2024.08.08 (Thu)
目下、『フランス』で開催中の『オリンピック』だが、
私は、いつも、ほとんど興味が なく、関連記事も、ほぼ一切、読んでいないのだが、
ただ、『性未分化』という疾患?障碍?この問題が、よりによって、最も男性的な競技の一つである「ボクシング」の競技で、しかも、出場している女性選手のなかに おいて勃発したという話題を知り、かなり驚いた。
そう言えば、
昨今の「性自認」や「同性愛」などといった話題の盛り上がりにつれて、当ブログの過去エントリーでも述べたことが あった。
故 遠藤周作氏の、軽妙なエッセイのなかに、
ふつうに女性として生まれ、そのまま女性として、ふつうに結婚したヨメさんが、じつは、潜在的には男性である場合も存在する、その見分け方の一つに、肛門の周囲に触れたら、なんだか固いものが感じられるということが ある、それに対し、ほんとうに女性であれば、肛門の周囲は、なんとなく陥没する柔らかさが あるものだ、というふうな、そういう くだりが あったのを憶えている、と。
かの「性未分化」女性選手の出場を全面的に支持、擁護するスタンスの人たちが主張するところの、
染色体だとか、直接の性器部分は勿論のこと、卵巣あるいは精巣などの生殖器、いろいろな判別要素の どれかを取りあげて決定することは できないのだということは、
たしかに、
「性別の分かれ目」も、「スペクトラム(連続体)」のように、一つながりのものであるから、単純に、どこから女性、ここから男性、というふうには いかないのだろう。
しかしながら、
各々の性別を分ける様々な要素の全てが、一つ残らず揃っている人は、どれほど存在しているものだろうか。一般的な範疇の男性ならびに女性の場合に おいてさえもだ。
あくまでも「外側から見えた」範囲で、シロウトの眼で、女児と判断されただけ、
以降、「女性として生まれたものと扱われ、女性として生きてきた」からという、
それだけで女性ということにするのは、いわゆる「性自認」、あくまでも本人が、自分の性別を決めることが できる、したがって、本人が自分で決めた性別について、他者がツベコベ言う資格は ない!として退けてしまうのなら、
実際には男性として、または、女性として生まれたけれど、本人としては、もとの性、戸籍上の性別に、どうしても違和感を拭えないまま生きてきたゆえに、
「自分で納得できる、違和感のない性別に適合させる手術を受けた」
というケースと、根本は共通しているのじゃないかと思える。
私なんかは、過去エントリーでも述べたように、
ある日の朝、起きてみたら、なぜか男性になっていたとして、もちろん、最初のうちは、ひどく困惑するに決まっているが、さりとて、女性に戻る すべもなく、医学的な問題も起きておらず、生活上の支障さえカバーできておれば、日が経つに つれ、自然と、その状態に慣れていくような気が する、
要は、自分が女か男かについて、それほどには拘る気が薄いのだ。
ちなみに、私自身は、あくまでも外見については だけれどw少なくとも他者の誰からも、いたって女性的なタイプだと言われてきた。
そりゃそうだ、「生まれて7日目で、生理になってた」くらいだもの(苦笑)
それは ともかく、
もし、同性に恋愛感情を持ったとしても、実際、まあ全然、平気だしw
同性愛か異性愛か、それについても また、拘る気が薄いということ。
結局、性別が どうだろうと、
私は、このままの私でしかない、って感覚なのだ。
なので、
リスクの高い手術をも辞さず、いわゆる性転換せずには おれない!という人たちの激しい心境は、正直なところ、あまり、理解しきれていない。
加えて、
リスクを避けるため、手術はナシ、現状の肉体のままで、耐えられないほどの違和感も ないので、あくまでも気持ちの上だけの「性自認」を、分かってくれ!!と叫ぶ人の心情もだ。
さて、
くだんの「性未分化」なる「女性」選手の場合は、各方面からの話を聞くかぎりで、かなりの程度、男性に近いのが本当の ところで あり、
もっとハッキリしたケースでは、子宮は ないが、精巣は ある、というのなら、それは もう、外見上の性器に かかわらず、男性であると見做すべきが妥当だろう。
それらしく見えない性器の問題は、要するに、形成不全といったところか。
染色体の「X」から、太古に おける突然変異だか異常なのだか、部分欠損して「Y」になったと思しいのと同様、
そもそも、『キリスト教』などの お説とは真逆なのが、この世の現実で、女性がデフォルトなのであり、解剖学的に見ても、男性器は、女性器の突出的変形だろう。
それゆえに、
女性が基本なのだから、女性・女性性というものに対する好意的感覚が大きく、違和感も少ない傾向は、本能的で自然なことだと思う。
どちらかと言えば、男性のほうが、女性に変われたらという「原点回帰」とか憧れのような願望を持つ人のほうが多いくらいでは ないだろうか、
と思っていたのだけれど、
実際には、やはり、いまの性別のほうが慣れているわけだし、「この性ならでは」の醍醐味も楽しみもw双方に あるわけで。
こまごまとした制約や、やるべきことが煩瑣で、毎月の負担である生理や出産を受け持つ側の多くの女性が、男性に生まれ変わってみたいと思うのは、第一には、日常的な面で、いろいろとラクそうな感じも するからだろうが、
男性が、女性に変わってみたいと思うのは、単純な好奇心が最多に せよ、基本的には、意外と小心で保守的なタイプが多い男性は、いまの性別しか知らない、慣れた性別では あり、あきらかに、一般的男性特有の一大欲求が、ずばり、性欲なのであるから、これに執着しているということも あるのだろうw
くだんの、ボクシングの選手のケースは、いわゆる「トランス ジェンダー」問題とは関係ない、混同するな!と言っている側のほうが、敢えてのように混同していると思える。
