2021.08.11 (Wed)
『【続】トイレと、『NHK』みたいになっちゃった『オリンピック』w』
の続き。
脱線が思わず長くなってしまったが、
さて、冒頭の『オトナンサー』「~メダルラッシュに熱狂した理由」分析の記事に戻ります。
まあ、「祝祭」に熱狂する気分になるのは、なにも日本人だけじゃなかろうし、
この記事中で引用している社会学者さんも、遠い外国の人だよね。
いわく「劇場の観客」「共同体」「均一な集団」等々、それって、ぜーんぶ、まさに「全体主義」を好む者たちが例外なく目論むことだよねw
一斉に参加させて、一斉にノッてくれないと、シモジモ愚衆を思いどおりに できないからなw
「一斉」のなかでは、誰がノッてないのか、一目瞭然で探し出せるから、すぐに処置できるし、全体管理しやすいww
「祝祭」を、大災害に置きかえても同様だね。
それに加えても、なお、日本独特の要因が あるとしたら、
それは、『天皇』『皇室』なる存在だと思う。
わたしゃ現代の「まつろわぬ民」かwww
「個人が幸福になって、はじめて日本全体が よくなる」とか「日本が よくなることも、個人が幸福になることも同じである」とかいう点では、たしかに、「国威発揚」などと時代錯誤な、ちっせえレベルに とどまるんで、ここを、より普遍レベルに押し上げるとすれば、言わば「個と世界」観という図式で、日本人なら、かの宮沢賢治が、似たような思想を、生前に主張していたというし、かのチェ・ゲバラも、宮沢賢治の説いたところと同じことを言い遺してるみたいよ。
たしかにね、
テレビを筆頭に、大手メディア・マスコミこそが「手のひら返し」だろが!
という、賛成・反対の両側から憤りの指摘が多いのは、私も頷ける。
何年か前に、当ブログが、「新聞社などの報道機関も含めて、そもそもは営利企業なのだ」と指摘して以降、ネット上で、同じ指摘をチラホラ見かけるようになった、ような気が するんだけどもw
要するに「商売」ってのは、よっぽど、経営者に個人的な思想であるとかポリシーとかが ある場合を除いては、様々な客層を考え、より多くの人に愛顧してもらえるよう、可能なかぎりで商品を取り揃えるよね。
これも以前から言ってるが、
「士農工商」じゃないけれど、古今東西、商売人が、社会的には、一段も二段も低い存在と見做されただけの理由は あると思う。昔の「大阪商人哲学」のように、儲けに応じた「社会還元」を心がけておれば、大いに、社会的意義あることで、そのへんは、『プロテスタンティズム』というものにも通じるところだろう。
が、
ひとたび、儲けが減少し、経営が傾いたりする事態になると、それこそ、たちまちにして、商売人の性根はアカラサマに出現せざるを得ない。
現代の大商人は、じつに「足るを知らざる餓鬼」さながらですからの。
軽蔑を誘われても しかたない存在ですわ。
今回の『五輪』だって、「手のひら返し」まる出しに、「熱狂」気分に浮き立った人々も一定数は いたわけだろうが、むろんのこと、大衆というものを完全にコントロールしきれないのは、「民主主義」国家であれば尚更、当然の現象なんで、おのずと大多数とか少数派とかに分かれる。
それだって、大手マスコミの「手のひら返し」まる出しが影響した面は大きかったんだろうと、私も思う。
と言うか、
「世論調査」の類と同じことで、
例の『産経』筋からバレたことが あったときに、
「やっぱりw『ゲタ履かせ』が横行していたんだな」
と、私は思ったとおり、
「調査」というよりも、かなりの程度「誘導」に等しい実態じゃないのか?という疑いの指摘も、近年では、よく見かけるようになった。
世論コントロールの力を持っている点では、それこそ「第4の権力」とか言われてるみたいだけど、マスコミ自身も、そういう自負は従来から あるんだろうし、
特に『第二次安倍政権』からはアカラサマなまでになったが、
与党や政府との あいだで力比べ的な様相を強めているんだと思う。
これまでのところ、政権側に押され気味なように見えるんだけどw
けっこう、駆け引き、取り引きしてるんだろうなと。
ましてや、インターネット普及後、昨今の、「紙媒体」離れでしょ。
いまや、大手新聞社と言えども、「報道」という肝心かなめの仕事と矜持なんぞに、かまっておれず、
営利企業としての商売のほうに重点を置いて、リキ入れだしてるんだろうなと、私は察しているw
先ほど言ったように、商売は一般的に、「各種とり揃えて、お待ちしております」の世界だからねw
客層が左右するわけだから。
政治の世界も似たようなことなんだろうな。
「政治や政府は、国民大衆のレベルに見合う」
そこに、マスコミも加わる。
すなわち、政治とマスコミと国民大衆、
この三者のレベルは、互いに呼応してるってことだ。
二言目には「マスゴミがー!」と罵りつつ、
「とにかく、(自民党)政府を叩くな!!」と叫ぶ者の正体は明らかだww
すでに何度か指摘してきたが、
医療に対する『自民党』の政策・施策は、個人に不動産を奨励し続けてきた結果、大災害が多い国土にも かかわらず、被災してしまったら、個々人が、ほぼ自力で、なんとかしないと いけない、これと同様の政策・施策を押し進めてきた結果が、この「コロナ禍」で、白日のもとに晒されたわけだが、
『自民党』の手下どもは、根城にしている「ヤフゴミ捨て場」で喚き続ける。
病院や病床数は余るほど足りている!
