2018.09.19 (Wed)
そりゃムーリムリ。(ヾノ・ω・`)ムリムリ
そんなの、火を見るより先に分かってたこと。
私はね、この前、プーチンさんに来日してもらい、アベシの「地元」にて、せいいっぱいのオモテナシするという話のときにも、
「アベシは、プーチンさんからしたら、ランドセルしょった小学生なみ」(もしかしたら、それ以下w)だと言ったんだけど、
それ以前にも、どこぞの国での会合でハチアワセしたとき、プーチンさんの姿を見かけたアベシが、まさに小学生の如く、嬉し気に、欽ちゃん走りだか小走りだかで駆け寄ったという報を読んで、激怒したことが ある。
まがりなりにも大の男、仮にも一国のトップが とる しぐさや態度か、これが!![]()
みっともないから やめてくれ!!と。
日本人の感覚だと、大のオトナが、たとえ幼い雰囲気であろうとも、いかにも素朴で、人の良さげな態度であるのを、好意的に見る傾向が あるのだろうが、
聞くところによれば、「マチュア」を重んじるという欧米あたりの人々は、子どもでもないのに、幼い しぐさや態度を憚らない者を軽蔑する傾向が あるらしい。
成人女性が笑うとき、ほぼ無意識に、口もとに手を当てるような しぐさですら、子どもっぽい媚びであり、みっともないという感覚が あるのだそうな。
私は、また、早くから、
「外交の安倍」だとぉ?どこがだよお、
と、せせら嗤ってきた。
これについても、やっとかめかめで、メディア、ついで世間にも、少しは わかってきたようだ。
それにしても、おまいら、おせーーーわ!!遅過ぎるわw
「中国包囲網!!」と盛んに喧伝していたものが、いまとなっては、この始末。
だいたい、いまごろになって、「ロシア経済支援・交流&北方領土」!と騒ぎ出したのも、中国の台頭に、いよいよ、泡を食い始めたからでしょうによw後手後手政府。腐れジミン。癒着官僚どもとアキンドども。
拉致問題も相変わらずで お先真っ暗なまま、北朝鮮の「ミサイル騒ぎ」を殊更に煽りたて、『Jアラート』とかいうのを鳴らしまくり、無知でオメデタき庶民国民に、ムダで哀れな「訓練」を やらせ、
あたかも戦時中に戻って命令気分で悦に入っていた如き安倍政権。
どこまで、国民に剣呑な思いをさせ、恥を掻かせたら、気が済むんだろうか![]()
『アベちん焦る!!』
うちの母親は、終戦時、まだ小学生だったわけだけど、
「北方領土はな、もともと、日本のものやねん。それを、日本が、戦争に負けたとき、裏切ったソ連が勝手に横取りしたんやねん。なんせ、あのへんは、ものすごくイイ漁場やからな。ぜったい取り戻さなアカンのや!」と、おりに触れては、くやしそうに、ヨダレを繰りつつ言い募っていた。
べつに、「ウヨ」でも何でもないんやけどね、この人w
ただ、食い意地が張ってて、
特に海産物一般には、とことん、目が なかったのよね、うちの母親ww
さて、
『プーチン発言騒動に見る脆弱すぎる日本外交 百戦錬磨のプーチンの論理は一貫している』薬師寺 克行
2018/09/19 07:30
上掲の記事にて明瞭にまとめられ、解説されているプーチン氏側の論理には、われわれ日本側は、ぐうの音も出ない。
一言で言って、ご尤もと言わざるを得まい。
だいいち、大国ロシアを背負っている現大統領として、一歩も引かない、この気迫。かつ、機転。
たしかに、世のなか、自分側の立場と相容れない相手の主張を肯ずるわけには、決して いかないとしても、
あくまで客観的には、リクツやスジの観点において、こちらのほうの分が悪いといったことは、往々にして あるものだ。
プーチン氏は、アベシが、特に今、のどから手が出るほどに、何を欲しているかを、よく知っている。
「ほれほれ、おまえの欲しいものは、コレだろ?」
「が、表面うまいこと取引しようとしても、そうカンタンに貰えると思ったら大間違いさ、フフッ」
「それは それ、これは これなんだよ」
こんな感じ。
小学生がネギしょって、のこのこ行ってみたという ていのアベシだが、
案の定というところ。
各野党は、このザマを、いまのうちに、よーく見ておくんですよ。
自分たちだったら、どうするのか、何が できるのか、いっそ、何もしないのか。
いつぞや、日本の大手メディアの記者が、プーチンさんに向かって、何やら質問したところ、たちまち、「おまえさん、いったい何が言いたいんだ?」とて一蹴されたという、
それも、アベシみたいに、マズいこと痛いとこ聞かれたとか、答えたくなくてハグラカシ戦術なのか、
もちろん、実のところ、おつむ悪いから、ついズレたこと言ってしまうのだ、等々では全然なくて、
日本の大手メディアの記者のマヌケぶりが、プーチンさんにとって、まじで不可解だったらしいんだけどw
単に担がれてるだけの、せいぜい、目いっぱい利用し合って互恵関係、それだけが揺るぎなきポリシーの首相のみならず、この首相に入れヂエして さしあげるのが仕事である、優秀なるソンタク官僚たち、日本経済界のオエラがた、その他モロモロ、
