2022.05.26 (Thu)
『再び、「ズレを感じるとき」』の続き。
それにしても、「ヤフゴミん」のなかには、ああいう「マルチ商法」の類に引っ掛かったことが あると告白している者が少なくないようだったので、わたしゃ、かなり驚きました。
しかも、その言い訳が、「意識高い系だったから」ですとさ(嗤)
「意識が高い」んじゃなくて、低級な欲が旺盛過ぎたんでしょうw
だいたい「ヤフゴミん」って、株などの投資で大いに儲けてますヨ♪と、ふだんから、コメント欄で自慢しまくる者も多いんだけどねえ(嗤)当然、アベシまんせー!!だよネェ(嗤(嗤)
まあ、集団の「ヒエラルキー」でもって、「信者」らをコントロールしようと はかる仕組みは、宗教も政治も同じですわな。
これは、ついでの付け足しだけど。
『ヤフージャパン』以外のポータル サイトでも、復活させた「コメント欄」というものに対する意見が出てきたりしているようでw
先日は、「コメント欄を設けるのは、あくまで企業やサイト側の自由だ」とする投稿も見かけたが、
こんなものは、たった一言で済むのよ。
「自由と責任」。
ほれ、マイノリティや弱者叩きが大好きなネトウヨが、誹謗中傷を投稿する「自由」をジャマしてくれるな!とて、特に好んで言い放つセリフの定番、それが「自由!」ですよねw
「自由には責任が伴う(はず)!」とも、よく力説してるよねえ?ww
私自身、例の「いやがらせカルト連」の誰やら(たしか「キグル●だったかな?w」)に、ブログのコメント欄を閉じているのは卑怯だ!とかと、
ま~、しつこくイチャモンつけられたことが あったが、こっちの勝手じゃ。そんなもん、知るかい。┐(-_-)┌
あの連中こそは、うちのコメント欄へ連日しょっちゅう押し掛けてきて、支離滅裂で凶悪な罵倒・恫喝投稿を大量に並べ立てて荒らすんだからよ。
こちとら、あの連中みたいなヒマ人でも なければ、
何かの胡散臭い集団構成員として、手分けするための徒党を組んでるわけでも なし、
毎日毎日、ブログやコメント欄の管理だけして生きてるのと違うからな。
ちなみに、当時の私は、自分が被った被害が、何によって引き起こされたのかを突き止めたいと思って、多少いろいろと追跡・調査していた頃も あるのだが、
まずは連中、案の定、かの『2ちゃんねる』常連でも あったようだ。
あんな、犯罪者の巣窟みたいな所へ出入りする やつらの気が知れんわ、ほんとに下品でモノズキだなあと、
私なんかは心底から呆れてたもんだけど。
いまでは、『ヤフージャパン』コメント欄が、かつての『2ちゃんねる』の代替を果たしてるよね(嗤)
だから、『ヤフージャパン』の運営に対しても、何度も言ってきたの。
「管理責任を持ちきれないのなら、コメント欄は閉鎖しなさいよ、社会的に有害なレベルですから」と。
ところで、
旧ブログか過去エントリーでも述べておいた話なんだけど、
たとえば、小学生の頃、うちの母親が、『PTA』で親しくなっていた保護者からの誘いを断り切れなかったのか、その保護者の娘であるクラスメートと一緒に、ある日、とつぜん、「新興宗教」に相当する類の組織の集会に連れて行かれたことが あった。
そこの会場に入ってから、あたりの ようすをキョロキョロ眺めていた私は、やがて、「教祖」なる人物が(私に付き添っていたクラスメートは、「先生」と呼んでいたようだが、遠目には、子どもの眼にも、まだ、わりと若いように見える、女性で あった)、さも勿体ぶった、「お高く留まった」みたいな ようすで、側近と思しき者らに、うやうやしく かしずかれつつ、壇上に登場し、設けられてあった「玉座」のような雰囲気の席に着いて、ほどなく、私は、強烈な違和感と嫌悪感を もよおしてきた。
「教祖」のみならず、
そこに いる人(信者)たち全員にも、なんとも言えない異様さを感じて、
帰宅後、母親に、
「アレなに?
