2022.03.31 (Thu)
『独裁者が好きなこと』の続き。
一国を背負う責任は非常に重いはず。
ましてや、大国となれば、全世界レベルの責任だ。
これも、いつも思うのだが、
アメリカを筆頭に、ドイツやフランスなどの首脳は、自国自身が抱える問題も深刻なのに、それに加え、常に、他国のことも同時進行で心配し、実際に動き、効果が見込めるように対処しなければ ならないのだから、つくづく、当選目当ての姑息で、いかにも みみっちい、子ども騙しの有権者バラマキ(5千円だってサ、ほんとに子どもの小遣いなみw)や支持層への効果的な媚びの やりかたは?ということしかアタマに なさそうな日本の政治家の意識の低さ、オコチャマぶり、スケールの小ささが不甲斐なく思えてくる。
特に最近の「見かけ野党」と きたら、いよいよ、揃いも揃っての不審な動き。
なぜか、
よりによって『自民だっぴ党』の「重鎮」のとこへ お参りしに行ってるのかい??と思っていたら、選挙に落ちて「わたしバカよね~」みたいな歌を歌ってるし、
なぜか、
プライベートでは非常に親しくしてきたという『自民だっぴ党』の「大物」の家に、息子が養子に行って行ってしーまった~とか歌ってるし。
不審なんてもんじゃないわよ。ふだん、陰で何やってんだろうか。
旧『民主党』どうしで明け暮れ兄弟ゲンカばかりしてる片割れが、突如、『自民だっぴ党』にマンセーして、『日本稚新』に取って代わろうとしていたり。
アメリカに対しては、これも常々のように言ってきた辛辣な批判は、私自身、それなりに不審や不信感が あり、少なくとも、全面的な信用に足る相手とまでは思えていないからだが、
それでも、近年のアメリカは、オバマ大統領の頃からは、なお表面的にせよ、明らかに、方針や姿勢の転換を打ち出してきた。
「パックス アメリカーナ」の時代を過ぎ、「世界の警察」は、もう やめると言うのも、それだけ、夥しい間違いと深刻重大な失敗を繰り返してきた あげく、世界じゅうを困惑させ、肝心の自国内の疲弊と不満をも招いてきたことのうえに、こんにちのアメリカが ある。
その究極が、プーチン氏に心酔していることを隠しもしない、あのトランプ政権の最後に噴き出した、議会襲撃という、前代未聞の事態だ。
いまのアメリカは、それにつれて世界も、ひとつの大きな過渡期を迎えているのだろう。
さて、
『ゼレンスキー氏「真実におびえている」異例インタビューをロシアが“放送阻止”(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース』
2022/3/29(火) 19:37最終更新:3/29(火) 22:59テレビ朝日系(ANN)
「法令違反」って?
そりゃ、おたくとこは、「プーチンさまイコール法律」の人治国家ですもんねwプップププー朕ww
「古いロシアの やりかた」
というのは、ロシアに限ったことでは ないね。
万国共通だ。
独裁政権、それを望んでいる政権、「権威主義」や「全体主義」志向の政権には必ず見られるものだ。
あろうことか、「民主主義」下にあるはずの現代日本においても、安倍政権時に、その兆し明らかだったことは、前回のエントリーでも指摘してある。
ウクライナのゼレンスキー大統領が、今回、ロシアの「独立系」ジャーナリストたちのインタビュー中で発言した
「(プーチンのロシアが)恐れている」
という指摘も そのとおりであろう。
自分の つごうの いいようにと切望し、思うとおりにしておかずんば承知しない独裁者あるいは独裁志望者たちの性分、習性、その正体の根幹たるや、異常なほど神経質で、気が小さいからなのだ。
「こんな人たち」に勝つの負けるのと騒いだアベシが、
「原発廃炉に賛成?反対?」とのみ書かれたフリップを持って、無言で立っていただけの一人の女性の存在にすら耐えられないように(嗤)
ったく、
プーチンと一緒に「駆けて駆け」、そのまま帰ってくるなー!!(嘲)
あ、でも、あっさりフラレてしまったのだった、みじめミジメ~(嗤)
まあ、「ふつうの」人ならばね、自分の思いどおりにばかりは いかないもの、それは仕方ないことと諦めて、違和感が拭えないままの苦痛が解消できないのなら、そこから離れ、一人で静かにしてるもんでしょ。
たいがいは、干渉されるのがキライと同時に、他者に干渉するのも好まないから。
ところが、
自分自身に対する干渉はゼッタイに許せなくても、他者には干渉しまくりたい、
それも、できるだけ広範囲に干渉を及ぼしたい、そのためには、相応の権力が必要になってくる。
すなわち、他者の力を利用できる「人脈」が必要。
だから、どんな手を使ってでも、人のアタマの上に攀じ登りたがるわけ。
愛人やペットたちが、俺を裏切らないで、俺が殺さないでいられるうちに死んでいくのを見届けたいだけさ。
愛人やペットたちを除いた一人を殺すも二人を殺すも、何百何千何万人を殺すも、俺個人にとっては同じこと。
最後は地球上に ただ一人。その日が、少し早く訪れるだけのことだ。
世界じゅうが知ってるだろ?毒殺、暗殺、何でも ござれよ。
人も核兵器も、使える武器は全て使うさ。
「良心」?なにソレおいしいのか?
「倫理」?聞いたことが ないなあ。
クソ喰らえだ。
俺をゼッタイに裏切らない愛人やペットやトモダチ以外は。
…
でもね。
あなた以外の人たちだって、それぞれの家族なり友人なり大切な存在が あるのよ。
巻き込まないでね、極度の視野狭窄を患ってるゴチゴチ脳症さん。
あなたにとって、自分だけを裏切らない者の存在以外はジャマであるのと同様、
あなた以外の者にとっては、あなたの存在が邪魔そのもの。
それは、あなた自身が招いたこと。
…
「あべ応援団」の代表格として疑いの余地もないシンブン社『産経』が、かれこれ10年近く前まで運営していた、一般人用ブログ サイトでも、そこに参加していた一般人(のはずの)ブロガーたちが、
「知りたがる国民はダメ!!」
などと、堂々と書き募っていたもんだから、
私なんかは驚いて、わが眼を疑ったほどだったことは、過去エントリーでも何度か言ってあると思う。
「反戦」デモにしても、
そりゃ、まったくの無関心よりは、「何も しないよりはマシ」でしょう。
だけどね、
わかりやすいことなら、流行の、かつ安心できそうなファッションみたいに飛びつくだけじゃダメなのよ。
「あべ応援団」やウヨどもは、
「デモが できるだけ、日本は自由な国だ」
などと嘯くんだから。
かつての『シールズ』の活動なんかも、意外と(?)あっさりポシャッたよね。
その総括は、きちんと できてるのかな?とも思うの。
分かりやすい正義感あふれる主張なので、シンプルに「戦争反対」だけなら、現代に おいては、非の打ちどころもなさそうで、咎められるようなスローガンでは ないけれど、
では、
「とにかく、すべての戦争に、とにかく反対するか?」
と問われたときに、どれだけ、とことん「反戦」を貫けるか。
本来、ほんとうに切実なものでしょ。
デモも演説も防衛問題も。
流行りのファッションや偽善家のパフォーマンスやオタクの趣味嗜好や自慰のオカズじゃない。
一度は振り返ってみて、
掛け値なしに自問自答し、しっかり理論構築しておかないとね。
でないと、
国家権力の「暴力装置」の前に、カンタンに屈するハメになるよ。