彼らが束になって かかっても、プーチンさん一人で一蹴するのは造作もないんじゃなかろうか、とほほ。
おつむが悪いのは昔からなのか、そうでは なく、近頃の劣化が異様に激しいのか、私自身も日本人のハシクレながら、よく分からないのだが、
その昔、例の『従軍慰安婦制度』という「国家管理売春」ってのを やらかしたところを見ても、恐らくは、昔から、日本人のオツムというのは、ひたすらに細かくリクツを敷き詰めておいたつもりで小賢しいのみ、結局は、他所さまの猿真似ばかりが大得意、イノベーションに繋がるような大胆さには欠け、そのくせ、どこか肝心のところでズレていて、そして、やがてのことに大失敗する、そういう脳みそタイプなんだろうか。
ロシア側にとって、『北方領土』は、主にアメリカと駆け引きのうえでの、言わば「戦利品」みたいなものなのだろうし、
ウヨらがガーガー言ってることの一つ、『竹島』にしても、要は、敗戦後、主権を失った日本のアタマ越しに、実質の主人となったアメリカが、韓国に対して許可したということなんだろうよ。
そして、この「アタマ越し」は、敗戦国・日本が受け入れ続けて久しい常態となった。
「固有の領土」という、日本が好むコトバを、用語に含めていないという『国際法』においても、「実効支配」側に分が あるとしている由。
これって、しろうとのパッと見、キビシクも、なんか理不尽な感じさえ するんだけどさ、まあ、賢い人たちが、いろいろと考え併せてのことなんだろうと、疎い一般人は思っておくしかない。
もとより、「領土」なんてものは、アヤフヤなものなのだ。
ただ、私自身も甚だ不勉強でね、正直言うと、いままで、自分が生まれる前に採択したという『日ソ共同宣言』の内容を殆ど知らないままだったし、いま、多少なり知ってみても、あらためて、疑問が湧くばかり。
じゃあ、相手と話が根本的に噛み合ってやしないのに、何のために締結したのよ?と。
『歯舞諸島』と『色丹』の話が、いつから、なぜ、「4島まるっと返還!」てな主張に変わったのかということ、このへんが、参考になりそうな記事を拾って読んでみても、いまいち、釈然とせず。
しかし、
そこで、これ要するにアメさん毎度の お得意、背後から
ツンツン、
ゴニョゴニョ、、、最終的には、どりゃーっ!!![]()
が出てくるわけだ。
という話は、先日の当ブログ エントリーでもチラッと述べておいたとこ。
だけどさ、
比較的に可能性が高い、という意見が多いらしい「2島返還」説、これだって、ロシア側にとっての軍事・防衛的見地からしてみれば、そうとうに難しいことだろうと思うんだけど、
もしも、もしもよ、いつか、『歯舞』と『色丹』が返還されたとして、
そりゃーっ!とばかりに、米軍基地を早速、据えることになるのなら、
ロシア側も また、すでに、あのへんで軍事基地を据えてあるんなら、
それこそ、ほとんど くっついてるみたいな島と島のあいだで、目と鼻の先で睨み合うわけ?肝心の日本国を そっちのけに。と言うか、アメさんは、かねての腹づもりどおり、『自衛隊』を子分として従えつつ。
やっぱり、日本が、先に詰めとかないとならない本当の相手は、
ロシアよりも、むしろ、アメさんじゃないのかね。
……
優秀と目されている層の日本人が束になっても勝てないのではと思えるほどのオツムのキレの良さ、ワルであることについてすらも、スケール感が まるで違うプーチンさんに、まあ、この際だ。
せっかく、今回、プーチンさん みずから、ずばり言及してくださったことだし、いっそのこと、『日米同盟』についても、とことんガシガシと突っ込んでいただこうじゃないのw ┐(^_^;)┌
自国自身のことなのに、な~~~んも知らない庶民国民、
な~~~んも言えないまま幾年月の日本政府、すなわち自民党、それと癒着した官僚どもの代わりに。およよ![]()
ひょっとしたら、そこから、戦後ン十年このかた、日本政府には、些かも歯が立たなかった、否、どうする気もサラサラなかったままだった壁に、穴の一つも あくかもねwかもねww
もう、それくらいしか、期待するところが ない。。。www _| ̄|○ il||lガックシ
2018.09.13 (Thu)
最近、アベシと自民党についての『アエラ』の記事を読んだんだけど
(くだらん記事の紹介など、わがブログで したくないから、リンク貼り付けは、なるべく やめとくのだが)、
まあ、いろいろ甘さが目につくものの、
後半部分になれば、少しは見るべきところも なくは ないので、いちおう載せとく。
『自民党はなぜ右傾化したのか? 安倍首相の軌跡から考える』2018/09/12 11:30
しかし、イイ気なもんだな。
相変わらず、かつての「派閥政治」への礼賛的発言のオンパレード。
以前から言ってるように、
じゃあ何故、おたくら大手メディアは、かつて、あのくらい、
「派閥政治」ケシカラン!!
