2019.04.19 (Fri)
ま、日本の政界には殊のほか、ある種の「発達障碍」とか「サイコパス」が多いのかもしれないな。
なかでも、小学生でも読める字が読めないとか、言っていいこと悪いことの区別が皆目つかないという定評ある「あ●う~」氏なんぞは、専門家がハッキリと指摘してたのを、私は見たよ。「この人は、発達障害の疑い濃厚なので、一度、診察してもらうことを お薦めする」と。まあ、いまでは、ほとんどの人が知ってることだろうw
こういう障碍を持っていながらも、みずからの力では なく、親らの威光で、むやみにチヤホヤされ、贅沢ざんまいに育ち、人並みの知能と知性すら持ち合わせなくても、大きくは挫折することなく、いったんは大失敗が明らかになっても、これまた、むやみにチヤホヤするシタゴコロありの連中に担ぎ上げられて、またぞろ「シモジモの」上に登る。こういう者が、「発達障碍」とか「サイコパス」だと、そりゃ困るわ。ものすごく困るよ。
だって、自覚がないから、理解できず、被害意識ばかり募らせて、
あげく、「こんな人たち」と言い放って、全く反省できないとかはザラだし、
自分を棚上げにしておいて、弱者をトコトン痛めつけ、冷酷に あしらい、ひるがえって、強者や「勝ち組」にはトコトンへつらう。
こうした えげつない姿勢は、現政権において特に際立った特徴であり、トップから腰巾着の連中まで、政府内外で共通している。
日本が、ここまで堕ちるわけよ。
これからも、堕ち続けるだろう。「貧すりゃ鈍する」そのままだ。
この国では今後、またも大きな災害が起きる恐れは確実だし、それが、もう あと1、2回も続けば、二度と立ち上がれなくなるだろう。
このエントリーでは、横道に それて、少しだけ示唆しておくが、
「男性性」というものは、「発達障碍」と密接に関係しているのでは ないだろうかと思う。
私が、かねてから指摘してきたとおり、ある意味で、先天的に「欠損」している、それが、男性性だ。
「欠損」は、往々にして、ある種の天才性を齎す。
天才性は、「はしょれる」という近道の無意識的確信だ。
なので、ダイレクトに達成できる。
そこに迷いは ない。
この道を行けば必ず着くはず、という確信。
ただ、「善悪」や「倫理」にもとづくとは限らないのが、困ったことにもなるわけだ。
それは、あらゆる面で、画期的な発明や動きを齎してきたが、
同時に、阿鼻叫喚の破壊も齎した。
主に、いくさ、戦争、軍事といった暴力性を通してであった。
政治と それらは、切っても切り離せない歴史を積み重ねてきた。
政治分野でも、はては料理人、運転手の分野でも、いまだ男性が中心的存在なのは、もちろん、女性に強いられてきた不利な状況・情況や立場も あるのは確かだが、
そもそも、男女差別以前のものが存在している面が あるからだろう。
学校時分、クラスの男子たちを見ていて、気づいたことが ある。
彼らの多くは、家庭科で、「運針」の練習として雑巾を縫うのに、ミシンを使ったごとくに真っ直ぐ運針できる。
美術の授業で、直線をフリーハンドで描くのが上手い。
何かの材料を計量するのも、男子の多くは、ピッタリの量を計って載せる。
機械もの全般に強いのも、多くは男性の特徴だ。
彼ら自身が、機械仕掛けのようなところが ある。
動くものに、自然と目が行き、否応なく、視覚からの影響を大きく受ける。
もっとも、やはり、個人差は少なくない。
うちの父親は、機械もの全般に苦手だったし、運転免許を終生、取得しなかった。本人以上に、家族が危ぶんで、猛烈に反対したからだがw
電卓みたいな脳みそを持っていた母親と、およそ似なかった娘である、数字が苦手の私のほうが、よっぽど、機械ものに強かったw
だから、一概には言えないのだとしても、
ただ、いまにして思うと、両親とも、何らかの部分で、脳の異常性、特に母親は、間違いなく、脳の異常が認められていたわけで、母の姉妹は、そろって、癲癇や精神病を持病としていた。長姉である母自身は、それらを、まっすぐに認めようとせず、他の病名に すり替えていたが。
ま、娘の障碍も頑として認めなかったくらいだ。
障碍なんどは、「恥」そのもの、という俗悪な感覚を拭い切れなかったのだろう。
