2018.11.14 (Wed)
『「風化」ということ』続き。
…「どっちも どっち」というコトバは、「自業自得」というコトバと同じく、私は、好きでないし、問題を孕んでいる場合が多いと思うので、めったには使わないのだけれど、どちら側にも、何らかの やましい点が あり、被害者とも加害者とも決めつけにくい場合は、結局、「同じことは、お互いに、もう二度と、しないでおこうね」ってところに落ち着くしか ないわな。
こんにちの朝鮮人に関しては、私も個人的には、そんなに嫌ったり憎んでいるんであれば、なんでワザワザ、日本に来るのよ?と思うことは あった。でも、詳しい識者の話では、韓国の、主に若い人だと、嫌悪とか憎悪というほど深刻なレベルでは なくて、実際には、もっと軽い意識しかないし、むしろ、憧れの国の一つというくらいの感覚しかないんだそうな。「反日」というような過激な言動や活動は、日本で「ネトウヨ」と呼ばれる連中と同じくで、ごく一部の者だけだと。
私は、むしろ、台湾の人のほうが、より複雑なんじゃないかなという気が する。
表面的には「親日」ムード全開にしてるけど、内心は、そんな単純なもんじゃないと思うよ。
いわゆる「ネトウヨ」とか「ウヨ」系は、うわべだけ見て嬉しがってるけどw単純バカと言うか、無神経だからね、あの連中は。
まあ、台湾側も、政治的な計算してる面は あると思う。
中国人に関しても、よくまあ、あれくらい押し掛けてくるもんだと思わないでもなかったんだけど、韓国人と違って、こっちは もっと割り切ったものを感じるなw明らかに商売絡みとか、観光目的以上に、便利でエエもん買い出しに来てるだけ~って感じがアカラサマだもん(苦笑)
まあ、それぞれ、なんと言っても、地理的に近いからね。
日本人だって、あっちへ観光に行くんだし。
うちの親父も、中年期に、憧れの『万里の長城』とか行きたいぞ!(そこから雄大な眺めを見渡しつつションベンもしてきたいぞ!とか言ってたwそれだけは、ぜったいに、やめときなさい!と、私も母親も慌てて諌めたけどww)ってことで、自分の妹らと一緒に中国に旅行に行き、現地の食堂でラーメン食べてると、周りの中国人に、穴が あくほど観察された~、って言ってたよ(笑)当時は まだ、「人民服」着用してる人が圧倒的に多かった時代の中国。あれから、あっという間に、人々のファッションも様変わりしたなあ。
私が、直近のエントリーで指摘したように、同じ国の者どうしでも、「温度差」というものが あるわけでね。それには、教育とか、個人的資質とかも、いろいろと絡んでくるんだろう。
ただ、韓国は、徴兵制が ある国だし、長らく休戦状態とは言え、戦時下の国でもある。そのために、ことさら、好戦的な雰囲気とか、戦火を交えることも辞さない意欲とか、そういうものを鼓舞したり持続させる教育を施すのに、まさに、日本は、うってつけの対象でもあるんだろうと思う。
同じ「西側」の、と言っても、体制が異なる。
おのずと、日本の子たちとは、同世代であっても、温度差が違い過ぎるだろう。それを まず、こちら側の子が、わかってないんだろう。
~
そんな韓流好きの皆さんに、「韓流スターは陰で日本の悪口を言っているぞ」「あいつらは原爆を喜んでいるぞ」とどんなにしつこく説き伏せたところで、彼女たちの「韓国カルチャー」に対するロイヤリティーを崩すことができるわけがない。むしろ、「ネトウヨが昔のことを根にもって、いつまでもゴチャゴチャ言うからよその国と仲良くなれないんじゃない」と先鋭的な韓流ファンになって「分断」が進む可能性のほうが高い。~
そういう子たちもね、いつか、あちらの人と親しくなったりして、たとえば、朝鮮半島を植民地化していたことなどについて、「日本人は、日本人である あなたは、どう考えてる?」と問いただされる機会が訪れたときに、どう答えるのかしらね。まさか、目の前の韓国人相手に、
「昔のことを根にもって、いつまでもゴチャゴチャ言うからよその国と仲良くなれないんじゃない」
こう答えたら、おもろい(?)ことになると思うわw
あるいは、
「そんなこと、どうでもいいとしか思えない」と答えても、びみょ~過ぎるねww
戦争経験を持つ世代を親に持つ私らの世代でも、教科書に、日本軍の残虐行為については殆どページを割いては いなかった。
「侵略」を「進出」と言い替えたりしていて、子どもの私ですら、不自然さを感じて、「へんなの」と思ったほどだ(かえって、記憶に残った)。
歴史の授業なんて、年表の丸暗記を要請されるばかりで、こんな退屈な教科もないわとウンザリしていたが、高校時代最後の『世界史』の女性教師は、初めて、暗記では なく、「人間が生きた歴史」というものを教えてくれた。
その教師に担当してもらって初めて、私は、こんにちの中東問題の発端も知ったし、『南京事件』のことについては、これも もちろん教科書では殆ど触れていなかったので(『従軍慰安婦』のことなんかも、全く出てこなかったと思う。なにしろ、トンと記憶にないんだもん)、他のところから資料を集めてきて、プリントにして配ってくれたんだけど、一読して、食欲なくすほど、気分が悪くなり、しまいに泣けてきたことを憶えている。そのショックを、当時の日記に書いたことも憶えている。「時代が違うと言えど、同じ日本人が、こんな酷いことを やれたなんて」というショック。。。
そう言えばと思い当たったのだが、
