2025.08.08 (Fri)
近年は、
「バブル世代がぁ~」とか、
「『日教組』に支配された左翼の教育でぇ~」とか、
ちょっと目を通したら、すぐに、
「あ、またコヤツら、世代が違うせいか、実際には、まったく知りもせずに、勝手な想像だけで決めつけてるな」
と思わせられるような無知蒙昧を喚くバカ造が著しく増えていると窺えるので、
「いったい、どこの誰から吹き込まれて、実態とは乖離した思い込みを、おのが脳みそに棲みつかせているのやら」
と、あらためて呆れてしまうことも多い。
なので、これで何度目になるのか、また言っておく。
まず、『日教組』と言えば、故アベシの、国会内での下品なヤジで、首相のヤジなど前代未聞だというので、時の議長だったかが慌てて制止していたことを思い出してしまうのだけど、
私が義務教育を施されていた時代は、まさに、「ヤフゴミん」あたりが常に罵倒しているような、「左の教育」花盛り!だったはずなんだわね。
ところがサ、
実態は、先日のエントリーでも指摘したように、中国など、アジアの各国へガンガン侵略していったことを、なぜか、ことごとく「進出」などという、さも人畜無害っぽいコトバに替えており、いかにもアッサリさらりと説明していたので、何の思想にカブレても いないし、批判精神など知りも しないし、勿論、戦争から遠く隔たった時代に生育した子どもの私でも、
「ヘンなの。。。
」
と思わせられたということを回想して述べておいた。
教科書のことだけでは なかった。
当時でも、何かしらの校内行事が あれば、まずは、国旗掲揚、するすると揚がっていく『日の丸』を、じっと見上げていなくては ならなかった。いまでも同じように やってるのか どうか、子どもを通して知る機会が なかった私個人は、実際のところを知らないが。
そして、あの頃、「国歌」の位置付けには まだ、なっていなかったはずの『君が代』を歌わせられる場合も少なくなかった。
ちなみに、
小学校の低学年時分、『君が代』を初めて習ったとき、歌詞は意味不明だし、間延びしたような曲調で、なんとも陰気くさい感じが して、子どもには歌いにくいしで、
「ヘンな歌、、、
」
と、困惑しながら思ったことを憶えているw
もっとも、おとなになってからは、オーケストラで交響曲の形式にして聴くぶんには、間延び感もカバーでき、うまいこと荘重さが醸し出されてきて、なかなか、悪くないと思うようになったけど。
でも、やっぱり、歌として歌いやすいものでは ないなと、いまでも思う。
単純に、自分では歌いたくないし、プロの歌い手によるものでさえ、あまり聴きたくは ないなあ、辛気くさいし、という感じだ。
で、
修学旅行もね、小学校では『伊勢神宮』へ、中学校では『皇居前広場』にも行きましたわよ。
いったい、これの どこが「左翼教育」やねん?ww
ただ、最後の「団塊の世代」に当たる兄なんかは、大学生時代、当時の『社会党』支持を明言していたり、『皇族』についても大いに批判的で、
「税金で良いもん食って贅沢しとる連中!」
などと罵倒していたものだったが、
まあ、たしかに、兄が教師になった あかつきには、思うさま、「左派」的な教育をば、おのれの生徒たちに施していたのかもしれないけど(苦笑)
少なくとも、兄たちの世代よりも もっと あとの世代である私らが受けさせられた教育に、「左派」的なるものは全くと言って過言でないほど、見当たるところは なかったし、そんなものなのかと、べつだんの疑問も持たずにいた あの頃を振り返ってみれば、むしろ、バリバリ「右派」寄りの影響下に あったのだなと、今さらにして思う。各市町村自治体にも よるのかも しれないが、私の学校時分から成人に至るまで、どちらかと言えば「左派」寄りの市長だったらしいし、それでも、これが実態だったのですよ。
また、いわゆる「バブル」時代についても、私自身、リアルタイムで経験した世代だけれども、あの時代ですら、ウハウハ笑いたくなるような気分の良い思いを味わえたのは、皆が皆では ないよ!っての。何度も言ってるけど。
ところで、
いつぞやにも述べたように、
もとは、非常に富裕な実親の屋敷を生家として出生しておりながら、何の因果なのか、親父一人だけ、母方の実家筋へ、乳飲み子の年齢で養子に出されており、やがて勃発した開戦後、親父の生家の実兄たちは、若くして戦死。
本来なら、三男坊の親父に、実家の跡取りとして順番が回ってきても当然だったはずが、貧乏な養家では、たった一人の跡取り息子として育てられていたので、大阪市内の実家は、親父の弟が継いだ。
戦時中こそ、若くしてエリートの身分を誇っていたとは言え、戦後の親父は、だいぶ以前の過去エントリーでも述べたように、敗戦処理に携わっている最中、例の「掛け算」事件でw進駐軍の米兵と大喧嘩したりで、そこには いられなくなったという大番狂わせ。
一時は、地元の議員に選出されたことも あったらしいのだが、その後は結局、本来の実家が ある出生地で新規まき直しをと、千葉の片田舎の養家のものは、墓以外は全て、かなぐり捨てるようにして、大阪へ出た。
そして、姉の夫が経営していた会計事務所に入れてもらい、それまでは縁のなかったソロバンの扱いを覚えることから始まり、30歳にもなろうかという男が、小学生に混じって、そろばん塾に通ったそうな。
まあ、ある意味、もとの生家を思えば、とんだ貧乏くじを引かされたような立場だったとも言えるわけだが、
親父の実父(私から見て実祖父)という人は、技術官僚時代を経たのち、若くして海運会社を興していたものの、すでに病没しており、かつては、「御殿」と囃された屋敷も傾いていた。
そんな事情だったから、資産や財産などというものは、たった一坪の土地の そのまた部分すら所有しておらない。
なので、
このことも、いつぞやの過去エントリーで回想したように、
『大阪』の内とは言えど、片隅も片隅、言ってしまえば、「しがない」、ごく平凡な小規模農家でしかなかったものが、たまたま、先祖から受け継いで、ほそぼそと耕してきた田地田畑が、降って湧いたような土地・不動産ブームによって、まさに「成り金」農家が続出、それまでは、泥土に まみれていた農婦も、金ぴかアクセサリーを、じゃらじゃら纏い、鼻高々で歩いているようすを見かけた母が、「ダサい成金趣味まる出しで」と嘲笑していたという現象は、私の周囲でも実際に起きていたわけだ。
