2023.11.28 (Tue)
こんなニュース記事が出ていた。
『ボール遊び禁止する都市公園に変化の兆し 自治体と住民歩み寄り』11/26(日) 6:00配信 最終更新:11/26(日) 10:41毎日新聞
これ、現実的には、けっこう難しい問題よね。
と言うのも、
うちの母親は、晩年が近づくにつれて、心臓にも問題が起き始めていたせいか、後方から、いきなり何かが当たったりすると、周囲がビックリするほど怒るようになったのだけど、
ある日も、私と並んで歩いていたときに、たまたま通りすがりの、小学校低学年くらいの女の子が遊んでいたボールが、母親の体に当たったとたん、えらい剣幕で怒鳴りつけて、女の子もビビッていたし、娘の私も呆気にとられたほどなのだが、
母親に言わせると、心臓に、ものすごく、こたえるんだと。
なので、「ゴムボール」「柔らかいボール」なら良いとも言いきれないのだわ。
しかしながら、
あるていどの年齢層までは、自分たち自身の子ども時代を振り返るに、いまどきの子どもたちよりも、ずっと多くを見逃してもらっていたのだなということに気づくであろう。
私自身、2歳になる頃までを過ごした町では、わが人生で最短にして最大・最高の、屈託のない、子どもらしい時期を過ごせた思い出を胸中に抱きつつ、この年齢まで来たけれど、
もし、これらの ささやかな思い出の支えが なかったなら、より深く荒んだ人生だったろうと思う。
のちに、親父と、その連れ子である、腹違いの きょうだい姉妹らと同じ家で暮らすようになってからは、だんだん、どこか哀し気な顔で写っている写真が多くなっていった。
いつぞやの過去エントリーでも述べたことが あっただろうか、
私が生まれて最初に過ごした町は、大阪のなかでも有数の お屋敷町だったので、近隣は、大きな屋敷が建ち並んでいるなか、聞けば、多くの人が知っているであろうほどの大手や伝統ある企業の経営者らの自宅に混じって、とある有名なミュージシャンの実家も、すぐ そばだったのだが、私自身、そんなことは露知らず、成人して以降に気づいた、その屋敷は、いわゆる「腰高塀」の石垣の上で平らに均した土のスペースに植栽された樹高の低い灌木が、ぐるりと並んで、正門入口を中心に巡らしてあるような、いまどき殆ど見かけなくなった風流な形状だったので、とりわけ印象深く憶えているのだが、
この屋敷の後継者として生育したミュージシャンその人も、くだんの石垣と植栽には、格別の思い入れが あったということを伝え聞いている。
さて、
「おとなの腰の高さ」ほどに組まれた、この石垣の上に登るのは、小学生くらいなら お茶の子さいさいで あったし、年齢が、いちばん下の子は、当時1歳児だった私を含む子どもたちが、来る日も来る日も集団になって攀じ登り、その上でママゴト遊びもする、歌も歌う、踊りまくる、
そんなことを繰り返しているうちに、端正に整えられていた立派な植栽は、あっという間に台無しになっていった。
けれど、
我が世の春の如く、やりたいほうだいだった、荒ぶる子どもたちにも、やがては、しみじみと反省する日が訪れるものだ。
それと言うのも、
ある日のこと、久しぶりに、あかんぼ時代からの分厚いアルバムを取り出し、ごく幼い私が、年上の子どもたちに混じって、さかんに遊んでいた頃を時系列で並べた写真の数々を眺めながら、あの懐かしい町の光景を切り取った写真越しに、あの場所で確かに呼吸していた空気を感じつつ、ゆっくりとページを繰っていくと、例の石垣上に植栽を巡らした屋敷の写真が出てきて、そこで、やっと気づいたのだった。
腰高に組まれた石垣。その上に、豊かに植わっていた灌木たち。
そこに、われもわれもと攀じ登っていく、生後半年で歩き始めたばかりの私を含む子どもの集団。
次の写真を見たら、
ほぼ いきなりで、
せっかくの生け垣が枯れ始めている ようすが写し取られている。
そうして、そこからはアッという間だったのであろう、
植栽されていた木々の全てが、跡形もなくなっている光景へと。。。
すでに20歳代になっていた頃と思うのだが、私は、あの、殊のほかに懐かしく思い起こす遊びのスペース、腰高の石垣の上で静かに並んでいた植栽の木々に、自分たちが、何を やらかしていたのかを、やっと、気づいたのである。
写真の1枚には、石垣をワラワラ昇り降りしている子どもたちを見おろす位置で仁王立ちし、なにやら歌いながら、勝ち誇ったように、両の手を打ち鳴らしている最中の、幼い自分の姿も あった。
もはや、植栽の「しょ」の字も見当たらなくなっている。
