2025.06.04 (Wed)
『【続】薔薇の精』の続き。
ところで、
特に歌舞伎に関しては、やはり、より庶民に親しみやすい つくりになっていると感じるし、それでいて、舞の端々に、能の所作が取り入れられているのも窺えたりして、興味深いと思う。
ただ、子どもの頃からの疑問なのだが、謡などの声が、まるで老人のような声音で なされるのがフシギでね、
このトシになれば、内容は、まぎれもない色恋の思いを表現したものとは理解できるので、ますますフシギに思える。
とは言え、「色恋」の内容だからこそ、ということかもしれないとも思うし、
これが、もし、いかにも若々しく元気な声では、かえって、深みに欠けるのだろう。
どちらかと言えば、若い頃の恋愛の苦悩への追憶だったりする内容なのだから、枯れた老人のような声でこそ、何とも言えない哀感が醸し出されるのかとも思える。
花も雪も、はらえば もとどおりに清い。。。
歌舞伎のレクチャー的な時間を冒頭に設けた特別仕立ての構成になっている舞台を、学校時分、学外行事として観せてもらったことが あるのだが、およそ、趣味の良さというものが身についておらないクラスメートたちは、芝居が開始した最初のうちは、興味なさげな雰囲気だったのだけれど、だんだんと、人情あふれるストーリー運びと登場人物たちの素朴な、日本人らしく抑えめでありながらも、せつない感情表現の洗練された豊かさに引き込まれていったと見えて、最後は、拍手喝采の お開きとなった。
私は、この舞台の冒頭で、レクチャーを受け持ってくださった『片岡我當』氏が、「見得を切る」ときの所作の見本を披露してくださったときに、
「これは、ちょっと外しておきますね」
と、
さらっと ことわられてから、掛けておられた眼鏡を外し、スーツ姿のまま、大きく見得を切って見せてくださったのが、それは もう、思わず惚れ惚れするほどの男っぽい色気が滲み出ていたので、「ナマの」舞台ならではの迫力というものをヒシヒシと感じつつ、それ以来、我當さんファンになってしまった。
この話は、旧ブログでも、何かのおりに述べておいたことが あるし、十代の頃からババアになった今でも、あのときの我當丈の男っぷりが忘れられないでいる(苦笑)
カッコ良さは、時代を超えているのだなあと、初めて知った経験だった。
それと、
うちの高校には、現役オペラ歌手の方々を学内に招き、講堂のステージ上で、有名なオペラ作品などの楽曲から、いろいろ聴かせてもらった行事も あり、そのときも、「人間のナマの声の力」というものに打たれたことを、鮮明に憶えている。
坂東玉三郎氏の舞踊も次々に拝見させてもらってウットリした。もちろん、『ユーチューブ』だけどw
さながら『博多人形』が人間と化して舞っているような、まさに上村松園の画のなかから抜け出てきたような世界。
なんなら、女形の扮装なし、男性としての着流しのままでも、その舞姿の端正なこと。
冒頭の話題とした『薔薇の精』に絡んで、ニジンスキーの生前の記録動画が残っていないらしいことを、つくづく残念に思っているのだが、
玉三郎丈の場合は、われわれがリアルタイムで鑑賞させてもらえたことを、とてもラッキー至極に思う。
2025.06.04 (Wed)
いよいよ近頃は、通常の食料品や日用品の買物を するたびに、レジにて冷や汗をかく思いが するようになった。
もちろん、うちなんかは、富裕層のような買物は不可能ですから、「消費税」も同じく、大した金額を払ってやしませんけども?(苦笑)
従来なら、1回、買物に行けば、できるだけ節約、時に、絶食も行いつつ、だいたい1週間から10日くらい もたせられたのだが、それが、1週間分も保たなくなってきている。
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』と、そのクソ政府のせいで。
さりとて、
野党勢は、こちらも相変わらずのトンマぶりか「力なき」ナントヤラに終始している。
あげくは、結局、自民党の亜流たるを恥じるでもない。自覚すらないのだろうかと思しい。
そもそも、「第二の自民党」を目指してきたのか、自民党のエセうよ、ばかウヨっぷりを見習っているのだか、
名ばかり『維新』あるいはヒャクタとかいう者らと つるんでいるような連中に至っては、自民党をも上回るほどの酷薄、愚劣ぶりだものな。
もう、溜息しか出てこないよ。
若い頃から、日本という国も風土も国民性も、なんだか自分には合っていないみたいだ、できることなら、日本から出たいと思っては いたのだが、
昨今の世界情勢を見渡し、眺めていたら、結局のところ、ほぼ、どの国にも長所と、それを台無しに しかねないほどの短所と悪行とが あるもので、
しかも、あの『アメリカ』の体たらくを見るにつけても、まだしも、日本のほうが、わずかにマシと言える面も ありそうなというほどの、えげつない情況だ。
おそロシアやらダメリカやら。。。
わが「神」、わが神の「正義」、わが「神の正義の実現」、
わが国、わが領土、わが国益、わが民族、わが伝統、わが主義と制度、
ファースト!ファースト!!ファースト!!!
