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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2025.10.27 (Mon)

姉さん、事件です!【途中の番外編・肆】の続き。

 

つい最近、例のアベシ射殺事件の犯人である男の母親が、大手メディアのインタビューに応じていたようで、その記事のなかで、この母親が入信している、例の『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』の教義について少し触れている くだりも読んだのだが、やはり、ふつうに『キリスト教』が唱えていることと共通性を持たせていると見えた箇所は、要するに、どのような忌々しい、つらい、厭なことであっても、そもそもの原因は、何事も、すべて自分自身に起因しているという考えかたなのであるそうだ。

だったら、殺された者自身も、殺された原因は、ひとえに自業自得の因果応報でしたと、認めなくては ならんリクツになるわなwこの激しいムジュンよww

 

ここの教団の教義って、やれ「アダム国」の「エヴァ国」だの、あからさまに『朝鮮民族』のコンプレックスまる出しな作り話でしかないのだがw
そんな教義に、最も靡いて のめり込んでいるのが日本人とは、これいかに()

さて置き、

こういう教義って、キリスト教に限ったことでは ないけれども、早い話が、ことに、何らかの権力を持つ者にとって、この上なく都合が良い考えかたなのよねw

 

どんな悪事を犯していようと、じつは邪まな大悪人であろうとも、その権力者自身は、いっさい、わが身が咎められたり罰されることなく、勝手に、罪の意識に浸ってくれる相手のせいにしておけるわけだからな、
権力者にとって、こんなに都合の良い考えかた、便利な教義は ないですわな。

 

ま、この母親の場合、難病とか障害を背負っている長男の治療費までも、教団に注ぎ込んでしまったということらしいので、それは、要するに、子に対するネグレクトであり、虐待だ。

でも、そのせいで、長男が自殺したことよりも、
難病や障害を抱えている者が、よりによって自分の子として生まれてきた、そのことのほうが耐えがたい苦悩だったようだ。

 

障害や病気、家族の問題や死別、こういった、俗に言う「不幸事」に つけ込んでくるのが、およそ宗教の特徴といって過言では なかろう。

私自身も、ちょっとした雑談の流れで、母親が亡くなったという話を した とたん、さっそく、聞いたこともない宗教に勧誘されたことが あった。その顛末も、過去エントリーで述べていると思うが、勧誘してきた相手は、子の一人が、知的か発達面の障碍児であるということだった。おまけに、営んでいる店舗と自宅が一つづきになっている建物の壁に設けられていた外階段の てっぺんから、近所の女性が、衝動的に、飛び降り自殺の場所にしてしまったという事件も あったようで、私を勧誘した ご本人は「商家の お嫁さん」らしい、愛想の良い、まじめな人だったけれど、内心は、あれや これやで、そうとうに悩んでいるのだなということが窺い知れた。

しかし、お姑さんなどは、この人の宗教活動のことで困惑しているようすでも あった。

 

むかしの同僚も、父親と離婚した母親が、たいへんキツイ人(『群馬』出身だってさw)で、話を聞くと、私ですらギョッとするような虐待を受けていたらしいのだが(包丁を突きつけられたとか)
まあ、別れた父親も父親で、幼い娘に、性的なイタズラを平気で やってのけるタイプだったらしい。

で、後に、その母親が入信したのが、『創価学会』。

同僚は、母親に反発を感じながらも、否応なくだったのだろうか、自分も入信し、やがて、同じ『創価』の信者家庭の男性と結婚した。

その結婚相手の兄は、事故か何かで、歩けないそうで、車椅子を使っている障碍者だと言っていた。

 

 

さて、先行エントリーの続きに戻すと、

実家の親父が亡くなって しばらく経ってからだったと思うが、
その頃のエントリーにも綴ったとおり、

亡くなれば、パタパタパタと、かたづけられていき。

歴史上の有名人でもないかぎり、そのへんの一般人が生きた痕跡なんて、早晩、消え失せてしまうのが世の常。

 

元気だった頃は、それなりに得意の絶頂で、肩で風を切って闊歩していた時代も あった母親も叔母も、みずからの死後の呆気なさを、生前に知ることが できたなら、どのように感じたことだろうか。ミエっぱりだった彼女たちは。