むやみに増やして、「コロナ」が収束したあとのムダは、どうするんだ!!
『医師会』が悪いんだ、個人病院は、もっと協力しろ!!!
競技や『五輪』の雰囲気を、外からでも、ほんの少しでも味わいたいとて、誘蛾灯に引き寄せられるかのようにフラフラと嬉しげに集まってくる愚衆の ありさまを報じた記事には、
『オリンピック』を無観客にしたからだ!
最初から観客アリにすれば よかったんだ!!
と、あべシが悦びそうなことを喚く。
こやつらは、また、「2類」を外して、「インフルエンザ」と同じ扱いに しろー!!とも喚く。
よっぽど、日本じゅうに、「新型コロナ ウィルス」を充満させたいのだろうか。
私は、すでに疑っていることを指摘してあるけれど、
競技場や競技中の周辺に押し掛けてウロウロと『密』を拵えている愚衆のなかには、『自民党』シンパや安倍ぽちが少なからず混じっているだろうと。
『自民党』政府「ネトサポ」やアベシのシンパ(=主として『日本会議』)は、ハナッから『五輪』招致に大賛成だったわけだし、
また、
このなかには当然、「アスリート」と持て囃される人たちが大勢、混じっているのだろう。
このなかから『自民党』議員となった橋本氏などは、典型も典型。
「脳筋」と蔑まれることも多々ある「体育会系」は、やはり、権力や「勝ち馬に乗りたい」典型なんだと、つくづく思わされる。
そんなわけで、私は、これまでになく、「アスリート」という存在に、かなりの疑問と幻滅を感じている。
「この指とーまれ!とまった人はオトモダチ、とまらぬ者は非国民!」な安倍政権以降、いよいよ強化されていった、この国の「空気」。
『自民党』、その周辺党、利害関係を結んでいる各種の組織・団体、税金で雇われている配下や手下どもに至るまで、
連日、昼夜を問わず、『ヤフーコメント(ヤフゴミ捨て場)』などのネット投稿の場で膨らませる空気。
「国民」とは認めてやらぬ愚民どもに、「日本の道徳」を躾けてやれ!骨の髄まで叩き込め!
「弱肉強食」「格差ゲーム」!
とにかく勝ったと言うためには、「汚い手」を恥じる必要など ないのだ。
つよけで行けー!
積極的に、真っ赤な嘘を つきまくれ!!
それで、もしもマズくなったなら、とりあえずは逃げ出せ。
そのあとで、
絶えず機会を窺い続け、
何食わぬ表情で、水面に浮上せよ。
何度も、何度でも繰り返し執拗に!
愚民どもが注意を怠り、気を抜いた僅かな隙に、イッキにザバーッと!水のなかから躍り上がるんだ!!
あすの命の行く末も、「自己責任」で「努力」せよ。
いいか、政府は何も悪くない!政府のせいにするんじゃない!!
こうして、
「うつくしい日本の道徳」を奨励する政府の統治のもと、この国と、「指に とまった人たち」と、「こんな人たち」も いる、現在ただ今の日本。
【続く】
2021.08.11 (Wed)
『最近の感想~トイレと、『NHK』みたいになっちゃった『オリンピック』w』の続き。
お次は、
先行エントリー冒頭でも紹介した『オトナンサー』というところの記事、
ここのも、家事等の実用ジャンル以外は、私は、あまり読まないほうなんだけど、
同じところの、下記の記事で、見出しを見かけて、
「へえ、どれだけ分析できてるかな」と思って読んだのが、この記事。↓
『日本が東京五輪「開催反対」から一転、メダルラッシュに熱狂した理由』8/8(日) 6:10配信 最終更新:8/8(日) 9:00
https://news.yahoo.co.jp/articles/d9e499442dcccb77afc29177b2d89b22cf28ea81
…うん、
「小山田氏」のことも含めて、なんかズレてると思うところも あるし、
分析が全体的に甘いようにも思った。
これは、ここのメディアの誰が書いたんかな?と思って、末尾を確認してみたら、
「評論家」だという、どなたかの御氏名が、えらく薄~くて小~さな字で、辛うじて記されてあったw
ところで、
この同じく8日には、『東京五輪』後の「巨額赤字」を、誰が、どう返済、という、さも心配そうな見出しの記事を、『毎日新聞』がアップしていて、いちおう読んでみたら、
読み進めていくにつれて、なんだかなあ、と思い始め、こちらの記事でも、思わず末尾を確認してみたが、
この「筆者」が、どなたであるかの明記は、『ヤフー ニュース』で読んだ時点では不明だった。
後日に確認できたところでは、
