2026.09.22 (Tue)
『新聞社、裁判所、『沖縄』知事選、ドラッグその他のこと』の続き。
ついでに、世のドラッグ摂取者について。
私が若い頃、「スーパーモデル」という大きなブームが あって、そのなかの代表的な人気モデルの一人だった女性の息子さん(きょうまで全く知らなかった)が、非常に恵まれている生まれつきと環境であったはずにも かかわらず、若い身空で、ドラッグに溺れてしまっていて、ついに亡くなられたというニュース記事を見かけたので、その関連を少し。
まあねえ、私みたいな、およそ「ないない尽くし」で生きのびてきた者から見ると、あまり同情は できないし、「甘やかし過ぎたのと ちがう?」「ヤワすぎちゃうか?」と、つい言いたくなってしまうけど、
まだ若いから、視野が狭いままだったのかな?
自分が想像すらしていなかったような、驚くような人々の世界も あるんだということを知れていれば、とも思うのだけれど、
でも、表向きは華やかな、完璧なくらいの家庭に見えていても、裏の経緯とか事情とか、われわれには全く分からないのだから、決めつけるようなことを言い放つのは、やはり、慎まなければ ならない。
ただ、
おそらく、ああいう特殊な世界って、ぎらぎらとエネルギッシュそのものな人々が溢れかえっている所で、すごく華やかで浮ついていると同時に、それこそ、麻薬でも やりたくなるくらい、常に、気おされないように していなきゃならないのだろうなと思う。
そう言えば、
むかし、シルベスター・スタローンだったと思うけど、雑誌の取材に応じたときの吐露を憶えている。
やはり、ああいう業界では、邪悪なまでの誘惑が恐ろしいほどに多くて、油断も隙も ないのだというふうなことを話していた。
マイケル・ジャクソンの場合も、彼の広大な敷地内や屋敷のなかに遠慮会釈もなく入り込んできたアカの他人の親子が、ありとあらゆる あつかましい要求を通そうとして、筋合いも ないマイケルに しがみつくように しながら、トコトンたかっていたというし、
『クイーン』のフレディの場合も、ものすごく自己主張の激しい「もとカノ」の話が知られているようだしw
なにしろ、『アメリカ』あたりの人は、一般的な気質の日本人だと、びびってしまうくらい、主張が強烈だと聞いてるからね。
そんななかでも、図太く生き抜ける日本人だって少なからず いるわけだけどw
「ノイローゼ」状態になって、ほうほうのテイで帰国した人も いる。
私自身、一見は、「どこの苦労知らずの おじょうさま育ちなのか」という、噴飯ものの誤解が やたらと多かったからね、
おそらくは、当の私も含めて、ほとんどの人は、しょせん、表面しか見てないし、表面や雰囲気だけで判断してることが多いんだなあと、このトシになって思う。
記事に添えられた生前の写真を見てみれば、なんとなく寂しげな眼をしている(シンディの)息子さんも、誰にも わかってもらえないことや説明しきれない気持ちを抱えていたのかもしれないし、
うちの兄だって、自殺したけど、遺書も残してなかったし、誰に聞いても、原因は、ついに分からなかった。
私は、中学生頃まで、共に生活していた時代も あるから、ある程度は、兄の気持ちも、兄にとって、やり場のない憤りや寂しさを抱え続けていたことも、それなりに理解できてると思うし、
実際、親父のことを めぐって、恨み つらみを述べ続ける兄に向かって、親父は親父で、生い立ちに、非常に薄幸な面が あったのだということを伝えたら、それから しばらくは、声の調子まで少しく明るくなっていたことも あった。
それでも、結局は、自殺してしまったのだが、
ヨメさんと、うまくいってなかったとか、息子のことで問題がとか、そっちのほうの悩みも、あれこれ抱えていたようでは ある。教師だったし。
究極のところは、本人にしか分からないことも あるものだ。
あって仕方のないことも あるのだと思う。
