2021.08.19 (Thu)
『『アフガニスタン』――「失敗」の原因』の続き。
私が学生時分、日本の政治路線を批判する定番道具の如く、よく使われていたらしいコトバの一つが、「八方美人外交」なるコトバだったのを憶えているけれど、やはり、「平和外交」自体は正しい方針なのだと思う。
しかしながら、
そこに商売っ気、下心や不純さが あっては、いずれのときにか、手痛いシッペ返しを味わうことになる。まさに、いまの『中国』の ようすを見れば分かるだろう。
いわゆる「ひも付き外交=商売外交」は、本当の「平和外交」たり得ない。
中国も、もともと、日本なんか以上に、「商売」好きな気質や国柄らしいのだが、
日本が そうであったように、「商売外交」は、いずれ見透かされて、感謝など されなくなる日が来ることを知っているはずだ。
現に、日本による援助を、肝心の現地住民が迷惑がっているケースも ままあるという。
実際には、役に立たずだったり、中途半端に打ち捨てられて終わっているからだと。
アフガニスタンについても、同様のことが言えや しまいか。
その地の伝統的思想や価値観が どのようなものであろうと、
過去の夥しい悲劇を くぐり抜けて誕生した、現代の知性による、普遍的哲学的価値観が、それらに凌駕される程度のものでしかないなどということが あろうか。
「法治国家」「民主国家」「近代国家」間の友好な仲間を増やしたいならば、
それこそは最も効果的な「防衛」に資するものとして、自他ともに、庶民国民の知性レベルを上げていく手助けを するに かぎる。
ここを厭う国家は、すなわち、近代国家の仲間では ないと知れる。
何度も言ってきたが、
知性とは、「要領」のことでも、「優等生」のことでも ない。
自国と他国とを問わず、権力者の思惑や欺瞞を見抜けない民衆のままでは、あやまちは何度でも繰り返される。
いまの日本も、その入り口に差しかかろうとしている。
「反知性」こそは、国家防衛から、最も遠い。
しかし、「ヤフゴミん」の自分棚上げ方式、今回も満開だ。
やれ、「アジア圏に おいて儲けようとするのなら」、あるいは、「アジアの諸国家や国民をコントロールするには」、やらされ感を持たせてはダメなんだよ、みたいな、訳知り気取りのコメントも散見されたが、
あのね、
他国に対して、後出しダメ出しする前に、ちょっと思い出しましょうよ。
それって、ほんの70数年前の日本こそが、大々的に やったことですがな(嗤)
「現人神」さまブラさげて、「国家神道」押しつけて。
あとから、この列島に乗り込んで来た当初は、
キョロキョロしながら、先住民めーっけ!
「ねえーねえー、われに、まつろふてちょ?」
とか??話しかけてw
最初のうちは遠慮がちに要求してみたんでしょうねww
それが、いつの間にやら今度は「欧米列強」の真似しゴンべ。
アジア各国へ、カツアゲ用のカゴとスコップ持ち、ドカドカと乗り込んで行き、
「おいコラー!おらおら~!われにこそは、まつろふへしよ!!」
とかナントカ?完全に図太く ひらきなおってて、問答無用で強要するに至ったとwww
そして、自国の女性たちには、選挙権も なかった。
たった70数年前までの日本だ。
なーにを「薩長時代」だの、あげくは「室町時代」にまで遡って、あれこれ珍説たれてんだか(嗤(嗤)
ほんとに、どうしようもなく軽薄でバカな連中だ、「ヤフゴミ捨て場」を徘徊する『日本会議=自民党=腐餌・惨軽』の回し者ら。
いまさら、まさか、
「現人神」の屁に死なめ、
女の選挙権なくせ、
そういふ時代に戻らばやと願って言いたい者とか、おるのかぁ?
もう一度、確認してみよう。
『ターリバン』側が、再び台頭し、政府側が、脆くも敗れ去った原因。
それは、「腐敗」だった。
長年に わたる、あらゆる腐敗が見逃され続けて、政府側の兵士も含めた国民・民衆は惑い続け、自律も やる気も失っていった。
それって、ただ今の日本でも同じことが起きてるじゃないのかい。
日本の場合は、見た感じ「緩慢なる」が付いてるけれど。
その水面下では、じつは急激に進行していってるかもしれないのだが、一般の庶民国民には見えづらい。
しかも、繰り返されてくると、「緊急事態宣言」と同様、腐敗にすらも慣れてしまう。
だから、
「ヤフゴミん」らの執拗な主張、
「日本も他人事では ない」のだから「核兵器と軍隊を!」
というのは、
もはや甚だしき時代錯誤にして、直視すべきマトをスッカーと外しております。
まあ、わざとか(嗤)
何よりも、無理なのですよ、この国では。
アメリカのことも、根本的な原因の一つでは あろう、その理由は先述した。
それより何より、
見逃され続けていた初歩的な管理ミスが、大災害が やって来たと同時に暴かれ、原発を爆発させてしまったよね。
「健忘症」か「三歩あるけば鳥アタマ」か知らんけど、もう忘却の彼方なのかい、『自民党』と『日本会議』のシンパ、手下さんがたは(嗤)いくらなんでも、早過ぎるわよ(嗤(嗤)
「憲法」がジャマして云々じゃないの。それ以前のレベルなの。
この国土条件ね。
特に近年は毎年の、
そして、これからも増えていくのであろう「激甚災害」そこへ加えて「新型コロナ」。
『自民党』と、その政権、御用官僚らは、
いかにして「消費税」アップ強行するか、
しかも、アップした分、福祉なんどは、よりいっそうの削減、
これでも、シモジモ国民に文句を言わせず、
『自民党』政権を永遠に維持するべく、
「政府のせいでは ないぞよ」と唱え、
「自助を」と唱え、
「自己責任が足りないのじゃよ」と躾ける。
これらを、骨の髄までも、どうやって叩き込むか。
それくらいしか、シモジモ国民について考えてることは、ない。
古今東西、軍備や軍事にリキ入れると、
その分、確実に、庶民国民の生活は苦しくなる。
やがては、国家全体が貧しくなる。
そんな国、あちこちに あるよな。
たいがいは、思い上がりとウラハラな怯えを抱えた国ゆえに。
そして また、
経済も軍事も つつましくして、それでも なお平和に暮らしていけてる国も少なからず存在することを、先日も指摘しておいた。
一部の者だけがガバガバむだに儲けた分、庶民のサイフが縮んで小さくなったら、やがては、国家全体、「みんなでビンボー!」になるんだよ。
こんな基本のこと、まだ、わからんのか?