あとは、
たとえば、株式投資が、一般の人々の あいだでも、ブームになり始めていたのか、『NTT』株を買えたの買えなかったのと、職場の人の話題を、耳にしたことも憶えている。これも回想して述べたように、うちの親父なんかは、自分自身が、人さまの会社の経営を指導する職業でありながら、とある新興企業の株にチョイと手を出して、サッと引っ込めたという体たらくだったし、儲けどころか、少額で済んだものの、失敗したと言って、しょげていたものだ。
ところで、こういう記事が あった。
私は、すでに知っていた話なので、本文までジックリ読むのは、気が進まなかったのだが、
『戦後3日で、占領軍向けに設置された慰安所』
という『ヤフーニュース』の記事。これに対して、例によって「ヤフゴミ捨て場」では、
「自虐史観だー!」だの「当時は合法!」だの「日本だけじゃない!」などと、ヘリクツや知ったかの類、意味不明な言い訳めいた見苦しいコメントがワンサカあふれとるだろうなあと、それがウンザリゆえ、ふつうに読むのも、気が重くなってしまいがちなんだけれど、一つだけ、指摘しておく。
当時は合法だったという、ほぼ定番の言い訳についてだ。
「慰安婦」の人たちの事情も、いろいろだったわけで、初期のうちは、公的に募集を かけたりも して、主には、いわゆる「風俗」業界の、あるいは、家計の事情を背負った成人女性が構成していたにしても、あれよあれよと言う間に、もっともっと大ぜい必要だということになっていって、仕事の内容を騙されて、という人たちだけでなく、まだ子どもの年齢の少女たちも、無理やり連れ去られていったのね。
少なくとも、未成年の少女をば、「慰安婦」にすることが、『国際法』に違反してなかったか?と問わば、そりゃ、、、
もろに違反しとるに決まっとるわ!ばかたれが!!
で、
当該の記事に対するコメントで、ある投稿者が、概ね、このように述べているのを見かけた。
「当時の日本政府が引き揚げ者を嫌がったのは事実。引き揚げてきた人たちに自治体も冷たかったのも事実。自ら望んで占領地へ出向いた人たちは除き、やむなく行った人、その地で産まれた人たちには過酷な仕打ち。帰ってきたら住む場所や仕事もなく、周囲からも冷たくされる。シベリア抑留されて命からがら帰国した人たちは共産主義のスパイ扱いを受けた人も多くいた。結局のところ人間は自分や自分の近親者さえ良ければ良く、同じ国の人間であってもいざとなったら何かしら理由をつけて突き放す」
…うん、
私もね、広島や長崎の被爆者たちが、当時、陰に陽に差別を受けたのだという話を聞くたびに、差別した側の人たちだって、そもそも近所のとか隣町のとか同郷人といった身近な存在だったのであれば、要するに、立場を同じくしていた人どうしであるはずなのに、なぜ、そこに差別したりされたりといった構造が出来あがるのだろうかと、はなはだ怪訝に思っていた。
まあ、たとえば、白人種が、黄色人種を侮蔑したり、差別するのは、しごく単純に、
「だって、自分たちは、なんてったって白人だけど、アンタらは黄色なんだから!!」
っていう、ただ それだけ、みたいだけどさ(嗤)
ところが、
少なからぬ日本人ってのは、立場が弱い人、いわゆるマイノリティとか、社会的弱者とか障碍者などに対して、堂々と虐めるにせよ、あくまで口先では、もっともらしい理由を述べたてて、だから、いじめられても当然なのだ、いじめられるほうが悪いのだ、という、まずは、前以っての体裁らしきものをば つくっておこうとする姑息かつ小狡い傾向が ある(嗤(嗤)
こういうことを、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』と、このなかの「右」系が、特に熱心に、やってきてるわな。とりわけ、安倍政権時代は、トドメを刺すかの如き仕上げぶりだった。
よりによって為政者が、よりによって自国民に対して やっちゃうって、言語道断の所業だよ。
だから、私は、『自民党』歴代政権のなかでも、安倍政権の罪深さ、断じて許すまじと思っているのである。
この怒りは、石破政権に対しても続いている。
しょせん、『自民党』は、弱い者いじめが大好きだ。
だが、
ま、そもそも、おおかたの日本人ってものが、本音では、しょせん、弱い者いじめが、単純に大好きなだけなんだろうと思ってるけどね、障碍を抱えて生きてきた私の見るところではw
【続く】
2025.07.28 (Mon)
『宇宙が終わるまで、踊ってろグルグルw』の続き。
男って、ほんとうにダメなんだなあと、つくづく思うことが増えましたわ。
まあ、うちは、見本である親父を通して、わかってたけどな(苦笑)
男性はね、劣等意識、とりわけ、経済力や支配力に劣等感を持ち始めると、まずは、性犯罪に走るし、この規模が大きく、深刻になってくると、いよいよ、ドンパチを始めたがるのさ。
かと言って、
うんまいこと やれたとなったら、今度は、チョーシに乗りたか ほうだいで、高転びに転ぶ。
もちろん、迷惑千万にも、周囲をガッチリ巻き込むさ。ああ、迷惑千万。![]()
「駒」になる者は、どんどん利用するし、弱い存在は、どんどん踏みつけて犠牲にする。
性犯罪と戦争はセットで、何度も言ってきたように、男どものサガ。
もちろん、女性こそが、みなもとたる基本の存在だから、男性の全ては、そもそも女性から発しているものには違いない。
『キリスト教』の お説とは、真逆もイイとこです。
だから、あのテの宗教の信者は、科学を忌み嫌ったりするわねw
けれど、女性とて、争いごとを起こし、往々にして、残酷な仕打ちも行うにせよ、その大概は、女性ながらも男のような猛々しい性質と思考回路とを持つタイプだったりするし、
それにしたところで、男性並みに大規模なレベルへは なっていきにくいだろう。
戦争は、以前にも述べたように、こんにちでは「文明の利器」と呼べるものも多々、生じさせてきた。
男性という存在は、ずばり、女性の「不良品」「出来損ない」「異常発生」なのだと言っても過言でなかろうからw良くも悪くも、偏りと極端性を持っている。良くも悪くもね。
そんな男性たちが もたらしてきた「文明の利器」の数々であるにも せよ、ほんとうに、われわれが生きるうえで欠かせないと断定できるほどのものが、どんだけ あるのか?