実際、世のなかでは、それに乗じた犯罪すら起きているのだから、
ずばりと指摘するが、
この問題について、「女性として生まれたものと扱われ、女性として生きてきたから」それを最優先に尊重すべきだ、という、一見もっともらしい主張は、少なくとも、このようなケースでは、間違っていると思う。
なぜなら、
喫緊の問題は、あくまで「ふつう」の範疇の女性としての肉体を有している人にとって、現実的な危険性が高いゆえに。
最低限、このことは解決しなければ ならない。
ずばり、危険だからだ。
この危険のために、不公平な事態に甘んじなければ ならないのでは、やはり、歪な状態でしかない。
「男女平等」という、あくまで表面的なタテマエのために、では、男性と同等の力仕事などを、女性も やるべきだ、という主張が愚かなことは、誰だって分かるはず。
それこそ、男性に向かって、妊娠、出産を強要するのと同じ、無意味で愚かなことだ。
それと共通した問題を孕んでいる。
「気持ちは女性」でも、実際には、肉体的機能上、女性の範疇を大きく超えていることから生じる、生命の危険性レベルすら起きている場合、その危険を避けるため、チャレンジや参加を諦める側の不利、不公平は、どうしたら いいのか。
とりわけ攻撃性の高い競技の場合に、「本人の気持ち」だけで通してもよいのだろうか。
これは、無視できない現実だ。
「性未分化」女性、男性に ごく近い肉体機能を持つ側の擁護を敢えて貫きたい人たちは、ついに不幸な事故が起きる前に、「気持ちを尊重」だけの次元ではない解決策や理論構築を しておくべきだろう。
そのことが いよいよ明白になったのが、今回の『オリンピック』だ。
やはり、いろいろと、考えなおさなければ ならない、構築し直さなければ ならない面が出てきていると思う。
「重量挙げ」競技に おいても、もとは男性だった選手が、女性に転換し、女性用の競技に出て、やはり、問題視されていたようだし、
すでに、そういう「本人の気持ち」事例を認めてしまっている『IOC(国際オリンピック委員会)』は、引くに引けない状態に なってしまっているかのようにも見受ける。
いろいろと問題も多々になってしまった『オリンピック』そのものに関心が薄い私は、これからは必要ないものとして、いっそのこと廃止か、
発祥の地『ギリシャ』の専権イベントにでも してしまえば いいのにとか思っていたのだが、
今後も無理してでも、ずっと続けていくのであれば、特に男性的、好戦的な、攻撃性の つよい種目は、オリンピック競技から外すということも視野に入れるほうが いいのでは ないか。
それで、とくには差し支えもないだろう。
だって、たいがいは、どの競技にも、それぞれに専門の、最高レベルの大会というものが あるんでしょ?「世界選手権」とか「ワールド カップ」みたいな。
あるいは、『パラリンピック』の一分野に入れてしまうとか。
そうそう、
「自分は女性だと思って生きてきたのに、実は男性だと、そういう検査を受けて、そういう結果が出たなんてことを知られるのは嫌でしょう」
とか言って、「性未分化」選手の擁護を展開している人たちも いるようだが、
いや、
オリンピックを筆頭として、大きな公式大会に出場する場合には、何の医薬品を、いつ摂取したとか、「ドーピング」検査も厳しく行われるのだし、違反が発覚したら、それは、世界的に知らされるわけだし、
しかも、
それこそパラリンピックに出場するとなったら、「知られるのが嫌」も何もないじゃないですかw
私だって、黙っていたら知られずに済む障碍持ちだけど、いろんな方面で、余儀なく、思いっきり知られまくってるよ?ww
それは、敢えて知られておかないと、周囲にも迷惑だし、私自身、ともすれば危険だったり、困ることが多いからです。
そう言えば、
陸上競技で、現代の最先端技術を駆使した義足を利用している選手のほうが、いわゆる健常者の選手よりも有利なのでは ないかという逆転現象についての議論も あった。
さて置き、
私は、かねてから観察し、察していたのは、
出生時に持って生まれた性別、あるいは、単に、その肉体から もたらされる影響というものは、終生に渡り、無視できないほど大きくて、結局のところ、厳しい話だが、当の「本人の思い」とは全く関係ないのだ、ということ。
実際、
ふつうに男性として生きてきて、ふつうに結婚して、子どもの二、三人、ふつうに持ったのに、
奥さんですら「青天の霹靂」とショックを受けるくらい突如として、女性になるための手術や投薬を続けても、妻の眼は誤魔化せない、それは、子どもに対する態度や感覚に あるという。
長年、連れ添った妻から見れば、「女性になったはず」の夫の、子どもに対する態度は相変わらずで、もとのとおりの父親としてのものでしかなく、妻側の、母親としての それには及ばない、根本から感覚が異なるという、
そのことは、「女性になった」夫自身、素直に認めざるを得ない、ということだったが、
ま、そういう夫妻の実例も存在する。
つまり、もとは男性だったのであれば、どんなに手を尽くして女性化したつもりでも、やはり男性だなと思えるものだし、
もとが女性の場合に、どんなに男性化したつもりでも、やはり女性だなと思えるわけ。
それが、多くの場合の客観的現実。
むかし、
「欽ちゃんの」ナントカいう番組内のコントで、
「心が大事?そりゃいいわねえ」
「見えないもんね、心は」
てなセリフが、笑いを誘っていた場面を思い出した。
2024.08.04 (Sun)
『アメリカ』の大統領選に向け、カマラ・ハリス氏が、晴れての『民主党』代表候補となり、バイデン大統領の進退を めぐって内輪揉めの大揉めだったのが、いまや「挙党一致体制」そのものとなったようだ。
いまの調子以上に好調を保ち、トランプさんを追い抜き、大差を つけていくようにしなければ ならないね。少なくとも、ご老体よりはスタミナも あろうし、なんと言っても、彼女には、華が あるし。
