2019.02.16 (Sat)
何がって、この国の大手メディアよ。
とっくに知ってるわい、って?そりゃそうねw
今回、『時事通信』の記事で、またまた、目が点になった。と言うのも、
安倍政権になってからアタリマエみたいに恒例のようになってしまったかのようなパターンが、またぞろだったから。
例の「統計不正」問題が発覚し、今国会で野党側が徹底追及、
当然のこと、大多数の国民も、じつに疑わしいと思っている、
にも かかわらず、
な~ぜ~か、「政権支持率」というものに、ほとんど影響が見られないと言うのだ。
あうう、、、キモチわるいのねん。![]()
疑ってる。けど、支持してるぞー♪って。
どう分析を すべきなのか、はなはだ悩ましくなる、この分裂、支離滅裂のパターン。
日本国民のアタマのなかって、とうとう、こんなふうになってしまったのだろうか。
分裂、支離滅裂アタマ?
いやいや、そこで また思ったのは、
「まーたゲタ履かせとるなw」
という直感。
だって、どう考えても、まともじゃないでしょう。
省庁の不正データと同じ臭いが するもんね。
各方面から指摘されてきた、安倍政権の大きな特徴の一つが、メディアに対する圧力・恫喝だもの。
もはや、殆ど共通のスタンスなのか、メディア各社も。
あまりの長年にわたる自民党政権との癒着が染みついてしまった省庁・官僚らと。
おかげで、
自民党以外の政党は、やっとこさ、政権に就いたとしても、
たちまち、困難な運営へと追い込まれ、短命に終わり、
結局、経験を積むことが できないまま。
ために、
もとより『自民党』支持者のみならず、表面しか見えていない浅慮で無知な国民たちの多くにも、頼りないし、任せられないのでは?というイメージが すり込まれてしまいつつある構図。
ここで再び三たび言う。
自民党以外の政党さんがたへ。
あなたがたが、(旧)『民主党』のように、しょせん「第二自民党」だの「自民の亜流」なんて呼ばれたくは ないのなら、
下記の警告を、よーく、肝に銘じておいてくださいね。
もし、このあと、政権を奪取できたとしてもだ。
なにしろ、戦後最悪の(これも当初から、私は言ってきた)安倍政権、その あと始末だよ。
また失敗したな、と思われたら、もう未来永劫に、この国では、「野党」というものは存在できない。
存在できるとしたら、それこそ「未来永劫に万年野党」でしかない。
したがって、
政権を奪ってみせる、という気迫、モチベーションは堅持していてもらわなければ困るが、
さしあたっては、なんとか「与野党伯仲」レベルには達してちょうだい。
その間に、
自民党と癒着してるモロモロの連中、特に、官僚らと、どう渡りあうのか、
そして、
こ難しいことはイイから、とにかく、おカネ、経済、おカネ、というのが唯一の、と言っていい殆どの国民の本音を、どう満たしていくのか、
良い大学出た、良いオツムなんだから、よーく考えて、机上の空論ではない策を練っておいてちょうだい。たのむわ。
たださぁ、
「政権支持率には、ほとんど影響してないよーん♪アッカンベエ~」
と、ことさらに言いたいみたいな、こうしたパターンには、
「野党よ、国会で追及するのはムダよムダ。せやから、やめといて~な、お願い~」
こう言いたいらしいのも、透けて見えてくる。
これが、こうしたパターンの記事に仕込まれてあるところの、安倍政権と、その周辺の本意なんだろうなと思えてくる。
ああ、キモチわるい世のなかだ。
もともと、私は、この国の民衆全体に対して、高い評価や信用に ふさわしいレベルに達せているとは、いまいち感じられないでいたが、
近頃では、いよいよ、ここまで堕ちてきたか、、、という感、しきり。
統計不正問題を報じないで、分かりやすい子どもの虐待問題ばっかり、という不満は、その気持ちは理解できるけれども、やっぱり、底のほうで繋がってるもんなのよ。
庶民の日常生活の片隅で頻々と起きる虐待問題。
その庶民が、選挙で投票し、議会へ政治家を送り込むのだから。
国民のレベルが政治のレベルでしょ?
