2022.11.15 (Tue)
『「地獄への道」』の続き。
それから、
とあるネット記事では、「アル中」と、それが齎す、脳の異常、ということを、専門家が解説しているものに目を通してみたのだけれど、こちらについても少々。
私とこの親父は、「しらふ」のときは、たしかに、パッと見、おだやかな、おとなしそうな性格の人に見えるという人が少なくなかったのだが、
ところが どっこい、
ちょっと何か、気に障ることや、つごうの悪いことが勃発すると、壊れた瞬間湯沸かし器の如くに火を噴く勢いで、凶暴な様相を見せることが たびたび あった。
まあ、もちろん、養家での生い立ちが薄幸であったことや、戦後に就いた職業が、本人の性に合わないゆえのストレス(ただし、娘の私の目から見れば、親父の性分にピッタシ合致してる職業だったと思うんだけどねwおカネの計算が大好きだったからww)とかも あったのだろうけど、
その代わりか何なのかしらんが、徹底的に、やりたいほうだい やってたことも多々あるのよ。
まずは、私ら家族に、ひどい暴言を吐いたり(こっちのほうは、むしろ、口達者な母親のほうが酷さの点で勝ってたけどさw)命に かかわりかねないほどの暴力を振るったり。
私の場合、ずばり言えば、障碍に つけ込まれ、いわゆる「経済的虐待」も加わった。
それらの みなもとが、親父らの生育環境などから来る根深いストレスだったと言われれば、けっして、否定は しないけれども、
少なくとも、ガマンばかりしてきたどころか、
世間で大いに糾弾されるような非倫理的な、その性格を咎められるような勝手なことも多々やってきてるのは事実だ。
過去エントリーで何度か述べているように、
私の母親が、子持ちの人妻だったにも おかまいなく、情熱的にと言うか、異様に執拗に迫りたおして、あげく、(私を)妊娠させたにも かかわらず、土壇場のド修羅場から、なんとかウヤムヤに逃げ出そうとして、意地の権化、はたまた、鬼女と化した(←私の母親w)に、首ねっこ とっつかまえられて、詰め腹を切らされるハメになったこととかね(嗤)
まあ、結果的に、親父と、その先妻の子らにとっては、ある意味、それまでの地獄の沙汰の如き生活から救い出されたと言える側面も大いに あったわけだけれどもw
そのトバッチリで、引き換えに犠牲になったのは、私だよww
親父はね、20歳代の若い頃、まだ「アル中」に なっていなかったはずの頃から、酒癖の悪さで知られていたらしい。
たとえば、酔っぱらって、
「おお、うまそうな鉄火(マグロ)じゃないか」
と言うなり、
火鉢のなかでカンカンになっている真っ赤な炭を、素手で、つまみあげようとしたもんだから、周囲が慌てて、羽交い絞めにして止めさせた、という逸話も ある。
…異様でしょ。![]()
まじで やろうとしたんだってさ。
真っ赤に燃えている炭をね、素手で。
まずはね、
私みたいな虚弱体質の者から言わせれば、お酒を飲める、それも多量にイッキに飲めるということ自体、エネルギッシュ、基礎体力が あるからなんだと思うよ。
それでいて、兄も呆れていたとおり、肝臓が悪くなりもしなかった。
私が厭がるので、あまり飲まなかった母親は『C型肝炎』になっていたけど。皮肉だよね。
さて、本題は、
地獄への道は、(見せかけの)善意が敷き詰められている。
これも最近のことなのだが、
動画を見ていたら、時々、宣伝が入って、本来の動画が中断されるよね。
そのコマーシャルのなかに混じっていたのが、聴覚障碍者の代わりに電話を かけてくれるという団体が あるのだそうで。
たいがいは途中までしか見ないし、できるだけ すみやかにストップさせてしまうから、内容を詳しくは見てないけれども、
なにしろ、私は、たとえば『ヤフージャパン』関係のことで、困り事が起きるたびに、電話それも、番号を選択していく形式の受付案内で、何度も本当に困ったことが あるので、当ブログで、そのおりの憤りやらを ぶつけていることを知っている読者さんも おられるだろう。
なので、
電話を代わりに かけてくれる「リレーサービス」?知らなかったわ、、、と、一度は興味を持って、いつになくシッカリ見てみたんだけれども、
見てみて、私は、ぜったいに、利用しないと思った。ここのはね。
この理由は、あとで まとめて述べます。
もう一つ、
どこぞの雑誌社だったかのネット記事内で、何やら親切そうなイメージでもって、就職・転職を斡旋しますという触れ込みの団体を、最後尾で紹介していた。
やれやれ、こういうふうに、メディアも協力してるんだな。
これらは、『日本会議』のオトモダチ団体でしょうが(嗤)
「全ての人が希望と尊厳をもって暮らせる社会へ」ですってさw
彼らの腹の底の目的と、実際に(裏で)やってることを考えたら、まあ、嗤っちゃうわよねww
先日来、これまた よりによって日本国の外務省が、『ODA』に かこつけて、アフリカあたりの学校、それが、例の『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』が設立した学校に対し、開校の祝辞やら大枚の祝い金を拠出していたとの記事を見かけるが、政治屋連中と口を揃えた如くに、知らんかった知らんかったと、ひたすら言いわけしている。