と問わば、
じつのところ、かなーり、あやしいのでは なかろうか。
ハッキリ言って、余計なもののほうが多いのでは なかろうかw
少なくとも、どんなに良さげなものでも、悪い面、不要な面も、抱き合わせ販売みたく、くっついてくるww
まあ、弊害、公害と呼ばざるを得なくなるほどの物事を蔓延させずに いられなかったとすれば、それは、この世界が、それだけ生きづらいからでも ある。
あらゆる宗教も、科学が未発達な時代には、人間の思考力では納得しかねる理不尽や不条理に、もっともらしいリクツを被せて、受け入れやすい神話の類、物語に仕立て上げ、生きづらさを慰めたり、誤魔化したりするためのものでも あった。
ところが、その生きづらさを、もっと増大させ、わざわざ加速させているのが、「異常発生した不良品」たる男どもと、それを産み落とし続けた、ばかな女どもです(苦笑)
で、今後は、男女の性別を気にする必要も なくなっていくであろうと、日本が誇る『ノーベル賞』受賞者の予言である。
まずは『天皇・皇室』にとっても、期待たかまる科学技術では ありませんかねw
やんごとある事態に直面しておりながらも、ミエ張って、余裕あるところをガンバって示し、「自然の、コウノトリの ご機嫌に」なーんて、必死でカッコつける必要も なくなるわけです。
すでに、現『天皇』家の一人娘でいらっしゃる御令嬢、次期『天皇』と予定されている『宮』家のほうの、末子である御子息も、ともに、科学技術の力を借りての御誕生でしょ?w
そう言えば、またぞろ、どこぞの週刊誌だか月刊誌だかが、くっだらねえ記事を出していたようだが、例のごとく、私は、見出ししか見てまへんwwけどね、
見出しからして、「上皇さまの願いを」ウンタラ踏み躙りカンタラみたいなデッチアゲは、さすがに酷いと思いますぞ。
「愛子さまを天皇に」望むって、そんなことを、前の『天皇』さんが、いつ、どこで のたまいましたかね?むしろ、真逆の お考えのはずだと思うけどね。
『上皇』位という位を新たに設けさせておいて、「譲位」というのか、生前の引退を可能にされたのも、『浩宮』さん、すなわち、いまの『天皇』さんに対する言外の圧なのかなと、私は察してましたけどなw
『秋篠宮』さんも、トシとってしまってから、私は できません!と、おっしゃってたもんねww
それにしても、
なにやら、島田某氏とかいう、宗教や葬式の研究家さんが、頻りに主張しておられるらしい、愛子さまが『天皇』になればと、そこで、いったい何が「救われる」と言うのやら、さっぱり意味不明だがwwwまあ、見出ししか読んでないからなのかもだが、さりとて、辛気くさそうなのを堪えて、本文を拝読してみたところで、やっぱり、意味不明なままだろうな、時間のムダは避けたいものだと判断しておいたwwww
そもそも、愛子さんは、あえて『天皇』になりたいでしょうかね?求められたならば、引き受けても、と、お考えなのですかね??
「愛子さま天皇!」を主張する連中ってのは、ほんと、人権蹂躙して平気の平左の無自覚、無神経きわまる連中だわな(呆)
ま、最後に、『ガザ』の話に戻るけど、
私も、あのへんの画像や動画を見かけるたびに、おとなも子どもも、それほど痩せているようには見えなかったり、男の人たちは、思いきり力仕事を行なっていたりするところを見るにつけ、食糧事情が酷く追い詰められているというのは、どこまで事実なのだろうか?と、チラッと思えたりもしていた。
しかし、よくよく聞くと、だいたい3分の1ほどの人たちが、飢餓に直面しているというので、では、それ以外の、3分の2ほどの人たちは、まあまあ、それなりに食事できていると、そういうこと?だったら、同じ『ガザ』の住民どうしの あいだで、何が、差を齎していて、この極端な状況に陥っているのだろうかと、そのへんまで、しっかり取材してもらいたいと思う。
要するに、
喫緊の対象なのは、3分の1の人たちであるわけで、そこへ向けて集中させないとならないのでしょ?
それと、『ガザ』では、相変わらず、子どもを産み産まれ続けていることへの怪訝さを述べている「ヤフゴミん」のコメントも見かけたけど、
それはね、彼らには彼らの理由や大義名分が あるのでしょうよ。
日本だって、かつては「産めよ増やせよ」と、盛んに唱えていた。戦争の「駒」にするためにね。
で、
昨今は、とうとう、「女性にも徴兵制を!」と、
遠慮会釈なく主張し始めた、どあつかましい男ども。
女性側もね、いつまでも、男どもの身勝手な要求に従うのは やめなさいよと思う。
ただでさえ、軍隊内の性犯罪も防げてないようなのに。
軍隊内で襲われ、戦地や前線で襲われ、どこまでも襲われる対象のままな女たち。
昔は、出産は命がけだった。
母乳も、女性にしか出せなかった。
現代でさえ、出産や育児って、多かれ少なかれのリスクと苦痛を伴う。
それを、豪も産めや しない、乳も出せない男どもがね、ずうずうしいったらありゃしないよ。
おのれらのシュミの延長に過ぎない戦争に、女たちまでも駆り出せとは(怒)
あーたがたの言う、「国」って、なんなの?