『アベノアクム』
【続く】
2019.02.12 (Tue)
結局、言うに事欠いてか、
「ネトウヨ」あるいは安倍支持者らが必死こいて言い募ってた、「悪夢の『民主党政権』」というセリフを、とうとう、アベシ自身でも言い出したぞw
ということは、
そもそも、誰が言わせていたセリフなのかということがハッキリしたような感じだね(嗤)
この糾弾だけでは もの足りなかったと見える。
↓
「おまえが国難!」![]()
では、、、これでトドメだ。
「あんたが悪夢!!」![]()
![]()
2019.02.09 (Sat)
『ヤフゴミ』捨て場の「オーサー」さんの一人で、藤田なんとかいう人。
『ビッグ イシュー』という、もっぱら、いわゆる「ホームレス」と呼ばれる人たちを、雇用では ないらしいが販売員としていることで知られる雑誌が、最近、ロック バンド『クイーン』のボーカルだった故フレディ・マーキュリーを演じた俳優のインタービュー記事を前面に出している おかげか、久々の増刷となったという記事が あり、そこへ、くだんの藤田なんとかいう人が、「オーサー」として意見を投稿しておられるわけだが、
さて、
藤田さん、はたして『ビッグ イシュー』という「選択肢」は、生活保護利用のケースと同列に語れるようなものなんですかね?
私自身も、この雑誌を購入したことは ある。
初めて買ったのは、かれこれ十数年ほども前になるが、『梅田』の『阪急デパート』から少し歩いた大通り沿いの場所で、所用のため向かっている目的地についての道順を尋ねたいなあと思い始めたところに、
たまたま、売り手さんが、なるほど、立ちんぼ状態で、黙って辛抱強く、買い手が現れるのを待っているという感じだったので、
ああ、この雑誌ね、、、と1冊購入し、支払いながら、目的のビルの場所について尋ね、返答を もらって、また歩き始めた。
「きょうは、お天気も まずまずだし、過ごしやすい時季だからいいけど、真冬や真夏は大変だろうなあ」
「ああいう人たちって、入浴や着替えだけでも、普通に生活できてる場合と違って、何かと大変じゃないのかなあ」
と思いつつ。
帰途の電車内で、さっそく、なかみを読んでみたら、けっこう濃くて真面目な内容の記事が並んでいたので、良い印象は持っている。
けれども、
あれから時が流れ、障碍を抱える私自身も、やがて、各界福祉関係の人々と接したり、
(こういう分野においても、ほとんどは、畑違い出身のシロウトさんたちだ。私の知っている福祉業者も、補助金を水増し請求してる疑いが濃厚な所も あるし、また、その福祉業者自身が障碍者でありながら、同様の障碍者を見下したりする人もいる、いやらしい事情も見受けられるのが現実。)
障碍者の作業所を経験した いまにして振り返ると、
あの『ビッグ イシュー』の販売形態には、どこか、「障がい者作業所」の臭いと同じものが漂ってくるのを感じてしまう。
ところで、
過去、自分自身が、服役した経験を持つ、議員か何かの公人の立場に就いている人だったと記憶するが、その人は、「秘書給与」のことで有罪判決を受け、服役中に、
受刑者のなかの少なからぬ割合で、知的、精神、また「発達障がい」などの内部障がいを抱えている者たちが いることに気づいたということを言っていた。
このことを、「浮浪者」と呼ばれてしまうような、いわゆる「ホームレス」について考えるとき、同時に思い出すのである。
私が若い頃に、何かの記事や本で読んだには、
「浮浪者」や「ホームレス」自身、相手が誰であれ、権力筋とか公的機関であろうとも、自分の親や家族にすら、とにかく、「管理される」こと自体を、激しく厭うという姿勢を示す人たちが目立つそうだ。
だから、家を出る。
役所の手が伸びてくることを徹底的に嫌う。
したがって、生活保護制度を利用することも避ける。
「プライド」なんてことからでは ないと思う。
やはり、「浮浪者」「ホームレス」と呼ばれるような暮らしを せざるを得ない人たちには、一見しただけでは分かりにくい、知的や精神方面の問題を抱えているケースも多いだろうし、そのことは、とりもなおさず、思考の歪みや思い込みにも繋がっているだろうと察する。
「生活保護」という制度を、本当に「プライド」に云々と言っているのなら、それ自体が、是正を必要とする証左と言うべきだろう。
自分自身の思考力によっての情報選択や論理的構築の能力が乏しい知的や精神の障碍者は、不安定で、周囲からの通俗・俗悪的な価値感に つよく影響を受けて毒され易い傾向を持つのも現実だろう。
しかしながら、
生活保護制度にしても、また、選挙の投票制度にしても、あくまで「権利」なのであって、個人を強制できることでは ないとされている以上は、どうしようもない面も伴う。