『日本会議』にせよ『(旧)統一教会』にせよ、このように、正体を慎重に隠しつつ、国家の権力システムに協力させて、無知でメデタい民衆に、底のほうから喰い込み続けているわけだ。
われわれが気づいたときには、時すでに遅し、って算段。
2022.11.15 (Tue)
『サクマ式ドロップス』を製造していた会社が、来年早々に廃業予定、というニュースが出ていた。
この缶入りドロップには、私個人的にも、幼き日の想い出が ある。
幼なじみらと、缶から一粒ずつ取り出したドロップの、何色が出てくるか「おみくじ」感覚で予想したり、互いに好きな色を取り合いになったり、
表面に まぶされている粉が取れて、それぞれの味の果物などの色が透き通るように光るのが見たくて、いったんは口のなかに放り込んだのを、わざわざ、手のひらに出して確認してみたり(汚いねw)。
小学校に入学して初めての遠足の おやつに、母親が買ってきてくれたのが、この缶入り『サクマ式ドロップス』だった。
母親は、
「おかあさんが子どもの頃から あったんやで」
と、言っていた。
私らの世代では、日常的な菓子ひとつを とっても、種類豊富になっていたので、小学校も高学年くらいになると、このドロップスは、あまりにも定番イメージゆえ、他の様々な菓子のほうに目が行くようになって、いつしか疎遠になっていったのだが、それでも、あらためて聞けば懐かしいし、容器もドロップ自体も、なかなかオシャレなものだったなと思う。
いまのうちに、一缶だけ買っておこうかという気を起こしたものの、すでに、オークション サイトあたりでは、信じ難いほどの高値で出品されているそうで、いまどきらしい現象では あるのだろうけれど、いささか呆れてしまった。
さて、
野坂昭如氏の原作である『火垂るの墓』は、私は、たしか小学高学年か中学生頃に、あるマンガ家さんによって描かれたものを読んでおり、男性のマンガ家さんの手によるためか、なかなか迫力ある緻密な画風も手伝って、その凄惨な描写に大ショックを受けて以来、こんにちでは『ジブリ』アニメによって知られているという当該作品を、決して見ないし、野坂氏の原作そのものも読む気になれないでいる。最初に読んだマンガから受けた影響が強烈で、滂沱の涙どころか、まじで、ご飯が喉を通らなくなるだろうことが分かっているから。
それでも、あの時代の実際を体験したことがない者にとって、たいへんな勉強になったと思う。
戦時には、身内や親戚でさえも、どのような態度になるものか、
このへんのことは、とある(お名前は失念しているが、知名度のある人だった)女性の おかあさんが、戦時中も欠かさず書いて残されていたという日記のなかにも、同じような情況が述べられていて、
戦時の人心は、ほんとうに、いやらしくて、利己的で、殺伐とした世相になったことを嘆いていた くだりが あったそうだ。
話題を替えて、
ところで、
最近の当ブログで紹介した、美術方面を解説する動画にて、今度は、モローをテーマにしている回を視聴した。モローも、私の好みの画家の一人なので、彼の個人的な面でのエピソードも、少しは読んだりしていたのだが、あまり踏み込んだものでは なかったので、モローと、特に、その母親の関係性について、有名な『エディプス コンプレックス』という説も引き合いに出し、いろいろと解説されている内容に、へえ~と驚きも したが、
支配的な親に、特に経済面で君臨され、それでいて、子に依存し、子のほうも否応なく「共依存」的な立場に引きずり込まれるという情況は、私自身も経験してきている。その最大要因が、私の場合、あきらかに障碍ゆえであり、しかも、障碍を負う原因を つくったのは、ことも あろうに、親たち自身だったのだが、両人とも無自覚か無自覚を装っていたふしは ある。
私自身が、なかなか、そのあたりのことに気づけないままで、トシくってしまったわけだが、
たしかに、異性どうしである息子の母親というものは、娘の母親とは、多少の違いが あるのかもしれない。
たいへんな美青年の母親であった、むかしの隣家のオバさんを通しても感じたことが あったし(じつは、息子の嫁にと、私を望んでいたらしいオバさんは、私と しゃべっているときに、ふと、『息子の嫁に対しては、やっぱり、ヤキモチを焼くもんなのよ!』というふうなことを、真面目な顔で言い切ったことが あったのを思い出した)、
また、私の母親と兄は、血の繋がりは ないのだが、母親は、私なんかよりも、義理の兄のほうを、何かにつけて拘って、そして必死だった。
もしかしたら、母親にとって、実の娘、どういうわけか、似ても似つかぬ異質な娘よりも、ダブル不倫でスッタモンダの あげくに ひっついた男の面影を宿す、若い分身、という感覚のほうが大きかったのかもしれない。
ただ、私は、かのフロイトの理論は、あまり、と言うか、少なくとも、全体的に信用は しない。
20歳頃だったと思うが、フロイトの著作を読んでみた当初から、かなり偏った考察だなと思って以来、こんにちになっても、その違和感は消えていない。
「なんと言っても義理だからこそ、親の責任というものを果たさなければ ならない。あんたは実の子だから、気楽に無責任にしておれるんよ」
