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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2025.09.19 (Fri)

【続】そして、問う。の続き最終。

 

母親の腹のなかで殺されかけ、

父親は、それを けしかけ、

泣き声も あげずに生れ落ちた、私の存在は、

父母それぞれの、片親違いの姉や兄らのネタミの対象となった。

 

「おまえは、かわいそうな姉や兄と違って、実の両親で育って、いちばん幸せだ」

母親の口癖は、そのまま、義理の姉や兄らの思い込みでも あった。

 

まったく、

誰が、「かわいそうな兄や姉」にしてしまったのか、

原因を拵えた当人が、しゃあしゃあと言ってのけることよ。

 

 

これも「自己愛性人格障害」の義姉の、その夫も、

もとは、わりと信用していた私の母親が亡くなったあとは、

その娘である私へと、対象を移したので、

ほとんど信用していなかったはずの舅、つまり、私の父親が出まかせに言う陰口や悪口を、

呆れるほど、つごうよく、コロッと信じるようになり、

父親の葬儀の前後、きわめてイイカゲンな内容の遣り取りで、疲れている私を煩わせたメールの ついでに、

亡父が、あなたのことを、こう言ってた、こうも言って、嘆いていた、

あなたは、もっと反省すべきでは?

というふうな、お門違いの説教を突き出してきたので、

ついに、たまりかね、

「私を、そちらの皆さんのネタミの対象にしないでください」

ということを、ずばりと言って、完全に、縁を切った。

 

何を知っているというのか、何が分かっているというのか、

何も見えてやしない、ウヌボレや連中が。

 

ねたみは、呪いだ。

 

亡母は、まだ元気だった頃の ある日、なぜか、唐突に、

「おまえ、うちのことアレコレばらしたりしたら承知せんからな」

と、凄んできたことが あったw

 

まだまだ、もっとドッカ~ンemojiな話も目白押しなんだが(苦笑)

書いてから死ぬか、

書く前に死ぬか、

そんな感じが現実になってきてるようなw

 

 

最初は、自分の兄弟姉妹の人生を破滅に導くことから始まった。

「善意」によって。

長じては、自分の家庭のみならず、他人の家庭も一つならず壊し、

自分の子どもの人生こそを台無しに。

まさに、強きを愛し、助け、

弱きを憎んで挫く、

その破壊行為には、常に、「正義」「道義」なる理由付けを伴わせていた。

まさに、破壊神の如し。

どこぞの独裁者のパターンと同様だが、

もっとも、世界に影響を及ぼすようなスケールでは さすがになくて、

しょせんは、目立ちたがりなだけの見栄っ張り主婦。

吹けば飛ぶような、薄っぺらい名誉心。

 

獰猛な怒りの面と、いまにも泣き出しそうな面と、

この極端な顔を表裏に、両方とも備えていた女は、

「コップのなかの破壊神」

に過ぎなかったが、

それでも、何人の「弱き」の人生を薙ぎ倒していったことか。

本人は、正義・道義を貫いた つもりで いたけれど。

 

いったい、何の意義のために「遣わされた」のやら。

……

 

 

ま、そんなわけで、

体調が悪いせいも あるのだろうが、

私もトシくったし、からだも、ますます弱って、

若い頃のように、「全身全霊で」張り詰めて聞き取る気力も体力も、もう、残ってないわ。

どんなに罵られようと、

筆談に応じてくれなかろうと、
若い頃のように、なにごとも、この私が悪うございますのでございますと、平身低頭するのも、もう疲れた。

 

「健常者」「健聴者」たる皆さんに問う。

あなたがたは、生きてるかぎり、年がら年じゅう「全身全霊で」張り詰めた細い糸のように生活できますか?

 


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Updated   
2025.09.19 (Fri)

そして、問う。の続き。

 

私の、幼い頃からの修行のタマモノ?で、ほんの一言でも一部分でも聞き取れたなら、それだけで、全体の内容をパッと察する。そして、それらしい応答を する。

そういうところしか見てない相手なら、私が聴障者だとは気づかないままということも あり得るわけ。

 

部分を聞き取って、全体を察するというのは、近年になって、やっとかめ、「努力義務」とかいうことにしてもらえた「筆談」に おいても発揮する。

要約筆記者でもなく、ふつうの人は、「筆談お願いします」と言われたら、話の内容すべて、それこそ、「です」「ます」まで付けて、一字一句を完全に書いてくれようとすることも珍しくないので、毎回、

「あ、全部を書いてもらう必要は ないです、キーワード的な一言だけで、あとは分かりますから」

と、申し入れるのだが、それは それで、戸惑う人も いるには いるし。

 