と批判大合唱してたのかっつう自己検証と反省が ない。
まあ、いまの若い世代は知らないだろうことに つけ込んでるのかな?
これの典型だったのが、戦後の総括についてだ。
「原因は、軍部の、軍部の暴走がぁ~」こればっかり。
当時から癒着してたんでしょ、おたくら大手メディアは。
一般大衆国民を洗脳教育せよ、って、お上からの指令を承ってさw
先日、
昭和天皇が、沖縄の米軍駐留等に関して、戦後になってからも、かなりの発言力をもって喰い込んでいた事実が あったという記事を読んで、
こりゃあ、戦時中に、昭和天皇が、なんせ「立憲主義」だからというので、軍部や国民の意向を尊重していただけだ、というのは、
むしろ、「立憲主義」を逃げ口上にしていたに過ぎなかったんじゃないのか?と疑問に思った。
なによりもね、
政治とメディアの癒着まる出しを憚らぬていの、
政治権力筋との お食事会は やめんか!!
いつまで やってんだ![]()
日本のマスメディアくらいなもんだというじゃないか。みっともない。
そもそも、『自民党』という政党の本質は如何なるものなのか。
ここを、いいかげんに、一般国民は知らなければ ならない。
私としては、何度でも断言する。
なるべくして、ここまで腐れたのだ。
『自民党』は、もう いらない。
もちろん、わかりきってるアベシのみならずだが、
「正直・公正」のスローガン批判では、さっそく、けっこう負けず劣らずな「ヘタレ」ぶりが垣間見えた石破さんも、何も言わないのかねえ?「憲法改正」「憲法改正」と主張しつつ、『安保』『地位協定』のことは何も言わないのかね?
わたしゃ、総裁選のことにも興味は薄いから、よく知らないけど、、、
こういうことについての報道記事は、いまのとこ全くと言っていいほど、見かけたことないんだけど、実際どうなのよ?
と思って、検索してみたら、わりと最近になって、言い始めたようだw
たしかに難しいよね。
例の鳩山さんのことも あったが、
アメリカは、自分に逆らう政権に対しては、陰に陽に、足を引っ張ってくるらしいし、だいいち、「北方領土」交渉についても、邪魔だてしてきたのは、誰あろう、アメリカ自身だという話は、すでに知れていることだ。
戦争に負けたということの、想像を超える影響。。。
ただ、アメリカ人は、黙っていれば いるほど、徹底的に舐めてかかるらしい。それは、アメリカに限らずで、
この日本でも、おとなしい庶民国民を舐めてかかってる安倍政権を見れば分かることなのだが、
アメリカ人というのは、気後れすることなく、毅然と自己主張してくる者に対しては、一転、それ相応に尊重する気風を持っているらしい。
そういう点を、日本人は、自分たちの感覚とは大いに異なる相手のことを、よく分析して知る必要が あろう。
ま、『竹下派』ってのが支援してるという話も、私が以前に指摘したように、一般向けパフォーマンスでしかない、それが証拠に、
石破さんは、支援者であるはずの、その竹下派から、早速かっちり、クギ刺されちまっててw
石破さんの立候補じたい、パフォーマンスめいてるもんww
だが、
実際のところ、多くの国民が、自民党と安倍政権に対し不満が高まっていても、このまま、また、いまの野党が政権に就いて、自民党を下野させてみても、失敗を繰り返すのではなかろうかという恐れは拭い難いものが ある。それは、私とて必ずしも理解できなくもない。
もっとも、「小選挙区制」「官邸主導人事」、これらも、自民党・安倍政権が退き、あくまで自民党オモネリ野党以外の野党のなかから、新しい政権が誕生すれば、そこで やっとかめ、小沢さんあたりの目論見も通るのかもしれないが、
「リベラル」が中心の自民党政権であるかぎりは、なるほど、他の野党が殆ど培ってこれなかった長年の政権キャリアからして、自民党が政権に就いていることは結構なことだ、と言えなくもないのだろう。
しかし、国際情勢の流れや、国内の自然状況の変化から来る影響も年々大きくなってきて、従来の地方国民のような、自民党政権に向ける期待や安心感も揺らぎつつある。
自民党は、むかしから、裏でナアナアやってきて、表面的には「一枚岩」で結束してるようなイメージだ。
その点、こんにち、野党側に目立って見られるような、決裂や分裂騒ぎが多いというのは、それだけ、議論してみて、意見や考えかた、スタンスの相違に敏感、できるだけ妥協したくないという彼らの、ある意味で未熟な傾向を指摘できるかもしれないのだが、
それは『自公政権』だってねえwそもそもからして、なかみが「ネジレ」てるなんてもんじゃないのだし(嗤)じゃ、どうやって、分裂も決裂も避け続けてこれてるのかっつうと、、、甚だしい共依存だからな(嗤)嗤)