『世界史』でも『日本史』でも、歴史の授業で配られるプリントって、他の教科と比べるとダントツ大量だった。なかには、自分で集めてきた資料のプリントのみ配って用い、教科書は、ほぼ一度も開くことなく、授業を進める『日本史』の教師も いた。
日本の学校で用いる教科書に、問題が多いと見做すのは、特に、歴史担当の教師には多かったのかね。もっとも、『日本会議』系の大学教員あたりとは、考えかたが大いに異なっていたようだがw
ま、政治に関する話題は、白人文化におけるパーティなんかでするのはヤボでマナー違反だとも聞くし。
ダサい話題と言えば そうかもしれないけれど、かと言って、軽視して無関心でいるばかりでは、いずれ自分自身の身に降りかかってくるんだから、軽く考えていていい方面では ない。
私のクラスメートだった女の子たちの殆ども、いまでは、いい おかあさんになってるはずだけど、政治や外交に関する情況や問題を、もちろん、表面的なレベルでないところを、どれだけ知ってるのか、そもそも、それ以前に、関心を持ってるかどうかを聞いてみたら、相変わらず無関心で、『ライオンズ クラブ』だの『ロータリー クラブ』だのに所属してる裕福な親を持つ お嬢さん学校の生徒だった、苦労知らずの お嬢さんの延長で、のほほんと、「奥さま」を やってるでしょうよ。
あの頃、たとえば、金 芝河の『民衆の声』とか、『これがKCIAだ!』てな本を小脇に抱えてるのを見て、担任にオモシロがられてるのなんて、私だけだったわw
あと、高野悦子さんというかたの遺した『二十歳の原点』とかも。
でも まあ、ふだんの読書の中心傾向は、どちらかと言えば、ほとんどが、日本以外の古典文学や純文学中心だったけど、私は。
ドストエフスキーとかジッドとかカフカとかカミュとか、いろいろ。
ものすごい乱読から、やがて、好きな作家は、系統立てて読むように心がけていったな。
ことに政治方面の話題というものは、ひとたび真面目な遣り取りを するとなったら、日常から、どういうふうに考えて生きているのか、その人の感覚・感性、内面性、知識・情報の蓄積如何から思想傾向も思考レベルも、いっぺんにモロに出るからね。
それがバレて恥ずかしいという気持ちが少しでも あったなら、最初から、そういう議論に加われないし、まともな相手にも されない。
2018.11.14 (Wed)
まず、
前回のエントリー内にて、私が述べたことについて、なんだか「ウヨ」らがハシャイでるみたいだからwここで ちょいと付け加えさせてもらうのだが(新規アップが増えるのはメンドクサイのでなw)、
すでに言ってきたことでは あるが、
目下、「徴用工」賠償云々の問題が騒がれているおり、
なぜ、自民党からしてが、韓国との関係を悪化させるわけにいかないと苦悩する必要が あるのか?とか、しまいには、敗戦後に、向こうで捨ててきた、日本人の資財などを返してもらおうじゃないかという主張が、けっして、そのように いかないのは、かつての併合・統治時代に、当の日本こそは、そこからの益を目論み、得ても いたわけで、その反面では、あちらの人々が、それまでの仕事や生活の糧を失い、それで、日本へ赴き、稼がなければ仕方なかった事情も あるという。
たとえば、韓国が「『オリンピック』デビュー」した、かつての『パルパル』だって、陰では、たしかに、日本の多大な後押し協力が あったのだろうとは思っている。
しかし、そういったことを、恩に着せる筋合いは、日本には ないのだ、ということを自覚することだ。
同じく、「ネトウヨ」の憎悪の対象であるらしきw中国に対する莫大な投資(ただし、いわゆる「ヒモ付きヨ」ww)にしても そうだが、これらは、なにも、美しきボランティアでは ないのでね。
日本に限らずだが、どこの国でも、他国に投資するというのは、いずれ自国の利益を期しているからこそであって、ましてや近隣諸国の民衆の生活レベル向上は、経済面を始め、自国にとっても、様々に益が得られると見込んでいるからこそなのだ。
もちろん、せっかく投資したものを、民衆生活の向上ではなくて、もっぱら軍事のほうに注ぎ込まれるのは困るんだけどね。。。
そういうわけで、エラそうなことばかりは言えないの、日本としても。
韓国政府が、当時、樹立したばかりの弱々しい自国の経済発展のため、すでに国家間において取り決めしたはずの賠償金について、これを本来の目的に使わず、他へ流用していたとしても、強くは責められないわけが ある。
韓国の経済発展は、隣国であり、かつ、関係性の特に深い日本にとっても、また、西側の大盟主たるアメリカにとっても、必要なことだったから。
さて、
『BTSの「原爆Tシャツ」騒動が起きても、韓流ブームが打撃を受けない理由』11/13(火) 9:01配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181113-00000017-zdn_mkt-bus_all
ははは。。。(苦笑)
ま、中国は嫌いだが、パンダは可愛い、とかいうのもあるしね(笑)
ただねえ、この筆者さんが、頻りに おっしゃる、「いくら言ってもムダですよ、いまの若い世代の女性たちは」こうなんだから ああなんだから、
として挙げられた事例は、今に始まったことじゃないんだと思うよ。
敗戦後の日本国内に、アメリカの将兵らが一斉に乗り込んできたとき、当時、早速、「パンパン」とか呼ばれた女性たちが おおぜい現れたんでしょ。
(皮肉にも、モーパッサンの“Boule de suif”(脂肪の塊り)という小説を思い出したわ)
