2014.03.05 (Wed)
本心では認めとうなかったことを、
かえって、世界に向け、公にハッキリと、
みずから積極的にコトバに表わして、
認め直さざるを得ないという仕儀に次々なってきとるやんかー。。。
ああ、、、なんでなん?
こういうのも、一種の「ブーメラン」なのでせうかw
『「事実誤認」と菅長官…NYタイムズ社説に抗議』
読売新聞 3月5日(水)5時57分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140305-00000206-yom-pol
~
これに対し、菅氏は「首相がそのような発言をしたことはない」と反論。「日本政府の基本的な立場は、1937年の旧日本軍による南京入城後、非戦闘員の殺害、略奪行為があったことは否定できないというもので、安倍政権も全く同じ見解だ」と述べた。
最終更新:3月5日(水)5時57分
2014.03.05 (Wed)
なにしろ日本の場合、アメリカとのあいだに、「安保」という特異なものがあるからね。。。
これ一つとっても、デメリットと同時にメリットの側面も小さくなかったわけで。一筋縄でいかない。
『安倍首相「解釈改憲」発言で注目 立憲主義とは?/早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語』THE PAGE 3月4日(火)11時0分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140304-00000002-wordleaf-pol
『室井佑月 安倍首相に「あのぉ、三権分立って知ってます?」〈週刊朝日〉』
dot. 2月28日(金)16時7分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140228-00000007-sasahi-pol
室井さんのを読んでみて、テレビ見ない即ち国会中継等も、まず見ていない私も、じつに疎いものだから、「法制局」とだけ述べてあれば、それは、おかしいよな?と思う。
ただ、正確に「内閣」とアタマに付いてれば、ああ、それは内閣のだもんね、くらいは、私でも比較的すぐに気づく。けれど、それでも、
首相を相手に、というのと、内閣法制局長官を相手に質問するというのでは、いかに首相が、ある限度内で最高責任者ではあっても、おのずと多少の意味合いは異なってくるのではないかとも思う。
『内閣法制局は「法の番人」なの?-池田 信夫』
アゴラ 2月17日(月)13時58分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140217-00010001-agora-pol
暴論w
だいたいねー、基本的に個人の一般企業経営と、国家の運営・首相職とを一緒くたには できないでしょ。
外交絡みの国益問題なんかには特に、そのへんの違いが出てるでしょう。
この池田さんてかたは時々(しょっちゅう?w)こうした論を展開なさるようなので、あまり信用しないほうがいいのかなあという印象を持ったのだけども(苦笑)
「使えない権利をもっていてもしょうがありません」
あ そう。じゃあ、捨てたらいいがww
まあ でも、
「国会で審議すべき」
最終的には、そういうことですな。
…
なんせ、信頼というものが、わが国の歴史において、どれだけ台なしにされてきたことか。
直近では、あの大震災と原発事故にまつわる経緯。
にもかかわらず、一つには「おかみ」意識のもとでか、世界有数の おとなしさ、従順さで知られてきた日本国民。だが、ま、一言で言って、
水面下では、やっぱり多くの国民に、底の知れない不安があるわけよ。
安倍さんは、この前には、国民投票!ということで騒いでたようだけどw
96条だっけ?「改正」反対者に対し、「国民を信用しないのか?」などと、産経あたりは殆ど恫喝的論調な記事を出してたしww
まあ、私自身は、旧ブログのほうで、まず信用できないわなあという旨を述べておいた。そりゃそうでしょう。
どこの国でも同じことが言えるのだろうけれど、国民の圧倒的大多数が信用に足る先見の明ある聡明な人々だったら、わざわざ、議員だの何だのと特別大がかりに選抜・委託する対象を設ける必要もないこと。
しかし、いわく「最高責任者」たる者が本当に責任を とったためしはなさそうなのだが、
主権者にして最終責任者である一般国民は実際、まさしく最終の責任は とらざるを得ない。さしづめ、あの原発事故は典型的だった。
切実さが違うわってもんだが、悲しいかな、心理学においても、「分散されると希薄になる」理論と似て、各人の自覚の重さは いたって軽いかもしれない。投票率等にも如実に表れてるみたいな。
下記の抜粋は週刊朝日という「朝日」系列、その朝日の、興味深い過去記事だ。
私も、少し検索してみて、目についた部分をササッと流し読みしただけなので、全部読んではいないけど。