浮浪者たちは、こうも言う。
「青カンはキツイよ~」
と。
そりゃあ そうだろう。
極度の暑さ寒さ、不衛生、栄養不良に晒され続ければ、健康状態は蝕まれていき、言い知れぬ不安と襲撃の危険を恐れつつでは、安眠も おぼつかない。精神状態も蝕まれていかないほうがフシギというものだ。
もともと、知能や精神方面の内部的障害などを潜めているケースが少なくないとしたら、当然だと思う。
「ヤフゴミん」の大多数は、社会的弱者らに対し、毎度のごとくに侮蔑や排斥意識を前面に押し出しているから、「ホームレス」側に対する非難も圧倒的よね。
だったら、
公園や公共施設といった社会のインフラを、自分たちの生活場所として勝手に(集団)占拠している問題について、どう考えるんだろうか。
近く『オリンピック・パラリンピック』という一大イベントが行われるに あたり、この、「ホームレス」たちのホームを撤去・排除する動きが勢いを増してくる。
私自身は、「ホームレス」についても、まあ、しかたないのね、という感覚のほうが まさっていて、どちらかと言えば大らかなほうのスタンスだし、「ホームレス」のテントなどを、役所が強制的に撤去することにも、非情さと反感のほうを感じてしまうのだが、
かと言って、
「浮浪者」には、個人的に、いささか厭な経験を させられたことも あるし(不衛生な思いを させられた出来事だった)、
公的インフラを、普通に利用できないような事態までを よしとしようとは 思わない。
それでも、
「浮浪者」「ホームレス」といった人たち自体に対して、敵意や優越意識めいたものを持ったことは、いまだかつて ないんだけども。
【続く】
2019.01.28 (Mon)
先日、youtubeで検索していて、たまたま、『アンコール トム』の猿たちの動画にハマってたという話を述べたけれど、
『この年末・年始に:人は、獣に まさるところなしw』
人類とルーツを共にしているというだけあって、本来の人間社会の原型を見たというべき、勉強になった面は大いに あるものの、
そのうちに、いろいろと、問題が潜んでいることに気づいた。
たとえば、『アンコール トム』の猿たちに密着するように撮影し続けることが、猿たちにとって、ストレスになっているということは、当初から察していたが、
「レスキュー」と称し、瀕死の子猿を連れ出し、獣医に診察・治療させた、ということも、じつは、あれは獣医なんかでは ない、という指摘が、コメント欄に散見された。
ほんとうのところ、一般の視聴者には、ハッキリとは見分けられないことが多い。
それ以上に、私自身も気づいたのは、
Youtubeが、いまや、貧乏人のカネ儲けのツールともなっていること。
あらゆる種類の猿の乳児が、生まれて間もなくから、母親と引き離され、ペットとして入手した人間たちの、まさにyoutubeネタとして利用されているということ。
いくつか閲覧していて、私も胸が痛む思いを した。
人間の手のひらよりも小さな子猿が、本来の彼らの生活習慣に ない、
たとえば、からだを洗われたりすること。
人家のなかで飼う以上、あるていどは、人間の衛生的習慣を押しつけることになっても しかたないのかもしれないが、
それにしても、人間用のシャンプーやソープを、じかに子猿の からだにゴシゴシ擦りつけ、せめて、最後にはキレイな温湯で すすいでやるなら ともかく、
盥なり流し台なりに溜めた湯や水に全身を浸からせたまま、シャンプーやソープの汚れた泡が浮かんでいる、その湯や水を、抵抗する子猿の頭からビチャビチャぴちゃぴちゃ、しつこ~く、いつまでも かけまくって、目や口に入ってるのも構わず、
結局、激しく抵抗し続ける子猿を持て余してか、すすぎ流してやることも全く せずに、汚れた泡が付着したまま、これまたボロッボロの汚らしい布で強く拭きまくって、おわりにしていたり。
たまたま、おとなしい性質の子猿だった場合、厭なのを堪え、じっとしているとなると、それこそ延々、浸からせたままの状態で、撮影している、いつまでも。
ねっ、可愛いでしょー?と言わんばかりのバカな撮影者。
不安やストレスに晒されたあとは、本能的に、母猿に抱きついて、からだを温め、母猿の乳首に吸い付くことで安心と癒しを得るのだろうに、
なぜ、こんな乱暴・狼藉を されるのかサッパリ理解できない乳児の子猿は、さんざん、からだを弄り回されたあげく、湿ったボロ布の上に放置され、しかたなさそうに、自分の小さな指を吸いつつ、がっくりと うなだれて、そのまま眠ってしまった。それは それは、哀しそうな顔を して。
