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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2025.09.25 (Thu)

目下、アクビが出るほどアホらしやの鐘が鳴っている、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』の総裁選とやらが行われているということで、
『ダッピ統一つぼ売国党』のレベルに ふさわしくシツケられてきた日本のマスコミ各社は、いわゆる「政局」報道というものにハリキっており、いつも以上に低レベルの駄記事を粗製乱造しております。

 

酒乱の父親で苦労したという個人的事情から、もともと、あまり良いイメージが なかったことも あるには あるが、医学的な理由で、女性に至っては、少量で あっても、飲酒は避けるべきと言われている お酒を、自分はグビグビいけます!みたいな、しょうもない自慢話を披露したという石破さん。いかに、日本酒の宣伝のためかしれんが、相変わらずノンキな、ズレたセリフが お得意のようで。

とは言え、ズレまくりが「お家芸」なのは、クソ自民の関係者全員に共通していることだと言っても過言では ないだろうけど()

あなたは まず、最高裁で「違憲」と明確に結論された異常状態を、さっさと是正しなければならないはずのところ、たしか、『毎日新聞』によれば、早速、「検討」と称して、毎度のクソ自民のセオリーどおり、御用学者らを招集し、グダグダにしてしまって、なんとか誤魔化しに かかってるらしいね。それに呼応したような動きが、とたんに、あちこちから起きているような ありさまを見るに、やっぱり、指令が出てるんでしょうなw

もっとも、

「謝れ」だとか「遡って賠償しろ」とかに拘って主張している、特に、そちらの弁護士たちも、ズレたことを言い募ってるヒマに、真っ先に推進しなければ ならない、喫緊も喫緊の目的の本筋をば、わざと外しているんだろうか?という胡散臭い感じも持ってますよ、私はね。

ほんとうに、オゲレツな政府とマスコミと国民たちだ。80年前から こっち、結局は、根本精神が進歩してない。

いっぽう、「宗主国」さまの現状。
昔から、ほとんどのアメリカ人は、はっきり言って、アホ多しとは聞いてたけどね、実際。
今後、政権の交代などにより、是正されていくであろうという希望的観測が当たったとしても、もう、アメリカ人と、その国家に対する敬意は、私は持つことが できないだろうと思う。

しかし、ああまで劣化していくとは、想像の外だったし、最近は、日本に対しても理不尽な要求をアカラサマにしてくるようになって、やっと、トランプに対する不信感を あらわにする声が、さすがの「ヤフゴミん」らのコメントでも大多数になっては きたが、気づくのが遅すぎ。

どうかしたら、数年、数十年遅れだもの、私が指摘したことの ことごとくを、気づくのも理解するのも遅すぎ。

だから、
たいがい、誰を相手でも、まともに話す気になれんくらい、タイクツだ、と思ってしまうことが多いんだわ。

まあ、『メンサ』クラスの私のほうが、周囲の殆ど全員から、アホなやつと思われてきたのが現実では あるけどさ(苦笑)

 

さて、

『青森』県か どこかの地方の病院、たしか、『みちのく記念病院』とかいう名称だったかな、

そこで入院中に亡くなった高齢者の死亡診断書を書いたのが、俗に言う「看取り医」であった、その医師自身も90歳という高齢も高齢で、なんと、自身も「認知症」状態になっておりながら、看護師らに、手を支えてもらうなどしつつ、遺体の診断を一切しないまま、虚偽の死因をば記入していたことが、なんとなんと、今回で3人目の発覚、というニュースが あった。

医師たち自身も、すでに亡くなってしまっているということだが、

誰が、どうして、どうなったという経緯が、少しく錯綜している感じで、私も、完全には理解できてないと思うのだが、

当該の3人のなかの、ある医師の息子さんの話では、父である医師自身が認知症で入院後は、報酬は支払われていなかった、というのは、そりゃそうかとは思いつつ、しかし、
この病院の経営者は、いったい、どういう料簡なんだ?とも思いつつ、

そう言えばと、
精神科の患者どうしの あいだで、一方が、一方を殺害した事件が報じられていたことを、読んでいるうちに思い出し、この病院内殺人事件の隠蔽を図って、こともあろうに、認知症のヨボヨボな お爺ちゃん医師に、全然、違う死因を書き込ませていたのが明らかになったということらしい、のは分かった。

 

さすがに、これほどのシュールというか、異様な光景が、仮にも病院という場所で起きているとは、私も、ついぞ想像したことが なかったので、

「認知症の高齢の死者を、これまた認知症の高齢医師が、、、ってか?