そうして、その、主にアメリカさんとのあいだに出来た子どもたちが産み捨てられて、『エリザベス・サンダース ホーム』という保護施設も生まれた。
いまでも憶えてる。
『エリザベス・サンダース ホーム』で育てられたという、テレビ番組に登場した、当時、まだ20代と思しき男性。片親が白人であることは、容姿に現れていて、多分、アメリカ人なのであろう父親も、いわゆる「パンパン」だったらしい日本人である母親も、どこの誰なのか、ハッキリしたことは不明で、発見・保護されたとき、あかんぼうの彼は、ドンゴロス袋のなかに、すっ裸で、無造作に放り込まれたまま置き去りにされていたそうで、この事実が最も辛いというふうに訴えていた。
現代でも、たとえば沖縄の米軍基地は問題視され続けているわけだけれど、それは それとして、現地の人たちの日常生活のなかに、米軍の関係者たちとの付き合いは確立されているようだし、結婚相手や子どもの父親が米兵ということも少なくなく、先日は、父親が、まさに米軍関係者であるという新知事も誕生した。
たとえば、東北の大震災や原発大事故を体験した、いま まだ若い年齢の人自身が今後、結婚するなりして、自分の子を持つようになったとき、その子たちが、自分の目の前に居る父や母の若い頃に起きた、それは もう、地獄の沙汰だった あれらの災害話を聞かされても、あまり関心を持ってくれない、ということを思い知る日が来るのかもしれない。
戦争体験者は、とうに、このようなことを危惧しているだろうし、「世代間のギャップ」というコトバもある。
だいたい、「原爆投下は、やむを得なかった」みたいなこと、なんと、昭和天皇が発言されてたよね。
「どうも、気の毒だとは思うが」などと。
敗戦後の、マッカーサーと面会のおりには、「朕の身は どうなってもいいから」とか おっしゃったという話が信じられなくなるほど、まるで他人事のような。
きのうのエントリーでは、「沖縄メッセージ」というのを指摘しておいたが、なるほど、さも ありなんか、と思いましたわ。
昭和天皇からの伝言を受け取ったシーボルト連合国最高司令官 政治顧問という人と、連合国軍最高司令官マッカーサーの、昭和天皇に対する印象は、どうやら正反対だったということのようなのだが、
いったい どちらが、昭和天皇の真実だったのやら。
いずれにせよ、このときの天皇に、こういう口出しは許されなかったはずなんだけどねえ。私は、これが最も問題だと思うんだけど。
戦後のドサまわり「行幸」で、広島に立ち寄ったとき、集まった国民たちから、思いのほかの大声援で迎えられたということだから、「朕は、まだイケるんだ」と、すごいウヌボレが あったのかもね。
そもそも、「神さま」扱いで、「最後の帝王教育」を施されて育てあげられてる、特異な感覚の人なんだし。
まあ しかし、沖縄の米軍基地に対する反対運動を指して罵倒し続ける連中の言いぐさというのは、まさに、昭和天皇の意向そのまんまなのね。いまさらながらビックリした。
この「沖縄メッセージ」、念を押すかのように、一度ならず二度にわたって伝言していたのを、アメリカ公文書館で記録が残されていて、1979年には発覚してたそうなんだけど、私なんかは、つい最近だよお、知ったの。マスコミ、ほとんど取りあげなかったみたいね。
【続く】
2018.11.12 (Mon)
このたび、幸いにも帰還された安田純平氏のことに関して。
私は毎度のごとくで、ほとんど知らないままだったながら、
このかたの場合は、なにしろ、これまでに5回ほども捕まっているという話は、すでに、いちおう知っていたので、
正直なところ、なんだかなあ、、、どして、こうなる?とは思いつつも、
あの後藤さんたちの凄惨な事件のことを思い起こすと、いまだに、胸が痛むし、最悪、あれと同じような結末になってもらっちゃ、同じ日本国民だけに、すごく厭だわなあと思っていたので、
些か唐突な感もあった意外なタイミングにて、とりあえずは無事に帰国を果たせたということを喜ばしく思いました。
ただ、
帰国して数日後、お疲れを押して、長時間の記者会見に臨まれ、かなりの詳細を、ご本人みずから説明されたそうなのだけれども、これの関連記事を少し読んだかぎりでは、私個人は、なんか腑に落ちないと感じた点が、一つならず残っている。
特に、現地にて、本来のガイド担当者が、何かの理由で、いったん、その場を離れたときに、すぐに戻るはずを待たず、別の人物が近寄ってきて、そのまま、その見知らぬ人たちについて行ってしまったということだが、
このへん、後藤さんの場合にも、似たような経緯が あったとのことで、彼が、いつも依頼していたガイドさんの つごうが合わず、しかたなく、それまで、面識が なかった人に ついて行き、たちまち捕えられてしまったという発端が報じられていたのを思い出した。
このような経緯について、私のミスでした、甘かったですと、単純な説明で終わる話なんだろうか?という違和感が真っ先に来た。
いかに「虎穴に入らずんば」だとしても、安田さんの今後の活動を継続するとしたら、このあたりの原因は、しっかりと胸に刻むべきだろう。
身代金が、テロ組織の手に入ることにも、大いに問題が あるのは確かなんだから。
さて置き、
後藤さんたちの事件当時、ネットでは特に、かしましいほどの「自己責任!」「自己責任!!」の声に合わせて、「政府は、自国民を守る義務が あるからこそ、警告を発していたというのに、それを無視し、出かけていった本人が悪い」という意見が多く見られ、また、
