2021.08.19 (Thu)
『【続】『アフガニスタン』――「失敗」の原因』の続き。
言っても、諸外国、諸民族が集まってきて、なお まだ歴史が浅い、まだまだ若い国『アメリカ』は、その点、「列強に やられ」「民族の歴史とプライドを踏み躙られ」といった悲憤慷慨の思いや「弟分に舐められ!」「自国を乗っ取られ~
」といったグヤジイ思いを抱えた経験は ない。
これと真逆の経験は、みずから繰り返してきたけどね。
まあ、「国家として、民族としてのプライド」がド~ロ泥の恨みは持ってないだけに、ある意味、単純なんだろうw
もろに、「大男、総身に知恵が」ナントヤラを地で行ってるしww
ヤッキになってか どうなのかは知らないけど、誤爆も しまくりの大雑把さ。
それに比べると、
「小男は、総身のチエも、タカが知れ」
(↑出典?は、たしか『パタリロ!』w)
ってな感じ日本www
足もとを、ちょこまかと、目まぐるしく走り回られる、「もぐら叩き」さながらの「ゲリラ戦」になると、世界一の強大国でも、あんなものだ。
かつての『日中戦』時の日本も、「便衣兵」とかいう、一種の「ゲリラ」兵の組織活動に手こずり、疑心暗鬼のカタマリとなっていき、無辜の民間人をも夥しく殺害したらしい。
アフリカの『コンゴ』にて革命指導を行なった、かのゲバラも、ついには、匙を投げ、そこを立ち去った。その理由は、「兵士らの士気が低い」のを、ゲバラでさえ、どうすることも できなかったらしいという話を、私は、ふと、思い出していた。
以前も言及したように、
当方の旧ブログは、たまたま、『産経』系のサイトを使っていたのだけれど、あるとき、なぜか、一般会員のブログについては、運営廃止することになったというので、予告後の猶予期間も、あまり長くは なかったことも あり、けっこうギリギリまで迷ったあげく、いまのブログ サイトへ移って来た。
考えてみれば、
あの頃の私は、過去に、はたして『産経新聞』を読んだことが あったか なかったか、そんな記憶も全く ないまま、だからこそ、何の先入観も持たずに、そのサイトを通して閲覧できる『産経』掲載記事にも、素直に目を通すことが多かったのだが、
およそ「新聞」というものとの関わりも、職業として、世間一般の読者よりは、ずっと濃い関わりで きていたので、仮にも「新聞」と名乗る存在の、水準如何を疑うことが なかった私にとっては、いまにして振り返れば、時々なんとなく胡散臭さと違和感が残るような、みょうに勇ましく煽りたてる調子だったり、逆に、どこか馴れ馴れしく締まりのない、「内輪」な雰囲気ただよう、「新聞」としてのイメージからは逸脱気味な記事の数々よりも先に、むしろ、そこの常連ブロガーらのエントリーを覗いてみたときのショックのほうが、はるかに大きかった。
唖然呆然とするような、本人と常連仲間だけは、これで正しい!と信じて疑わない差別意識まる出しの、反社会的主張や、ありえないほどの極論や、あたかも軍人気取りの時代錯誤調、『靖国』カブレのミリオタ、そんなブログのオンパレード、かつ、
『自民党』が与党で当然と決定されているかのような確信と、『民主党』への憎悪と侮蔑、『産経』記者に向けたコメントには、あたかもカリスマとか教祖に対する崇拝めいた賛同を捧げるが如し、
他にも、病み調や、きわだった偏向ぶりを見せつつ、「健康になれた」と悦んでいるていのブログが並んでおり、そんな ようすを見ているうちに、どうやら自分は、場違いな所へウカウカと入り込んでしまったらしいことに気づいた(苦笑)
まさに、例の「カルト連」の「テツガク」サイトと同様だが、それよりも、
その「カルト連」と『産経』系ブロガーたちが一緒になってゴッソリと大移動してきた、そんな状態になっているのが、深刻な「反知性」と「反社会性」に満ちあふれている『ヤフー コメント(ヤフゴミ捨て場)』の現状の ありさまなのだ。
まあ、ヘンなブログ・ブロガーばかりでも なかったとは思うけど、圧倒的に、ヘンなブログとブロガーの巣窟だったという印象は残っているw
ちなみに、
旧サイトに おいて、常連のブログを幾らか覗いているうちに、このことにも気づいた。
それは、外国にて長らく生活しているという人たちのなかには、ふつうに日本国内だけで、ずっと生活してきた平凡な日本人と比べ、明らかに、「愛国心」というのか「右翼」的というのか「保守」的というのか、そういう傾向が目立つ人が多いのかな、ということ。
日本を離れて早、幾年月、アメリカ人と結婚しているという人などは特にだが、祖国であり母国である日本を、大いに懐かしみつつ、それ以上にも、アメリカに対する忠誠心のほうが強いのかなとも感じた。
そして、彼ら彼女らには、日本側が、アメリカに対する、心からの信頼と敬愛を持って、両国の関係を、より強固に固め続けていくことを常に願う ようすであることも感じ取れた。
私は、いまでは、こんなふうにも感じている。
国外で生活している(もと)日本人のほうが、国内の「右翼」的日本人よりも、もっとアカラサマな右翼的言動を憚らぬ姿勢であること。
これは、「瞼の」なんとやらで、ことさら美化しているせいも あるのだろうか、それに加えて、自己主張の強い気風の国で生活しているうちに影響を受けたということなのかもしれない。