と、しばし、呆気に取られてしまったのだが、

例によって「ヤフゴミ捨て場」では、それで ちょうどイイんだよ、みたいな、えげつないヘリクツを主張している「ヤフゴミん」らも相変わらずでチラホラ出没していて、しかし、
やはり、いくら なんでも、これは、根本的に、医師法の根幹としてマズイはずだろうが、と思ったし、

すでに、殺人事件による死亡診断書に、虚偽の死因を書き入れていたという事実が発覚しているわけなのだから、今後も、何らかの犯罪に利用されうる恐れのことを指摘しているコメントも、当然ながら、あった。

 

私の脳裏には、生前の日野原重明医師の、柔和にして矍鑠とした姿が浮かび、

それから、

あの大震災と原発大事故と、二重に連なった大災害が起きた『福島』県で、たしか、『双葉病院 置き去り事件』と呼ばれているらしいが、寝たきりの患者が多数である老人たちを、すみやかに避難させることは不可能なまま、あらゆるトラブルと手違いなどが発生し、病院内の各スタッフたちも避難していき、結果的に、数日の間、たった一人の医師として、動けない患者たちとともに院内に残った、自身も高齢だった院長が、当時の現場の、ことごとくが機能停止した病室内で、相次いで亡くなっていった高齢患者たちの死を、ベッドの あいだを歩き回って確認し、一人ひとりの患者の氏名をメモ用紙に書き留めておくのが精いっぱいであったということを述懐していたこと、

そして、

患者の家族も、未曽有の緊急事態のなか、親を病院に残したまま、とりあえず自分たちの避難を最優先するしか致し方なかったわけだが、のちに、戻ってきた彼らに、責任を問われ、謝罪を求められた、ということで、さすがに、この院長を気の毒に思ったことも思い起こした。

 

あと、
これは、けっこう昔に起きた事件だったのだろうか、詳しくは知らないのだが、「相撲協会」の重要な地位にあった関係者が二人、何やら告発絡みのことで、相撲協会を めぐる騒ぎが持ち上がっていた さなかに、なんと、二人が二人とも、同じ病院内で同じ日に同じ病名で急死したという、奇怪至極な事件が あったという、数年前に、どこかの記事で読んだ話も思い出した。

 

 

もう一つの「ジョークかよw」は、

「非正規雇用」推進・拡大策によって、私自身も、この悪影響を被っているゆえ、どこまでチョーシのイイ親子なんだろかと、顔を見るたび、そこはかとなく、いまだに不快になってしまうのだが、

よりによって、「『自民党』を ぶっ壊す!!」と叫んでいた人の、その世襲ムスコくんが、「『自民党』を立て直す」と宣言したんだとさ()

おまけに、

「5年後に賃金100万円」云々という、いかにも無責任な口から出まかせ宣言は、どこかで聞いたセリフだのう?と思ったら、

故アベシの第二次政権時にブチアゲていた、あれだよ、

「10年で所得150万円」という、真っ赤な嘘っぱ宣言を思い出した(大嗤)

 

最近、『台湾』は、このアベシを称える何かを拵えたというので、相変わらずな昭恵さんが、毎度のように涙ぐみ、という見出しも見かけたが、

『台湾』については、もうすぐ、例の「記念日」が近づいているのだろうから、そのときに、より厳しいことを言わせてもらうつもりでいる。お楽しみにw

 

はてさて、

『アメリカ』では、近頃、やたらと「極左ガー」とか「共産主義者ガー」と喚く回数が目立って増えてきたトランプだが、

なんのこっちゃなくて、当のトランプ自身が、まるで極左や共産主義者みたいになってきてるように見えるのが滑稽いや増しぶり、

最近では、とうとう、かの「毛 沢東」を真似したくなったようだと見受けた()

まあ、そういう、いかにも低次元な話題は さて置くとして、

そのトランプの支持者のなかでも、「論客」ぶりが特に知られていたという男性が、『ユタ』州か どこかの大学に招かれて講演している最中に銃撃され、あえなく亡くなったという事件が起きたそうで、

私は、この人物を、ついぞ知らなかったのだが、正直を言えば、よほど、怨みを買うような極端な主張をば、常々、展開していたのじゃないかという感想を最初に持ったと同時に、

こうした事件を聞くたびに、凶暴な手段に及んでしまったら、単に、敵側を有利にしてしまいかねず、どんなに尤もな主張を訴えていたにせよ、自分側の同志的仲間の立場まで巻き込んで、台無しにしてしまうだけなのになあ、、、と、毎回、思うことだ。

 

アメリカの、こんにちの事態に至るまでには、ある種、独特の極端、利己主義、拝金主義、無責任、取り残された人々に対する冷淡といった罪は、『共和党』だ『民主党』だに かかわらず、どの側の人々にも、多かれ少なかれ、問われるべきところが あるように思える。

 

良くも悪くも小粒揃いにして、陰湿なイジメっ子気質の日本人も、「他山の石」と でき得る国民性では ない。

 

この事件でターゲットになった男性とは、その死の、少し前、再度の討論を申し入れされていたところだったと言う、『アメリカ』国内の、いわゆる「左派」だか「リベラル系」だかの著名メディアで、追悼コラムを発表していたジャーナリストの追悼文を見かけたので、目を通してみた。

故人とは、根本から、考え方や意見を異にしては いたものの、いたって紳士的な議論が できる人であったということを、つよく訴えておられ、そのために、力が入ったのでもあろうが、

