2025.11.08 (Sat)
目下、例の「名古屋市に おける26年前の殺人事件」の犯人に対する、その犯行動機の解明を待っている世間だが、毎度のごとく、メディア各社の取材合戦の様相が繰り広げられている最中、犯人の周辺から搔き集めるように聞き出した、こまごました話にも、あれほどの凶行を向けた理由が明確には全然、なっておらず、いま現在の印象としては、とにかく極端で、異常性を感じさせるほどの執着と自己中心性とを見受けるので、一般的な人なら、そんなにも単純な、単純すぎる動機で、あのような惨いことを突如として やるものだろうか?という違和感の あまりに、だろう、しまいには、被害者の夫君の、過去に おける対処や言動にまで、疑いを向けるコメントがチラホラ。
どのようなケースでも、あまり露出度が高くなると、それだけで、叩きたくなってくるらしい向きも、一部には発生するもののようなので、なんとも、困ったもんだなあとは思いつつ、やはり、犯人の心情や行動が特異すぎるゆえに、少しは、それらしい経緯が、水面下に隠れていは しないものかと、鵜の目鷹の目になりがちなのが、俗に言う「やじうま根性」の大衆なのだろう。
それだけ、異様に理不尽な物事に対しては、少しでも尤もらしい理由が欲しいのが、人のサガということでも あるのだろう。
さて、
この事件については、数ある一般のコメントのなかで、私が、あ、なるほどなと思わせられたのが、二つほど、あった。
大概の場合は、的はずれや料簡違いも甚だしいと呆れるしかないコメントだらけなのだが、
私にとっては、自分では思いも よらない心理を指摘していたのが、まず、
「直接の相手よりも、むしろ、その相手の大切にしているものを傷つける」
ということ。
これは、思い起こせば私自身の周辺でも実際あったことで、人生の最初の記憶では、親父と前妻との長女。
もう一人は、近所の幼なじみだった女児。
この義姉と幼なじみには、明白に共通したパターンが あった。
それは、
端的に言って、私が大事にしているものを、どさくさに紛れて壊そうとしたり、こっそりと隠したりすることだった。
それと、
陰で、悪口を言うことが大好き。しかも、作り話。あるいは、いちおう事実であったとしても、もともとは自分に原因が あったことは伏せ、一方的に、対象の せいにする。その裏には、自分勝手な被害者意識。
この癖が、うちの親父にもハッキリあって、親父の晩年は、亡母の代わりに、私をターゲットに していたので、母親の生前は、母親自身が、真相を知ったときに憤っているのを見てきた私だが、母親の死後に、自分も同じ立場に されていたことを知ったときは、愕然としながら、怒りなどよりも、ああ、もともと、やりかねない性格だもんな、あいつらは、と思った。
しかし、親父が亡くなったとき、先妻に連れて行かせた娘(腹違いの義姉の一人)が、親父らがサンザン吹き込んだらしい虚偽の話を鵜呑みにしているという自覚もなく、私の母親ならびに私の罪として、えらそうなことを言って寄こしたので、こちとら、母親の保険金までも、親父が勝手に名義を書き換えて、その娘に渡してしまっていたので、さすがに、腹が立った。
何も見てこなかった、何が あったのかも知らないまま、何の役にも立ったことがない分際で。
もし、前妻が、親父と離婚することなく、次女である自分も同じ家で生育していたら、アル中親父の暴力に さらされたのは、その娘なんだけどね。
ただ、嘘や作話が多いという傾向は、実は、私の母親のほうにも あったのを、その死後になって、私は思い知らされているので、動機としては、第一に、被害意識的妄想が大きいとは言え、それだけでもなくて、何らの必要もない作話も少なからず混じっていたことから、やはり、異常性格の一種なのだろうかと思う。
私の実の両親なのだから、かく言う私自身にも、そのような特徴が あってフシギは ないはずなのだが、彼ら彼女らとの決定的な違いは、
私は、必要もない嘘や作話を楽しむ癖は持ち合わせていないということ。
そういうことにも、一種のエネルギー旺盛さや、労力と計算を惜しまない執念深さや細やかさみたいなものは必要なのだろうからwそりゃあ、小説家にでも なろうかなと、就職に不安が あった若い頃は思ったりしたが、「虚構でもって真実を」云々も何も、やはり、「事実は小説よりも奇なり」という実感のほうが、だんぜん大きくて、「お話」を拵えては、他者に聞かせて楽しんだり、相手の反応を見たいというシュミが ないのである。
やはり、作家や小説家には向いてないと、自分で思うww
もう一つは、
あるコメントの投稿者が指摘していた心理で、要するに、「共有」ということだろうか、
被害者の夫君は、犯人である女について、薄々ながら、心当たりのようなものは あったのでないかという前提の もとになるだろうが、これについては、私も、ご本人が無自覚のままながらも、潜在的には、そのようなものは、微かにせよ あったのかもしれないとは思っていたのだけれど、