日本国内のサイトで、たとえば『ヤフー コメント』欄などで、「隣国の侵略」が!「国防」が!「早く核武装を」等々、盛んに言い立てて、どうも、この日本を、「戦争できる国」に、一日も早く、なって欲しいらしいと感じられる投稿者、つまりは「ネトウヨ」に類する者らの正体は、それこそが、日本人よりも、日本の周辺を取り巻く位置に存在する国家間トラブルを抱えている国々の人たちなのかも しれないな、と。
要するに、
日本人自身よりも、よっぽど、「日本が戦争できるようになってくれる」ことを熱望している外国人たちが いるような、そんな感じの人たち。
さて、『産経』系サイトで、旧ブログを続けていた頃、
ある女性記者が、当時の『アフガニスタン』に入国し、『カブール』へ取材に赴いたときのエッセイふうの記事を目にして、私は、自分のブログにて、
『カブールでブルカを かぶる』
てな題名のエントリーをアップしたことを憶えている(苦笑)
くだんの記者さんは、現地の衣料店に入り、まずは「ブルカ」を購入しておこうと、その旨を告げたところ、とたんに、お店の人のみならず、他の買物客など、たまたま居合わせた女性たちが集まってきて、記者本人の代わりに、寄ってたかって品定めを開始し、これが良いでしょとか、いやいや、そっちのほうが似合うんじゃないのとか、それは それは賑やかな ひとときとなった ようすを述べていた内容を、今でも、おぼろに思い出せる。
その女性たちは、どうなっていることやら。。。
われわれ女性一般の日常の暮らしや生活感情は、基本的には共通性が高く、それゆえ、どこの国の、どんな民族の、どの宗教の信徒であろうと、理解や共感性も高いのだと思う。
世界的に勢力を大きく広げた宗教は特に、その創始者は、たいがいが男性だ。
宗教も男性も、「安全と安心、平和のために」と、『オリンピック』みたいな理由を付けて、戦争を引き起こしてきた。
まずは、なぜか、女性への抑圧や凌辱から始められる。
あらかじめ欠けていて、継ぎ足し不可能。
安定への憧憬と盤石を求めて彷徨、
埋められぬ飢餓感と募る不安と支配欲、
メカニズムへの傾倒と飽くなき窃視、
システム構築に夢中となり、
破壊を繰り返し、
ふりだしに戻る。
近頃の私は、
国家であれ個人レベルであれ、「劣等意識」と「俗物根性」をガッツリ抱え込んだ者に、何らかの権力を持たせたひには、いずれ、ドえらいことになって、巻き添え食わされることになるんだなあと、つくづく実感するようになった。
2021.08.19 (Thu)
『『アフガニスタン』――「失敗」の原因』の続き。
私が学生時分、日本の政治路線を批判する定番道具の如く、よく使われていたらしいコトバの一つが、「八方美人外交」なるコトバだったのを憶えているけれど、やはり、「平和外交」自体は正しい方針なのだと思う。
しかしながら、
そこに商売っ気、下心や不純さが あっては、いずれのときにか、手痛いシッペ返しを味わうことになる。まさに、いまの『中国』の ようすを見れば分かるだろう。
いわゆる「ひも付き外交=商売外交」は、本当の「平和外交」たり得ない。
中国も、もともと、日本なんか以上に、「商売」好きな気質や国柄らしいのだが、
日本が そうであったように、「商売外交」は、いずれ見透かされて、感謝など されなくなる日が来ることを知っているはずだ。
現に、日本による援助を、肝心の現地住民が迷惑がっているケースも ままあるという。
実際には、役に立たずだったり、中途半端に打ち捨てられて終わっているからだと。
アフガニスタンについても、同様のことが言えや しまいか。
その地の伝統的思想や価値観が どのようなものであろうと、
過去の夥しい悲劇を くぐり抜けて誕生した、現代の知性による、普遍的哲学的価値観が、それらに凌駕される程度のものでしかないなどということが あろうか。
「法治国家」「民主国家」「近代国家」間の友好な仲間を増やしたいならば、
それこそは最も効果的な「防衛」に資するものとして、自他ともに、庶民国民の知性レベルを上げていく手助けを するに かぎる。
ここを厭う国家は、すなわち、近代国家の仲間では ないと知れる。
何度も言ってきたが、
知性とは、「要領」のことでも、「優等生」のことでも ない。
自国と他国とを問わず、権力者の思惑や欺瞞を見抜けない民衆のままでは、あやまちは何度でも繰り返される。
いまの日本も、その入り口に差しかかろうとしている。
「反知性」こそは、国家防衛から、最も遠い。
しかし、「ヤフゴミん」の自分棚上げ方式、今回も満開だ。
やれ、「アジア圏に おいて儲けようとするのなら」、あるいは、「アジアの諸国家や国民をコントロールするには」、やらされ感を持たせてはダメなんだよ、みたいな、訳知り気取りのコメントも散見されたが、
あのね、
他国に対して、後出しダメ出しする前に、ちょっと思い出しましょうよ。
それって、ほんの70数年前の日本こそが、大々的に やったことですがな(嗤)
「現人神」さまブラさげて、「国家神道」押しつけて。
あとから、この列島に乗り込んで来た当初は、
キョロキョロしながら、先住民めーっけ!