その論調のなかで、

「アメリカには、ヘイトというものは ない」

と言い切った主張が、目についた。

要は、「言論の自由」の徹底、ということを表現されたのだが、

故人について知っていることが皆無だった私は、亡くなられた かたのことは、なんとも言えないのだし、まずは、残虐な事件が起きたことを残念に思うとともに、くだんのジャーナリストの哀悼の意に寄り添うことに異論は ない。

ただし、

これまでの見聞によって、「ヘイトは ない」と断言できるとまでは思わない。
アメリカは、うぬぼれ過ぎ。

 

【続く】

 

 

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Updated   
2025.09.23 (Tue)

『退位する明仁天皇への公開書簡
- 日本に本当の民主主義を創るために

https://www.peoples-plan.org/oldsite/modules/article/indexfaa6.html?content_id=213

 

*――*――*――*――*――*――*――*――*――*

 

なかには、
前『天皇』、つまり、明仁氏については、『昭和天皇』ヒロヒトとは違うのだ!と、大いに共感や敬意を惜しまない人たちも見受けるけれど、

私は、何年前だったか、ある場面を目にして以来、そういう感覚を一切、失ってしまった。

というのは、

前『天皇』だった明仁氏が、何かの節目の おりに、談話を発表され、どういう話の流れのなかでだったか、そのときに、

「『皇室』が連綿と続いていくことが大事」

という、

まるで、国民なんかよりも、『皇室』存続のことこそ第一の大事、と言わんばかりだった、その断言の内容とともに、
いかにも確信的に言い切っておられた口調と、その表情とを見て、

それ以降、私は、以前までの感覚や考えかたを、一気に失ったのだ。

 

そう言えば、

美智子さまも、

(「申し訳ないけれど」というふうの前置きを されつつ)

「『上御一人』と、思っております」

というふうに 言い切っておられたことが あった。

 

やっぱり、根本的に、感覚が違うんだなあと、つくづく思ったことだった。

 

そういうふうに育てあげられている。

疑問を持つことすら限界が あるくらいに。

骨の髄までの矜持あるいは純度最高級天然のウヌボレ。

その自覚が あるのやら ないのやら。

いっぽう、外の世界からは、その「籠」の なかへ なかへ、
頻りに入りたがったという。

 

聞くところによれば、

実際には、

「統治者」であったことを示すための「名残の『国事』行為」は、べつだん必要でもなく、

「ご公務」と称するは、ほとんどの場合、趣味や交友関係のためを兼ねていると。

 

特に、被災地に「お出まし」いただくには、タイミングを慎重に吟味したうえでなければ、かえって、現地の迷惑になるから、できるだけ「落ち着いた」状態になってからを見計らい、という、身も蓋もない現実。

でも、

「左派」だ「極左」だと、ネトウヨどもから常に叩かれる対象の一つであるはずの『東京新聞』に言わせれば、

「自分たちのことは自分たちで」

と、

殊勝な「自助精神」をば、被災した住民やシモジモ国民を して、たちまち奮い起こし、呼び覚まさせるフシギな力が、『天皇』さんたちには ある、
のだそうな。
そりゃ、国や自治体は、何度でも来ていただきたいわけね、
なにしろ、最も重宝する「自助精神」を刺激してくださる有難さと あっては。

 

 

戦争で、災害で、と、

ひとしきり聞いてもらい、

「だいじょうぶですか?大変でしたねえ」

心配そうに、優しげな声を かけて回っていただき、

「それでは、お時間ですので、次へ」。

その日の「おつとめ」が終了すれば、

あの人たちが帰っていくのは、何が あろうとも最優先でメンテナンスされる、堅牢なロココ御殿。

温かい、豪華な食卓も待っている。

住まいの建て替え費用も なく、この次に揺れたら、完全に潰れてしまうかもしれない歪んだままの危険な家屋で暮らさざるを得ない人は、きょうも、インスタントを すすっている。

 

ちなみに、

未曽有の大災害に遭い、

すみやかに救命措置を施せば、意識を取り戻すであろう「シモジモ」と、

どのように、手を尽くそうと、もはや絶望的と判断された、それが、『天皇』や『皇族』と呼ばれる かたがたであったなら、

最優先されるのは どちらのほうか、

あっさりと後回し判定されるのは、どちらのほうか、

当然のこととして、すでに決められているのだろうな。

「人権が認められていない」「実は奴隷のような存在」が、しかし、最優先なのだ。

連綿と続かせていかなければ ならない『皇室』ファーストなので。

「シモジモ」は、予測が どうであろうと、後回し一択。

そんなのジョ~シキ~♪でしょっ。

 

「出来損ない」と罵られてきた障碍者、最も弱い立場の底辺国民たる者の眼から見ていると、演出過剰な芸能人たちと、どこが どれだけ違うのだか、よく わかんない。

何らの足しにも助けにも ならないし、何の味方になってくれるでもない。

けれども、それが、たいせつな大切な「国体」とかいうものなのですって。

 

 