そこには、子どもたちに毎日、踏み荒らされ続けて、根っこの一つだに消失してしまった、砂漠と化した土だけが剥き出しになっていた。
そのときになって、われながら唖然としたわけなのだが、
母親に、それらのことを話した おりに、
いったい、あの家の人たちは怒らなかったのか?自分でも、叱られた記憶が全くないのだが、、、
と、尋ねてみたら、母親は笑って一言。
「むかしの人は、おおらかやったからなあ」
いやいや、あんたら親が注意しなさいよwww
…
あの界隈は、『芦屋』あたりにも別荘を持っているような、大手や古くからの企業経営者一族の住まいが並んでいる地域だっただけに、まあ、これぞ「金持ち喧嘩せず」ということなのか。
いまの時代なら、子どもらの親を相手に、弁償騒ぎとなること必定だろう。
と言うよりも、そもそも、敷地内で、近所の子どもが遊ぶことなど、決して許さないだろう。
まあ、かく言う私自身は、難聴の おかげも あってか、子どもの泣き声やら騒ぐ声などが、気に障ったことは、ほぼ一度もない。
と言うか、
気の済むまで放っておけば いいがな、と、子どもを持ったことが ないので、冷たいのかもしれないがw
そもそも、あかんぼうや子どもは泣き喚くのが仕事みたいなもんだろ、とも思っているし、
それは、犬や猫などについても同様で、
およそ「天然自然」に近いものを相手に癇を立てて どうするよ、という受け止め方ですわ。
でも まあ、防音が なってないような、いまどきの安普請の狭いアパートなんかに住んでいたら、隣近所に気を遣うからということも あるだろうね。
うちの父親なんかはサ、
飼い犬が、来客などの おりに、神経質なくらい吠え続けると、
「あんたの声のほうが よっぽど煩いって!」
と言いたくなるほど、大音声で怒鳴りつけるしw
あるときは、出入りの酒屋の おにいちゃんが、ビール ケース引き取りか何かで、裏口に回ろうとしたら、うちの犬が激しく吠え立てたもんだから、すかさず、親父が大声で叱りつけたところ、酒屋の おにいちゃんは、親父の怒鳴り声のほうに怯えて、それに気づいた親父は慌てて、照れくさそうに謝ってたけどww
親父は、ノラ猫の発情期の鳴き声にもイライラしてさ、私には理解できなかったなあw
ただ、
子どもたちには、いろんな事情を抱える人々が存在するのだということを教えることも必要だわね。
私自身も、若い頃からの無理が重なってか、近年は、疲労すると、やはり心臓が おかしくなってくるので、あの頃の母親の凄まじい怒りが理解できるようになった。
同じボール遊びでも、おとなが、ちゃんと相手になってやってる場合は、それほどには危惧しないのだが、
子どもどうしだと、本当に、いつ何時、とんでもない所へ飛ばしてくるやら分からないので、極力、慎重に やり過ごすのだけれど、
特に、自転車に荷物を載せて走行しているときなどは、ボール遊びに夢中になっている子どもの集団を見ると、ヒヤヒヤする。
実際、いきなり、走っている最中の車輪に勢いよく当たってしまい、バランスを崩して、もう少しで転倒するところだったことも ある。
道路とか、公園でもない所でのボール遊びは、やっぱり危険ですよ。
私が若い頃は、世間一般にも、たとえば障碍者の困り事とか、家庭内の虐待問題などなどについても、全くと言っていいほど、関心を持たれていたわけでは なかったし、いまでは注目されるようになってきた様々な方面で、まだまだ、意識が低かった、そんな『昭和』が、良かったことばかりでは勿論、ないのだよ。
まあ、要するに、時代は変化しているわけでね。
やはり、道路や、いろんな情況、状態の人々が行き交う場所でのボール遊びなどは、リスクが高いのだから、それは それとして、のびのびと利用できるスペースや設備を整えていくしか ないだろう。立て込んだ街なかや都会においては。
私が住んでいる地域も、昔は ともかく、現在は少なくとも「田舎」では ないし、それなりに便利な住宅街だ。学校以外で、野球などをナイターでも やれる、かなり大きな運動場とか、高齢者が「ゲート ボール」などを楽しむための広場が、そこ ここに あるけれど、何の問題も起きていないようだ。
個人宅の敷地内や、人が通行する所などへ、ボールが転がり出て来ないように、スペースが区切られているから。
そりゃあ、せめて子ども時代には、のびのびと、からだを動かしてほしい、ボール遊びにも夢中になってほしい。
だから、シンプルに言えば、
私が幼かった頃と、いまの生活スタイル、人々の意識、感覚、いろいろと大きく変わってしまっている以上は、いまの時代に合わせた方策を講じる ほかは ない。
2023.11.28 (Tue)