『第一生命経済研究所』の首席エコノミスト、という肩書の人だった。
ヴィジョンなく、選挙戦と血税の横流ししか考えない政府、議員は勿論、日本の官僚には、およそセンスというものが ないことは知れきっているし、さりとて、
「民間エリート」さんにも、これというほどのアイディアも ないようで、
すでに剥げかかった金看板にされているまま鳴かず飛ばずなことの焼き直ししか説けないか。。。
これが、この国の現実。
然して、最後の最後に、「経済成長」「経済発展」、これしかない!ということで締めくくってあったのだが、
私は、「経済発展」とか「経済成長」でもってウンタラかんたらと済ませる論者は、どれほどの経済分野の専門家であろうとも、まだ、そんな時代錯誤で陳腐なことしか、解決策として示せんのかと、つい鼻白んでしまう。
だって、
幼い少年・少女が成熟しないまま年老いてしまったような日本に、まだ「発展」だの「成長」だのと、いかにも若々しい青年期のようなイメージを期待しとるんなら、若返るための妙薬が必要だなあと。
現首相を見ていても、いよいよ、つくづくと思う。『天皇』や『皇室』も そうなのだろうが、
「トップ」や「シンボル」としての椅子に掛けている人の風貌。
おとなしく、こじんまりと委縮しつつ、
諦めと被害意識と恨みが浮かぶ暗い表情で俯く。
成熟しないまま、ただ年老いてしまったような日本。
まずは、
くだんの筆者の説かれている「返済のための」提案、ことごとくが、要するに「上級国民」向けだわねw
「リモート」や「テレワーク勤務」にしていくべしというのなんか典型だ。
リモートやテレワーク勤務を実行してくれそうなのは、『アメリカ』を筆頭とした欧米の先進的企業ならではというイメージが最も つよいけれど、
国外の企業を、日本に誘致するという案も、「本社を東京以外に」と同じく、ずいぶん前から言われていたようだし、それに絡んで、「そのためにも、まずは法人税を下げなければ」という流れだったじゃないの?
で、
法人税を下げた分、庶民国民の福祉を削ってでも、消費税から横流しか。
そこまで犠牲を払わされて、どれだけの有難い外国企業が呼べたのかね?
そもそも、外国企業が、わざわざ日本に移ってくるだけの魅力は乏しいのと違うか?法人税を下げるとか以前に。
また、
「都心回帰」「やはり東京に住みたい」って、なに?
せっかく、地方へ本社を移して、人間、ひとたび、居を定めたら、そこが「住めば都」になるはずだけど、そうは なり得ず、ってこと??
つまり、しょせん地方の魅力アップは、限界あるままと。
それ以前に、
若い人は、都心へ東京へと、地方の田舎から、とめどなく流れ出てくるのを どうしようもない現状ですが。
そもそも、日本には、「大」と付けられるほどの企業はホンの一握りしか存在せず、あとは全て、中小か零細。リモートやテレワーク勤務なんてシャレた方法を採用できるなら、すみやかに、そうすれば良いはずなのに、やっぱり、からだを運んで来て、顔を見せろ、と言う経営者が殆どのままという実態じゃないのかな。
だいたい、満員電車の問題も、「コロナ禍」以前から、ずーっと指摘されてきた。
結局、何ら解消されていない。
相変わらず、通勤だけで、ほとんど一日分のエネルギーを消耗しているかのような疲労とともに職場に辿り着くころには、もはやヘトヘトだ。特に夏場は。
それから、
「医療ツーリズム」というのも同じく前々から金看板の一つにしていたと憶えているけど、
あいにく、この「新型コロナ ウィルス」への対処ぶりを見ていたら、この国の医療に関する全体的な構想やシステムは、根本レベルで お粗末で あったのだなというイメージが、つよく貼り付いてしまったと思えるよ。
それこそ、外国企業を呼び込んだ、そのための法人減税だけでなく、
医療費などの優遇も用意して迎えるために、肝心の国民の最大権利である医療をレベル ダウンしやせんだろうな?
外国企業への優遇とは根本の様相が異なってくるとは言え、これと一部で似たことは、すでに、移民に対する不満として、声高に言い放ち続ける連中も多く見かける。日本では、主として「ネトウヨ」だが。
この国の根本的な性向だけれど、
大昔から、およそ「始原」とか「起源」とかいったイメージなんか、あるかね?
これぞ革命的!とかイノベーションだ!と言えるほど、全世界に及ぼす起爆力みたいな際立った素質や資質、個性、底力といった面を発揮した ためしが あるか?