いかんせん、自民党のように腐るのではなく、きちんと成熟の道を経た野党が育っていないばかりか、野党のなかにも、自民党にとって、つごうの良い働きを してきたスパイみたいな党首がチラホラいるうえ、
いちばんの懸念は、
長年かけて、自民党と癒着してきた官僚どもを、どうするかってことだ。
なお、外交においては、中国を筆頭に睨みつつ、ロシアとの「北方領土」交渉問題からアフリカ大陸での、いわく「バラマキ」施策等々、
国内においては あらゆる大災害・大事故問題、すべては、政治の後手後手ぶりが噴き出して、国内外ともに、こうまで焦らざるを得ないところへ至ったわけだ。
それだけ、日本は、与野党を問わず、先を見通すヴィジョンなんぞカラッキシ備えていない政治屋や役人ばかりが跋扈しているということさ。
まあ多いよね、政治に限らず、企業のトップ、オエライの後手後手は。
ふんぞり返って、臭いものに蓋するだけで、やり過ごしィ。
自己保身、自己保身、自己保身。それだけ。
そういうリーダーや政治屋しか生み出せない国民大衆も また、そのレベルなのであり、
そういう無知で愚かな国民にと、直接的に育てあげたのが、政治権力と癒着している大手メディアだ。
日常生活と生業に明け暮れる庶民・民衆というものは、無知であることが多いのは、どこの国でも大差ないのだろうが、
これだけ情報が溢れかえっており、
こんにち、先進国の一員として、高学歴でアタリマエになっているはずの国で これでは通るまい。
単なる怠惰な国民と指摘されても しかたないのだが、マスメディアの罪も甚だ大きい。
いいかげん、さっさと、これらの正体に気づかないと、まじで終わる。
庶民国民を騙しぬき苛めぬくような冷酷政権や そのシンパどもの どこが、本当の「保守」なんぞであるものか。
しょせん、「主権国家」であるのかすらアヤシイ日本国、実質はアメリカの属国から、格上げしてもらって一州へと加えてもらうことを望む連中も、なかには いるようだがw
そうなったら、日本国全体が、まさに「沖縄のような」立場に陥るだけ。
いや、もっともっと惨めなことになるだろうなあ。
それでなくとも、歴史上、とっくに そうなっていてフシギは なかった「大国に挟まれた小国の悲哀」日本の姿は、もう そこまで見えている現実。
他国に対し、むやみとケンカ腰になるばかりでは、何も解決しないが、
正当な言い分はシッカリと訴える。そのためには、乏しい智恵を絞らないといけない。
まずは、主張する前からソンタクする悪しきパターンを やめてみることだ。同時に、主張の前に、論理武装を徹底しておくこと。
再度、述べておく。
「アメリカ人というのは、気後れすることなく、毅然と自己主張してくる者に対しては、一転、それ相応に尊重する気風を持っているらしい。そういう点を、日本人は、自分たちの感覚とは大いに異なる相手のことを、よく分析して知る必要が あろう」
近頃では、『朝日』や『ゲンダイ』にも、何ズレた甘いこと言ってるんだろうか?と思うことが増えてきたぞ。
ほんとに、日本のメディアの何もかもに、うんざりしてきた。
2018.08.19 (Sun)
「しかも僕らは いったい どうなることであろう」
~レマルク『西部戦線異状なし』より~
……
『【続・続】世界じゅうの「パウル」たち』の続き。
最近、瀧本さんと おっしゃる、『トラック島』から、これも命からがらに帰国された体験者の談話も拝読した。
結局、『(万朶)特攻隊』の生き残りの一人だった、故 佐々木氏と同じことを憤っておられた。
ただ、体当たり、
ただ餓死、ただ野たれ死に、
いったい何のために、兵士になったのか?と。
そして、瀧本氏は、
「えらい人は、責任とりません!!」
と叫ばれる。
真実の叫び。
まさに、真理。
あの時代も、現代も、変わってや しないんだ。
ちなみに、
うちの親父が、なぜ、志願して入隊したか、その動機は?ってえと。
出世したかったから。
進学が困難な貧乏家庭の倅でも、勉強させてもらえて収入も期待でき、手っ取り早く確実に出世できるのは、軍人だった、そういう時代。
親父個人にとって、
あかんぼうの頃に離された実母も、養母である伯母が亡くなってしまったあとの養家先の義父に対しても、何らの情愛は なく、
しかも、まだ若いから独身。
ただ、やっぱり、「臣民」と呼ばれる時代の、ましてや、近衛に所属してるんだから、天皇に対してだけは忠誠を向けるべき対象だったろうけど。
「お国のため」とか「家族を守るため」とか、そんなのカンケーねえ!