「愛国心」って、なに?
そんなに結構な、良いものですか?
しょせんは人工物の最たるものでしかない、国だの国家だの。
せめて、ドンパチ争わずに維持できないのか?
誰も彼もが、子どもの立場や人生を利用する。
親という者は、まことに罪深い。
苦しむであろうことを承知で産み落とし、
あまつさえ、恩に着せるのだもの。
【続く】
2025.07.27 (Sun)
暑すぎて、クーラーを止める隙もない。。。![]()
![]()
電気代が恐い。。。![]()
熱中症も怖い。。。![]()
どうすりゃいいんだ。![]()
ところで、
中学時代に、全校規模だったか学年ごとだったか忘れたけれど、「水泳大会」という、わりと大きな行事が ありました。
あの当時の暑さも、そうとうのキツさでは あったものの、昨今ほどの高温にまでは達することが なかったはずで、かれこれ半世紀ほども前の中学時代です。
私ら女子生徒は、紺一色の、いわゆる「スク水」で、あの頃は、これも昨今ほどの教師らの不祥事が花盛りというテイには陥っていなかった時代なので、まあ、安心して、プールサイドの へりに並び、体育座りして、クラス対抗リレーを眺めたり、男子らが、飛び込み台の上に立ち、勢いよく片手を上げて挨拶すると同時に、もう片方の手でもって、腋毛を隠す しぐさを するもんだから、その おどけた姿を眺めて、ぷっとフき出したり、ケラケラ笑ったのを思い出す。
しかし、だんだんと、私には、言いようのない焦りが生じてきた。
と言うのも、私は、初対面の人からは、ほぼ例外なく驚かれたくらいに、生まれつき、肌が白い。
なので、
小学校の夏休みで、東京の叔母宅に滞在しているあいだ、叔母は、当時の『赤坂プリンスホテル』の、あの有名だった大プールなどへ、おりおり、連れて行ってくれて、傍らのステージから、さわやかな『ハワイアン』の曲が流れてきたりする巨大なプールで、外国人たちに混じって、一頻り泳いだ後は、そこから、やや奥まった位置にある芝生のスペースに移り、バスタオルを敷いて落ち着いたら、サングラスを かけた私を寝そべらせ、
「新学期が始まったら、あんたの友だち皆ビックリするくらい、こんがりイイ色に焼いてあげるわよ~
」
と、水着から出ている肌の全体くまなくサンタンオイルを、叔母は丁寧に塗りあげてくれたものだが、
『替え歌の想ひ出』
(↑旧ブログからの抜粋を含んだ過去エントリーで、当ブログを開始して、まだ初期の頃のものなので、だいぶ欠損が生じており、読みにくくなってしまってる
)
むろんのこと、それから数年後の、中学生となっていた校内の水泳大会なのだから、サングラスやサンタンオイルなどと、しゃれたものは、一切、ない。
やがて、直射日光に晒されている素肌が、じりじりと焼かれている感覚を越えて、痛みを感じるほどになってきた。
それでも、じっとガマンし、行事が終わって、解散が許されてから、いつもどおりの制服に着替えて、友人とともに、乗って帰る自転車の置き場へと向かった頃には、顔全体も
真っ赤っか、痛みが激しくて、タオルで顔を隠しつつ、ふえ~ん
と泣き声を上げながらヨロヨロ歩いていたら、男子らが、わっはっは~と、おもしろがっていたが、帰宅後、しばらく休憩し、いくぶんか落ち着いたあと、おふろに入って、あらためてビックリ仰天。
![]()
からだじゅうがピリピリ痛くて痛くて、からだを洗えない。
それから数日間にわたり、入浴時の皮膚の痛みに苛まれ、やがて、表皮の剥がれなどが執拗に続いた、あれは、間違いなく、火傷になっていたのだなと思うと同時に、学校という所は、教師という者は、なんともバカげたこと、余計なことを、生徒に強いるものだろうかと、あらためて、呆れてしまう。
皮膚癌にでもなったら、どないしてくれよったんやら。![]()
いやはやいやはやいやはや。。。
こないだのニュースで、「日本のヨーロッパ」たる『北海道』でも高温ウナギのぼり、『北見インド』出現かよ、、、と、唖然
としたのもツカの間。
遠く『パリ』でも、これまでの日本の真夏レベルの気温が常態化の兆しを あらわにしつつあり、いよいよ、世界じゅう『インド』化してきたかと、さすがに、おののき始めた人々のなかで、相変わらずのトランプ爺さんだけは、フェイク!フェイク!!と、自分が気に入るようなフェイクを設定して、のほほーんを決め込んでいるようだ。
わたしゃ、これも、とっくに言ってきたけどさ、
ほんとうにね、戦争なんか やってる場合じゃないし、「グローバル」がー!分断がー!と喚いているばかりでなく、それこそ地球人一丸となって立ち向かっていかなければならない事態が目前に迫っているというのに、なに やってるんだろうかと、何度か指摘してきたよ。
それなのに、
近頃では、『ロシア』のプーチンがハネッカエったのを皮切りのようにして、あっちでドン!
こっちでもパチ!!
というんで、
やれ「愛国心に性別は関係ない!」
やれ、女性にも徴兵制を敷くべし!
男ばかり損してる!!