そもそも、「プロテスタンティズム」の歴史も ない、「資本主義」とは何ぞやも知らないままだったでしょ、この国は。
そういう歴史を持っている国とは、根本からの思想も、ありようも異なる。そのこと自体も、これまた知らないのが大多数だから、カン違いしたままの日本。
【続く】
2021.08.19 (Thu)
この20年、『アメリカ』が支えていた『ガニ政権』が、あえなく倒れ、
代わって、あの『ターリバン』が、『アフガニスタン』を再び掌握することを、いともアッサリ許してしまったという。
この不可解な経緯にザッと目を通してみたのは、多くの日本国民が そうであろうように、私自身も、この方面のことには疎いままだったからに他ならないゆえだが、
ただ、中村 哲医師が暗殺されたときにも、非常に不可解に思い、
あちらの複雑な権力闘争に巻き込まれ、そこに、ガニ大統領側の思惑と軽率な行動、すなわち、中村医師の「叙勲」や、
また、日本側の団体『JICA』もが絡んでいたということを知って、
そのときにアップしたエントリーが ある。
今回も、大まかに知ったところで、真っ先に怪訝を感じたのは、これほどの恐怖と反発、怒りを あらわにしている『アフガニスタン』民衆の ようすにも かかわらず、なぜ、『ターリバン』側の人員勢力が伸び続けてきていたのか?という、矛盾への疑問からだ。
おそらく、そこに、この経緯の鍵を握る、根本の本質が潜んでいるのでは なかろうかと思ったわけだが、
その点は、
ひとえに「腐敗」というキーワードによって、いちおう、腑に落ちた。
そのあたりのことについては、まずは、この記事が、簡潔明快で分かりやすく役立ってくれた。
しかし、『時事』も、さすがの『BBC』に頼ってるのねw
『アフガン政府軍、なぜ弱かった? 米など9兆円支援、役に立たず』8/16(月) 20:35配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/c8e2efb37a58fa4c9e8bf1aa619a58ade21ae0ae
…
『アメリカ』の超莫大な支援を受けて有利な、当然、「数では圧倒していた(はずの)政府軍」というのも、表面だけを見てたら、真相に目が届くことは ないということの典型例だ。
日本も、アメリカには比ぶべくも なく、1兆円規模にも届かないけれど、数千億円と、それなりに多額の援助資金を出してきており、
たとえば、アフガニスタンの警察官の約半数に あたる人数分の給与に相当する額だったとかいう話も ある。
さて、その実態は、
ご多分に漏れず、ありがち、というのか、あまりに典型的な汚職や水増し不正が水面下で横行していたせいで、
すでに「政府軍」は、はるかに劣勢だったはずの『ターリバン』側と、ほぼ互角レベルにまで落ちきっていたものらしい。
また、政府軍兵士たちの配備にも、かの地 特有の部族関係に対応した考慮が足りなかった影響で、全体の「士気」を下げてしまい、結果として、効果をシッカリと引き出せなかったようだという。
今回、バイデン大統領が、そうした情勢を知りながら、宣言どおりに、米軍撤退作業を粛々と進めてきていたという、どこか突き放したような冷たさを感じさせるのも、そのことが分かっていたからこそ、なのかもしれないが、
とは言え、中途半端な人助けや援助ほど、始末の悪いものは ない、とも言われる。
あのような情勢のなかでは、「撤退宣言」自体も、当分は伏せておくべきだったと思う。
それにしても、あの『9.11――同時多発テロ』が勃発し、これの首謀者と見做された『アル カーイダ』のオサマ・ビン・ラーディンを、やっと、抹殺したからと言って、それが、すでに「成功」しているからとの理由で、
「所期の目的は果たし終えている」として済ませられるほど甘くは なかろうに、ということくらいは、日本の一庶民すら危惧するところだ。
すなわち、『ターリバン』が、しぶとくも、めんめんと続いてきたように、
ビン・ラーディンの後継者は続き、ここに、仕切り直しの位置に立つことが できた彼らは、想像するのも厭わしいことだが、『9.11』のようなテロ攻撃を、もしや再び起こす恐れが ない、とは言え切れないであろうことをだ。
そのときが、ほんとうに、アメリカの政権危機となるに違いなく、
それを考えると、
バイデン大統領も、撤退開始を、当面は見合わせるという方向転換が できなかったかと思う。
さしあたっては、抑圧や迫害を懸念されている人々、女性や子どもたちを優先に、特にアメリカは、可能なかぎりの人数を受け入れて、亡命や難民として引き受ける処置を大至急、開始することでしか、この深い失望と憤りを軽減することは できまい。
ただ、「アメリカン リベラル」とでも言うのか、バイデン氏の持つ考え自体は、基本的、理念的には尤もなことであるようにも思える。