などと言い放っていた、うちの母親。
そんなバカな言い分が あるかい!!![]()
と、いまの私なら、一刀両断に処すのだがw
くだんの、興味深い美術解説に対して言っておきたいことが ある、それは、
息子にとってであれ娘にとってであれ、
母親というものは、人生最初に出会い、終生に わたって つきまとう、「ファム ファタール」であるということ。
大多数の人にとっての母親は、
男女の別なく、われわれが しがみついて生きる大地の法則、この世の第一聖典、犯すべからざる女神、逆らい難き魔女なのである。
そう、
この世で最も、しまつ悪い存在なのよ、母親という、およそ「産み落とす者」はねww
『キリスト』教の説話に おいて、罪深き存在と決めつけられているのも、しかたない、ような気もするwww
キリスト教もさぁ、マリアは、イエスは、性欲や性交なんぞには無関係で産み、生まれてきたから尊いのだということにしておきたいのなら、
今回アメリカに おける「中間選挙」で、争点の一つになったという「人工妊娠中絶(堕胎)」を禁止するどころか、
いやらしい、恥ずべき性欲やら、醜い計算やらを めぐらして産むくらいなら、むしろ「人工妊娠中絶(堕胎)」を晴れて大いに認めるほうが、お説に かなうと言えるんじゃないの?wどうよ?原理的キリスト教徒さんや『共和党』の人たちww
あるいは、
人工的な出生方法を奨励し、発展させ、いずれは、性欲も性交も一切ナシ!そういう出生方法でしか認めないということにしていくとかさwww
日本なんか、この先、子どもが生まれなくなり過ぎて、人工的出生方法に頼るしか なくなりそうだもんね、『皇室』とか、すでに。
「自然に まかせて」いたら、「やんごと ある」になってしまいそう(苦笑)
【続く】
2022.11.07 (Mon)
気温の上下の落ち着かなさも、やっと おさまってきたようで、
すでに、この秋も深まってまいりました。
暑いのも厭だが、寒いのも厭だ。
こないだ、ニュース一覧の見出しのなかに、「寒いのをガマンしていたらボケる」とか認知症に繋がるとかいう警告のようなコトバが あったので、思わずギクーッ
としつつも、
「んなこと言われたってさ、この冬の暖房は節約!節約!でキマリなんでしょ?どないしてくれるんや!!
」
と、つい、ムカッときてしまいました。
まだまだ騒ぎが続いている、例の『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』問題ですが、これに関して、「信仰の自由を侵害する恐れ」云々ということで、団体側を擁護するかのような指摘を する人が絶えないようなので、ちょっと ついでに言っておこう。
まずね、
すでに、この国では、ていの良い やりくち、と言えるのかどうか知らんが、れっきとした民主主義憲法に保障されているフリしておいて、その実は陰に陽に、特定の宗教(もどき)を押しつけられてますがな。
そう、『皇室』がらみでね。
しかも、その『皇室神道』とやらの元締めさんは、彼らの大切な「祭祀」というものを、きちんと やらないでおくのなら、いったい、なにが「伝統の重み」なんだ?という、
まさにアクロバット的存在矛盾と滑稽さが避けられないと きてる。
私が常々、「女系『天皇』」など論外であると指摘してきたのは、そこの問題でもある。
まあー、言わないのよね、なぜか。
あの家の「祭祀」は、男性でも女性でも、何の不都合は ありや なしやを、肝心の元締めさん自身がね、言わない(嗤)
そりゃ言えないわな(大嗤)
言ったら、なにもかもが大変なことになるんだものwww
で、まずは、
『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』みたいな団体を、いわゆる「宗教」団体と認めていいのかどうかですわね。
本国『韓国』に おいては、あの団体は、宗教組織とは思われてないとか、むしろ、商売やってる団体と思ってたとか、一般の人たちは言っていたそうじゃないか。
何を信じようと、それ自体が「宗教」であり「信心」というものなのだから、そこを侵害しちゃいかん、という見解は、違うと思うぞ。
だって、
たとえば、何かの薬剤を服用することで、困難な病気や障碍が治癒すると信じ込まされてる人たちが いるとする。現実にも、あり得る話だわね。
その薬剤が、じつは、治癒どころか、健康を蝕み、肝心の病気や障碍を悪化させてしまうシロモノなのに、本人が、それを服用することで治癒できると「信じ」ているからといって、それを放置していいのか?
ダメでしょ、「国民を守るべき」はずの行政や国の怠慢でしょ。
ましてや、
そりゃ、本人だけが服用して満足してるだけなら まだしも、そのことによる弊害は、当人個人の損害だけで済むほど単純な話では ないし、
なによりも、
執拗な、覆面的勧誘や政治面に及ぶことで、多くの他者にまで悪影響を及ぼすようでは、言語道断でしょ。「自己責任」レベルを超えてるよ。
あの『オウム真理教』なみの事件までは起こしてないから~って、なにをバカなこと言ってるんだ。
あんなレベルになるまで野放しにする気か?