『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』は、だ。
何度言ったら分かるんだか。
腐ってしまってるものに再生は ありえない。
他のものにまで腐敗が伝染する前に、すみやかに取り除く。
これしかないでしょうが。
そうして、少しでもマシな政党たちを鍛えて育てるしかないんだよ。
「永遠の与党」を、あつかましくも標榜する『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』のコソクさ汚さが、あまりにもアタリマエになってしまっているから、国民も慣れっこになっちまってるわけで、
ここに、こんにちの日本の政治の救いようが なさの一大要素が ある。
んで、
またまたまたまた出てきた、毎度おなじみ『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』名物、汚いカネと税金私物化のアレやコレ。
しかも、今度は、
とっくに射殺されちって、「この世の人」で なくなっている(まあ、生存中から悪魔にタマシイ売ったゾンビみたいなもんだったが)「もと」なんとやらのアベシのヨメさんがよ。ここだけは、亡ご亭主の後継者然を譲らず、アカラサマにズっこいこと やってるぞという。![]()
いつも、こういうパターンなのよね、このヨメさんも。
「秘書」5人も侍らしておいてからに、「一般人」だ「私人」だと、そらぞらしい言いわけに終始したのと同様、
またぞろ、お門違いの税金私物化。
ま、しょせんは同格・同類夫婦だってことだ。
なーにが、どーこが、「家庭内野党」だったんだかさ(嗤(嗤)
ちっとは、亭主の罪ほろぼしでも心がけたら どないやねん!![]()
で、
こういった情況になると、すかさず出てくるわ、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』支持者または、その『ダッピ』に類する、カネもらって「仕事」してる(嗤)、はたまた、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』に しがみ付くしかないウヨ・エセうよ・バカウヨ連中な。
やつらは、必ず、こう言うんだ。
「民主党ガー」では間に合わないとなると、判で押した如くの、「政治家ガー」。
だから、こちとら、ずっと言ってやってるだろ。
「自民党=本名:ダッピ統一壺売国党」に顕著すぎる問題の全てを、「政治家」一般、「議員」全体へと押し広げるな、って(嗤)
しかも しかもだ、
毎度の汚いカネと税金横流し問題を、すかさず「野党ガー」と、全体に押し広げつつも、こういう場合には、『日本共産党』のことは決して言わないよな(爆)
まあ、『日本共産党』だけが、「政党助成金」だか何かは受け取らずに やってきてるんだっけか?
汚いカネと税金横流しがバレたときに限っては、「野党モー」のなかに、『日本共産党』だって、その一員であるということを忘れ去っているかのような ご都合ぶり(大嗤)
さしづめ、
「マスゴミがー」と罵倒しつつも、ひとり『赤旗新聞』のスクープについてはダンマリのパターンと同じく(嗤(嗤)
では、一言で言い切ってやろうか?
要は、
オマエさんらが、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』を、好き過ぎるくらいに大好きなだけだろ!(嗤)
汚くて腐り果てて、悪臭プンプン、ふつうは、そんなもんマッピラなんだが、
『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』シンパやトリマキ連に限っては、ど~ろどろに汚くて腐ってて悪臭プンプン、そんな『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』が大好きなんだな(大嗤)
理解不能やわ。。。
まあ、なんたって、汚いカネと税金横流しで持ちつ持たれつの間柄ですもの、「ご同慶の至り」ですか(嗤(嗤(大嗤)トモダチトモダチ(^^♪www
ああ、それと、
こないだから、どこかの知事に就いてる馳さんとかいう人な。
この人が、最近、『東京オリンピック2020』の裏話をトクトクと披露したというので、撤回しろの何のの大騒ぎになっていたようだが、
ひとり私だけは、はて、フシギなことよと、頭を捻っておりました。
だってさ、
そのテの話は、「公然の秘密」とも言えないくらいに、とっくに知れ渡ってたじゃんか??
だから、うちのブログでも、こういうエントリーをアップしてあるのよ?