危険な情勢の国や地域での取材や情報は、せっかく平和に生活している日本人が、ワザワザ無理して入って行かずとも、他国のジャーナリストたちから買うなりして、分けてもらえばいいんだ、と付け加えられているのも、たびたび見かけた。
こんなことマジで言っている者が、
『日米同盟』やら『集団的自衛権』が話題の場では、とたんに、「片務じゃ申し訳ない!」「他国の兵士が血を流しているというのに、こちらも同じく血を流さねば申し訳ないと思わないのはケシカラン!そんなのは日本人で ない!!」とか言ってたら(たぶん、言ってるw)、噴飯ものだわい、と思っていた。
今回の安田氏に対しても、同じような意見は相変わらず多かったようだ。
ただ、ここへ来て、『朝日新聞』の どなたか、おエラい人であるとか、いわゆるリベラル系と思しき識者たちが、早い段階から、安田氏バッシングを遮っておくかのように、明確な意見表明に努めた効果なのか、
以前なら、いかにも「ネトウヨ」と、それが支持している安倍政府に おもねった姿勢むき出しだったはずのテレビの人あたりまでもが、驚くほど、安田氏擁護の側と呼応する姿勢を見せていたので、結構なことだと思いつつ、私には、いささか意外に思えた。
どういう風の吹き回しか??
後藤さんたちのときには、ほとんど見られなかった、この動きは、これは、やっぱり、裏で政府の動きや絡みが あったからなのかな?とも思えたけれど、とまれ、「ネトウヨ」に代表されるような、ネットで跋扈している浅慮まる出しの意見に対しては、それは違う、浅はかだよ、ということを、ズバリとハッキリと言ってやってほしいものだ。
知性と知識と教養と、長年にわたり培い磨いてきた、高い見識を お持ちの かたがたは、もっともっとガンバってくださいよ。これも社会還元ですよ。
「ネトウヨ」だの右翼ビジネスだのに精出してるジコチュウ連のデタラメ話を拡散する蛮声に負けてて どうすんですか。
『安田純平さん会見で謝罪 外国人記者が覚えた違和感と疑問』
2018年11月10日 15時00分日刊ゲンダイDIGITAL
https://news.nifty.com/article/domestic/government/12136-121839/
『フランス人記者が見る、安田純平氏「自己責任論」の根底にある社会的背景』2018年11月09日 10時00分週プレNEWS
https://news.nifty.com/article/domestic/government/12176-121065/
ここで少し、以前から考えていたことに触れておくと、
私は、学校時分に、アメリカでは、たとえば、親の言いつけを守らずに、危険な所に行って、命を落としてしまったとしても、それが、まだ幼い子であったとしても、あまり同情しては もらえないのだという話を、教師か誰かから聞いたか、何かで読んだかしたんだけど、
まあ、幼い子どもに「自己責任」と言い切ってしまうのも 限界あるはずと思うので、むしろ、しっかり教育しておかなかった親の「自己責任」のほうを問われるということじゃないの?とも思う。
なので、「自己責任」という考えかたは、まさに、アメリカ人の好むところなんだろうと、長いこと思ってた。
アメリカでは、頻々と引き起こされている銃の問題が、なかなか解決できないのも、『ライフル協会』やらの商売人の 「あくどさ」とかいう以前に、
地方で生活している人の話を聞けば、そもそもから、一般の市民生活のなかに銃が、言わば必需品レベルで入り込んでいることの理由も分からないでは ないし、それを遡っていけば、開拓時代の生活に行きつく。
日本では、昔、「刀狩」が行われた おかげで云々ということも あるけれど、まず、国土の広大さ、自然の状態如何ということも関係してくるだろうし、日本の場合、狭い所に集中して大勢で固まって生活している形態が殆どだから、自宅の庭の隣りが、隣家じゃなくて、猛獣も生活してる広大な森林なんてことは、深山のなかで暮らしてるんでもなければ、銃を持ち出して、追っ払わなきゃならないほどの大型猛獣等が出没することも、まずない。虎でもなければコヨーテでもなく、せいぜい、猪ていどで大騒ぎしてるもの。
もっとも、ワシントンの省庁近くの街なかで暮らしてる日本人でも、ピストルの一丁は持っているらしい。私の聞いたところではだが、ただし、その人は、どこに しまってあるのか思い出せないようだったがw
要するに、普段、そんなものを持ち出す必要は、さすがに、あったためしが ないということに ほかならないのだろうが、それでも、わりと近場で、銃を用いた事件が起こったよ、と言っていたことが あった。
なので、私は、「自己責任」という考えかたは、わりと近年になってから、日本人が大きな声で叫ぶようになった原因は、これもアメリカから輸入して流行ったんじゃないかなと思ってるのだが、
もちろん、アメリカ国民の生活感覚や考えかたとは根本が異なっているのに、履き違えていることに気づいてないまま、日本で、昔から馴染みのある仏教由来のコトバ「自業自得」と ほぼ同じ意味で、「自己責任!」というコトバを振りかざして得意になってるだけの人が殆どだろうと思う。
さしあたって自分の身は、まず自分で守るしかないんだ、という強い意志や覚悟なんかじゃなく、日本人の場合は、「周囲に迷惑かけるなよお」という意味で、ブーブー言ってるだけ。
特に、カネの迷惑は嫌がられるw