私自身も、むしろ、親とか身内とか、ある程度なりに身近なはずの人たちほど、私のことは、誰にも わかるめえ、と思っている。
若い頃のように、なんとか、わかってもらえるよう説明に努めるなどということも、もう、一切、しなくなった。ムダだから。
だってね、
そもそもから悪意のある者や、決めつけ色眼鏡で見たがる者ってのは、「わからない」のじゃなくて、
「わかりたくない!」、「わかってなんか やるもんか!!」というのが本音なんだから。
だから、いくら、真摯に、事分けて話そうとしていても、実際に、こっちは困ってるんだけども、全くと言っていいほど聞かない、受けつけない。
しまいには、逆に、思いっきりキレられたりする。
わかってもらおうとすること自体が、あんたのワガママ勝手だと、冷たく突きはなされたことも あった。
そういう状態のなかで、「自分の話し方にも問題が?」とか、殊勝に反省なんかすると、先方は、その、岩のような頑なさで追い詰め、ペシャンコに潰してやると謀っているのだから、相手を、もっと つけあがらせるだけです。
そんな者を相手に、むなしい奮闘を続けるだけムダなのだから、常に言うように、障碍や持病を抱えているわけでもなく、いちおう、人並みの心身を持っているのなら、さっさと働いて、一人で生活するしかないでしょう。
私も、学校時分から、何度かは自殺未遂やってたが、やっとの思いで、実家を出て、まがりなりにも自活を始められたのは、すでに、30歳代に入ってからのことだった。
それと同時に、
念頭を離れる日が なかった自殺決行のことは、ひとまず、踏みとどまるように なった。
意地でも、そうすることは できなくなった。
要するに、タイミングを決定的に失うことになったのだ。
なぜなら、
親もとを出たせいで、無理な背伸びを したせいで、やっぱり、やっていけなくなった、自活なんて、とうてい無理だったのだ、最初から、親の家で、親の身の回りの世話を しながら、おとなしく暮らしておれば よかったのに、バカなやつ、と、誰であれ、嘲笑されるのも、また、哀れまれるのも厭だ、どうしようもなく屈辱的だと思ったから。
親を始めとして、相手を許す、許さないとかは さて置き、おそらく、過去の経緯や個々の事情を、いまとなっては、最も知っている身となった私は、親や義理の兄弟姉妹たち、それぞれの生い立ちから来る辛さなど、精神的・心理的な機序をも踏まえつつ洞察してきて、いまでは、全員に ついて、そうとう程度に理解していると、けっしてウヌボレでなく思うのだけれども、
当の彼ら彼女らにとっては、たぶん、むしろ、見透かされるみたいなのも面白くないわけでw性格が悪いだけにねw
生前の母親の口癖みたいな言い分では、何と言っても、私だけが「実の両親そろっているから」ということだったのだが、それ自体を以て、だから幸せだという理由になんか、ならない。そんなの、押しつけでしかない。
でも、私以外の家族や身内は、ほぼ全員、片方は義理の親というパターンで育っているので、どんな親であろうとも(←つごうのイイ理由だわな嗤)、実の親が揃っていることだけで、ものすごい奇跡的に幸せなことだという思い込みでガチガチだった。
片親は義理だけれど、兄弟姉妹は、同じ両親から生まれたというパターンあり、
私や父親違いの姉のように、兄弟姉妹の全員が全員とも、血の半分は義理というパターンも あり、
もっと言えば、
私の母方は、祖母から叔父たちから従兄に至るまでも、半分、あるいは全くの義理という関係性で、
いままで、私の実家の家族関係、血縁関係の複雑怪奇さを知った人で、驚き、呆れなかった人は いないwあまりにも入り乱れた関係性なので、異様な感じさえ するだろうと思う。
もっとも、そんなことで悩んだということは全くなく、アッケラカンとしていた私だったのだが。
家族や身内の者たちの、私を見る視線のほうが、よっぽど屈折していた。
【続く】