2025.01.25 (Sat)
『「地球温暖化」も「自己責任」か違うのかw』の続き。
翻って、
わが国では、現在の『能登』に代表されるような、無能な首長や政府!と、罵り、嘆く向きは少ない国民性なのか どうなんだか、
『自民党』、その政権、『自民党』出身の首長に対する態度には、怒りや怒号よりも、諦めや、つぶやくような嘆きを洩らす程度で過ぎていっているように感じる。
かつて、『民主党』政権時だった『東日本大震災』での情況とは、だいぶ違っている。
思い出したのは、
私が小学校高学年か中学生の頃の、何の担任だったかは忘れたけど、ある先生が、授業中の、ふとした雑談のおりに、
「アメリカでは、子どもが、何か危ないことを やったのが原因で事故死しても、同情とか しないんだ。あくまでも『自己責任』が信念の国だから、親の言うことを聞かなかった子が悪いという考えかたなんだよ」
というような話を聞かされたこと。
その先生は、なんとなく、
「どうだ?厳しいけど、良い考えかたじゃないか?日本も見習ったほうが いいだろう」
と言いたそうな表情で話されていたので、その影響も あってか、子ども心に、へえ~と、ちょっと感心するような気分で聞いたことを憶えている。
…
今年も、なんだか、ろくなことにならなかろうという、「幸先」よろしくなさそうな気分で幕開けしたのは、私個人的なアクシデントの影響もあるかもしれないけど、
この正月三日あたりの『朝日新聞』の朝刊一面に、よりによって、男性が泣いている姿を捉えてデカデカと掲載していたのを見て、
前代未聞じゃないか?新年早々に
と、一瞬は唖然としたものの、
『能登』で、あの震災時、思いがけずも妻子全員を亡くして一年目となり、やっと今日、現場の跡を訪れ、涙を抑えきれないでいるという、その写真の男性の事情を述べている見出しや記事本文を読んだら、
これまでには数人、家族や身内を亡くし、何につけても、世間一般レベルよりも、得ること少なく、失っていくことばかり増えている私も、その男性の悲哀に満ちた表情、気持ちは、身に染みるように感じられて、もらい泣きと同時に、
よりによって「祥月命日」となってしまったのが元日その日だったなんて、これはキツいわなあ~と、あらためて、気の毒に思えてしょうがなかった。
〽
かけがえのないもの なくしたあとは
どんなに似たものも かわれはしない
…
【旧ブログ】からの抜粋
『バンドエイド』
…
その過去エントリーの末尾に、
「なぜか、いまだに忘れたことが ない」
とは記しているけれど、
絆創膏を めぐる場面については、さすがに、この15年ほどの あいだに、すっかり忘れていた。
ただ、「お線香の匂い」云々の場面だけは、いまも鮮明に憶えているけれど。
「人には やさしく」との亡母の諫めの言葉も、ここで思い出すまで忘れていた。
しかし、おのれの娘には、無責任で冷酷だったくせして、よく言うよ、てなもんだw
ちなみに、
久しぶりで、エントリーアップした この日は、偶然だが、亡母の祥月命日であったww
そして、来月の、まさに同日は、親父の祥月命日であるwww
ところで、
私は、ふだんは、自他ともに認める「ぼ~っとした、にぶい人」タイプなんだが、たまに、奇妙な経験を することが ある。
たとえば、「予知夢」の類も そうなのだが、
これについてだけは、「科学的な姿勢」をもって解説したがる人に、一言、言っておきたいのは、
「あなた自身で、ほんものの予知夢を見たら、あきらかに、科学では説明できない特異なものだということが、感覚で理解できますよ」
つまり、
自身で経験しない かぎり、中途半端な「科学的態度」でもって、わかったような、的外れな解説を披露して、得意になっているしかない、
それを自覚できていないだけだ、ということ。
この、通常、私たちが知っている世界の理とは根本から合わない現象と、これに伴う独特の感覚は、経験した人どうしでしか、実感を理解できないと思う。
いわゆる「五感」や「五官」の多くが、はなはだ鈍いはずの私なのに、他の人たちが全く感じない、特殊な(?)匂いを感じ取ったりしたことも あった。
たとえば、むかしの実家で生活していた頃、あるときから急に、台所付近で、みょうに生臭い匂いを頻りに感じていたところ、はたして、小蛇が潜んでいたことが あって、