たとえば、
日本人って、ほんっとに記憶力わるい人が多いのかね。![]()
まあ しかし、呆れたことには、この期に及んでも国会議員やらせてもらってる猪瀬って人な。この人が、まだ若かった頃には、私ですら少しも想像できなかったほど、いまじゃあ、その御面相に、相応のものが滲み出てるようになったのな。いやはや、正直、ここまでとはねえ。
当の御本人自身、鏡を見るたびに、そのあたりを自覚することもないのだろうか。
あ、それと、
最近、なぜか、またぞろ、閲覧中のニュース ポータルに、ちょろちょろ顔出しするようになった「腐ったスシロー」さんな。
馳氏が ぶっちゃけた裏話を指して言うに、実際に、「おそらく」云々などと、まー、これまたまたまた、そらぞらしいこと この下ない言いぐさよね(嗤)
そうして、相変わらずのニヤニヤづら、人生終わるまで、そのチョーシで、「アベシ取り巻き」オトモダチ連を通しきるつもりなんだということが、その御面相に現れてますな。
筆頭格たる「もと」ナントヤラ(別名:十字架ぶらさげたヒョットコ)の老害代表と共に、この連中の、けったいなニヤニヤづらは、いかにも特徴的で、ひと目で見分けやすいというもんですわ。
しかし、こういう人らって、世のなか、特に政界・財界には掃いて捨てるほどに夥しいけど、
やっぱり、特に男性は、年齢を重ねるほどに、内面が窺えるようになるもんだなあと。
まあ、化粧や髪形や服装で誤魔化しやすい女性でも、病んだ眼つきとか、イヤラシく歪んだ全体の表情や、ふとした顔つきなんかに、隠しようもなく、醜い内面性が滲み出てくるもんだが。
これは、うちの母親が言ってたことなんだけど、
男女ともに、しゃべったり笑ったりするとき、「口もとを歪める癖のある人は、性格が悪いから、信用しては いけない」ってねw
ところがよ、
そう言う母親自身も、自分で そうしてることが ままあったのが失笑なんだけれどw
うちの母親の場合、
こういった、「口もとを歪めた」表情を するときは、やっぱり、意地わるい気分のときなのが、傍で見ていてハッキリと察せられたもんです。
そう、うちの母親って、時々、ものすごく意地わるいときが あったのよwwやっぱり、本人の自覚は薄かったんだろうけども。
なお、私個人は、そこに加えて、
いつも、口を「への字」に結んでいる人も、あまり、根性よろしくないものと見受けてきています。
とは言え、
まあ、私自身、トシと共に、ますます疲れやすくなってしまってるから、体力的に限界が近づいてきたときは、ついつい、ムッとした感じの表情になってしまっているだろうのは自覚してるけど(苦笑)
ここで指摘したいのはですね、
生まれつきとか、あるいは病気とか障碍とかの影響も含めた顔の造りなどでは なくて、年齢や健康状態にも関係なく、
もともとからの癖であろう、ほぼ常に、むーっと「への字」に口を結んでいるタイプの人のことですよ。
それが、なんと!
うちの母親なんかはね、誰が見ても、「日本人離れ」してると思うほど、彫の深い、以前も触れたように、それこそ「ギリシャ彫刻」さながら、「非の打ちどころもない」くらいの、たいした美人だったけど、
そばで見てきた娘の私は、ひそかに気づいていた。
やっぱり、単なる表面の造りだけじゃないんだよなあ、だいたいは本人の自覚なく滲み出てくる内面、という現象は。
ま、でも、溶けて流れりゃ、みな同じ、か(苦笑)
ちなみに、
この記事の写真を最初に見て以来、時々思い起こすたびにムカついてました。
『「マスクせず100人が盛大に宴会」は「新しい生活様式」?高知県が懇談会』
毎日新聞 2020/6/24 18:50(最終更新 6/24 23:14)
https://mainichi.jp/articles/20200624/k00/00m/040/182000c
これ、税金でということなら、問題じゃないのか?と思ったんだけど、『朝日』も『毎日』も、なぜか、そこは不明で、なんだか持ち上げるような感じに終始した記事だった。
投票率最低だったとは言え、これでも再選だっつうんだから、市長も『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』で揃えた『高知』の有権者よ、おまえも『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』シンパかい
とw
もっとも、わたしゃ、『維新=維沈』なんぞも、ただの一度だって支持したことは ないけどね。
話が横に逸れたけど、
『東京オリンピック2020』についての裏話を、その馳氏が ぶっちゃけたことに対して、私がフシギに思ったのは、まず、
「なにを今さら」
ってことだわね。
なぜ、今ごろになって、アベシに言われたアレやコレやをトクトクと、
というのは、「ヤフゴミん」の誰かだったかが、「自慢話のつもりだったんだろう」というコメントを投稿していたけど、私には、それも またフシギだわ。
なぜ、どうして、「自慢話」になるわけ?
むしろ、故人にとっては、「旧悪あばかれ」だし、
関係者全員、すごく恥ずかしい話でしかないでしょうに。
なので、いわゆる「墓場まで持っていく」というのなら、少しは理解できるけど。違います?
