2025.09.19 (Fri)
『そして、問う。』の続き。
私の、幼い頃からの修行のタマモノ?で、ほんの一言でも一部分でも聞き取れたなら、それだけで、全体の内容をパッと察する。そして、それらしい応答を する。
そういうところしか見てない相手なら、私が聴障者だとは気づかないままということも あり得るわけ。
部分を聞き取って、全体を察するというのは、近年になって、やっとかめ、「努力義務」とかいうことにしてもらえた「筆談」に おいても発揮する。
要約筆記者でもなく、ふつうの人は、「筆談お願いします」と言われたら、話の内容すべて、それこそ、「です」「ます」まで付けて、一字一句を完全に書いてくれようとすることも珍しくないので、毎回、
「あ、全部を書いてもらう必要は ないです、キーワード的な一言だけで、あとは分かりますから」
と、申し入れるのだが、それは それで、戸惑う人も いるには いるし。
もっと困るのは、字がヘタだったり、汚い字の人だと、読み取れないという問題が起きる。
字がヘタだから、書きたくないという人も いる。うちの母親みたいに。
論外なのは、メンドクサいのか、意地が悪いのか、冷酷なのか、
甘ったれるな!と ばかり、丁重に お願いしても、ぜーったいに、筆談に応じてくれない人。
以前は、しかたない、、、と、やはり必死に、相手の言ってることを聞き取ろうとガンバったけど、
トシくっちゃったせいか、こっちも、つい、一瞬、ムッとした表情に なってしまいがちなのか、
「なんだ、この ずうずうしい障害者は」
と言わんばかりに、もっと硬化した態度を むきつけてくる人も、時々いる。
そのときの場合によっては、こちらの圧倒的不利を招くことも ままあるから、重要な話のときは、ひたすら忍の一字で耐えるしかない。
だいたい、しゃべりかたが おかしいというのは、まず、聴覚障碍を疑うのが基本だろうから、発声や発話がヘンだということは認めておりながら、聴覚障碍は、あんた自身の思い込み!などという決めつけは、とんでもない暴力だ。
「病院や検査なんて、治らないんだからムダ!」
と言い放った愚母は、常に、
「あんたのは、障害のうちに入らない。努力が足りないだけ。性格が悪いから」
と、言い放っていた。
しかも、私の障碍の原因は、そもそもが、母親の病気のトバッチリだったのだから、調べあげて、このことを知ったときは、母親に対する怒りも何も通り越し、
「しょせん、脳が異常だったから、しょうがないのか。。。」
と、冷ややかな溜め息しか出なかった。
それと、
幼い頃、小学生時分の遠足などで、ほかのクラスメートに比べると、私は、消耗、疲労するのが非常に速くて、一見の体格に似合わず、すぐにヘバりがちなので、母親は、それについても、
「あーあ、なさけない!恥ずかしい!ほんとに、あんたは横着で、怠け者や!」
と、罵り続けたが、
この、疲労しやすい原因も、妊娠中の母親のデタラメな所業による難産で、重度仮死状態で産み落とされた影響が小さくは ないだろう。
愚母は、こうも言い募っていた。
「あんたは関係あらへん。おかあさんだけが、大出血して大変やったの。あんたは関係ない!」
と。
死にかけるような目に遭わしてくれて、なにが関係ないのだか。![]()
ただ、
「脳性まひ」などの危険性が あったことは、さすがの母親も辛うじて認めていた。
もっとも、重度の仮死状態が原因では なく、当時、新生児に流行っている病気だったからと、これもまた、誤魔化すための作り話。
ほんとに、私が脳性まひを背負って生まれていたら、どうするつもりだったのやら。
おそらく、施設に入れられるなら、これ幸いと放り込み、人目を気にして、ある程度は覗きに来て、死んだと聞けば、ホッとするのだろう。
軽度とか中途半端な障碍は、もっぱら、抱えている本人ひとりの苦しみだ。
しかし、重度となると、親も背負わなければ ならない面が大きくなるのだからね。
…
振り返ると、たしかに、若い頃は、もっと聞き取れていた、ようには思う。
でも、そのためには、まさに、「全身全霊を傾けて」必死に聞き取ろうとするんです。
そうでなければ、
「無視したな!」
と、ケンカを吹っかけられるし、
肝心の親が、
「わざと無視したな」
と、堂々と文句を言ってきて、聞こえてなかったと言っても、頑として認めないのだから、
そりゃあ、他人さまは、もっと言うわ。
ある職場では、
「知的障害者?」
と、まじで聞かれたことも あったよ。
別の職場でも、
「こんな障害者なんか雇って!」
と、悪意まんまんの苦情や告げ口も一度ならず。
そのことを言ったら、
「なんやて?その人、知ってる人やから、抗議したる」
と、息巻いたのは、そのときだけ。
はや、翌日になったら、
何?何か問題あったか?と言わんばかりの、ケロッとした態度。
ま、そういう母親だった。
当人は、
「わたしは過保護やから~」
と、口癖のように自慢していたけどね(嗤)
私は、ほんとうに大事な時に守ってもらったという感じが ない。
むしろ、
はなはだ、手間の かかる親らだったなあと、つくづく思う。
あの母親の言う(ていのイイ命令)とおりにして、良かったと言える結果が出たことは ない。
むしろ、ますます悪くなった。
母親にとって、真の娘は、私ではなく、父親違いの姉でもなく、
継母の虐待を、かいくぐってきた戦友のような存在の、妹(私の叔母)こそが、「不憫な娘」で あったのだろう。
そして、誰よりも大事だったのは、親父と、その連れ子らを通して実現したかったミエ。
結局、親父らが最も得をした。
それでも、家族のなかで、いちばん出世したはずの亡兄は自殺した。
「おかあさんは、おれを利用したんだよ」
と、これまた被害者ぶってた親父。
てめえの晩年も、てめえの先妻の娘らの こんにちも、
いったい、誰の おかげなのか、ほんとうに理解してないのか。
「問題はオマエや」
とも言い放っていたが、
違うだろが。
実際は、あんたや親父が問題だったのよ。
ある人は、
「それは、過保護じゃない、過干渉というもの」
だと、ずばり言いきってくださったけど、
残念なことに、本人すでに、死んでトンズラしおおせた あとだった。
やっぱり姉妹だけ あってか、母方の叔母は、
「あたしって、わがままだから~♪」
ってのが口癖だったのを思い出す。
なんか、軽薄なカン違いしてるのよね、
「過保護」にしても「ワガママ」にしても、誇ってイイこと、みたいな(嗤)
はてさて、
あの「オカルト連」なんどは、私に向かって、首つって死ねと、遠回しっぽく装いつつ、けしかけてきたもんだけど、さぞかし、待ちくたびれていることだろうww
あの連中とグルになってた とあるやつなんかは、
「あなたは、自分で思うほど強くない」
って、いきなり、何のつもりで言って寄こしたのだか、
私は、自分を強いと思ったことは皆無だし、
そんなことを言った覚えも皆無なので、
これは、そう言い放った者自身の、無自覚な自己投影の類だなと察したけど。
こういう手合いが多いのよね、QAサイトや掲示板の類には特に。
子どもは産むまいと思っていた中学生の頃に戻れたら、しっかりと自殺を決行したと思うけど。
ウツクシイ日本の皆さん、
ごめんなさいね、こんなのが、ずうずうしく、まだ生きていて。
でも、たぶん、70代までも届かずに もたないとは思うんで、許してちょうw
【続く】