ある面では、通俗的なものに毒され易い、ある面ではゴチゴチの頑固者だった。その頑固を押し通す計算に長けていた。
そして、母親も そうだったらしいが、また、その娘である私自身も、『IQ』は、そうとう高いらしい(私は、少なくとも東大生の平均程度は あるらしい)のだが、
母の姉妹たちは、あきらかに脳の異常を有していても、IQが高かったということは ない。むしろ、「頭が良くない」ということで通っていた。
私自身、幼稚園頃までは、人並みの知能に届いていないと思われていたし、まあ、私にしてみれば言い分は あって、非常な難産と仮死状態の影響が考えられるし、そして、親がネグレクトしていた聴覚障碍のせいで、だいぶ誤解されていた面は ある。
中学生になって、IQテストの結果を、だいたいのところ知ることが できた以前は、「おつむタランちゃんw」ということで、家族総出でバカにしてくる対象だった(苦笑)
たとえば「ウサギの眼は、なぜ赤いの?」と、食事中に突然、家族に質問して、嘲笑されていたw
うちの兄などは、家庭環境の劣悪さとストレスが原因だったのか、子ども時分は、かなり重い「チック症」を持っていた。そして、IQも、平均より少し下、ということを聞いていたが、私の母親に厳しく鞭を振るわれて、国立大を卒業し、教師となった。
でも、自殺したんじゃなあ。。。
恐らく「人格障害」でも あった、うちの母親は、もの凄く頑張って頑張って、凄まじい執念で頑張って、
おかげで、子どもらの誰も、表面的なミエは張れる生活であったとしても、ほんとうの幸せには ならなかった。みな、心底に、虚しさを抱えている。
もっとも、私だけは、母親のミエの頑張りから外れていたが、その理由を、本人に言わせると、
「自分の産んだ子は、気楽。とくに、女の子は、いずれ嫁に出すんだから、適当で いい」
「義理の子(親父の連れ子)は、世間の眼も厳しいから、ママハハとしては、社会で通用するだけの責任を果たさないと ならない。とくに、長男である男の子は」
なんだそうな。
むちゃくちゃな言い分でしょ?w
こういうことを、トクトクと言う人だったのよ。あたまオカシイからでしょうね。
俗悪な面では、恐ろしいほどに要領良かったけどさ。それだけのものでしか ない。
ちなみに、
やはり母方の叔父に当たる人で、幼稚園のときから、知能がズバ抜けてるというので、周囲を驚かせていた者は、大学受験のおり、教師から、
「おまえなら、日本全国、どの大学でも、好きなところを受験しろ」
と言われ、
父親(私の祖父)には、
「上のセガレは、下宿して通ってた大学の山岳部で、遭難事故で死んでしまったし、そろそろワシも高齢だから、おまえは、とにかく、家から通えるとこにしとけ」
と鶴の一声で言われて、
そんならと、地元の国立大学医学部を受験。典型的な「デモシカ」だ。
なにか、医師になることへの理念とか理想とか、そんなもんは、なし。
受験当日は、数日前から急病で入院中の病室から出かけて行って、
一切の塾も通うことなしに、お茶の子さいさいで一発合格、
医学部生時代は、教授の大の お気に入り。「□□くん、□□くん
」と、どこに行くにも お供して、やがて、アメリカで研究者になりたいと希望したものの、これまた私の祖父が猛反対、結局、まあ普通の医者になりました、という者が いるんだけど、
以前のエントリーでも、この人のエピソードを書いたように、弟(下の叔父で、この人も、たいした優等生だった)が、勉強のことで分からないところを教えてもらおうとしたら、
「おまえは、人に聞いて どうこうしようとしてること自体が、ダメなんだ」
と、冷たく一蹴されたという。
幼かった私の眼から見ても、眼光炯々という形容がピッタリの風貌で、クールそのものな性質だが、利害に関しても冷酷なほどダイレクト、些かの迷いも ない。
さぞかし、「トリアージ」も得意中の得意だろう。
性格が悪い、というのとも違うような、、、なんなんだろ、あの独特な冷酷さは。
たしかに、何かが「欠損」してるんだ。
【続く】
2019.04.14 (Sun)
『「必要とされる人は自分のペースで仕事ができる」??』の続き。
さて、話を戻すと、
私が入社する以前のことらしいが、
さすがに たまりかねて、上司や古参社員が、仕事の進め方や勤務態度について注意したことも あったそうなんだけど、それに対する反応というのがね、