どうやら違うのかもしれんねえ。
こんだけ、世間の考えや感覚との乖離が甚だ大きいのだから、そりゃ、しんどいですわ、私にとって、この世界というものは。
自分ひとり、異星人みたいな気分だわよ。
2023.11.19 (Sun)
つい最近、
『イスラエル』に抗議するデモが、ここ日本国内でも行なわれたそうだが。
その抗議デモを報じる見出しと共に、添えられた写真を見れば、日本人らしき人たちに混じって、あきらかに『イスラム』教徒の特徴と人種的な違いが窺えるような人たちも見受けたものの、本文記事までは読んでいない。
あくまで私個人的にはだが、はっきり言って、「不毛!」と吐き捨てたくなるほどの、この問題は、一喜一憂しながらも論じてみようという意欲を殆ど感じないから。
ただ、この疑問を突きつけたいと思うばかり。
以前から、「ふつうの」『イスラム』教徒たちに、聞いてみたかったこと。
あなたがたと信仰対象を同じくするはずの、かつ、同胞たちが、
「自爆テロ」に、子どもたちを利用してきたことについて、どのように考えているのか?ってこと。
ほんとうに、子どもを殺しては いけないと思ってますかね?ってこと。
いつだったか、
『イスラム』圏の、とある国、または地域の(私には、詳しくは分からなかった)、とある家庭のなかで、まだ、学校に上がっても いないくらいの年齢と思しき、どちらも幼い姉妹に向かって、その子たちの両親であろう若い男女が、彼らに言わせれば『ジハード(聖戦)』とか言うのだろうか、いわゆる「自爆テロ」を引き受けるようにと言い聞かせている場面を、何かの動画で、たまたま目撃したことが あった。
黒い髪と髭もじゃの父親は、娘たちを なだめるように、頻りに撫で擦りながら、その行いが、どのように気高く、「来世」に おいて、はかり知れぬ栄光と幸福を約束されたものであるかを説き続けているふうで、
頭の てっぺんから黒い被り物をした母親は、この犠牲を、敢えて、わが子らに与えることの悲劇に泣きながらも、どこかナルシスティックな高揚感をも漂わせつつ、こちらも娘たちに言って聞かせていたのだが、、、
子どもたちはね、はっきりと、いやがってたよ!![]()
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…
わたしゃ、ほんとうに、こんなことが起きてるのか?と、すごくショックで、ほどなく、自分のブログで取りあげたことが あったのだけど、だからと言って、べつに、このようなことを大々的に警告する報道記事も、殆ど見かけないままだったように思うし、
そうして、また、時がウヤムヤと流れていった。
思うに、
ルーツが重なるらしい『インド』でも、よく似た問題が あるようだが、
言うところの「名誉殺人」ってやつかね。
ああいうのと通底してる感覚なんだろうな。
でさ。
祖国を遠く遠く離れた、異教徒の異人種の私らの国で、
子どもを犠牲にするな!!
という猛抗議を向けるのは、『イスラエル』に対してのみですかね?
「いーや!あんな『原理主義』連中は、われわれの『イスラム』とは全く違うんだ」
と、固く主張されても、
私らみたいな、縁遠い国の、はなはだ疎い一般大衆から見れば、やはり同じイスラム教徒であり、どこまでいっても同じ国や同じ民族の人々にしか見えませんよ、って。
もっと言えば、
私らから見たら、『アラブ人』だろうが『ユダヤ人』だろうが、
なんだかんだ『コーカソイド』、割合の多かれ少なかれ「白人」のうちでスッタモンダしていて、宗教とかも含め、いつもいつも似たようなことで、永遠と夥しい血を流し合ってる、似た者どうしに見えるよ。
だいぶ前の過去エントリーでも、『千夜一夜物語』のことに触れておいたことが あった。
とりわけ、
「不寛容の罪」
という話は、非常に、印象深かったのだけれど。。。
2023.11.17 (Fri)
マーガリン『ラーマ』が、来春3月末以降は、販売されなくなるというニュースを見た。
私自身も、子ども時分に なじみあると言うか、むしろ、マーガリンなら、これが最も好きで、もっと愛用度が高いと見受ける『ネオソフト』なんかより おいしいと思って、スーパーマーケットでは、母親に頼んで買ってもらっていたくらいだ。
中学時代の『家庭科』の授業で、バターとマーガリンの違いについて、先生が説明しているとき、ふと、
「じゃあ、みんな、『ラーマ』の特徴って分かってる?」
と問われた。
私には子どもが いないので、いまは どうなのか詳しいところを知らないけれども、当時の『家庭科』は男女別だったので、男子は別の教室で『技術』の授業を受けていて、私らの教室には女生徒だけだったのだが、さて、誰も、その質問に答えられず、たまたま指名されたのだったか、私が「純植物性、、、とか?」と、ちょっと自信なさげに答えたところ、先生は、