そうして、
今後は、控えている討論会に向けての理論武装と政策論の説得力を強固にしなければ。
また、トランプ側の攻撃は、必ずや、ハリス氏の弱点を激しく突いてくることが明白に予想されるので、この防御策も まとめ上げておかなければ ならない。
もっとも、相変わらずなオゲレツふっかけの類は、同じ土俵に立つことなく、鼻先で せせら笑って、無視すれば よい。
まともに相手してやるだけの価値も ないから。
ぶっちゃけ、私個人は、まずはトランプ氏を退けて勝利を得たなら、それだけでも結構、上等だと思っているのだが、
ハリス氏の実力に、心もとない面が否めないのであれば、うぬぼれは厳禁、
周囲のアドアイスに耳を傾け、吟味と検討作業に注力しなければ ならない。
まあ、ハリス氏は、まぎれもない移民の娘、という立場では あるから、移民そのものについては、彼女の個人的立場からも、寛容で ありたいという本音は あるのだろうと思う。
それと同時に、「不法」と付けば、「司法長官」を務めたくらいにバリバリ法曹界のエリート中のエリートでも あるので、なかなか言い難い葛藤も あったのではないかと察する。
ま、トランプ氏だって、えらそうに言える立場じゃ全然なかろうて。
何を やっても中途半端、あるいはデタラメな主張、かつ、もっと悪化させた問題も多い。関税の問題にしても、人種差別問題にしてもだ。
「突然、黒人になった」てな言いがかりをつけているトランプさんこそは、根拠も何もないアピールを猛然と繰り広げているじゃないか(嗤)
ハリスさんが「インド」系であるのも「黒人」系であるのも、どちらも本当のこと。
まあ、ただ、ハリスさんは、幼い頃に別れた、「ジャマイカ系の黒人」である おとうさんよりは、もともとインド人の おかあさんとの母子家庭で育った分、「インド系」であることの感覚的比重は小さくなかったのかもしれない。
だが、
トランプ氏のアヤシイ猛アピール、ならびに、差別意識が滲み出ている言いがかりとは異なり、
ハリス氏は、何の嘘でもなく、本当のことを言っているに過ぎない。
「他国のことだ、アメリカ人が決めることだ、日本人には関係ない」等々と、
ここに来て、諦め混じりの ひらきなおりコメントも、目につくようになったがw
こういった投稿以上に、目につくのが、必死の様相で叫ぶ、
「アメリカでは、トランプ優勢なのだ!日本の報道は偏向しているから、アメリカ国内の報道を見ろ!」という主張。
だったら、この連中、この、日本語のレベルもアヤシイ連中は、アメリカの、どこの報道を見ているのか、いわく「ニュース ソース」ってやつを、自分からハッキリ指し示すべきだろうに(嗤)
もしかして、出すに出せないのは、ソースは『統一』新聞だからかな?(嗤(嗤)
最後に言っとくが、
「ポリコレ」なる単語を、ここぞ猛然と繰り出し始めたなwネトウヨあるいは(旧)『統一教会』信者ども。
黄色人種という、白人種から すれば「カラード」のうちでありアジアンであるオマエさんら自身、いわゆる欧米圏あたりへ出かけて行ったなら、あからさまに差別される立場なんだぞ?自覚してるか?いったい、何人のつもりなんだ?(嗤)
私が、むかし、何かのコラム記事で読んだには、
ある日本人の男性が、『オーストリア』にて、バスに乗車したところ、目の前の座席に腰掛けていた老女(もちろん、白人)に、いきなり、杖で、思いっきり、足を叩かれ、罵られたと言っていた。
そういう国で、「ポリコレ」けしからん!!と、叫んでこいや(大嗤)
重ねて念押しするが、
ごくアッタリマエのこと。
選挙前の、盛んな「アピール」は、当然のことだ。
選挙前なんだからさ。
ただ、嘘やデマヤデタラメは、だめ。それだけ。
2024.08.04 (Sun)
暑い。暑すぎる。
近年の天気予報、気象情報を閲覧するたびに、
「どこのインドやねん」
と、思わずブツブツ言っている私。
なぜ、こんなに暑くなったのか。
当ブログは、以前から、このことについても、あれこれと考察してきたが、
ほんとうに、とにも かくにも、冷房が なかったら、死に直結する事態となってしまった。
報道でも、頻りと、「適切にクーラーを」てな、もっともらしいこと言ってるけど、
実際、起きているあいだも就寝中も暑い、
結局、早朝から翌朝まで暑いのだから、クーラーを停止できる隙間も ない。つまり、かけっぱということだ。
うちは、クーラーを停止させるときは、ひき続いて、カビ予防のために「送風」、それも、タイマーで、思いきって2時間設定に しているから、その間に、せっかく冷えた室温が台無しになるわけで、
一日のうちでは最も外気温が下がる時間帯のはず、という考えから、だいたいのところ、これを就寝時に行なっているのだが、その「送風」も停止したあとは、ものの1時間たつか否かのうちに、確実に、目を覚ましてしまう。
近頃は、以前に酷く痛めた腰痛の影響で、それでなくても不眠ぎみなのに、ますます、熟睡しにくい状態なので、こまぎれの睡眠を幾度となく繰り返し、結果として、だらだら睡眠になってしまっている。
起床後も、なんとなくシンドイし、もう遠慮会釈なく、冷房を かけまくっているにも かかわらず、なんだか頭痛や軽く吐き気も もよおす始末で、昨日あたりは、いったん起きたのに、とうとう、あらためて、ベッドに横になったまま、また長時間にわたって寝てしまった。
短時間の外出時は ともかく、長時間の外出時には、停止させて出かけるべきが通常だろうが、
最上階で陽あたりも良い室内は、帰宅したときのムンムンが超不快だし、
不在であっても、狭い室内が、このうえもなくムンムンになること自体、すごく厭。
ましてや、高温に弱いなどのペットを飼っている家庭は、一日も欠かさず、24時間クーラーを使用し、いっさい停止しない、と断言している人を よく見かけるが、