こういう本音、けっこう多かったかもよ?
以前の過去エントリーでも触れたことが あるように、
親父が あかんぼの頃、実母である妹から奪うようにして、その姉(親父の伯母であり、養母)は、千葉の片隅へと連れ去り、子が できない自分の跡継ぎにしてしまったんだけど、これが また、貧乏家だった。
わざわざ、何時間も列車に揺られて、田舎から奪いに来なくても、千葉の地元では、他の妹の子どもらがワンサと群れてるんだから、そのなかから引き取れば よかったのにと指摘すると、親父は、
「あら?!今の今まで、疑問に思ったことなかったわぁ俺」
と、自分で訝っていた。
現代で言うところの、運輸官僚から身を起こし、一代で、海運会社を経営してた実父(私から見て実祖父)が、中年期に病没するまでは、「御殿」と呼ばれたほどの父の生家は羽振りが良かった。
で、兄たちは戦死だから、この生家に留まっておれば、親父が、家督を継いだかもしれないのだが、末っ子の弟もいるので、もし、伯母の家の跡取りでなかったら、親父とて、激戦地の前線へ出されてたかもしれない。本人は、そっち希望だったのにと言ってたけどw
まあ、結果的に、「命拾い」したんだわね。
戦争にまつわる、そして、それに対して抵抗した、いろいろな国の人々についての本や談話記録等を読みながら、学生時代の私は、このように思っていた。
権力者たちの思惑に従い、その利己的な、
(そうでは ないと、たとえ、権力者側が思い込んでいたとしても)
彼らの目的に合致する「コマ」の一つとして、唯々諾々と死んでいくくらいなら、それへの苛烈な抵抗の果てに、死をも辞さないことのほうをこそ、私は選ぶ、と。
こんな気まぐれチャランポランな私でも、いま振り返ると、いかにも若々しい正義感に満ちた思想を持っていた時代が あったんだなあ。
学生時代に読んだレマルクの『西部戦線異状なし(報告すべき件なし)』も、その頃に読んでいた。
カミュの『ペスト』その他の幾冊か、同じく、ドストエフスキーの幾冊か、
サン=テグジュペリ『星の王子さま』も。
『「ペスト」』
言われてみて、ああ そうだったなと思ったのが、「平成最後の『終戦日』」。
ともあれ、今年の その日は、いつもに増して、「語ること」と「伝えること」に、光が当てられたと思う。
言うまでもなく、どの立場においての体験者たちは皆、日に日に、話せなくなっていく。
これまでは、心理的などの理由から、敢えて、口を噤んでのことだったとして、今後は、その口自体が、動かせなくなっていくことを、念頭に置いておかなければ ならない。
残された世代と今後を生きていく世代は、「先人と同じ轍を踏むまい」とするならば、「生きて語ってくれる人」が皆無になったあと、彼らが残していった証言や思いのたけを、いかに伝え渡していけるのか、このことを、一人ひとりが自発的に考え、探り、くふうしていかなくては ならない。
私らは、何だかんだ言っても、自分の親の口から直接に聞けた世代だけれども、私らの後の世代は、「また聞き」みたいになってしまう、そういう危惧が、私のようなノンキ者にも、一抹の不安を感じさせてきた。
昨今の世間の雰囲気なのか、インターネットにおいてのみ顕著なものに過ぎないのか、そのへん、まだハッキリと見分けられないのだが、
若い頃から漠然と感じていた「戦争を知らない自分たち」という不安が、的中してしまうのか?という恐れが、むくむくと起きあがってきそうな気配は、増加してきているのでは なかろうか、という思いを払拭できるほどの自信は、それほどには ない。
私が学生時代もしくは20歳代のうちと思うが、新聞の投書欄だったか、一般の人だったか誰の投書か、
いまでは、内容の詳細も忘れてしまって、
戦争を体験した世代の一員である その人が、兵士として戦場を知っていたのか、一般家庭の子どもとしてだったのか、
それも憶えていない、あるいは知らないのだが、
ただ、こんなふうに怒っておられたことを憶えている。
些か奇妙な印象のように残っているのは、
その人は、
『戦争を知らない子どもたち』という歌を聴くと、ひどく腹が立つ
のであるらしかったこと。