*――*――*――*――*――*――*――*――*――*

 

『崖』 石垣りん

 

戦争の終り、

サイパン島の崖の上から

次々に身を投げた女たち。

 

美徳やら義理やら体裁やら

何やら。

火だの男だのに追いつめられて。

 

とばなければならないからとびこんだ。

ゆき場のないゆき場所。

(崖はいつも女をまつさかさまにする)

 

 

それがねえ

まだ一人も海にとどかないのだ。

十五年もたつというのに

どうしたんだろう

あの、

女。

 

 

 

Updated   
2025.09.23 (Tue)

いろいろあって、みんな いい。とばかりも言っていられないらしい。の続き。

 

先行エントリーにて述べた、こういった類の話も、なかなかに始末の悪い経緯ゆえ、ここで全てを話してしまうには、とうてい、スペースが間に合わないので、またの機会にするが、

とにかく、
うちの家族や身内と名の付く連中には、乱れに乱れた麻縄の如き事情や心情がビッシリ縺れ合い、張り巡らされているかのような ありさまなので、語るもシンドイ、骨の折れる話だらけ、いちいち、エントリーを新たに立ち上げていかないと、話しおおせることも できないほどに複雑怪奇なので ある。

 

じつに、そこいらの小説家などには、想像も追いつかないであろうような、まさに「事実は小説よりも」ナントヤラ。

 

「売文家」だか売れないヘボ小説家だかが裏で関わっていたらしい、例の「おカルト連」、まともな社会経験にも苦労の体験にも乏しくて、なけなしの引き出しのなかも、脳みそのなかも、スッカラカンだった あの連中は、私を侮辱して、とことん怒らせなかったならば、涌き出る泉の如く豊富なネタを、いくらでも提供してもらえてホクホクできたであろうものを、ほんとうにバカな連中だった()

 

まあ、かく言う私自身がトバッチリを ふんだんに被ってきた被害者なので、正直、思い出すだけでもゲンナリしてくることが多い。

結局のところ、
小説家や作家なんどに なって、それらを下敷きにして書き綴っていこうという根気や情熱が続かなかったもんだから、亡母から「書くな、書いたら許さん」と、えらそうに、お門違いのクギを刺されていたことも あるしで、

こうして、「ブログ」などという、いわゆるネット ツールが ない時代であったなら、もはや、誰に何を語ろうという気も消失していき、

しょせん「フツーの」人生しか知らずに済んだ人を相手に打ち明け、また、縷々語ってみたとて、少しの距離さえ埋まるでも なく、少しも わかり合えるわけで なく、単なる時間のムダだねと、私自身の口を閉ざし、書く手を止めて、それらの話も、沈黙の闇から闇へ葬られていったはずなのだ。

 

 

はてさて。

大事なことなので、ここで三たび、言っておきますw

「日本人ファースト」?あったりまえのこと、ここは日本なのだから、

ここは日本で、最大多数の日本人が主権者なのだから、あたりまえ過ぎて、いちいち喚く必要もないはずだと。

そもそも、外国人労働者に多数、来てもらう目的は、何か?

「日本人ファースト」だからです。

正確には、富裕層の日本人のためなればこそ、だ。

 

「移民」で成り立っている歴史に支えられてきたアメリカですら、不法も何の そので流入してくる移民に恐れを成し、これを追い出さねばとヤッキになっては みたものの、やっぱり、不法でもイイから、移民が存在してもらわないことには、農作物の取り入れすら、手が回らない事態だという。

それに比べたら、日本国内の、いわく「移民問題」なんざ、ケタが小せえ小せえ。

もちろん、不法行為や犯罪に走る外国人のニュースは、多かれ少なかれ増加している印象は あるが、それは、入ってくる人数しだいでも あるのだから、依然として、犯罪件数そのものは日本人のがダントツで多いのは理の当然。

 

それでも、外国人のアラが目につき、外国人犯罪が日増しに増えている一方のように思えてならず、嫌悪が募って しゃあないのであれば、
まずは、分析と改善だ。

何が、彼らを、そうさせたか。

どうすれば、問題や犯罪を起こさないようにしてもらえるか。

それは、招き寄せた日本側の責務だわな。

 

こないだ、自宅の近くの大型スーパーマーケットで、明らかに『イスラム教』の国から来日したのだなと分かるような、若い女性を見かけた。

以前も言ったように、私が子ども時分は、大昔から農家やってますという世帯と田畑が多く、大阪と言っても、ほんとうに田舎っぽい地域だったので、うちの実家みたいに、遠方から引っ越してきた、いわゆる「核家族」の世帯は、地元の人からすれば、新参者、よそ者であり、彼ら自身が呼ぶ彼らの「村内(ムラうち)」のなかには入っていきにくい雰囲気も濃く残っていたように思うが、

移り住んできた世帯に合わせた学校や商店が建ち並ぶにつれ、その分、広がっていた田畑は姿を消していき、やがて、農家の おかみさんらが、マンションやアパートの大家さんになって、先述したような、「成り金」まる出しのスタイルで、肩で風を切るように、得意そうに歩く「バブル」時代が到来したわけだけれど、ま、それも長くは続かなかった。