ミルクを飲ませるとなったら、これが また、小さな子猿の口に おさまりきれないほど乳首の大き過ぎる哺乳瓶で、子猿は、見るからに、顎がダルそう。。。
せめて、できるだけ、猿なら猿に適した飼育方法を わきまえているなら まだしも、
なかには、毎日、とっかえひっかえで、人間みたいな服を着せ、からだを洗い、人間の子ども用の、小さな子猿には大き過ぎる歯ブラシで、乱暴に「歯磨き」もどきを やって、
しかも、その子猿の場合、生後まもなくして徹底的に しつけられてきたのか、あらゆる無理なことを強制されていても、ほとんど抵抗せずに、諦めた哀しげな顔を しているのも お構いなく、図に乗った飼い主は、せわしなく指図し、強制し、その間ずっと、耳障りなカン高い声で、やかましく しゃべり続けるので、その中国語じたいが、大キライになりそうになった。いかにも成金趣味まる出しの中国人らしき女性だった。
最近、金持ちになった中国人だけじゃない。
インドネシアとか、東南アジアの どこかと思しい、見るからに貧しい人々も、生後間もないと見受ける子猿を入手し、自覚もないのか、さも可愛がってるふりで、虐待しとる。
なんでかというと、
カネ儲けなのよ、スマホとyoutube使って。
何年か前に、
インドで、住居にトイレが ないから、線路沿いの原っぱみたいな場所に出て排泄するしかなく、
特に女性は、襲われる危険に怯えながら用を足す、そんな生活状態の人々のあいだにも、スマホが普及しているという記事を読んで、呆れてしまったことが あった。
まあ、誰が、一番トクしているのか。
そして、
その結果、誰が最も苦しむことになってるのか、っつうことだわ。
あのテの動画を見ていたら、つくづく、人間どもに大バチが当たらないでは済まされまい、と言う憤りを感じざるを得ない。
なので、私は、もう二度と、このテの動画は見ないことにしました。
2019.01.28 (Mon)
この姿勢は、「ミギ」だろうが「ヒダリ」だろうが共通した言動を とる人たちが いるね。
こないだも、私は、
「祈ってくださる」から?それが なに??
という疑問を呈したところだが。
ところで、この記事について。
『ヘイトを撒き散らす危険な「愛国思想」の元凶 「教育勅語=日本人至上主義」と認識すべきだ』前川 喜平 2019/01/27 08:10
最初に ことわっておくが、
私は基本的には、前川氏の側につきたいと思う者では あるのだが、
この記事内容に対しては、もう何年も前から呈してきた疑問を再び示そう。
前川さん、
「同胞」「わが民族」といったコトバは、日本国内における「ネトウヨ「ウヨ」ら以上に、在日朝鮮人たち自身が、昔から特に好んで用いているコトバですよ。
ちなみに、個人的な経験で、数十年も前のことになるが、
むかし、近場のスーパーマーケットに行ったとき、階段の踊り場に設けられている休憩用の椅子に腰掛けていた高校生と思しき女子の二人連れが、やにわに立ちあがり、私に声を かけてきたことが あった。
何だろうと思いきや、
「お金を貸して」
と、いかにも なれなれしく言っているのだった。
通りすがりの私に向かって、いきなり何を言ってるんだと思いつつ、今しがた買い物に使ってしまったので、と即座に断った。
のっぴきならない理由が あるのならば、まずは お店の人に相談するとか、ほかに方法は いくらでも あるだろうに、幼い子どもじゃあるまいにと不審を感じつつ呆れたには、彼女たち、朝鮮学校の生徒だということが あきらかな制服を着ていたのだ。
自分の学校に誇りを持っていたら、あきらかな特徴ある制服を着用した身で、顰蹙を買うような軽率な ふるまいは できないだろうにと思ったことだった。
実際、「朝鮮学校」に通っていた人や卒業生のなかにも、あの学校には大きな問題が幾つも あるということを述べている人たちは存在する。そういう人たちのブログを幾つか閲覧したことが あるし、私個人的な見聞においても、これは、政治的なバイアス等は一切抜きで、芳しからぬ感想を述べていた者も知っている。
さて、まず、「朝鮮学校」というものは、「各種学校」の扱いだよね。
その各種学校のなかで、「朝鮮学校」の扱いだけが異なっていて不当であるということなら、それは問題にすべきだろう。
先日、『朝日新聞』のウェブ記事で、
いわゆる在日三世の立場として、日本で生育し、「朝鮮学校」にて教育を受けてきたという青年の紹介記事を読んだ。もっとも、有料記事だったので、途中までしか読めなかったのだが。
その記事中で、またまた、首を傾げたくなるような箇所が あった。
それは、その青年いわく、
「なんだ、日本人にも良いやつが たくさん いるじゃないか」
と考えを改めた、という発言。
どういうことなのかね?