もうウンザリ。ほんとうにゲンナリ。
要するに、人類の、特には男性の、そして、そんな男性に むやみと弱く、真似すら したがる、その自覚もない女性たちの履き違えや愚かさが世界じゅうで噴き出してる。
今年も とうとう、私の体質には豪も合わない、ねっちりした蒸し暑さ到来とともに、この国の上から下まで、なぜに、こうまでバカが多いのか?私ですら分かる、シンプルな基本の道理が、と、
理解に苦しむイライラの あまり、つい、別世界への現実逃避へと、よろめいてしまう。。。
子どもの頃から憧れていたクラシック バレエ。
もし、なれるものなら、バレリーナになりたいとすら思っていた。
それなら、渋る親に頼み込んででも、オルガン教室やソロバン教室などでなく、ずばりバレエ教室に通わせてもらえば よかったのだと、もはや このトシになってしまってから、自分の諦めのヘンな良過ぎさに呆れるのだが、それでも、未練は ず~っと引きずってきていて、その あげく。
やっとの思いで、とあるバレエ教室に混ぜてもらったものの、すでに30歳代になっていた私以外、全員が全員、20歳代までの生徒。
いちばん多いのは小学生w
教室の隅で、付き添いの おかあさんが正座して、幼い娘さんのレッスンをジッと見詰めていた。
あの当時、いわゆる「おとなバレエ」の教室ってのは、ほとんど見かけなかったように思う。
長く中断していて、近頃になって再開したという人でも、すでに幼い頃に習っていたので、基本が出来ている。
もともとからしてドンクサい私はと言うと、教室内の真ん中に設置されたバーレッスン用のバーをギュッと握りしめ、「第一ポジション」などの、ごく初歩の練習を始めたら、たちまち、バーの位置が歪み、ズレてく。
「はーい、もっと軽く握ってくださいね~」
と、先生が、苦笑を堪えつつ駆け寄って来られるしまつ。
レオタードやレッスン用シューズを購入するために、バレエ用品の店舗内を見て回っていたら、目に留まったポアント(トウ)シューズ。
あんなに憧れていたシューズ!
でも、いまから買ってしまって どうすんだと、自分で思いつつ、矢も楯も たまらずという勢いで、つい買ってしまった。
恥を忍んで、通い始めたものの、増してくる仕事の忙しさと体調の悪さに疲れてしまい、ほどなくしてギブアップ。
ピンクのサテンのトウ シューズ。。。
ケーキの箱みたいな、かわいい箱のなかで眠ったまま。
実際に履いてみたら わかるけど、詰め物は使うけども、それでも、こんなの履いて、爪先立ちしたり飛んだり跳ねたりするんだからね、そりゃ凄いわ。上手いヘタ以前に、それだけで、凄いですわ。
やっぱり、バレエも、「体育会」系の世界です。
で、これは数年前のこと。
市内の中心部に所用が あったとき、ふと、通りすがりのビルに、「おとなバレエ」の教室の看板が あるのを発見。
どうやら、むかしの知人が指導しているらしいし、通えたらなあ、、、と思いつつ、またぞろ未練を引きずりながら、そっと離れた。
だって、通えないもん。まず、「先立つもの」がね。
しかも、ふだんの食事と栄養が不十分でしょ。ますます落ちた体力。
おまけに、腰痛が持病の一つに なっちまってる。
トシとるって、いろいろ、哀しい。。。
だから、せめてもと、バレエ メソッドに のっとったストレッチに励んでいたのだよ。
でも、それで、腰痛を招いたことも あるから、やっぱり、シロウト判断は、怖ぇわ。
そうして、つい、哀しい気分で見てしまうのが、バレエの動画だわ。
もち、「ロハ」の『ユーチューブ』ですよ、フンw
でね、むかしから、特に好きなのが、
『薔薇の精』。
もうさ、
突如、窓から飛び込んでくるとき、そして、窓から出ていくとき、その場面だけで、薔薇の精の踊り手自身の技量とセンス、感受性が全て滲み出るように思える。
あと、ヒロインの少女が、ひとしきり踊ったあとで、再び、椅子に座り込んで、まどろむ瞬間、それまで、少女を優しくリードしていた「薔薇の精」が、彼女の足もとに寄り添い、ポーズするシーン。まさにフラゴナールの世界ですわ
いろんな踊り手のを観せてもらって、どの人も素晴らしいけど、
男性にも脚線美というものが あるのだと驚かされたのはマラーホフ。
バリシニコフも、パトリック・デュポンも、めちゃカッコイイ
そして、
かのヌレエフは、やはり別格中の別格だなあと感じた。
ヌレエフは、『牧神の午後』の動画を先に観たけど、やっぱり、ダントツで素晴らしかった。
見れば察せられるとおり、エッチな内容なんだけどw牧歌的、かつ、とてもユーモラスよね。
どスケベぇな「牧神」に呆れ慄きつつ抵抗し、逃げ去ろうとする女神(妖精)たちの動きも また、ユーモラスであると同時に、ギリシャ神話の世界から現代までの、時代を超えた普遍性を感じさせる。
これを、そもそも、初めて振りつけたというニジンスキー自身が、さぞや、と思わされた しだい。
ニジンスキーが踊った時の動画が少しでも残ってないかなと、しばらく探し回ったのだが、残っていないようだ。
Blanche(French,1861-1942)Vaslav Nijinsky in Danse Orientale(1910)