あんなのヘンやん
」
と訴え、
もちろん、そもそも本気でなかった母親も苦笑して頷き、以来、私ら親子が参加することは二度と なかった。
それより何より最もショックだったのは、
私の隣りに終始つき添い、いろいろと、その場に おいて やる事と決められているらしい しぐさやらルールを、懇切丁寧に「教えて」くれたクラスメート、つまり、うちの母親と、『PTA』で親しくなった おばさんとこの長女なんだけど、
彼女とは、小学校に入学当初から長らく同じクラス、しかも、偶然、名前も一字違いの同音だったせいか、先方から親し気に仲良くしてくれて、優しく穏かな性格の彼女に関しては、ただの一度も、不快な思いなど したことが なく、たびたび、お互いの家へ遊びに行き来していた頃が あった。
そんな彼女は、私と違って、りっぱな優等生なのに、あんなヘンなものに夢中になってるなんて、なんで、なんで、、、
と、それが第一の衝撃だったわけ。
ところが、彼女の おとうさんが急に亡くなられてしまい、お葬式のときに、私も母親らと参列した記憶が かすかに あるのだけれど、こまかいことは憶えていないものの、なぜか、彼女の おじいちゃんが、よろよろと玄関先に出て来られ、手にしていた お茶碗らしきものを、いきなり、出入口のセメント敷きの所に叩きつけて、カチャーンと割られたので、それと同時に、参列していた人たちの あいだから、「おお」「ああ~」と いう溜め息まじりの どよめき声が響き渡ったことだけは鮮明に憶えている。
あとで母親に尋ねたら、そのクラスメートの おとうさんが生前、日常的に使用されていた お茶碗だということだった。
振り返るに、
うちの母親も、おばさんも、あの頃は、まだ30歳代なかばくらいの年齢だったのだ。
彼女の一家は、残された全員が、悲しく、将来が心細く、辛かったことだろう。
いまになって考えると、どうも、この頃から、おばさんやクラスメートたち一家の異変が起きていったように思えるのだ。
やがて、私らは中学生になり、別の学区になり、以来、疎遠になっていたのが、お互い20歳代になっていた ある日のこと、突然、彼女からの連絡が あり、訝しく思いつつも、「遊びに行って いい?」と言うのを断る理由も ないので、なかば戸惑いつつ、約束の日時が来た。
会ってみれば、
子どもの頃と変わらぬ、利発そうな清楚な雰囲気は そのままに、
しかし、私が真っ先に驚いたのは、あの、屈託のない、明るい眼差しが、すっかり、底光りするような、得体の知れないような表情の眼つきに変わっていたこと。
彼女は、なぜか、見知らぬ中年男性を伴っていた。
ますます困惑する私に、言い訳のような理由を言っているのを聞けば、どうやら、あの新興宗教への、再びの勧誘が目的なのだった。
せっかく久しぶりの再会なのに、残念だけれど、玄関先での立ち話だけで帰ってもらったが、彼女らが去ったあと、うちの母親は、
「な?こんなことやろうと思ったわよ」
と言った。
私としては、あれから、きょうに至るまで、例のヘンな新興宗教の団体に入ったままだったということに、まずは驚いていたのだが、
むしろ、もともと真面目な性格の優等生だった彼女だからなのかなぁとも思った。
いずれにせよ、とっくに疎遠になっていた私のところにまで、信者仲間を連れて訪ねてくるくらいだから、その組織もジリ貧状態だったのでは なかろうか。
【続く】
2022.04.02 (Sat)
まずは一句。
「パッと消え、ますよ」と吹いて、この始末。
『アベノマスク配布始まる 7100万枚、配送費用は3億5000万円』
4/1(金) 18:11配信 最終更新:4/1(金) 21:32毎日新聞
白鳥浩|法政大学大学院教授/現代政治分析
6億円かかった保管料よりも、配送費用3億5000万円とコールセンターの1億4000万円のほうが安いという胸算用だろうか。しかし、受益者となる希望者に着払いで送ることにすれば、より、コストは削減できたような気もする。
突然始まったコロナの感染拡大によって、マスクがどこに行っても売っていない時期が何か月も続いた中で、何とかして国民にマスクを配るという考えのもとのアベノマスクの調達であった。コロナについての知見も獲得されない時点で、その当時のパニックになっていた日本の状況を考えればやむを得ない選択であったともいえる。
今後も予測ができない危機は起こる可能性がある。後からみて、無駄と思える投資が意味をなすこともある。例えば、いま津波がこないからといって堤防を作ることを無駄な政策とはいえないだろう。命を守る危機管理は損得勘定ではない。多少オーバーでも必要であれば政治は投資を行うことが重要なのだろう。
おコトバですがね、白鳥さんとやら。
「コロナについての知見も獲得されない時点で~」
いいえ、
あの当時でも、少なくとも、マスク装着の必要性だけはハッキリと明示されてたからこそ、悪徳「転バイヤー」などが、ここぞと跋扈したわけで。
行政だか立法だかがモタモタして、それを防ぐことも できないままに、ただ、マスクが!マスクが!!と大騒ぎしてたでしょ。
「いま津波がこないからといって堤防を作ることを無駄な政策とはいえないだろう」
なーにを、極めて雑なことを おっしゃる。
ほんとうに、大学のセンセイですか?