その「周囲」のなかには、当然、「迷惑かけられたくない!」という個人の本音も入っているし、
もしも自分自身が、はたに迷惑かけることにでもなったら、肩身が狭くなるし、いつも平身低頭で生きていくことになるなんてマッピラ!という本音が潜んでいると思う。
もちろん、個人の資質にもよるんだけどね。多くは、上掲のフランス人ジャーナリストさんの指摘に言う「社会の調和を乱した」なんていうほどカッコイイ(?)もんでは ないのよw
要するに、手が かかってメンドクサイからなの。それが、
たとえば、子育てや障がい者や高齢者への疎んじにも つながってる。
逞しさや活力を失い、疲弊しきっているのに、エエカッコしないとならない個人は勿論、家庭のなかでも。畢竟、それが、「内向き」社会の特徴なんじゃないかな。
日本人は、基本的に真面目で堅実性が高いというイメージだけど、同時に、「島国根性」とか「ムラ社会」という定番の揶揄もある。
だから、日本では、べつだん、義理が あるとか特別の義務もない場合、他人に殊更親切にするとかボランティアするというのは、宗教なり思想なりに裏打ちされてることでも、「ノブレス オブリージュ」なんてことでもなくて、
現代の日本では、格差が広がりつつあると言っても、全体に、いまのところは 大部分まだ わりと均質な構成の社会だから、何か突出してる場合は、心底に「自己承認欲求」みたいなものを抱えていて、それを満たしたくてやってるだけという人が少なくない。
極端なケースでは、
それこそ、暴力団の焚き出しボランティアとか、子どもに お菓子配りとかいうのも含まれそうかな。というよりも、要は「下心」かな?w
そんな人に、ヘタに お世話になったりしたら、あとあと、何かにつけて恩着せがましく偉そうにされて不愉快な思いを させられる、というハメになりがち。もしも、そうなってしまったら、そこへ至って やっと、いやらしい「マウンティング」的性質の人だったことが分かるんだけど。
しかし まあ、後藤さんや安田さんのような、ああいう分野のジャーナリストたちの世界にも、やはり、国を跨いだ同業どうしで、熾烈な競争とか、ある種の野心なんかもあるのだろうなあ。
自分の代わりに、どこかの誰かが集めてきた情報、それを買って済ませれば いい。
そんなことを言い放つ者が、ネット上の相手に向かい、
「情弱(情報弱者)!」
という、昨今流行のようなコトバを投げつけて、得意になってみせるのも滑稽だけれど。
ジレンマを伴う この問題、そう安直に済ませられることではなさそうだ。
いやあ、自分は知らなくて いいです、知りたくもないんで。
自分の代わりに、誰かが知っていてくれれば、それで いい。
そうとも、知らなくて いいのだ、おまえたちには知らせない。
知らせないことも知らせないぞ。
…情報統制された国の民衆を、その国の「主人」だとは、誰も思えまい。
哀れで弱い存在だとは思えても。
『民主主義』の主人は、名称どおり、国民・民衆が主人。
みずから慎重に判断を下し、みずからの責任をもって選択を行うときに、
必要な情報、まやかしでない情報、それなくして、「主人」たり得るだろうか?
しかし、この「主人」は、まやかしでなく、必要な情報を、どうやって見分けるのか。
そして、その情報を、はたして誰から入手するのか。
2018.11.12 (Mon)
『【続】幾つかの政治シーンにおいて。【またモメてる日韓の巻】』
そうそう、『日米地位協定』について、『沖縄タイムス』の記事だったかな、つまり、
『北大西洋条約機構(“NATO”)』に参加しているか否かによって、かつての敗戦国仲間であるドイツやイタリアと、日本の扱いとに、差が あるのは やむを得ない、とかいうみたいな政府側見解を伝える内容だったが、
それでも。
憲法を先に弄ること罷りならぬわ!
ま、『沖縄タイムス』が、ここへ来て、みょうに、政府側の見解に共感してるかのような記事だったのは、ははん、
「だったら、“NATO”に早く参加し、沖縄の基地を減らせ」
という目論見なのかもしれないなw
日本も、隠然たる計算高さ狡猾さを備えておることには定評あろうが、
いかんせん、スケールが小せえ。
なんせ、アメリカの それとは、レベルが違う。違い過ぎる。
そんなこと、これまでに、さんざん思い知ってきたはず。
それだから、アメリカが首を長くして待ち望んできたのもシビレを切らし、いまや遅しと責っ付いてきているという「憲法改正」、
これを先に手を突っ込んでまうと、アメリカ側は、そのチャンスを、決して逃すまいよ。日本みたいに、モタモタしてないだろう。
そして、
腰抜け日本政府と外務省は、『日米地位協定』のことは結局、ニの字も口に のぼせぬまま、
「あうあう、お待ちかねの憲法を変えさせていただきましたれす、、、それでぇ、え、地位、、、キョ、、、うぅ~テッ!もごもご」
(↑
日本の政府と官僚)
「あ?やっとかめ、オマエんとこの憲法改正したとな?そりゃーーーっ!ジャップのケツを引っ叩けー!!」(←
アメリカ)
たちまち、ひきずられていくのだろう。
一般国民は、何も知らされぬままで。
私はね、そこを警戒してる。
して自衛隊は、晴れて「軍隊」となり、“NATO”の一員として正々堂々と参加、
「いままで、さんざ、見逃してやったろ~」
「ああ?もう出せるカネが残り少ない?んじゃ、われわれ他国の分まで血を流して働け」
と、宗主国アメリカの子分として、「鉄砲玉」よろしく、コキ使われる。
自衛隊の諸君、それで満足かい?