っての。論外やろが。
ところで、
先日来、このことも言っておこうとして、言いそびれてたことが ある。
それは、いわゆるネトウヨどもが、口を揃えて、
「日本は、韓国に乗っ取られているのだー!!」
(アメリカに↑と言うなら ともかくw)
てなセリフを、近年、頻りに言いふらしていたこと。
ここの読者の あなたがたも憶えてるでしょ?
なぜだか、
最近になって、旧『統一教会』問題が白日のもとになってからは、殆ど言われなくなったというか、実際その状態になっていたこと、少なくとも、なりかねない寸前まで来てしまっていたということがハッキリしたからなのだろうが、
私はね、あのセリフを言うネトウヨどもが、なぜか、みょうに勝ち誇ったような口調に感じられてならなかった。
だから、過去エントリーで、一度ならず、
「むしろ、日本が、韓国、韓国人あるいは在日朝鮮人たちに乗っ取られているのだ!と宣言めいたことを言えるのが、ほんとうに悦ばしく思っているみたいだな」
と指摘した(嗤)
かつ、
だから、「左翼」どころか、いわゆる「右翼」やら、「安倍政権」ならびに『自民党=ジミンだっぴ統一売国党』を支持するネトウヨどもこそ、本当の「反日」じゃないのかね?と。
どうやら、これらのことも図星だったんじゃなかろうかw
まあ、一般大衆に はたらきかける力が最も大きいのは、なんと言っても、宣伝・広告業界や芸能界・芸能人たちだ。
その方面も昔から、じつは「在日」が多いということは、ひそかに知られているわね。
その事情すらも また、日本自身が招いてきたと言える側面は あるのだが、
ま、こんにちでは、ネット上で最もタチの悪いコメント欄になっていると、あちこちから指摘されている『ヤフーコメント』欄を見てごらんなw
ここの経営者は、もともと、どこがルーツですかな?
彼の御先祖筋も また、この国にやって来て、どんな商売を されてきたのですかな?
ことわっておくけど、私は、差別意識から指摘しているのでは全然ないよ。
先日のエントリーで、
てい良く、更なる情報収集みたく「携帯電話番号を登録せよ」とか言うよりも前に、おたくとこのコメント欄を廃止すりゃエエんじゃないかい、という旨、くだんの『ヤフージャパン』運営に申し入れしておいたと言ったことに続いて、昨日一昨日も、
「きちんと管理できないのなら、コメント欄を設ける資格は ないぞ」との申し入れを しておきましたわ。
いやはや、
たいがいは怒りで締めくくることになりがちな政治や経済の話ばかりも なんですし、私自身、うんざりしてるので、
ともあれ、「芸術の秋」ということで、話題を切り替えましょう。
私は、幼稚園児から小学校に入学するあたりの年齢で、すでに、自分は、ことのほか、絵を見るのも描くのも大好きだという自覚は あったのだが、
当時、特に好んで描く題材に選んでいたのが、ケーキの絵でね(笑)
ええ、ゴージャスなデコレーション ケーキです。ほら、誕生日とかクリスマスのときのような、蝋燭が たくさん立ってるやつね。
あとは、やっぱり、多くはチューリップなどの(←描きやすいからサw)花とか、かわいい女の子(←自分の理想像かなw)なども描きちらしていたけど、
人物の場合はね、鼻のない顔を描いてましたわ。
実際、周囲の子たちからも おとなたちからも、そのことを指摘されて、ちょっとフシギがられたり笑われたりも したし、
こういうのって、「小児の心理的に」どうだとかも言われちゃいそうだけれど、理由はカンタンなのよ。
(特に、正面を向いている顔の場合)うまく描きにくくて難しいので、
メンドクサいから、はぶいて済ませてただけヨw私は そういう横着者ww
かわいい系イラストなんかだと、あえて、鼻が ない女の子の顔なんか、めずらしくもなく、よく見かけるよね。
で、ケーキの絵に戻るんだけど、
まずは、円形のケーキを、やや上から真横にかけて見た角度で描いてみるのだが、
いつも困ってたのが、立てた蝋燭の描き方。
と言うのは、蝋燭そのものを描くのが難しいのじゃなくて、蝋燭がズラッと並んで立てられている状態を描くのが難しかったの。
自分でも、どう克服したらいいのやら、さっぱり分かんなくて、悩みながら描いてたw
でね、
その頃は、夏休みとか、まとまった休暇の季節には、母と二人で、東京の叔母の家に滞在することが多かったんだけど、ある日、いつものように一人遊びを していて、たまたま、玄関先の敷地内に居たところ、隣家の お屋敷(大企業の重役の御家庭)の2階から、私と同年齢くらいの女の子が、窓から顔を出していて、手をヒラヒラ振りながら、私に向かって呼びかけていることに気づいた。
どうやら、
「あなた、うちに いらっしゃいよ、こっちで一緒に遊びましょう」
と、誘ってくれているのだった。
それからは、夏休みの あいだじゅう、そこの おうちの姉妹や、彼女の友人たちに混ぜてもらって、ほぼ毎日、一緒に遊んだわけだけど、
あるとき、お絵描きを していて、
私は相も変わらず、蝋燭を立てたケーキの絵を描こうとしていたw
遊びましょうと誘ってくれた女の子のほうも、なぜか、そのときは、デコレーション ケーキの絵を描いていて、ケーキ上に立ち並んでいる蝋燭も、ちゃんと立体的に、然るべき位置と角度で描かれているのを見た私は、そこで初めて、自分が描いてきた蝋燭の描き方が、どのように改善されるべきだったかということに、がぜん、気づいたわけ。
土台のケーキ自体は、そこまでは上手く描けてるとして、そのケーキの上に立ち並んでいる蝋燭たちを、私は、なんと、放射状に描いてたのよwわかるかしら?
