2025.11.15 (Sat)
最近、またぞろ、『ヤフー』からの告知として、
わたしゃ、今回の それを、いままで無視していたんだけども、
『ライン』たらいうのと合体し、いろんな方面の個人情報を収集・利用させてもらいますよってに、ユーザーのアンタは、さっさとOKしなはれ!
みたいな文面が突如として出てきてさ、
それについては、どの情報は利用を許可しないという選択も できるでヨ、てなことも並べていたけれど、
私が、自分個人用のパソコンを入手して、インターネットを使い始めて間もない頃に、『ヤフー』の顧客の個人情報が流出したとかいう騒ぎになっていたことを憶えているが、そもそも、個人情報を収集して利用しますという内容の告知は、これで何度目なのだかねえ?
もうメンドクサくてさ、じっくり検討する時間も なかったので、とりあえずは、しぶしぶながら容認しといたけど、時間が あるときに、見直ししようかと思っていたら、こちらも世界最大級IT企業である『グーグル』のほうも、やっぱり、同じこと言ってるらしいよね。
まあ、十年以上も前に、何かで提携している関係らしいけどね、『ヤフー』と『グーグル』は。
私は、このことも、早くから言ってきたんだけど、
ユーザーが、いろいろな場で書き込んだ文面だとか検索・閲覧対象から、ちょっとした単語やら名称やら、何らかのキーワードと見做したものらしいコトバに関連した宣伝広告を続々と突き出してくるが、私なんかは、検索の やりかたがヘタなのかもしれないけど、まじで得たいと思っている情報が、ドンピシャで出て来ないことが まま多いわりには、ほんとうに、ただの一時的な気まぐれで検索や閲覧することも多々あるので、もともと、関心も興味も薄いのに、何か売り込めそうだと期待してか、それっとばかり、あれや これやの広告をデカデカと執拗に並べ立てられても、購買意欲などを刺激されるわけもなし、
だから、
「そのユーザーにとって適切な情報を届ける」って、どこがじゃあ?!![]()
全然、「適切」ちゃうぞ!!(嗤)ヘンなアルゴリズム出してくんな!!(怒)
と、指摘してきたわけです。
近年、がぜん増えてきた、画面のスペースの かなりの部分を占領して、特に、ガチャガチャごちゃごちゃ、せわしなく動く広告ね、ただただ、目障りで鬱陶しいだけなのよねー。文章を読んでいるときは、どうしても、視野の隅に入って来て、気が散って しゃあないし、しまいには、腹が立ってくるわよ。
そんなわけで、せっかくの宣伝広告のはずが、大いに逆の効果を もたらしてるという、さてもバカな商売やってるもんだと、いつも呆れてます。
それと、
このブログに書き込んだ内容しかり、メールの やり取りの内容しかり、
検索しようと打ち込んだ単語の ことごとくも抜きまくりの収集しまくり、
オール利用しまくりよね。
安くもない使用料金を払って、そのうえ、なぜ、こちとらの個人情報を提供し、奉仕してやらにゃならんのかと、かねがね、不愉快に思ってきたけど、
さて置き、そんなことよりも、
私が、自分用のパソコンを入手し、インターネットを使い始めた頃というと、かれこれ20年近くも前になるのかな、その後、しばらくしてからだったが、とあるニュースの記事で、『アメリカ』の政府が、『グーグル』に対して、収集した国内の(だったかな?)個人情報を提供せよと要求、という内容を読んだ記憶が残っている。
不慣れだった当時、これって、どえらく深刻な、忌々しいことじゃないの?と、疑問に思ったものだけれど、本当に、個々人を特定できるような情報収集や提供でない限りならば、まず、一般のユーザーには、受け入れに甘んじるしかないのが現実だろう。
まあ、そりゃ、私自身も、自分の個人情報を、権力筋に知られたからと、大あわてしなきゃならないことは何もないっちゃないけれど、
なにしろ、個々人の関心分野や興味の方向とかを鵜の目 鷹の目で嗅ぎまわり、ユーザーの内面、内心を把握せんものとヤッキになってるわけだからね、不穏な想像は、なんぼでも掻き立てられるわな。
つくづく、思う。
このテの分野の巨大企業経営者や運営者が、もし、悪徳な人物だったり、
われわれ一般のユーザーの あずかり知らぬところで結託した政治権力が、個々のプライベート情報を握れる状態になっていたとしたら。
想像するも恐ろしい世界だわなあ。ぜったいに ありえないとは、言えないでしょうよねえ。
次に、
目下、継続している大きな話題の一つで、26年ぶりに突き止めた犯人を取り調べ中であるという、名古屋市の主婦の事件について少し。
この不可解な事件も、ほんとうに、動機を明らかにしてもらいたいケースの一つだけれど、
私は、当初、被害者の夫君が、犯人について推測していたことを、テレビ局のインタビューに答えて、
「(奥さんの)おかあさんのほうの」スジかなぁ?