「ねえーねえー、われに、まつろふてちょ?」
とか??話しかけてw
最初のうちは遠慮がちに要求してみたんでしょうねww
それが、いつの間にやら今度は「欧米列強」の真似しゴンべ。
アジア各国へ、カツアゲ用のカゴとスコップ持ち、ドカドカと乗り込んで行き、
「おいコラー!おらおら~!われにこそは、まつろふへしよ!!」
とかナントカ?完全に図太く ひらきなおってて、問答無用で強要するに至ったとwww
そして、自国の女性たちには、選挙権も なかった。
たった70数年前までの日本だ。
なーにを「薩長時代」だの、あげくは「室町時代」にまで遡って、あれこれ珍説たれてんだか(嗤(嗤)
ほんとに、どうしようもなく軽薄でバカな連中だ、「ヤフゴミ捨て場」を徘徊する『日本会議=自民党=腐餌・惨軽』の回し者ら。
いまさら、まさか、
「現人神」の屁に死なめ、
女の選挙権なくせ、
そういふ時代に戻らばやと願って言いたい者とか、おるのかぁ?
もう一度、確認してみよう。
『ターリバン』側が、再び台頭し、政府側が、脆くも敗れ去った原因。
それは、「腐敗」だった。
長年に わたる、あらゆる腐敗が見逃され続けて、政府側の兵士も含めた国民・民衆は惑い続け、自律も やる気も失っていった。
それって、ただ今の日本でも同じことが起きてるじゃないのかい。
日本の場合は、見た感じ「緩慢なる」が付いてるけれど。
その水面下では、じつは急激に進行していってるかもしれないのだが、一般の庶民国民には見えづらい。
しかも、繰り返されてくると、「緊急事態宣言」と同様、腐敗にすらも慣れてしまう。
だから、
「ヤフゴミん」らの執拗な主張、
「日本も他人事では ない」のだから「核兵器と軍隊を!」
というのは、
もはや甚だしき時代錯誤にして、直視すべきマトをスッカーと外しております。
まあ、わざとか(嗤)
何よりも、無理なのですよ、この国では。
アメリカのことも、根本的な原因の一つでは あろう、その理由は先述した。
それより何より、
見逃され続けていた初歩的な管理ミスが、大災害が やって来たと同時に暴かれ、原発を爆発させてしまったよね。
「健忘症」か「三歩あるけば鳥アタマ」か知らんけど、もう忘却の彼方なのかい、『自民党』と『日本会議』のシンパ、手下さんがたは(嗤)いくらなんでも、早過ぎるわよ(嗤(嗤)
「憲法」がジャマして云々じゃないの。それ以前のレベルなの。
この国土条件ね。
特に近年は毎年の、
そして、これからも増えていくのであろう「激甚災害」そこへ加えて「新型コロナ」。
『自民党』と、その政権、御用官僚らは、
いかにして「消費税」アップ強行するか、
しかも、アップした分、福祉なんどは、よりいっそうの削減、
これでも、シモジモ国民に文句を言わせず、
『自民党』政権を永遠に維持するべく、
「政府のせいでは ないぞよ」と唱え、
「自助を」と唱え、
「自己責任が足りないのじゃよ」と躾ける。
これらを、骨の髄までも、どうやって叩き込むか。
それくらいしか、シモジモ国民について考えてることは、ない。
古今東西、軍備や軍事にリキ入れると、
その分、確実に、庶民国民の生活は苦しくなる。
やがては、国家全体が貧しくなる。
そんな国、あちこちに あるよな。
たいがいは、思い上がりとウラハラな怯えを抱えた国ゆえに。
そして また、
経済も軍事も つつましくして、それでも なお平和に暮らしていけてる国も少なからず存在することを、先日も指摘しておいた。
一部の者だけがガバガバむだに儲けた分、庶民のサイフが縮んで小さくなったら、やがては、国家全体、「みんなでビンボー!」になるんだよ。
こんな基本のこと、まだ、わからんのか?