堤防だって、いろんな面で大きな問題も あり、議論の必要も ありますでしょ。
「命を守る危機管理は損得勘定ではない」
だから、命を守ることになど全然なってやしなかったでしょ、と言ってるのですわ。
「多少オーバーでも必要であれば~」
だ・か・ら、
「アベノマスク」については、まったくムダでしかなかったと言ってるんです。
あのマスク、何が問題って、
まずは、肝心の「ウイルス防御」効果は皆無に等しいながらも、そこを強いて言えば、ウイルスを含んだ「飛沫」を少しでも飛ばさないようにという涙ぐましい理由が挙げられていたけれど、それだけを考えてみるにせよ、口を隠せば鼻が出る、鼻を隠せば口が出る、アベシの装着状態を見れば一目瞭然だったように、ご当人の顔面サイズに問題が大きいとしてもwマスク自体のサイズも小さ過ぎだったのは明白だし、
あとから あとから、汚れやカビなどの付着が発覚して、こんなものを、そのまま装着したら、かえって健康に悪いということで、使用する前に一度は洗うべきという指摘も出た。
でも、それを すると、材質上、ますますサイズが縮む。
だから、
各家庭にあるハンカチやバンダナ、タオルなどで いいから、鼻と口もと全体をシッカリ覆うほうが、ずっとマシだったんだ。
それらを材料に、自分で作るのも、たいして難しくは ないし、
いろんなネット サイトで、より簡単な作り方を紹介されていたし、
ネットが使えない場合を対象に、政府広報や行政で広く伝えることも すべきだった。
ほどなくして、ハンカチを簡単にマスクに変えられる小物類も、いろいろ売り出されていた。
私もメンドクサがりだから、辛うじてストックしてあった残りのサージカル タイプのマスクを使いきってしまいそうだったので、よっぽど、アベノマスク使っちゃうかなあと思いかけたけど、
念のため、目を皿にして確認してみたら![]()
やっぱり、わけのワカラン汚れがポチッと付着してた。![]()
だったら、これも やっぱり、買い置いてあった新品のままのハンカチで、ちゃちゃっとマスクを自作するしかないかと考えたり、
そうこうしてるうちに、ふつうに、マスクを買えるようになった。
今度の無料再配布に おいても、マスク以外の何かの材料にするのなら、まだマシだが(と言っても、マスク以外の用途で余剰を解消できると喜んでいたアベシは、根本的に考え違いしてるぞ。相変わらずのバ●だね
)、
送られてきたままのアベノマスクを、もしか、子どもなどに、じかに使わせるつもりの人も いるんじゃないかと、そっちのほうが心配だ。
過去エントリーでも指摘してあるけど、カビってのは、目に見えないことも多いんだからね。
やれやれ、
私、以前から、この白鳥氏という『法政大学大学院』教授なる人の投稿内容にも、首を傾げることが何度も あったんだけど、
そのたびに、「現代政治分析」という自称(?)にも、首を傾げてしまうと言うか、冷笑を もよおしてしまうのよ。
『ヤフージャパン』もさ、ただでさえ、民度の低すぎる「ヤフゴミ捨て場」の「ヤフゴミん」連中は、いまや、国外でも嘲笑されてるらしいのに、
わざわざ「オーサー」なる肩書の者にまで、ますます低レベルへの誘導を手伝ってもらうのは やめなさいよ、
と思ってたら、いつの間にか、「オーサー」という肩書は消えていて、
代わりに「報告」ボタンが付いている(嗤(嗤)
さっそく、通報させてもらいましたよ、ええ。
大学の先生でも、ほんとうに、おかしなこと言う人は、けっこう多いんだよね。
ついでに、
「ヤフゴミん」の、毎度くだらんイチャモン投稿から。
なんかね、
「だろう」や「べき」とかいうコトバが、たいへんに、気に入らないらしいのねw
だったら、おのれが発するコトバのなかでは、ぜーったいに使用しなければイイだけだろ、と呆れてたんだけど、
思い当たるのは、これと同じようなこと言ってた者が いるのよね。
そう、自称「●●んこ~」なる おババさま。
いやがらせカルト、例の「カルト連」の一員だが、
こやつが、「べき」を大いに嫌ってて(嗤)
その言うところの理由なんてものは、毎度おなじみ、自分棚上げ方式のヘリクツ以下でしか なかったんだけど、てか、「キライ」としか言ってなかったな(嗤)
このテの、愚かな投稿内容も、よく見かけるので、ここで言っとくわ。
あのね、少なくとも「だろう」については、
一般人にはアタリマエに仕方ないことだけど、何事でも、それが確実か否か見極められない、分からないことについては、とりあえず、断定や断言だけは避けておくのが初歩であり、基本的な述べかたなの。
まあ、「だろうと思います」まで言っておけば丁寧だけどね。
私は学校時分、「弁論」クラブに所属していた頃が あるんだけど、そのときの顧問の先生に、しつこいほど注意されたことの一つです。
まあ、あほなヤフゴミんは、とかく、デタラメや嘘ッパ、願望や感情でしかないことを、事実だ、ほんとうのことなんだと断言や断定口調で言いたがるけどね。
そういうのは、何度も言うように、「言論」のうちにも入りやせんのだよ。わかったか?