「そ!それよね。みんな!『ラ~マ♪ラ~~マ(^^♪』ってCMソングだけ聞いてたらアカンのよ!」
と おっしゃったのを憶えている。
ちなみに、
同じく家庭科の課題で、「無添加」(それも、ごく部分的な意味でのこと)を大いに謳いあげる食品について、本来、可能なかぎり無添加が当然なのであって、ことさらに自慢するようなことか?と指摘して、教科担当の若い先生に褒められたことも あったwまあ、私ら子ども時代は、危険性の高い添加物の全盛期では あったww
でも、いつしか、『ラーマ』に こだわらなくなっていったと言うか、いつの間にか、他のマーガリンとの差が感じられなくなっていったので、あえて買うこともなくなったのだが、それと言うのも、昔の『ラーマ』は、なんとなく独特の風味が あったのよね。なので、私は、てっきり『アメリカ』のメーカー由来なのかと思い込んでいた。
オレンジ ジュースの類でも、私は、幼い頃から、『バヤリース』の製品(もちろん、瓶入りのやつ)が好きで、やはり、日本製のオレンジ ジュースとは どこか違うなあと、独特の風味を感じていたからなのだが、とは言え、当時は、すでに日本国内で製造されていたらしいけれど、もとはアメリカ発だったのよね。
夏休みに、東京の叔母宅に滞在するあいだじゅう、叔母は、私の好みの飲料をストックしておいてくれるために、出入りの酒屋さんに注文するとき、何のジュースにする?と聞いてくれるので、いつも、『バヤリース』のオレンジ ジュースを頼んでもらっていた。
で、『ラーマ』なんだが、冒頭のニュースを知って、それならば、名残を惜しんで、最後に買っておこうかなと思い、先日、スーパーマーケットへ買物に出たおり、昔ながらの味わいを感じられるほうがと思って、『ベーシック』を探そうとしたのだが、『バターの風味』も何も、『ラーマ』自体が見当たらなくなっていた。。。![]()
『サクマ式』ドロップの二の舞か(苦笑)
それにしても、
ガンガン値上げが続いているなか、これと関係あるのか ないのか知らんけど、最近、牛乳の紙パックが、なんかフニャフニャになってきてるぞ。。。![]()
以前のような、しっかりした つくりでなくなったような。
量を減らし、質も落とし始めて、なにもかもが、どんどん、ヘンな状態になってきてるという実感頻り。
この国は、ほんとうに、どうなっていくんだろうね。
内外ともに、なんか、いろいろ噴き出してきてるな。。。
あの『ジャニーズ』問題よりも酷いと言われてしまってる『宝塚歌劇団』の相次ぐ問題も、いまだ膠着状態と見受けるが、
瀬戸内 美八さんも 言っておられたように、女性にとって過酷な世界というのは従来から知られていたにせよ、いずれも近頃まで全く疎いままだった私が知ったところによれば、いつから始めたのやら(30数年も前から、らしいね)、『自衛隊』に体験入隊も しているとかいうことだし、
まあ、昔から「女の軍隊」とか揶揄されるだけあって、ますます凄まじいようすですなあ。
「やりがい搾取」の世界だとも、とっくに指摘されてたみたいだし。。。
だけど、「組」ごとの特色は あるにせよ、『宙組』ってのは、なぜ、特に問題が多いのかね。これだけ醜聞まみれとなってしまったら、もはや、解体するしか ないんじゃないの?ってくらい、深刻なようだ。
最近になって思い出すのは、
昔の『NHK』だったか、あるテレビ番組の録画で、汀 夏子さんを含めた、かつて在籍していたスター級OGたちが幾人か並び、『宝塚歌劇』についての各自の見解や意見を述べている場面が あったのだが、
ほぼ全員が口を揃えた如くに、後輩たちへ「伝統を大切にしてほしい」というふうな、いかにも優等生的要望を述べたなかで、
ただ ひとり、汀さんだけが、「自由に、、、」と おっしゃってたなあ。
まあ、歯切れは良くなかったけど(苦笑)やっぱり、汀さんって、ちょっと異色なとこ あるよね。
その汀さんたちの時代に築きあげた『ベルばら』ブーム。空前の大盛況と あって、当時、特別企画だったのだろうか、久方ぶりの『宝塚』の大ホールにて、歌劇団出身の大先輩たちが一堂に会したステージ上で、まだ現役だった汀さんたちと懇談した場面に おいて、たしか、音羽信子さんだったか、いずれも錚々たる女優になって おられる先輩方が、
「こんなに人気が出て、私たちも誇らしいけれど、守ってもらってる宝塚を出たら、外は厳しい世界なのですよ!」
というふうに、お説教口調で諭されていて、若い汀さんたちも、素直に神妙に聞き入っていたけれど、なにしろ私は疎いので、わからないままなのだが、その頃は、まだ、こんにちのような えげつない醜聞が勃発するようなところまでは いっていなかったのだろうか。
『宝塚歌劇団』は、『阪急電鉄』お抱えみたいな存在なんだよね?