聴障の私でも考えられないほどトンチンカンな応答と共に、ご本人、むーっ
としてたんだそうでw
つまり、全く分かってない。理解してない。
分かってないから、反省なし。
給与額の増減に関わってくることだけは、態度を改めたというので、先輩社員らは、陰で呆れつつ嗤っていた。
ただ、
だんだん、周囲からの白い眼は感じるようになっていったらしく、居心地悪そうな雰囲気では あった。でも、どうしようもないのね。。。
そう言えば、上司も他の先輩社員たちも、ちょっと、「腫れ物に触る」ような態度だったことと、
特に問題が大きかった先輩社員のうちの片方は「強迫神経症」ってやつだったことが思い当たる。
これが また、困ったもんで。
普通の人なら30分程度でアップさせるものでも、その「強迫神経症」らしき人は、ふだんから、同じこと確認するのに、1回2回では済まず、
しかも、後輩の私が引き受けさせられたとなると、自分は安心しきってしまい、その1回2回が、10回20回30回に増えていくのよ(呆)
通常30分は かかるところを、私なら、10分15分で済ませろと要求され、
くだんの「強迫神経症」の人は、こっちが黙ってたら、1時間でも2時間でも、同じこと繰り返してるわけ。
だから、こんなん、病気でしょ?と、過去エントリーで書いたの。
まあ、私は、自分自身が障碍持ちだし、あたまボ~としてて要領も悪いという自覚は あるから、ふだん、自分以外の人に対して、えらそうなことは言わないよ。
むしろ、何らかの障碍や弱点を持っている人に対しては同情心が つよいほうだと思うけど、
あの先輩社員は、自分を棚上げし、あべこべに、こっちに向かってエラそうなこと口走ったり、
あるいは、
自分とドッコイドッコイか、もっとデキの悪い、その場に居ない社員を嘲笑するようなことを、私と二人のときには、熱心に話しかけてくるw
そのくせ、
嘲笑対象にしている社員が、そこにいるときは、ころっと豹変し、殊更、猫なで声で親切ぶるww
要するに、劣等感とセットで性格が悪いんだろうけど。
しかし、まじめは真面目だったのよ。クソが付くほどの大真面目。
だから、手抜きしないで、まじめに何十回も、心ゆくまで確認作業を繰り返す、とな。
いいかげんにしろや![]()
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なので、
身体障碍の場合と違って、
精神面の症状を持ってる人は、なかなか、どうしても難しいなというのは、誰しも本音だろうと思う。
でも、ここは、当人が正直に言わないと いけないね。
事情を知らないと、こっちが しんどくなるもの。
事情を知らないとね。振り回されてしまうことが あるから。
で、くだんの先輩社員の その後はと言うと、
クビになりました。
もう一人のほうは、
後輩である私が辞めたとたんに、自分も居られなくなりました。
助けてくれている相手つかまえて、えらそうな発言 かましたりするから、あいそ尽かされるのさ。
他人とチーム組んでの業務だと、自分にしか できないような特異レベルの能力が あるか、
そういう持ち合せも ないなら、ひたすら真面目にコツコツ従事することで、まあ、いっしょうけんめいやってるんだし、しゃあないなあと、生温かく見逃してもらえるようにするか。
どこまでもマイペースで通したかったら、基本、一人だけでやることしかないだろうかな。
2019.04.09 (Tue)
するんだそうで。
またぞろの「イベント」で瞬間的にでも支持率アップを、
結局、何やってもダメだったアッソー安倍ちんコンビの「レジェンド」らしきものを、と、涙ぐましいと言うか、さもしいと言うか。
賛否両論あるのは、現政権の、この状況下ならではのことだろうし、
これらの新しい登場人物を、よう知らんわとか、まったく知らんとか、
「樋口一葉から津田梅子とかビジュアルの落差に目眩」
と、失礼なことをw言う人もいて、
まあ、たしかに、樋口一葉先生は、面立ち涼し気に整った別嬪だしね。
でも、その人生のとおりと言うか、どこか貧乏くさい感じも あるね(苦笑)
なら、大山捨松にするか?w
しまいにゃ、
「生理的に受け付けない顔ってある」!