もっと困るのは、字がヘタだったり、汚い字の人だと、読み取れないという問題が起きる。

字がヘタだから、書きたくないという人も いる。うちの母親みたいに。

 

論外なのは、メンドクサいのか、意地が悪いのか、冷酷なのか、

甘ったれるな!と ばかり、丁重に お願いしても、ぜーったいに、筆談に応じてくれない人。

以前は、しかたない、、、と、やはり必死に、相手の言ってることを聞き取ろうとガンバったけど、

トシくっちゃったせいか、こっちも、つい、一瞬、ムッとした表情に なってしまいがちなのか、

「なんだ、この ずうずうしい障害者は」

と言わんばかりに、もっと硬化した態度を むきつけてくる人も、時々いる。

そのときの場合によっては、こちらの圧倒的不利を招くことも ままあるから、重要な話のときは、ひたすら忍の一字で耐えるしかない。

 

 

だいたい、しゃべりかたが おかしいというのは、まず、聴覚障碍を疑うのが基本だろうから、発声や発話がヘンだということは認めておりながら、聴覚障碍は、あんた自身の思い込み!などという決めつけは、とんでもない暴力だ。

「病院や検査なんて、治らないんだからムダ!」
と言い放った愚母は、常に、

「あんたのは、障害のうちに入らない。努力が足りないだけ。性格が悪いから」

と、言い放っていた。

 

しかも、私の障碍の原因は、そもそもが、母親の病気のトバッチリだったのだから、調べあげて、このことを知ったときは、母親に対する怒りも何も通り越し、

「しょせん、脳が異常だったから、しょうがないのか。。。」

と、冷ややかな溜め息しか出なかった。

 

 

それと、

幼い頃、小学生時分の遠足などで、ほかのクラスメートに比べると、私は、消耗、疲労するのが非常に速くて、一見の体格に似合わず、すぐにヘバりがちなので、母親は、それについても、

「あーあ、なさけない!恥ずかしい!ほんとに、あんたは横着で、怠け者や!」

と、罵り続けたが、

この、疲労しやすい原因も、妊娠中の母親のデタラメな所業による難産で、重度仮死状態で産み落とされた影響が小さくは ないだろう。

 

愚母は、こうも言い募っていた。

「あんたは関係あらへん。おかあさんだけが、大出血して大変やったの。あんたは関係ない!」

と。

死にかけるような目に遭わしてくれて、なにが関係ないのだか。emoji

 

ただ、

「脳性まひ」などの危険性が あったことは、さすがの母親も辛うじて認めていた。

もっとも、重度の仮死状態が原因では なく、当時、新生児に流行っている病気だったからと、これもまた、誤魔化すための作り話。

 

ほんとに、私が脳性まひを背負って生まれていたら、どうするつもりだったのやら。
おそらく、施設に入れられるなら、これ幸いと放り込み、人目を気にして、ある程度は覗きに来て、死んだと聞けば、ホッとするのだろう。

 

軽度とか中途半端な障碍は、もっぱら、抱えている本人ひとりの苦しみだ。

しかし、重度となると、親も背負わなければ ならない面が大きくなるのだからね。

 

振り返ると、たしかに、若い頃は、もっと聞き取れていた、ようには思う。

でも、そのためには、まさに、「全身全霊を傾けて」必死に聞き取ろうとするんです。

そうでなければ、

「無視したな!」

と、ケンカを吹っかけられるし、

肝心の親が、

「わざと無視したな」

と、堂々と文句を言ってきて、聞こえてなかったと言っても、頑として認めないのだから、

そりゃあ、他人さまは、もっと言うわ。

ある職場では、

「知的障害者?」

と、まじで聞かれたことも あったよ。

別の職場でも、

「こんな障害者なんか雇って!」

と、悪意まんまんの苦情や告げ口も一度ならず。

そのことを言ったら、

「なんやて?その人、知ってる人やから、抗議したる」

と、息巻いたのは、そのときだけ。

はや、翌日になったら、
何?何か問題あったか?と言わんばかりの、ケロッとした態度。

ま、そういう母親だった。

 

当人は、

「わたしは過保護やから~」

と、口癖のように自慢していたけどね()

私は、ほんとうに大事な時に守ってもらったという感じが ない。

むしろ、

はなはだ、手間の かかる親らだったなあと、つくづく思う。

 

あの母親の言う(ていのイイ命令)とおりにして、良かったと言える結果が出たことは ない。

むしろ、ますます悪くなった。

 

母親にとって、真の娘は、私ではなく、父親違いの姉でもなく、

継母の虐待を、かいくぐってきた戦友のような存在の、妹(私の叔母)こそが、「不憫な娘」で あったのだろう。

そして、誰よりも大事だったのは、親父と、その連れ子らを通して実現したかったミエ。

 