 

 

そんな地域だから、外国人の姿を見かけるようなことは、ほんとうに珍しかったので、いまでも憶えているのだが、

とある家の前で、誰かが出てくるのを待っているようすの、白髪の男性が立っていると見えた瞬間、そこんちの お爺さんなのかナと思い、かつて、叔母が住んでいた東京では、外国人を見かけることに慣れていた私なのに、その男性の傍まで近づいて、通り過ぎるとき、あらためてチラッと見たら、「プラチナ ブロンド」のような、白っぽい金髪の白人男性だったので、えっ?!emojiと驚いたことが ある。
それくらい、外国人には縁のない地域だったのだ。

 

例外的に、親子代々、洋品店を経営している、『華僑』だか中国系だかがルーツのクラスメートも いた。

その子は、日本人には ありえない、独特の姓を名乗っていたので、それと分かるケースだったのだが、彼女の祖父母さんの代か親御さんの代から、ずっと、この市内で暮らしているらしく、くだんのクラスメート自身、心底から、地域に馴染んでおり、生まれ育った街に対する愛着が つよいものと窺えていた。

それでも、やはり「血は水よりも濃し」というのだろうか、なんとなく、日本以外のルーツ感を滲ませているような子で、そういう点では、「ふつうの」日本人の友人たちとは、ちょっと違うなぁという感じは するのだが、それでも、本人としては、自分が漂わせている雰囲気のことは全く自覚していなかったと思うし、友人たちに好かれ、とけ込んでいた。

 

日系の御両親を持つ、『アメリカ』からの、いわゆる帰国子女であるクラスメートも いた。

血筋だけを言うなら、まぎれもなく日本人なのだが、彼女は、日本語が、私らのようには、「ふつうに」話せなかった。そのことは、『古典』の教科書を朗読したときなどにハッキリと分かるのだが、日本語を母語として生まれ育ったなら、たとえ、『平安』時代の古典文学であろうと、まがりなりにも、それらしい読み上げかたを するだろうが、彼女には、感覚の根本的なところで、イマイチわからないようだった。
日本人なら、ありえないだろ?というくらい、一種、奇異なほどの読み上げかたを するので、やっぱり、英語がドップリ中心の環境で育ったんだなあと思わせられた。

 

トランプを大統領に選ぶなんて、想像もしていなかった時代の、つまりは、『民主党』的な時代のアメリカに育った このクラスメートは、アメリカでは、人種差別がハッキリあるよぉ、ということを言っていた。

 

 

このように振り返ってみると、外国人が珍しかった時代の大阪の片隅に おける私の学校時分にも、いろんなルーツを持つクラスメートが、そこ ここに存在していたのだなと気づかせられる。

ルーツそのものも両親も日本人なのに、日本語が、ちょっと奇妙な子。

あきらかに日本以外の国がルーツなのに、生まれ育った地域の言葉だけを話し、生まれ育った街を、こよなく愛していた子。

それで いいじゃないか、いろいろ あって、おもしろいと、私は思うけど。

 

ただ、その国の基本的なルールは、住み着いてからでは なく、できれば、来る前に、あるていどは学んでおいてほしいとは思うけどね。

それと、宗教よね。

アジア諸国に対してまで、「国家神道」をグイグイ押しまくった時代の日本は、何の真似だったのやらと思うけれど、

そもそも、「一神教」的な宗教を、国家的規範として戴いている国の人々ともなると、それこそ、

「▽▼―の他に神なし!!」

などとした強烈な決めゼリフを、日本国内でも高々と看板に掲げて見せるくらいなので、そりゃあ、

「どこに移住しようと、われわれにとって異教徒の言うことなんざ、無視しておいて よい」

くらいに思っているのが本音なのかもしれんけども。

でも、それでは いけないだろうと思うし、

ましてや、宗教を抜きにした、純然たる法律や制度などの場合は、それらを成り立たすに至った、その国や風土ならではの生活事情が根底に あることも考慮してもらわないとだね。

その点は、先祖代々と言っていいほどの長年にわたり、日本国内で生活してきた、いわゆる「在日」の人々の理解度は、全体としては格段に高いのだろう。

ことに日本人は、そういう点では、とりわけ、日本よりも先に「先進国」で あった欧米の諸国で暮らすときは、その国の決まりや、人々の感覚にも合わせようと素直に努める傾向が高いと思うが、

それでも なお、一般的な日本人には、ちょっと想像しがたいほどに、どこの国の民衆でも、基本的には、自己主張などの傾向が つよいもののようだから、むしろ、世界的には、日本人の一般的感覚のほうが、珍しい部類なんだろうなと思う。

 

 

私が住んでいる地域の話に戻すと、

白人どころか、いちばん驚いたのは、じつは、黒人の男性を、この近辺で見かけたときだった。

何年前になるか、『インド』や『パキスタン』の男性も見かけているし、出身国の料理を供する飲食店を始めていたのも知っていて、いっぺん、入ってみようかなと思っているうちに、ほどなくして閉店してしまったようだった。