これこそは人間の道楽のみで、電力を使いまくって、外気温を押し上げてもいるだろうと、ちょっと意地悪くも思うのだけれど、
まあ、こういうライフ スタイルを貫けるということは、それだけ、家計にも余裕が あるからこそで、人間、自分にとって大きくは支障が なければ、目の前の楽しみを やめる気には ならないものだろうし。
よろず、苦労が ないかぎりは、自分の目先が最優先で、ものごと全般に思いを致し、深く考えることも ないのが殆どの人間というもの。
んで まあ、
やがては冬が来て、
電気代こわい!で、寒さにガチガチ震えるわけよ、ビンボボな私は(苦笑)
この国は、自然から政治まで、どんどん輪を かけて、暮らしにくくなっていってる。。。
ところで、こないだ、『狸穴』という街の散策動画を眺めてみたのだが、
と言うのは、
このあたりも、母方の叔母が若い頃に住んでいたことが あり、
私自身は、まだ幼稚園にも入っていない幼児だったけれど、この当時の記憶も、さすがに断片的では あるものの、所々ハッキリ憶えていることも あって、『赤坂』などと同様、とても懐かしい街の一つである。
『六本木』のマンションに居た頃は、ベランダの正面に、少し遠く、『東京タワー』が眺められたので、夜には光り輝く東京タワーを、宿題の図画のテーマに選んだことも あった。そんなのは、うちのクラス、いや、学校全体でも、私一人だった。
半世紀ほども前の時代も、このあたりは、まさに「国際都市トーキョー」そのまま、いまだにハッキリ思い出せるのは、『アフリカ』大陸の どこかから来日したのだろうか、鮮やかな色柄の民族衣装を翻しつつ、堂々たる歩調で闊歩していた黒人女性の姿。
当時は、叔母も20歳代の若い頃で、『狸穴』と言っても、平凡なアパート住まいだったのだが、
しかしながら、あの頃とは大きく変貌しているのであろうことは想像にも容易く、動画を見ていたら、やっぱりなあと思うこと頻り。
たしか、かつては例のカルロス・ゴーン氏が住まっていた邸宅もチラッと映っていて、そのせいか、コメント欄には、
「このへんは、汗水たらさず、人のカネで住んでいる家ばかりだ」
というふうな、辛辣なコメントも あった。
そう言えば、私が、ここの不良品を つかまされていた『ヤフージャパン』(またの名は「ヤフゴミ捨て場」w)の孫さんズ豪邸も、この界隈に あったような。
すごいよね、
そもそもは、密航してきて、密造酒だのサラ金だので違法な大儲けして、それで育てあげた息子さんは、日本でトップクラスの猛烈な富豪となったw
例の『小林製薬』も、「知見を」どーたらで、前会長の月額報酬とやらを、一般的な「顧問」報酬の4倍にしたとかいうし。
だいたい、なにが、どういう「知見」なのやらと、思わずフいたけどな(嗤)
ま、
「ザッツ勝ち組」
ってことさねw
昔から、
「金持ちは、どこかしらで狡いこと悪いことやってきた者ほど、大金持ちなのだ」
という指摘が あるけれど、いやあ、大いに納得してますわw
こないだのエントリーでも、再び指摘しておいたけど、
企業、なかんづく大の付く企業ほど、何かしらの公害などを もたらしているものだし、
インターネットなどの業界でも そうですわな、
そもそも、べつだんの必要もなかったのに、やたらと拡大してきて、
それと同時に、有害なコンテンツだらけだ。
それにしても、
まだ60歳代の男性が、1億円以上もの貯金を騙し取られたって、もう、数えきれないくらい続いている詐欺電話による被害。
私よりもアホでボンクラでも、えらい大金を持っているなあw
さすがに、
「金持ちは有能だから!貧乏は無能だから!」
てな無知まる出しの罵倒コメントは見かけなくなったわけだけどw
しかし、もう どれくらいの金額が、「暴力団」や「反社」組織に渡ったことだろう。
ここいらで、日本全体の、このテの詐欺被害総額を知りたいもんだとか思うんだけど、
何よりもフシギなのは、いまだに、ほとんどは「パシリ」や「コマ」程度の者ばかりが捕まって、そこから上には、なかなか、いかないね。
ほんとに、どういうことなんだろうか。
もしや、この国の上層部が、暴力団や反社組織と、内部でウンタラカンタラってやつじゃなかろうな。
実際、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』って、昔から そうだということは知られてるもんなあ。
現に、いまも続いてるでしょ、
いろいろと、福祉事業やってまーすってな表看板を掲げてるけど、もとを ただせば「ヤーさん」の企業とかさ(嗤(嗤)
せめて、ひっかかる側の者を、これ以上は出さないように、未然の防止策を講じるしかないのだろうが、
だったら、私が再々提案してきたように、いっそのこと、「被害者」として扱うのは やめて、犯罪組織に資金を提供した加担者として扱うゾ!ということで警告したほうがマシになるんじゃないだろうかw
知らんかったでは済まんのだよと。
もう長の年月、このテの詐欺犯罪が、ひっきりなし状態であるにも かかわらず、相も変わらず引っ掛かってるのだから、あまり、効果は見込めないか。。。
まあ、このテのボンクラにして欲深者は、選挙に おいても、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』や、その周辺の党に投票しつつ、
「投資や株を やらない無能だから貧乏!」
「弱者とか障害者は迷惑!社会の お荷物!」
「われわれ金持ちの足を引っ張るな!」
てなことを本気で思ってるんだろうなあ?(嗤)
そして、
きょうも きょうとて、
社会を不安化、劣化させる暴力団や反社に、せっせ せっせと大金
を貢いでおります、「有能な金持ち」たち(大嗤)
2024.07.27 (Sat)
とある記事で、
『埼玉』県か どっかの消防署内で、50歳代の消防士が、20代の後輩に、かなり激しい暴行を はたらいたという事件なんだけど、その理由というのが、