結局、親父らが最も得をした。
それでも、家族のなかで、いちばん出世したはずの亡兄は自殺した。

「おかあさんは、おれを利用したんだよ」

と、これまた被害者ぶってた親父。

てめえの晩年も、てめえの先妻の娘らの こんにちも、

いったい、誰の おかげなのか、ほんとうに理解してないのか。

私がサッサと死んでたら、てめえの孫らも存在してないわ。
 

「問題はオマエや」

とも言い放っていたが、

違うだろが。

実際は、あんたや親父が問題だったのよ。

 

ある人は、

「それは、過保護じゃない、過干渉というもの」

だと、ずばり言いきってくださったけど、

残念なことに、本人すでに、死んでトンズラしおおせた あとだった。

 

やっぱり姉妹だけ あってか、母方の叔母は、

「あたしって、わがままだから~♪」

ってのが口癖だったのを思い出す。

なんか、軽薄なカン違いしてるのよね、
「過保護」にしても「ワガママ」にしても、誇ってイイこと、みたいな()

 

 

はてさて、

あの「オカルト連」なんどは、私に向かって、首つって死ねと、遠回しっぽく装いつつ、けしかけてきたもんだけど、さぞかし、待ちくたびれていることだろうww

 

あの連中とグルになってた とあるやつなんかは、

「あなたは、自分で思うほど強くない」

って、いきなり、何のつもりで言って寄こしたのだか、

私は、自分を強いと思ったことは皆無だし、
そんなことを言った覚えも皆無なので、

これは、そう言い放った者自身の、無自覚な自己投影の類だなと察したけど。

こういう手合いが多いのよね、QAサイトや掲示板の類には特に。

 

 

子どもは産むまいと思っていた中学生の頃に戻れたら、しっかりと自殺を決行したと思うけど。

ウツクシイ日本の皆さん、

ごめんなさいね、こんなのが、ずうずうしく、まだ生きていて。

でも、たぶん、70代までも届かずに もたないとは思うんで、許してちょうw

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.09.19 (Fri)

振り返るの続き。

 

あの大学病院での検査以来、聴覚検査が、私にとっては、拷問のように恐ろしい検査となってしまった。

それから20数年も経てのち、母親の死後になって、やっと「障害手帳」を申請するに あたり、またぞろ、聴覚検査を受けなければ ならなくなって、今度は、担当の看護師さんたちに向かって、あの恐ろしい拷問のような検査の中途で申し入れしたと同じく、音量を上げていくスピードについて懇願し、あのときの涙の分まで、水を かぶったごとくに冷や汗ビッショリとなった。

にも かかわらず、

あの大学病院のときに やってしまったと同様、まだ聞こえても いないうちから早々と、応答ボタンを押してしまうということを繰り返し、しまいには、「そら耳」で、聞こえたような気がして、パッと押してしまう しまつ。

なので、

おそらく、正確とは言いきれない、より軽い等級で判定されてしまっているのでは あるまいかという疑いを抱えたままだ。

 

知り合いの福祉業者の人のなかに、先天的重度聴覚障碍者も いたので、その人が教えてくれたには、あかちゃんのときに、頭の何ヵ所かへ、管みたいなものをピョイピョイ貼り付けるみたいにして検査する方法だと、痛いとかは全くないんだけどね、というので、私も、そうしてもらえたらなあと思ったのだが、おとなになってからは、そういう検査は、やらないらしく、やっぱり、あの「激痛」検査しかないのかなあと、いまだに、残念に思っている。

ましてや、聴覚というものは、もとが健聴者でさえ、年齢とともに、多かれ少なかれ衰えていくものだから。

いまの私の聴覚は、最後に検査を受けたときよりも、もっと衰えていると思う。

 

 

ところで、

私の母親は、生まれつき、たいへんな美貌で、その美貌の陰に、高いIQでありつつも、脳の異常や遺伝的異常性を抱えていたわけだが、しかしながら、そのことは、母親の姉妹には発現していた症状にも かかわらず、この頃の私は勿論のこと、周囲の者たちも、つゆ知らぬままでいた。

むしろ、人並み外れた容姿と相俟って、アタマの回転の速さ、弁舌の巧みさなどが目立っていたので、周囲からは、一目も二目も置かれるタイプであった。

あるいは、その あまりな押し出しの立派さに気おされて、畏怖する人たちも いたくらいだ。

で、恐がられていると知った母親は、心外だと言って、被害を こうむったかのように怒っていた。

 