ここ数年ほど前からは、『アラブ』系らしき男の子たちも、時たま見かけるようになってきて、
私が子どもだった時分の街の ようすを思い起こしてみれば、うそ~
と思ってしまうほどの様変わりだ。

それを不快に思うわけでは なく、

むしろ、いちおう、日本第二の都市である大阪の なかとは言えど、こんな中途半端な所へ来て、何か見どころでも あったかしらん??と、ふしぎに思っていた。

 

 

先述のスーパーマーケットでの話に戻して、

イスラム教徒らしきスカーフを被った若い女性は、たぶん、『インドネシア』とか、あのあたりから来日したのだろうと思しかったが、小柄で、小麦色した可愛らしい顔立ちの女性に、少々見とれてしまっていたのか、女性のほうは、私の視線に気づき、ハッと警戒したかのような表情を浮かべたので、おっとと思って、目を逸らした。

言っとくけど、
いくら私でも(?w)ヘンな意味で見ていたのでは ありませんっ!ww

ちょっと思ったのは、やっぱり、イスラム教を示すスカーフを、好意的では ない視線で見られる経験が あったのかもしれないなあということ。

私は、むしろ、イスラム教のスカーフの被りかたに興味を惹かれていて、スカーフ留めなのだろうか、きれいなパール風のブローチで留めているのを、「オシャレやなあ」と、つい、視線が走っただけなので あった。

 

 

Updated   
2025.09.22 (Mon)

【続】日本人ファースト=富裕層ファーストからの続き。

 

と言っても、

先月、予想以上に体調が悪化してしまい、
あれから、だいぶ経ってしまっているわけだけれど、

今回に続いて、おおざっぱに下書きだけ済ませてあった、あと一つ二つほどのエントリーを順次アップしていけるかなと思ってます。

 

さて、

前々回あたりの当ブログ更新時のエントリーでは、

先日の「ヤフコメ」投稿者のなかに、

「~結局のところ人間は自分や自分の近親者さえ良ければ良く、同じ国の人間であってもいざとなったら何かしら理由をつけて突き放す」

という内容の投稿が あったのを取りあげ、そこで、

片腕を失いながらも、現地の男性との あいだに産んだ乳児をを抱えて、命からがら、中国から帰国した、父方の親戚の女性の話を紹介したわけだけれど、
それこそ、「自分の近親者さえ良ければ」では全然なかったわけでね。

 

冒頭のコメント以外にも、他の人の投稿コメントを読んだなかには、現地の中国人と親しくしていた おかげで、敗戦後の苦難のなかで助けてもらえたという話も見かけたので、

ああ、そう言えば、中国人って、

「対外的には警戒心が高いかわりに、家族や身内との連帯意識が強く、それは、日本人相手であってさえも、いったん親しくなったら、仲間意識を持って接してくれる傾向の人が多いらしい」

という話も思い出した。

近頃、中国在住の日本人の子と、その母親を襲撃した暴漢から庇って、現地の学校スタッフであったらしい中国人女性が身代わりになって死亡という事件も起きた。

 

その点、日本人には、同じ『広島』県民どうしの あいだで横行したという被爆者差別のキミョウさであるとか、かの『火垂るの墓』でも、身を寄せた親戚の者から搾取された子ども、というような苦い話に事欠かない印象は、正直に言って、あると思う。

日本人自身が、昔から自嘲して言ってきた「井の中の蛙、大海を知らず」なせいか、単純きわまるウヌボレと、劣等感への転落し易さは背中合わせだ。(ただ、激しく根深い劣等感は、それを挽回しようと足掻くあまりに、逆に、みずからの側が、他者を、同じ目に遭わせようとする傾向が出てくるように見受ける。つまり、自分が やられて不快だったからこそ、それを やる側に回って、強くなれたかのような錯覚を求める、この傾向は、日本以外でも共通しているようだ。)

そのせいも あってか、

なんだかんだ言い訳しても、結局、「欧米列強」のなかに加わろうと欲して野心を燃やし、それと同時に、同じ『アジア』圏の民衆に対して、自分たち日本人よりも下という蔑視の感覚を持っていたことは否めないだろう。

同じ国、同じ地域、身内や家族と言えども、利用できるうちはトコトン利用するが、いざとなったら、平気で見捨てる、その分、自分よりも強い相手やエライ人や権力者、特権階級に対しては、際立って従順な性質のように思える。

この、権力や強者に対する際立った従順さというものは、国家権力、統治権力にとって、とても好都合な性質だろうし、この現代になっても、ことに民衆レベルに おいては、しごく単純な「ミーハー」傾向となって、若い世代にも、根強く受け継がれていると見える。

 

これでは、いつまで経っても、ほんものの哲学や思想など、みずから生み出せまいし、外からでも根付きにくいだろう。

せいぜい、ものまね上手になるか、いつまでも、「ふわ~っとした」ものでしかない。

その「ふわ~っ」には、ほとんどのマスコミも大いに加担してきた。

 