要するに、資金は出しても、一から立ち上げる「国づくり」や国内整備に あたっては、あくまでも、その国や地域の国民・民衆の主体性に任せるべきという理念については、真っ向から批判しにくいものが ある。
それは、日常的な子どもへの教育(≒強制)の ありかたと共通する問題も孕んでいるであろうことで、
「主体性に任せる」というのは、実は、たいへん難しい側面を持っているものだ。
これまでに、アメリカ側が費やしてきた、あまりに巨額の税金、兵士たち含めた国民の生命を犠牲にしてきた重さを考えれば、無理もないことかとも思う。
だが、アメリカ側には、『9.11テロ』という、凄まじい被害を被ったゆえの、やむに やまれぬ動機が あるにせよ、
アフガニスタン側も、トップ要人から、平凡な市民に至るまで、この20年の あいだには、吐き出しきれないまま募る不満を抱えていたらしい。
民衆のなかには、この20年もの あいだを、アメリカの軍隊が、いわば「占領」している状態だったにも かかわらず、なにも良くならなかった、という不満を述べている人も いるそうだが、このへんに、アメリカとアフガニスタン双方の考え違いや主体性の薄さが見えるように思う。
往々にして、
「理念」に拘り、一見は筋の通った「りくつ」先行するタイプの人は、
そのためのタイミングを大きく誤ったり、短気の あまり、それを無視して、ひらきなおってしまうことさえ ある。
逆の場合を言うなら、
ただ、むやみと「機を見るに敏」だけ、それだけを自負し自慢して、そこに利己を離れた「理念」も「理想」も欠けている人物など、そのカラッポさは滑稽なほどで、およそ まともな話にも なり得ないことは、これも当然だ。
「終わった人」トランプさんが、こちらも仲良く歩を揃えるように終わったアベシみたくに、ここぞとばかり、沈んでいた泥沼のなかからザッバーーーと浮上してきて、バイデン攻撃ネタみーっけ!!とハシャいでいるらしいが、まったく、どの口で言うとるのだろうか(呆)
トランプさん、黙らっしゃい!!![]()
おたくの出られる幕じゃないでしょうが。
いまだに「ヤフゴミ捨て場」でウロついてる「トランプ信者(あべポチ、ネトウヨ)」にもクギ刺しておくが、
もしも、いまでもトランプ政権だったら、もっと早期に、もっと酷いことになってたんじゃないのかね?
それと、
これも、「ヤフゴミん」の軽薄さで、
毎度のように、「日本も核兵器と軍隊を♪」とハシャいでいるが、
先日の過去エントリーでも指摘したように、もはや、以前までの、通常の やりかたでは、「戦争」というものに勝てない時代に入ってきているのが現実で、そのことは、「疲弊した警察官アメリカ」の姿を見たら、よく分かるはず。
決して使えは しない核兵器。
ひたすら消耗していく兵力。
いちおう「勝者」となった『ターリバン』側にしても、「勝利」の美酒で、気が大きくなっているのか、いやに耳ざわりの良いことを述べているそうだが、
その「原理主義」に溺れる心理、意固地な「視野狭窄」ぶりを、主体的に省みることが できるのだろうか。
あるいは、国際的孤立は、もとより覚悟の上という本音を隠しているか。
「疲れてしまったアメリカ」は、日本のような、聞き分けの良い、従順にして「思いやり」ある国以外は、すべて、手を引きたいと願うのだろう。
ただ、第一には、やはり、国益しだい。
まさに、日本という国が そうであるように、アメリカにとっては、戦略上の必要性が大きく、メリットが見込めると踏んでいる対象である かぎりは、やはり、手離さないだろう。
それに、
かつての「枢軸国」の一員たる日本に対する疑心や警戒を、完全に解消しては いないだろう。なにしろ、「精神年齢12、3歳のクレイジー国」だものw
おとなしく良い子にしているなら、ヨシヨシと頭を撫でても やろうが、同時に、しっかりと眼を光らせていて、ヘンな方向へ走り出そうものなら、たちまち、首に繋いだ紐をピーンと引っ張り、ご主人様の足もとに戻すつもりだろうww
いま、国内で、過敏なほどに、かつ、定型的なまでに『中国』が『ロシア』が、そして『北朝鮮』も、という恐れの位置は、なにしろ「戦時中」であり、「徴兵制」を敷いている現実を持つ『韓国』のほうが、
いろんな意味で「妄想」が混じりがちな、かつての加害国であった日本の国民以上に、
切実な立場であろうし、それだけに、倦まず弛まずの ていで、「日本がー」を元気よく繰り返す ようすも、国民の視線や国内の向きを一定方向に集めて、全体の「士気」や「共有」や「団結」感を醸成するためには、最も利用し易いという、よくある政治的コントロール手段の一つに過ぎず、『韓国』にとっても、日本を本気で「敵」に回したい相手であろうはずもない。
だいいち、アメリカ自身が何度も、「仲の良くない兄弟のケンカ」を諌めるかのように あしらってきた。
韓国側と最も繋がっているのは『自民党』なのだから、その点でも安心しているのだろうw
もっとも、
