2019.03.28 (Thu)
以前のエントリーでも、『ヤフー』は怪しからんという内容を述べたことが あるけどw
最近またぞろ、
この怒りと言うか不信感を新たにする出来事が あった。
数日前のこと、どこかで手続き上の行き違いが あったのか知らんけど、『ヤフー』関係の機器に支障が起きた。もうメンドイこと このうえないが、かと言って、このまま、手を つかねておっては、支払ってる高い料金が本当に1日ごとにムダになってしまうじゃないか!
電話よりも、メール連絡のほうが好つごうな、聴障者たる私にとって、
しかも、新聞を購読してない、テレビも見れないとなると、やっぱり、ネットが利用できないのは困ってしまう面も大きい。なので、
急ぎ、近場(と言っても、かなりの距離)の、過去、パソコンを購入したりしてきた大型電気店へと走り、たまたま、『ヤフー』関係のキャンペーンを やってるところを見受けたので、声かけてくれたスタッフの人に、すみませんが、筆談で相談させてもらえる人お願い、と頼んだ。
『ソフトバンク』の各支店も、ひところを思えば、かなり、たたんでしまったのか、相談に応じてくれたスタッフの人が、近距離の店舗を検索して、やっと一つ見つけてくれたものの、
そこを目指して、該当付近を探し回っても見つからず。
飲まず食わずで、おなかペコペコだは、持病かかえてる足腰が痛くなっちゃったはで、ヘトヘトになって、
あきらめて、結局、自宅から電話することに。
キャンペーン スタッフの人が、「電話になるので、大変かとは思いますが、、、」と、案じてくれたとおり。いや、そんなことは、自分で分かってる。
案の定、ほとんど聞こえないのを、あぶら汗、冷や汗かきまくりつつ、
あてずっぽで、マニュアル案内の か細い声が要求してくるとおりしているつもりで、てきとーにピッポッパ。
何度か かけ直し、最初から聞き直しを繰り返して、やーっとかめ、ナマの人間の声らしきものが、かすかに聞こえ始めたので、こちら、聴覚障碍です、と、まずは ことわって、何人か応対する人が替わって、そこから先も、さんざんに待たされ、
本格的に やり取りが始まってからも、途中、話が噛み合わなかったり、そうとうにトンチンカンな応答(こういう場面は、私にとって毎度のこと)を交えつつwかれこれ1時間ほど経過。
受話器で強く圧迫し続けた耳が赤くなって、痛い。
聴障者はツライよ。。。
思わず、グチを言いたくなった出来事でした。
何度も何度も繰り返さざるを得なかった、このテの出来事が あるたびに、ナサケナイ、なんとも言えずミジメな気分になるのよ。
健常者の世界では勿論のこと浮きまくり、
さりとて、同じ聴障者どうしのはずの世界でも、なじむには、もはや時機を逸してしまった、まことに中途半端な存在である私にとって、
これが人生、
と言うか、疲れる。
心身の底深くから、疲れる。。。
ところで、聴障者との遣り取りにおいて、筆談等に応じるのは、「合理的配慮」のうちということで、いまでは、法的義務あるいは「努力義務」になっているらしいんだけども、専門筋や弁護士さんでも、それを知らない人が多いみたいな感じ。
当の私自身が、わりと最近、知人に教えてもらうまで知らんかった。
それで、スムーズな遣り取りのために、対面の場合なら筆談をと、あらかじめ用意しておいたペンとノート差し出し、お願いしても、相変わらずで、いっさい、応じてくれない人も少なくないのが現実。
電話じゃ埒が明かない場合であっても、ファクスが不可能ときたら、
話スムーズに進まないと、応対する立場のアナタもイライラするでしょうに?と、
ぶっちゃけ、障碍者である こちとらも内心、かなりイライラしてくることもある。急いでる場合は特にね。
しかし、それを、チラッとでも、雰囲気に出してしまったら、たちまち、人間関係とか悪くなるでしょ。
しょうもないことで不利益を被りたくは ないから、ここはグッと こらえて、平身低頭、どうか、どうか、お願いしますぅ~;と、拝み倒すくらいでないと。
つくづく、世のなか、聴障者のことなんか、そもそも考えてないわな、と、あらためて、身に沁みまする
まあ、そうは言っても、私だって、自分自身が体験してない障碍については、理解が及んでないこと多いだろうからなあ。
で、こちらに拝み倒させるほど、頑なで意地の悪い相手というのは、たいがいの場合、さも勿体つけ、恩着せがましく、エラそーに踏んぞり返った態度と、こう、相場が決まってるってなもんで。