わからんのなら、黙ってなさい(嗤)
『キエフ』を『キーウ』に、公式に変えるらしいんだけど、
私個人は、両方を併記してりゃいいでしょくらいにしか思わないけども、ただ、印刷が関係する業界だと、かなり大変になるだろうのは、むかしの仕事の経験上から、知らないことも ない。
それは さて置き、
どうも、あえて言うなら、たとえば日本の標準語を「ロシア語」とすれば、「ウクライナ語」は、なんか「東北弁」に近い感じなのかな?なんとなく、すごく寒い地域の人の話しかたの特徴で、極力、口を大きく開けることなく、息を吐き出す量も節約できるような、そんな感じの しゃべり方?ってな印象を持ちました。
【続く】
2022.02.20 (Sun)
『【続・続】最新の所感いくつか――超弩キュンの世界――』から続く。
話題がガラッと変わるのだが、
『マイクロソフト』からの通知が繰り返されても、ことごとく無視し続けていたものの、
『ユーチューブ』が視聴できなくなったりしたので、さすがに、そろそろ、切り替えないと いけないようだなと諦めて、『エッジ』とかいうやつを渋々インストールしたらば、かねて聞いていたとおりで、ますます使い勝手が悪くなった。
今までに比べると、多少、スピード感アップした面も あるけれど、それ以上に、以前よりも使い勝手が良くない、かつ、余計な手間が かかる面が増えた。
ネット閲覧だけでなく、コピーやら『ワード』やら含めた機能、何もかもが、なんだか使いにくくなってしまった。
こういうことが繰り返されてきたから、
IT系の技術者って、ほんとは、アタマ悪いのかな?![]()
って思っちゃう。![]()
いったい、
IT関係のことでは、「改善」と銘打った鳴り物入りの仕様でも、末端ユーザーのために本当に改善されているなと実感できた例(ためし)が ないのだ。
なぜなんでしょうか。
私が、パソコンやネットのユーザーとなって以来、はやい段階のうちに、このような疑問を持つようになり、
もし、IT分野の専門家や技術者に質問できるのなら、真っ先に聞いてみたいことの一つである。
なぜ、だんだん、使い勝手を悪くするの??![]()
おまけに、ビジュアル全体のセンスも悪くなっていて、
いろんなマーク類や絵柄とかも、いっそうダサくなっていく。
美意識というものが感じられない。
なぜ、だんだん、ダサくしていくの??![]()
いちばん使い勝手が良く、センスも良かったなあと思えるのは、初めて自分個人用に購入して使い始めた、最初のパソコンだ。
『ウィンドウズXP』というOSだったか。かれこれ20年前になろうか。
説明書を見ながら、すべての設定作業を、初心者である自分一人で やったけど、とくには迷うこともなく、スムーズに終えた。
実際に使い始めても、違和感が少なく、まずまず すんなりと なじんだ。
『ヴィスタ』あたりからかな、評判も芳しくなかったみたいだし、気が進まなかったけれど、渋々購入し、使い始めても、やっぱり、『XP』のほうが使いやすかったなぁと。
せっかく使いやすい機能だったものを、なぜか、わざわざ「改善」して、やたら使いにくくなっていたり、
それどころか、バッサリ廃止されてしまっていたり。
この傾向は、パソコンそのものに限らず、いろんなネット サイトの場合にも言える。
キミョウにも共通しているのが、まず、全体に白っぽくなってること。
ヘンに間延びしたような白っぽさで、
「あの機能は どこ行った?」と探すうちに、なんだか、目がチカチカしてくるような白っぽさだ。
そうそう、『ヤフージャパン』のメールもね。
いつの間にやら勝手に「改善」したとかで、案の定、ますます使い勝手の悪さ。
そのうえ、ますます、広告スペースがチョー拡大されてて、上下左右にデカデカと。
しかも、近頃、目立って鼻につくようになったグロテスク広告、たとえば爬虫類とか、オッサンが、ことさらに大口あけて、きったねえ汚れた歯を剥き出しにしてる、何かの広告とか。
エロ広告より見苦しいわ![]()
敢えてのグロテスク路線でインパクトを狙ってるんだろうけど、
