2026.10.01 (Thu)
まずは、この前のエントリーの続きみたくなるが、
ちょっとだけ、独り言っぽい吐露。
良いか否かとは全く無関係なのだけれど、
向こうは、ただ「ふつうの人」たち、なのだろう、でも、私は、いろんな意味で、「ふつう」の範疇に入れてもらえないみたいな、いたって「ふつうの人」として私を受け入れるには、あるいは、自分や自分たちと同じに?いや、なんか違う、という感覚が、向こうも、多かれ少なかれ拭えないかのようだ。
まさに、「住んでる世界が違う」のだろうな、、、
って感じが、否応なく つきまとう。
要は、洞察力や分析力などの鍛えかたの差が大きい(それだけ、苦労が多かった)ってことも あるからなのだろうと思うのだが、
ほとんど全ての面に おいて、およそ、「所属」できる場というものが なく、
しいて たとえれば、からだの半分は置いていても、もう半分は、はみ出していて、さしづめ、異端の存在。
なので、
私自身は、あらゆるケースの人々に対して、ある程度の理解力は あるほうだと思えるのだが、反面、自分自身を理解してもらえることは皆無に近く、たまに、わりと理解してもらえたかに思えても、結局は、ぬか喜びに等しく、
こちらは、相手のことを、ある程度には共感的に理解できても、それに気を良くしてというか、かえって、そこを利用しようとする者が、親を筆頭として、やけに多かった。
つけあがった先方に、こちらのことは全くと言っていいほど理解されないまま終わる、しかも、利用させてもらえなくなったことを逆恨み。
そういうパターン。
それが多すぎると、さすがに、かなりシンドイので、最後には、メンドクサくもなる。
あるいは、
私に見抜かれたり見透かされたことで激怒するとか。
そりゃ、性格が悪いとか、邪まなことを企んでいると見抜かれるのは困るでしょうよ(嗤)
私なんか、見抜かれても、べつに困りは せんけどなw
で、
心理学的に、「親子間の連鎖」が どうたらいう説が有名だけど、それも、私のケースに見られるように、まったく当てはまらない事例も あるわけ。
ただ、世に言う「因縁」というコトバは実に厭だなと思うのだけれど、それは、うちの母親を筆頭に、他でも言われたことは ある。じつは、むかし、人の紹介で、いわゆる「霊能力」者という人にも言われた。
母親の言うことのなかには、先日の過去エントリーでも少し述べたように、母方の先祖というのが(おおかた一千年近くも前)、国家権力を持っていた身分で、もちろん、歴史的年表にも記載され、墓所は遺跡になっているという、そんなところから続いてきた子孫、私らにとっては、遠い遠い先祖なわけだが、その系譜のなかで、いわゆるシモジモ庶民に対して、過酷、苛烈に当たり、苦しめてきた者も いたと。
その因縁が、、、
と、まあ、そういう主張なのだが、
どっこい、あくまでも、母方のことであって、私は「直系」の子孫じゃございませんのでねw
だいいち、
母方の祖父にとって、長女の娘とは言え、外孫の一人に過ぎない私は、自分自身の眼で、母方の血筋や系統の証拠に相当するものを確認したなどの機会は なく、あくまでも、母親らからの「また聞き」に過ぎないのが現実。
だから、遠い遠い先祖が、シモジモを苛めたので、それが因果で、この私に報い、、、と説かれても、
あほか!!