という主張が広がり始めているという。
ゾッとするね。
わが子を抱いた その手で、おぞましい兵器を操り、自分と同じく平凡な、どこかの女性が生んだ子どもを敵と見做して、情け容赦もなく殺し続けていくんだもの。
私には、そんな分裂した行動は できそうにない。
けれども、なぜ、そんなことが、ふつうの人にも実行できてしまえるのかというと、ひとえに、
相手は、自分と同じ人間じゃない、
そう思っているから、なんぼでも、残酷なことが できるんだ、お互いに。
これは、戦争だけに限った現象では ない。
目下の『ガザ』に おける残酷な争いも そう、
かつて、アメリカが日本に投げつけた原子爆弾の実験も そう。
その日本人も、本来お門違いの他国へ乗り込んでいった その あげくに、現地の人々を人体実験の材料に利用したのも そうだった。
「丸太」と呼んだのは、人間とは思っていなかったからこそだ。
それに関して、中国で公開されたという、かの『731』を題材にした最新の映画、このことも、不穏な幕が落とされる「先触れ」でなければ よいが、
もっと言うなら、あの『コロナ ウイルス(covid19)』だって、いまに至るまで、解明も解決もしていないままだ。
再び言っておくが、
戦争だけとは限らない。
およそ、相手を人間、または、同じく尊重すべき命あるものと見做しては おらないから、残酷、凄惨を極めた仕打ちが できる。
『やまゆり園』事件も そうだった。
ここで、チラッと触れておくのだけれど、
あくまで私個人的には、『津久井やまゆり園』の事件後に建立された慰霊碑ね、あの、フェンス状の壁みたいなやつを見るたびに、なんか、いや~な感覚を もよおしてしまうので、この違和感と一種の嫌悪感は、いったい何から来るのだろうか、自分でも些か不可解で、以前から何度か、くだんの慰霊設備のデザイン・コンセプトなどについても検索したりしたのだが、当該自治体の首長の肝煎りでも あるという解説文を読めば、それなりに理解できないでは ないのだけれど、
まあ、関係各位に対して、とても失礼なことを言ってしまっているかもしれないとは思うけれども。
やっぱり、いまだに、画像を見た瞬間、反射的に もよおしてくる違和感と嫌悪感などは抑えきれないままでいる。
つまり、正直なところは、なぜ、こんな、、、
という感覚が拭いきれないでいる。
そんなわけで、もしも、自分が、身内の一人だったら、あそこに、家族の名を記してもらうのは、避けたかもしれない。
いや、
この私も、植松の毒牙に狙われなかったはずとは言い切れない立場だ。
私自身、話しかけてるのに、反応が ない、無視したんだろ、と、よく咎められた障碍者なので。
でも、どうやら、私だけみたいね、くだんの慰霊施設について、こんなふうに感じているのは。
おそらく、私の感じかたがヘンなのだろう。
単なる部分的な感想でしかないし、ここまでに。
さて、
『参院』選挙も終わり、
良いのやら悪いのやら、なんとも心持ちが釈然とするような しないような、ケッタイな結果が出て、
もちろん、与党側の過半数割れは、やっとかめながら、じつに悦ばしいと思うのでは あるが、
ここぞシャアシャアと、ひらきなおった『日本会議』が出てきたw
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』の敗因は、こうであるという決めつけを のたまっておるという内容の記事が、『時事通信』か『共同通信』かで見かけたのだが、
いつもは、あの『オウム真理教』の残党の如くに、幾つもの団体名を駆使しつつ、コソコソと目立たぬように小細工しておったようなのに(嗤) ふん、出てきおったわ、『日本会議』が(嗤(嗤)
んでな、
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』の敗因は、オマエさんら『日本会議』が主張していることとはズレとるの。やっぱりな、だけどさw
これも、どこかの大手紙が分析していたようだけれど、『惨政党』を支持している中心的世代は、やっぱり!やっぱりな!の、40歳代を中心としたオッサン世代なのだそうなww
そのあたりが、いわゆる「ネトウヨ」世代だということは、とっくに知られていたわな。
『日本会議』さんよ。
日本の、いや、日本に限らないだろうが、一般の民衆・大衆という者は、古今東西、しょせんは、どこかアホで愚かなもんだが、それだけに、難しい思想やら、ややこしい理屈は、どーでもイイの。
やれ、「右」だ「左」だのは、どーーーでもイイのよw
古今東西、民衆の、常に変わらない関心事は、一に生活、二に経済、三も四も五も、自分とこの生活とカネまわりさえ まあまあ安泰なら、それで万事オッケーなの!ww
だから、おたくらがガッツ ポーズで、「だーかーら!言っただろうが!!」と、得意になって説いて見せた敗因とは、なんーの関係も ないのwww
それにしても、ダメだよね、
「ネトウヨ」と呼ばれている中心的世代の、そのあたり。
かの「団塊の世代」に対して、しら~っと眺めていた、うちらの世代よりも、もっとダメあほになってるわぃと実感するよ、まじで。
まあ、うちら世代から見たら、おおよそは、息子の世代に該当するようだから、なんとも複雑にして忸怩たる感じも募ってくるのだがな。
あほな倅を、どうすりゃええのかいな、、、
って感じだよ。
もっとも、私は、子どもを産んだことは ないけどね。
産まなくてヨカッタヨカッタ。
あほな倅を抱えるほど、しんどいものは ないだろうからなw
【続く】
2025.07.18 (Fri)
近頃は、自分が子どもだった頃や若かった頃に親しんだり憧れたりしていた人たちの訃報が増えて、そのたびに、寂しい気分と共に、自身の年齢を重ねてきたことも思い知らされる。
先日、片岡我當氏のことを思い出して触れたエントリーをアップしたときは、その前月に亡くなられていたことを知らないでいたわけだが、頭の片隅で、そう言えば、我當さんも、そうとうの年齢になられているはずと思いつつ、他にも、亡くなったらショックだわと思える人が、80歳代になっていたりすることも思って、ちょっとビクビクもんである。
さて、
やーれやれ、どこまで続く物価高。
こないだは、近所のスーパーマーケットで、ふだんどおりの買物に加え、出来合いのタオル雑巾5枚入りを購入したのだけれど、
帰宅後、さっそく、1枚を取り出し、ん?と思って確認してみたら、これまで使用していた雑巾のサイズの、ほぼ半分のサイズになっていた。。。![]()
しかも、やっぱり値上げしとる。
ここまで来たら、これは もう、チョーシに乗った「便乗値上げ」と違うか!?