あいにく、グロテスク過ぎるとね、何の広告だかも見やしないのよw
ただ ひたすらに、ユーザーの不快と立腹を誘うだけよ。
逆効果の逆効果ww
それでなくても、
『ヤフー ジャパン』は、おのれの商売の宣伝メールを毎日毎日、夥しく送りつけてくるくせに
こちとら、ロハのユーザーじゃないんでい![]()
いつぞやなんかは、
コーヒーを飲み、軽食を食べながら、メール チェックを始めたら、
いきなりデカデカと、例のオッサンの汚い歯が、どアップで上下左右に出現したから、もう腹立って腹立って。
しまいにゃ、
肝心のメールそのものを極小サイズにしていくつもり ちゃうか、『ヤフージャパン』はw
拡大
機能を使わんと、文字が読まれへんくらいにww
いったい、どこまで広告スペースを広げ続けるつもりなんや?![]()
と、
『ヤフージャパン』にクレーム入れたったよ。
そしたら、申しわけ程度に、ちょびっとだけ縮小してた(嗤)
カネの亡者のクソ『ヤフー ジャパン』は、悪名高き「ヤフゴミ捨て場」と共に、一日も早いとこ消滅しますよう祈ってますw
『ネット利用者情報、規制後退 事業者に配慮、保護強化へ課題 総務省(時事通信)』2/19(土) 7:06配信
『換気がクラスター発生の原因にも 施設の構造次第で 電気通信大の研究』2022年02月18日 15時40分 財経新聞
で、早速、ちとヌケサクなコメントが堂々と付いてたけどw
「細かいこと言えば」も何も、
換気して「排出した物を町中にまき散らして」ってさ、この投稿者、換気の意味が分かってないのかなwだとすると、「ソーシャル ディスタンス」の意味もか。
それこそ、本人が言ってるように、「フィルターを通して換気」するってのは、それで万全を期せるなら、個々の建物内だけで完結可能かも しれないくらいだけど。
一般的な家屋内に おいては、きちんと換気装置が装備されてるのは、せいぜいが水回りくらいだし、家屋じゅう蔓延、充満させてしまうくらいなら、戸外に排出して「希釈する」ほうが、全然マシってことでしょ。
だからこそ、戸外では、マスクに拘る必要は ないと言われてる。
専門筋の言うには、まずは空気を滞留させずに「動かす」ことが重要ということだし。
「エアロゾル」のことも、私は、公的に指摘されていなかった初期段階から、それを危惧して、うちのブログでも述べてるけど、
記事本文中にも、アクリル パネル等の「飛沫」対策用品が、かえって、換気を妨げていると ある。
それは そうでしょう。
要するに、本当の目標とすべきは、一人ひとり個々の範囲内で留めておけることでは ないの?
だから、ほんとうなら、個別にアクリル パネル等で「ドルメン」状態に して、その空間ごとに、テッペンからでも吸引し、そのまま戸外へ排出するくらいのことを しないと、あまり、意味が ないのだろうなあとは思うけども。
【続く】
2022.02.19 (Sat)
『【続】最新の所感いくつか――超弩キュンの世界――』の続き。
女性でも、それなりの経済力が あれば、バカで凶暴な男と かかわらずに、一人で子育てできると力説する「ヤフゴミん」どもは、すっかり忘れてしまってるようだが、
たしか『埼玉』県下の、とある学校の教職員だという、キャリアも経済力も あるシングル マザーが、小学生の一人息子の世話と監督役を受け持たせるつもりで、これまたネットで物色したらしい、そうとう年下の男を、自宅に迎え入れて結婚し(要するに「ヒモ」)、わざわざ、息子と同じ部屋で起居させていたとかいう、そんな状態だった、その「世話係」兼「ヒモ」男が、託されていた小学生を殺害した容疑で逮捕された、という事件が、数年前に起きたわね。
経済力ある母親のミエとウヌボレと小賢しさによる、とんだ誤算。
子どもに、もろにトバッチリ。
どういう顛末になったのやら、
なんか中途半端なまま、報じられなくなったようなので、私は、その後を知らないけど。
男性一般にも、子どもっぽく、あさはかな拘りが あるのと同様で、
