2022.12.07 (Wed)
『最近の私の日常と所感の一部』の続き。
こないだ、ちょっと買物に行った店舗内の新聞コーナーを見たら、各社とも、サッカーの国際試合の記事がデカデカと躍っていた。
『ワールド カップ』とかいうの?私はサッパリ興味ないし、さりとて、腹を立てるわけでもないんだけど、ただ、スポーツ紙でもないのに、『毎日新聞』までもが、例の『産経新聞』と同レベルで、サッカー試合のことを中心に1面にデカデカと載せていたのには、いささか呆れた。
『朝日新聞』は辛うじて、防衛関係などの国内問題を中心に扱っていたようだが、それでも、サッカー試合についての記事も、同じ1面の半分近くを割いていたようだ。
いくら なんでも、サッカーのことよりも真っ先に大きく取り上げて報道すべき喫緊事が いろいろあるでしょうによ。スポーツ新聞とは違うんだからさ。
なさけないことだ、日本の報道界よ。
まあ、あほみたいに浮かれてノってしまう民衆も軽薄短小。肝心のことには無関心で不勉強で、選挙にも行きやしないんだから。
あと、
最近、『イギリス王室』関連のスキャンダル発覚で、なにやら、故エリザベス女王の側近中の側近だった「貴族」女性が、『カリブ』出身の両親を持つ、イギリス出身かつイギリス人である黒人女性を侮辱したという問題。
私が察するに、
おそらくは、まず、その黒人女性の『ドレッド ヘア』と呼ぶのだろうか、あの、民族と文化の誇りを示すという独特の髪形が、くだんの「イギリス貴族」女性の気に入らなかったのかもと思うんだけど、それにしても、初対面で、他人の髪を、いきなり勝手に触って動かすなんて、とんだ「マナー」違反だよね。よりによって「貴族」の振る舞いとは思えないわw
ま、こういうところでも、マナーを無視していい相手だと見做していることが窺えるわね。
いずれにせよ、本音では、こんなものなんだろう。
その点、日本の『皇室』関係者だって、本音のところは大差ないだろうと思う。
『皇室』の場合は、あきらかに、その「権威」誇りとウラハラなものも潜んでいるから、もっと屈折してるかもしれないけどw
しかし、『民主主義』の現代では、本音は隠して、タテマエを立派に演じきらなければ ならないからねw
でないと、強大な実権と権威にアグラを掻いていれば済んだ大昔のようには いかないのだから。
なので、亡くなられたときの話題を挙げたエントリー
『葬式やって、退陣だ?(嗤)』
にて、エリザベス女王は、一流の演技者でもあったと、私は指摘した。
また、そうなければ ならないということに、ご本人自身、つよい自負を持って、基本的には納得されておられただろうと思うし。
その点、「スペア」とかw根本が不満だったら、こうは いかないでしょうよ。
何かと話題のハリーさんたちだって、ご自身たちが、まさしく『国王』と『王妃』とか、次期国王と その妃という確約された「最高位」なる立場でさえあれば、あえて、あれこれと不満を述べたてなかったのでは なかろうか?w
ああいう世界は、じつに「ヒエラルキー」そのものの世界でアタリマエ、なんだもの。
たとえ、そもそもの出自が、たとえば「炭鉱夫」の子孫であろうと、インド人の子孫であろうと、黒人だろうと黄色人種だろうと、ひとたび、オツムに王冠さえ乗っけてしまえば、はい、いっちょうあがり!そういう世界でしょ。
ところで、
若き日のエリザベス女王が初めて戴冠する儀式のときの記録映像を『ユーチューブ』で見たことが ある。かなり長大で、途中から、すっかりタイクツしてしまったが、アクビしながら、こういうシンキくさくも異様に長たらしい儀式に主役として臨まなければ ならない お役目というのも、なかなか大変だわねえ、とも思った。
ただただ、『イギリス国教会』だかの、おえらい お坊さまたちの、ここぞと殊更もったいぶったパフォーマンスの一大舞台なんだわなあと感じた。
ちなみに、
むかし、茶の間のテレビで、両親と一緒に、エリザベス女王が即位したおりの一連の儀式だったのだろうか、『王配殿下』にして『エディンバラ公』フィリップ氏が、女王に「忠誠」を示すの儀で、ひざまづいて誓う場面が放映されたのも見たことが ある。
親父は、
「ありゃりゃ、自分のヨメさんに、忠誠を誓ってるのか。はっはっは~」
と、大笑いしていた。
なにがオカシイんだか(苦笑)
まずは単なる「ヨメさん」じゃないからねwこの場合は。
まっ、きらびやかな宝石や勲章やドレスで着飾っていても、
いつの時代であろうと、人格識見が伴っていないカラッポな「王侯・貴族」なんて、むなしくもバカげた存在の見本だわ。
最後に、
近頃ハマってるということで紹介した『山田五郎 オトナの教養講座』。
今回は、『エッシャー』の巻を視聴、
「テセレーション(正則分割)(平面充填)」とか「敷き詰め」とかいう技法のことが出てきた。
これは「数学的命題」に繋がっていくという話だったのだが、ところが、エッシャー自身は、数学ニガテの人だってw
私と同じだあ♪wwわぁい(^^♪
こんな私だって、過去エントリーで言っておいたように、単純な計算題はズタボロでも、文章題だと、相変わらずの「公式ヌキ」で解いてたしw
『集合論』とか、まあ得意な分野も あったわけだけど。
親父は、本来は文系と自認していたものの、戦後から晩年まで続けた仕事は経理・会計分野だったし、
母親は、音楽の才能とともに、数字にも非常に強いタイプだった。
それだけに、私は「いったい誰に似たんだ?」と言われまくった理由の一つにも なってたんだけど、
エッシャーも、単に苦手というだけでは なかったのじゃないかな。潜在的なセンスは あったのかも。
『イスラム』と数学、幾何学の深い関連性も言ってたが、
そう言えば、『インド』の人も、数字・理数系に強いということが知られてるよね。
『インド』と『イラン』って、ルーツが重なるそうだから、それも頷けるわけだ。
ところで、
「平面充填」とか「敷き詰め」という用語を聞いて、真っ先に連想したのは、兄の お弁当のこと。
兄が中学・高校時分は、私の母親が毎日お弁当を拵え、それを持たせていたのだが、
過去エントリーで触れたように、
ある日の朝、兄は、お弁当を忘れたまま登校した。その お弁当を置いたままになっているのを見つけた私は、母親に、自分が食べてしまっても いいかを尋ね、いいと言われたので、蓋を開けてビックリ。
全面が鮮やかな緑色に敷き詰められていた。
ひとくち食べてみて、その苦さに またビックリ。
その緑色は、ピーマンだった。
私の、ピーマン初体験の思い出である。
後年、母親と しゃべっていて、ふと、兄の好物や お弁当のことが話題になったとき、
「あの子は、とにかく、ご飯の上に、好きなものをビッチリと敷き詰めてやれば、キゲン良く完食するから」
ということだったw
海苔なら海苔を、ご飯の上にビッシリ敷き詰めてやる。
正確には、白ご飯の上に、最初は「おかか」を敷き詰めておく。
その上に、海苔をビッシリと敷き詰める。
なので、海苔弁当の場合なら、蓋を開けるとビックリの真っ黒!だったわけだ。
ちなみに、
その苦さに驚いた幼児の私も、やがてのことに、ピーマン大好きになりましたー(笑)