要するに、
円形のケーキの縁(ふち)で、火が点いている蝋燭たちは、それぞれのアタマの先を、いずれも、ケーキの外側に向けて、ばったり真横に倒れ伏してる状態なのよwわかる??
つまりは、横からと真上から俯瞰した視線が同時なわけで、
あのピカソのね、正面顔と横顔を同時に描いた肖像画とか あるでしょ。ちょっと まあ、あれのケーキ版みたいなもんよね(爆)
このことを思い出した切っ掛けが、とある動画を見ていてなんだけれど、これです↓
『【ルソー】あなたはいくつの違和感に気がつく?【天然ヘタウマ】』
この解説シリーズ、画家自身の人物像や人生も踏まえていて、とってもオモシロいのよ(笑)
【続く】
2022.11.01 (Tue)
いつもの気まぐれで読んでみた、どっかの(ネット)記事で、名門『コロンビア大学』教授だったか、経済学の専門家という人が、インタビューに答えて、もっかの日本の経済政策について、ああすべきだ、こうすべきであると、滔々と論じておられたのだが、
読み始めから、誰かを連想するなあ?と思ったら、
そうそう、いまでは すっかり雲隠れの(?)、あの「リフレ浜田大先生」も、『イェール大学』とかの名誉教授だっけ?と、思い出したw
さて、
とっくに国内でも(例のケケ中さんみたいなw)アメリカからも聞こえていた(なんだか「ジャパン ハンドラー」たちが言ってそうなw)お説であり、どシロウトが僭越ながら、目新しさなど一つもないのみならず、日本国内に特有の過去から現在までの経緯や事情を無視しているようにさえ感じられた内容だった。
まあ、ここらへんを無視して、なんぼ高邁なる学説や理論を垂れられても、このような立派な教授や専門家たちよりも、この点だけは、恐らく、私のほうが、現実を詳しく知っているだろう。
一人の日本国民かつ社会人・労働者として生きてきて、真っ先に疑問を申し上げたいのは、まず、
「雇用の流動化」を図らなくちゃならんのだ!
と、そう おっしゃられましてもですね、
私なんかは、かの「小泉・竹中」コンビの当時から、ハッキリと、えらいセンセイがたや錚々たる専門家たちが唱えているような、あらまほしき道を、この足で歩いてきましたのでね。
その結果から申し上げると、
日本では、転職すれば するほど、どんどん不利になっていく、って現実が あることを御存じないのですか??
ってことなんですわ。
しかも、転職の理由は、やっぱり、待遇や報酬の酷さが第一なんですけどね、転職して、そのへんが改善されるのかっつうと、なかなか どうして、そうは問屋が おろさない。
大企業には、組合組織というものも あるけれど、もちろん、そういう所の正社員は、待遇や報酬のことで、それほどには悩む必要もないんだろう。わたしゃ、見てきて知ってるわよ。
かく言う私、日本で生活しているなら誰でも頷くような、天下の大企業でも勤務しましたけど、同じ大企業に在籍していても、正規と非正規では、「殿上人」と「下人」ほどのw待遇差が あります。
それだから、当時、直属の上司が、なぜか私を、正社員のみ参加する会議や出張にまで連れ出そうとして、部長から止められてたことも あるw
もう一つ、
「即戦力」
すなわち、入社して即から、できてアタリマエを要求されるような時代に入り、
もちろん私も、(ほぼ独学で身につけた)いちおうの専門スキルを持っていたけれど、日本の会社って、そういうのは、じつは昔から、どっちかと言うと嫌うのよね。特に女性社員には、契約内容に ない、専門外の業務も、あれこれ、こまごまと、やらせたがる。これは、日本で殆どを占めている中小・零細、かつ、いわゆる同族企業の特色と言っても過言で ないだろう。
そういうなかで、
能力を適正・公正に判断できる、その能力、識見、アイデアにも乏しい人たちが、えてして、上司やトップの地位に就いてることが多いんですよ。
たぶん、私なんかが考える「能力」そのものの判断基準というか価値観が、どこかで大いに異なるんだろうなと思う。
「ヤフゴミ捨て場」では相変わらず、まともに会社勤めもしたことなさそうな連中が、バレないとでも思ってるのか、コメント読んだらバレバレな愚かしいことを言い募ってるけど、その代表的キーワードの一つみたいに頻出するのが、「努力!!」ってコトバと並んで、「無能」ってコトバ。
たしかにね、仕事が異様なまでに できない社員って、どこの職場にも一人や二人は いるもんだよ。たいがいは、何らかのカクレ障碍みたいなもんだろうけど。
でも、そんなのは、ごく少数。
さすがに、大多数は人並みか、中の上くらいの能力は備えている。
日本人って、そういう人が多いと思う。
で、「箸にも棒にも」な、どうしようもないほど無能では あっても、無理にでも探せば一つくらいは、「そこにいてもイイよ」と言ってあげられそうな長所も、まあ あると思うのよw
たとえば、クソが付くほど生真面目とかねww