ちょっと昔までは、ずばり、「コブ付き」の年増女は、ふつうは、男に敬遠され、もはや、女としては相手にされない代名詞の如き存在だったのが従来。
貧しい生活のなか、思いがけず、亭主を失えば、キャリアなき女は、髪振り乱し、粗末な なりで、汗水たらして労働してたら、お化粧パフパフどころじゃない。
大概の場合は、子どもを手離し、自分の身ひとつになり、あらためて、他家へ嫁入りし直す。
でなきゃ、夜の世界に入る。
あえて言わないでいたが、
私なりの、そうとうに辛辣な観察と分析を述べてみようか。
子どもが何人いようと、
いまどきの日本の母親は、浮ついたハイティーンの頃のように「女の子」のままで いたがるのかな。
それとも、昔から、女性には一定の、そんな傾向が あったかもしれないが、
現代は、外見も、実年齢よりも飛躍的に若く見えるようになり、おまけに、若い女性の多くは、ほんとうに研究熱心でwお化粧の腕前だけはwこれまた飛躍的に上がったみたいだし、そのニーズに応える様々な商品も豊富に揃う時代となっているから、年齢を重ねても、いつまでも「女女(おんなおんな)」していたいし、しようと思えば、かなりの程度は可能という時代の風潮が あるようにも思える。
そのせいか、
「カレシ」と呼べる存在が常に いないと、なんだか肩身が狭いかのようでもある。
ましてや、猫も杓子もという勢いで、軽薄なインターネットが拍車を かけている。
昔なら、いわゆる「お水」系とか性的な商売の女性特有、みたいなものだったろうと思うのだが、現代女性は、もはや、「カタギ」の一般家庭の娘や学生であろうとも、気軽なバイト感覚で稼げるくらいに思っているし、そういう感覚に、抵抗感が少なくなっていると思う。
結婚が伴っていようと いなかろうと、少なくとも、子どもを産むということは、すなわち、セックスする関係の親密な男が いるもん!という、一種のミエみたいなもんでもあるのだろう。
まさに、「性の商品」たることを、女性みずからが肯定し、拘り、
学問などや仕事に邁進できない女性は、ますますもって「商品としての女性」ロードを ひた走るしか なく、
けっこうな手当金(税金)を もらって、せっかく出産した子を、片っ端から虐め殺していくようでは、まったくバカバカしい仕儀だとしか言いようが ないが、
たしかに、日本では昔から、特に女性の価値は若いことに置いているし、
日本に限らず、ほぼ世界共通の基本では あるのだろうが、やはり外見に囚われる傾向は確かに ある。
外見有利であれば、それだけで、結婚でも仕事でも有利。概ねの事実では ある。
もっとも、弊害(悪い虫w)が つきまとうことも少なくない。本人の知性と見識しだいの面も大きいだろう。
生来の容貌が人並み以上でさえ あれば、内面的には浅薄な人がらで あったり、無意識のうちに、容貌を鼻にかける人も、めずらしくは ないのを、私自身、身近な例で幾つも知っている。
どういうわけか、容貌の格差バラツキが、昔から大きいらしい?お隣の国では、整形が盛ん過ぎるのかw特に芸能人などは、皆、唖然とするほど、揃って同じ顔に見えてしまうことも あるがww
心理的に、内心の劣等感が どうにも できないほど つよいもので あると、やたらと外見ばかりを気にするようになるのは、めずらしいことでは ない。たとえ、生来の美男美女で あってもだ。ましてや、そうでないとなると、、、(ry)
とりあえずは外面的に自信が持てれば、いちおう安心できるし、
この場合の「外見」には、学歴や肩書の類も含まれてくる。
以下は、先日のエントリー『【続】昔の「ヤング ケアラー」と、現代の母親たち』の追記です。
「裁ち鋏の鋭い刃は、義祖母の太腿に突き刺さり、救急車を呼ぶ騒ぎになった、そのあいだじゅう、義祖母は、狂ったように泣き喚いていたという」
このように述べたのだが、
述べた あとから思い出した。
と言うのは、
その当時、すでに、十代で嫁がされたために、おとなしい妹を庇うことも できなくなっていたという、私の母親の述懐によれば、
たまたま、そのとき、父親(私の祖父)が不在だったのを いいことに
