせん、実際に戦うのは、特権階級や上級国民である あなたがたじゃないのだから、その軽率な発言で、『自衛隊』を含む国民たちを、無用の危険に直面させるようなことは、かたく慎んでもらいたい」と。

【続】せいかくが わるい にょにんの なやみとな(わら)

 

 

Updated   
2026.03.20 (Fri)

【このエントリーは、先日も触れたとおり、去年の12月に下書きしたまま放置していたものですが、状況・情況に、格段の変化も ないようだと見て、多少の加筆のうえアップしています】

 

やはり、高市さんという人は、どうも、口が軽いというのか どうなんだか、就いた責務に ふさわしい言動を熟慮するという作業が できない性分のようだ。

それだから、自国の国民に対しては、憲法違反の言動を躊躇いも せぬし、歴代が、近隣国に対して、どうにか こうにか、回避してきたトラブルを積極的に惹起してしまい、案の定、拗らせてしまっても いる。

首相どころか、一閣僚どころか、一国会議員としてすらも、非常に危うい。

まあ、そりゃ、もともとの性分を、議員になったから、閣僚になったから、首相になったからといって、急に変えられるはずもないわなあ。

 

いつだったかの過去エントリーで述べたことが あるが、

私が、まだ学生だった頃の ある日、テレビに映っていた故 大平首相を見ながら、

「大平さんって、ほんまに、あ~~うぅ~~ばっかりやなw」

と、いっしょに見ていた母親に言うと、母親は、

「あんたは そう言うけどな、大平さんって、ああ見えても、すごくアタマは いいんやで」

と、諫めるように返してきたのを憶えている。

 

 

大手紙の「世論調査」とやらに軒並み明らかというのだが、まあ、私は、そんな調査を、ほとんど信用しては いないのだけれど、

いまだに『自民党』支持が、ここへ来ては、高市支持が、故アベシに勝るとも劣らないキミョウな高さを示し続けているというのだが、高市支持の内訳も、アベシ同様で、はっきりしているのは『日本会議』系シンパやら()『統一教会』の信者らが中心を占めているのだろうし、それ以外で目立つのは、若い世代の支持が高い、ということが確かな事実なのであればだが、ほんとうに、しっかりしてちょうだいよ、若者たちよ、と思う。

 

日本の国民全体についても、この夏ごろのエントリーで指摘したとおりで、80年が経っていようと、大多数の本質面は相変わらずのようだ。

 

まあ、いいだろう。

近年、いよいよ、大きな災害が相次いでいるようすを鑑みると、より大きな災害が、あっちでも、こっちでも、再び三たびと繰り返されるたび、この国の体力は、ガクンガクンと削がれていって、早晩、最大級が おとずれること必定とも覚悟しなければ ならないらしい。

 

えてして、このような状況だからこそ、かえってムキになり、猛々しい世情や風潮に進みがちなのであろうが、

私が学校時分に読んだ、井上 靖氏の短編に出てくる一場面が、この頃は、やけに思い出される。

それは、若い頃の井上氏が、新聞記者として、『会津』の方面へ取材に赴いたときの描写だ。

 

連日に わたり、いまにも噴火しそうで、まだ噴火しないでいる「神の山」『磐梯山』に向かって、不安の あまり、苛立ちが嵩じている地元の子どもたちが一斉に呪文を唱えるように叫ぶシーン。

「ブンヌゲンダラブンヌゲロ!」

「ブンヌゲンダラブンヌゲロ!!」

と。

 

そして、ある日、ついに、「ブンヌゲタ」。

 

どの方向から見ても、これと言って、明るい材料が見い出しにくい、閉塞感ただよう数十年間で あり続けたし、それは それなりに、それこそ「身の丈」「分際」を わきまえて、できるだけ冷静に、穏やかに処していく行きかたも あるだろう。

 

何かと鼻に つくような隣国の振る舞いや態度が癇に障るからとて、いきり立っている余裕は、もはや、この国には、ない。

 

まあ、例の『台湾』についてもなぁ、

だったら、日本だけでも、堂々と、もともと そうであったように、
『中華民国』!
と呼び続けてあげたらエエがな、
なんで、呼んであげへんねん?と、私なんかは思ってたけどなw

『アメリカ』親分からの お達しに恐れ入って、すぐさま、へへ~っと従ったのよねwwこんな日本に、何を期待するのやらwww

 

さて、ところで、

例の、アベシ射殺事件の公判は、すでに、いちおう終えたということでは あるが、

法廷での受け答えをザッと読んでみたかぎりでは、やはり、世間にワンサカ起きている凶悪事件の下手人の誰と比べても、まったく、異なってるタイプという印象だった。

とりわけ、ほぼ唯一、心情を共有してきたであろう実妹の、涙ながらの証言は、この男の真摯な姿勢を取り戻させるに大きく寄与したと見受けたし、やはり、もともとは、情の濃い、まじめな性質なのだろうことが窺えた。

 

 