署内の食堂で、「たらこ」を差し入れした50歳が、ラップに名前を書いて保存しておいた自分の分の「たらこパスタ」のラップを勝手に替えられて、他の署員が食べてしまったから、ということらしい。
私は、「たらこパスタ」という、へんなところで詳細な説明が刺さって、呆れる前にフいちゃったんだけどもw
やっぱり「食べ物の恨みは恐ろしい」と、大昔から言われるとおりなんだなあと、これまた みょうに感心してしまった。
一般投稿のコメントによれば、
消防署勤務は、食事のために外出や買物しに行くということが できないそうなので、たいせつに保管しておいた食べ物を横取りされるのは忌々しき一大事であるらしい。
しかし まあ、
「床に頭を叩きつけ」て、それで重大事態になったら、どうすんだよ。
「たらこパスタ殺人事件」とかって。。。(呆)
こういう、ええトシこいた者が、なんか大人気ないなあ、近頃は、、、
という事件が増えてるような気もすると思いつつ、
かれこれ10年くらい前、旧ブログを やっていた頃に、警察官が、寮内で同室の同僚の貯金箱に手を つけたとかいうニュースが あったので、さっそく、当時のブログのエントリーに、
「おまわりさんが、ちょきんばこを ぬすみました」
というタイトルを つけて、アップしたことを思い出したw
私にも、似たようなことは あった。
と言っても、私が直接の被害を被った話では ないのだが、
入社したばかりの頃、直属の上司が、社内の各部署や設備など、いろいろ説明しながら案内してくれたときに、途中で通りかかった給湯室・キッチンの所で、ここに置いてある冷蔵庫を使うときは、とにかく、名前をシッカリ書いておかないと、飲み物のボトルなんか、勝手に全部飲まれちゃうことが あるからねと、注意された。
それと、もう一つ思い出したのは、
これは、盗んだとかいうことでは ないのだが、やはり、食べ物がらみ。
個人的な、ささいな経験なんだけれど、
むかし勤務していた会社で、新入りだった私が毎日、社外に出て行なう業務が あったんだけど、あるとき、体調を崩したのだったかで、2、3日休ませてもらった、その間、他の女性社員の誰か、あるいは女性どうしで手分けして代行してもらったわけなので、その後、出社したときに、洋菓子の詰め合わせを持参し、女性社員たちが昼食を食べたり、休憩時に使用する部屋に、その菓子箱を置いて、「自由に食べてくださいね」と知らせておいた。
女性の人数が、わりと多い職場だったので、それなりの個数が入った、かなり大きな菓子箱だったんだけども、その日の休憩時間か、翌日の昼食時に、なかみを確認しようと、箱を あけてみたら、ゴソーッと減ってるじゃないかいな!
「えっ
うっそ~、あんなに たくさん入ってたのに、なんで、こんな早くガタ減りなん??
」
とビックリしたら、
同僚女性たちの一人が、困惑の表情で教えてくれたには、
オッサン社員のなかに、甘党の人が いて、その人が、ふだんは、女性社員専用のようになっている休憩室に、なぜかヒョイと入ってきて、ここのテーブルに置いてあった菓子箱を目敏く見つけ、ソッコーで開けて、自分一人でバクバクバクバク食べちゃったらしい。。。
クッキーモンスターみたいなやつが いたんだ。。。
私はサ、受け持っていた業務を、女性の同僚たちに代行してもらっていたから、彼女たちに食べてもらおうと思って、あんな大きな詰め合わせを持って行ったんだよ。
なんと無神経なアツカマシイおっさんなのか。。。
と、腹立ちを覚えたもんです。
ところで、
こないだ、近場のスーパーマーケットで買物してから帰宅したあと、すぐに、何か忘れてるぞ、、、と、確認してみたら、お買い得価格になっていた洋菓子の詰め合わせセットを、店内のサッカー台に置き忘れてきていた。
疲れていたから、シンドイなあと思って、レシート持参で、翌日に出なおそうかと考えたものの、まあ、近い店なので、このまま、すぐ行っといたほうが無難かと判断して、レジの人にレシートを見せ、同じ商品の箱に取り替えさせてもらって、あらためて、サッカー台の上で、持ち帰る準備を していたら、包装紙を見ただけでは、なかみは分かりにくいはずなんだけど、そばにいた小学生くらいの女の子が、その箱を、じぃ~っ
と凝視していてw
そう言えばと思い出したのは、
実家の母親が、まだ元気だった頃に、広告チラシで見た洋菓子店の、おいしそうなケーキ
を幾つか見繕って買ってきて、と頼まれたので、そのケーキの箱を入れた、白い不透明ポリ袋を下げて歩いていたら、下校途中の小学生たちが、なんとなくニヤ~ッとしながら、袋をジッ![]()
と見詰めてくるので、実家に着いてから、お待ちかねの母親に、
「無地の袋やから、なかみは分からんはずやのに、ケーキ![]()
やなと、透視でもしてるんやろか」
と言って、笑ったことが ある。
子どもたちは、お菓子の超能力者なんだな(笑)
それにしても、
トランプ側の副大統領候補であるヴァンス氏は、言っていいことと悪いことの区別がサッパリつかない性格のようで、ほんとうに、トランプ氏に ふさわしいレベルの人選だったね。
私としては、このチョーシで、もっと楽しませてほしいと思ってるんだけど(苦笑)
これ以上の顰蹙を買い、早くも、大統領選の開始前から、
「おまえはクビだー!!」
と、首のスゲ替え事態にでもなれば、こないだまで、『民主党』が内輪揉めでハラハラさせまくっていたのが一転して、ソックリと『共和党』側へ移ったかのような状態になりますやん。おもしろいなあw
おまけに、
「子どもの数に応じた投票権の特権を、その親に」とかいう主張は、
ほれ、こちら日本でも、『維新』のポビドン吉村氏が、まさしく似たことを言ってたじゃないですか(大嗤)
どうやら、ほんとうに、似た者どうしなんだろうな、このテの人らって(嗤)
子ども産む機械は子ども産め産め産まんかい!!