このような、アジア人離れしているほどにクッキリと整い過ぎているくらい整った目鼻立ちは、いわゆる「人相判断」では、最上級の判定を得られたことだろうが、

いまの私が蓄積してきた知識や観察、推察によれば、私の母親という人は、間違いなく、「カクレ異常者」の部類であり、彼女こそは、親父の長女にも負けないほどの、「人格障害」者だったと断言できる。

ところが、

非常に、アタマの回転が速い、口も達者、手先も器用、そのうえ、ここぞ、自分の見栄や勝敗の如何が かかっていると見るや、間髪入れず、大変な意志と頑張り、行動力を発揮するもんだから、誰が、この人は、じつは異常の部類であると見抜けただろうか。

ましてや、実の娘である私に。

 

精神や心理面に おける知識や考察を積み重ねてきたゆえに、母が亡くなる前後あたりから、

「言動や姿勢に、凄まじいほどの勢いを見せる性質の人は、それ自体、異常性格の あらわれを示しているのでは なかろうか」

と、考えるようになった私の推察は、後年になって、専門家も同じく指摘していると知るに至ったのだが、このような事例は、私には何度も ある。

私にとって、母親や父親を筆頭とした周囲の人々の言動や態度についての観察や考察、分析が、言わば、世の学者たちの様々な仮説や実験等の代わりとなったようだ。

 

 

さて、

前回のエントリーなどで、もしかしたら、読者の誤解を招いているかもしれないと思ったのが、今回のエントリーアップの理由です。

と言うのは、

先述したように、自治体のなかの担当職員から、

「そのくらい聞き取れていたら、手帳は無理だと思いますよ」

このように言われてしまう私の努力なんてものは、一顧だに されないし、全く考慮されないままだった、ってことについてです。

 

小学校時分、聴覚検査のたびに、先生から、

「家に帰ったら、おとうさんか おかあさんに言って、病院に連れて行ってもらいなさい」

と、困った表情で言われたけれど、

そう言っても、

「病院?検査?ああ、むだや、むだ!あんたのは治らんから、むだ!」

と、一蹴されてしまう。

それだけでは済まず、追いかけるように、

「努力が足りないだけ」とか「性格の問題」とか、横着者!などと罵倒される。

どうせ、徹底的な人格攻撃を伴ってくるので、もうイイや、になってしまっていた。

 

「治らん」と、母親自身が言ったからには、娘が障碍を抱えていると認めていたはずだろうに、とも思うのだが。

 

ともあれ、こんな空しい、しかも屈辱を味わわされる やりとりを何度か繰り返して、高学年になる頃には、「言ってもムダなんで」と、先生に対してはアッサリ返答しておくだけになった。

先生のほうも、さりとて、うちの親らに、何か忠告してくれるというわけじゃなかったし。

 

私の味方や理解者なんて、誰も いなかった。

 

近年になって指摘されるようになったらしいが、
聴覚情報処理障害(
APD)
とかいう特徴も、私の場合、かなり伴っているようなので、単に、声や音量を大きくすれば いい、というわけではなく、かえって、もっと聞き取りにくくなることも多い。

音量の問題以上に、そのときの周囲の環境が大きく左右する。

騒音が大きい場所は勿論なのだが、

静かでは あっても、走行中の乗用車のなかとか。エコーのような、反響しやすいような構造の室内とか。

乗った車の種類にも よるみたいだし、

果ては、室内の造りや建材など、ちょっとした微妙な違いで、こちらの聞き取れぐあいが大きく変わるので、

そりゃ、親ですら、「勝手つんぼ!」と罵る。

 

たとえば、広い会議室のような場所でも、静かなのに、出席者の発言が、ほぼ全く聞き取れないので、会社勤めのときも、それ以前の就活の面接時から冷や汗を かいていた。
ある会社の社長には、何しに来たの?と、嘲笑された。

もちろん、電話番も できないから、就職のときに、すごく悩んだわけで。

そこで、「障害手帳」を取得しておけば、いろいろ情況的にマシになるかな?と、一人で考えたわけ。

うちの母親は、ボランティアだわ福祉活動だわと、華やかに、得意気に、あちこち飛び回ってたけど、
その方面の識者の人脈を、娘のためには、一切、使わせなかったからね。

 

概ね、機械類が発する音も、まったく聞こえない。

電子音の目覚まし時計、電話の呼び出し音、玄関のドアホンとかも。

 

おかげで、遅刻したり、怒られたり、宅配を諦めたり。

 

ともあれ、

ほとんどの聴障者と同様に、やはり、顔を見て話せるときは、自然、相手の口もとを見るし、それとともに、全体の表情や、話し声の調子も考慮して、内容を総合的に判断する。

私は、手話や補聴器からも一切、遠ざけられたまま生育したので、尚更、そういった、全体から受け取って判断することは必須になる。

 

