2026.03.06 (Fri)
とうとう、おっぱじめました。ちゃぶ台ひっくり返しの如く。
あれほど、寄こせ寄こせと、意地汚いくらいに欲しがっていた『ノーベル平和賞』も、やけのやんぱちですかな、今度は「戦争屋」に鞍替えかいな。
ますます、物価高になるんかよ。困るよお。。。![]()
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それにしても、
他国の それとは違って、なにしろ、まったく主権が及ばない米軍基地が多々存在するという点で、日本も、否応なく巻き込まれる恐れが高まり、他人事でなくなった。
『9・11』再び、そんなことにならなければ よいが。
日本では、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』の後始末は大変。
国民が「育てようとしなかった」野党には、荷が重すぎるようだから。
『アメリカ』は、誰が、トランプの後始末を引き受けられるのだろうか。
そして、近頃のアメリカと、その大統領の、「先祖返り」 さながらの所業を見ていると、つくづく思う。
今に始まったことでは ない。昔から そうだったのだ。
自国を、その国の民衆が、でごんしょう、でごんしょう、アイゴーアイゴーと、苦しみに喘ぎながらも、どうすることも できないままでいると、ついには、自国よりも力のある国が乗り込んでくる。
それまでは、民衆の頭上に君臨し、圧政を押し付けた特権階級は、あっさりと、自国の叩き売りと身売りを始める。
日本の周辺の国々も、やがては、日本国自身も、そうなった。
そうして、新しい権力者と、その体制を大歓迎して、喜びに浮かれるのだ。
とにかく、何かが変わったのだ、これからは、新しい何かが始まるのだ、ばんざい、ばんざい。
昔から、いわゆる「発展途上国」などであれば、独裁政権がセットになっていることが多々、そのなかでは、まさに「倫理も良識も」あったもんじゃない状態でも、遠い他国の者から見れば、まあ、国家全体が立ち遅れているのだから、そういう国では、国民の知的レベルも、、、しかたないわな、で、遠巻きに見ているくらいが せいぜいなのだが、
トランプ氏にしても、高市さんにしても、また、うちの親も そうだったけど、
ああいう人たちはね、「勝ち負け」思考、たとえ見せかけだけでも勝ってナンボ、負けてしまったら、おとなしくして、相手に服従する、それで悔しければ、いつかは自分だって、、、と野心を燃やす、そういう性分なんです。
勝つか負けるか、それしかない世界のなかで生きているのだから、そこに、やれ公正だの良心だの、ましてや、「虐げられし者」に寄り添う、などといった考えや感覚などは持ち合わせない。
よっぽど余裕が あるときなら、少しは、そんなところを垣間見せたりするかもしれないにせよ、それも一時(いっとき)のこと。
ひとたび、vs.自分、となって、勝つか負けるかの局面になったら、自分の子でも躊躇なく蹴倒すよ。うちの親って、そうだったわ。
うちの親らの場合は、たしかに、生育環境のなかで大きな傷を負ってきている面は あったから、被害者意識を肥大させてしまったのも理解できないでは ないけれど、
トランプ氏とか、高市さんらの場合は どうだろうね。
かなり恵まれてたか、少なくとも、大きな問題を抱えている生育環境では なかったように思えるんだけども、ただ、外部の者が表面的に見ただけでは、はっきりと分からないような、根本的なところで、不安定さのなかに生育したのかもしれないし、
トランプ氏の場合は、特に、彼の父親のほうも、かなり偏っていて、何らかの問題が あったようにも思えるし、べつに そんなことは ないとしたら、やっぱり、ちょっとしたことや、傍からは怪訝にしか思えないようなことでも、異様に「被害者意識」を昂らせてしまう性分なのかも しれない。
だからこそ、あたかも「復讐心」のようなものを、世のなか全体に向けてしまう。まったく、お門違いの「復讐心」だが。
本人ばかりは自覚してないとしてもね。