【続く】
2025.03.30 (Sun)
で、まあ、そういった流れのなかで、時々、考えていたのですわ。
宇宙の発生とは。いわゆる『ビッグ バン』以前の それは、と。
思い切って雑な言い方で言ってしまえば、
いわくビッグ バン云々については、それほどには難しい話でも ないでしょう。要するに、やがては縮んで、そしてバクハツ、縮んではバクハツ、
「リサイクル」に次ぐ延々リサイクルの世界ということなら。私が小学生の時分に思いついた、宇宙の仕組みみたいなことについても、これに近いものだった。
いずれ、宇宙自体が収縮していき、「粒」とか「点」とかのレベルまで圧縮されて、ほんで またバーンと いくと。
ほんとうの問題かつ見果てぬ永遠の疑問は、やっぱり、ビッグ バンすらも起きてない状態で発生したのだろうか?ってことですわな。
むろん、人間が考える「必要」性だとか「価値」なんぞは全く意味を なさない、ましてや「主の思し召し~」だとか、笑止千万の論外。
「んなもん、カンケーねえ~」ってことだ。
聞くところによれば、専門家の あいだでは、「揺らぎ」がぁとか言ってるらしいけど、揺らぐには揺らげるものが必要でしょw
そうなると、われわれドしろうと一般人の あいだでも、何かと言えば
「無ぢゃ~」「無なのぢゃあ~」
と、見てきたような悟り澄ましたことを言うスピリチュアル趣味の手合いが散見される俗世間だけど、この手合い、例の「(オ)カルト連」の構成員にも多かったわよぉ(爆)
あやつらについては、わたしゃ、思い出せば、いまでも不快で大っキライだし、ぶっちゃけ、軽蔑を誘われざるを得ないほど、哲学や科学には ほど遠いくせに、そういう所で愚にも つかない演説したがる、単なる俗物、
しかも、俗物ならではのコンプレックスを刺激されたとたん悪罵を繰り出す癖のあるオゲレツ連中だったけどさ、
それは さて置き、
当ブログには「科学」系カテゴリーを中心に、宇宙について話題にした過去エントリーも幾つか あるけれど、
そこでも触れてきた、「無」と「有」の問題ね。
次いで、「無機物」から「有機物」への相転移に対する疑問。
われわれ人類の感覚や歴史的な積み重ねから否応なく影響される「無」と「有」の現象だけれど、つくづく考えるに、実際、ほんとうの「無」なんて、この世の どこにも ありゃしないんだからねえ。
ふだんの生活場面でも言われがちな「無」というのは、どこまで行っても、われわれ人間の思う「無」であって、宇宙や科学の場面で言う「無」とは異なっている。
だったら、どこまで遡って追求しても、そこには、結局、「有」の世界しか ないのであって、「有」の状態から始まったのだと、そう考えれば、辛うじて、ツジツマみたいなものは合う。
そこで、思い当たった。
ちょっとだけ頓智っぽいようなだけど、
「無」とは、ないこと、そのものであると。
だったら、無そのものが、ないのである。ちゃんちゃん♪
いや しかし、それにしたって、どう転んでも、なんかキモチわるいのよねえ。。。
「ほんとうの無」も、「有」しかない世界も、どっちも。
んま、こんなことを ふと思い始めたら、いつまでも つらつら考えてるんだから、そりゃ、「ヘンなやつ」とか思われて、浮きまくってバカにされまくっても しょうがないか(苦笑)さすがに、ふだん、こんな話題は、おくびにも出さないけど(苦笑)
日常の多忙な生活感覚や、それに つごう良く合うことしか思わない、考えない、それが、「ふつうの人」ってことなんだろうから。
閑話休題。
ま、当ブログを読んでこられた人は、ほぼ首肯なさることだろうけど、ここまで、私が述べてきた あらゆる分野、特に、政治関係の見通し、展開について、ほぼほぼ言い当てていたことは お分かりだろうと思います。べつに、自慢してるつもりは全く ないですよ。ただ、呆れているんです。なさけないとすら思うの。
なぜ、大学も行けなかったボケ~としてる私でも、それなりに、すぐに理解でき、分かることが、多くの賢い人は、
もっとも、民衆や一般大衆というものは、愚かなものなのだろうにせよ、
とりわけ、私と違って、知能も学歴もズバ抜けて優秀なはずの人たちですら、的を外しっぱなしの愚見を振り撒いては、事の次第が明らかになるにつれて、とたんに口を つぐむか、あるいは、そんなこと言いましたっけ?ウフフ、みたいな、唖然とするほど素早い変わり身を披露するのか、その あさましい態度、思考がね。
いま、まさに、トランプの姿が見本になってるけど、
個人は勿論、国家のレベルでも同様に、劣等感やコンプレックスが異常に つよいタイプ、プライドだけが異様に つよいタイプ、それと、ウヌボレが やたらと つよいタイプ、たいがいは、これらを同時に背中合わせで持っているようだが、こういうタイプを、およそ権力の椅子に座らせてはダメなんだ。
けれど、えてして、こういうタイプこそは、自己愛のため、そのためだけに、がつがつガンバっちゃうからねえ。
しかも、