とまで言ってのける人も いて、
澁澤翁らが御存命なら、たいへん失礼な言いぐさだわなw
ま、そう言いたいキモチは分からんでもないのだがww(をいをい)
まー、私もね、澁澤翁の御尊顔をハッキリと確認したのは、今回が初めてと言っていいくらいで、
あらためて拝見してみて、
「こういう御面相でも、『日本資本主義の父』てか。人は、見た目じゃないというのは、やっぱり本当かも」![]()
と、思っちゃいやしたw
いや、失礼失礼!
もうちょっと若い頃のだったら どうかしら?たいして変わらん?ww
まあ、澁澤翁のことを言うくらいなら、いまどきの政治屋連中、ことに、現閣僚らのア●づらマ●ケづらは、揃いも揃って、ヒドス、、、(ry)
なかには、アニメの主人公を提案する人も いて(笑)
~
1万円 ドラえもん
5千円 オバケのQ太郎
2千円 エスパー魔美
千円 パーマン
~
と。
思わず、
うん、それ、イイネ!
と思った(笑)
特に、
『オバケのQ太郎』大好き!だし、これでも大いに良いけど、
私はねー、『ディズニープリンセス』!とか『プーさん』!と言いたいところだが、ありゃあ、外国のだからね。
あくまで国産で(?)ということなら、
私としてはねえ、
『ゲゲゲの鬼太郎』(目玉の とっつあん大好き)
『リボンの騎士』、
『魔法使いサリー』または『ひみつのアッコちゃん』
『妖怪人間ベム』
『デビルマン』
なども加えてほしい。
トシが わかっちゃう?(笑)
あとは、、、
『高松塚』古墳壁画の女官像とか。ほれ、『万葉集』にもイメージ繋がるじゃん?(笑)
『キトラ』古墳壁画の「朱雀」や「玄武」とかもカッコイイじゃん。
ただし、朝鮮っぽいけどね?まっ、いいじゃないかw
紙幣のデザインも、これまでの仕来りや枠組みを脱皮し、まったくの抽象的デザインでも良いのでは ないかなという気が してきた。
2019.04.09 (Tue)
こないだの『大阪府知事』選挙のことだよ。
以前の無効票のときみたいに、
「どっちもイヤ!!!」![]()
と、よっぽど、書いたろうかと思った。。。
なんか、大阪の『維新』と、中央の『維新』とは違う、てな奇怪なこと言ってるけど、
私は やっぱり、どっちの『維新』も嫌いというか、
どうも信用できない感じが拭えないままでいる。
そもそも、あの橋下さんも、とんだ不勉強ぶり、不見識ぶりを曝け出したときに、ああ、やっぱりなと思ったし、
前回の住民投票で敗れた直後、政界を退いたのは結構だが、ほどなく、また舞い戻ってくるという話が起きて、ああ、やっぱりな、と、こればっかりよ。
戻ってくるんであれば、それ自体が約束破りだし、
「武士(男)に二言は ない」
というコトバ、知ってるかい?w
だいたい、大阪だろうが中央だろうが、『維新』に対する不信感は、まず、例の『森友』に絡んで、アベシとの癒着疑惑が あること、
それと、
例の長谷川 豊というケシカランこと甚だしい輩を、たびたび立候補させるということ、
これらを思うと、なんで、『維新』なんぞを信用できるかよ。
それにしても、
『自・公』候補に投票するのも また、はらわた煮えくり返る思いだし、
選択肢が あるようで、ない選挙は、もう厭だぁー!!!![]()
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2019.04.04 (Thu)
大昔から、日本人は、「舶来もの」が大好きだ。「舶来信仰」というコトバが あるくらいだ。
どうにも、「オリジナリティ」や大胆な「イノベーション」力に乏しい傾向だから、なおさら。
香炉峰の雪や いかに、と。
『天皇』や『皇室』、それらを囲む上流階級の「王朝文化」を権威付けするための、最大の拠り所であった古代中国、その典籍からピックアップする、それこそが、わが国の「伝統」だったはずのことを止めてw
今回は、『万葉集』からピックアップしてみました、ということだそうだが。さてねw
早速、何やら問題になっているらしいのが、私個人的にも、なんとなく引っ掛かっていた「令」の一文字。
もっとも、私としては、語感のほうから先に、躊躇うものを覚えていたのだけれど、
「令」という文字の意味は、単に良い悪いとか言う以前に、どうしても、「上を仰ぎ見る下からの視線」、「上下」関係の存在を含んでいることは確かだと思う。「令夫人」といった尊称にも同様。
で、その『万葉集』中の序文であるらしい、ひとまとまりの箇所に含まれているという、「令月」というコトバを、偉い学者さんも、世間の人々も、「令」は「良い」といった意味合いを持つとのみ解釈しているようだ。
そして、安倍政府も、今ごろになって慌てたかのように、「美しい」という意味で解釈するよう、諸外国へ告げよ、という指示を出したらしい。