これらを掲載当時の日付が、記事部分上下には見当たらないようだが、文中から察するに、民主党政権のとき書かれたものらしい。
はて、自民党安倍政権の いまと比べて、どうなのだろうか。意外な皮肉も生じているように見えるし、たいへん興味深い展開になっているようではある。
『問われる「法制局頼み」あるべき役割分担は山口進』
http://globe.asahi.com/feature/100614/04_1.html
~その認識のように、時代は動いていくだろう。ただ、内閣法制局が果たしてきた役割がすべていらなくなるわけではない。
人々が法律を信頼して行動できるように、法律同士が矛盾したり、法律やそれを支える考え方がころころと変わったりしないようにする。また、むき出しの多数決による政治の暴走をチェックし、バランスをとる――そうした役割を果たす法律の専門家、広い意味の「法曹」は必要だ。そして同時に、法曹の側には、変わりゆく社会に開かれたものとして法をつくり、とらえる姿勢が求められる。
そうした役割を、立法、司法、行政それぞれがどう担うべきなのか。
まず重要なのは、裁判所だ。これまで内閣法制局の存在感が大きかった背景には、法律などが憲法に違反していると判断することに最高裁が消極的だったことが挙げられる。
議員立法が増加したり、いわゆる「政治主導」の名の下で内閣法制局の審査がスキップされたりするようになると、いわば「できそこない」の法律が成立する可能性もある。すると、最高裁に対する期待は、今後一層強まり、あるいは質的に変化するのではないか――東大准教授の宍戸常寿はそう予測する。
~
法制局長官の答弁禁止について、元内閣法制局参事官で内閣府副大臣の平岡秀夫はこう話す。「政治家よ、もっとちゃんと勉強しろよ、ということだ。過去の国会の議論がどういうものだったのか、なぜ政府の統一見解がそうなっているのか、ちゃんと踏まえた議論が政治家同士でできるようになるべきだ」
~
『「政治の復権」と「法の支配」それが憲法の要請だ佐藤幸治・京大名誉教授』
http://globe.asahi.com/feature/100614/04_2.html
内閣法制局を今後どう考えるかは、裁判所のあり方、国会のあり方、政党のあり方など、すべてに結びついている。
「法制局頼み」にならないためにはどうすべきか。一つは、政党がガバナンスを高め、自前で法制の管理をできるようになることだ。
もう一つは、裁判所がもっと力を持ち、違憲審査や行政訴訟に本格的に取り組めるような体制を作ることだ。
政治家のなり手をどんな層に求めるかも重要だ。~
~
明治憲法体制が瓦解(がかい)したのは、色々と努力が試みられながらも結局は政治が衰退したからだ。政策的ビジョンを明らかにしつつ、全体を統括し、責任を持って推進できる政治が重要だ。憲法で重要なのは、「政治の復権」と「法の支配(人権保障)の強化」。政治改革・行政改革・司法改革などはそのためのものであり、粘り強く取り組んでいくことが必要だと考えている。
(文字強調等はブログ主による)
「政治の復権」と「法の支配(人権保障)の強化」。
現行の安倍政権を見ていて、こういう点は特に奇妙な矛盾と危うさを感じさせられるのだが。
『法制局の意見は十分に尊重。解釈の変更は内閣の責任で
石原信雄・元官房副長官』
http://globe.asahi.com/feature/100614/04_3.html
~
――民主党主導で、国会における内閣法制局長官の答弁を禁止しようとの動きを、どのように見ていますか。
~
ありゃりゃ?(爆)
...
『憲法解釈変更「最高責任者は私」 首相答弁に党内で批判』
2014年2月14日07時51分
http://www.asahi.com/articles/ASG2F4DWVG2FUTFK005.html
~
安倍首相は12日の衆院予算委で、憲法改正ではなく解釈変更により集団的自衛権の行使を容認できるか問われ、「(憲法解釈の)最高の責任者は私だ。政府答弁に私が責任を持って、その上で私たちは選挙で国民の審判を受ける。審判を受けるのは内閣法制局長官ではない。私だ」と答弁した。
~
首相は、憲法解釈を担当する法制局が内閣の中の組織であることから、憲法解釈を最終判断する権限は内閣の長の自身にあることを強調したとみられる。一方、時の政権の判断によって、法制局が積み上げてきた憲法解釈の変更が頻繁に繰り返され、憲法の安定性が損なわれることを危惧する意見も根強い。
首相は13日の同委で「政治の場で私が決めればいいということではない。安保法制懇(首相の私的諮問機関)で慎重に深い議論をして頂いている」と答弁し、自らの判断だけで憲法解釈変更を決断するわけではないとの考えも強調。~
『<内閣法制局長官>公務に復帰「首相の方針に従ってやる」』
毎日新聞 2月24日(月)20時45分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140224-00000091-mai-pol
『解釈変更「厳しい制約」=小松法制局長官』