単純に好きでガンバってきたわけでは ないのが本音なのだろう、何か別の目的を、無理して遂げようとガンバってきた証左が、ああいう連中の、傍迷惑でワケわかめな被害意識。
それは、俗物根性だからです。
まさに、「謝ったら死ぬ」病なんですよ。
そのうえ、深刻な間違いや、悪業を重ねてきたからこそ、素直に謝れなくなるでしょ。
トランプ政権全体が、見本を見せてくれてますやん(嗤)
一般の家庭内でも、同じですよ。
うちの親が、ほんとうに、こういうタイプだったけど、まったくもって、傍迷惑なんてもんじゃない、本質的に無責任だし(親なんて、無責任だからこそだけどw)、自己愛のために、抵抗力の乏しい者を利用し尽くし、その人生を潰すことすらも辞さないからね。
もともと精神的に脆弱な おのれの、いよいよ首から下の身体面も弱ってきたら、たちまち、それまで以上に依存を強烈にするからね。
なので、いわゆる「毒親」つまりは「自己愛性人格障害」者を親に持っている人に対しては、私からはシンプルに一言。
障害とかを負わされてしまっていたら、脱出するにも困難を極めるかもしれないけど、そうじゃないなら、
とにもかくにも、いちおう自活できる経済力を持つこと。
それから、可能なかぎり、遠くへ去ること。
ぐずぐずしてたら、いよいよ自分もトシくってしまってから、親に踏み潰されるよ。
ブツブツぼやいてるヒマは ないのよ。
「三十六計逃げるに如かず」だ。
ほとんどのところ無自覚だったのだろうか、そういうふうに装っていただけなのだろうか、
私には、うちの親の本当の正体を、正確にまでは分からないままだけど。
なんせ、優秀であったはずの脳に、生来的異常をも抱えた、まるで「人種が違う」としか思いようのないタイプの人たちだったからね。
さて、
「建国の歴史が浅いから」とか、そんなことが当たってるかどうかは分からないけど、「騎士道」も「武士道」も、そんなものは最初から持ち合わせや しないまま、世界じゅう、あちこちの紛争や戦争に首つっこみまくり、みずからが仕掛けさえ してきたことも、世界じゅうの人々が、『アメリカ』について知っていることの大なる一つだが、
そのため、肝心の自国兵士などの人命を筆頭に、莫大な損失を生じさせ、保険業界も深刻な負担を被ったであろう、というようなコメント投稿を見かけたのだが、そこで、当ブログの過去エントリー内で紹介しておいた『赤旗新聞』の、この記事を思い出したわ。
一昨日のエントリーでは、最近、鑑賞させてもらった、少し古い時代の映画の感想を述べておいたけれど、言い添えるのを失念していたことについて、追加。
制作された時代が、敗戦後、まだ10年も経っていないせいなのか、こんにちでは、すっかり失われてしまったような日本人と、その社会の、基本に生真面目さが濃厚に残る気風や矜持を見受けたが、特に、垣間見て、ひときわ驚いたシーンが、『愛すればこそ』の一場面。
当時の機動隊(正確な名称は知らないけど)と衝突する一般の民衆、国民たちのデモ隊が手に手に掲げていたプラカードの文言だ。
そこには、
「日本の再武装と教育を」
といった要望のコトバが並び、特に、若い世代を演じた俳優のセリフにも、
「日本の独立のために」
といったコトバが出てくる。
しかし、
この映画の監督さんについての批判に近い指摘を見ると、「左翼」思想が強いので、辟易したという内容なのよね(苦笑)
昨今の「右翼」「ネトウヨ」などと、いつの間にやら入れ替わったのかいなと思えたほどの話なので、世代が全く違う私は面食らい、とにかくビックリした しだい。
ついでに加えておこう。
『細雪』の結末にしても、
やっぱりと言うか、谷崎の、俗な、あるいは「保守」的なと言えば いいんだろうか、女性の人生、生きかたに対しては、うちの過去エントリーでも批判しておいた、かのオスカー・ワイルドとの共通した感覚が窺えた。
結局は、女性は、亭主を頼りにし、従順でいることが幸せの近道、
そして、理想の女性の姿とは、芯から貞操ゆるがぬ、気高い淑女であるという結論。
なので、そこからの逸脱や、逆なキャラ、生きかたを する女性は、結局は、罰が与えられるのだよ、、、みたいな(苦笑)たぶん、古今東西の男の共通性の一つでしょうねwでも、「悪女」も大好きでショww
…
というわけで、
またまた、おひさしぶりねえ♪な更新でしたが、
さすがに数ヵ月ほども放置状態になったら、それは、おそらく、生死にまで関わるほどの何らかが起きたなと察してもらっても いいだろうけど、なんせ、気まぐれな性分なもんでしてね、また、できるだけw近いうちにねww
それでは、ごきげんよう~
2025.03.28 (Fri)
まずは、日本の映画から。
谷崎潤一郎の『細雪』という小説を映画化した作品は、これまでに幾つか あるようなのだが、今回、私が鑑賞したのは、ヒロイン『雪子』を、若き日の山本富士子さんが演じていたもの。
私自身、谷崎の小説も好きなほうでは あったが、小説の方面に関しては、どちらかと言えば、もちろん翻訳だけれども、主として欧米の作家の作品を読むことが、意図せず多かったので、とりわけの好みと言うほどでない場合には、日本の作家のものは、多少、谷崎の作品も含めて、疎いままで きている。芥川とか太宰などは、小学生時分から読み耽った時期が あったし、いまでも引き込まれるほど好きな作家たちでは あるが。