「両国とも、それぞれ、いちばんに仲の良い相手は、自国アメリカであるべき」と考えてもいるのだろうがww
【続く】
2021.08.15 (Sun)
『『五輪』オマケの小考察』の続き。
ところで、
このエントリー下書き段階では、本題としていたのは、
『ベラルーシ』の陸上選手が、『ポーランド』あたりへ亡命申請、とかいう騒ぎが あったようだけど、
当該選手の出国手続き等の担当や付き添いのために同行した日本側の女性たちを、ニュース映像で見比べて思ったこと、だったのだ。
なにしろ、情況が情況なので、『ベラルーシ』選手側には終始、おせじにも、愛想の良い表情は見られなかったし、全体に、とるものも とりあえずという感じのラフな身なり、大荷物を抱えて、むっつりした感じだった。
対して、
彼女の出国手続きなどに応じたり、付き添ったりしていた担当の日本側女性たちは、さすがに「キャリア ウーマン」といった雰囲気に満ちて、とても落ち着きある態度、かつ、それに見合った上品な身なりなどで、全体に端正かつ、そつのない服装ならびに物腰で、いかにも、という印象。
私が以前に住んでいたマンションでは、
むかしは「スチュワーデス」と呼んでいたが、いまでは「客室乗務員」や「フライト アテンダント」とか「キャビン アテンダント」と呼ばれる職業の女性が多く入居していたらしく、ベランダから通りを眺めていると、ときおり、旅行用キャリーカートを引きながら溌剌と帰宅してくる姿を見かけたりした。
髪形は、小さなシニヨン、スカーフを首に巻いた、あの、いかにもな制服姿に黒のパンプスで颯爽と歩いているから、すぐに、それと分かったものだった。
でも、私が、そのマンションに入居して間もない頃のこと、
アルコールを主成分としたシートを使って、わりと長時間に わたる掃除を していた最中、玄関のチャイムが頻りに鳴っていることに気づいて(と言っても、私の場合、聴障なので、ランプの点灯で見分けるしかない)、慌てて玄関ドアを開けると、若い女性の二人連れが、顔を並べて立っていて、
「ガス漏れの警報音がね、さっきから、すごく鳴ってますよ~?」
と、苦笑しながら教えてくれたことが あった。
私には聞こえない種類の音だったから、言われるまで、全く気づかなかったのよね。ガスそのものを使ってたわけでもないのに、アルコールにも敏感に反応するなんて知らなかったから。
ただ、
やはり、不特定多数の乗客の世話を、こまやかに行うサービス職種だけあってか、普通なら、「やかましい!!」と怒鳴り込まれても しょうがない状態だったろうにも かかわらず、心配そうながらも、あくまで にこやかな表情で注意してくれた。
で、
寒い時季だったせいか、その女性たちは、「綿入れ袢纏」みたいなものを羽織った、素朴きわまる普段着で、化粧っ気もない全くのスッピンだったから、彼女たちが、あの華やかさに満ちた「フライト アテンダント」だなんて雰囲気は微塵も なかった(苦笑)
こういう点は、私の知人で、モデルの仕事を していた女性も そうだったなあ(笑)
ステージ用のメーキャップした顔と、ふだん、そばで見る顔の差がねーw
「ワタシやで、ワタシ。今日はなあ、ショウの仕事帰りやねん。、近くまで通りかかったから、ついでに寄ってみたんやけど、ほらっ、差し入れ!」
と言われるまで、本人とは気づかないくらい、凄まじい化け方でしたわww
さっそく、いただいた差し入れの お相伴に あずかり、口いっぱいに頬張っていると、
「ほれほれ、こぼさんように食べぇやw」
と、大阪弁まる出しにダメ出し。
当時、彼女と つきあってた男性も言ってたには、
「デートで待ち合わせしてたらな、向こうのほうから、おおっ!?すんげえ美人が歩いてくる!!と思ったら、すぐ そばまで来て、アイツやんか、と分かったとたん、なーんやオマエか、って言うてまうねんw」
と苦笑していた。
あ、もちろん、地の顔だちも、ととのっているよ。間違いなく美人さんですよ。それも、すごく背が高い、学生時代は、バレーボールやってたという「体育会系」で、ふつうに しゃべったら「サバサバ系」というのか、ガサツと言ったほうが近いかwまーったく、色気が ない!ww
まあ、モデルさんにも、いろいろなタイプが いるけどね。
でも、やっぱり、背が高いだけあって、バレーボールとかバスケやってたという、いわゆる「体育会系」は多いようだ。
じつは、ああいう業界の お仕事って、一種の「肉体労働」だけあって、男っぽい性格の人のほうが、適性が あるのよね。女優さんも、なかみは男性的という話を多々聞くし、「見かけによらず」という点では、クラシック バレエ ダンサーとも共通している世界だと思う。
先述した『オリンピック』陸上選手が そうであったように、白人女性の多くは、たとえ、よれよれにクタビレたジャージやスエットを着ていても、それなりにカッコよくキマッテいるように見えるのだが、