わたしゃヤダね。ガマンならんわ。
軍事関係の日本単独開発研究にも、各国との外交においても、たとえばロシアとの交渉も、アメリカが常に背後から睨み、横槍を入れてくる。
主権国家たる主体性なんて、日本には あるのかね??
(チエも なさそ;)
いい?原爆落とされたんだよ、一度ならず、二度までも。
そして、完全に敗けて、国じゅうに踏み込まれて、以来、あちこちの土地を差し出し、制空権を握られ、
どこの国より巨額の「思いやり予算」を献上し続け、
しかも、これまた巨額の軍事装備品お買い上げ。「値引き?
ノーノ―、マネーマネー、まいどアリぃ♪」(←アメリカほくほく♪)
ああ、日本側から、値引き交渉なんてするわけないか。
トランプさんが、米軍ひきあげだな!と凄んでみせても、それが最も自国の利益になると踏んでいるのなら、アメリカは、とうにサッサと、そうしてるはず。「ボランティア」なんか、するわきゃない。
まあ、日本を含め、どの国だって、純然たるボランティアは せんわな。
他国の軍隊に入り込まれたまま、何十年経っても、相変わらず居座られている、これ自体、じゅうぶん過ぎる異常事態。
基地の外の一般国民・市民の生活圏で、米軍兵士らが犯罪した場合、当の日本の司法が、手も足も出せぬ、こんなの、異常事態ですってばよ。
米軍兵士らは、戦場で、からだ張って、血を流してるのだ?そりゃそうね。
けど、なんだって一般の国民・市民が、戦時でも戦場でもない街や自宅で、兵士相手に、からだ張ってなくちゃならんのよ?
ドイツあたりは敢えて、アメリカ軍による裁きのほうが厳しいから、そっちに任せてる?そうだとしても、それは、ドイツ自身が選択してることでしょ。
沖縄の米軍駐留ときたひにゃ、そもそも、敗戦後は一転、ワケわかめなヘリクツでもって、「象徴」なるワケわかめ存在になられたうえは、国政に口出し関与は罷りならんことになったはずの昭和天皇が、じきじきに御所望したことだったそうね。これ、日本自身の選択ってわけか?
この、いわゆる『沖縄メッセージ』について、やはり、これも また、他の何やらメモと同じく、「天皇の真意如何」ということに焦点を当て、昭和天皇を厳しく批判する者、それは解釈間違いだと擁護する者、それぞれだが、
私個人は、そういう「真意」論争よりも、なぜ、なおも最高権力者の立場を維持していると言わんばかりな、
極秘裏にしても、このように意見表明を行なえたか、
そりゃ、「あんさんは黙ってなはれ」とは、よう言えんかったにせよ、
昭和天皇の側近のみならず、相手のアメリカ側も、こういう行為を咎めもしなかったのか、そっちのほうが甚だ不審である。
「国民に迷惑かけたくないんで」という名目のもと、
「天皇(職)の引退可能」という、現代において全く新たなる道筋を つけおおせられて、来年から引き継ぎ新天皇夫妻となる予定の現皇太子ご夫妻だが、いつまで もつやら。
もうムリですわぁ、となったら、みずから望んで退位できるようになったんで、その分、お気がラクになられたかしらね。
共産主義は、世界一斉でなければならん、とかいうらしいけど、やっぱり、世界じゅうが、いっせいに平和外交に努めねば。それしかないんだけどね。。。
ところが、歴史上とか世界じゅう見渡しても、その場の権力に就いてる者というのは、もともと、支配欲はなはだ強く、我も異様に強く、自己中心主義で冷酷な者こそは、得てして、権力を握りやすいから、
他者をガツガツ搾取、犠牲にするくせに、自分がメンドウみてやったんだー!と、あつかましくも恩着せがましくも、恫喝が大の得意。
ほんとうは、一人じゃロクに何もできないくせに。
これは、私が常々言ってきたように、そのへんの一般家庭から、一国にわたるまで、こうした引っ掻き回し屋とでも呼ぶべき人種の存在が あるせいで、必ずや、巻き込まれ、どえらい目を被る者が続出する。
じつに、はた迷惑です。
あ、それと、原爆と言えば。
韓国のアイドル グループか何かのメンバーの一人が、わざわざ、「原爆マンセー」みたいな「誤解を招く」ような、
けれど彼らに言わせれば、自国の『光復節』を表現しただけのTシャツ着て、日本に来たって話。
最近、関係者が謝ったというんだけども、くだんのシャツのデザインからして軽薄と感じたし、こういうとこが、感情むき出し民族と言われてしまうところかもね。
まあ、個人的には、あちらの国内のことを殆ど知らんのだけど、
なんせ、徴兵制が ある国だからか、学校時分から、日本との経緯とか関係性について、あくまでも自国・自民族側の自尊心を満たす方向で煽って叩き込まれる教育なのだと、チラホラ聞こえてたきてたし。
そのうえ、いまどきの若い者だ、意気揚々と乗り込んだ日本で「中指立てる」みたいな、これ見よがしのアピールしてやろう、か~るいノリと表現感覚だけで、そんな程度に過ぎなかったかもしれない。
でもね、
あの時、日本にいた朝鮮人たちも、おおぜい、犠牲になったんだよ?