ホレ見ろ、やっぱり、「令」だろ、と嗤っている向きも あるw
あくまで日本の国内でしか通用しない、内輪の話レベルのことでしかないものを、なんだか、くだらなくも大げさな騒ぎになってきたもんだなあ、という感じだが、
そこへ『外務省』が、省内公文書を西暦で統一方針とかいう話が報じられると、とたんに、「せっかくの慶事に水を差すな!!」と、いかにもウヨ的ネトウヨ的な感情まる出し指弾の声が大きいとやらいうので、外相である河野さんが必死でマスコミのせいにしてみたりの言い訳。
「慶事」などとはサラサラ思わぬ私も、「え?なんで今ごろ?」とは思ったよ。だって、
「こんなときに水を注す」も なにも、『外務省』ともなれば、西暦あるいは世界標準を基本にするのは当然のことなので、とうの昔から そうやってるものだとばかり思ってたから。そういう意味で、なに言ってんだ?てな呆れしかなかったけど。
さて、
くだんの「令月」というコトバ、
この直前に「初春の」と置かれていることもあり、「令」という文字の持つ第一義的に、「知らしめる」といった意味を持つ以上、本来は、「令月」が直接に「良い月」「美しい月」というよりも、陰暦2月の別称の一つで、春の季節の訪れを(大自然界が)「知らしめる月」である、という意味かなと、私は思ってたんだけども。
とにかく、「美しい」という意味で解釈させろ、という安倍政府の姿勢は、毎度ここでも相変わらずのゴリ押しかよ、とシラケた。
「人々が美しく心を寄せ合う」?
まーたまた、そらぞらしいことを おっしゃる。
安倍さん、あーたが、そのシンパ団体らと共に やってきたことは、
「分断」「格差」の促進でしょ。
なるほど、
「和」という文字は、日本の別称でもある。となると、
「日本(国民)」に「命令」して、「臣民」として縛りつけたい欲望ミエミエじゃんw
といった解釈も、言われてみれば、そんなバカな、まさか!と笑っておれない気が してくる。
そんな解釈は、「ネトウヨ」らが頻りと呼ばわる「パヨク」だの「左翼」だのに該当するからだ、とばかりは思えないな。
まあ、ミギもヒダリも無関係な私自身は、ただ、安倍さん、そして『自民党』に対して、そうとうに つよい嫌悪感を持ってるのは確かだけどw
すでに多くの人から指摘されちゃってるようだが、
さすが、自己陶酔のナルシスト、という人物評が定着してるわけか、
とにかく、「ウツクシイ」というコトバが言いたくてしょうがないのね、安倍ちん、そして『日本会議』はw
そう言えば、「森羅万象」が どうだとか口走ったんですって?安倍ちん。
私は、いよいよ、現シュショーに関するニュースなどは、あの御仁の顔を見るのも、声を聞くのも、極力、避けるようにしているのでw詳しくは殆ど知らないんだけど、
「大自然界が(春を)知らしめる」ということで、
安倍ちんの「森羅万象」発言に繋がってくる?ww
「美しい」「うつくしい」「ウツクシイ」こればかりを口走りたがる者の姿の、あべこべな醜悪さ。
「信任された」「責任を持って」「丁寧な説明」
これらについても、全く裏腹な姿勢であることの羞恥のカケラもない。
さしづめ、安倍政権支持層である「ウヨ」「ネトウヨ」と呼ばれている連中が特に好んでいるらしい「潔い」というコトバが、彼らの態度からは ほど遠いのが実態であるように、
人間、やたら言いたくなるセリフは、自己自身の実態からかけ離れてるからこそ、だったりする。
おまけに、「元号で、政権支持率アップ」ですってさw
イベント盛り上げ演出で誤魔化そうとするのが定番パターン、安倍政権お得意の狙いどおりか。
それが事実なら、たしかに、つくづく軽薄短小が多い国なんだなと、あらためて、なさけなく思うけれど、
日本の大手メディア・マスコミも、この国の人々を、そういうふうに仕向けてきているでしょう。
あー、やだ やだ。。。
たとえば、イギリスあたりの王室崇拝者の名物的な人物を話題にしている記事なんかも見かけたことが あるけど、しょせん他国のことだから、「ふうん、もの好きというか何と言うのか、こんな人も いるんだ」と、他人事感覚で笑っておれる。
ここまでの崇拝者というのも、けっして多数派では ないだろうとは思うが、しかし、ひるがえって、自国の人々の、少数でなく、もしや大多数が、こんなふうだとなると、同じ国の人間として、なんだかナサケナイというか、やりきれんものが漂ってくるよなぁと思ってる。
その滑稽なまでの軽薄さ、おめでたい単純さ、知性の乏しさを剥き出しにしたようなスノッブぶりは。
こういう崇拝者の存在って、彼らに持ち上げられてる側の当人(女王とか)から見ると、けっして悪い気は しないとか、やっぱり、嬉しいものなのかねえ?