この点、ルーツを同じうする隣国なんかも、似た者どうしの、ご同類なのかもしれないけどwほぼ受け売り文化から始まって、現代に至るも、基本的には「真似しゴンべ」な国民性でしょ。
真似すんのは上手いんだろう、けど、
だいたいは、そもそも、よそから もらってきたもの。
半島に お住まいの お隣りさんのほうが、まだしも、個性や合理性の点では、もうちょっと、つよく出てるように思えるわw
日本人は、「いやあ~、こんな良いもの、すごいものが あるんだ!」と、他国の人々を仰天させるような本体そのものを産み出す能力は乏しくて、ひとまず自分とこへ持って帰って、あっちこっち押したり引っ張ったり突っついて調べてみて、それから真似始める。ただ、ひたすら真面目に熱心に、もらってきたものを素直に真似る。
けれど、そのうちには、ちまちま、ちょこちょこと手を加え始めて、小才が利いてる付加価値的な部分を、あれやコレや並べ、やがて、それで勝負しようとする。
ただ、目
の付けどころかシャープ!とかナイス♪な発見が あっても、
「オマエのものはオレのもの」みたいなジャイアン キャラなやつに見つけられて横取りされてもうた、、、
という、
「これは したり!」なクヤシイことが起きたケースも、時には あったらしいが。
要は、だいたいに おいて「ニッチ」的というのかね、
「始祖」とか「原初」たりえるものじゃない、「発明」したわけじゃないけれど、応用または、とにかく根気づよく時間さえ地道に かけていけば、かけた分だけ、探って判明した当たり外れデータを積みあげていく。
日本人の基本的な持ち前って、そんなところでしょ。
車とか電化製品等を見たら、よく分かるよね。
てなわけで、
『毎日新聞』の、国家財政に空いた穴を どうやって埋めていくかを論じる、「民間エリート」に聞きました記事が出てたのを読んでみた感想。
なんともハンパで締まらん内容だったので、読んだ時間ムダした感じで、ほとんど腹立ち。
くだんの『毎日新聞』記事を読む直前に読んだ、どこかのスポーツ新聞とか雑誌系メディアも取りあげていた、同じく『オリンピック』に費やされた、予想外に莫大かつ、どこが、誰が負わされることになるのかという負債問題を、事実面からズバズバ容赦なく指摘していた記事のほうが、
『毎日新聞』の焼けたんだか煮えたんだか、要領を得にくい希望的願望的ソンタク臭ただよう記事よりも、ずーっと単刀直入に切り込んでいたので、これらの記事のほうが、よっぽど良いやないかい、と思えたくらい。
なさけないのう、『毎日新聞』もw
仮にも大手の報道機関を自負してるんなら、もっとズバズバーッと鋭く やったれよw
何かに怯えてるのか?
奥歯にモノ挟まったみたいな、半端に良い子な『毎日新聞』ww
ふだん、メインで叩かれる役は、時々ズッコケ『朝日』のアニキ、じゃなかった実は弟に譲っておいて、3回から5回に一度くらいの めやすで、「惣領の甚六」代わりに叩かれる役を、当番で引き受けてるんかぃ?
みたいなキャラの『毎日新聞』www
【続く】
2021.08.11 (Wed)
日曜日に下書きしたものをアップです。
まずは、
『トイレに「スリッパ」は必要?2000人調査 洋式普及で不要派増か、専門家の見解は』8/8(日) 14:10配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/f275fe1f8f7714eb919d52e809cc481d6c459558
トイレや浴室とか、衛生のためのスペースは、できるだけシンプルにしておいたほうが、結局は、掃除などの作業を効率的に進めやすい。
汚れ防止のつもりで、何かファブリック的なものを被せてあると、えてして、本体そのものを直接、掃除するのがメンドウになりがちだと思う。
なので、
マットの類を敷いていても、やっぱり、スリッパも併用するであろうことを見越して、「トイレ マット」は、うちも、これまで全く使ったことが ないし、
スリッパはスリッパで、家族間で使い回すのがイヤ!という感覚も理解できるが、私は、実家を出て以来、基本的に自分一人のことだし、トイレ専用と称する製品で、トイレ掃除用の除菌シートなどを使って、全体を拭きあげることも できる材質のスリッパを使用している。
布製のスリッパなら、ふつうに洗濯機で洗っても いい製品も あるけど、たとえ単独洗いにしても、やっぱり、なんとなく抵抗感は あるので、どうしても洗おうと思うなら、おふろの ついでにでも、バスタブで、ブラシ使ってゴシゴシ洗っちゃうかな。
それ以上に、適切な頃合で、ケチらずに買い替えする必要も あるね。
もちろん、床とスリッパの裏は、どちらもキレイにしておかないと、意味が ないので、私は、床を拭き掃除すると同時に、スリッパの手入れも済ませるようにしている。特に、入浴前は念入りに。
若い頃は、友人にも呆れられるほど、神経質な傾向が あった私だけど、長年、病気してから あとは、体力も気力もガクンと減って、かなり、だらしなくなったw
まあ、潔癖過ぎても、いろんな点でムダなんだろうとは思う。
それでも、
汚れって、パッと見はキレイに見えていても、意外なところで見落としていたりするもんです。特に、狭い場所ながら、けっこう入り組んだ器具が並ぶトイレという空間は。
過去エントリーでも、実家のトイレを掃除していて、『ウォシュレット』とかいうやつの悲惨な状態を目撃し、ギョッとしたことが あり、
意外と、これって、盲点になってる問題なんじゃないかと指摘しておいたことが ある。
あと、
やっぱり、トイレから出て、そのままキッチンや他の室内へ全く切り替わることなく、継続的にスルスル移動していく感覚に抵抗が残るので、
トイレと、他のスペースとの境界で、ここからは別空間!という、一種の「儀式」みたいな、心理的な区切りが ほしいのよね。
仏教では、『道元』さんだっけ??詳しく憶えてないけど、どこかの宗派の御開祖が定めた作法の一つで、おトイレしたあとは、指先をパチパチ弾くような しぐさを して、それで「清めた」ことにできるとか?何かで見た記憶が あるんだけど、まあ、そんな「気はココロ」と言うのか、気休めでしかないようなことを やって満足してるよりは、こっちの「儀式」のほうが、もうちょっとは合理性が あるだろうと思うわ。
現代日本の住まいでは、トイレだからと除け者にするわけにも いかず、特にアパート、マンションなどの、限られたスペースにおける間取りでは、個々の入居スペース全体から見て、ほぼ真ん中あたりに堂々と鎮座していたりというケースも あり得るだろう。
お寺などに限らず、昔の日本の家屋だと、トイレの位置は、できるだけ、居室などから離した、端っこのほうだったり、それどころか、田舎の農家などは、戸外の敷地内にポツンと、独立させた専用スペースを設けてあったりしたもんで、それこそ、暴風雨のなかを、いちいち、傘差して、という苦労が あったらしいけど、体調を崩してフラフラだったり、酷い下痢だったら、さぞや悲惨だったんだろうなあと、そういう造りの家で生活した経験が ないので、想像するばかりだが。
そんな事態だと、やっぱり、「おまる」の出番ですかね?