字が上手くないからと、自分で決めつけていたので、人前ではゼッタイに、字を書かない態度を通していた。異様にプライド高かったからね。
まあ、筆談にせよ、それ以外の方法にせよ、幼児期からの聴障者である自分の弱点を常日頃から自覚し理解していて、日常的に慣れてる私は、
いま何の話なのか、その要旨に関係する、言わば「キーワード」一つが分かりさえすれば、そこから全体をサーッと理解することが できる場合は多いんだけど。
いわゆる健常者また健聴者にしてみれば、殊更、大層な、めんどくさい作業、というイメージが あるみたいで、筆談のコツ的なことなんて、普段思いもしない、知る気もない人が殆どだろう。
なので、
こういう場面に慣れてない、かつ真面目な人ほど、いざとなると、やたら丁寧に、話すコトバ全てを書き連ねようと、無意味なくらいガンバってくださるから、そりゃメンドクサイわよねえと思う。
お察しできますよ。こちらも、ますます、申し訳なく思っちゃう。m(_ _)m
小学校で1年生から担任だった、昔かたぎなベテラン教師が、いみじくも見抜いたとおりとなった。
純真で、同情心あつい、素直な性質の子どもだが、あまりにも自己主張が できなさ過ぎるままだと、この子は将来、大変な苦労を することになるだろう、と。
思えば、
幼稚園、小学校と、担任教師に促されても促されても、専門医に診せるのを忌避し、
「おまえのは障害じゃないんだ、性格の問題だ!努力と根性が足りないからだ!!」
と、障害手帳の申請をトコトンまで邪魔し、就職の足を引っ張り、
時すでに遅過ぎた補聴器を、高価なため、やっと片耳の分だけ(本当は、両耳でないと いけないのだが)購入するのに資金援助してくれた親父に謝れ!と要求し、
結局、私の障碍タイプでは、どんな補聴器も役に立たないと分かったら、これまた呆れ果てたように、「ワガママ」呼ばわりし、さんざん罵り、
すべてを私一人に押しつけ、
周囲の全員に、「あの出来損ない娘が悪いから、こうなった」ということに しおおせたのち、死をもってトンズラこくのに間に合った、
要領だけはスバラシく抜きん出たクソ親。
他人よりも、しまつが悪い、実の親。
これで、「自己主張」だの「自己肯定感」なんざ、
ハナから培えるわきゃねえのよ。
ややこし過ぎる人間関係、愛憎入り乱れる血縁関係のなかに放り込まれて、一人だけ幼児だった私の眼から見れば、家族らは、不可解で凶暴なオトナばかり。。。
そう言えば、むかしの勤務先の、かなり年上の同僚で、
ご本人自身、そうとうの問題を抱える人物だったんだけれど、あるとき、うちの親と会って、食事を共にする機会が あったあとで、
この同僚は、こう言った。
「あんた、おかあさんを信用し過ぎだよ!」
その当時は、私も若かったせいか、ピンと来なかった。
これらのことも振り返ってみれば、
自分自身が邪まなら、相手も また、その類に違いないと疑ってかかるのが心理だろうし、
狡猾どうしの駆け引き勝負よろしく、相手を陥れてでも、自分が勝とうとヤッキになる。それが生き甲斐ですら ある、似た者どうしこそは、自分の同類を嗅ぎ分け、見分けられるもんだと。
ところが、自分自身が持たざる性質の相手だと、とうてい、想像も及ばぬまま、ただ素朴に単純に、相手を良いように理解しようとする。
この場合は、自分と似ても似つかない相手だからこそ、なかなか見分けられないんだと思う。
まして、親だとね。
子どもにとっては、自分の親を疑って かかるというのは、どうしても困難だ。
ダブル不倫の計算づく、しかも根本バカ女が妊婦、その腹のなかに いるうちから、脳性マヒにならないほうがフシギな状態で放置、
予定日もデタラメななかで産み落とされ、
したがって、大難産の重度仮死状態だったわけで、
その時点で、栄養どころか、酸欠脳状態。
だから、何十年このかた、「ぼ~~~」っとしてるの!!しんどいからよ!
自慢の立派な墓に、終生執着した相手と同じ穴ぐらの底、目論見どおり納まって、
おまえさんら「共依存」夫婦の死後の世界や「来世」とやらは、
さぞやシアワセ万々歳?
今回、私が、「そういう星のもとに生まれて」、自分の「宿題」を果たしたのだ、という、もっともらしいスピリチュアル話が真実であるのなら、
次に、「宿題」を果たさなければ ならないのは、まさに、おまえさんたちだ。そういうことだろ?(嗤)
いったい、この世で最初の「カルマ」とやらを拵えたのは、誰だったというのか。
ならば、やっぱり、宇宙ごと、この世は消滅すべきだろが。
まったくもって、無意味なオハナシが あったもんだ。
【続く】