かえって、そこはかとない見下し感情すらも内心に湧いて、
「やれやれ、わが民とは言えど、しょうがないなあ。。。」
という持て余すような感覚にならないのかなと思っちゃう。
近頃、女王の夫君が、交通事故を起こし、そのために危険な目に遭わされた被害者たちが、ろくな謝罪もないままだということで、苦情を明らかにしたところ、やっと、少しは誠意らしきものを示してもらえた、という記事を読んだけれど、
日本なんかは、ほら、
例の、『オリンピック』のエライさん。
『皇族』でもないのに、「プリンス」と呼ばれていたらしい、あのかたなどは、過去に、死亡事故を起こしておりながら、『皇室』と繋がりを持つ家柄だからと周囲の協力や何かでムニャムニャとかいうスキャンダルも あるよね。
今度の「元号」の話題に戻ると、
『気淑』(「きよく」と読むらしい)が、この「淑」にしても、また、「和」にしても、全体に、いかにも女性的イメージである。
なんだか、あの仙谷氏の「柳腰」騒動を思い出してしまうw
まあ、個人的には、『一世一元法』には、良い印象を持てないのが実感だ。なぜなら、
旧ブログでも述べておいたことなんだが、
『昭和』時代に生まれ育った一員である私も、あの元号の時代が長過ぎるほど長かったせいなのか、これしか実地に経験していない『昭和』という元号も、いつの日にかは変更になるのだということをチラッとでも意識に上せたことすらなかった。
なんとなく、いつまでも『昭和』のままで続いていくかのような錯覚を起こしていることの自覚もなかった。
要するに、
親が老いて、死にゆく日が訪れること、
自分も また、同じような日を迎えるであろうことを、アタマでは分かっているつもりでも、正面きって考えることを、先に延ばしつつ延ばしつつしてるうちに、
「きのう きょうとは思わざりしを」てなことになる、そんな感覚に近い。
そして、
いよいよ『昭和』時代が終わるのだという日に直面してみれば、
自分でも驚くほど、心理的な抵抗感が起きていることに愕然とした。
ああ、こういうことなのか!と。
ほんとうに、愕然
としたのである。
なので、ハッキリ言う。
『一世一元法』は、有害です。やめるべき。
こんな心理操作、心理的に有害なもの、国民一般に強いるもんじゃないと思う。
一個の人間に過ぎない者に、「神話」を背負わせ、無謬性を要求し、
「聖上」などと持ち上げるバカ。
おのれが、そういう立場であったら、耐えられるか?
「自分には耐えられないから、天皇は偉いのだ」、
しかし、天皇さん御自身、やりたくて やってるのか?
もし そうであるなら、こんな奇怪で不自然なこともない。
少なくとも私は、押しつけたくないね。自分を含め、誰に対しても。
「やりたくない」と言ってはいけない、
言わさないようにしているのだから、こっちも、何も言わない、言えない。
国民全員おのおのが当事者であることを避け、心煩わしいことは、
「おまえだけ祈っておれ」と、ただ一人に押しつける。
代わりに「祈ってくださる」のだから、国民は気楽、
国民どうしで「心を寄せ合う」どころか、他人事として遠巻きに眺めるだけで済む。
そうして、お互い黙りこくったまま、
「中空」に、見えない目配せと声なき声が、ひそひそ飛び交う。
その国では、
「祈らなければならない人」も「祈らなくていい人」も、誰もが、ほんとうの責任を とることは ない。
「責任者」は いないから。
ぽっかり空っぽなまま。