何年前だったかな、かのゲバラたちが率いる戦いに参加していた日系人を描いた映画を観に行ったのだが、たしか、『エルネスト』という題名の、この作品を観ようと予定していた日の朝、起床の直前に、なぜか、

「石ころのような人生」

というコトバが、ふっと浮かんだ。

その日の仕事帰り、映画館へ向かい、目的の作品を鑑賞しているうちに、主人公が、「石ころ」云々と呟く、印象的な場面が出てきたので、ちょっと驚いたのだが、

アベシ射殺事件の犯人が、学校時分の卒業アルバムだかに、将来の夢は「石ころ」としていたというので、くだんの映画のことを思い出したという しだい。

 

最近の『キューバ』は、トランプの苛めによって、いよいよ、大変な国家的窮地に陥っているらしいが、かのゲバラやカストロたちが存命だったら、どのように憤ったであろうか、嘆いたことであろうかと思う。

 

 

はてさて、

ご亭主のほうは、大なり小なり自覚アリ、承知のうえでの所業だったろうけれど、

アキれるのは、そのヨメの昭恵さん。

男たちの悪だくみ
を、すぐ横で見てきておりながら、止めも諫めも せずに。

 

「私人」のはずが、あつかましくも、秘書を何人もの雇ってもらい、
「ご利用ご利用!」と、亭主と歩調を一にして、さんざん、チョーシの いいことだったが、

ほんとうに、自分自身を振り返って直視するということが できないのか、ひらきなおりなのか。

被害者遺族と言うけれど、同情できないわ。

なぜなら、

考えてもみなさいよ、

あの犯人は、25歳ごろだったか、実兄が自死する10年ほども前に、先に自分のほうが自殺を図っていたということだけれど、

そのときに、実際、死んでしまっていたなら、
ほんとうに、人知れずの、闇から闇へ葬られ、何事も なかったかのように隠蔽され、忘れられ、むなしい、むなしい死に終わっていたことだろう。

 

 

私はね、ギャンブル事業の儲けを元手にしている お仲間の組織団体と同じく、昭恵さんのような人が、ボランティアだ、慈善事業だと忙しく走り回っていても、まったく、善というものを感じません。
感じられるのは、動機の不純さ、あるいは、浅はかな自己満足欲です。

 

 

もっとも、

あの事件のとき、ほんとうに無関係の人を巻き添えにしてしまう可能性が なかったとは言えまいだろうから、それだけは、どう考えても、許容できない最大の問題点では ある。

 

もし、そうなっていたら、それこそ、目も当てられない最悪の事態だが、

それにしても、
陰謀論を唱える手合いも いるだけに、「フシギ」と言えばフシギな顛末では あった。

 

あの事件が起きなければ、いまでも存命ならば、アベシは、相変わらず、邪まな権力を駆使していたに違いないのだ。

そのことは、犯人自身も、「怒りというよりも、諦めに近かった」という旨を述べたことに、同様の思いが窺える。

なぜなら、底辺庶民国民を痛めつけてきたのは、まぎれもなく、圧倒的な国家権力者のほうだったのだから。

 

【続く】

 

 

Updated   
2026.03.20 (Fri)

【ほんとに最終w】働け!働け!働け!_| ̄|○の続き。

 

過去エントリーで、これも一度ならず、カルト宗教に のめり込んでしまった幼なじみの親子との経緯を述べてあるけれど、

『オウム真理教』を めぐる小考察

やっぱり、おとうさんが、若くして病死されたことが切っ掛けで勧誘されたみたいだったが、小学生のとき、幼なじみの自宅に出向いて、お葬式に参加したことも憶えている。

 

彼女は、典型的な優等生で、しかも、優しくて素直な気立ての良い子で、

優しく素直だからこそ、砂地が水を吸い込む如くに受容度が高かったのかなとも思うけれど、

私だって私だって!優しくて素直この上ない気質だったのは、けっして、ウヌボレでは なく、周囲からの評価だったはずなのに(本当ですっ!!)

あの幼なじみと私は、どこで、別の世界、別の価値観へとスッパリ別れていったのか、たまに思い出すと、考えずに いられなかったのだが、

決定的な違いが あったとすれば。

私は、言ってしまえば「異様なもの」に対する違和感や嫌悪感、拒絶感が、子どもの頃からハッキリしていた、その自覚は あったのだと思う。

 

なので、

彼女が、どんなに優しく、私を誘い込もうとしても、

私としては、あの、「先生」と呼ばれていた、子どもの眼にも、まだ若いと見えた女性が、おもむろに登場してきて、ビロード張りの、立派な椅子に腰掛け、そのまま、おおぜい集まった「信者」衆のほうに向けて、いかにも何かを操るような奇妙な手つきで招く しぐさを してみせた、その途端、うしろから、私を突き飛ばすように這い出てきた男性が、壇上から見下ろしている「先生」の前に進み出て、さも、ふしぎな魔法に かけられた!という感じで、ひっくり返ったり飛び上がったりしながら踊り狂う姿の、その異様さに、ほぼ反射的嫌悪感を覚え、唖然としながら、思わず、私の横に座っている幼なじみのほうを見たのである。