としか思えん。。。![]()
![]()
はてさて、
今度の『参院』選の本番も、すぐ そこに迫ってますが。
ほんとうに もう、やれやれという溜息しか出て来ない。
とりわけ与党『自民党』と、その議員たちのオゲレツぶりは、まさに、誰が就こうが同じこっちゃな、という感想は、いまに始まったことでないが、
野党各党その議員たちも、頼りないというレベルから、こりゃ何じゃあ?!![]()
レベルに至るまで、安心して拾えそうなところが見当たらないどころか、
こんなもん拾ったら、どえらいことになるわ!!![]()
という魑魅魍魎クラスまでがゾ~ロゾロという ありさまだ。
それを揶揄したり、ダメ出ししたり、いつも以上にも盛んなる活動に励む大手紙を始めとしたマスコミ各社のレベルの稚拙さも、これまた従来以上に際立っているような体たらく。
そこへ また、
肝心の一般国民・有権者のレベルときたら、ますますの「おこちゃま」ぶりをサラケ出しており、
やっぱり、政治とマスコミ・メディアのレベルは、民衆のレベルに見合っているのだなと、つくづく溜息。
とにかくなあ、ほんまに、サッサと どうにかしてくれや、この生活苦をよ。
「ハンカチに10万円」費やせる特権階級、上級国民さんがたよ。
たとえシモジモ国民にしても、分不相応な家を買ったり、海外旅行に出かけたり、上等なものを食べまくったり買いまくったりで、それで、生活くるしい、、、なんてボヤく世帯にまで、子どもの小遣いや お年玉レベルの2万円ばら撒きまっせ!と、ましてや、それで支払う早急の要もないのだから、ソックリそのまま、タンスに しまっておきます、みたいな、結果が目に見えきってるようなバカげたムダ遣いでしかない愚策、
こんな簡単な道理が分からずに、選挙の得票のための萎びたニンジンとしてブラ提げて見せる、そのイヤラシくも さもしい根性、性懲りもなく無能を曝け出して見せる臆面のなさ。
エエかげんにしてくれんかなあ(怒)![]()
いやはや、目下の『アメリカ』の ありさまを見ても思い知らされてるわけだが、これに つられるかのように、なんだか、世界じゅうが、「おこちゃま」化しているように思えて ならない。
ところで、
『吹田』市と聞けば、私個人的に、あのあたりにて最初の自活を開始した思い出もあるので、その当時には、想像もしていなかったような、どうにも胡散臭い議会情況になっているらしいということに、驚きを禁じ得ないでいる。
考えてみれば、その後、しばらく経ってから、かの『在特会』やら、チームなんちゃらという、トンデモなヘイト集団が跋扈し始めたという流れが怒涛の如く出現していたわけだ。
それは そうと、
わたしゃ、毎度の「ウヨ」連中の投稿をチラチラ眺めて、こやつらの最たる特徴的な癖だなと、冷笑を抑えきれないでいることの一つが、ずばり、
「ナントカの一つ覚え」
ってやつです。
ほれ、こないだまで、「ポリコレ!ポリコレ!」と喚いていたのが、次には、「オールドメディア!オールドメディア!」ってね、このパターンw
次は、どういう「一つ覚えワード」を、どこからか、〽ちーちーぱっぱ♪ちーぱっぱと、崇拝する誰ぞに指令されるのを待って、一斉に喚きだすのやらと、冷笑しながら眺めてますww
なんたら「ファースト」ってのも そうよね。
トランプがキャッチフレーズよろしく繰り返したとたんに、日本の与党政治家から現東京都知事から、案の定で、「ウヨ」全体までが、あっという間に感染し、「それ!ファースト~!!ファースト~!!!」の集団絶叫www
どうも、一般に、知的障害者は、ある意味の素直さなのか、すぐに、誰かが頻りと声高に繰り返し言い始めたことに関して、反射的なまでに影響され、どっぷり漬かり込んでしまう傾向が少なからず見受けられるようには思っていたのだけれど、このような特性というのは、じつは、やはり素直な、良い子な優等生タイプにも共通していると思う。
あとは、世間で権威的なものに やたらと弱い俗物タイプねwこれが最大多数。
自分の脳みそで思考することが できない者は、自分以外の人が主張することの受け売りしか言えない、したがって、信奉している人が繰り出すキャッチフレーズのような単語やセンテンスにワッと飛びつき、それを真似て、ひたすらに叫び散らす。それしか できないアタマ(嗤)
そう言えば、もと首相の小泉さんあたりも、「ワン フレーズ」的な、プツプツ途切れるような、かつ、無意味に言い切る口調が特徴的で、そこが、支持者から人気だったわねww
さてさて、
今般の選挙戦さなかに、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』をば、最も脅かしているのではないかと騒がれているらしいところの、あたかも新興宗教みたいな新興政党の、ですかね、
先日のエントリーでも指摘したように、この手合いの戦術は、ある種の、
「悪名は無名に勝る」
みたいなものなのだろうから、
私は、そもそも、こういうのは、鼻も引っ掛けず、黙殺、完全無視するに かぎると心得ているつもりなので、その党名に言及することすらしないできたわけだけど、
もう何年前からか、たしか、旧ブログの頃からだったら、数年前どころではない、もっと以前から、私は指摘してきたはずの、例の(旧)『統一教会(現)世界平和統一家庭連合』ね。そして、『日本会議』だ。
だいたい、マスコミ側も、たしかに変だわよ(嗤)
先述したように、私は、自分の新旧とものブログに おいて、『在特会』やら(旧)『統一教会』やらに加え、
アベシの生前に主宰していたらしい『創成日本』たらの、いかがわしい集会の場で、どのような暴言が次から次へと、議員どもの口から言い放たれていたことか、
これを、新聞各社を始め、日本のマスコミ・メディア界の どこにも、一般の国民・有権者に知らせようとする気配すらないのは、どういうことなのか?と、再々、糾弾してきましたよ。
でも、ほぼダンマリだったよね。
もともと、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』は、くだんの新興政党に負けないくらいの「憲法改正(=改悪)」案を掲げていたよね?(嗤)