ある晩、たまたま、私が通る気配に怯えたのか、床下に逃げ込むときに、その小さな尻尾の先が、ちょろりと見えたものだから、親らに告げたら、蛇が強烈に苦手な親父は、聞くなり震えあがっていたw
まったく気づかなかったそうだ。
この前後の顛末や後日談を、過去エントリーで述べてあるのだが、
【追記】
上掲の過去エントリー文中では、
「隣家のオッチャンが、大きな鋏を」持ってくるようにと、唐突に言った理由が不可解だったということを述べてあるわけだが、
じつは、その後になって、ふと思い出したのが、
台所に設置されたキャスター付きキッチン ワゴンの下に仕掛けてあった『ごきぶりホイホイ』の粘着シートに、尾っぽの先端と頭部だけ捕えられてしまった小蛇の胴体部分は、「ホイホイ」の外側を囲むように、あるいは「U」の字になっていた、その胴の部分が、ちょうど、ワゴンの足の部分をも同時に囲んでいる状態だったこと。
でも、書き加えておこうかと思いつつ、そのまま長いこと忘れてしまっていたので、ここで追記しておく しだい。
というわけで、
隣家のオッチャンが、鋏をと命じてきた理由は、恐らく、ワゴンの足もとを囲んでしまっているから、そこを切断するつもりで言ったのだろうと察するのだが、そう思い起こすと、たしかに、あのとき、私は、
「重くは ないんで、ワゴンの端だけ、ちょっと持ち上げてやれば、その下からホイホイごと引き出せる」
というふうに、オッチャンに進言したのに、オッチャンは、なぜか、そうすることを渋っているようすだったので、
こんなんで「切断」実行されたら、たまったもんじゃないよ!!と焦った私は、しかたなく、グッと至近距離まで近づき、それから自分で、ワゴンの片端を持ち上げてやり、その隙間から、おっちゃんが、「ホイホイ」と一緒に引っ張り出せるよう、少々手伝ったというわけ。
間近で視野に入れるのも、すぐ そばに近づくことも怖くて、ものすごく抵抗感が あったゆえ、たぶん、クライマックス的記憶の一部が抜け落ちていたのかなと思う。
それにしても、
ふだんは、炊いている米が焦げている匂いにも気づかないものだから、母親に、「この焦げ臭い匂いに気が つかんのか、あんたは」と、呆れられつつ叱られたことが何度も あったのに、そんなボンヤリした娘である私とは大きく違って、聴覚も嗅覚も人並み外れて鋭敏だった母親ですら、私が感じ取っていた「生臭さ」に、親父と同様、気づいていなかったらしい。
亡母のほうは、これまた自他ともに認める「霊感体質」ということだったが、そういうところは、ほんの ちょっとだけ、母親のほうに似たのかなあと思ったりもするのだが、ただ、母親は、その「霊感体質」ということを、自慢しているような態度だった。
そのせいなのか、
全般に、いたってニブいはずの娘の私が、そのような方面での出来事や実体験を話すと、なんだか、おもしろくなさそうな表情で、さっさと遮ったり、ことさら話題を逸らすのが常だった。
母親の妹である叔母などは、べつだん、「霊感」など備えていなかったと思うのだが、本人だけは、「わたしって、霊感が つよいから~」と、こちらも、自分の姉と同じように自慢しまくっていたw
この類の人、世間で よく見かけるよねww
なんとなくキモチわるいとか、いったい、どういうカラクリなんだろうかという純粋な疑問なら持っているが、自慢なんぞ するようなものかいやwと、私は思うのだけれど。
私自身も、人並み以上に、科学的な姿勢を好んで心がけているし、いわゆる「スピリチュアル」とか「オカルト」好みの人を、心中では些か軽蔑せずにいられないくらいで、
自分の本来なら、それこそ、「心理学的には~」などと解説してみせたい私なのだが、「予知夢」などの体験については、自分でハッキリと、ほかの事例とは根本的に異なっている実感を伴うので、どうしようもない。
(ちなみに、過去、長いあいだ、体調を酷く崩していた時期に、いわゆる「金縛り」も多かったのだが、これには まだしも、科学的説明が つくとして、ま、スケールの点では深刻でもなく、騒ぐほどのことでもないにせよ、自分自身とは直接関係しない予知夢も何度か見たことは、やはり、説明が難しい。)
それだけに、この「予知夢」という現象などについては、ほんとうに、科学的に解明できれば いいのになと、かねがね思っている。どうにも、まじでフシギだからだ。