ま、病的に突出した「自己愛」かな。その分、他者に容赦なくなる。裏切りに敏感。
容赦の条件は、あくまでも、自分を守備する利害関係。これも、カン違いしているだろう、ほんとうは「情が あるから」なのだと。
つよい利害意識のカタマリだからということに自他共に、気づいていないことが多いだろう。
ただし、トランプ氏は、どうやら、彼のテレビ番組の延長を やってるように見受けられる ふしも ある。
で、まぁ、こういう手合いは、「力で ねじふせる」という行為の ありさまが、それは それは、大好きなんですよw原始人なみだからねww
やれやれ、人類の精神向上を目指した先達、祖先の苦労も台無しだ。
もちろん、自分自身が、ねじふせる側でありたいわけだが、ねじふせられる側を余儀なくされる立場になった場合には、素早く保身計算、一も二もなく、長い物には巻かれよを即座に実行し、媚び、へつらい、マゾヒズムを疑うほど徹底的に、平伏し、服従する。
好きなんだわね、そういうのが。
これも、「美しい行為」「誠実・忠実」の発露くらいに、カン違いしているだろう。だから、「愛国心」も大好きだ(嗤)
ただ、エセであるという自覚は、やはり、ないのだろう。
「愛」の対象であるはずのものを、逆に、追い詰め、どんどん陥れてしまうから、それは、しょせんエセだということが知れる。
つまり、
抽象的でありつつも、現実に顕現する「力」というものは、それ自体が、彼らにとって、祭壇に奉る「神」の姿そのものなんでしょうw
なので、ねじふせる側、ねじふせられる側、それが自分自身なのか、他の者なのかは、もはや、どうでもイイわけよ。
「力」そのものを崇拝したいだけなので、その力を発揮するのは誰なのか?ということすら、究極に おいては二の次、とにかく、「力」なるものを見せつける、あるいは見せつけられることにウットリ陶酔するんですな(嗤)
当然、抗議する者、抵抗する者は、せっかくの陶酔の極致を邪魔する者に ほかならず、ましてや、それらが「無力」な者であれば、この下もない滑稽な存在、侮蔑の対象なんですな。
だから、口を極めて罵るし、あからさまに見下すでしょ、トランプ氏も高市さんも。
まあ、世のなか、「勝つか負けるか、それが問題だ!」という感覚の者は一定数いるもんで、というか、一般の有権者大衆ですら そうでしょ、とにかく「勝ち馬に乗りたい」という、あさはかな動機しか持たない。
以前から言ってきたように、アホは圧倒的に大多数、カシコは少数、そこへ、単にカシコというのでは なく、「悪」が付くカシコ、要するに「狡猾」ってやつね、この手合いも、かなり少数では あるけれど、これも必ずや生まれてきて、そして、とりたてて、それ相応の理由や原因になるようなこととは無関係に、とにかく被害者意識を むやみと昂らせ、同時進行で復讐心めいたものを自ら育てるから、やがては、人の頭の上に攀じ登りたがり、世のなかを牛耳りたがるようになる。つまり、支配欲。
うちの母親みたいな、せいぜい「コップのなかの破壊神」レベルならば、被害者は、子どもだけで済むけど、これだって、社会的損失を招いているに違いない。少なくとも、損失を被った子どもにとっては、大迷惑だ。
スケールが大きくなるほどに、世のなか全体を引っ搔き回して、破壊するような者になるのだから、ほんとうに困るわよね。
でね。
今回の国会の質疑で、『日本共産党』の委員長である田村氏が、今般は『イラン』を奇襲攻撃した『アメリカ』大統領であるトランプ氏に対して諫めるべきだといったことなども含めて、いろいろと追及を鋭くしておられたが、もちろん、ことごとくが真っ当で、ごもっともなバリバリ正論なんですよ。
でも、高市さんらは、見るからに不真面目な態度と答弁だったよね。
高市さんらの腹のなかは、こうですよ。
「ふん、だったら、選挙で勝ってみなさいよ。それも、わたしみたいに、大圧勝するくらいに。できやしないでしょ。あんたがたは負けたの、これからも、負け続けるの。逆立ちしたって勝てやしないわよ。ハイ、おわり!」
ま、こんなとこでしょうよw
【続く】