2015.01.10 (Sat)
いま さっき読んだ
スポーツ報知 1月10日(土)19時45分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150110-00000118-sph-soci
ま、一言。
「自己愛性人格障害」者なんかと、うかうか付き合うもんじゃありませんわ。
始末悪いこと、このうえないからね。
「腐れ縁」というコトバもあるが、まず100パーセント近くは、どうしても、歪な、腐った人間関係になっていきやすいですから。
最後は、「共依存」とかに陥って、どっちも どっち状態に。
どーしても離れられないのであれば、せめて、子どもは つくらないようにすることだ。
子どもが、ものすごいトバッチリで、迷惑こうむって、さんざん苦労しますからね。
自分でも知らず知らずのうちに、歪みの影響を受けてしまうこともあるし。
なんせ、あのテの者というのは、「平気で嘘を つく人たち」ですから。
しかも、なまじに頭が良い者ほど、その嘘が嘘だと気づかれるまでに、長い年月を要したりする。
同じ「人格障害」者であっても、たいしたオツムでない者は、比較的すぐにバレる嘘を つくがw
本人は、今回の「事件」にも見られるように、非常に軽薄、かつ俗な性質なのです。
ただただ、自分の価値というものを、身勝手な方法で確認したいだけ。
根が俗物だからですよ。
だから、他者に対して、隙あらば、こういう俗悪な要求を突きつけ、恥を掻かせ、困らせようと欲してやまないのです。
「悪意」?ありますよw
私は、その「悪意」の対象になっていた経験があるから、ある程度、察しが つく。
なぜなら、以前にも言ったけれど、
彼らには、生まれつき備わってるのか?と言えるほど、
もともと「被害意識」があるからです。
ただし、その被害意識に、客観的あるいは論理的妥当性があるかどうかとは一切関係ない場合も多々あるらしい。
だって、
いつも、漠然とした不安感とか「見捨てられ不安」などを、つよく感じているというのだから(脳内分泌のぐあいにも関係してるのかね?)、それが、彼らの「被害意識」の源なのであろうし、
ひいては、
常に つきまとう、その根強い被害意識を、鬱憤晴らしを させてくれやすそうな相手を、常に虎視眈々と窺ってますわw
もともとが敏感過ぎるほど敏感で、抜け目がないと言っていいほど、損得計算、駆け引き計算に長けて、よく言えばシッカリした性格のひとも多いじゃないの?このテのひとたちってww
そして、これは、むしろ、普遍的な類の心理なのかもしれない、
すなわち、人というものは、
自分にとって重要な相手であるほど、その相手に、「転倒」と言うべき、被害意識を持つものらしい。
わかるかな?
その相手が、自分にとって、価値ある存在だと思えるからこそ、それが そのまま、わけもなく、損害意識や被害的感情に結び付いていくのらしいということ。
失うことを恐れるからこその反動ってとこかな?
だから、そういう相手に対してこそは、何らかの鬱憤晴らしをせずにいられないのかもしれない。
だが、それを やってしまったら、ほんとうに、見捨てられてしまいかねないという危惧がある場合には、、、
どうするかねえ?
第一に言えることは、とことん鬱屈するのだろうね。
思いっきり、ぶつけたいのに、ぶつけられないとなると。
じゃあ、どこに、ぶつけようとするだろうか。
それにしても、近頃の老若男ども、ナサケナサ過ぎやしませんかね?wははは、はっww
ごめんね、つい嗤ってしまってwww
まあ(辞任したそうだが)、人さまの子女を指導・教育する職に ありながら、この大学講師さんは、
年甲斐もないほど「おぼこい」のか、純情なオッサンなのねw
たぶん、女性経験が少な過ぎたのだろうかな?
ただ、ま、「人格障害」というのは、殆どが持ち前の性格ということなのだけれど、それだけに、基本的には、治療の しようもないわけだそうで、
かろうじて、年とったら、少しずつマシにはなっていくと言うのだが、
私の身近で知るかぎりでは、たしかに、けっして、「治る」ものではないようだ。
ヘタに責任感とか使命感でもって関わらないほうが、お互いの身のためだと思うがなあ。
最後まで自分一身の範囲で引き受けきる覚悟があるのならば、敢えて止めないけども。
それなら それで、一つの徹底した人生のありようかな、とも思えるし。
ただし、
たとえ悲劇を覚悟していても、くれぐれも、子どもは つくらないようにね、と言いたい。
巻き込んで、世代連鎖しやすいからね。そうなったら、ほんものの悲劇に終わる恐れが濃厚だから。
あの「カルト連」みたいに、自分の家族やリアル身近の周囲に対しては、いたって おとなしいと言うか、いわゆる「外弁慶」の歪形みたいなタイプだとすると、真逆に向いて、まるっきりの他人さんをこそ巻き込む傾向があるようだがね。