やっぱり『阪急』の体質も あるのかもなw
と言うのも、
私は、若い頃に思ったことが あるんだけど、
『阪急デパート』ってね、大阪のデパートのなかで、いちばん、店員の態度が悪いなと感じましたもんでw
あるときには、当時の阪急デパート梅田本店へ買物に出向き、目的の品定めを済ませてから、これを包んでもらおうと思い、すぐ近くで、女性の店員どうしが、さっきから くっちゃべってるところに、「これ、お願いします」と、持って行ったら、ろこつにイヤ~な顔しよったもん。おしゃべりを中断させられて、おもしろくなかったんだろうかね。他のデパートで、こんな態度を とる店員は、見たことが なかったよ。
大阪でも特に高級感を漂わすデパートだったが、なかみが これではね、
と。
それから、
前回のエントリーで、これで何度目か、『北朝鮮』拉致問題を取りあげたところだが、
ニュース ポータルの一つである『ニフティ』のコメント欄も、拉致被害者について、
「あんた、それ、被害者の親御さんたちの前で言えるのか?」
と咎めたくなるような、たいがいなことをヌカシまくってた。
しかも、相変わらずの、アベシ持ち上げ。
どうなってんだか。
そりゃあ、銃殺後に、やっとかめバレた「壺」の広告塔を、祖父の代からシコシコ務めあげ、結局、そこから『北朝鮮』への資金流入までも起きていたことを棚上げして、ずばり言えば「国賊」「売国奴」の誹りも免れない者をば、なんとまあ、国葬しちゃってるもんな。
アベシの おかげで、総理に就けた岸田さんだもの、
アベシを踏襲することが「至上命題」の岸田さん。
終わってるわ、この国は。
さて置き、
『北朝鮮』による拉致被害について、あらためて、つくづく思うのは、
はっきり言ってしまえば、被害者の親御さんたちは、どこかの時点で、方向性を根本的に間違えたんだろうなと。
強力な制裁を科せという主張も、先方の国内に留め置かれている被害者にまで弊害が及ぶのでないかという危惧も何のそのだったし、
お身内そろって、アベシに恩義を感じているようすだが、それもフシギに思えるのは、実際は、以後の進行を妨げる要因になったアベシが、「裏で動いてくれていた」ことを、私らは知らないからなのだろうか、しかし、アメリカの大統領に話しておきましたから~だけでは、なんとも、なさけないことだ。
【続く】
2023.11.09 (Thu)
と、言いたいことも ある。
いつになったら、卒業できるんだろうか。
宗教一般と同様で、拘り過ぎて、深刻な悲劇を齎し続けてきた原因の代表格。
うんざりする!
太古の昔から、
男たちのサガが好むところの戦争を経るとは限らずして、人々は流れ流れて、国土や領土といった線引きも、どんどん変化してきた事実。
現代人の われわれだって、ひとたび、地方から都会へ出てくるなりして、生まれ育った土地を離れた場所で生活していれば、たったの一代でアッサリと、「祖先の」地や墓所やら、どうでも よくなってくるのが実際なのに。
『モーリーが解説。「なぜアメリカにとってイスラエルは"特別な国"に なったのか?」』11/6(月) 6:30配信 週プレNEWS
https://news.yahoo.co.jp/articles/3eeb549f42a4ba2c443b4c6a9dfb444122df43be
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近年はアメリカの若年層が「パレスチナ寄り」になっているのは確かなようです。今年3月に「ピュー・リサーチセンター」が実施した調査によると、パレスチナ人に好意を持つ30歳未満のアメリカ人の成年は61%で、イスラエル人への好意を上回りました。 この世代は、2001年の同時多発テロ発生時はまだ生まれていないか、小さな子供で、アメリカ中にイスラム教への恐怖や偏見が広がったあの空気を経験していません。リベラルが主流で人権意識が高く、イスラエル国家によるガザへの迫害やヨルダン川西岸で国際法違反の入植が進んでいるという「事実」にも極めて批判的です
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(当ブログ主による抜粋)
『アシュケナージ』とかいうんだっけ?特に、ヨーロッパ各地に散らばり、定住していった『ユダヤ人』たちは、いわゆる高利貸し等を中心的生業にし、しかもクレバーと言うのかオツムが良いだけに、抜け目なく、容赦ない やりかたで商売してきたせいで、どこの国や地域でも、嫌われ者だったとか、そういう事情の一端が、かのシェイクスピア『ヴェニスの商人』やドストエフスキー『罪と罰』などにも窺える。
ただ、そのへんの事情を、ほぼ全く知らないでいた日本人にとっては、いまだに、ピンと来にくいもので、『ヴェニスの商人』にせよ『罪と罰』にせよ、なんだか腑に落ちなくて、キョトンとしてしまう。
私も、かつて、子どもの頃や若い頃に読んだ当時は そうだった。
ゆえに、「白人社会」の感覚での差別意識は持ちにくいことに繋がっているのだろうが、これは、ユダヤ人の問題に限ったことでは ない。
だから、ウヨやネトウヨらが、「われわれ日本人は、差別しないのだ!」と、得意げに主張するのは、単なる知識や教養不足などが原因のウヌボレでしかなく、まっかな嘘なのだが、どういうわけだか、ウヨやネトウヨには、このような傾向が殊のほか高い。