まあ、補聴器が役に立たないという現実も あるのだが。

補聴器が、きちんと嵌まっていなくて、ずれているときなんかは、警告音が出る仕様になっていたにも かかわらず、その音が、自分で気づかないので、周囲の人に、「鳴ってるよ」と教えてもらう しまつ。

なによりも、電話相手の声が聞き取りにくくて困っていたのに、補聴器を嵌めていると、受話器が当てられないという皮肉。

かなり高価な補聴器だったからね、両方の分は買えなくて、片耳だけ辛うじてオーダーしたけど、

買ってくれた親父に謝れ!!って、母親に怒鳴られた。

 

専用の電池すらも、すぐ切れるし、高価だわ、で、使い続けることも できなく、結局、持ち腐れ。

てか、これを嵌めてると、風の強い日には、風の音が、ものすごい騒音になって入ってくるので、後ろから来た車のクラクションが全く聞こえない、という、、、かえって危ないのよ、とほほ。

 

 

キミョウなことに、

親父の長男である亡兄が、生前、私に向かって、やはり、
「障害とハッキリは気づかんかったしなあ」
と、言ったことが あるのだが、

しかし、義理の姉のほうには、常々、

「あんた、しゃべりかたヘンやし、一緒に いてると恥ずかしいわー」

と、冷笑されていた。

 

この、しゃべりかたが おかしい、ということについては、どこに行っても、人々の反応が二手に分かれるのである。

「え?そんなの、ちっとも わからんかったよぉ」

「そうでも ないのやから、気にせんでエエやん」

「あんた、しゃべりかた、おかしいな」

「舌が短すぎるのか?」

等々。

 

ただ、自覚しているのは、疲労していると、ますます、発音がマズクなるということ。

そもそも、どのように発音すべきなのかという根本を、さっぱり分かっていないので、あくまでも、「聞きよう聞き真似」でしかない。

疲労していると、ますます聞こえなくなるのも当然で、体調が、まあ通常のときでも、話を部分的にでも聞き取ろうと構えれば、知らず知らず疲れる。

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.09.19 (Fri)

【続】感想いろいろの続き。

今回のエントリー以降は、しばらく中断してしまったときの直前のエントリーの続きを遅ればせながら再開していこうと思ってます。

 

前回、私個人的に、石破内閣の退陣を惜しむ向きが不可解であると同時に、石破さん後の立候補者の面々を見ても、もっと、先が思いやられるということ、

また、野党のほうを見ても、溜息だけが出てくるしまつで、暗澹とした気分にしかなれないといったことを述べたけれど、

思うに、

石破さんが、自党のなかですら不人気で、後ろ盾が云々といった理由は、故アベシと比較したら、単純なくらい明確になる話だと思う。

要するに、

アベシは、そのヨメさんと口を揃えて言ってたでしょ。

「私たち(の権力)を利用してちょうだい利用してちょうだい」

(ぼくが)やらせてあげるよ」

と。

そりゃもう、その権力の おかげで、やりたいほうだいさせてやり、やらせてもらえた「持ちつ持たれつ」世界を築きあげたからこそ、あれだけ「出るわ出るわ」の悪事が明るみに出たあとでも、いまだに、アベシまんせー!!のシンパどもが執拗にウヨウヨし続けてるわけで。

その点、石破さんによって、したいこと やらせてもらいほうだい、という「オトモダチ」は、あまり、発生しなかったのだなと見えるわけねwつまり、やっぱり、仲間が少ないとww
むろん、悪い仲間は、滅びを招く もと。

 

アベシも、アベシの子分やシンパも そうだが、

いまのアメリカ大統領、テレビ タレントの延長で やってるトランプにせよ、その憧れのプーチンを筆頭に、「独裁者モデル」を見渡せば、
例外なく、義理堅いと きてる。

ただし、
あくまでも自分一個の利益を通させてくれたからこその「義理堅さ」なわけでね()

 

彼らの「義理」や「忠義」とは、あくまでも自分一個の利害関係上のものでしかない。

そこに、「公明正大」だの「正義」だのは無関係というか、ああいう手合いの「正義」とは、すなわち自分の利益に合致していることが正義、だということ。したがって、公私混同にならざるを得ない。

なので、国民・民衆の存在は、利用できる「駒」以外の何者でもない。

キャッチフレーズみたく振りかざす「愛国心」などというコトバも、「駒」どもを煽って走らせるためのセリフでしかない。

 

 

さて、

前回のエントリーで、『いのちの電話』というところに相談したことが、私も若い頃に あったということを述べたが、
このことにつれて思い起こした経緯が あった。

それは、私が居住している自治体が管轄する相談機関で、名称なども、スッカリ忘却してしまっているのだが、やはり、『いのちの電話』に相談した頃と前後していた時期だったと思う。