戦争の実体験が全くない世代の一人である私から見れば、分かるような分からないようなリクツで訴えておられると感じた「怒り」では あったけれど、
多分に、そこには一種の羨望や嫉妬のような感情が混じっているようにも思われた。
「若過ぎるからと許されないなら」「髪の毛が長いと許されないなら」
「青空が好きで花びらが好きで」「いつでも笑顔の すてきな人なら」
「誰でも一緒に歩いて行こうよ」
「きれいな夕日の輝く小道を」
…
「ここは お国を何百里」「離れて遠き満州の」
「赤い夕陽に照らされて」
と歌うことも禁じられたという世代から すれば、
なるほど、たしかに甘ったるく感じられただろう、
生まれたときから「平和の歌を口ずさみながら」歩き始められる、当時の「現代の若者」たちに対して。
「戦争を知らない子どもたちさ」と、みずからを歌った若者たちも、いまは60歳代後半から70歳代だろうか、りっぱな「高齢者」となっているはずだ。
「戦争を知らない子どもたち」は、
「戦争を知っている子どもたち」の名をこそ忘れずに覚えていてほしい、と締めくくるべきだったかもしれない。
「戦争を知っている子どもたち」
「戦争を知らない子どもたち」
「誰でも一緒に歩いて行こうよ」
…
戦争が始まり、ボクらは生まれた
戦争の さなかで、ボクらは育った
おとなになって歩き始める
平和の歌を口ずさみながら
ボクらの名前を覚えてほしい
戦争を知ってる子どもたちさ
…
2018.08.19 (Sun)
『【続】世界じゅうの「パウル」たち』の続き。
また、それとは別の日、
やはり似たような番組のなかで、
「天皇に、戦争責任は?」
という問いかけが聞こえてきた。
私は まだ学校時分だったけど。
いまになって思い返せば、あの頃、マスコミは盛んに、
「軍部が暴走して」という理由で、
「だから、天皇自身には」モゴモゴ、、、
てな、口を揃えたごとくの論調だったと憶えている。
戦後すぐの時代にも、
「せめて退位するくらいのケジメは」
という批判も あったと聞いたことは ある。
で、
その後、昭和天皇さんは、「行幸」という名の「全国ドサまわり」の旅へ。
さぞ お疲れなったことだろうとは思うけれど、
やっぱり、「死の行進」とかに比べたら、、、ねえw
少なくとも、泥水すすって餓える心配は ないのだし。
その「全国行幸」のおりに、うちの母親も、昭和天皇に、間近で お目もじしてる。
学校からの優等生代表グループに加えられてたからだそうな。
私の母親の眼には、「自分の父親よりも優しい人に見えた」と言ってたけど。
終戦にしようって会議して、
昭和天皇と各宮家のナンタラ王さまたちが、上等の お菓子を召し上がりながら、ごゆるりと休憩されている頃、
大陸に渡っていた、とある一家の女児が、父親は現地で出征したか戦死したかで、
今度は母親が亡くなり、残された乳飲み子に飲ませるミルクも ないから、親戚に促されて、しかたなく、乳児が消化できるわけもないフスマとか?そういうのを、水でドロドロに溶いて、空腹で泣いてる妹の口に入れてやったら、間もなくして、酷い下痢にまみれて、最後は、かすれきった泣き声も あげることなく死んでいったと、
そういう子ども時代の苦難を振り返る女性の記事を、新聞で読んだ記憶が あるんだけど、
こういう話を、天皇さんたちは、どれだけ御存じだったやら?って思う。
うちの父方の親戚のなかには、中国大陸に渡ってから終戦になり、
向こうで助けてくれた中国人男性とのあいだに できた幼児を連れ、日本へ帰国してきた女性が いた。
やっとの思いで、もとの田舎の婚家先に辿り着いたら、ダンナ(←親父の従弟にあたる、つってたかな)のほうも復員してきてて、
なんせ、中国人との「不義の」子ども連れて帰ってきた!てんで、うちの親父と似て、酒癖が悪い亭主の暴力ざんまい、
夜は、家のなかから追い出され、軒下で寝たそうな。
その おばさん、私が学生時代に、一度だけ、もう一人のオバサンと一緒に、千葉から大阪へ遊びに来て、うちで泊まってったことが あるんだけど、