あ、それから、
特に「新型コロナ ウィルス」の問題が起きたので、よく指摘されるように なったらしい、「蓋」の問題。
ええ、蓋を閉めてから流せ、と。
これね、私には疑問が残ってる。
と言うのは、
蓋の裏が汚れやしないのか?と。
飛沫を至近距離でタップリ浴びた蓋を持ち上げて、そのままだと、衣服に付着しやせんかと。
そりゃ、そのつど掃除用シートで拭いておくとか するなら、問題なかろうとは思うんだけど。
私は、少し神経質なほうだったから、若い頃から そうなのだが、特にトイレット ペーパーを、節約しにくいのよ。
どうしても、1度に流そうとすると、ヘタすりゃ詰まってしまう。
いまの住まいは、けっこう古くなっている建物で、以前までは、ほとんど新築物件ばかりに入居していた私にとっては初めてと言っていいほど、水回りを始めとした設備全般が古め。
なので、よけいに用心して、最低でも2度に分けて流すことになる。
さて置き、
蓋を閉めろという問題。
何年も前になるが、外出先のビルのトイレを借りたときに、「便座」部分に被せられる、取換え・交換できる紙製シートが備え付けられてあるのを見たことが あって、それを思い出したんだけど、
便座部分も含めた上部全体に載せることで、上から覆えるサイズの紙製シートが あれば、それを被せてから流せば、蓋を閉めなくても だいじょうぶじゃないかなと。流したあとは、そのまま、そのシートも流してしまえれば。
まあ、2回流すことになっちゃうけど。
それは そうと。
私ね、前々から、今回の『東京オリンピック』競技場を上空から撮影した画像を見ると、いつも、洋式便器を真上から見た状態を連想してしまうのよ(苦笑)
大小の建物群がゴチャゴチャひしめいてる東京の街のド真ん中に忽然と、巨大な洋式便器が、、、![]()
でも、
これは冗談でもイヤミでもなく、ほんとに、そう見えちゃうんだもん。
そう思う人、けっこう多いんじゃない?w私だけかな![]()
まことに、すびばせんね。正直過ぎる わらわを許して(苦笑)
いやいや、同じ連想してた人たち、いるみたいだわよww
最初に予定されていた「ザハ案」のときも、要する費用の莫大さも主たる原因で、あの「森 元」氏のみならず、一般からも、まあー、ボロちょんカスみたいに罵倒するコメントが圧倒的勢いで沸きかえってたように憶えているんだけれど、
私個人としても、ザハ スタイルは、好みとは、とうてい言い難いものの、個人の好みは ともかく、あくまで建築デザインとしての評価に軸を置いて見たならば、『オリ・パラ』を終えたあとも なお、建築物としての画期性、非常に斬新な、それだけでも、世界的に一大記念碑と され得る重みと、長く維持するに値する価値を備えていたことは間違いなかったと理解できる。
残念なことに、はなはだ思いがけないタイミングで、彼女が亡くなられてしまったことも忘れ難い経緯だ。
しかし、なにしろ、費用がね。。。
それだけでも、日本は、もう、必要もない高い買物に気前よく札束を積みあげておれる ご身分じゃなくなったんだな、ということだろう。
いわゆる「ハコモノ」や基幹インフラに頼っているだけで確保できた「高度経済成長」時代の見果てぬ夢に浸っては、苦い酒を呷りつつ「昔はな、むかしは、俺だって」と、おっさんや爺さんが、過ぎにし栄光時代の自慢を していても しょうがない。
「助けてやった格下相手になあ、手を噛まれたんだよぉ!」みたいな、みっともなく粉飾した理由を酒のツマミにして、愚痴をコボシているひまに、
仮にも政治家が、「国民の生活が大事なんてダメー!!」と叫んでいるヒマに、
ふつうに働いてるのに、ふつうに食べても いけやしない者を増加させられてきた国民の生活を立て直すことに、さっさと取り掛かってもらわんと。
もともとの日本、もともとの自己の姿が、どんなだったことか、初心に帰らないと。
それこそ「健康的で文化的な」?云々と、どこかで聞いたような謳い文句じゃないが(嗤)
飲食や観光方面を始めとして、およそ「生活の余裕・潤い」に類する分野の商売や仕事に携わっておられる皆さんも、
どのような立場や層に属する人々に支えられてきていたのか、
「新型コロナ ウィルス」によって、思い知ったでしょう?