しょせん、マスコミの「なかの人」でも、各人は、民衆のなかの一員なのだから、「ただの人」が「ただの人」を煽り、「ただの人」を崇め奉っているに過ぎない。

「中心部は空洞」
なので、責任を取る存在など どこにも いない、
そんな「中空の国」の国民性だ。

 

『昭和天皇』『皇族』という存在に対しても そうだが、敗戦後は実質的に「宗主国」となった『アメリカ』に対しては、「原爆を落としてくださり、ありがとうございました」と、まじで言い出しかねないほどの、極度の従順ぶりだもの、さすがに、日本人の私から見ても、そうとう特異な感じは する。

 

とは言え、

日本人に限ったものでもなさそうなことは、古今東西の共通性で、昨今では特に今、アメリカ人が示してくれているところ()

最近、医師だったか、その方面の専門家が指摘していたのを見かけたには、

要するに、民衆というものは、極端なことを好みがちであると。

なるほど、
たしかに、極端なカタチというものは、わかりやすいことでも ある。

民衆の多くは、わかりやすいものを好む傾向が あるだろうと。

 

 

でね、

くだんの親戚の おばさんも、もしかしたら、現地で生活しているなかで、すでに出会っていて、かねて親しくしていた おかげで、その中国人の男性が匿ってくれたという経緯だった、のかもしれない。

 

余談だが、

うちの親父の従弟、つまり、その、片腕を失いながら、まあ、言わば「不義の子」を連れ帰った おばさんの夫は、親父の母方の叔母の長男、要するに、「本家」の跡取り息子だった。

 

ところが、
従弟夫婦の あいだには、他の子どもが できないままだったので、結局、おばさんが連れて帰った女児を、実子として戸籍に入れたのだろう、
両親とも亡き後に、家を継ぐ者は、その娘しか いなかったのだ。

なので、うちの親父は、

「従弟のほうの本家の跡取りは、結局、何の血縁もない、中国人の男の娘ってわけだ!」

と、苦笑していた。

 

 

「○▽ちゃん!(←私のこと)あなた、足が長くって、カッコイイわねえ!!」

気取りのない おばさんは、うちに泊まりに来た日、私が、ジーパン姿で傍らを通ったりしたときに、感嘆したように褒めてくれた()

いまでも私が憶えているのは、あの おばさんの、屈託なく快活な ようすだけだ。

 

『シベリア抑留』者で あった、隣家の おじさんについても同様だった。

うちの母親は、この人たちのことを評して、

「まさに、死線を越えてきてる人たちだけ あってか、どこかしら、突き抜けてるというのか、われわれとは、ちょっと違うものが あるわなぁ」

と言っていた。

 

それでも、隣家の おばさんは、

「うちの亭主は、昼ご飯の したくするのが、ちょっと遅れただけで、『おいおい、おまえ、いつになったらメシを出してくれるんやら、わしは もう~、腹が減って腹が減って~』って、いまにも死ぬんかい!ってくらい、大げさに泣き出しそうな顔で言うんよ。あれが、ものすごく厭!!」

と、

おじさんの いない所で文句を言っていたので、私や母親は苦笑したものだが、

ところが、

おじさんは、シベリア抑留を解かれて、日本に帰ってきてからも、鹿児島の田舎に残してきた弟たちへ仕送りを するため、独身時代、職場の昼食には、煮込んだ玉ねぎ2個だけを、アルミの弁当箱に詰めて持ってくるという、たいへんな節約生活を長いこと続けていたそうだ。

 

おそらくは、空腹感を覚えると、とたんに、あのシベリアでの飢餓感を反射的に思い起こさせられていたのでは ないだろうか。

 

 

さて、

以前にも触れたと思うが、私の父方でも母方でも、皮肉というのか、
どんでん返しみたいな事情や経緯は、異様なほどに多い。

たとえば、

うちの母親の実家、つまり、母方の祖父母も再婚どうしなのだが、
実母が病没して間もなくの戦時中に、私の母親と兄弟姉妹(叔父や叔母)たち子どもだけが疎開していた先の田舎で、行く当てもなく途方に暮れていた数人編成のグループの人たちを、『大阪』に残って仕事を続けていた祖父の許可を得ないまま、当時は小学生だった長女(←私の母親)が、気の毒に思い、子どもしか いない家のなかへ招き入れ、食べ物などを分け与えたのだという。

 

祖父は、いちばん上の長女でさえ小学生(←私の母親)、以下、幼い子らばかりなのに、見ず知らずの、胡散臭い人たちを泊まらせたというので、つよく叱ったらしいのだが、結局は、そのことが切っ掛けとなって、後年、その一行のなかに混じっていた若い女性と、私の祖父は再婚したというわけ。

そして、その後、私の母親と、その兄弟姉妹(叔父・叔母)たちは、戦時中とは言え、血を分けた実の兄弟姉妹のみで過ごしていた、それなりには穏やかだった生活と一変した、大変な日々を招くこととなった。