ただし、江戸川乱歩は、だんぜん別格w
先日の過去エントリーでも ちょっとだけ触れたように、
母親なんかは、泉 鏡花が好みだと言っていたのが意外に思えたこととか、まだ元気だった頃、娘の私自身も、ごく若かった時分に、『細雪』が、新しく映画化されたというので、父方の実祖父は、伝え聞くところに よれば、運輸官僚の職を辞したあと、まだ若いうちに海運関係の企業を興して経営していて、それこそ『船場』界隈に豪壮な屋敷を構えて、いたり、
うちの母親のほうも『大阪』の生まれ育ちで、「いとさん、こいさん」の世界には親近感が あるせいか、いろいろな和服が登場するのも楽しみに、『細雪』を観に行きたいということを言っていたのが思い出され、そこで、毎度の『ユーチューブ』(苦笑)。
オススメ一覧に出てきたもんだから、ちょうど、またぞろの体調の悪さを、ひたすら、許容範囲のヒマと睡眠で癒やしつつ、他は、できるだけ、室内にての気分転換でもって紛らわせたいとの思いから、ほんの、気まぐれで、これ観てみようかと。部分的ではなく、全体を通しで観られるということなので、さっそくクリックして見始めた。
最初の場面から、『夙川』駅だっけか、あの周辺の、当時の ようすが鮮やかに映し出されて、まだ私は生まれてもいない時代の違いを大いに感じながら、いやぁ、こんなに風光明媚な所だったんだな、とか、幼い子どもが遊んでいる すぐ横の深い崖下には大きな川が流れているのだが、ガードレールらしきものは一切、見当たらないようなので、その大らかさというか、無防備さに驚いたりも しつつ、
なんと言っても、四姉妹を演じた女優陣の、いま見れば、多少は古風ながら、美人なること揃って気品にも満ち、出演の俳優さんたち全員、力づよい演技も印象的で、
「いまどき、こんな女優さん男優さんたち、おらんわなあ」
と、ひとしきり、感動。二回くりかえして鑑賞させてもらいました。
ごく たまにしか観ることが なかった日本映画の良さを楽しんだ余韻で、またオススメ一覧から、今度は、『愛すればこそ』という題名の、実際には、三つの作品から構成された、オムニバス形式の映画を選んでみた。それぞれの作品名もストーリーも、担当した監督も配役も異なっており、いずれも、私らの世代では疎い監督さんの お名前ばかり並んでいたが、タイトル ロールを ぼんやり眺めていたら、新藤兼人氏の お名前は知っていたので、ここでは脚本担当として表示されていたのを見て、あら、すごく若かった頃のかな?と思っていたら、予想どおりに?若き音羽信子さんが登場していて、ああ、やっぱり?みたいにも思った(苦笑??)もっとも、音羽信子さんにしても、私の記憶では、すでに中年以降のベテラン演技派としての姿だったのだが、若い頃の爽やかな可愛さ、それだけに とどまらず、なんとなくサッパリした、どこか『大阪』育ちらしさも滲み出てるような、気取りのない、独特のメリハリが感じられる演技が、すでに表れていた。
「わ~可愛い!きれい~、さすが、『宝塚』の娘役を されてたというだけ あるなあ」と、うっとり。
同時に、
この作品の時代背景としては、いまだ混乱が残る貧しさ、そんななかに あっても、矜持や品位を失うまいとする「花売り」少女の健気な ようすにも感心したけれど、やはり、非常に厳しいには違いないが、大らかな側面も あったのかなと思えた。だって、現代では、小学生くらいの子どもに、夜も更けるまで、繁華街の酒場あたりで、酔客相手に、ものを売って歩かせるなど、いかなる事情が あっても、あらゆる面で許されないわけだが、それよりも、どだい、そんなことを していたものなら、ほどなくして、邪悪な男に連れ去られたりする危険が大きい現代、どんな怖ろしく酷い目に遭うことやら、むしろ、いまの時代のほうが、ある意味、もっと危ない情況となっているのかもしれない。
私の子ども時分を思い起こしても、結局のところ、子どもを餌食に利用しようとする男を中心に、油断の ならない、邪まな おとなたちの存在が あることは変わらないにせよ、子どもは子どもである、という基本的な視線は、おとなと子ども双方ともに、どこか揺らいでいる危うさも漂っているように感じられなくは ない昨今。
さて、そこはかとなくオモシロかったのは、三話のうちの真ん中に出てくる『飛び込んだ花嫁』。
観終わったあとも、
「結局は、お芋で意気投合するなんてね」
と、クスッと笑えたほどユーモラスで、こういうのも良いなあと思えた。
でも、やっぱり、厳しい時代背景もシッカリ伝わってきた。
写真だけで、「嫁を送る」なんて、「人権蹂躙」というセリフも あったけど、
さすがに戦後は、「人権」という概念も、普及していたんだなと思いつつ、よく考えたら、うちの母親ってさ、最初の結婚は、継母からの圧が激しくて、まだ十代のうちに、写真どころか、顔も全く知らない人と結婚させられたという話だった。
で、