そう、そこには、新聞社なんかも含まれるのよw
ぎりぎり最低限、ないと、たちまち、生活維持困難になるのが明白なこと以外は、バサバサ切り捨てられていくでしょ?
それを、私は以前から言ってきた。
つまりは、一部の富裕層だの特権階級だの上級国民とやらのみでは、逆立ちしたって、あらゆる商売も、そして国も、保っていられるわけないのよ、ってこと。
ほんもののバカじゃないなら、そして、
自分は不当に高い税金を払わされ続けてる!もっと税額を下げてしかるべきじゃないか!?と思うのなら、
いいかげん、初歩も初歩、基本も基本の経済や道理というものに気づいておこうよね、「新型コロナ ウィルス」が教えてくれているうちに。
おら!
さっさと本分の仕事してくれろ!
無能なくせに、邪まなカネ儲けに使う狡猾さだけは いっちょまえ以上の政治屋&御用官僚コンビ!!![]()
【続く】
2021.08.07 (Sat)
『『広島』『長崎』原爆投下追悼に寄せて――「国防」とは。』の続き。
子どもを産んでも、親としての責任を持って育てられやしない分際で、いっちょまえに子づくり行為だけは早々と、というのも滑稽だ。
そんなヒマとエネルギーが あるのなら、先に学校の勉強を やっとけってことだ。
「口減らし」や「女の子に学問は不要」とか「十五で ねえやは嫁に行き」の時代じゃ あるまいし、
現代の14歳には、その将来のために やるべきこと、恋愛や性交よりも やるべきことが、たくさん ある。
ましてや、
女子の場合、若年からの性行為や出産は、将来の婦人科疾患に繫がりやすいし、のちに、別の男性と めぐり会う可能性は高いのだから、その後の結婚を めぐる人間関係に影響を及ぼす恐れも ある。
思考力、精神的、社会経験の未熟さは、産んだ子の遺棄や虐待に繋がる恐れも低くは なかろう。
ひるがえって、
長年生きてきたオッサンの身には、14歳や そこいらの女の子が、この先どうなっていくか、まったく予想も つかないはずは ない。
親や保護者の庇護・監督のもとにあるはずの児童・生徒である若年女子に向かって、たかが性欲を抑えきれないなどとは、
「意馬心猿」そのもの、年甲斐のないこと甚だしいというものだ。
ここは一言。
「あんたがガマンしろ」。
「真剣な恋愛」の場合こそ、成人男性の側が、ぐっとガマンすれば いいでは ないか。
そうして、
ものの数年後には婚姻できる、その日まで、プラトニックを貫き、
おとなの責務を自覚し、理性と思いやりを持って、若年の「恋人」を守れば いい。違うか?
さて、国を守ることとは。
「ヤフゴミ捨て場」で徘徊している軽薄な「ミリオタ」や、『自民党』マンセーの『防衛省』『自衛隊』などの配下が力説したがるような「戦争できる力」では ない。
現代では、いかにして、戦争を回避し、これをもって、国民を守ることが できるか、そこに、国家の底力が現れる。
「戦争して、国や国民を守ってくださった英霊」、そんな者が、どこに いると言うのか。
この国は、日本は、国家消滅もフシギでは ないほどのズタボロになって敗けたのだ。
忘れてやしないか?
あの開戦前夜でも、
イケイケドンドンの勇ましい叫び声が渦巻くなか、彼我の力の差と行く末を冷静に予測して、徹底回避を訴えた人たちは存在した。
その人たちは、黙らされるために、あえなく命を奪われたり、投獄されたりして、苦悶のうちに死んでいった。
かの『特攻隊』の若者たちを裏切った、当時の上官たち、「お偉方」も、「若い者が、どうして喜んで死にに行きたがるものか」と、晩年の死の床で、ようやっと真実を吐露していたという。
もう一度、言っておく。
「戦力」「戦争できる力」が「国防力」の時代では ないよ。
少なくとも、いずれ これからは通用しない。
だいいち、
現に、経済力と同様に、軍事力も高くない国であっても、まずまず平和裏に過ごしている。
『アメリカ』『ロシア(旧ソ連)』『中国』などの、「覇権主義」(それについての自称や自己申告の内容如何とウラハラに、そう見做されても仕方ない)強大国も、いまだに考え違いと時代錯誤から脱皮するどころか、「世界の警察」は返上したいと言ってみても、「世界のリーダー」の玉座から退くことは なく、あるいは、「自国の夢」が どうであるとか、依然として執着し、強硬に、身勝手を維持している。
この日本も一員だが、戦争によって「漁夫の利」よろしく大儲けだの、
築きあげた権勢の固定的維持や、かつての弱小国とか民族の踏み躙られたメンツなんぞに猛烈に執着して拘っている場合なのか。
いまや地球規模での未曾有の危険が迫りつつある時代となってしまっているのに。
以前にもズバリと言っておいたが、再び言おう。
基本的に、戦争は、男が やりたがるんだ。
何の かんのと理由を つけて。
そんな男に追随する女もバカである。
かの山下大将も、死を迎える間際に言い遺している。
これからは、特に女性たちがシッカリしなければ いけないと。
でも、