そもそも、「プロテスタンティズム」の歴史も ない、「資本主義」とは何ぞやも知らないままだったでしょ、この国は。
そういう歴史を持っている国とは、根本からの思想も、ありようも異なる。そのこと自体も、これまた知らないのが大多数だから、カン違いしたままの日本。
【続く】
2021.08.19 (Thu)
この20年、『アメリカ』が支えていた『ガニ政権』が、あえなく倒れ、
代わって、あの『ターリバン』が、『アフガニスタン』を再び掌握することを、いともアッサリ許してしまったという。
この不可解な経緯にザッと目を通してみたのは、多くの日本国民が そうであろうように、私自身も、この方面のことには疎いままだったからに他ならないゆえだが、
ただ、中村 哲医師が暗殺されたときにも、非常に不可解に思い、
あちらの複雑な権力闘争に巻き込まれ、そこに、ガニ大統領側の思惑と軽率な行動、すなわち、中村医師の「叙勲」や、
また、日本側の団体『JICA』もが絡んでいたということを知って、
そのときにアップしたエントリーが ある。
今回も、大まかに知ったところで、真っ先に怪訝を感じたのは、これほどの恐怖と反発、怒りを あらわにしている『アフガニスタン』民衆の ようすにも かかわらず、なぜ、『ターリバン』側の人員勢力が伸び続けてきていたのか?という、矛盾への疑問からだ。
おそらく、そこに、この経緯の鍵を握る、根本の本質が潜んでいるのでは なかろうかと思ったわけだが、
その点は、
ひとえに「腐敗」というキーワードによって、いちおう、腑に落ちた。
そのあたりのことについては、まずは、この記事が、簡潔明快で分かりやすく役立ってくれた。
しかし、『時事』も、さすがの『BBC』に頼ってるのねw
『アフガン政府軍、なぜ弱かった? 米など9兆円支援、役に立たず』8/16(月) 20:35配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/c8e2efb37a58fa4c9e8bf1aa619a58ade21ae0ae
…
『アメリカ』の超莫大な支援を受けて有利な、当然、「数では圧倒していた(はずの)政府軍」というのも、表面だけを見てたら、真相に目が届くことは ないということの典型例だ。
日本も、アメリカには比ぶべくも なく、1兆円規模にも届かないけれど、数千億円と、それなりに多額の援助資金を出してきており、
たとえば、アフガニスタンの警察官の約半数に あたる人数分の給与に相当する額だったとかいう話も ある。
さて、その実態は、
ご多分に漏れず、ありがち、というのか、あまりに典型的な汚職や水増し不正が水面下で横行していたせいで、
すでに「政府軍」は、はるかに劣勢だったはずの『ターリバン』側と、ほぼ互角レベルにまで落ちきっていたものらしい。
また、政府軍兵士たちの配備にも、かの地 特有の部族関係に対応した考慮が足りなかった影響で、全体の「士気」を下げてしまい、結果として、効果をシッカリと引き出せなかったようだという。
今回、バイデン大統領が、そうした情勢を知りながら、宣言どおりに、米軍撤退作業を粛々と進めてきていたという、どこか突き放したような冷たさを感じさせるのも、そのことが分かっていたからこそ、なのかもしれないが、
とは言え、中途半端な人助けや援助ほど、始末の悪いものは ない、とも言われる。
あのような情勢のなかでは、「撤退宣言」自体も、当分は伏せておくべきだったと思う。
それにしても、あの『9.11――同時多発テロ』が勃発し、これの首謀者と見做された『アル カーイダ』のオサマ・ビン・ラーディンを、やっと、抹殺したからと言って、それが、すでに「成功」しているからとの理由で、
「所期の目的は果たし終えている」として済ませられるほど甘くは なかろうに、ということくらいは、日本の一庶民すら危惧するところだ。
すなわち、『ターリバン』が、しぶとくも、めんめんと続いてきたように、
ビン・ラーディンの後継者は続き、ここに、仕切り直しの位置に立つことが できた彼らは、想像するのも厭わしいことだが、『9.11』のようなテロ攻撃を、もしや再び起こす恐れが ない、とは言え切れないであろうことをだ。
そのときが、ほんとうに、アメリカの政権危機となるに違いなく、
それを考えると、
バイデン大統領も、撤退開始を、当面は見合わせるという方向転換が できなかったかと思う。
さしあたっては、抑圧や迫害を懸念されている人々、女性や子どもたちを優先に、特にアメリカは、可能なかぎりの人数を受け入れて、亡命や難民として引き受ける処置を大至急、開始することでしか、この深い失望と憤りを軽減することは できまい。
ただ、「アメリカン リベラル」とでも言うのか、バイデン氏の持つ考え自体は、基本的、理念的には尤もなことであるようにも思える。
要するに、資金は出しても、一から立ち上げる「国づくり」や国内整備に あたっては、あくまでも、その国や地域の国民・民衆の主体性に任せるべきという理念については、真っ向から批判しにくいものが ある。
それは、日常的な子どもへの教育(≒強制)の ありかたと共通する問題も孕んでいるであろうことで、
「主体性に任せる」というのは、実は、たいへん難しい側面を持っているものだ。
これまでに、アメリカ側が費やしてきた、あまりに巨額の税金、兵士たち含めた国民の生命を犠牲にしてきた重さを考えれば、無理もないことかとも思う。
だが、アメリカ側には、『9.11テロ』という、凄まじい被害を被ったゆえの、やむに やまれぬ動機が あるにせよ、
アフガニスタン側も、トップ要人から、平凡な市民に至るまで、この20年の あいだには、吐き出しきれないまま募る不満を抱えていたらしい。
民衆のなかには、この20年もの あいだを、アメリカの軍隊が、いわば「占領」している状態だったにも かかわらず、なにも良くならなかった、という不満を述べている人も いるそうだが、このへんに、アメリカとアフガニスタン双方の考え違いや主体性の薄さが見えるように思う。
往々にして、
「理念」に拘り、一見は筋の通った「りくつ」先行するタイプの人は、
そのためのタイミングを大きく誤ったり、短気の あまり、それを無視して、ひらきなおってしまうことさえ ある。
逆の場合を言うなら、
ただ、むやみと「機を見るに敏」だけ、それだけを自負し自慢して、そこに利己を離れた「理念」も「理想」も欠けている人物など、そのカラッポさは滑稽なほどで、およそ まともな話にも なり得ないことは、これも当然だ。
「終わった人」トランプさんが、こちらも仲良く歩を揃えるように終わったアベシみたくに、ここぞとばかり、沈んでいた泥沼のなかからザッバーーーと浮上してきて、バイデン攻撃ネタみーっけ!!とハシャいでいるらしいが、まったく、どの口で言うとるのだろうか(呆)
トランプさん、黙らっしゃい!!![]()
おたくの出られる幕じゃないでしょうが。
いまだに「ヤフゴミ捨て場」でウロついてる「トランプ信者(あべポチ、ネトウヨ)」にもクギ刺しておくが、
もしも、いまでもトランプ政権だったら、もっと早期に、もっと酷いことになってたんじゃないのかね?