あとから、母親に聞かされた、中国での凄い苦労話なんて、ちょっと信じられないくらい、ハキハキ明るい人だった。
ジーパン履いて歩いてる私を、
「んまあー、○○ちゃん、足が長くて、カッコイイわねえ!!」
って褒めてくれたし(笑)
でね。
片腕を失ってたの、その おばさんは。
中国に居た頃、大変なことが あったらしいんだけども。
たぶん、あのとき、「幸せだった時代は?」とか聞いたとしたら、
「いまが一番、幸せ♪」
と答えたんだろうなあ、と思うの、その おばさんも。
こうやって、のんびり、大阪見物しに、旅行できて、と。
晩年の「香淳皇后」は、骨折したことに大ショックを受けられ、そこから、いろいろと、ご容体が悪化されていったらしいけど、
私も、いちおう、骨折した経験も ある身だけど、
おなかの手術したときのほうが何十倍もの苦痛だったし、
「認知症」を引き起こすくらい、骨折で大ショック、ってのは、、、
まあ、骨折箇所にもよるのだし、
おそば仕えの侍従さんたちも、何をモタモタしてたのか知らんけど、
やっぱり、シモジモ庶民とは、苦労の次元が、まるっきり違うんかなあ、
って感じです。
『西部戦線異状なし』に登場する、当時のドイツ皇帝ヴィルヘルムの風采や内面には、「昭和天皇」との共通性を感じさせられるところが あるようだ。
ところで、
この昭和天皇は、かつて、
「原爆投下は、やむを得ないこと」
と発言されたね。
「遺憾」
「どうも気の毒では あるが」
と。
被爆者団体の人たちは、他人事まる出しな「昭和天皇」の発言を、どう思ったのだろうか。
この当時、少々騒ぎになりかけそうだと感じたことも記憶に残っているが、マスコミ側も早々に引っ込めていたと思う。
さて、
『日本帝国陸軍』近衛将校にして、バリバリ皇室崇拝者だった親父は、キッパリ言い切った。
「天皇に責任は ない、とは言えない」
と。
それからかな?
だんだん、少しずつ、「天皇」と「皇室」について、以前のようには関心を示さなくなっていったのは。
私が子どもの頃、近所の幼なじみの母親で、栃木だか茨城だか出身のオバサンが いて、
ゴシップ話が ことのほか好きな彼女が普段から よく口にするネタの一つが、おそらく、女性週刊誌から仕入れたっぽい「皇室」についての いかがわしい話題だったんだけど、それが、たとえば、当時の皇太子妃・美智子さまの御出産にまつわるタブーだとかね。
ある日は、「大正天皇という人の病気」のことを言ってたよと、家に帰ってから、親たちの前で、なにげなく話したら、とたんに激高した親父、そのオバサンとこへ怒鳴り込みに行きかねない勢い。
もちろん、「タイショーテンノーて、だれー??」な、当時の私は、なにを そんなに、血相変えて怒ってるんだろう?とポカンとするばかりだった。
【続く】
2018.08.19 (Sun)
『世界じゅうの「パウル」たち』の続き。
もう一度繰り返すが、
「白人国家列強」の真似を行い、みずからが取って代わりたい、という、かねての願望が本音なのであり、
「アジア解放の大義」てなキレイごとは、
表面だけ拭って、さもキレイごとに見せかけておき、
実態は逆と言っても言い切れないほどの欺瞞だった。
それが、日本人において繰り返される、歴史的にも顕著な特徴的なことなのだ。
だが、日本だけでは ないじゃないか!!
どの国も、人道に悖るような酷いことを やっていたでは ないか!
と言い募りたいのなら、それも よかろう。
たしかに、第一には、要は敗戦したからに ほかならないのであって、
日本だけが悪者にされるのは口惜しい!という感情も理解できないでは ない。
ましてや、
日本にやられてきたという残酷、非道を、
今度は おのれ自身が、全く異なる国に対して、日本の真似を やらかした、そんな隣国を嗤いたくなる気持ちも、理解できないでは ない。
ただし、
どうしても それを言いたいのであれば、
(エセ)ウヨどもよ、
やれ、日本人の武士道精神だの、やれ潔い民族だのと、うぬぼれたことをヌカすな。
聞くだに みっともない。
あの公共広告に出てくる、
迷惑駐車していて、警察にキップ切られ、
みんなも停めてるやん!!ワタシだけちゃうやん!!