『自民党』の女性議員らや『日本会議』の女性会員らを見てごらん。
時代錯誤なコチコチあたまの爺さんらの後継者を、われこそはと率先して目指す若造たち、それに追随する、何の理想も理念も思想も持たない、気楽な俗物パターナリズムどっぷりであることを自覚すらできない女たち。しかも、「女の敵は」云々という言い古されたセリフが、いまだ死語にも なれないままの しまつだ。
男ってのはね、女から派生した、もともと欠けていて偏った種です。
良いも悪いも なく、何の必要あってか、そういうふうに できている。
これは、べつに、軽蔑や悪意で言うのじゃないよ。
だから、
一般的に、女性と比べて、本来は ひ弱でアンバランスな分だけ、不必要なまでに執拗に偏った方向へ暴走しがちだし、
良いほうに目を向けて言うなら、その おかげで、思わぬ発見や普遍的に有用な理論や技術などを齎すことにも繋がりやすいわけで。
現に、戦争にかかわる過程で、一般層の日常生活レベルでも活用に至った技術は、太古の昔から数多い。
こういった面は、
ある種の異常性、障碍者にも共通して指摘されうるところだわね。
そうして、
解決が困難なまま置き去りにしてきた問題も、山積したうえにも増加の一途となっていった。
もともと、この世界は、
「殺さぬよう、さりとて、生かさぬよう、やっぱり殺す」
そういうスレスレの世界。
じつに生き辛いからこそ、人間は、もがき、足掻きつつ、ここまで歩いてきた。
生き辛い摂理の世界だからこそだ。そうじゃないか?
他者の命を、その苦しみ、悲痛を無視して、問答無用に喰らい続けねば ならない、この残酷な世界。
なくて よい、ないほうが良い世界。
こんな世界に、子どもを産み落とせる者が、幼児的楽観性でノーテンキな俗物でないはずが ないだろうよ(嗤)
かくて、
いまや宇宙空間までもが、人間が排出し続けるゴミの最大廃棄場となりつつある。
もはや、人間自体が有害ゴミのような存在だ。
まさに「痛し痒し」なのだが、これからは、取捨選択の内容や根拠、先見性が重く問われていく。
そこに、どれだけの「温かい理性」が働くか。
ま、覇権主義とか強権志向の、支配欲の権化みたいな者ほど、他者の頭上に攀じ登りたがる性向なのだろうけど、これも概ね、古今東西共通のこと。
それだけに、やはり、一国だけの問題では済まない。
結局、どの国においても例外なく、国民大衆の知性が、戦争や人権侵害を防ぐ。
知性(理性)は国防、
国防とは知性(理性)である。
2021.08.07 (Sat)
『「学級崩壊」日本の私』の続き。
もう一度、よくよく思い出してみなさいね。
かつての『民主党』政権時の野党『自民党』が、どんなだったかを。
国家と国民全体のことを思い、真剣に考えていたか。
まったく否だったろ。
「民主党政権時の悪夢」だの「トラウマ」だのは、
国家のカネを不正に唸るほど懐に溜め込み、それを大いに悪用し、インターネットの、特に「ヤフー コメント欄=ヤフゴミ捨て場」などを舞台に、配下らに流布させている呪文に過ぎない。
いいかげんに、気づきなさいよ。
保護者やリーダーたる者の言動が、とうてい納得いかないのであれば、
バカまる出しで「ええじゃないか」踊りに狂っている場合じゃない。
辛うじて、法的に、正当に取れる手段が皆無なわけじゃないのに、それを取ろうともせず、ひたすらノーテンキに踊っている。
首を挿げ替えるのは、主権者の権利であり、つとめだ。
それを、まったく、考えようとも しない。
いちおう考えては みたところで、ふだんの無関心と不勉強が祟り、思考が まともに働かないから、ろくな結論が出せない。
「美しい」どころか、
バカな日本の国民・有権者たち。
このままでは、
もともとのエセ「民主国家」が、ほんとうに潰れるよ。
はよ気づけ。こちとら大迷惑じゃ!!![]()
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これも、ちょっと思い出したんで、追加しとこう。
先日、『立憲民主党』を離れ、議員も辞職するに至った、本夛平直氏。
この人の「50歳が14歳と性交したら、同意があっても」云々なる発言を、当ブログも、過去エントリーで、かなり強く糾弾したけれど、
まずは、現実の事態を勉強してからに しなさいよ、
という主旨を言ったわけ。
明らかでしょうが、現実、どうなのかは。
そりゃあ、「真剣な恋愛」が皆無とまでは言わない。
でもね、かつての私を含めて、ほとんどの14歳前後の女の子に聞いてみなw
その年齢で、40歳50歳どころか、30歳代も含めたオッサンが、どんなふうに見えてるものか。
同年配は別です。せいぜい、20歳代までは。
でも、ごく若い年齢の女性には、中年・中高年男性というものは概ね、「スケベイで、臭くて、心も汚い」イメージなんだよww
はなはだスマンけどね。![]()
真剣な恋愛だとぉ?フン、ありえねーわwイヤラシイだけだろぉww
てなもんw
「ファザコン」の場合は知らんけどもww