てな、戦時中さながらな圧力かけも、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』と共通してるしね(嗤(嗤)
だいたい、
子どもが いない女は惨めなはず、って、なに決めつけとんのやw![]()
なにを、女のことだけ言うてるんやww![]()
![]()
男尊女卑まる出しで(嘲)![]()
![]()
![]()
少なくとも、
「子育てで大変なのよワタシ、こんなにもカワイソウなのよ!?どーして、わかってくれないの!!
」
って感じの、子持ち女性たちは、むしろ、
「子なしは気楽に生きやがってチクショウ」てな感じで、なんか、子ナシ女性を ねたんでるのか?って気さえ するけどなwww
でさ。
「子どもを拵えることは尊いこと」
と主張してやまない者に、聞いてみたいもんだと思うのは、
現代日本でも顕著になってきた、親子間の虐待や殺人な。
私は、幼い頃から、
「おまえなんか産むんじゃなかった、デキソコナイが!!」
と、年がら年じゅう、親らに罵倒されてたんで、
もし、いま、目の前に、うちの親が生きて居て、同じことを言ったら、
私は、こう言ってやるのにと、つくづく思う。
「産んでくれて、大迷惑だったわい!!」
とね。
そもそも「ダブル不倫」だった親ら双方ともに、それぞれの邪まな思惑が あって、
特に、なんとかして、親父と所帯を持ちたかった母親は、私を「デキ婚」に利用するために産み落としただけなんだけど(もっとも、母親自身は、親父が、利用しようとしたんだと、私に向かって力説してたけどね)、
それを「尊い」とは、とてもじゃないが、思えませんな、わるいけど。
結婚も だろうけど、
子を産むに あたって、不自然さやエゴや何らかの目的がらみというのは、あとあと、よくないと思うよ。
うん、
「子どもを産まない者はぁ」どうだ こうだと非難する連中って、ずばり、
「税金を たくさん納めてないくせにぃ」と非難する連中と酷似してるんだよな。
先日のエントリーで、何度目かの指摘を述べたように、
最も公害を生じさせる商売人を筆頭に、
大いに稼いだ者こそは、あらゆる社会資源を利用し尽している分、大いに納税して当然なんだが(ところが、脱税や不正も大いに やるのよねwトランプと同様ww)
それに負けないくらい、社会的資源を利用するのは、子育てだろ。
しかも、
やがては老い、死んだら死んだで、
それも また、始末の悪い問題が つきまとう、それが、人間だ。
偉そうに言っておるが、ほんとうに自力のみで、子を育てている親が、どこの世界に いるんだよ?(嗤)
ましてや、
昔と違い、いまは、出産、子育て中の世帯ほど、いろいろな配慮や各種の支援を注ぎ込んでもらっているわけで、
実際は、いちばん搾取されている底辺の子ナシ労働者も、その支援のうちのナニガシかは協力してるだろが。
私なんかは、自然界に負担を押しつけ続けるヒト族の子孫と人間社会を続かせることに、無理してまでの価値なんか ないと、
いずれの日にかは、この地球も宇宙自体も潰れるのに、と思っているんでw
どうにか こうにか続いているあいだくらいは、なるべく、他者を罵りまくり、蔑みまくって、エゴの吐き合いでギスギスした世のなかにしないよう心がけるほうが よいのにな、と思いますがねえ。
2024.07.25 (Thu)
なんと、「傭兵」あるいは「義勇兵」とかいうのだろうか、
しかも、
もと『自衛隊』員だったのが、なんと、『ロシア』に渡っていて、あえなく戦死したとか?
要は、ことさら思想とか義憤の類からというわけでもなくて、
単に「ヒリヒリしたかった」だけなんでしょうかねw
大概の男ってのは、とにかく「ヒリヒリ」が大好きだからなww
っと思っていたらw
意外なことに、
『ロシア』が正しいのだぁ!『ウクライナ』で同様に傭兵だか義勇兵だかで参加してる同胞の日本人を、やっつけたいのだぁ!