何国人のなかにも、って、いろいろ いるのはアタリマエじゃないか。
当然のこと、100パーセントで括れるものじゃない。
ましてや、この日本のなかで生育しておりながら、
「日本人は悪いやつばかり」
という印象を持っていたというのなら、
それは、ほんとうに、どういうことなんだろうか。
どんだけ、狭い世界で生きてきたのかなと、いささか呆れました。
そういう教育を施しているわけだ、「朝鮮学校」という所は。
ただ、この青年は、そのことに気づいて、いまは、日本でも朝鮮半島でもない国で起業し、いまのところは順調にやっていけているそうで、結構なことだと喜ばしく思う。
おりしも、「韓国に経済制裁を!!」という主張が、たぶんに「ネトウヨ」と思しき連中が盛んに主張している最近だが、
経済制裁、これを実行すると、実際に困ることになるのは、結局のところ日本側なのだそうだ。
まあ、私でも、それこそ日・韓断交となっても、あくまで個人的に困る気は しないというのが正直なところだしw
ほんとうに困るのは、日本側でも、企業・商売人たちだろ、としか思えなかった。
あと、朝鮮半島で、もしもの緊急事態が起きたときは、「ネトウヨ」らが猛反発するような、在日米軍の動きが、ここぞと開始されるんだろうww
あるいは、例の「北朝鮮拉致問題」が あるけどね。。。
もっとも、冷静に考えてみると、韓国と大いに仲良くしているのだからといって、この「拉致問題」について、何らかの希望的展開が見えてきた あかつきが訪れたとしても、以降、どれほどの期待が できるかは、正直言って、定かでは ないわな。
で、当ブログでは、何年も前から、かねて疑問を呈してきたのが、
日本国内の「ネトウヨ」「ウヨ」なる者らは、例の如く、「極右団体」ひいては暴力団というところが正体なのであるということならば、
「韓国に経済制裁を!!」「いまこそ断交!!」
と叫びまくってる連中は、まさしく、「北朝鮮」系のナントヤラじゃないのか?とwww
「パチンコ」(正確には「メダルチギ」とかいうものらしい)についても、韓国では禁止されているそうな。
でも、日本では認められている。なぜなんだろうね。
私は、そもそも、「高校無償化」自体、現実的な優先事項であるとは考えていない。もちろん、そうできるなら、それに越したことは ないけれど。
やれ税収が予算が足りない!との政府や官僚ら、その他の「識者」らの主張が本当のことなら、さしあたって、家計に余裕ある家庭の子どもの進学まで無償にする緊急性が あるとは思えない。
それよりも、もっと喫緊の課題が あるのだし、そっちを解決してからでも遅くない。
私は、『教育勅語』を持ち上げるような「全体主義」教育やら「皇民教育」なんざ、へどが出る、と言い続けてきた。
「教育を受ける権利」とは言っても、どんな内容の教育でも、とは到底、思えないのよ。
さて、朝鮮学校という所の教育方針に、問題は ないのだろうか。
私には、
祈ってくださる、あ いや、
「守ってくださる金元帥さま」
と、個人崇拝を前面に出して、
現に日本国内で生活している児童・生徒らに、日本人は悪人であるというように思い込ませ、
もちろん、自国の歴史については、どれほどの客観性を担保しているのやら甚だアヤシイ、そのような「洗脳」めいた教育ぶりは、
まさに、かつての「大日本帝国臣民」教育そっくりだと、大いに共通性を見い出すものだ。
何が何でも、やみくもに片方だけを擁護しまくるのも、胡散臭いと思われてしまう。
ひいきの引き倒しは、逆効果。
それは、「ミギ」でも「ヒダリ」でも同じこと。