そのことを少しでも、心に留めていたなら、どうして、原爆投下をオモシロがったり、めでたがることなんか できようか。
あっ、そうか、
北朝鮮が、自分とこの同胞たーくさん在日してるのも おかまいなく、てっぽドンドコ落としてくるのと同じ感覚?
まっ、
「原爆投下は正しかった!」とするのが多数派のアメリカで人気あるんだって?
そりゃ、原爆投下を お祝いマス!ってんだから??(嗤)
むかし、たぶん、あれはテレビのドキュメンタリー番組で知ったと記憶していたのだけれど、韓国人被爆者の慰霊碑が、『広島平和記念公園』のなかに入れてもらえなかったと、それで、公園から はずれた場所に設けてあるのだということだったので、私なりに義憤的な感情が湧いたゆえか、その後も ずっと、このことを憶えていた。
ところが、
最初に建立した地点は、李王家の出自であり、日本側が、「公族(準皇族)」として遇していた李(い)鍝(う)公殿下というかたが、被爆直後の身を発見された場所であるから、そこを選んで設置したのであって、
したがって、「差別だったわけでは ない」と、『ウィキペディア』などにも載せているけれど、
この、韓国人被爆者の慰霊碑を、『平和記念公園』のなかに設置が認められなかったのは、自治体側の公的理由というものが あり、その当時、公園内の碑等を、これ以上は増やさない、という方針の取り決めが あったので、公園内に、韓国人被爆者慰霊碑を移設することは認めなかったと、それだけのことかと思えば、
またも ところが、なのだ。
そうは言っておきながら、自治体側は、全く別の設置物については、なお幾つか許可していたという事実の指摘も ある。
真相は どうなんだか、私には分からないが、ただ、
「平和記念」というテーマを持ち、わが国にとって格別の意味を託す、
言わば「聖なる空間」としての公園ゆえ、分断の事情と同族間の対立を抱えたままであることに加え、
どうも、くだんの慰霊碑の場合、そこに彫り込まれた鎮魂の文面が、あるていど遠まわしな表現であるにせよ、やはり、日本を批判しているような印象は拭えないのが、公園内移設を認めなかった役所側の本音の理由だったのかな、という気も した。
当初から公園内に設置することを目的に造られたはずの韓国人被爆者慰霊碑は結局、それが叶うまでに何十年という歳月を要したらしい。
「死者の魂は、亀の背に乗り昇天す」
朝鮮の古い言い伝えにより、霊亀を象る台石に穿たれた、まん丸い眼は、韓国の方角を見つめ続けているという。素朴な眼に、望郷の深い眼差し。
2018.11.12 (Mon)
『幾つかの政治シーンにおいて。【トランプの巻】』の続き。
次は、
目下、日韓のあいだで騒ぎになってるらしい、「強制徴用」の賠償訴えについて。
これってのは、例の『従軍慰安婦』問題と同様、韓国の裁判所で、「被害者個々として訴えることは認められる」という判決が出たってことじゃないの?
そりゃま、そうだろう。
しかし、今回の場合、「強制徴用」対象では なく、あくまで「募集」に応じた人だったという、安倍政府の主張。
まあ、応募して入ってみたら、なんと、あんまりにも酷い扱いだったので、謝れやー倍賞しろやーということで訴え出たってところなんかな?
よう分からんけど。
ただ、
国家間レベルの取り決めでは、すでに決着してるということを、日本側も、そうギャンギャン主張して、過敏なくらいに反応しなくていい。
たしかに、韓国政府側が言ったという「賢明でもない」という、日本政府側への批判も、そのとおりだなあと思う。
まあ、自民党と政府にとっては、ここぞとばかり、敢えて大げさなくらいの反応を示しておいて、彼らの支持者である「ウヨ」「ネトウヨ」の向こうウケを狙い、パフォーマンスしてるとも思えるけどw
それは、
あちらの政府にしても、自分のほうへ向けられそうな民衆の不満を、常に日本側へ向け続けておきたいという思惑・計算が感じられるしね。
そういうところが、こんにち、日本側の反感を買いがちなんだろう。
だって、ずいぶん前にも指摘したことが あるけど、
日本側は、『従軍慰安婦』への賠償の件も、最初、各個人に向けるつもりで提案していたらしいが、そのほうが、むしろ安上がりにできる可能性が あったからじゃないの?