時事通信 3月4日(火)20時49分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140304-00000168-jij-pol
2014.03.03 (Mon)
『NHK会長が「よくある」という「辞表預かり」 一般企業で辞表提出させたら違法?』
弁護士ドットコム 3月1日(土)17時13分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140301-00001245-bengocom-soci
~
にもかかわらず、監督される対象の代表取締役が、取締役の辞表を預かり、いつでも取締役の地位を失わせることができる……というのはおかしな話です。
~
そりゃあ、安倍自民政権と軌を一にしてるっつうことじゃないのぉ?w
国家権力を、ではなく真逆に、主権者たる国民を縛ってやる、という安倍自民政権の精神とさww
それにしても、アカラサマ過ぎな感じだわよねwww
ま、安倍政権の人事って、たいがい、こんな調子だwwww
籾井さんて方は、私なんかが、写真を一目見ただけでも、
「このひと、そうとう奇矯なと言うか、癖のつよいタイプだな」と お見受けしていたけど。
なんとなく、落語家みたいな感じだわ、、、という第一印象w
2014.02.26 (Wed)
グッジョブだw
あたまの回転も速いけど、やっぱ、なかなかの気の強さ(笑)
さも、「やると思った」的説教口調の失言かました、元首相たる森さんよりも、ずっとクールで気の利いた対応です。若いのに、しっかりしてるなあ。
森元首相ぎゃふんw
やっぱり、価値観の相違ということであって、森さんとしても基本的には、浅田選手への悪気の発言ではなかったにせよだ、
「人間なので失敗することもある。失敗したくて失敗しているわけじゃない」
そのとおりだもんねえ(苦笑)
もしも私が、真央ちゃんの立場だったとしたら、
まずは、多少形式的な挨拶程度にせよ一応、謝っちゃうのかもしれない。
しかし、そういうとこが、よくないのかもなと気が ついた。
私は子ども時分からそうだったけど、たとえ、もともとの原因が自分自身になかったとしても、自分のほうから率先して謝っちゃう傾向があってさ。まあ、日本人的感覚のうちなんだろうか。
羽生選手の発言を見ても、メダル取れさえすれば、それで気が済む、というわけにもいかないみたいだし、最後は、当の自分の納得いくかどうかが一番なんだなあ。
今回のオリンピックは、若い彼らに教わることが幾つもありましたわ。
『真央会見「私はなんとも…森さんが後悔しているのでは」』
2014年2月25日13時25分
http://www.asahi.com/articles/ASG2T3K3KG2TUTQP006.html
ソチ五輪のフィギュアスケート女子で6位だった浅田真央選手(中京大)が25日、帰国直後に東京都内の日本外国特派員協会で記者会見した。
森喜朗元首相が浅田選手がショートプログラムで16位に終わった後、「あの子は、大事な時に必ず転ぶ」と発言したことをどう思ったかを海外メディアから質問されると、「私自身、それを聞いたのは終わった後だった。人間なので失敗することもある。失敗したくて失敗しているわけじゃない」と言うと、「私は別になんとも思っていないですけど、森さんが今、後悔しているのではないかなと思います」。会場は爆笑に包まれた。
会見では、浅田選手は冒頭に「ソチ五輪では、最終的に目標としている演技ができた。日本にメダルを持って帰って来れなかったことが今でもとても残念だし、すごい悔しい気持ちでいっぱい」とあいさつ。
会見では海外メディアを中心に現役引退に関する質問が相次いだが、浅田選手は「まだもう一つ試合が残っている。世界選手権でショートもフリーも両方そろえて、ショーで全国のみなさんに感謝の滑りをして、それからしっかり自分で落ち着いて考えたい」とし、来季の現役続行の可能性を「いまのところハーフハーフ(五分五分)くらい」と笑って答えた。
かねがね思ってたんだけど、真央ちゃんて、単に美人とかいうの超えて、良い人相してるよなあ。
実は私、学生時代だったか若い頃、もし、自分に娘が できたら、「まお」という名前にしようと思ってたことがあって。漢字は「真生」なんだけど(笑)
母親に、「まお~なんて気持ちワルイ」ってクサされてさw
もし息子だったら、「雪比古・雪日子」とか(笑)
これも母親に、
「おまえに似て色白ならいいが、もし、相手の男に似ていて色黒だったとしたら、皆から、黒ヒコと呼ばれる」とクサされたww
『ソチ オリンピックの舞台裏というか実態というかw』
2014.02.25 (Tue)
ほんと、厭ね、、、このギスギスさ。
ある意味、なんだか「ウロボロスの輪」みたいな。
近年では特に深く怒りを感じた事件の一つとなってしまった。
しかも、日を追うにつれ、吐き気を催すほど、怒りの深さは増していく。
『<佐村河内さん問題>聴覚障害の認定方法を見直しへ 厚労省』