それと、
これも、「ヤフゴミん」の軽薄さで、
毎度のように、「日本も核兵器と軍隊を♪」とハシャいでいるが、
先日の過去エントリーでも指摘したように、もはや、以前までの、通常の やりかたでは、「戦争」というものに勝てない時代に入ってきているのが現実で、そのことは、「疲弊した警察官アメリカ」の姿を見たら、よく分かるはず。
決して使えは しない核兵器。
ひたすら消耗していく兵力。
いちおう「勝者」となった『ターリバン』側にしても、「勝利」の美酒で、気が大きくなっているのか、いやに耳ざわりの良いことを述べているそうだが、
その「原理主義」に溺れる心理、意固地な「視野狭窄」ぶりを、主体的に省みることが できるのだろうか。
あるいは、国際的孤立は、もとより覚悟の上という本音を隠しているか。
「疲れてしまったアメリカ」は、日本のような、聞き分けの良い、従順にして「思いやり」ある国以外は、すべて、手を引きたいと願うのだろう。
ただ、第一には、やはり、国益しだい。
まさに、日本という国が そうであるように、アメリカにとっては、戦略上の必要性が大きく、メリットが見込めると踏んでいる対象である かぎりは、やはり、手離さないだろう。
それに、
かつての「枢軸国」の一員たる日本に対する疑心や警戒を、完全に解消しては いないだろう。なにしろ、「精神年齢12、3歳のクレイジー国」だものw
おとなしく良い子にしているなら、ヨシヨシと頭を撫でても やろうが、同時に、しっかりと眼を光らせていて、ヘンな方向へ走り出そうものなら、たちまち、首に繋いだ紐をピーンと引っ張り、ご主人様の足もとに戻すつもりだろうww
いま、国内で、過敏なほどに、かつ、定型的なまでに『中国』が『ロシア』が、そして『北朝鮮』も、という恐れの位置は、なにしろ「戦時中」であり、「徴兵制」を敷いている現実を持つ『韓国』のほうが、
いろんな意味で「妄想」が混じりがちな、かつての加害国であった日本の国民以上に、
切実な立場であろうし、それだけに、倦まず弛まずの ていで、「日本がー」を元気よく繰り返す ようすも、国民の視線や国内の向きを一定方向に集めて、全体の「士気」や「共有」や「団結」感を醸成するためには、最も利用し易いという、よくある政治的コントロール手段の一つに過ぎず、『韓国』にとっても、日本を本気で「敵」に回したい相手であろうはずもない。
だいいち、アメリカ自身が何度も、「仲の良くない兄弟のケンカ」を諌めるかのように あしらってきた。
韓国側と最も繋がっているのは『自民党』なのだから、その点でも安心しているのだろうw
もっとも、
「両国とも、それぞれ、いちばんに仲の良い相手は、自国アメリカであるべき」と考えてもいるのだろうがww
【続く】
2021.08.15 (Sun)
『『五輪』オマケの小考察』の続き。
ところで、
このエントリー下書き段階では、本題としていたのは、
『ベラルーシ』の陸上選手が、『ポーランド』あたりへ亡命申請、とかいう騒ぎが あったようだけど、
当該選手の出国手続き等の担当や付き添いのために同行した日本側の女性たちを、ニュース映像で見比べて思ったこと、だったのだ。
なにしろ、情況が情況なので、『ベラルーシ』選手側には終始、おせじにも、愛想の良い表情は見られなかったし、全体に、とるものも とりあえずという感じのラフな身なり、大荷物を抱えて、むっつりした感じだった。
対して、
彼女の出国手続きなどに応じたり、付き添ったりしていた担当の日本側女性たちは、さすがに「キャリア ウーマン」といった雰囲気に満ちて、とても落ち着きある態度、かつ、それに見合った上品な身なりなどで、全体に端正かつ、そつのない服装ならびに物腰で、いかにも、という印象。
私が以前に住んでいたマンションでは、
むかしは「スチュワーデス」と呼んでいたが、いまでは「客室乗務員」や「フライト アテンダント」とか「キャビン アテンダント」と呼ばれる職業の女性が多く入居していたらしく、ベランダから通りを眺めていると、ときおり、旅行用キャリーカートを引きながら溌剌と帰宅してくる姿を見かけたりした。
髪形は、小さなシニヨン、スカーフを首に巻いた、あの、いかにもな制服姿に黒のパンプスで颯爽と歩いているから、すぐに、それと分かったものだった。
でも、私が、そのマンションに入居して間もない頃のこと、
アルコールを主成分としたシートを使って、わりと長時間に わたる掃除を していた最中、玄関のチャイムが頻りに鳴っていることに気づいて(と言っても、私の場合、聴障なので、ランプの点灯で見分けるしかない)、慌てて玄関ドアを開けると、若い女性の二人連れが、顔を並べて立っていて、