 

 

いや、どんなにか有名人だったのであろうとも、
いつか、宇宙全体がペッチャンコに潰れる日、小さな小さな粒と化す時が来れば、すべての存在が等しく同じ結末となるのだ。

 

不可思議な物質の世界なのだもの、

生の始めから死後も、リサイクル、リサイクル、それが、言わば「輪廻」ということだろう。

粒が弾けて大拡散し、「スターダスト」、やがて収縮、また粒に戻るまで、リサイクルの繰り返しなのだろう。

新しい粒に替わっても、「前世」を引きずっているなんてことが あるだろうか()

 

 

ところで、このところ、踏切事故が多いような気が するのだが、

去年か一昨年に、この近辺でも、高齢者の車椅子が、レールに挟まったとかで、気の毒なことになってしまったそうな。

私自身、買物の帰りなどで、自転車の前カゴに目いっぱい、荷物を積んだ状態で、踏切を渡ることも多く、常日頃から、気を つけなくてはと、あらためて自戒せざるを得ない。

つい最近も、『阪急』沿線で、自転車を押しながら踏切を渡ろうとしていた中高年の女性が、タイヤを取られたのか、アタフタしている間に撥ねられたということだったが、

私は、転倒した ひょうしに、足を痛めて、起き上がることが できなかったのかなと思ったのだが、
落としてしまった何やかやを拾い集めているうちに逃げ遅れて、、、ということだったらしい。

 

命より大事な荷物など あるはずが なかろうし、

やはり、つまるところは決断力なのだと思う。

パニックになるのも理解できるけれど、まずは、身ひとつを逃れさせることが第一、そして、1秒でも早く、通報ボタンを押す、これを、肝に銘じていることが大切だと思う。

 

また、その事故が起きた踏切は、なるほど、レールが斜めになっていて、自転車のタイヤが取られやすい状態のようだ。
だが、改善は遠い話なのだろう。

 

『阪急』ってさ、何かと問題が多いのかね、『宝塚歌劇団』の一連の事件も あったしw
個人的には、『阪急デパート』の店員の接客態度の悪さに呆れたことも あるしww

 

私が、常々、怒りを表明している「自転車レーン」。
これって、道路の端っこに、ほんとに申し訳ていどのスペースを色分けしてくれてるけどさ、

歩道を通るのは よくないからと、当初は、まじめに、できるだけ、「自転車レーン」ってやつの上を走ろうと努力しては みたものの、後方から次々に、大型トラックやらダンプが押し寄せてくるときは、やっぱり怖いので、途中で歩道に上がろうとして、段差にタイヤを取られかけ、危うく、転倒しそうになったことも ある。

段差って、ほんの少しの段差だからこそ、自転車のタイヤが取られやすい。ふだん、自転車を使っている人なら、実感あると思う。

 

その自転車レーンも、夥しい不法駐車に阻まれ、なんなら、歩行者が堂々と歩いとるわ。

 

話を戻すと、

じつは、私が二十歳の頃に、叔母が、短期間では あったが、病後の養生のため、とある人からの紹介で、

大阪出身の、知名度の高い作家さんの弟妹に当たる人だったかと憶えているが、そのかたが『阪急』沿線の、この地域に所有しているマンションに住んだことが あったので、私も、何度か泊まりに行ったことも あり、どちらかと言えば、人通りが少なく、少々寂れた感じの町だったかなという印象は持っていた。

 

いちばん良い時代だったとも言えよう日本の首都、東京の華やかな生活に浸りきって生きてきた叔母は、生まれ故郷である大阪の、どこに住んでみても、前向きな意欲を取り戻すことが できず、すぐに、東京へと帰りたがった。

 

 

うちの近辺にも、通るたびに毎回、腹が立つほど剣呑な踏切が あって、踏切の前後だけが「盛り土」みたく小高くしてあるので、それが また、わりと急な坂状態なので、自転車に乗ったままでも、降りて、押しながら歩いても、ふうふう言いつつヒヤヒヤする。