概ねの日本人は、やっぱり、全体に地味なんだなー。
やはり、きちんとした身なりや、特に女性は愛想で勝負みたいな傾向は否めないかなと思ったわけ。
かつての職場で、コピーライターとして配属された部署の先輩で、デザイナー(グラフィック)を やってた男性の同僚が、自社発行のカタログに掲載する商品撮影で起用するモデルを、いつも白人ばかり使って、日本人のモデルさんは、決して、使おうとしなかったのを思い出した。
その理由は、やはり、日本人は(と言うか、アジア系も含めてかな?)どうしても地味で、商品が映えにくい、その点、白人のモデルは、新人レベルでさえ、華やかさが あるからと言ってた。
ま、終了後もスッタモンダが尾を引き続ける『東京オリンピック2020』だったが、
みずから一大「悪役」を つとめてくれたのか、あるいは、ほぼ総スカン状態の首相を戴く『自民党』政府に、体よく、つとめさせられたのだか、そこは知らぬ気な『IOC』会長バッハさんの、そのオツムのなかは、いとも早々と、次のカネづる、可愛い『ペキン』ちゃんのことで いっぱいだったみたいよねw日本人と中国人を間違えるほどにww
をいをい、「中国人」と間違えられたんですぜ?w
なぜか、これについての「ウヨ」「ネトウヨ」どもの怒りの声が、いつになく弱いようなのがフシギだわ~ww
日本は、おそらく、もう二度と、お目もじすることもないでしょう。
次の お相手、『ペキン』嬢との、楽しくて豪華なハネムーンに、行ってらっしゃいませ~。
Auf Wiedersehen,Herr Bach!
もう、二度と いらない!特権層と上級国民のためでしかなかった『オリンピック』。
最後の最後まで、分断のためのオリンピックだった。
Auf Wiedersehen,Olympisch!!
2021.08.13 (Fri)
『【続・続】トイレと、『NHK』みたいになっちゃった『オリンピック』w』の続き。
しかし まあ~『札幌』だったっけ、マラソン競技。
朝も早よから、この暑いのに、ほんと、ものずき。
しかも、押しかけた人だかりで、見たいもの見えるのか?
どう考えても、単に、人だかり そのものが好きなんだなとしか思えないw
私なんか、クッソ暑いなかを、人ごみのなかへ出かける想像しただけでウンザリだけどねえ。
思うに、「自宅でテレビ観戦を」と頻りに勧める政府や行政側からして、国民・市民の「コロナ感染」のことを本気で心配しているのでは なさそうだな、と。
考えてみれば、「お願い」も「ルール」も そこのけで、「はい、ゴメンナサイよ~」とばかり、ワッサワッサ押しかけてくるアホまる出し観衆の規制とかユルユルのまんまなんだから、とうてい本気では やってなかったみたいだ。ただ ただ、口先で、ご遠慮を~ご遠慮を~、と、壊れた何かみたいに繰り返してるだけらしい。
「政府は悪くない」「自分の身は自分で」というパターンのコメントが並んでいるのを見るにつけても、これもまたウンザリする。
だって、「自助!」「自己責任!」これが、国民に対する『自民党』政府のスローガンだもの、このうえなく都合の良いコメントじゃないか。
感染が蔓延しても、医療逼迫などを、本当のところは、それほど心配しなくて いいのであれば(どうしても、そう見えるよ)、さっさと解除すれば どうなの?と思っちゃうけどねえ。
もう、わけワカラン、この国の政府も国民も。
で、今回の『五輪』に対する国民大衆の「手のひら返し」についてはですね、
強いて喩えてみれば、
子どもが結婚したいと連れて来た相手が、気に入らない。まだ早すぎるぞ!と猛反対、ついには勘当まで したにも かかわらず、ある日のこと、連れて来られた初孫の顔を見たとたん、やっぱり可愛いなあ、あかんぼに罪は ないと、なんとなく、勘当も解き、仲直りした。
だが、
子どもの結婚相手だけは、いまだに、やっぱり、気に入らない、許せない。
…みたいな感じに少し近いかな?w
ましてや、
明確な論理や批判精神なんぞは持たないまま、単に、「まだ早い」という感覚のみで、いちおう「反対」を唱える側に まわっていただけの人なら、もともと、むずかしいことなんか考えないタチだろうから、いわく「手のひら返し」クルクルも早いはずで、彼ら自身、自覚も、忸怩たる意識も希薄だと思う。その程度だから、最初からね。
ちなみに、
私自身は、いま現在も、今回の『五輪』は、ほぼ一切、観てないままですわ。
せいぜい、『コロナ ウィルス』の蔓延状況と『五輪』の状況が かかわってくるかもしれない場合のニュース記事くらいだった。
まあ、もともと、『オリンピック』に対し、さほど関心は持ったこと なかったのだし、
日常生活のなかでも、いわゆる「体育会系」タイプの人を、どちらかと言うと苦手と感じることも、多少は あったので、