お門違いも ほどほどにせえや!!![]()
![]()
の一言ですわ。
でもね。
私の来し方の折々を振り返ってみれば、たしかに、私自身と私の周辺で、ふしぎと言えばフシギ、奇妙、怪奇な出来事が幾つか あるには あります。
以前にも、このことに触れたことは あるけど、
おそらく、スピリチュアルとかオカルト的な話が大好物の連中は、ヨダレ垂らして喰いついてきそうな話がね(嗤)
私自身、若い頃から、病気しているあいだは特に そうだったけど、いわゆる「金縛り」とか「予知夢」を見やすいという現象が たびたび あったのだけども、
「金縛り」については単純に、やはり、健康状態、身体のコンディションからの影響が大きいのだろうが、からだの弱りが、警告的に、それらのような現象を もたらすのかもしれないし、残る謎である「予知夢」については、いずれは、分析・解明されたら いいのになと思っているしだい。
なんたって、私は、科学を重視するスタンスなのでね。
さて、
めんどくさい話のなかでも、かろうじて、かんたんに言える実際の事例を少々挙げておくとすれば、
たとえば、過去エントリーで何度か述べてきたように、
職場で、異常なほど、仕事できない同僚、あるいは、すごく意地の悪い、計算高い先輩が、私の隣の席に、というパターン。
こういう人間関係って、親と同じくで、選べないものよね。
要するに、これまた、私の親と似たタイプの人たちだったのだけれど、
なかには、(部分的な漢字は異なっているにせよ)相手の父母ともに、うちの両親と名前が揃って同じということすら あった。
初対面から、うわ~、この人が先輩だなんて、、、と、思わずトホホになるようなタイプの人だったので、さすがに、偶然にせよ、キモチわるいなと思った。
親や叔母の葬儀でも、
叔母の最後を看取ってくれた人の名前は、うちの親父と同じとか。
「喪主」は、もちろん、私しか いなかった。
親父の葬式は、私はボイコットしたので、喪主は、たぶん、半年だけ年齢が上の、腹違いの義姉に当たる者が引き受けたのかもしれないが、その代わりみたく、親父の臨終時に一人で付き添ってくれてたヘルパーさんの名前が、私と同じとかね。
それと、
命日が、なんか、似通ってるのよ。一ヵ月ちがいで同じ日とか。
これは、生前の母親も苦笑してたことだけど、誕生日なんかも、共通性が多いのよね。
私なんかは、本来、母親の誕生日に当たる日に生まれる予定だったらしいのだが、ご存じのかたは、すでに ご存じのように、1ヵ月も出産予定日を過ぎるまで放置していたという、とんでもなくバカなことを やらかしてたもんだから、ちょうど、母親と1ヵ月違いの同じ日が誕生日になったわけで、
それも、ほどなくして やってくる『クリスマス』と一緒くたに されて、子どもの頃は、大安売りのクリスマス ケーキが、私のバースデイ ケーキを兼ねていたw
これで、ほんとうに「聖」という名前を付けられていたら、もう笑うしかないww
聖Schneewittchen
だwww
で、
なんかね、「親に似た人が寄ってくる」と言うよりも、
こちらが選んだ覚えも全くないのは当然なのだが、やっぱり、うちの親に似た性質の人が多かったし、
やっぱり、それぞれに、それぞれの思惑から、私を目いっぱいに利用したり、足を引っ張ったりするんだわ。
ものの言いようも、うちの母親と同じような罵りかたを して恥じないくせに、これまた、大いに頼ってくるというチグハグなパターンだったり。
だいたいね、
「頼りない!」と罵らずに おれない相手に、どっぷりと頼るってのは、どういうことよ??
と、言いたいですな、私としては。
目下や後輩に頼って、文句を言いたいくらいなら、とっとと自分で やれや!
っての。
しかし、肝心の私の対応はというと、
そういう人たちに対しても、もともと、母親のことだけは、長年、信じていたのと同様に、最初から、色眼鏡で見たり、悪い人に違いないとかいうふうには少しも思ってなかったり、少なくとも、最初から警戒するでもなく、あっけらかんとしていた。
生まれつきの性分がヌケてるんだろうけど(苦笑)
ただし、
先述したとおり、
特に「予知夢」については、自分自身では豪も経験したことのない者が、訳知り顔に、なまじな科学的を装った説明を施そうとしても、私には一蹴されますw
なぜなら、そういう手合いの語ることは、いかにも科学「らしい」言説、どこかの学者が唱えていたものを援用したり、小賢しくパクっただけの表層的な理屈を、自分自身の経験・体験が一切ないまま、わかったフリだけして言ってるなと、私には、直感的に見抜けるからです。
有名な学説だろうが上手いパクりだろうが、しょせん、自分自身で経験・体験したこともない、深い実感というものが伴わないままの、ただ、科学風味の味付け、コジツケでもって無理やりに説いてみせても、私は信用しません。
それは、
「見てきたようなことを言う」スピリチュアルやらオカルトが趣味の軽薄な手合いに対する嫌悪とも共通している。
ただ、
自分自身の経験・体験が あってこそ、それを足掛かりのようにして、ある程度なりに推察できうるといううちは、まあ、平凡の範疇なのだろうし、
そういうことなくして、的確に推察・洞察できる人が、ほんとうに、稀なる賢い、優れている人なのだと思う。
ましてや、学習で得た知識の類とか、何らかの有名人からの受け売りに頼っているようでは、話の相手を する気にも ならないくらい、つまらん。