というふうに思っていた旨をボソッと おっしゃってたので、この答えには、なんとなく違和感が残っていて、なぜ、奥さんの おかあさんまでが関係する可能性が あるの?と、怪訝さを拭えないでいた。
ところが、
どうやら、その おかあさんには、かつて、取り扱っておられた商品のことで、何かの問題を起こしていた事情が あったということ、被害者宅には、その商品と共通した分野の飲料が残されていたこと、しかも、被害者の家庭では、そのような類の飲用の習慣が なかったはず、という疑問点が幾つか浮上しているらしい。
私は、最初、近頃のエントリーでも述べたように、学生時代の片思いなどといった、あまりにも単純すぎるような動機で、ここまでの凶悪犯罪を やらかすものだろうか?という驚きで唖然としていて、もうちょっと、それらしく深い動機が隠されていたんじゃないの?と思わずに いられなかったのだが、
すでに指摘されていたらしい「構図」では、被害者の おかあさんが、過去に従事されていた お仕事上で発生していた問題、その問題の「被害」的関係者の一人が、犯人と、子ども時分に病死している娘では ないかとのこと、被害者宅に残されていた、類似分野の飲料といった、これら繋がりが、事実として あったことならば、なるほど、犯人の、もともと片思いゆえの嫉妬心の上にも、実子の病死に伴う被害意識も重なったと、まあ、それなりには、この凶行の理由らしきものがボンヤリ浮かび上がっては くる。しかしながら、当局から、まだ、そこまでの事情と事実が確認されたとは聞こえてこないのだから、やはり、憶測にしか ならない。
私自身が、ニュースの動画で、被害者の夫君が、「おかあさんのほうの」云々と おっしゃっていた場面は、これは確かに見た。それゆえに、なぜ、おかあさんのことが出てくるのかしらん?と、キミョウさを覚えたわけだ。
それよりも、
最新の情報では、被害者の夫君の、女性や家庭についての考えかたが嫌いだった、という、これまたキミョウな主張が、犯人の口から述べられたということなので、こちらのほうが、心理的に洞察しやすいようには思う。
つまり、
そもそも、学生時代に おける片思いだったのだが、一度ならず意思を示しても、「かなわぬ恋」のままに終わった。そして、数十年後の同窓会で、被害者の夫君が、再婚した奥さんや家庭のことで、気軽に言及した内容が、犯人の気に障り、というところからしてが、もう、その時点に なっていてさえも、片思いは継続していたのであり、犯人のなかでは、学生時代と変わらぬほどの恋情が存在していたからこそ、相手の言動についての、殊更な憤りの理由を設けた、というふうに窺える。
要するに、
相も変わらず消えない恋着を断ち切れないからこそ、敢えて、対象の人の、言わば、「粗探し」を やってみた、というようにも見えるわけだ。
それを切っ掛けに、いわゆる「可愛さ余って」ナントヤラへと、一気に舵を切る。
かなえられぬ恋愛感情が、一転して憎悪に替わるというパターンは、それほどには、めずらしくもないだろうし、そのためにも、粗探しして、相手の欠点を見い出し、嫌悪への切り替えに必要な理由が欲しかった。こんな感じだろうか。
ただ、私は、当初から、被害者と犯人が、激しく口論していたという理由は何だったのかが、カギを握っているように感じていて、そこが、ハッキリと吐かせられたら いいのだがと思っていた。
どうやら、最初は、口論だけに終わり、その後に、再び、出なおすカタチで、そのときは刃物を用意して、押し入っているらしいので、
そこで、例の飲料と、犯人の娘の死、という構図が、構図としては事実であればの話だが、
こうした過去の問題の当事者の身内でもあった被害者に対し、いきなり、自分の娘が病死したことの経緯やら関連ありげな事情などを突きつけてみたところで、娘の死因が、問題となった飲料に あったわけでも なかろうし、当然、被害者は気丈に拒絶したであろう。
この被害者を、再婚相手に選んでいた夫君にでは なくて、奥さんである被害者に直接、凶行を はたらいたことの動機らしきものも垣間見えるような感じは してくる。
ひょっとすると、単に、奥さんに対して、わざわざイヤガラセを したかっただけかもしれないが、思いのほか、つよい拒絶を見せた気丈な奥さんに、よりいっそう、激しい屈辱感を刺激されたのかもしれない。
もともと、長年の片思いを引きずり続けた相手の奥さんとなった女性なのだから、襲撃の土台には、つよい嫉妬心が あったとしてもフシギは ないだろう。
ただ、
私でも そうだが、一般的なタイプの人ならば、たとえば学生時代の恋愛感情なんて、自分も結婚して、子どもの幾人か儲けた あとには、笑って話せるような「青春の一コマ」でしかないようなものだから、フラレてもフラレても、きらわれてしまう恐れも辞さずに追いかけ、数十年もの あいだ、心底の火種を絶やさず保ち続けていたとしたら、やはり、異質さ、異常性を感じてしまうのだろう。
まあ、くだんの「構図」が当たっているのか否かは、いまのところ全く不明なのだから、憶測以外のものには なりえまい。
それにしても、この執着の凄まじさの陰に、少しでも、もっともらしい何かが あってくれたら、と、つい、思ってしまうのは、
この犯人が、「ふつうの」精神病という言いかたも おかしいだろうけれど、そういうふうには思えないからでも ある。
精神方面の鑑定も云々されているらしいが、この犯人の場合、学生時代の友人たちも近所の人たちも、まったく意外だったという感想しか出てきていないようであり、
現に、いちおう、日々の仕事を こなしつつ、人並みか、それ以上の家庭生活を営んできているのだから、
「ふつうの」精神病よりも、独特な執着心と、根拠とは無関係のプライドの異様な高さも窺えて、『自己愛性人格障害』のほうを疑わしく思える。
この犯人は、本来が、おとなしいほうだったというし、事件後は、さすがに、息を潜める思いで生きてきたであろうから、日常生活のなかで、余計な悶着を起こして、周囲の人の警戒を招かないよう、おだやかなイメージを保つよう、努めてきたのだろうと思う。
往々、通常の場合には、終始、とても「感じが良い」人という印象を持たれやすいのも、また、『自己愛性人格障害』者の特徴の一つである。
そして、
こういう人と かかわってしまったが最後、「三十六計逃げるに如かず」、
黙って、とことん逃げるしか、この災いから逃れる手段は ない、という話も よく聞くところである。
しかしながら、その正体に気づいたときには、、、もう遅かったりする。