なので、単純な作業内容であれば、なまじっか、怠け者の私みたいにwイイカゲンな手抜きなど夢にも考えたり せず、コツコツまじめに やり遂げようとしてくれる、少なくとも、そのつもりくらいは持ち合わせている。そのかわり、時間をも異常なほど要するけど。
もっとも、私の場合、その人たちよりも不利な、あきらかにハンデを抱えた新入りだから、本来の仕事量が、他の同僚たちの2、3倍こなすことを要求されるうえ、その、「異様に仕事できない」さんたちの分をも引き受けさせられたから、しまいには逃げ出すしかなかったのだけど。
言っとくけど、私だって、優秀どころか、どんくさいマイペース タイプですよ?それを こらえる、本来の自分の天然・自然を曲げに曲げるストレスよ。そうして、こなせば こなしたで、ねたまれるんだよw
しかも、給与とか、何らかの手当だって、私よりも、ずっと先に入社してる分、その人たちのほうが、いくらか多く もらってた。
つまりは、
仕事できない、無能な社員だとしても、その人たちの分をも、「ロハ」でカバーできる「スケープ ゴート」が一人いさえすれば、必ずしもクビにも ならずに、置いといてもらえることが多いのよ、「温情ある」日本の会社では。その頃はね。
いまのシステムは どうだか知らんけども。
だいたいさ、おかしいでしょ。
たとえば、前回のエントリー
『【続】「人類の進歩と調和」は どこ行った?w』でも述べたように、
「内部留保」に拘り過ぎるほど拘るのは、将来的リスクに怯えてのことだけが理由じゃなくて、
内部留保すなわち、その企業の信用度に影響するから、と言ったって、
まともな報酬も出さずにコキ使ったり「ヤリガイ搾取」するような「ブラック企業」の「信用」って、なんなのよ?と、私なんかは思うの。
まともな報酬、給与ってのは、基本的一般的なレベルの生活費が賄えるってことですよ?
個人的事情等で、あえてパートを選択したとかなら ともかく、少なくともフルタイムならね。
「働かざる者、食うべからず」ってな主張は、それこそ、現実を無視した愚者の言うことです。
実際は、働かずにゴチソウざんまいな人も いるわけだしねw
はっきり言ったら どないや?w
言いたいんでしょ?言いたくて たまらんのでしょ?ほーれほれww
そ、病気だろうが老齢だろうが無関係に、
「働かざる者は、死なせるべし」と。
「姥捨て」を、この現代に甦らせようぜえ!!www
世界じゅうから大顰蹙を買うけどね、気にしない、気にしないっと(嗤)
働こうが働くまいが働けなかろうが、食わないと、生きていけないのは、誰しも同じ摂理だからねえw
ましてや、働いてるのに、ろくに食えないって、なんじゃ そりゃ!だ。
専門的な見地だか理論だかでは、売り上げに応じてのはずでなければ ならない従業員の給与をアップさせるために、内部留保を用いるのは、ダメぜったい(←株主さまが激オコになっちゃうから?w)、ということになってるそうなんだけど、いったい、誰が言いだしたんだろ。
そもそも、
こんにち、その内部留保を異常なほど積み上げてくれた要因の大なる一つが、従業員の報酬を抑えたり下げたり、人件費全体を大幅に削減した おかげだということじゃないですか![]()
なんとも虫のイイ、ご都合な話じゃんね。
2022.10.30 (Sun)
『【続】「人類の進歩と調和」は どこ行った?w』の続き。
国民を納得させる、それをスッ飛ばし、怠って、国の根幹を支えている民衆の怒りを押さえ込むことが できなくなったら、はたして、そのときには どうなるか。
少し考えたら分かるはずだろ。
世界の歴史では、ついには「暴力革命」を招いていたパターン。
ところが、「カタギ」の庶民は武器の類を持たぬ この国で、オボッチャマやオジョウチャンたちが、時にも あらずして、ファッションで「暴力革命」を起こそうと暴れまくったわりには、これまた、時にも あらぬに、相変わらず おとなしい国民大衆が、隣りの国々が過去に経験してきたような屈辱の事態をも、従容と受け入れるのだろう。
白井さんは、大学で教えていらっしゃるので、学生たちに、アンケートのようなことを実施したところ、
「『平成』時代は、まあ、良い時代だった」、便利で~、みたいな答えに呆れてしまったというふうな感想を述べておられたが、
そこは、いまどきの若い人たちって、みょうに「ものわかりのいい、良い子ちゃん」が増えたなあと、私も、前々から言ってたことと関連するのでは ないかと思う。
ある意味、昔からの日本人の好みである「謙虚さ」と相俟って、将来の明るくない予想を思えば、この いまは まだしも、という感覚も あるのだろう。
かく言う私自身、インターネットだのパソコンだの全く、夢にも出て来ない時代の生活を知ってるわけだけど、そりゃ、障碍者や弱者の立場を嘲笑い、叩きのめそうとせんばかりのコメントが溢れかえり、安倍政権時から、ますます酷くなったネットのコメント欄や
(『ヤフーコメント』は、いまや筆頭格だもんね。何を考えてか、最近に なって、今度は、携帯電話の番号をとか言い始めたが、そんなこと云々するよりも、まずは、社会的悪影響しかない、そのコメント欄を廃止しろや!