(だから、義理の娘を素っ裸にして、家の外へ放り出す狼藉を やれたんだろうが)、
義祖母の虐待ぶりを普段から知っていた近所の人たちが、スクラムを組むみたいに、救急車を呼ぶのをジャマしたか、テキトーなこと言って、ていよく、救急隊員を追い返したか、そういう話だった。
継子に対する虐待が酷かった義祖母が、ついには殺されたとしても、事情を知っている近所の人々は、ひょっとすると、やっぱり、救急を呼ぶのをジャマしたかもしれない。
昨今の虐待事件を めぐる、ご近所や周辺の人々の反応を報じる記事を眺めていて、ふと、そのことを思った しだい。
【続く】
2022.02.19 (Sat)
『最新の所感いくつか――超弩キュンの世界――』から続き。
さて、
先にアップした『【メモ】打ち続く子ども虐待事件に関して』のアップし直し分です。内容は同じなので、すでに読まれた かたは、とばしてちょ。
…
最近も、『福岡』のほうで、生後11ヵ月の女児が、頭部に致命的衝撃を受けて亡くなっていたという事件が発覚。
この事件も、なんだか謎がチラホラだ。
まずは、やはり密室の母子間で起きたことなので、確証が得られにくいというパターン。
なんと、すでに3年以上も前に起きたことだというので、なぜ そんなに、月日が かかっていたのか?と、どシロウトの身としては思えてしまうのだけれど、
事故でなく、虐待による死亡との断定は困難ながらも、何か引っ掛かるものが あるのを、警察側も払拭できないでいるままに、捜査を続けていたのだろうか。
抱っこしていたにせよ、ソファに座らせていたにせよ、ある程度の高さの ある位置から落ちたということだけなら、ともかく、
子育て経験のない私でも、不審に思ってしまうのは、亡くなった乳児の からだに、痣が いくつも あった、ということ。
これって、やっぱり、虐待の場合に定番のパターンの一つじゃないのかと思うんだけど。
この女児の母親は、
20歳頃、いまどきでは、かなりの若さで結婚そして出産したようであるが、
あとから報じられたのは、『癲癇』の持病が あったということだ。
だったら、
どうなんだろうねえ。。。
『癲癇』の持病が、どの程度に深刻なのかによっても左右されるのかな。
いきなり発作が起きるとかするんでしょ?あかちゃん抱いたまま立っているというのも、剣呑じゃなかろうか。つまり、避けませんか?
そもそも、
基本的に健康で、体力の ある母親でさえも、どうしても寝不足に なるし、しんどくて しょうがないとグチを言わずに おれないようなのだから、いずれにせよ、出産、育児、まず出産からしてが、『癲癇』を悪化させる原因になったりしないのだろうか。つまり、これも避けませんかね?
あかちゃんが亡くなって、この3年半のあいだに、女児の両親は、離婚していたらしいのも、どういう心情からだったのか、父親であり、もと夫となっていた男性の自宅に、お仏壇や小さな御遺骨を安置しているようすも、ニュース番組で放映されていたのを垣間見たが、そこに飾られた遺児の表情が、これまた謎。
だって、
私には、半分泣き顔に見えてしまうのよ、その あかちゃんの微笑みが。
生後1年にもならない あかちゃんなのに、
こんな複雑微妙な微笑み。。。
いつも突然、恐ろしく痛い思いを させられる。
理由なんか理解できるはずも なく、めちゃくちゃな不条理だ。
次また、突然に襲いかかってくるのだろう、恐ろしい衝撃を、薄々予感して怯えているようにも見える。
それでも、つかの間、微笑んでいる。
半分泣き顔、澄んだ目には涙が溜まっているように見える。
くだんの母親、まさか『代理ミュンヒハウゼン症候群』とかいうわけでは ないにしても、
医師が、帰宅許可を出しているにも かかわらず、
女児の強打した頭を、CTやらMRIやらで、もっと詳しく検査して調べてほしいと、なおも食い下がっていたというのは、
もしかしたら、
とにかく何が何でも、子どもを入院させたかったのが本音だったのかな?自宅に連れて帰るのが 厭だったとか??