むしろ、『五輪』の裏側が、性的な放埓さ剥き出しのケダモノの如き世界という実態を知って、それまでにも、ちらほら噂のように聞いたことのあるスキャンダルは事実だったんだなぁ、と呆れてしまったせいか、選手たちについても、かつてないほどの幻滅を覚えた。
だからと言って、
『五輪』開催を反対していても、各選手の妙技を鑑賞し、応援することがイコールで「矛盾」だとまでは、私も思わない。
それは それ、これは これ、という考えかたも あるだろうから。
どのような理由からでも、特定の選手を誹謗中傷する連中の感覚は全くもって、理解の外だが、
ただ、私個人は、
「アスリートに罪は ない」とは必ずしも思えないようになった。
やっぱり、アスリートの本性はエゴイスト、ってことは、つくづく思った。
たとえば、
内村航平選手は、私も、好きな選手の一人だったから、ほんとうに思いがけなく失敗したことは、残念に思ったし、本人自身が、いちばん悔しく、つらいだろうと察しているし、今回の出場機会を奪った かたちになっている後輩に対して、済まないという心情も理解できる。
でも、彼の発言、「ぼくが見せてあげられる夢は ここまで」とかいうのは、なんだか とても痛ましい感じが して、そんなふうに思う必要なんか ないだろうに、いったい誰に対して、「見せてあげられる夢」などと言うんだろうか?と訝しく思った。
少なくとも自分の身近を取り巻く人たちに対しては、いっしょうけんめい、恩に着て、期待に応えもしなければならないと、しごく素直で、義理堅いんだなあと思ったけれど、
たとえば、20歳代の若さで、日常から鍛えぬかれているはずのオリンピック選手でも、自国人でありながら、この酷暑は堪えたんだなと、感心するやらホッと胸を撫で下ろしたやら、というのは、重度の「熱中症」になってしまった、マラソンの男性選手ね。
たしかテニスの外国人選手も、熱中症で倒れた、って報じられていたよね。
急死しても不思議じゃないところだったでしょうに。
もしも最悪の場合、そんなことになったら、
「呪われたオリンピック」の生贄さながらな死者が出たー!!という悲劇で大騒ぎになるところだったでないか?
スポーツって、死を賭しても やるもんなの?と思った。
なんか、どこかが おかしい。
「コロナ禍」は、「戦時中」に喩えられることも多いように見受けるけれど、
戦時と言えば、敗戦後の日本人について、アメリカさんが評したっけ?
「日本人の精神年齢は12、3歳」だと。
結局、現代の日本人も、さほど変わってないんだなあという気が する。
以前のエントリーでも言ったけど、
まあ私個人は、自分の親にも国にも、この国の人々にも、違和感が拭えないままのところが ずっと あるので、そりゃあ、「浮いてる」だろうし、私から見たら、「ヘンなの」と思えても、他の人たちから見れば、ほとんどの人は、私こそが「ヘンな人!」なんだろうね(苦笑)べつにイイけどねw
若い頃は、障碍から来る焦りも あって、なんとか「普通」の人に ならなければ、他の人たちと同化しないと いけない、みたいな感覚が つよくて、必死だった頃も あるけど、いまでは、「ヘンだと感じざるを得ない人たちと同化したいと願うほうが、よっぽど、どうかしとる」と、ひらきなおってます、はいw
気持ちがラクになりましたわ、いや、マジで(苦笑)
私は、そんな過去事情も あるから、いつしか、身近な周辺の人たちと、特に政治関係とかも個人的なことも含めて、相手を選び、必要性を考えてからでしか、踏み込んだ話は、まず しなくなった。
何の話題で あっても、先方から話しかけられたなら、まずは当たり障りなく、そこそこ愛想よく、受け流すようになっちゃったけど。
「勇気や感動」を もらった覚えもないのだから、感謝しなければ ならない筋合も おまへんがなw
それよりも、「視聴率が高い!」と言ったって、そりゃ欺瞞でしょ。
実際には、『五輪』に大賛成でもなければ猛反対でもない、最も多数層であろう人々が、テレビでもネットでも、『五輪』五輪の記事や番組だらけで、たしかに大きな話題には違いないのだから、なんとなく見始めた、というのが実際のところだろうに。
私個人的には、『五輪』(持ち上げ)記事ばかりがズラーーーっと並んだ『ヤフー ニュース』欄を見て、呆気にとられた。
連日これじゃ、他のニュースが埋没しちゃって、情報が偏ってしまうじゃないかと、ついには、マジで腹が立ったけどね。
ま、個人的には、もともと、『オリンピック』も『天皇即位』といった「国家的」イベントにも、あまり関心が ないので、「祝祭」とやらにウキウキ♪も熱狂も しませんw
それどころか、
いわゆる「アウェー」に加えて、これだけ不利な条件、煩いルールを強いられた外国人選手から見て、どんな気持ちが するだろうかと、主催国である日本の異様なほどの「金メダル」ラッシュには、少々不自然さや危惧さえも感じた。
莫大な負債を抱えてまで開催してやって、
そのうえ、「感動代金」まで要求されたら、ふざけんな!