たしか、市の広報紙で、聴覚などの障碍者からの相談を受け付けるという担当部署だか機関だかの電話番号が、小さなコーナーに載っていた。

当時は、パソコンで検索などという手段が ない時代だったので、それで、これだ!と思って、このときも、母親らが不在のときに、電話してみたのである。

で、

担当してくれたのは、まだ若い女性のような声の人だったけれど、本来は、特に若い女性の声は聞き取りにくいので、冷や汗を滲ませながら、「障害手帳」の申請方法などについても質問してみたわけです。

でも、相手の返事は、

「それだけ聞き取れてるようでは、申請は無理だと思いますよ~」

ということだった。

私は、うなだれて、しおしおと引き下がった。

やっぱり、母親が言うとおり、私の障碍は、障碍と言うレベルでもなくて、単なる思い込みと、努力不足に過ぎないのか、、、と。

この電話のことを打ち明けたひにゃ、母親は、それみたことか!と、ますます得意そうに決めつける材料にするであろう姿が容易に想像できたので、このことは、母親は終生、知らないままだった。

 

私は、専門学校を卒業したとは言え、それは、校長先生たちのオナサケみたいなものに過ぎず、その専門校を出ているということを売りに、就職するためには、幾つかの上級資格を取得していなければ ならなかったのだが、最初に受けた初歩クラスの資格こそ、必死に取得したものの、そこまでだった。

なので、
就職のことで悩みに悩み続けて、そうだ、「障害手帳」というものを取得しておいたほうが いいのではないかと、自分一人で、考え詰めていた。

そこで、ある日、とある大学病院内にて、聴覚検査を受け、正確な聴力をハッキリさせておこうと考え、その場に、母親も立ち会ってもらっておけば、私の口から説明しても、一蹴されてしまうという危惧を持たなくて済むだろうと思ったのだが、これが、またぞろの大間違いだった。

 

専門科の聴覚検査は、学校のイベントの一つである健康診断で実施される聴覚検査のごとき生易しいものでは なく、かなりの時間を かけて行われたのだが、終了したとき、私の眼からは、涙が滴り落ちていた。

悲しいとかで泣いたのでは ない。痛かったのだ。

 

私の聴覚の特徴の一つなのだろうか、ヘッドホンから鳴り響く、独特の音が、もちろん、最初のうちは、全く聴こえないから、無反応でいる。そのうちに、だんだん、音の大きさを上げてくるわけだが、かなりの音量レベルに達してしまうまで、私には聴こえない。

ハッと気づいたときには、すでに、暴力的な大音量に達してしまっているから、たいへん、痛いのである。

検査を担当した若い女性の看護師も、だんだん、辛気くさくなってしまったのだろうか、徐々に大きな音量にしていくはずのところが、やけにスピードを上げて、大音量にしているかのように、私には感じられ、たまりかねて、途中で、その担当看護師に、
「あの、、、もう少し、ゆっくり上げていってもらえませんか」
と、ハンカチで涙を拭いながら申し入れしたものの、

結局、
終了したときには、脳天を何度も繰り返し殴られたあとのような衝撃で、滂沱の涙を流しながら、よろよろと、検査室を出た。

そのときに、直接担当した看護師とは別の、見るからにベテランと思しき中年女性が、医師の待つ診察室へ案内するため近づいてきて、

「まあ、よく、いままで、(障害手帳も なしに)がまんしてきたわねえ」

と、声を かけてくれた。

 

さて、診察室の医師の前へ進み出た母親は、さっそく仁王立ちになって、まずは、こう言い放った。

「先生、この子は、障碍のうちに入りませんよね、障害手帳なんて、必要ないですよね」

と、繰り返し、かきくどくように言い募ったので、

まだ30歳代くらいかと思しき専門医は、私の母親の勢いに呑まれたかのように、

「う、うん、そうやね」

と、おどおどした口調で頷いた。

 

私は絶望の気分だった。

私は、「障害手帳」の申請方法を詳しく教えてもらいたかったのだが、
それは、あっさりと、水泡に帰してしまった。

 

ただ一つ、

医師は、私の検査結果には、『ストレプト マイシン』などの薬剤が もたらしたと推察できる特徴が出ていると言った。

帰途、私は、母親に、おずおずと、

「これから、学校とか、どうしよう」

と、問いかけてみた。

通っていたのは、健聴者であることが大前提の専門校だったから。

すると、母親は、

「なにが?これからも、いままでどおりで、同じやん」

と、しごくアッサリ言い切った。

私が、

「看護婦さんにね、よく今までガマンしてきたねえ、って言われたよ」

と言うと、母親は、いつものように、フンと冷笑した。
それで完全に打ち切りだった。

 