「ガス漏れの警報音がね、さっきから、すごく鳴ってますよ~?」
と、苦笑しながら教えてくれたことが あった。
私には聞こえない種類の音だったから、言われるまで、全く気づかなかったのよね。ガスそのものを使ってたわけでもないのに、アルコールにも敏感に反応するなんて知らなかったから。
ただ、
やはり、不特定多数の乗客の世話を、こまやかに行うサービス職種だけあってか、普通なら、「やかましい!!」と怒鳴り込まれても しょうがない状態だったろうにも かかわらず、心配そうながらも、あくまで にこやかな表情で注意してくれた。
で、
寒い時季だったせいか、その女性たちは、「綿入れ袢纏」みたいなものを羽織った、素朴きわまる普段着で、化粧っ気もない全くのスッピンだったから、彼女たちが、あの華やかさに満ちた「フライト アテンダント」だなんて雰囲気は微塵も なかった(苦笑)
こういう点は、私の知人で、モデルの仕事を していた女性も そうだったなあ(笑)
ステージ用のメーキャップした顔と、ふだん、そばで見る顔の差がねーw
「ワタシやで、ワタシ。今日はなあ、ショウの仕事帰りやねん。、近くまで通りかかったから、ついでに寄ってみたんやけど、ほらっ、差し入れ!」
と言われるまで、本人とは気づかないくらい、凄まじい化け方でしたわww
さっそく、いただいた差し入れの お相伴に あずかり、口いっぱいに頬張っていると、
「ほれほれ、こぼさんように食べぇやw」
と、大阪弁まる出しにダメ出し。
当時、彼女と つきあってた男性も言ってたには、
「デートで待ち合わせしてたらな、向こうのほうから、おおっ!?すんげえ美人が歩いてくる!!と思ったら、すぐ そばまで来て、アイツやんか、と分かったとたん、なーんやオマエか、って言うてまうねんw」
と苦笑していた。
あ、もちろん、地の顔だちも、ととのっているよ。間違いなく美人さんですよ。それも、すごく背が高い、学生時代は、バレーボールやってたという「体育会系」で、ふつうに しゃべったら「サバサバ系」というのか、ガサツと言ったほうが近いかwまーったく、色気が ない!ww
まあ、モデルさんにも、いろいろなタイプが いるけどね。
でも、やっぱり、背が高いだけあって、バレーボールとかバスケやってたという、いわゆる「体育会系」は多いようだ。
じつは、ああいう業界の お仕事って、一種の「肉体労働」だけあって、男っぽい性格の人のほうが、適性が あるのよね。女優さんも、なかみは男性的という話を多々聞くし、「見かけによらず」という点では、クラシック バレエ ダンサーとも共通している世界だと思う。
先述した『オリンピック』陸上選手が そうであったように、白人女性の多くは、たとえ、よれよれにクタビレたジャージやスエットを着ていても、それなりにカッコよくキマッテいるように見えるのだが、
概ねの日本人は、やっぱり、全体に地味なんだなー。
やはり、きちんとした身なりや、特に女性は愛想で勝負みたいな傾向は否めないかなと思ったわけ。
かつての職場で、コピーライターとして配属された部署の先輩で、デザイナー(グラフィック)を やってた男性の同僚が、自社発行のカタログに掲載する商品撮影で起用するモデルを、いつも白人ばかり使って、日本人のモデルさんは、決して、使おうとしなかったのを思い出した。
その理由は、やはり、日本人は(と言うか、アジア系も含めてかな?)どうしても地味で、商品が映えにくい、その点、白人のモデルは、新人レベルでさえ、華やかさが あるからと言ってた。
ま、終了後もスッタモンダが尾を引き続ける『東京オリンピック2020』だったが、
みずから一大「悪役」を つとめてくれたのか、あるいは、ほぼ総スカン状態の首相を戴く『自民党』政府に、体よく、つとめさせられたのだか、そこは知らぬ気な『IOC』会長バッハさんの、そのオツムのなかは、いとも早々と、次のカネづる、可愛い『ペキン』ちゃんのことで いっぱいだったみたいよねw日本人と中国人を間違えるほどにww
をいをい、「中国人」と間違えられたんですぜ?w
なぜか、これについての「ウヨ」「ネトウヨ」どもの怒りの声が、いつになく弱いようなのがフシギだわ~ww
日本は、おそらく、もう二度と、お目もじすることもないでしょう。
次の お相手、『ペキン』嬢との、楽しくて豪華なハネムーンに、行ってらっしゃいませ~。
Auf Wiedersehen,Herr Bach!
もう、二度と いらない!特権層と上級国民のためでしかなかった『オリンピック』。
最後の最後まで、分断のためのオリンピックだった。
Auf Wiedersehen,Olympisch!!