もっとも、私自身は、仮にも、曲がりなりにも与党の席に座っている『自民党』の「憲法改正」案については多少は目を通してみて、はらわた煮えくり返る思いをしていたわけだが、
くだんの新興政党の「憲法改正」草案などの類には関心も興味もないので、いっさい、目にしたこともない。
ただ、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』の「憲法改正(改悪)」草案との大差は なかろうし、それどころか、より酷い内容になっているのだろうとは察しているけどね(嗤)ま、特段の驚きは ない。
なんせ、すでに、
生前のアベシを囲んで、
「国民の生活が大事なんてダメだー!」だの、
「国民から主権を奪えー!!」だのと、大音声で叫んでいたのだから(呆)
大手紙を始めとした大マスコミ、大メディアの皆さんは、あの新興政党を支持している連中が猛批判しているように、たしかに「アシスト」してるようにすら見えましたよ(爆)
私も、すでに言っているように、もしかして、「悪名は無名に勝る」作戦に加担してるんちゃうの?と、もはや、冷笑しつつ、遠目に眺めてましたw
で、
いまごろにもなって、『維新の会』同様な出自と目的とを持つうえ、今度はハッキリ宗教臭さをも隠すどころかウリにしている新興政党を咎めてやまず、一般の有権者に向かって、頻りに警報を鳴らさずにいられない ようすにも見えますけれど、だったら、
明白な証拠が ここに あることを、何度も何度も指し示してきたにも かかわらず、
ごく少数ながらも、警告している人は、私のほかにも いたのに、
なぜ、あなたがたマスコミ・メディア界は、ダンマリを決め込んでいたのかしらね?
まあ、わかってますよw
あなたがた新聞を始めとしたマスコミ・メディアは、それぞれが、第一には、れっきとした企業、商売人なのですものねww
心底の本音では、こんにちに至るまで、陰に陽に連れ添ってきた『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』をボスと仰いで支持したく、
そこへ、アベシ亡き後で、満を持したかのように、『自民党』の分身として躍り出てきたカタチの、もっぱら、あの新興政党をこそ中心的に批判、ダメ出しすることによって、本家たる『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』のほうは叩かずに済ませてやれるし、
むしろ、「困っている自民党」「あれに比べたら良心的な自民党」といった演出すら でき得る。
かつ、
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』自身が抱え込んできた、始末に負えない、だが、切り離すこともできなくなっている宿痾の如き醜悪な部分を担ってくれている、まさしく「分派」を華々しくデビューさせ、『維新の会』以上に、血を分けた身内たる兄弟分を巧妙に応援してもやれる、
そんな一石二鳥三鳥までも望みうる、というわけじゃないのかしらね?(爆)
まあ、一般の日本国民は、よろずのことに気づくのが、あまりにも遅いとしても、これからの若い世代には、とうてい、他国の歴史に見られるように、堪忍袋の緒が切れたとて、革命や暴動の類をも辞さずして、自分たちにとっての不利や不満の解消を一気に図る気力も行動もサッパリ起こせぬとしても、それは それなりに、遅かれ早かれ、気づかないわけに いくまいし、気づかないフリをしたまま、ぬるま湯に漬かったままで過ごすわけにも いくまい。
いろいろのポイント地点も過ぎ去って、すでに もう、なにもかもが遅すぎたのかもしれないが、
先日も述べたように、『自民党』政権が、あまりにも、あまりにも、長く続き過ぎたのだろう。
これも、幾度も繰り返されてきて、さすがのボンクラ国民にも、おおかたの予想は つくことのはずだが、
結局、『自民党』と、その「分派」であることが正体なのだから、基本的な利害の一致を見出せる余地が あり得て、
最終的には手を結ぶことになっている、ってこと(嗤)
なにしろ、
『日本会議』を絆とする「兄弟分」なので(大嗤)
2025.07.06 (Sun)
『【続】消費税減額か給付か、それが問題だw』の続き。
で、生理用品の話だけど、
普通サイズのナプキンさえ あれば、ほんの数日や1週間以内で やり過ごせる人を助けましょうというのなら、1ヵ月のうちの殆どが重い生理中で、特大サイズのナプキン必須で、非正規で貯金も できず、毎月の給料が、高価なナプキン代でドンドン削られてしまって、食費も ままならない私をも助けてほしいわ~と思ったかもしれないw
でね、
このように、ナプキンひとつを考えても、「贅沢品」の範囲か否かの線引きが難しい。
あの頃の私にとって、いちばん高価なナプキンが、間違いなく、生活必需品だったからね。
あえて言ってしまえば、個々人や事情によっては、必要性も価値も違ってくるわけで。
まあ、現代でも、これだけは間違いなく奢侈品・贅沢品であると決めつけていいのは、貴金属や宝飾品の類とか高級車とかですかね。
だからと言って、ここらへんだけバーンと高額税を課しても しょうがなかろうし、業界も厭がるでしょうねw
それと、
私には、ここまでの考えは及ばないでいたのだけれども、
新製品については、どう判断するのか?ってこと。
たとえば、パソコンね。
またまた私個人のことを例にすると、私は、いまだに、スマホを所有してません。
ノートパソコンは持ってるけど、パソコンですら、一般に普及し始めた当初は、自分のを所有しようという気が全然なくて、このまま、死ぬまで買わなくてイイかなぁとすら思っていた。でも、職場では、ちょいちょい使わないと いけなくなってきて、やっぱり、職場だけでは、なかなか慣れず、周囲からも、自分のパソコン買っといたほうが いいよ、これからの時代は必要だよと諭されて、しぶしぶ購入したのが、すでに40歳代だった。買うときに、まず思ったのは、
「たっけぇなあ。。。