それ以来、私は、母親に黙って、登校しなくなった。

帰宅しても怪しまれない時刻が来るまで、大きな公園のなかで本を読み耽ったり(太宰の『人間失格』とかカミュとかドストエフスキーとかw)、それも飽きたら、タバコを ふかしながら、ブラブラほっつき歩いたり、寄ってくるナンパを追い払ったりして、うんざりするほど長い時間を潰した。

このままじゃ、卒業できないだろうなあとは思っていたし、卒業式も黙って欠席したのに、いちおう、障碍のことを打ち明けておいたことも あったからなのか、後日、思いがけず、学校から卒業証書が、小さなプレゼントと共に届けられたときは、ほんとうに意外で驚いた。

式に出なかったことは知っていた母親も、とっくに通学しなくなっていたとまでは、想像していなかったであろうから、卒業証書が届いたのを、当然としか思わなかったようだ。

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.09.17 (Wed)

感想いろいろの続き。

 

後年になってから、『ロジャース メソッド』というものを知ったとき、つくづく思い知った。

「傾聴」に徹するためとかいう方針なのだそうで、

もちろん、世のなかは、ひたすら、自分の語る話を延々と聞いてくれさえしたら、それで、気が済むという人々も多いそうだし、そういうタイプの人に とって、「ヒント」やら「アドバイス」なんて、しゃらくせえ、ってのか、むしろ余計なこと、ジャマな差し出口でしかないのだろうから、こういう人たちにとっては、需要が高いのであろう。

 

私は、誰かに相談するときは、ほんとうに困っていて、解決策までは無理だとしても、少しは参考にできそうなヒントっぽいものが得られたらという期待を持っていたので、そんなことを期待したのが大間違いだったのだと。

親らを見送って以降は、法制度などに関するような相談は ともかく、自分個人の成育歴やら過去のことやら心情に関する類の話などは、相手から敢えて問われでもしないかぎり、いっさい、話さないようになった。

でも、私に聞いてもらいたいと相談してくる人が あれば、単に、グチ話を聞いてほしいだけというのでは なくて、ほんとうに困っている、どうしたら いいのかと悩んでいる人の場合には、若い頃から そうだったように、私の持てる知識や考察が及ぶかぎり、あるいは、もっと相談しがいの  ありそうな人に繋ぐなどの方法で、可能なかぎりの実際的アドバイスやヒントは出せるように努める面は、いまでも変わらない。

ただし、延々と同じグチを繰り返すのみで、何らの改善策を実行する気もサラサラないと見た相手に対しては、折を見て、はっきりと突き放すけどね。こういう人こそは、『いのちの電話』お得意さまなのだろう。

けれど、『ロジャース メソッド』と言えども、自分自身で、コトバにして、それを繰り返して、客観的な方向へと煮詰めていき、最終的には、自分自身で結論に至る努力をすることが大切なのだろうし、私が思うに、それだけでは なくて、カウンセラー自身の、言わば、「身を守る」ための方策も含んでいるものと察している。

 

 

もう一つの記事では、

ある母子のケースで、娘さんが引きこもり状態になって久しく、そのことで、親子とも悩んでいたゆえ、プロのアドバイザー的な専門筋の人に相談し、「障害年金」申請を進めようということになり、そのために準備しておくべき書類を作成するに あたり、珍しく、娘さんのほうが積極的意欲を示したので、それに任せましょうということになったそうなのだが、
ところが、その相談業務を担当した専門筋の人が、待てど暮らせど、書類を寄こしてくれないので、いったい、どうなっているだろうかと、母親のほうに連絡したら、母親は、かくかくしかじかで、なにしろ、長年に わたる引きこもりだった娘にとっては、これらの書類ひとつを完成させるのも至難のワザなんですとかいう説明だったらしい。

「ヤフゴミん」の投稿のなかには、だったら、娘には黙って、母親がサッサと書類を作成すれば いいのだ、みたいな意見も あったようだが、それは、たしかに、よろしくないし、その娘さんにとっては、それこそ、裏切りに等しい、せっかく振り絞っている自分の意欲を踏み躙るものだと感じさせてしまうだろう。

私に言わせれば、しかし、この母親も、年甲斐というか、この娘の親ならではというのか、ずいぶんノンビリしてるんだなあと思った。

もちろん、書類の作成は、娘さん本人に、初志貫徹させることが最も望ましい。

このケースは、それこそコッソリとでも、母親自身のほうから連絡を取り、「障害年金」申請を依頼して以降、書類が届くまで待たせている相手に、経過と進捗について説明しておけば済んだことだろうに、と思ったけどね。