2021.08.13 (Fri)
『【続・続】トイレと、『NHK』みたいになっちゃった『オリンピック』w』の続き。
しかし まあ~『札幌』だったっけ、マラソン競技。
朝も早よから、この暑いのに、ほんと、ものずき。
しかも、押しかけた人だかりで、見たいもの見えるのか?
どう考えても、単に、人だかり そのものが好きなんだなとしか思えないw
私なんか、クッソ暑いなかを、人ごみのなかへ出かける想像しただけでウンザリだけどねえ。
思うに、「自宅でテレビ観戦を」と頻りに勧める政府や行政側からして、国民・市民の「コロナ感染」のことを本気で心配しているのでは なさそうだな、と。
考えてみれば、「お願い」も「ルール」も そこのけで、「はい、ゴメンナサイよ~」とばかり、ワッサワッサ押しかけてくるアホまる出し観衆の規制とかユルユルのまんまなんだから、とうてい本気では やってなかったみたいだ。ただ ただ、口先で、ご遠慮を~ご遠慮を~、と、壊れた何かみたいに繰り返してるだけらしい。
「政府は悪くない」「自分の身は自分で」というパターンのコメントが並んでいるのを見るにつけても、これもまたウンザリする。
だって、「自助!」「自己責任!」これが、国民に対する『自民党』政府のスローガンだもの、このうえなく都合の良いコメントじゃないか。
感染が蔓延しても、医療逼迫などを、本当のところは、それほど心配しなくて いいのであれば(どうしても、そう見えるよ)、さっさと解除すれば どうなの?と思っちゃうけどねえ。
もう、わけワカラン、この国の政府も国民も。
で、今回の『五輪』に対する国民大衆の「手のひら返し」についてはですね、
強いて喩えてみれば、
子どもが結婚したいと連れて来た相手が、気に入らない。まだ早すぎるぞ!と猛反対、ついには勘当まで したにも かかわらず、ある日のこと、連れて来られた初孫の顔を見たとたん、やっぱり可愛いなあ、あかんぼに罪は ないと、なんとなく、勘当も解き、仲直りした。
だが、
子どもの結婚相手だけは、いまだに、やっぱり、気に入らない、許せない。
…みたいな感じに少し近いかな?w
ましてや、
明確な論理や批判精神なんぞは持たないまま、単に、「まだ早い」という感覚のみで、いちおう「反対」を唱える側に まわっていただけの人なら、もともと、むずかしいことなんか考えないタチだろうから、いわく「手のひら返し」クルクルも早いはずで、彼ら自身、自覚も、忸怩たる意識も希薄だと思う。その程度だから、最初からね。
ちなみに、
私自身は、いま現在も、今回の『五輪』は、ほぼ一切、観てないままですわ。
せいぜい、『コロナ ウィルス』の蔓延状況と『五輪』の状況が かかわってくるかもしれない場合のニュース記事くらいだった。
まあ、もともと、『オリンピック』に対し、さほど関心は持ったこと なかったのだし、
日常生活のなかでも、いわゆる「体育会系」タイプの人を、どちらかと言うと苦手と感じることも、多少は あったので、
むしろ、『五輪』の裏側が、性的な放埓さ剥き出しのケダモノの如き世界という実態を知って、それまでにも、ちらほら噂のように聞いたことのあるスキャンダルは事実だったんだなぁ、と呆れてしまったせいか、選手たちについても、かつてないほどの幻滅を覚えた。
だからと言って、
『五輪』開催を反対していても、各選手の妙技を鑑賞し、応援することがイコールで「矛盾」だとまでは、私も思わない。
それは それ、これは これ、という考えかたも あるだろうから。
どのような理由からでも、特定の選手を誹謗中傷する連中の感覚は全くもって、理解の外だが、
ただ、私個人は、
「アスリートに罪は ない」とは必ずしも思えないようになった。
やっぱり、アスリートの本性はエゴイスト、ってことは、つくづく思った。
たとえば、
内村航平選手は、私も、好きな選手の一人だったから、ほんとうに思いがけなく失敗したことは、残念に思ったし、本人自身が、いちばん悔しく、つらいだろうと察しているし、今回の出場機会を奪った かたちになっている後輩に対して、済まないという心情も理解できる。
でも、彼の発言、「ぼくが見せてあげられる夢は ここまで」とかいうのは、なんだか とても痛ましい感じが して、そんなふうに思う必要なんか ないだろうに、いったい誰に対して、「見せてあげられる夢」などと言うんだろうか?と訝しく思った。
少なくとも自分の身近を取り巻く人たちに対しては、いっしょうけんめい、恩に着て、期待に応えもしなければならないと、しごく素直で、義理堅いんだなあと思ったけれど、
たとえば、20歳代の若さで、日常から鍛えぬかれているはずのオリンピック選手でも、自国人でありながら、この酷暑は堪えたんだなと、感心するやらホッと胸を撫で下ろしたやら、というのは、重度の「熱中症」になってしまった、マラソンの男性選手ね。
たしかテニスの外国人選手も、熱中症で倒れた、って報じられていたよね。
急死しても不思議じゃないところだったでしょうに。
もしも最悪の場合、そんなことになったら、
「呪われたオリンピック」の生贄さながらな死者が出たー!!という悲劇で大騒ぎになるところだったでないか?