だから、昔から、若い女の子は、そういう年齢の男性を、オッサンらを、警戒し、忌避してきた。
ほとんどは それが普通だったろう。
ところがねえ、
「ネット時代」の弊害が最大に影響しているのか、近頃の女の子は、どうも、私らの女子時代とは、かなーり、様相が変化してきてるらしくて、自分から、ネットの、いかがわしいサイトへアクセスして、さえないオッサンだろうが、待ち合わせを約束し、お小遣い もらいたいと思ってか、のこのこ会いに行くことを辞さないらしい。
これじゃあ、こんにちの日本の若年女性は、まさに「イエローキャブ」状態ということじゃないか?![]()
ちょうど、盗撮で小遣い稼ぎを目論むオッサンらが激増してるのと呼応しているかのような世相みたい。
それどころか、オッサン側が、「合意だったんだ~」とて、往生際悪く言いワケするのも、嘘ばかりとは言い切れないようだと思しいのは、
性的行為を されたというので、事後、判で押したように警察へと訴えに駆け込んでいる事例も増えているらしいこと。
「黙ってタヌキ寝入り、アいや、泣き寝入りは せえへんでぇ。オッサンよ、覚悟しいや」
というのは結構だけどw
もしや、相手のオッサンが寄こした金額が、思ってたよりもショボかったから、その腹癒せなのか?と勘繰りたくなるほどの増加ぶりなのだが、
こんな場合は、未成年と言えども、相応の戒めを与えたら いいと思う。
食うや食わずの生活のなかで、助けもなく、思いあまって、、、
というケースなら、まだ同情も できようが、
親らの庇護の下で、これと言って不自由のない学校生活を過ごしている児童・生徒の、ただ、好奇心を満たし、小遣い稼ぎを兼ねた「援交」だの「パパ活」だのは、いっぺん、痛い目を見させておくほうが いい。
これが、成人女性によるものなら、ただの「売春」行為なんだからね。
ここで、本多もと議員に話を戻すと。
「真剣な恋愛の場合だって」、ないとは言わんよ、ええ。
ごくごく少ないだろうけどもw
でもね、
大の女性でさえも、ほとんどは、男性一般の性欲への恒常的執着心や強烈さには、何歳になっても、首を傾げたくなるほど不可解なのよ。
たかだか14歳前後の子どもが、大の男の心底にある欲求に憑かれた思惑や画策を、どれだけ見抜いて、かわせるかな?
私個人は、婚姻できる年齢、それも、親や保護者の承諾を必要としないで結婚できうる年齢と、性行為に主体的同意が問題なく認められるべき年齢を揃えたら いいだろうと思っているが、
「民法改正」前の、16歳あたりの結婚なんてね、
私の母親のほうのグレていた姉でも、16、7で「できちゃった」というので、どうしたら いいかと、
自分の父親では ない男と不倫結婚して長年になる、生き別れの実母のもとへ泣きつきに来ていたくらいだ。
相手の男は、姉と近い年齢だったが、
所帯と子を持った自覚も乏しく、無責任だったから、結局は、姉も また、実母と同様に、子を手離して生き別れとなった。
もともと姉には、幼い頃から「婚約者」が いたという。
それも、時代錯誤はなはだしくも、双方の親どうしで勝手に決めてあったらしいのだが、それに反発してという面も あったのだろう。
ある識者のコラム記事で知ったには、本多もと議員のほうも、特定の「フェミニスト」活動団体や、そこの女性メンバーたちに対する言動ぶりが、常軌を逸する激しさだったそうで、いわゆる「フェミ」攻撃とかいうのだろうか、「とにかく男性を悪者にして~」といった被害意識が つよく あるようで、国会でのヤジの多さでも知られていたというところを見るに、アベシと同じく、基本的に感情的な性質なのだろう。
私からは、議員たる者、まずは、世のなかの実態を勉強し、それを、よく踏まえてから議論に入っても遅くは なかろう、ということだ。
本多もと議員を、へんに庇いだてするような者らの言うことも、世の実態に疎い、浅慮なヘリクツのように思うし、早い話、『立憲民主党』よ、お前もか、と言いたくなるほど、『自民党』や『日本会議』系の時代錯誤と同レベルに思える。
ま、どうやら、『自民党』や『日本会議』の心性と大いに通じるものが ありそうだから、もしも、次に出馬するとなったら、ひょっとして、堂々の『自民党』から立候補、かな??w
もし、そうなった場合は、やっぱりだったな、と、思いっきり嗤いたくなるだろうなww
不勉強と現実認識の甘さ、不倫やらの しょうもないワキの甘さで、有権者をガッカリさせるのは、厳に慎んでもらいたいものだ。
心底、ガックリくるのよ。
『自民党』議員なら、「またかぃ」で済んでしまうのだから おトクなもんだが、これまた やりきれない。
ただ、『自民党』と大いに異なるのは、離党のみにとどまらず、議員離職も実行した、その点だけは、『自民党』と違って、筋を通したな、と褒めてあげても いいw
他の方面では、良識的な見解を持っている議員だったようだし、せっかくの貴重な野党議員の一人だったわけだから、ほんとうに残念で ある。
【続く】