だわなw
それでもって、橋本聖子さんみたいに、『自民党』の議員になった、てな典型的なタイプは、はっきり言わせてもらうが、キライですわw
いつぞやの夜、
「コロナ禍」のなかで、政治屋さんらが、会合だパーチ―だと、陰で大いに やってたのがバレて顰蹙を買ってた さなかに、彼女も、高級店で会合してたところを突撃されたら、しゃあしゃあと ひらきなおってたからね、
あれで、いっぺんに、キライになったよww
そして、「政治批判」はね、「憂さ晴らし」のツールでも何でもなく、国民としての権利であり、必要なことだから続けている、それだけです。
選挙の投票をメンドクサがって行かない者も大きな問題だけど、
税金で雇われて、仕事に ありつかせてもらってるからなのか、『自民党』を責めるな叩くなと、このところは、ますます煩く喚き散らしているシンパども。
こういう連中こそが、選挙投票には真面目にと言うよりも、利害が絡んでるから、毎回、ぜったいに行くんだろうけど?w
こやつら見てたら、つくづくと、政府を甘やかす信者の、タチの悪さのほうが、棄権以上に困ったことかも、と思う。
先ほど言ったように、
私は、かえって、実際に対面で話す相手ほど、ほぼ何事もサラッと流すような受け答えしか しない傾向になったから、若い頃よりも、いまのほうが、争ったりトラブったりは、日常では、ほぼ なくなったけど、
『ヤフー コメント欄(=「ヤフゴミ捨て場」』の、特に政治や社会情勢関係にタムロしている常連「ヤフゴミん」らを見てるかぎり、まじで、日本人がキライになりそうw
なぜ、アタマも性格も発言内容も一直線に揃って、あまりにも低劣・愚劣なんだろうか。
日本の社会って、こんなにもバカが多かったか?
近年の日本全体の劣化・沈滞ぶりを見るにつけても、
この国の政治、この国の人たちって、ここまで非論理的で感情むき出しだから?と、わが目を疑いたくなるくらいだ。
間違いなく、『自民党』の手先が跋扈するための舞台を提供し続けている『ヤフージャパン』は罪深いぞ。
いまにバチが当たることだろう!![]()
【このあとは、オマケの考察】
2021.08.11 (Wed)
『【続】トイレと、『NHK』みたいになっちゃった『オリンピック』w』
の続き。
脱線が思わず長くなってしまったが、
さて、冒頭の『オトナンサー』「~メダルラッシュに熱狂した理由」分析の記事に戻ります。
まあ、「祝祭」に熱狂する気分になるのは、なにも日本人だけじゃなかろうし、
この記事中で引用している社会学者さんも、遠い外国の人だよね。
いわく「劇場の観客」「共同体」「均一な集団」等々、それって、ぜーんぶ、まさに「全体主義」を好む者たちが例外なく目論むことだよねw
一斉に参加させて、一斉にノッてくれないと、シモジモ愚衆を思いどおりに できないからなw
「一斉」のなかでは、誰がノッてないのか、一目瞭然で探し出せるから、すぐに処置できるし、全体管理しやすいww
「祝祭」を、大災害に置きかえても同様だね。
それに加えても、なお、日本独特の要因が あるとしたら、
それは、『天皇』『皇室』なる存在だと思う。
わたしゃ現代の「まつろわぬ民」かwww
「個人が幸福になって、はじめて日本全体が よくなる」とか「日本が よくなることも、個人が幸福になることも同じである」とかいう点では、たしかに、「国威発揚」などと時代錯誤な、ちっせえレベルに とどまるんで、ここを、より普遍レベルに押し上げるとすれば、言わば「個と世界」観という図式で、日本人なら、かの宮沢賢治が、似たような思想を、生前に主張していたというし、かのチェ・ゲバラも、宮沢賢治の説いたところと同じことを言い遺してるみたいよ。
たしかにね、
テレビを筆頭に、大手メディア・マスコミこそが「手のひら返し」だろが!