毎日新聞 2月21日(金)11時9分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140221-00000033-mai-soci
【文字強調はブログ主による】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9F%E9%9F%B3%E6%80%A7%E9%9B%A3%E8%81%B4
語音聴力検査
語音聴力検査とは、言葉が聞き取れるかどうかを調べる検査である。音を感知できるかどうかの検査が純音聴力検査であるのに対し、声の違いという、言わば音色の違いを判別できるかどうかの検査が語音聴力検査ということになる。
語音聴力検査は、被験者に一定の音圧で、被験者が習熟している言語の短い単語や数字、または、被験者が習熟している言語で使用される音(日本語なら「あ」や「い」などの意味のない音)を聞かせるという方法で行う。検査結果は正答率(パーセント)で示され、これを語音明瞭度と呼ぶ。なお、音圧を変えて検査を行い、全ての音圧条件の中で最も高い正答率が得られた時の正答率は何%であったかを、最高語音明瞭度と呼ぶ。
もしも被験者の聴力が正常であれば、最高語音明瞭度は100%となる。また伝音難聴でも、音圧を上げれば(音を強くしてゆけば)語音明瞭度は上がり、100%も出るので、やはり最高語音明瞭度は100%となる。しかし、感音難聴では障害の起こっている部位によって結果が変わってくる。例えば、内耳性難聴では補充現象が起こるために、音圧が上がると逆に言葉が上手く聞き取れない現象(ロールオーバー現象)も起こる。また、最高語音明瞭度も80%程度となる。さらに、皮質性難聴などの場合、純音聴力検査での成績に比べて、語音聴力検査の成績が悪い傾向にある。つまり、純音は十分に聞こえている音圧なのに、その音圧で言葉の聞き取りができないということだ。すなわち、音が鳴っているのは判るのだが、何を言っているのか判別できない状態である。皮質性難聴などの最高語音明瞭度は、50%を切ることもしばしばで、こうなると補聴器も役に立たない。
~
「補充現象」か。。。
いままで、検査してもらった医師にも、詳しく説明されたことはないのだが、もしかしたら、私のも、これに該当してるのかな?
だとしたら、補聴器が、まったくと言って過言でないほど役立たずなのも腑に落ちる。
ほったらかしにされたまま成人し
(二十歳前後の頃、就職にあたって、つよい不安を感じ、自分で、障害手帳申請等を試みようとしたときも、母親に徹底的に妨害されたw
看護婦さんに、「よく今までガマンしてたねえ」と感心されたときも、母親は、むう~っとフテクサレてたww)、
なんとか、社会に出たあとも、今度は仕事で泣きを みることが多過ぎたため、やっとこ、片耳分だけ、中程度価格(←耳穴に隠れるようにという母親の要請第一でw)の補聴器を誂えてくれたときの うちの母親よ。。。
やれ価格が高いだの、親父に謝れ、感謝しろだの、よくも まあ、あのくらい、恩を着せて罵ってくれたものだ(呆)
勝手な罵倒ざんまい言いたかほうだい言い散らしたまま、あの世にトンズラw
しかも、死後になっても、なんだかんだで足ひっぱってくれて
“If a child lives with shame,He learnes to feel guilty.”
http://www.eonet.ne.jp/~th69/osie/osie4.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B4%E8%A6%9A%E8%A3%9C%E5%85%85%E7%8F%BE%E8%B1%A1
~
健常耳で聞こえる可聴レベルの音声が聞こえないにもかかわらず、可聴音量を一定以上超えた大きさの音声が健常耳に比べて激しく響き、耳に刺激を感じ苦痛である。
一定の大きさを超えた音は健常耳より大きく響いて聞こえ苦痛であるが、音声の聞き取りの精度・明瞭度は低下しているので会話には支障が生じる。
補充現象の強さはどの音に対しても一定ではなく、子供が叫ぶ音、高音の機械音、高音の金属音、スクーターの排気音などの高音および破裂音、圧迫感のある音に対してより顕著である。
~
「特に、子供が叫ぶ音、テレビの音、高音の機械音、高音の金属音、スクーターの排気音、車の走行音などが響いて聞こえ、苦痛である。」
?
しかし、私は、これらの音が苦痛なわけでもない。だって、だいたい、高音域になるほど、音自体が捉えられないのだから。
だけども、聴力検査のときの、耳のなか殴りつけられたかのような強烈な痛みは、こういうことが原因になっているとしか考えられないようだ。
医学界でも、いまだにハッキリとは分かってないのだね。
ま、なんにせよ、
「脳波」によって検査するのであれば、痛みや苦痛が伴わないのなら、私自身は、そのほうが、よっぽど助かるというもの。
ひょっとしたら、級が もう一段上がっちゃうかもな(苦笑)
『迷惑な「佐村河内」事件』