 

つまりは、お定まりの如き「継子虐め」が盛大に開始されることになった、その おかげで、母親の実の兄弟姉妹、すなわち、私の叔父や叔母らの将来までもが、根こそぎ踏み潰され、台無しになるような事態を招いた。

このことも、ズバッと言ってしまえば、私の母親が「元凶」の役割を果たしたと言っても外れては いまい。

 

もちろん、当の本人は、子どもながらも、困っている人たちに対する、あくまでも善意の つもりだったので あるが、のちに、後妻となって、凄まじい継子虐めを開始することになる女性を、うかうかと、家のなかに入れてしまい、そして、そのまま居座られてしまったわけで。

 

ある日を境に闖入してきた あかの他人、それも、「どこの馬の骨」という出自の女性が、まんまと後妻に おさまって、非常に古い由緒ある祖父の家系は、こちらも、彼女が産んだ息子が継いでいる。祖父の家の資産や財産とともに。

 

ただし、その後妻すなわち私の義理の祖母は、私に対しては、彼女なりに精いっぱい優しかったし、虐待された叔母らが頻りにフシギがるほど、私のことは大いに可愛がってくれていたので、私としては、なんとも言いようのない複雑な心情では ある。

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.09.19 (Fri)

【続】そして、問う。の続き最終。

 

母親の腹のなかで殺されかけ、

父親は、それを けしかけ、

泣き声も あげずに生れ落ちた、私の存在は、

父母それぞれの、片親違いの姉や兄らのネタミの対象となった。

 

「おまえは、かわいそうな姉や兄と違って、実の両親で育って、いちばん幸せだ」

母親の口癖は、そのまま、義理の姉や兄らの思い込みでも あった。

 

まったく、

誰が、「かわいそうな兄や姉」にしてしまったのか、

原因を拵えた当人が、しゃあしゃあと言ってのけることよ。

 

 

これも「自己愛性人格障害」の義姉の、その夫も、

もとは、わりと信用していた私の母親が亡くなったあとは、

その娘である私へと、対象を移したので、

ほとんど信用していなかったはずの舅、つまり、私の父親が出まかせに言う陰口や悪口を、

呆れるほど、つごうよく、コロッと信じるようになり、

父親の葬儀の前後、きわめてイイカゲンな内容の遣り取りで、疲れている私を煩わせたメールの ついでに、

亡父が、あなたのことを、こう言ってた、こうも言って、嘆いていた、

あなたは、もっと反省すべきでは?

というふうな、お門違いの説教を突き出してきたので、

ついに、たまりかね、

「私を、そちらの皆さんのネタミの対象にしないでください」

ということを、ずばりと言って、完全に、縁を切った。

 

何を知っているというのか、何が分かっているというのか、

何も見えてやしない、ウヌボレや連中が。

 

ねたみは、呪いだ。

 

亡母は、まだ元気だった頃の ある日、なぜか、唐突に、

「おまえ、うちのことアレコレばらしたりしたら承知せんからな」

と、凄んできたことが あったw

 

まだまだ、もっとドッカ~ンemojiな話も目白押しなんだが(苦笑)

書いてから死ぬか、

書く前に死ぬか、

そんな感じが現実になってきてるようなw

 

 

最初は、自分の兄弟姉妹の人生を破滅に導くことから始まった。

「善意」によって。

長じては、自分の家庭のみならず、他人の家庭も一つならず壊し、

自分の子どもの人生こそを台無しに。

まさに、強きを愛し、助け、

弱きを憎んで挫く、

その破壊行為には、常に、「正義」「道義」なる理由付けを伴わせていた。

まさに、破壊神の如し。

どこぞの独裁者のパターンと同様だが、

もっとも、世界に影響を及ぼすようなスケールでは さすがになくて、

しょせんは、目立ちたがりなだけの見栄っ張り主婦。

吹けば飛ぶような、薄っぺらい名誉心。

 

獰猛な怒りの面と、いまにも泣き出しそうな面と、

この極端な顔を表裏に、両方とも備えていた女は、

「コップのなかの破壊神」

に過ぎなかったが、

それでも、何人の「弱き」の人生を薙ぎ倒していったことか。

本人は、正義・道義を貫いた つもりで いたけれど。

 

いったい、何の意義のために「遣わされた」のやら。

……

 

 

ま、そんなわけで、

体調が悪いせいも あるのだろうが、

私もトシくったし、からだも、ますます弱って、

若い頃のように、「全身全霊で」張り詰めて聞き取る気力も体力も、もう、残ってないわ。

どんなに罵られようと、

筆談に応じてくれなかろうと、
若い頃のように、なにごとも、この私が悪うございますのでございますと、平身低頭するのも、もう疲れた。

 

「健常者」「健聴者」たる皆さんに問う。

あなたがたは、生きてるかぎり、年がら年じゅう「全身全霊で」張り詰めた細い糸のように生活できますか?