みたいなことを言っていたらしい。
これの理由が またケッタイな錯綜ぶりで、
要するに、「ウクライナかわいそ」というのは洗脳状態であり、そもそも日本が、『アメリカ』の言いなりになったままでいることがケシカランのだ!という憤りが動機らしいとか。
ということは、
これまた、一種の「代理戦争」めいた理由になってくるんだな。。。
ただ、
いちおう「専守防衛」というカタチを、まあ、少なくとも現状では、辛うじて守っているように見えるウクライナは、もとはロシア側から一方的に押し入られたというカタチで、この戦いが始まったわけだし、
どこの国が云々という以前の、
よろず一方的な「力(武力)による現状変更は阻止すべき」ということが、現代の国際間に おける基本のルールと見做されている(はずの)わけであるから、
現在のウクライナとロシアとの、想定外に膠着している争いが、まさに「専守防衛」を理念というかタテマエにしてきた日本人にとって、アメリカに対する心許なさも あり、ひたすら言いなりになってるばかりじゃねえか(怒)という疑念とか反発とか、まあ、理解できないわけじゃないが、
どうも、せいぜいが日本人どうしの あいだでしか通用しなさそうな、
はっきり言って、かなりスケールの小さい感じが しないでもないような、なんというか、「内輪の論理」めいたものを持ち込んでいるふうにも見えてしまう。
次の話題に移して、
これも しょうもない話、
世間では、いわゆるハンサムという定評を得られるような顔だちの男性でも、なぜか、魅力を感じづらいタイプも いるもんで。
私は、人を見るとき、つい、一見した全体の「顔の つくり」そのもの以上に、他の要素のほうが つよく印象に残ることも多いんだけど、
関連の記事を見かけるたびに、その主要人物の、あの人と この人が似てるなあという感想、たとえば、
現『大坂』府知事の吉村氏と、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』のなかでも屈指の典型的世襲おぼっちゃまにして「ジャパン ハンドラー」の弟子だ、という指摘までが ある、小泉さんちの息子さん。
この お二方の眼つきが、どうもねwある種の共通性を感じさせて、よく似てるなあと、過去エントリーでも言ったことが あるww
最近では、もっぱら、あの石丸氏と、ただ今 絶賛糾弾中の頂点に立たされている『兵庫』県知事の斎藤氏。
こちらの お二方も また、一見した印象が、なんか似てるなと思うんだけど。
最初のうちは、写真を見かけるたびに、この両者を見間違え。
氏名を確認してのち、あ、そうか、と。
くだんの知事の場合、特に、その鼻梁の あたりとかに、なんとなく滲む冷酷さを感じ取ってますw
また、石丸氏は、最大の懸念事項であるところの人口減少を論じるに当たって、不可能だとは断りつつ「一夫多妻」とか、わざわざ、時代錯誤なコトバまで持ち出していたそうだけど、当の ご本人は独身なのだそうで。
『フインキで投票』
もともとから、『ユーチューブ』などの動画でも、政治家チャンネルの類を視聴することは全くに近いほど、ないほうの私は、都民でもないので、当然、石丸氏に関しても、ほとんど何も知らないままだったのだが、
ただ、基本として、デマの類を流布させるのは論外だし、払わなければ ならんものはサッサと払ったら どうですか?と、そのくらいしか知らんw
それと、
前提が おかしい質問にイライラするのは理解できるけども(苦笑)
ものごと論じるのに、みずから、当然、無理ですがと逃げの前置きしたうえでの極論ばかりで、さっぱり説得力なしは、仮にも政治家としては如何なもんですかねえ。
ま、そのあたりは ともかく。
正直、このかたが配偶者とかパートナーだと、けっこうシンドイかもしれんねというwあまり近づかないほうが無難かな?って感じの印象ですww
ぶっちゃけ、
何かにつけては、こまかいダメ出しが頻繁、オレさま支配欲臭プンプンで鬱陶しいなぁと無視してたらブチ切れてキンキン怒鳴ってきて、
そのくせ、何か困ったことが起きたら、打って変わって知ら~ん顔して、冷たく他人事あつかいにされそうwwそんなイメージが湧くwww
あくまでも、個人的なイメージでしかないですよ?もちろんw
総じて、男性に対し、どっちかと言うならば、良いイメージが少ない私の勝手な想像です、はいww
あと、これも また ついでに。
とある「ヤフゴミ」、こやつもネトウヨまる出しだったが、
先日、
まだ幼児の男の子が、「おっぱい」なんちゃらを、ネット検索しとるっつうんで、悩んでる母親の話題か何かが あったっけ?
そのことについて、そやつは、
心配無用、女児だって、父親の男性器に興味を持つもんだろ、
みたいなことを、さもワケ知り口調で述べてるのを見かけたので、クギ刺しといちゃろ。
まず、一言で言って、わかってないんだよ、この手合いは。
自分が、あらゆることの本質や真相といった面について、いたってニブく、はなはだカン違いしたままという自覚が皆無なんだ。
たぶん、死ぬまでカン違いしたまま、ウヌボレたままだろうな、この世を去る その日まで。
そもそも、「おっぱい」つまり母親、母性という存在は、男児か女児かに関係なくて、デフォルトで良いもの、良い存在である。リクツじゃない。本能的なもの。
わかるだろ?
すべての人類の、ふるさと、それが、女であり、かあちゃんなんだものw
したがって、
父親の下半身にブラさがってるモノに興味を持つなんてこと以前に、
なんてったって母親の ぬくい胸こそが恋しいの。
どう逆立ちしたって、かあちゃんのオッパイには勝てやしないww
あわれだが、父親の性器や父の乳なんぞ、無意味に等しいwww
わかるだろ?