という、賛成・反対の両側から憤りの指摘が多いのは、私も頷ける。
何年か前に、当ブログが、「新聞社などの報道機関も含めて、そもそもは営利企業なのだ」と指摘して以降、ネット上で、同じ指摘をチラホラ見かけるようになった、ような気が するんだけどもw
要するに「商売」ってのは、よっぽど、経営者に個人的な思想であるとかポリシーとかが ある場合を除いては、様々な客層を考え、より多くの人に愛顧してもらえるよう、可能なかぎりで商品を取り揃えるよね。
これも以前から言ってるが、
「士農工商」じゃないけれど、古今東西、商売人が、社会的には、一段も二段も低い存在と見做されただけの理由は あると思う。昔の「大阪商人哲学」のように、儲けに応じた「社会還元」を心がけておれば、大いに、社会的意義あることで、そのへんは、『プロテスタンティズム』というものにも通じるところだろう。
が、
ひとたび、儲けが減少し、経営が傾いたりする事態になると、それこそ、たちまちにして、商売人の性根はアカラサマに出現せざるを得ない。
現代の大商人は、じつに「足るを知らざる餓鬼」さながらですからの。
軽蔑を誘われても しかたない存在ですわ。
今回の『五輪』だって、「手のひら返し」まる出しに、「熱狂」気分に浮き立った人々も一定数は いたわけだろうが、むろんのこと、大衆というものを完全にコントロールしきれないのは、「民主主義」国家であれば尚更、当然の現象なんで、おのずと大多数とか少数派とかに分かれる。
それだって、大手マスコミの「手のひら返し」まる出しが影響した面は大きかったんだろうと、私も思う。
と言うか、
「世論調査」の類と同じことで、
例の『産経』筋からバレたことが あったときに、
「やっぱりw『ゲタ履かせ』が横行していたんだな」
と、私は思ったとおり、
「調査」というよりも、かなりの程度「誘導」に等しい実態じゃないのか?という疑いの指摘も、近年では、よく見かけるようになった。
世論コントロールの力を持っている点では、それこそ「第4の権力」とか言われてるみたいだけど、マスコミ自身も、そういう自負は従来から あるんだろうし、
特に『第二次安倍政権』からはアカラサマなまでになったが、
与党や政府との あいだで力比べ的な様相を強めているんだと思う。
これまでのところ、政権側に押され気味なように見えるんだけどw
けっこう、駆け引き、取り引きしてるんだろうなと。
ましてや、インターネット普及後、昨今の、「紙媒体」離れでしょ。
いまや、大手新聞社と言えども、「報道」という肝心かなめの仕事と矜持なんぞに、かまっておれず、
営利企業としての商売のほうに重点を置いて、リキ入れだしてるんだろうなと、私は察しているw
先ほど言ったように、商売は一般的に、「各種とり揃えて、お待ちしております」の世界だからねw
客層が左右するわけだから。
政治の世界も似たようなことなんだろうな。
「政治や政府は、国民大衆のレベルに見合う」
そこに、マスコミも加わる。
すなわち、政治とマスコミと国民大衆、
この三者のレベルは、互いに呼応してるってことだ。
二言目には「マスゴミがー!」と罵りつつ、
「とにかく、(自民党)政府を叩くな!!」と叫ぶ者の正体は明らかだww
すでに何度か指摘してきたが、
医療に対する『自民党』の政策・施策は、個人に不動産を奨励し続けてきた結果、大災害が多い国土にも かかわらず、被災してしまったら、個々人が、ほぼ自力で、なんとかしないと いけない、これと同様の政策・施策を押し進めてきた結果が、この「コロナ禍」で、白日のもとに晒されたわけだが、
『自民党』の手下どもは、根城にしている「ヤフゴミ捨て場」で喚き続ける。
病院や病床数は余るほど足りている!
むやみに増やして、「コロナ」が収束したあとのムダは、どうするんだ!!
『医師会』が悪いんだ、個人病院は、もっと協力しろ!!!
競技や『五輪』の雰囲気を、外からでも、ほんの少しでも味わいたいとて、誘蛾灯に引き寄せられるかのようにフラフラと嬉しげに集まってくる愚衆の ありさまを報じた記事には、
『オリンピック』を無観客にしたからだ!
最初から観客アリにすれば よかったんだ!!
と、あべシが悦びそうなことを喚く。
こやつらは、また、「2類」を外して、「インフルエンザ」と同じ扱いに しろー!!とも喚く。
よっぽど、日本じゅうに、「新型コロナ ウィルス」を充満させたいのだろうか。
私は、すでに疑っていることを指摘してあるけれど、
競技場や競技中の周辺に押し掛けてウロウロと『密』を拵えている愚衆のなかには、『自民党』シンパや安倍ぽちが少なからず混じっているだろうと。
『自民党』政府「ネトサポ」やアベシのシンパ(=主として『日本会議』)は、ハナッから『五輪』招致に大賛成だったわけだし、
また、
このなかには当然、「アスリート」と持て囃される人たちが大勢、混じっているのだろう。
このなかから『自民党』議員となった橋本氏などは、典型も典型。
「脳筋」と蔑まれることも多々ある「体育会系」は、やはり、権力や「勝ち馬に乗りたい」典型なんだと、つくづく思わされる。
そんなわけで、私は、これまでになく、「アスリート」という存在に、かなりの疑問と幻滅を感じている。
「この指とーまれ!とまった人はオトモダチ、とまらぬ者は非国民!」な安倍政権以降、いよいよ強化されていった、この国の「空気」。
『自民党』、その周辺党、利害関係を結んでいる各種の組織・団体、税金で雇われている配下や手下どもに至るまで、
連日、昼夜を問わず、『ヤフーコメント(ヤフゴミ捨て場)』などのネット投稿の場で膨らませる空気。
「国民」とは認めてやらぬ愚民どもに、「日本の道徳」を躾けてやれ!骨の髄まで叩き込め!
「弱肉強食」「格差ゲーム」!
とにかく勝ったと言うためには、「汚い手」を恥じる必要など ないのだ。
つよけで行けー!
積極的に、真っ赤な嘘を つきまくれ!!
それで、もしもマズくなったなら、とりあえずは逃げ出せ。
そのあとで、
絶えず機会を窺い続け、
何食わぬ表情で、水面に浮上せよ。
何度も、何度でも繰り返し執拗に!
愚民どもが注意を怠り、気を抜いた僅かな隙に、イッキにザバーッと!水のなかから躍り上がるんだ!!
あすの命の行く末も、「自己責任」で「努力」せよ。
いいか、政府は何も悪くない!政府のせいにするんじゃない!!
こうして、
「うつくしい日本の道徳」を奨励する政府の統治のもと、この国と、「指に とまった人たち」と、「こんな人たち」も いる、現在ただ今の日本。
【続く】