 

 

あとは、、、

実の父親が、自分の娘に性的暴行に及んだという事件もチラホラと報じられるが、そのたびに、「ヤフゴミん」あたりも、さすがに激怒の ていで、
きもち悪い!とかヘンタイだ!とか、
実の娘に、よく、そんな欲求が持てるなぁ!とか、怒号の渦巻きだが、

まずは、家族内での性犯罪行為を含めて、無条件に受け入れてほしいという、父親の甘え。

そこには、家族に対する「私物視」と「試し」行為が あり、かつ、支配欲が ある。これは、根底では自信が乏しいことの発露でもあるわけ。

 

 

ああ、そうだ、直近のことなんだけど、

たしか、どこかの掲示板みたいなとこの やりとりで、

「なぜ、産んだんだ!迷惑だ!」と、子どもに激しく責められていた頃、

「どうしても、あなたに会いたかったから」

などと、なだめるように言って聞かせました、みたいな投稿者を見かけたのだけれど、

私が、ひとつ聞いてみたいわ、と思ったのは、

「障害」それも重度の障害を抱えている子で あったとしても、

「どうしても会いたかったから産んだ」

と、言えますのかな?この人は、ってこと。

「うちに生まれて来てくれて、ありがとう」

というコトバも、近年、流行りのセリフなのかなと思えるくらい、よく見かけるけれど、

この場合にも、聞いてみたいもんだわと思う。

実際、例の『津久井やまゆり園』事件の被害者の母親のなかには、息子が殺害されたと聞いて、まずはホッとした、と言っていた人も いるそうだからね。

 

もう一つ、

これは、弁護士さんか何か、そういう職業組織の一員である人のコラムのようだったが、

これも近年、話題に のぼった「反出生主義」とかいう考え方について、

良いとか悪いとかは、さすがに言えないかわりに、だろうか、

「さびしい」考え方だ、というふうな感想を述べておられた。

ほんとうに、知能が低いとか低知性であれば、思考停止で、従来の価値観や世間の習慣、習性に対して疑うという能力が乏しいのは仕方ないだろうけれども、

このかたの場合は、弁護士を されているようだったので、これも、オツムは少なくとも人並みか、それ以上のはずでしょうからw

アタリマエだ当然だとされてきた従来の、世間の価値観やら習性に対して、「反出生主義」は「さびしい」考え方などと、このような漠然とした感想や感情の類のみを もってしか述べることが できないということであるのならば、それだけ、ものごとを深く考え詰めるほどの必要性に迫られた経験や体験には乏しく、少なくとも世間並みの、または、それ以上に、要領の良さにも恵まれた来し方だったからこそなのだろう。

 

 

先述した、とある母親のように、

「どうしても会いたかったから産んだ」

という欺瞞臭がプンプンただよう、そのことにも、ご本人自身が気づいていないらしい、キレイな装いで取り繕った答えかたよりは、

実父が黒人の米兵で、学校時分のイジメなどで苦労したという、かつては女子プロレスラーだった女性の、その母親が、
「勝手に産んだ」と、娘に責められたとき、

「勝手に産んだよ、それの どこが悪い?」

と、ぴしゃり言い切った答えのほうが、よっぽど潔く、この世の実相と摂理を踏まえていると思う。

うちの愚母なんかは、ハッキリと欲得計算で産み落としたからねw
しかも、産む気が あるのだか ないのだかも不審なくらいの、でたらめな出産ぶりで、胎児だった私は、栄養も酸素も途絶えさせられていた。

産んだら産んだで、障碍を抱えさせられ放置されてw

それも これも
「おまえの星ゆえだ!」
と、オカルトを言い放っておりましたわww

要するに、こういうのでも、いっちょまえに産めるんだってことで、それは、言わば「天が許した」から、ってとこなのでしょうwww

ちなみに、
私のあと、次に妊娠していたときは、親父とケンカしたりするたび、なぜか、押し入れから、わざわざ、重たい荷物を頻りに引きずり出し続けていて、幼い私にはサッパリ意味不明だった、その行為の おかげで、めでたく流産してましたわ。
この子が生まれていたなら、どあつかましい親父は、つごう、5、6人もの子持ちだったはず(嗤)

おなかのなかにいる頃から憎まれた私と私の弟妹。
「あんたたちは、生まれて来なくて よかったよね」
と、私は ずっと思ってきた。

 

それでも、まっ、なんだかんだ言ってても、

自分の好みの異性やグッとくる恋愛対象と出会ったとたんに、「瞬速」でもって「反出生主義」から宗旨替えする人が殆どなのだろうけどねw