私が20歳代のときの職場で、フリーのアナウンサーや司会業を やってる人たちと一緒に仕事することが何度も あったんだけど、そのなかの一人に、当時、中学生の娘さんが おられて、たまたま、うちの会社へ立ち寄られたことが あり、娘さんの姿を見て、少し驚いたのは、いつも元気で快活な おかあさんとは、だいぶ、顔立ちも雰囲気も違っていて、もの静かで、おとなしく、全体に、いわゆる「線の細い」感じの、しかも、なかなかの美少女だったのだが、当の おかあさんは、
「ふふふ、どう?わたしとは全然、似てないでしょ。娘は、主人のほうに似てるみたいでね」
と言って笑ってたんだけど、
後日、その娘さんが、下校途中、乗っていた自転車ごとバタンと倒れ、連れの友人や通りかかった人たちに助けられて、救急車で運ばれたと言ってたことが あった。
何が原因で、いきなり、路上でバッタリ倒れたのかと聞くと、『癲癇』の持病が あるんだと言ってた。
「こういうことが あるからね、怖いのよ」と。
実は、うちの母親も、『癲癇』の遺伝を持ってたようなのだ。
ようなのだ、と言うのは、よく聞くような「泡を吹いて」バッタリ!といった発作を起こしたことは ないので、私は、子どもの頃には、その話は知らなかったのだが、高校生になる頃だったか、
ほら、こないだのエントリーで、「服毒自殺して亡くなった叔母」が いたという話をアップしたでしょ。母ら三姉妹の真ん中で、いちばんの美人で、いちばん穏かで、おとなしくて、いちばん、義祖母に虐待されてたという叔母のこと。
この人がね、実は、『癲癇』持ちだったんだと。
ところが、うちの母親は、癲癇だとは決して言わない。
「ひきつけの少し酷いやつ」てな言い回しを してたけど、
これに限らずで、
私の障碍も、障碍とはゼッタイに認めようと しなかったが、
東京に長年 住んでいた、2番目の叔母が、『統合失調症』を突発的に発症したときも、姉である母親は、なにを考えてだか、
最初の頃、「妹のは、精神病じゃない」『甲状腺機能障害』だ『バセドウ病』なんだと、母親のヘンな癖の一つでは あったが、勝手に診断名を下して言い募っていたのである。
そんなこと言ったって、ちょっと調べたら分かるがな。
叔母は、間違いなく『統合失調症』の典型的な発作を起こしてた。
自殺した叔母も、かなり重度の『癲癇』だったはず。
どうりでね、
のちに、「脳に異常あり」とは聞いていただけ あって、うちの母親自身も、たまに、ヘンな発作みたいなものが起きてたわけよ。
『本態性高血圧』のせいか、いつもの往復イビキを盛大に掻いて寝てると思ったら、いきなり、「ううう~寒い寒い」と呻き始める。
何度も、そういう「発作」みたいのが起きてたので、そのたびに、急いで、母親の寝てる部屋に入り、ようすを見てみると、室温や季節に関係なく、全身ガタガタ激しく震えてるから、本人の要求どおり、掛け布団を何枚も掛けてあげるんだけど、
ただ、一度だけ、
ふつうに起きている昼間、いきなり、ぺたんと座り込んでいて、さめざめと泣きながら、わけのワカランことを口走っていたことも あった。
その日は、たまたま、知人の自家用車に同乗させてもらった4、5人のグループに加えて、私と母親も混ぜてもらい、『奈良』の古刹での精進料理と観月の催しに参加する予定だったので、すでに身じたくも済んだのに、どうなるやらと思ったけど、
ところが、いつも大概そうなんだけど、わりと短時間で回復するのよ。
で、その日も、約束どおりの時間に迎えに来てもらった頃には、一転していて、母親は、うきうき、ハイ状態。
少し前まで、あんな異常状態だったなんて、誰が想像するものか。![]()
当時の私は、うちの母親って、どうして、時々、こんなケッタイな状態になるんだろうかと、フシギで しょうが なかったんだけど。
まあ、私自身は辛うじて、母親や叔母みたいな症状までは 出なかったので、もっけの幸いというもんだが、
あらためて、自分に、子どもが いなくて よかったなあとも思うわ。
だって、潜在的にせよ、遺伝するんだもんね?
アレルギーについての考察を、エントリーアップしたことも あるけど、
私自身、同腹の姉が そうであるように、母親由来のアレルギーが あるはずなのに、
30歳代に入る頃までは、全くと言っていいほど、自覚してなかった。
以前のエントリーで、思い起こして綴ってあるけど、
ある洋菓子を食べたときの「蕁麻疹」と、また別の日に、ある入浴剤を使用したことから、「喘鳴」を起こすほど、かなりキツイ症状が出たことで、あ、これは もしや、と気づいた。
それでも、ふだんは、出たぁ~アレルギ~!
というほどの発作は起きないで済んでる。
比較的、軽いアレルギーなのかと思うけども、場合によって、キツく出るときは、そうとうキツかったからね。
どうも、母親や姉のみならず、友人や知人のなかで、つよいアレルギー持ちであると、日常的に自認している人たちの性格が、心なしか、キツイ感じする人が多い印象。
まあ、ふだんは親切・温厚そうにしていても、ひとたび自分の身に何か あると、最大の防御は攻撃、と ばかりに、本性のキツさ全開になる、
どうも、そんな傾向を共通して帯びているように思える。
その点、私なんかは「酸欠脳」のせいかwぼ~~~っとしてるからねw
その おかげで、
アレルギーのほうも、ぼ~~~っと していてくれてる気がするw
もっとも、
この「ぼ~~~」状態も、もしかしたら、母方の遺伝形質の一つであると思しき『癲癇』に由来しているのかもしれないけど?
【続く】