それが、シロウトには理由が分からんのだけど、線路と並行している道路を、しばらく走って行ったら、ほぼ隣に位置する踏切は、まったくの平らかな状態なのよ。

急坂状態になっている踏切から、平らな状態の踏切に至るまでの道が、起伏のある道路なのかと言うと、まったくの平坦。

なので、なぜ、あれほど急な坂の状態に盛り上げた踏切が あるのだか、必要性が、ちとワカランなぁと思ってきた。

 

やはり、20歳代だった頃の、踏切に まつわる出来事を思い出した。

ある日、職場から近い、わりと広い踏切にて、遮断機が下りてしまったので、立ち止まって待っていたら、対向の遮断機を くぐってしまっているオバちゃんが、ミニバイクを押しながら、大慌てで、こっちのほうへ向かってきた。

私は、まず、自分の目前の遮断機を、おばちゃんが辛うじて くぐりやすいようにと持ち上げていたのだが、

それと同時に、すかさず、やって来る電車が、どっち側の線路を通過するのか、点滅しているランプを見て確かめた。

さいわい、通過する電車は、当駅に、いったん停車して、乗客を乗せた後、向こう側のレールを通るので、こちら側のレールに、電車が来ないうちは、あるていど余裕が ある。それを確認した私は、少し安堵して、遮断機を持ち上げていた手に、いっそうの力を込めた。

バイクを押しつつ、逃げきろうと焦っているオバちゃんは、すでに、こちら側の遮断機の すぐ手前まで来ている。

次の瞬間、

私は、斜め後ろから飛び出してきたオッチャンに突き飛ばされた。

おっちゃんは、みずからも踏切内に入り込んで、こちら側の遮断機の手前まで来て、なおも泣き顔のオバチャンと、そのバイクとをイッキに掴み出す勢いで脱出させ、それから、おばちゃんを怒鳴りつけていた。「もう少しで死ぬとこやったぞ!気ぃつけんかい!!」と。

 

ン十年前のことだし、ここいらの地域は、わりと昔気質っぽいというのか、親切な気風も残っているので、こうやって力づくで助けようとしてくれる人も いたわけだが、いまどきは、どうだろうかなとは思う。

 

先日は、近隣の市でも、大きな踏切事故が起きた。

ニュースの動画を見て、あ、やっぱり!と思ったのは、たまに、所用で通りかかる場所だったので、すぐに分かったのだが、

あそこの踏切の手前に設けられている横断歩道は、信号機が設置されていないので、向かい側の歩道へ渡ろうとしている歩行者が いるときは、すみやかに停車してくれるようになっている。

まあ、たまに、そうでない、けしからん運転手も いるけどw
概ねは、歩行者優先を順守してくれている。

 

ところが、くだんの事故が起きたときの一部始終を映し出していたカメラ映像を確認してみると、横断歩道の手前で停車することもなく、イッキに、踏切内へ入っていったように見えるのね。
だとすると、たまたま、歩行者が見当たらないから、停車せず、まっすぐ踏切へと走行したのだろうが、それにしても、ヘンだと思った。

あの横断歩道と踏切は、ほんとうに目と鼻の先の至近距離で、見通しが良く、一直線上に並んでいるのだから、日没後では あっても、横断歩道を渡ろうとしている人が見当たらないことを、きちんと確認していたならば、踏切のランプがハデに点滅し、警報音が けたたましく鳴り響き、遮断機が下りてきていることも、ほぼ同時に目視できていたはずなので。

それで、
当初の一報に接したときは、もしや、自殺を図ったか?と思ったくらいだ。

だが、そうでは なく、

どうやら、よそ見を していたのか、前方不注意だったらしいので、

先述したとおり、私も、たまに通ることが あるのが、まさに、あそこの踏切の手前にある横断歩道なので、

あのとき、あの横断歩道を渡ろうとしている人が いたとしたら、その人が、確実に撥ね飛ばされていたのだろうなと思った。

 

で、
先日も、くだんの場所を通りかかったので、ちょっと視線を向けてみたのだが、

まるっきり、いつもの ようすと変わりなく、

つい最近、あんな悲惨な事故が起きたという片鱗も窺えずで、あっけないものだと思ったことだった。

 

【続く】

 

 

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