 

すると、彼女は、うやうやしく合掌しつつ、眼前の異様な光景をウットリと眺めている。

私は子ども心に、いよいよ慄然とした。

あの違和感と嫌悪感は、いまだに ありありと思い出せる。

そこが、幼なじみと私との、決定的な違いだったなと思う。

 

私の生い立ちや家庭環境が、世間なみに穏やかでは なかった、それどころか、酒乱の父親と、気性が激しい母親を中心に、腹違いの姉や兄という複雑な家族関係のなか、怒声や暴力が頻々と飛び交うような、そんな不穏な環境だったことを承知の読者も いらっしゃるだろう。

ひるがえって、幼なじみの家庭は、たぶん、紳士的な、まじめで穏やかな人柄だったであろう おとうさんと、優しい おかあさん、かわいらしい妹、そして、おじいちゃんとの5人で、平和に暮らしていたと思う。

それだけに、残された家族は、おとうさんが亡くなられたショックに打ちのめされたのだと思う。

 

つまりは、私のように、おとなの生臭い事情に振り回されて、怪奇なほど複雑な人間関係のなかで育ってはいないわけ。
少なくとも、彼女の おとうさんが亡くなるまでは。

 

そんなわけで、

例のアベシ射殺事件の犯人が述べていた、彼の母親像とも重なって感じられてくるのである。

 

ある日、大きな衝撃を経験するまでは、私が幼くして味わってきた「修羅場」のようなものを、まったく知らないで生きてこれたのだろうな、と。

要するに、そういう「免疫」が なかったのだろう、と。

 

 

ま しかし、

大多数の人間が、あらまほしきと切望するはずのことや価値観に対し、この自然界の摂理とか「仕組み」とか、宇宙の方向性などといったものとは、まったく逆なのであるらしい、冷酷な現実。

それを見せつけられても直視できない、往生際の悪い、潔くない、執着心がトコトンしつこい人間どもw

 

「前世」だ「来世」だ「魂」だ等々と、聞きかじりを、見てきたように演説してみせる連中なんざ、ソクラテスじゃないけれど、ちょっと質問を重ねて追及してやれば、あっけなく、何も言えなくなること明白なんだけどねww

 

 

そりゃ、私自身が、何を隠そう、いわゆる「超常現象」とかオカルト的経験や体験を してこなかったわけじゃないのよw

じつは、むしろ、けっこう、いろいろ ありましたわ。

 

それでもね、敢えて言おう。

「祈る」べきことが あるとしたら、

それは、

二度と発生することなかれ!だ。

この醜悪な宇宙が、だ。

 

 

かくして、

「1本の弱々しい葦」である私は、いまや、「宇宙の」、正確には、その「みなもと」を叱るヒトになりましたww

 

でね、

結局、重度の障碍であるという、公共の、言わば「オスミツキ」が ある人のケースと、そこから弾かれてしまっている人のケースとは、
一言で言ってしまえば、

苦労や苦悩の なかみが異なる

ってことなんです。

このことを、同じ「障碍者」という括りにして語ってしまうとね、そこには、実際や現実を無視したキレイごとや欺瞞などなど、もっと始末の悪いことが多々起きてくる、ってこと。

 

しかも、

それが、「同じ障碍者」によって引き起こされるのですよ、ってこと。

 

もう一度、言っておきます。

私は、「感動され」たり「感謝され」たりするどころか、

おまえのように、人並みでない障害者ごときでも、雇ってやっているんだから、「健常者」たちに迷惑を かけているのだから、謝りなさい感謝しなさい、と、決めつけられてきた。

だいたいねえ、うちの愚母の言うように、
「人が できることを、自分は できないということを悔しいと思わないのか!」
と責められたって、
障碍を負わせてる実の子に、それを言うか、ってもんだわ。

 

私の おかげで、実際には助かっていたはずの「(エセ)健常者」連中からこそは、お門違いの文句を言われ続け、謝罪と感謝を要求されてきた。

 

たとえ、「障害手帳」の おかげ、「障害者枠」の おかげで、大企業に入社できても、しょせんは非正規あつかい、不当に低い給与、ボーナスなし、ふだんの生活からして余裕なく、そのうえ、実家の親の入・退院のたびに早退やら欠勤やら、自分の懐から持ち出しになることも ままあり、とてもじゃないが、貯金どころじゃなかったけど、曲がりなりにも雇用されているあいだは、各種納税も してましたよ。

 

 

あーあ、だるいダルい。

 

政治や社会の情況・状況なども併せて、もう、ほんとうに、つくづくと厭になってくる。

 

年々、あらゆる面で、理不尽さと生きづらさが増大していきそうな、この国。

この国だけでも ないか。

下品でワガママむき出しのガキっぽい要求が世界じゅう飛び交ってる。

 

 

こうして、ブログに書き募ってみても、むなしいこと虚しいこと。

あほらしやの鐘が鳴ります、ちーんた~らり~ん。

 

【おしまい】