と、先日も申し入れておきましたw)、
それを助長せんとするかのような『自民党=ジミンだっぴ統一売国党』議員の言動や、各メディアの論調には、まさに絶望の気分に陥ること多々だったが、
たしかに、それでも、便利な面は ある。
特に、聴障者である私にとって、電話代わりのメールや、自力で調べられる検索機能は、なお万全とは言い難いものの、なくなると困るくらいの必要性は生じている。
もっとも、パソコンが購入できて、使えるかぎりでの話だけどね。
ある面、「便利は不便」なのだが、その逆は ないw
社会が どうで こうでと言う前に、私の場合、自分の生育環境と障碍のことが壁になり、何かと思い悩むことが多かったから、募る辛さや、怒り以上の不安、なさけなさを、そのたびに、むしろ、自分自身で なんとか抑え込もうとする心理からか(でないと、自暴自棄になってしまうか自殺しかない)、子ども時分や学生時分には、世のなか、自分よりも、もっと重い障碍を背負って、また、もっと辛い環境のなかでも、苦労しながら生き抜いている人たちも いるのだ、それなのに、自分は、なんて弱いのかと、泣きながら、われと わが身に言い聞かせていた。
もちろん、身勝手な親の言うことを、真に受けていたのでね。
いまの自分が振り返ってみれば、
なるほど、小学校1・2年生のときに担任だったベテランの女性教師が鋭く見抜いたとおりだった。
自己主張できないくらい素直すぎて問題だったんだなあ(苦笑)
まあ、ね、
人生とか生活って、辛さが大部分であれば あるからこそ、自分なりに、ちょっとした楽しみを見い出して、つど、気分転換しながらの、ささやかな部分で、どうにか生きのびていられるようなもんかもね(苦笑)
それすら できなくなったら、そりゃ大変だもの。
『キリスト』教が基本の影響もあるのかなと思うのだが、自殺は罪という感覚が あるという。昔は、埋葬するのも、自殺者の場合は、それ以外の死者の墓地とは厳しく別にされたと聞いたことが ある。
キリスト教の考えかたとして、自分の生活や人生を肯定し、大いに誇るような言動は、単なる自慢では なく、すなわち、このような生を与え、生かしてくれる神の恩恵をこそ称賛することに繋がると、そういう考えかたであるようだ。
その点、日本人は、手前のことを自慢しやがってと、昔から白眼視する傾向が あるので、ことさら謙遜しておくほうが無難では あるだろうが、キリスト教徒とは逆に、自殺や自死に対する罪悪感は薄いほうゆえ、かの「切腹」などという行為も、むしろ、あっぱれと称賛されるほどのことだった。
『アメリカ』にせよ、ヨーロッパの各国にせよ、もしかしたら、精神的にも、ある意味では、日本より厳しい面が あるのでは ないかなとも、私は思っている。
まず、黙っていて「わかってください」は通らないというし、外国から眺めているぶんには、一見ゴージャスで優雅なように見えて、意外と不衛生だったり、治安の問題でもケタ違いな面も ある。
それでも、日本を出て、気に入った国で生活できている人たちの表情や態度を見れば、実際は、現地にての思わぬ苦労や、いろんな不満は あると言いつつ、なんだかんだ元気で明るく誇らしく、生活を楽しんでいるようす、もとが同じ日本人とは思えないほどの前向き強気で、大らかにも見えるのだ。
むしろ、そういうタフなくらいの姿勢でないと、生き抜くことが できないのかもしれないと。人種差別も、日本以上に大っぴらなのは よく聞くし。そのたびにヘコんでいたら、そりゃ、やっていけないよね。
日本にいるときとは異なるのだろう、自己主張と割り切りがハッキリしている傾向なのは、アメリカやヨーロッパ各国で長年にわたり生活している日本人たちに共通しているようだと見受ける。
要は、自分の選択と、来た道を、基本的に納得できてるか否かなのだろう。
そこに納得が ないと、被害者意識を捨てられず、いつまでもグチを言いたくなるし(それでも、グチは、言いたいなら言ってしまうほうが いいと、私は思うよ。ただし、きちんと分析・検証のうえでが望ましい。そこを、無理に良い子ぶって、ひたすらガマンして抑え込むのは、かえって良くない)、
それだけなら ともかく、
お門違いのネタミ僻みを起こし、自分よりも弱そうな者を、陰湿に痛めつけようとする。
その段階も過ぎると、どういうことが起きるか考えなさいよと、私は常々、権力の座についている者に対して言い続けてきた。
これも、以前から指摘してるんだけど、
いわゆる「守りに入る」ってやつ?てか、現状維持ってか、まじで余裕が なくなってくると、とりあえずフリーズするのよね。日本って、まさに「今ココ」状態なんだろうと思う。しかも、すでに長年だ。
で、フリーズしたままだと、確実にやられてしまう、そこまでも追い詰められたら、暴発する。
もちろん、おせじにも良いことじゃないし、野蛮な時代の人類じゃない、はずなんだから、そこのところ、時代錯誤や暴発で破壊みたいな悲惨な事態は避けたいわよね。でなきゃ、人類史を営々と重ね続けてきた甲斐もないというもんだ。
それと、
さも、「あなたのため」とか「あなたのことを思って」とかいうフリして言うコトバも態度も、けっこう見抜かれるもんなのよ。すぐは分からなくても、いずれはバレます。
そして、このような言動に対して、まともに言い返すのも、けっこう難しいものだから、かなりの不審を積みあげてしまったあとの異議申し立ても、もはや、ケンカ腰になりがちだったり、ケンカそのもので終わってしまったことも、私自身、何度か経験した。このへんは、日本人の国民性かもね。
ン十年前、私が20歳代の頃から、義務教育の段階で、いわゆる「ディベート」というものを授業に取り入れることが望ましいという提言は よく見かけたのだが、いまも取り入れてないのかね?自分に子どもが ないため、実際、どうなっているのか分かりにくい。
安倍政権は、なんだ「道徳」「愛国心」とやらを大事に、と、力を入れてきたそうだけど、
まったく、どの口が言うとんのや?