要するに、犯人は、被害者の夫君が、最も大切にしていた存在を、自分の凶行で、決定的に傷つけることによって、被害者の夫君との、ある種の「共有」を得たかのように感じていたのでは ないかと、そういうふうな指摘だった。だとすると、
やはり、目的の当人に直接では なく、相手が最も大事にしている存在をこそ破壊する方向へと向かった理由を、相手の男性には、多かれ少なかれ思い当たるところあるはずという確信めいたものが あったのかも しれない。
ほとほと、凄まじい被害意識だなと思うと同時に、
このような異様に歪んだカタチを取ってでも、相手との接点なり、共有とも言えそうな、ある意味の「関係性」を欲したということか?と。
ストーカー心理の特徴だという指摘も頷ける。
でも、あの当時は、まだ、ストーカーという名称や呼称は、日本の社会に おいて、一般的には知られていなかったかと思う。
あのオモチャが欲しい~あれが食べたい~買ってくれない~手に入れられない~と、地べたに寝転がって、そっくり返って、ぎゃーぎゃー泣きわめく小児のような精神だと、傍目には見えるのだが、
まあ、とても好きな相手のことは、大小に かかわらず、知りたいと思ったり、近くに いたいと思ったりするのも、あるていどは自然な恋愛感情ゆえだろうけれど、
どうしても、かなえられない、欲求が満たされないとなると、これは、わが国でも昔から言われる、
「可愛さ余って憎さ百倍」
に転じ、どんどん被害意識を募らせていくのだろう。
それも、最初のうちは、自分の側が、相手の歓心を買おうと尽くしていたつもりになっていたり、そこへ、相手が、なまじっか優しい、どっちとも とれるような、曖昧な態度だったりすると、「もしや もしやに ひかされて」じゃないが、引きずる未練が、相手に振り回されている、かわいそうな自分という被害意識に変転していくのだろうか。
正直、根がボンヤリ、かつ、テキトーな私なんかには理解し難いけど、
自己愛とか自己肯定感が つよ過ぎなのかね?
それとも、
反面では、劣等感に陥ったり、敗北感に苛まれることを恐れているので、とことん、勝ち負けに拘ってしまうとか。
うちの母親も、病弱なわりには、スポーツが得意なほうで、勝つか負けるか思考だったわ。
もしかしたら、
スポーツを やってた影響も あるのかもな。
たしか、彼らは、学生時代に、同じスポーツやってたんだっけ?
ミョウな言いかたかもしれないけど、被害者の夫君も、ある意味で「執念」だったわけだし。
ちなみに、
うちの母親は、いみじくも指摘していたのが、
「人が大事にしているものを壊そうとする、これは、性悪の特徴や」
と。
おのれの「破壊神」ぶりは棚に上げて、、、と思うけどさw![]()
私が20歳代のときに、母親とは また異なる意味での「悪女」タイプと言うか、まさにトラブル メーカー的なタイプの女性と、職場の同僚だったことが切っ掛けで、その後、思わぬ関わりが生じ、その時点では、むしろ、年下の私のほうが、仕事上で世話になるという感じの経緯だったので、母親が、ご挨拶しておきたいということで、和食店の座敷に招いて、食事を共にしたということも あったのだが、
後日、くだんの女性に、こう言われた。
私の母親に対する第一印象としては、
「まあ~、えらく貫禄のある おかあさんだね、あんたとは全然、似てないね」
と、からかうような口調で言ったのは、まあ、そうだなと、私も納得だったのだが、
それとはウラハラに、
「あんた、おかあさんを、あまり信用しないほうがイイよ」
と、
急に真剣な顔で警告されたので、えっ??と、困惑した。
いまになって思うに、
同じ悪人どうしは、互いに見分ける、鼻が利くとか言うらしいからw
うちの母親と、くだんの女性も、同じく悪女の類では あり、トラブル メーカーということで、即座に、ピン!と来るものが あったのだろうかとww
もっとも、その女性は、自分が、あるいは、自分の生きかたが、「善良」とか「純真」とか「真っ当」などとは、お世辞にも言えないこと、
はっきり言って狡猾、それを、むしろ自慢する価値観でも あることを、多少は自覚していたようであったのだが、
外見も対照的で、
うちの母親は、どこの大女優か教祖さまかといった、威風堂々たる貫禄を備えていたのは、まあ、おおかたの人が認めるところでは あったけれど、
それより何よりも、決定的な違いは、
私の母親には、自分自身の内面の深刻な問題性については、ほぼ全く、無自覚だったといいうこと。
というよりも、
自分は間違っていない!自分こそが正しいのだ!!という剛直なまでの姿勢の、その裏側、そこにだけは、徹底的に、目を背けていたと思う。
謝ったら負けとか死ぬとかいう病気とは、どなたが上手いこと言ったのか知らないけれど、
うちの親は、まさに、そのとおりのタイプだった。
だから、実は、ものすごく脆い面も あったのだ。
【続く】