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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2025.09.23 (Tue)

いろいろあって、みんな いい。とばかりも言っていられないらしい。の続き。

 

先行エントリーにて述べた、こういった類の話も、なかなかに始末の悪い経緯ゆえ、ここで全てを話してしまうには、とうてい、スペースが間に合わないので、またの機会にするが、

とにかく、
うちの家族や身内と名の付く連中には、乱れに乱れた麻縄の如き事情や心情がビッシリ縺れ合い、張り巡らされているかのような ありさまなので、語るもシンドイ、骨の折れる話だらけ、いちいち、エントリーを新たに立ち上げていかないと、話しおおせることも できないほどに複雑怪奇なので ある。

 

じつに、そこいらの小説家などには、想像も追いつかないであろうような、まさに「事実は小説よりも」ナントヤラ。

 

「売文家」だか売れないヘボ小説家だかが裏で関わっていたらしい、例の「おカルト連」、まともな社会経験にも苦労の体験にも乏しくて、なけなしの引き出しのなかも、脳みそのなかも、スッカラカンだった あの連中は、私を侮辱して、とことん怒らせなかったならば、涌き出る泉の如く豊富なネタを、いくらでも提供してもらえてホクホクできたであろうものを、ほんとうにバカな連中だった()

 

まあ、かく言う私自身がトバッチリを ふんだんに被ってきた被害者なので、正直、思い出すだけでもゲンナリしてくることが多い。

結局のところ、
小説家や作家なんどに なって、それらを下敷きにして書き綴っていこうという根気や情熱が続かなかったもんだから、亡母から「書くな、書いたら許さん」と、えらそうに、お門違いのクギを刺されていたことも あるしで、

こうして、「ブログ」などという、いわゆるネット ツールが ない時代であったなら、もはや、誰に何を語ろうという気も消失していき、

しょせん「フツーの」人生しか知らずに済んだ人を相手に打ち明け、また、縷々語ってみたとて、少しの距離さえ埋まるでも なく、少しも わかり合えるわけで なく、単なる時間のムダだねと、私自身の口を閉ざし、書く手を止めて、それらの話も、沈黙の闇から闇へ葬られていったはずなのだ。

 

 

はてさて。

大事なことなので、ここで三たび、言っておきますw

「日本人ファースト」?あったりまえのこと、ここは日本なのだから、

ここは日本で、最大多数の日本人が主権者なのだから、あたりまえ過ぎて、いちいち喚く必要もないはずだと。

そもそも、外国人労働者に多数、来てもらう目的は、何か?

「日本人ファースト」だからです。

正確には、富裕層の日本人のためなればこそ、だ。

 

「移民」で成り立っている歴史に支えられてきたアメリカですら、不法も何の そので流入してくる移民に恐れを成し、これを追い出さねばとヤッキになっては みたものの、やっぱり、不法でもイイから、移民が存在してもらわないことには、農作物の取り入れすら、手が回らない事態だという。

それに比べたら、日本国内の、いわく「移民問題」なんざ、ケタが小せえ小せえ。

もちろん、不法行為や犯罪に走る外国人のニュースは、多かれ少なかれ増加している印象は あるが、それは、入ってくる人数しだいでも あるのだから、依然として、犯罪件数そのものは日本人のがダントツで多いのは理の当然。

 

それでも、外国人のアラが目につき、外国人犯罪が日増しに増えている一方のように思えてならず、嫌悪が募って しゃあないのであれば、
まずは、分析と改善だ。

何が、彼らを、そうさせたか。

どうすれば、問題や犯罪を起こさないようにしてもらえるか。

それは、招き寄せた日本側の責務だわな。

 

こないだ、自宅の近くの大型スーパーマーケットで、明らかに『イスラム教』の国から来日したのだなと分かるような、若い女性を見かけた。

以前も言ったように、私が子ども時分は、大昔から農家やってますという世帯と田畑が多く、大阪と言っても、ほんとうに田舎っぽい地域だったので、うちの実家みたいに、遠方から引っ越してきた、いわゆる「核家族」の世帯は、地元の人からすれば、新参者、よそ者であり、彼ら自身が呼ぶ彼らの「村内(ムラうち)」のなかには入っていきにくい雰囲気も濃く残っていたように思うが、

移り住んできた世帯に合わせた学校や商店が建ち並ぶにつれ、その分、広がっていた田畑は姿を消していき、やがて、農家の おかみさんらが、マンションやアパートの大家さんになって、先述したような、「成り金」まる出しのスタイルで、肩で風を切るように、得意そうに歩く「バブル」時代が到来したわけだけれど、ま、それも長くは続かなかった。

 

 

そんな地域だから、外国人の姿を見かけるようなことは、ほんとうに珍しかったので、いまでも憶えているのだが、

とある家の前で、誰かが出てくるのを待っているようすの、白髪の男性が立っていると見えた瞬間、そこんちの お爺さんなのかナと思い、かつて、叔母が住んでいた東京では、外国人を見かけることに慣れていた私なのに、その男性の傍まで近づいて、通り過ぎるとき、あらためてチラッと見たら、「プラチナ ブロンド」のような、白っぽい金髪の白人男性だったので、えっ?!emojiと驚いたことが ある。
それくらい、外国人には縁のない地域だったのだ。

 

例外的に、親子代々、洋品店を経営している、『華僑』だか中国系だかがルーツのクラスメートも いた。

その子は、日本人には ありえない、独特の姓を名乗っていたので、それと分かるケースだったのだが、彼女の祖父母さんの代か親御さんの代から、ずっと、この市内で暮らしているらしく、くだんのクラスメート自身、心底から、地域に馴染んでおり、生まれ育った街に対する愛着が つよいものと窺えていた。