その後、うちの親父と出会って、と言うか、親父の執拗な誘惑に根負け、みたいに言ってたけどw最後は「ダブル不倫」の「デキちゃった」再婚だわな。私が生まれ落ちた原因なんだけど、いまでも信じ難いわよ。せいぜい『明治』や『大正』時代までやろ?それも、ど田舎のwって思いたいけど、『昭和』も戦後に なってたのに、顔も知らない相手と結婚させられ、っつうのがねえ。
うちの母親も、不必要に勝気なくせして、ほんとうに肝心なところで、なんでやねん?!って言いたくなるような、不可解な行動に走るタイプだったけど、脳が異常だったせいなのか、冷酷な継母と、あっさり宗旨替えして手の平を返す実父を めぐる、複雑な心理やら、世代が違うほど年齢差のある親父と ひっついたこととか、まあ、いろいろ奇怪な話が多々あるわけだけども、私が、これは間違いないと断定できるのは、愛憎こもごもの、「ファザコン」だったんだな、ってこと。
その愛憎こもごもは、最終的に、自分の娘に対して集中的に向けられた。
母親にも親父にも言えることは、自分たち それぞれの鬱憤と暴力を、筋違いにも、家族のなかで最も抵抗力のない、幼い娘に向かって吐き続けたってこと。そして、依存し続けた。
…
『飛び込んだ花嫁』でも同様に、出演している俳優さんたちの、ずっと後年になってからの姿しか知らなかったので、まだ すごく若かっただろうにと、しっかりした演技力に感心。
どうも、この時代の俳優さんたちって、総じて、どこか清新な、どんなに若々しくっても、生真面目な雰囲気を醸し出していて、おそらくは、仕事と関係ない私生活からしてが、こういう雰囲気なんだろうかと思わせられてしまう。
いまでは、やっぱり、どこ探しても おらんような気が する。
最後に、
『愛すればこそ』という、ラストの作品は、あるコメントによれば、いわゆる「左翼」系の思想を持つ監督さんだったらしいのだが、たしかにモロ出しだなあとは思った(苦笑)そういう、良い時代だったのかw
また、登場人物の全員が、それぞれの立場なりに、生真面目というのか、とても情熱的でもあり、とにかく、私なんかの世代からしても、どうしても、時代の差異を感じないでは いられなかった。それこそ、
「こんな日本が あったんだ!こんな日本人たちが いたんだ!」
「どこ行っちゃったのかしら」
と、思えるほどに。
で、
「いまどき、こんな女優や男優、いや、実際、私らの世代も含めて、女性だろうが男性だろうが、太鼓たたいて探したって、見つかりゃせんやろな」
と、老若男女の別なく、またまた感心させられたが、
極めつけは、かの山田五十鈴さんだ。
ここでも同じく、
「いまどき、こんな母親、おらへんわな」
と、
うちの母親の姿を思い浮かべると、なお いっそう、それは、「幻想の母親像」という感を もよおさせるのだが、
にも かかわらず、
しかし、なんだか、たまらなく懐かしいのである。
たまらなく、いぢらしいのである。
現実には見たこともない、ましてや、自分の母親とは、似ても似つかないのに。。。www
「こんな母親、、、おるかあ?」
と、思いつつも、ついつい、おかあさんっ、かわいそね、、、と、ホロリと くるのである。
さすがの大女優で あった。
一言で締めましょう。
山田五十鈴さん演じる母親像は、とことんまで美しかった。
でもさ、
幸田 文さん原作の『流れる』という映画だけは、若い頃に、テレビで放映されていたのを、なんとなくで観た記憶も残ってるけど、やっぱり、まったく違うイメージだわ。女優なんだから、それでアタリマエだろうけど、むしろ、田中絹代さんの名演技のほうが、もっとクッキリと記憶に残っている。
山田五十鈴さんも、私の記憶のなかでは、とっくに老年、往年の、という存在だったし、インタビュー番組で見かける姿も、私生活の面でも、あの母親像とは、イメージが全然、異なるのよね。
なので、よけい驚いた。
しかも、当時の彼女は、現代なら、まだまだ若いと言っていい年齢だったのでは ないだろうか。
長女が20歳代後半、息子が大学生という設定なのだから、やっと50歳代に なるか まだ なってないか?って あたりか。
それと、付け加えたいのは、彼女の和服姿。これも、いまどき、どこを探したって見ること かなわないであろうような、独特の美が あった。
たとえば、ちょっと古い切手なんかに、黒い羽織姿の、ほっそりした、昔の女性が、スッと佇んでいる光景を描いた、有名な日本画を題材にしたものとか あるでしょう。あんな感じよ。
いまどきの成人式なんかの、あの、取って付けたような、仮装大会、仮装行列の如きゴテゴテごっちゃり和服姿の、ズケッと言っちゃって悪いかしらんけど、品のなさよ。。。
どんなに、日本の伝統美を受け継ぎ!と、力んで言ってたって、たぶん、現代の和服そのものの仕上がり具合から着こなしぶりに至るまで、全てが変わってしまっているように思える。
あと、男優さんでは、私個人的に、このかたも、すでに中高年以降の姿でしか なかったし、どちらかと言えば、腹黒い政治家とかwテレビ ドラマの悪役のほうのイメージだったのだけど、山村 聡さん。