日本って、そういうとこ、チマチマと計算高く、抜け目ないからねw
そうして、なんだかんだと「要件を満たしてない」という理由付けて、殆どの場合を認めないで撥ねつける、
と、
こういう方針や実際のパターン、お役所仕事においては一事が万事ってくらい顕著に多いのは、日本の国民自身、身に沁みてるでしょうが。
だから、あくまで国対国として、巨額の資金を受け渡ししたよというのは、それは それで いいんだと思う。
問題は、その後、韓国政府が、自国民に対して、きちんと履行しなかったことにあるんでしょ?他のことに流用しちゃったとかさ。
だったら、訴えてる朝鮮(韓国)人たちは、ほんとうは、自分とこの政府に怒るのがスジだと思うがね。
でも まあ、そもそもの問題の発端、張本人というべきは、たしかに、野望や野心でマンマンだった時代の日本側なのだから、そのことについて、「百年でも千年でも」やられた側は忘れないぞお、という心情は、理解できないでは ないよ。
それでも、もっと遡って、厳しいことを言わせてもらえば、やっぱり、朝鮮人自身、自分たちの底深い劣等意識そして同族嫌悪、この源から、目を逸らさずに、いいかげん、正面から向き合えば?と指摘したくもある。
自分にばかり心地良く、つごう良く展開するストーリーに埋没してるだけでは、同じような欲求を持つ者どうしで、稚拙な衝突を繰り返すことになる。
日本の場合はね、たとえば、原爆投下のことを、アメリカに対し、あまり激しく言い募らないでおれるような全体としての印象なのは、一つには、自分のほうだって暴れちゃってたからねーという、ヒケメというよりは、やったったもんなあー、みたいな感覚も少しは あるからかね?
そこへいくと、
最初から巻き込まれっぱなし、やられっぱなしのまま、手も足も出ないで終わっちゃった。。。という忸怩たるというか、なさけない思いは、どうにも やり場が なくて、少しは暴れたったしぃ、という思いよりも、もっと、
いつまーでも尾を引いてジクジク痛むんだろうと思う。
それでもね、
そんな日本人のなかにおいても、温度差みたいなものは あって、
みずからが直接被爆者である立場の人は、やはり、「いまでも、アメリカが憎い」という気持ちは、正直、残っているんだと言ってた。これは、当事者であると告白した恩師から、私が直接、聞かされたこと。過去エントリーでも書いたことが ある。
私は何年も前から言ってきたんだけど、
「で ごんしょう、でごんしょう」と従順なばかりの、非力な民衆は、横暴の限りを尽くした権力層に、国土ごと、自分たちを売り渡されても、どうすることも できやしない。
もちろん、朝鮮民族において、「日帝」に対する果敢な抵抗組織も存在した反面では、
みずから、「新しい主人」に おもねり、あべこべに、同胞のなかでも弱い立場の者を虐待し、犠牲に差し出そうとした連中も いた。
(考えてみれば、日本に併合されることを決定した朝鮮の李王、敗戦して、アメリカが沖縄駐留し続けることを強く望んだ昭和天皇、両者の共通性が感じられるな)
まさに、歴史の恥部と言わざるを得ないところだけど、しかしながら、
こうしたハネッカエリの、どうしようもないカン違い野郎の、おもねりバカなんてものは、朝鮮民族のみならず、どの時代の、どの地域にも、必ずのように存在したであろうのが人間の歴史、このことを、以前も指摘しておいたわけ。
で、
こうした、権力の横暴に対して、非力、従順、この状態が、今度は、新たなる「大国間の谷間」となった こんにちの日本じゅうに蔓延し始めているのでは ないか。
この背面には、
ちょっとや そっとじゃ払拭できなくなる劣等意識や自己嫌悪を必ずや伴ってくるから、これを慰撫するストーリーを必要とするようになる。
むしろ、かつての反動もあるのか、いまや、韓国人のほうが、公権力に対して、よっぽど、激しく自己主張するようになってる。
ひるがえって日本は、、、
「それぃ、まいれぇーーーい、皆の衆!!」
(↑ヒントは『まことちゃん』「沢田三十万石の お百姓さん」w)
とて、米蔵打ち壊しだの百姓一揆のエネルギーなんど とうに失って、
かつての虐げられし朝鮮民衆さながら、もっと従順、もっと非力になっていってるのでは ないか。
こりゃあ、「新しい主人」に易々と おもねり、「何十番目かの最後の一州」に加えてもらいたいとて願う者すら出てくるしまつ。それは、やがてのことに、現実となるかもしれない。かつての朝鮮半島のように。
とは言え、「宗主国」さまだって、未来永劫ご安泰とは限らない。
万物は流転す。
因果は廻る、火の車(?)w
ま、なので、再び私に言わせりゃ、日本人と朝鮮人は、一見、タイプが正反対の性質に見えるようだけれども、潜在的本質的には、よく似てるなと思うわけ。結局のところ、どっちも、感情まる出しでしょw
というわけで、自民党と安倍政府は、パフォーマンスよろしくイキリ立ってガーガー騒ぐんじゃねえ。
韓国内で、どういう判決が出されようと、ここは日本だ。
私が、日本政府のトップなら、さしあたっては、「ああ、そうですか、ああ、そうですね(気が済むまで言わせとこ)」と、冷静に構える。
双方にとって落としどころが皆無ということでもないだろうから。
向こうが どう言おうと、
お互い一個の国家間として重く取り交わされたことを根底から覆されるはずもなく、そのことは、向こうさんとて、政府も国民も心底では分かってるはずなんだ。でも、どうにも持って行き場が ないのね。そういう心理も察してあげることが必要かもね。
【続く】