このまま一生、買わないで済ませようと思ってたのに。チッ
」
ってな感じwww
そして、パソコンの普及には、校正・校閲者でもあった私の仕事を奪ったという側面もある。
でもね、やっぱり、聴覚障害の身には、メールとかが便利だというよりも、もはや必需品だし、使えなくなったら、まじで困る。
しかも、その障碍のことに関しても、ネット検索によって、知らないままでいた いろいろな情報を得ることが できたわけなのよね。
それまでは、生前の親らに、勝手な作り話を吹き込まれていて、
「障碍」なんていうほどのものじゃない!大げさ!ひとえに、根性と努力と要領が足りない私が全面的に悪い!!ということにされてたから。
ほんとうは、幼いうちに、補聴器や手話に慣れておき、発声・発話訓練も受けておくべきで、『障害手帳』が必要だったのだけどね。
パソコン検索という手段が得られないままだったら、いまだに自分で自分を責め、恥じているしかなかったかもと思う。
いまでも、親父の先妻のほうの娘らは、私の悪口を言い続けているかも しれない。
生前、親父は、私の母親が生きていた頃は、先妻との娘や息子の一家と極秘に旅行先で落ち合っては、私の母親の悪口を言いまくっていたらしいが、母親の死後は、「できそこない」の私自身に、お鉢が回ってきていたようで、今度は、私の悪口ざんまいだったらしい。
昨今は、『生成AI』の有害性が言われるようになったが、
もともと、インターネット自体が、言わば「見切り発車」的な野放し状態で開始し、様々なトラブルや被害発生も敢えて放置されてきたでしょ。
私個人も、パソコンによって、障碍をカバーするために身に付けた仕事を奪われたのみならず、
ネット上で、例の「おカルト連」やらワケわかめなサイトやなんかで、猛烈な誹謗中傷攻撃を こうむり、ものすごく不快な目に遭わされもしたわけだけど、
ま、そういった負の面は さて置くとして、
世に画期的な新製品が登場したとき、それまでは、一般的な人々の生活のなかに存在しておらず、したがって、「必需品」では ないもの、と決められてしまったら、一部の人々以外の大多数の人々は、せっかくの新製品によるメリット面を享受できないままということになりかねないわけで。
それは、とにかく営利を追求したい商売人や企業側にとっても、望ましくないことだろう。
このように、現代では、『物品税』『奢侈税』というものの区分けが、あきらかに難しくなっている。
ところで、
最近、誰かさんと誰かさんが、いまさらに、「少子化の原因は」経済的に苦しい人が増えたからとか、いーや、豊かになったからこそだ、とかって、論争を繰り広げているみたいな、そういう見出し(だけw)を見かけたのだが、例によって、記事の内容は、読んでないww
すでに見限っており、はっきりキライだったり、関心を持つほどでない対象の記事や意見はスルーしているので、今回も、そのパターンでwww
ただね、
この話題に おいては、どちらの意見や見解も、無関係では ないだろうし、その お二人のうちの、どちらかが全面的に正しいということでもないだろう。
つまるところ、
いちおうは「豊か」になったし、いちおうは豊かさを維持できているとしても、
いちおう「人並みには豊か」な範疇に入っていると、いまのところ辛うじて自負できるとしても、
次には、その人並みレベルの「豊かさ」すら維持し続けることが できなくなるかもしれないという転落の不安が つきまとっている。
手に入れた「豊かさ」を維持し続けられる自信には乏しいわけだ。
失ったら、おしまいだから、
いまの「豊かさ」を維持するだけで精いっぱい。
なので、ある意味、余裕は一切ない。
砂上の楼閣のような脆い「豊かさ」だから。。。
現代の、いわゆる発展途上国も、昔の日本も、共通して子だくさんだ。
そして、ごく限られた特権階級、「殿上人」のような、雲の上で暮らしているかような人たちのことに対しては、住んでいる世界が全く違うのだと割り切っていたのは勿論、
目の前の隣人と、いちいち比べ合って、ねたみも羨みも しないのは、殆どの人が、自分の生活状況と大差なく、みな、多かれ少なかれ耐えており、がんばっているうちには、だんだん良くなっていくだろうという漠然とながら希望が持てていた時代なら、自分だけがと、貧しさなどを恥じる必要も、恥じている余裕すらも なかっただろう。
庶民階級に おいて、昔は、子どもは保護するべき対象では なく、まずは、家事や労働の担い手として期待し、また、大家族が当たり前の時代には、子育てを直接的に担うのは、両親では なく、祖父母それ以外では、先に生まれた子どもが担っていた。子どもが子どもの めんどうを見ていた。
そして、子孫は、「家」制度の、地域や村落共同体の、ひいては、国家の維持を担うための存在だから、婚姻と出産のセットは、当たり前の義務であったし、そこからの逸脱は許されなかったし、権力者は、当然の如くに、民の生死に介入し、干渉する。いざとなれば、この現代でも同様だ。
権力筋に支配され、利用される庶民のほうも、自分たちの子どもは陰に陽に利用する。昔から同様に。
どこかで利用する対象が子どもという存在なのだから、デメリットのほうが危惧されるとなってくれば、子を持つことを避けるのも自然当然だろう。
現代は、一般的な民衆の あいだにも、格差が広がり続けてきて、自分は「平均」から外れそうだ、どうやら外れていると思えば、それを隠そうとするし、隠しきれなくなるかもしれない、少なくとも「平均」の範疇に入っていることを維持できなくなるかもしれないという不安が あり、その不安を現実化してしまいそうなものは持たない、かかわらないでおこう、となる。
逆に、積極的に持とうとする向きも、少しは あるだろうけれど、
それも また、何らかの面で利用していることが あるはずだと勘繰られ、バッシングを憚らない現象も、世間で起きている。母子家庭などが恰好のターゲットになった。
『異端者の歌w』
…
「ナショナル ミニマム」
というコトバを、いまだに知らない、理解していない、理解しようともしない、したくない人が、この国の大多数なのだろう。