ちなみに、
知人から託された、生後数ヵ月の あかちゃんを抱っこし、あやしてあげていたら、ほっぺをピンク色に上気させて、私のオッパイを まさぐっていたw
おかあさんが戻ってきて、
「あっ!この子、□△さん(←私)の胸さわってる!!」
やめなさいッ!!と言うが早いか、あかちゃんの小さな お手々を、容赦なく振り払って、「ゴメンねえ~」と、私に謝られたが、
あかちゃんのほうは、泣きもせず、ただムッツリ憮然としていたw
この あかちゃんは男の子だった。
振り返ると、たしかに、女児に、そのようなことを された覚えが ない。やっぱり、男の子ならでは、なのだろうか(苦笑)
それから、過去エントリーでも取りあげたことが あったけど、
母親と、あるいは「女湯」に、男児を何歳まで一緒に入らせてよいか否かという記事が出たおり、私自身、ずば抜けた発育度だったにも かかわらず、小学生の低学年頃まで、父親と、しかも、銭湯の男湯に、何も考えることなくアタリマエに入っていたことを述べたことが あるが、
その当時、親父のも含めてw男性器というものに興味や関心を持ったことは一切ない。
こんにちに至るまで、およそ男性器や男性のカラダ全体に対する興味も関心も、持った ためしが皆無と言って過言でないのが結局のところ。
しかしながら、
世のなか、そうでない事例も あるのは知っている。
と言うのは、
かつて、私にストーカーそのものの つきまといを はたらき、かつ、誹謗中傷、罵詈雑言を吐き続けた、とある女が、何かの話題に対して、自身の幼児の頃の出来事を語っていたのだが、
やはり「男湯」に、父親と入ったおり、周囲の入浴客の一人だった若い男性の性器に、非常な興味を惹かれ、じっと見詰めた そのあげく、
「ウンチついてるー!」と笑いながら叫ぶや否や、いきなり、その男性の局部を掴んだ、とかいうのだった。
あわてた父親が叱りつけても、握ったまま、なかなか離さなかったらしいw
いやはや、恥ずかしいという感覚も全く持っていないようすだったが、
私が本当に驚いたのは、
そんな幼い頃に、男性器に対し、つよい関心を持ったということに対してだ。
自分には、ついぞ思い当たるところのない感覚なので、その女に対する違和感を あらたにしたものだった。
くだんの女は、例の『汚気・愚』と『2ちゃんねる』の中毒者で、みずから『自己愛性人格障害』者、かつ、「セックス依存症」であるということを、なぜか、自慢していたケッタイさ(嗤)
たしかに、性的な方面への関心や執着が つよい傾向と見受けていたし、『自己愛性人格障害』者は、そもそも、男性のほうが多いらしいので、それも頷けることだ。性的関心や性欲旺盛な傾向は、圧倒的に男性なので、同じ『自己愛性人格障害』ならば、女性であっても、一般的な女性よりは、性欲が つよい傾向なのはフシギでない。
性というものは、世俗の価値観と密接に絡むし、そこには、自己顕示欲、支配欲などのステージたりうるものを含むこと大であるのは、多くの人が思い当たり、ほとんど本能的なまでに知っているだろう。
じつは、
親父の先妻との娘であり、私とは大きく年齢差の ある義姉に あたる者も、『自己愛性人格障害』との診断を下されており、長い年月、精神科に通院し続けていたのだが、
事実、性的なことに関して異様に敏感で妄想しがち、性欲も旺盛という特徴については、小学生時分の私も察していた。
なぜなら、私自身が、オモチャにされていたから。
…
もう一つ付け足し。
「パヨク」などミョウチキリンな罵倒用語らしきコトバに加えて、近頃は、「ポリコレ」なるコトバも頻りに発する投稿者を見かけることが やたらと多い。
しかも、そうした連中は、とにもかくにも、いっせいに、ある特定のコトバを使いたがるという傾向が顕著であることから、おそらくは、誰かしら、自分たちのリーダー格などが言い始めたとたん、ザザッと整列し、一斉に口を揃えて唱えることによって、彼らのなかの流行語を、広く世間に認知させるべくガンバるという、どうやら、そのような「活動」を奨励されているかのように見受ける。
そんなわけで、
「ウヨ」なかんづく「ネトウヨ」であることが、彼らの投稿コメントから容易に明白に見受けられることに気づいて以降、私は、この「ポリコレ」なるコトバを得意げに持ち出してくるコメントは、まず間違いなく「ネトウヨ」の類が投稿しているのだなと、たちどころに見分けることが できる素材の一つに加えているw
そういった点でも、ウヨ・ネトウヨの見分けの つきやすさを手伝ってくれているのでは あるが(嗤)、
もっと哀しいことに、最大の特徴は、やはり、「日本語モドキ」と言えば いいのやら、とにかく、論理がキミョウ、かつ、甚だしく歪んでいることに あるww
なので、
彼らが、ストレートに、まっつぐに放てることと言えば、たった一つだけ。
どこまでも感情の表現のみに尽きている(嗤)
しかしながら、これも また、「おまえの かあちゃん」ナントヤラの水準に とどまっており、そこから豪も這い上がれる気配なし。(嗤)
まあ、かの三木 清氏による、
「多くの場合の感情は、社会化されたもの」
というふうな、鋭く深い喝破も あるものの、
どうにも こうにも、
この日本語能力のままでは、この先も、失笑と冷笑を買い続ける ほかは なかろうと思わざるを得ないのが、ネトウヨの哀れさ(嗤(嗤)
ちなみに、
同じく三木 清氏による喝破は、このように続く。
「知性こそが主観的、人格的なものである」ゆえに、
ここ↓ちと難しいんだけど、
「真に主観的な感情は」
むしろ、
「知性的である」
とする。よって、
「孤独は感情でなく知性に属する」
のでなければ ならぬ、と、仰っておられます。
なるほどなあ。
感情では なく、知性に属する孤独。
じつにキビシイですね(苦笑)
俗世間の価値観を、または、畏むべきオエライところから垂れて寄こされたものを受け売りで語る、それによって悦に入ることしか できない者にとって、そりゃあキビシイと言うよりも、耐えるのは不可能なレベルだわな。