くだんの映画を見て、ビックリしました。
すごい端正で、ダンディで、見るからに、アタマ良さそ~って、見惚れたわ(笑)
こちらも、いまどき、こんな男の人、おらんやろなあ、、という感じでした。
結局、3回くりかえして観たw
最後に、もう一つ、
これは『アメリカ』の映画だったのかな、監督は、かのフリッツ・ラングなので、ちょっと面白そうじゃんと思って見始めたけど、やっぱり、面白かったよ。コメント投稿のなかには、たしか『レベッカ』とかいう、ヒッチコック監督の、だっけ?それを連想したという感想を見かけて、むかし、私も、茶の間のテレビで、親らと一緒に観たことは憶えているので、ああ、なるほどねと思ったけど、今回の映画、特にオモシロいなと思ったのは、「部屋の収集」という設定。
ふつう、「収集」する対象に、部屋、というのは、聞いたことが なかったので、これは珍しい視点だなあと。
で、
必要に応じて、正確な復元を施した、「収集された部屋」には、それぞれに、収集理由が あったのよね。禍々しい、陰惨な理由が。
そこには、「マザコン」とか、女性蔑視つまりは女性恐怖といった、心理的な要因が絡んでいたと、そういった、科学的風味付けと相俟って、勇気と愛あるヒロインが追い詰められていく場面にも手に汗握る、なかなか興味深い仕上がり、さすがのフリッツ・ラング監督でした。
これ以上、述べてしまったら、これから初めて観ようとしている人の楽しみを大きく損ねてしまうので、ここまで。
ごく搔い摘んだ、ごく雑な感想でした。
2025.01.25 (Sat)
『「地球温暖化」も「自己責任」か違うのかw』の続き。
翻って、
わが国では、現在の『能登』に代表されるような、無能な首長や政府!と、罵り、嘆く向きは少ない国民性なのか どうなんだか、
『自民党』、その政権、『自民党』出身の首長に対する態度には、怒りや怒号よりも、諦めや、つぶやくような嘆きを洩らす程度で過ぎていっているように感じる。
かつて、『民主党』政権時だった『東日本大震災』での情況とは、だいぶ違っている。
思い出したのは、
私が小学校高学年か中学生の頃の、何の担任だったかは忘れたけど、ある先生が、授業中の、ふとした雑談のおりに、
「アメリカでは、子どもが、何か危ないことを やったのが原因で事故死しても、同情とか しないんだ。あくまでも『自己責任』が信念の国だから、親の言うことを聞かなかった子が悪いという考えかたなんだよ」
というような話を聞かされたこと。
その先生は、なんとなく、
「どうだ?厳しいけど、良い考えかたじゃないか?日本も見習ったほうが いいだろう」
と言いたそうな表情で話されていたので、その影響も あってか、子ども心に、へえ~と、ちょっと感心するような気分で聞いたことを憶えている。
…
今年も、なんだか、ろくなことにならなかろうという、「幸先」よろしくなさそうな気分で幕開けしたのは、私個人的なアクシデントの影響もあるかもしれないけど、
この正月三日あたりの『朝日新聞』の朝刊一面に、よりによって、男性が泣いている姿を捉えてデカデカと掲載していたのを見て、
前代未聞じゃないか?新年早々に
と、一瞬は唖然としたものの、
『能登』で、あの震災時、思いがけずも妻子全員を亡くして一年目となり、やっと今日、現場の跡を訪れ、涙を抑えきれないでいるという、その写真の男性の事情を述べている見出しや記事本文を読んだら、
これまでには数人、家族や身内を亡くし、何につけても、世間一般レベルよりも、得ること少なく、失っていくことばかり増えている私も、その男性の悲哀に満ちた表情、気持ちは、身に染みるように感じられて、もらい泣きと同時に、
よりによって「祥月命日」となってしまったのが元日その日だったなんて、これはキツいわなあ~と、あらためて、気の毒に思えてしょうがなかった。
〽
かけがえのないもの なくしたあとは
どんなに似たものも かわれはしない
…
【旧ブログ】からの抜粋
『バンドエイド』
…
その過去エントリーの末尾に、
「なぜか、いまだに忘れたことが ない」
とは記しているけれど、
絆創膏を めぐる場面については、さすがに、この15年ほどの あいだに、すっかり忘れていた。
ただ、「お線香の匂い」云々の場面だけは、いまも鮮明に憶えているけれど。
「人には やさしく」との亡母の諫めの言葉も、ここで思い出すまで忘れていた。
しかし、おのれの娘には、無責任で冷酷だったくせして、よく言うよ、てなもんだw
ちなみに、
久しぶりで、エントリーアップした この日は、偶然だが、亡母の祥月命日であったww
そして、来月の、まさに同日は、親父の祥月命日であるwww
ところで、
私は、ふだんは、自他ともに認める「ぼ~っとした、にぶい人」タイプなんだが、たまに、奇妙な経験を することが ある。
たとえば、「予知夢」の類も そうなのだが、
これについてだけは、「科学的な姿勢」をもって解説したがる人に、一言、言っておきたいのは、
「あなた自身で、ほんものの予知夢を見たら、あきらかに、科学では説明できない特異なものだということが、感覚で理解できますよ」