スポーツって、死を賭しても やるもんなの?と思った。
なんか、どこかが おかしい。
「コロナ禍」は、「戦時中」に喩えられることも多いように見受けるけれど、
戦時と言えば、敗戦後の日本人について、アメリカさんが評したっけ?
「日本人の精神年齢は12、3歳」だと。
結局、現代の日本人も、さほど変わってないんだなあという気が する。
以前のエントリーでも言ったけど、
まあ私個人は、自分の親にも国にも、この国の人々にも、違和感が拭えないままのところが ずっと あるので、そりゃあ、「浮いてる」だろうし、私から見たら、「ヘンなの」と思えても、他の人たちから見れば、ほとんどの人は、私こそが「ヘンな人!」なんだろうね(苦笑)べつにイイけどねw
若い頃は、障碍から来る焦りも あって、なんとか「普通」の人に ならなければ、他の人たちと同化しないと いけない、みたいな感覚が つよくて、必死だった頃も あるけど、いまでは、「ヘンだと感じざるを得ない人たちと同化したいと願うほうが、よっぽど、どうかしとる」と、ひらきなおってます、はいw
気持ちがラクになりましたわ、いや、マジで(苦笑)
私は、そんな過去事情も あるから、いつしか、身近な周辺の人たちと、特に政治関係とかも個人的なことも含めて、相手を選び、必要性を考えてからでしか、踏み込んだ話は、まず しなくなった。
何の話題で あっても、先方から話しかけられたなら、まずは当たり障りなく、そこそこ愛想よく、受け流すようになっちゃったけど。
「勇気や感動」を もらった覚えもないのだから、感謝しなければ ならない筋合も おまへんがなw
それよりも、「視聴率が高い!」と言ったって、そりゃ欺瞞でしょ。
実際には、『五輪』に大賛成でもなければ猛反対でもない、最も多数層であろう人々が、テレビでもネットでも、『五輪』五輪の記事や番組だらけで、たしかに大きな話題には違いないのだから、なんとなく見始めた、というのが実際のところだろうに。
私個人的には、『五輪』(持ち上げ)記事ばかりがズラーーーっと並んだ『ヤフー ニュース』欄を見て、呆気にとられた。
連日これじゃ、他のニュースが埋没しちゃって、情報が偏ってしまうじゃないかと、ついには、マジで腹が立ったけどね。
ま、個人的には、もともと、『オリンピック』も『天皇即位』といった「国家的」イベントにも、あまり関心が ないので、「祝祭」とやらにウキウキ♪も熱狂も しませんw
それどころか、
いわゆる「アウェー」に加えて、これだけ不利な条件、煩いルールを強いられた外国人選手から見て、どんな気持ちが するだろうかと、主催国である日本の異様なほどの「金メダル」ラッシュには、少々不自然さや危惧さえも感じた。
莫大な負債を抱えてまで開催してやって、
そのうえ、「感動代金」まで要求されたら、ふざけんな!
だわなw
それでもって、橋本聖子さんみたいに、『自民党』の議員になった、てな典型的なタイプは、はっきり言わせてもらうが、キライですわw
いつぞやの夜、
「コロナ禍」のなかで、政治屋さんらが、会合だパーチ―だと、陰で大いに やってたのがバレて顰蹙を買ってた さなかに、彼女も、高級店で会合してたところを突撃されたら、しゃあしゃあと ひらきなおってたからね、
あれで、いっぺんに、キライになったよww
そして、「政治批判」はね、「憂さ晴らし」のツールでも何でもなく、国民としての権利であり、必要なことだから続けている、それだけです。
選挙の投票をメンドクサがって行かない者も大きな問題だけど、
税金で雇われて、仕事に ありつかせてもらってるからなのか、『自民党』を責めるな叩くなと、このところは、ますます煩く喚き散らしているシンパども。
こういう連中こそが、選挙投票には真面目にと言うよりも、利害が絡んでるから、毎回、ぜったいに行くんだろうけど?w
こやつら見てたら、つくづくと、政府を甘やかす信者の、タチの悪さのほうが、棄権以上に困ったことかも、と思う。
先ほど言ったように、
私は、かえって、実際に対面で話す相手ほど、ほぼ何事もサラッと流すような受け答えしか しない傾向になったから、若い頃よりも、いまのほうが、争ったりトラブったりは、日常では、ほぼ なくなったけど、
『ヤフー コメント欄(=「ヤフゴミ捨て場」』の、特に政治や社会情勢関係にタムロしている常連「ヤフゴミん」らを見てるかぎり、まじで、日本人がキライになりそうw
なぜ、アタマも性格も発言内容も一直線に揃って、あまりにも低劣・愚劣なんだろうか。
日本の社会って、こんなにもバカが多かったか?
近年の日本全体の劣化・沈滞ぶりを見るにつけても、
この国の政治、この国の人たちって、ここまで非論理的で感情むき出しだから?と、わが目を疑いたくなるくらいだ。
間違いなく、『自民党』の手先が跋扈するための舞台を提供し続けている『ヤフージャパン』は罪深いぞ。
いまにバチが当たることだろう!![]()
【このあとは、オマケの考察】