と頑強に言い張る根性と、どんだけ違うんだ?
ウヨだろうがネトウヨだろうが、オマエさんらに、
「潔い」
というコトバだけは使ってくれるなよ、と言いたい。
恥ずべきことだ。
あとね、「純粋」だの「純正」だのがアタマに付く日本人など、存在しないのだよ。
みな、どこかの代で、どこかしらと混血してるんだから。天皇さん自身だって、認めてるでしょ。
とにかく、困った連中。
国やら天皇・皇室と自分自身とを同一視する、
時代錯誤で愚かな感覚から脱し切れない連中。
『原爆投下の日に』
うちの親父、中高年頃までは、晩酌で酔った勢いみたく、やおら正座して、ウットリと、NHKの放送終了後に流れてくる『君が代』に耳かたむけていたことを述べたけど、
実は、話は それだけじゃなかった。
そのとき、傍らにいた私の母親に対して、
「おい!おまえも、ここへ正座して聴かんか」
と呼びかけたのを、
母は呆れと怒りと、些かの軽蔑さえ滲ませて、断固、拒絶していたw
さすが、「墨塗り教科書」世代ww
「墨塗り教科書」のことについても、母が怒りを込めて回想していたことは何度も あった。ああいうことが あると、子どもは、おとなたちを信用しなくなるわな。
市井の庶民の家で、ある夜に起きた『君が代』騒ぎ、
その小さな出来事と どっちが先だったのか、
あるとき、やはり、いま頃のような時期だったろうか、
年配のオジサンたち中心の座談会的な議論のような内容のテレビ番組だったと思うのだけれど、
学生の私には、それほどの関心もなく、ほとんど、聞いているような聞き流しているようなだったが、
さすがに親父のほうは、さっきから、番組に集中していたようだった。
そのテレビ画面から、
「日本は、敗戦して よかったのだ」
というコトバが聞こえてきた。
すると、
アメリカや連合軍に追いまくられた『帝国陸軍』の敗走シーンが出てくる映画などを見ると、とたんに怒声を あげて、私や母親をウンザリさせる親父が、たった一言、
「そうか。。。負けて よかったのか」
と、ションボリ。
「日本は、敗戦して よかった」
私も、このことについての異論は ない。
たしかに、日本が「戦勝国」だったら、、、
と思うと、それは それで、ゾッとするものが ある。
嘘と隠蔽に対しての、罪の意識の極端な希薄さ。
(もちろん、他者の それは許さないのだが、それでも、力関係を見比べてみたうえでのことだ)
そこに、自己中心的な目的が あるうちは、迷いなく、要領も良く、ズバズバいく。
飽くまで、その狭い範囲内において、それに のっとっているかぎりは。
だが、ひとたび外れたら、、、
チョーシにのって、どんだけでも思いあがって、いけいけドンドン、
それこそ、みずからが、核兵器を入手していたら、気の赴くままに、気の済むまでも、冷酷このうえなく、あちこち、じゃんじゃん投下しまくったんじゃなかろうか。
こういう点では、私は、残念ながら、日本人の性質を信じきれない。
それは、親父を見ていて、感じていたことでもあるのだが。。。
親父自身、若くして叩き込まれた『帝国陸軍』エリートだったからか どうなのか、
とにかく独特なところが あった、あれは。
もしかしたら、同世代でも、他の分野の兵士たちとは、また違った感覚なのか?と思う。うちの親父は、近衛とか諜報とか、ある意味で特殊任務だったし。
学生が計算し尽くしたようなリクツを基底にした「正義感」と言うか、タテマエ。
その背中を突き破り、幼児的なまでに自己中心性を剥き出した「自己愛」、これが、いつ何どき、飛び出してくるやら、危うく両方を並び立て、自分にとっては、それでアタリマエで、ムジュンだとも思わない。
単純、かつ、ネジクレ。
大胆と言うよりは、ずうずうしい。
細心・緻密と言うよりは、小心。
剛直と脆さ。
親父から漂ってくるものは、どう表現したらいいのか、むかしから、どこか難しいと感じていた。
一言で言って、、、
そう、やっぱり、アメさんの言ったことがズバリ。
「クレイジー」。
親だけど、「人種が違う」と言いたくなるほど、違和感が拭えなかった。
結局は個人的感覚の問題なのかなとも思うけれど、
母らの世代どうしに共通して感じるものともハッキリ違う。
時代や世代の違いだけで、感覚までも異なるものなのか。
母自身、「おとうさんらの世代は、ちょっと違うからな」と言っていた。
【続く】