つまり、
自身で経験しない かぎり、中途半端な「科学的態度」でもって、わかったような、的外れな解説を披露して、得意になっているしかない、
それを自覚できていないだけだ、ということ。
この、通常、私たちが知っている世界の理とは根本から合わない現象と、これに伴う独特の感覚は、経験した人どうしでしか、実感を理解できないと思う。
いわゆる「五感」や「五官」の多くが、はなはだ鈍いはずの私なのに、他の人たちが全く感じない、特殊な(?)匂いを感じ取ったりしたことも あった。
たとえば、むかしの実家で生活していた頃、あるときから急に、台所付近で、みょうに生臭い匂いを頻りに感じていたところ、はたして、小蛇が潜んでいたことが あって、
ある晩、たまたま、私が通る気配に怯えたのか、床下に逃げ込むときに、その小さな尻尾の先が、ちょろりと見えたものだから、親らに告げたら、蛇が強烈に苦手な親父は、聞くなり震えあがっていたw
まったく気づかなかったそうだ。
この前後の顛末や後日談を、過去エントリーで述べてあるのだが、
【追記】
上掲の過去エントリー文中では、
「隣家のオッチャンが、大きな鋏を」持ってくるようにと、唐突に言った理由が不可解だったということを述べてあるわけだが、
じつは、その後になって、ふと思い出したのが、
台所に設置されたキャスター付きキッチン ワゴンの下に仕掛けてあった『ごきぶりホイホイ』の粘着シートに、尾っぽの先端と頭部だけ捕えられてしまった小蛇の胴体部分は、「ホイホイ」の外側を囲むように、あるいは「U」の字になっていた、その胴の部分が、ちょうど、ワゴンの足の部分をも同時に囲んでいる状態だったこと。
でも、書き加えておこうかと思いつつ、そのまま長いこと忘れてしまっていたので、ここで追記しておく しだい。
というわけで、
隣家のオッチャンが、鋏をと命じてきた理由は、恐らく、ワゴンの足もとを囲んでしまっているから、そこを切断するつもりで言ったのだろうと察するのだが、そう思い起こすと、たしかに、あのとき、私は、
「重くは ないんで、ワゴンの端だけ、ちょっと持ち上げてやれば、その下からホイホイごと引き出せる」
というふうに、オッチャンに進言したのに、オッチャンは、なぜか、そうすることを渋っているようすだったので、
こんなんで「切断」実行されたら、たまったもんじゃないよ!!と焦った私は、しかたなく、グッと至近距離まで近づき、それから自分で、ワゴンの片端を持ち上げてやり、その隙間から、おっちゃんが、「ホイホイ」と一緒に引っ張り出せるよう、少々手伝ったというわけ。
間近で視野に入れるのも、すぐ そばに近づくことも怖くて、ものすごく抵抗感が あったゆえ、たぶん、クライマックス的記憶の一部が抜け落ちていたのかなと思う。
それにしても、
ふだんは、炊いている米が焦げている匂いにも気づかないものだから、母親に、「この焦げ臭い匂いに気が つかんのか、あんたは」と、呆れられつつ叱られたことが何度も あったのに、そんなボンヤリした娘である私とは大きく違って、聴覚も嗅覚も人並み外れて鋭敏だった母親ですら、私が感じ取っていた「生臭さ」に、親父と同様、気づいていなかったらしい。
亡母のほうは、これまた自他ともに認める「霊感体質」ということだったが、そういうところは、ほんの ちょっとだけ、母親のほうに似たのかなあと思ったりもするのだが、ただ、母親は、その「霊感体質」ということを、自慢しているような態度だった。
そのせいなのか、
全般に、いたってニブいはずの娘の私が、そのような方面での出来事や実体験を話すと、なんだか、おもしろくなさそうな表情で、さっさと遮ったり、ことさら話題を逸らすのが常だった。
母親の妹である叔母などは、べつだん、「霊感」など備えていなかったと思うのだが、本人だけは、「わたしって、霊感が つよいから~」と、こちらも、自分の姉と同じように自慢しまくっていたw
この類の人、世間で よく見かけるよねww
なんとなくキモチわるいとか、いったい、どういうカラクリなんだろうかという純粋な疑問なら持っているが、自慢なんぞ するようなものかいやwと、私は思うのだけれど。
私自身も、人並み以上に、科学的な姿勢を好んで心がけているし、いわゆる「スピリチュアル」とか「オカルト」好みの人を、心中では些か軽蔑せずにいられないくらいで、
自分の本来なら、それこそ、「心理学的には~」などと解説してみせたい私なのだが、「予知夢」などの体験については、自分でハッキリと、ほかの事例とは根本的に異なっている実感を伴うので、どうしようもない。
(ちなみに、過去、長いあいだ、体調を酷く崩していた時期に、いわゆる「金縛り」も多かったのだが、これには まだしも、科学的説明が つくとして、ま、スケールの点では深刻でもなく、騒ぐほどのことでもないにせよ、自分自身とは直接関係しない予知夢も何度か見たことは、やはり、説明が難しい。)
それだけに、この「予知夢」という現象などについては、ほんとうに、科学的に解明できれば いいのになと、かねがね思っている。どうにも、まじでフシギだからだ。