だわな(嗤)
腹の目的ミエミエだよ(大嗤)
「支配組」と「被支配組」の分断、格差拡大。
いまだに続けているし、止めようともせず、受け入れ続けている、それが、この国の状態で、すでに長い。
最後に、
良記事を紹介しておこう。
『弁護士ドットコム』さんのも、いつだったかな、ずいぶん前、たしか安倍政権時の記事で、なに言ってんだとムカッとくるような論調の記事を目にして以来、『アエラ』と同じく、ほぼ、読まなくなっていたんだけれどw
これは、久々に良記事だと思う。
『なぜ専門職の図書館司書が非正規なのに、異動繰り返す「素人」が正規職員なのか 官製ワーキングプアの構図』
弁護士ドットコムニュース 2022/10/29 09:57
ただし、
「非正規公務員」に関する問題は、これも私が20歳代の頃から聞こえていたのよ。
だから、当該記事で指摘されてるよりも、もっと ずっと早くからだ。
当時の同僚で、前職は、市役所で事務系のパートだかアルバイトしていたという女性だったが、彼女の言ってたには、
「わたしらアルバイトやパート職員に、力がいるとか、めんどくさい仕事は全部おしつけて、正規職員たちはノンビリお茶してたよ」
と。
本人の言ってる感じでは、パートやアルバイトで勤務すること自体には不満が あるわけじゃなかったみたい。彼女も、当時は、いわゆる主婦で、まだ小学校低学年の娘が いる生活だから、正規でフルタイム勤務は、つごうが合わなかったのだろうと思う。
いまは、よりいっそう「多様化」しているのだから、個々のニーズを、よく勘案して、柔軟な制度づくりを推進していかなくては ならない。
そのためには、一般人の個の力は弱い。
私自身、非正規の専門職で、長年、苦労したよ。
じつは、学生時代、うちの母親は、まさに「図書館司書」資格を取れ!と、頻りに言っていたの。
当時は私も若くて、自覚に乏しい世間知らずだから、かなり、その気になっていたものの、これも、いま振り返ると、高校時代から始まっていた腰痛の持病や(書籍を扱う仕事は、意外と重労働が伴う)、こんにち明らかになった問題を考えると、ならなくて よかったなと思うわ。
てか、
聴覚障碍の娘に向かってだよ、母親である おのれが原因であったことも隠しとおし、障碍は、おまえの「星」が悪いのだ、おまえの努力不足なのだ、努力すれば、どうとでもなるんだから、よりによって「速記者」の学校へ行け!と、こうだもの。
かなりトシくってから、自分の稼ぎで、別のことを勉強し直したけども。
あの魔女みたいな母親の言うことを真に受けて、遠回りの甚だしかったことよ。
けっして、良い結果どころか、最悪の結果を招くことにしかならないんだと、このトシになって、つくづく思うわ。
親は、子のためを思って言うんだなんて、嘘だな、と。
ましてや、「壺」宗教モドキや『日本会議』と結託している政治屋の施策を支えんものと、『ヤフーコメント』欄で、まことしやかに、「議員や公務員の人数も報酬も大幅削減すべき」とか「小さな政府を!」と叫ぶ投稿者ね。
『ジミンだっぴ統一売国党』議員の不祥事発覚のたびに、
「与・野党議員とも」
と、押し広げ、押しなべてしか言わないwこやつらが、何を企み、どこの息が かかってるのか、もう いいかげん、分かるでしょ。遅ればせながらも、気づこうよね。
たとえば「障碍者福祉」や『生活保護』制度なども同様のことで、いまのところ無縁で済んでいる、これからも自分自身は そうだと信じて疑わないゆえ無知なままノホホンとしてる国民・大衆に、実情や実態、事実、真実を よく知らしめること。
個の声は、どんなに悲痛でも、あえなく黙殺されるだけなんだから。
やはり、勉強と連帯は必要なのです。