それでも、やはり「血は水よりも濃し」というのだろうか、なんとなく、日本以外のルーツ感を滲ませているような子で、そういう点では、「ふつうの」日本人の友人たちとは、ちょっと違うなぁという感じは するのだが、それでも、本人としては、自分が漂わせている雰囲気のことは全く自覚していなかったと思うし、友人たちに好かれ、とけ込んでいた。

 

日系の御両親を持つ、『アメリカ』からの、いわゆる帰国子女であるクラスメートも いた。

血筋だけを言うなら、まぎれもなく日本人なのだが、彼女は、日本語が、私らのようには、「ふつうに」話せなかった。そのことは、『古典』の教科書を朗読したときなどにハッキリと分かるのだが、日本語を母語として生まれ育ったなら、たとえ、『平安』時代の古典文学であろうと、まがりなりにも、それらしい読み上げかたを するだろうが、彼女には、感覚の根本的なところで、イマイチわからないようだった。
日本人なら、ありえないだろ?というくらい、一種、奇異なほどの読み上げかたを するので、やっぱり、英語がドップリ中心の環境で育ったんだなあと思わせられた。

 

トランプを大統領に選ぶなんて、想像もしていなかった時代の、つまりは、『民主党』的な時代のアメリカに育った このクラスメートは、アメリカでは、人種差別がハッキリあるよぉ、ということを言っていた。

 

 

このように振り返ってみると、外国人が珍しかった時代の大阪の片隅に おける私の学校時分にも、いろんなルーツを持つクラスメートが、そこ ここに存在していたのだなと気づかせられる。

ルーツそのものも両親も日本人なのに、日本語が、ちょっと奇妙な子。

あきらかに日本以外の国がルーツなのに、生まれ育った地域の言葉だけを話し、生まれ育った街を、こよなく愛していた子。

それで いいじゃないか、いろいろ あって、おもしろいと、私は思うけど。

 

ただ、その国の基本的なルールは、住み着いてからでは なく、できれば、来る前に、あるていどは学んでおいてほしいとは思うけどね。

それと、宗教よね。

アジア諸国に対してまで、「国家神道」をグイグイ押しまくった時代の日本は、何の真似だったのやらと思うけれど、

そもそも、「一神教」的な宗教を、国家的規範として戴いている国の人々ともなると、それこそ、

「▽▼―の他に神なし!!」

などとした強烈な決めゼリフを、日本国内でも高々と看板に掲げて見せるくらいなので、そりゃあ、

「どこに移住しようと、われわれにとって異教徒の言うことなんざ、無視しておいて よい」

くらいに思っているのが本音なのかもしれんけども。

でも、それでは いけないだろうと思うし、

ましてや、宗教を抜きにした、純然たる法律や制度などの場合は、それらを成り立たすに至った、その国や風土ならではの生活事情が根底に あることも考慮してもらわないとだね。

その点は、先祖代々と言っていいほどの長年にわたり、日本国内で生活してきた、いわゆる「在日」の人々の理解度は、全体としては格段に高いのだろう。

ことに日本人は、そういう点では、とりわけ、日本よりも先に「先進国」で あった欧米の諸国で暮らすときは、その国の決まりや、人々の感覚にも合わせようと素直に努める傾向が高いと思うが、

それでも なお、一般的な日本人には、ちょっと想像しがたいほどに、どこの国の民衆でも、基本的には、自己主張などの傾向が つよいもののようだから、むしろ、世界的には、日本人の一般的感覚のほうが、珍しい部類なんだろうなと思う。

 

 

私が住んでいる地域の話に戻すと、

白人どころか、いちばん驚いたのは、じつは、黒人の男性を、この近辺で見かけたときだった。

何年前になるか、『インド』や『パキスタン』の男性も見かけているし、出身国の料理を供する飲食店を始めていたのも知っていて、いっぺん、入ってみようかなと思っているうちに、ほどなくして閉店してしまったようだった。

ここ数年ほど前からは、『アラブ』系らしき男の子たちも、時たま見かけるようになってきて、
私が子どもだった時分の街の ようすを思い起こしてみれば、うそ~
と思ってしまうほどの様変わりだ。

それを不快に思うわけでは なく、

むしろ、いちおう、日本第二の都市である大阪の なかとは言えど、こんな中途半端な所へ来て、何か見どころでも あったかしらん??と、ふしぎに思っていた。

 

 

先述のスーパーマーケットでの話に戻して、

イスラム教徒らしきスカーフを被った若い女性は、たぶん、『インドネシア』とか、あのあたりから来日したのだろうと思しかったが、小柄で、小麦色した可愛らしい顔立ちの女性に、少々見とれてしまっていたのか、女性のほうは、私の視線に気づき、ハッと警戒したかのような表情を浮かべたので、おっとと思って、目を逸らした。

言っとくけど、
いくら私でも(?w)ヘンな意味で見ていたのでは ありませんっ!ww

ちょっと思ったのは、やっぱり、イスラム教を示すスカーフを、好意的では ない視線で見られる経験が あったのかもしれないなあということ。

私は、むしろ、イスラム教のスカーフの被りかたに興味を惹かれていて、スカーフ留めなのだろうか、きれいなパール風のブローチで留めているのを、「オシャレやなあ」と、つい、視線が走っただけなので あった。

 

 

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