それでなくても、「名誉白人」扱いされて悦んでいるような、多くのメデタい日本人も、
「白人社会」に喰い込み、長年を費やして溶け込んできた、本当の意味の「名誉白人」的存在であるユダヤ人から見れば、原爆実験したってバチが当たることもない、差別すべき、「異教」の「黄色人種」の一員に過ぎなかろう。
さて、
うちの母親は、あの『同時多発テロ』(2001年)の少し前に亡くなったのだけれど、私が若い頃には、もちろん、まあ、まだ元気だったし、私の実家は、いわゆるインテリ家庭でもなんでもなかったものの、腹違いの兄を除いては、大学も行ってない親子そろって、新聞記事だけは舐めるように読む習慣が あったので、ちょっとキッカケが あれば、あたりまえのように、政治や外交関係の話題も、各自が思うところを遣り取りすることが少なくなかった。その おかげだろうか、
私なんか、過去エントリーで言及しているように、中学生時分に、当時の専門家や識者を含めた おとなたちが、あきらかには何も言っていなかった『ソ連』崩壊を、はっきり予見していたくらいだ。もっとも、それは、私が予想していたよりは、ずっと早く来たわけだが。
なので、
言ってしまえば「平凡な主婦」の一人でしかなかった うちの母親ですら、『パレスチナ』問題に関しても無知・無関心では なく、かと言って、詳しいわけでもないから、
「イスラエルが悪い!」
のシンプルな一言でバッサリかたづけていたもんです。
その分だけ、パレスチナ人のほうに同情的だった。
いま振り返れば、まあ、あの頃の新聞・マスコミ業界は、こんにちほど、各社のスタンスに、大きな差や乖離は少なかったように思えるし、それは、政治の世界とマスコミ業界、国民・有権者全体との断絶が大きくは なかった時代とも言えるように思う。
で、つまりですよ、
数十年前、かれこれ半世紀近くも前からなんですよ、
パレスチナの問題は、何らかの改善や解決へ向けた進展が、さっぱりのまま過ぎ去ったという現実。
『ロシア』と『ウクライナ』の問題も膠着してきて、同様の危惧を抱かせられている昨今だが、
私なんかから見ても、これでは まさに、「どっちも どっち!」と言いたくなる状態。
しかも、私ら日本人は、もともと、あずかり知らぬ事情や経緯だ。
いま、大悲劇の被害者として嘆きに浸りきるパレスチナ人に対しても、あなたがたの子どもを泣かせたくないのなら、そのために、どれだけの努力や回避策を、この半世紀近くにわたって講じてきたのだろうか?と指摘したいくらいだ。
もちろん、
ユダヤ人たちの歴史上に長く深く続いてきた迫害のことは さて置き、『イスラエル』に対しても、同様の疑問を突きつけたい。
われわれ日本人は勿論、
世界の一般大衆が知らなかった裏で、「3枚舌」を駆使しまくった『大英帝国』、ダブスタの覇権王『アメリカ合衆国』を筆頭とする大国間の圧の掛け合いが ひしめいてきたのかもしれないにせよ。
で、
そのアメリカでは、相変わらず、負けまいとゴリゴリ押しが習い性のトランプさんと、その支持者ら。
娘婿がユダヤ系でもあるトランプ氏って、全面的に『イスラエル』の味方でしょ?w
それでいて、彼の父親は、あの『KKK』の構成員とか関係者だったとか(嗤)
…
先日から、11月とは思えない気温の高さが続き、『硫黄島』近辺での噴火による、新しい島の出現も、「温暖化」の影響ゆえだろうかと思うと、わーい♪と喜んでいる単細胞のネトウヨらを横目にしつつ、少しは不気味な感じも覚える。
地域の高齢者たちが利用している、近場の運動用広場の横を通り過ぎる途中、『朝顔』の花が満開に咲き誇っていたのを見て驚き、
考えてみたら、うちも、例年ならば、10月に入ったあたりで、コーヒーもホットへとボチボチ切り替えているのに、今月は、いまだに、「氷なしのアイス コーヒー」を飲み続けていることに、あらためて驚く。
先日のニュース記事では、『サイゼリヤ』という「イタ飯」レストランの自家製サラダに、やはり、気温のせいなのか、今ごろ、『雨蛙』が混入していたと発覚、
今年は立て続けで、どこかのスーパーマーケットや、うどん屋でも発覚したのと同様の騒ぎが、また起きたのか、という感じだが、
まあ、私個人的には、くだんのレストラン、うどん屋の類に入ったことが ないので、どこか他人事なのだけれど、お刺身や惣菜などを買うとき、食べるときは、念入りに目視確認するようになった。
で、
このことについても、ネット上では、またまた「二分」されている、ということで、
蛙の混入ごときを騒ぐことは ない、安全な野菜であることの証拠だ、
みたいな主張が多い、ということにしてあった、どこぞのメディアだが、やっぱり、ズレてるのよね。
だって、この問題は、チェック作業の段階で見逃してしまっていたわけだから、何のためのチェックなんだ?ということでしょうが。
根本を履き違えて、どんどんズレていくのが、「ネット民」とやらの、
いや、「ネット大衆」の特徴なのだろうか、一事が万事で、何事につけても根本からカン違いし、とめどなくズレていく。。。
ところで、
近頃の私が、特に関心を持っていることの一つが、『樹木葬』なる埋葬方法なのだけれど、
パッと聞いて、それイイね!と、単純に受け入れられることばかりでも ないのでは?と、念のため検索してみたりもするのだが、
案の定で、事前に踏まえておかないと、こんなはずは、、、と なりかねない点も幾つか あるようだ。
ただ、あくまで私個人としての感覚でしかないのだが、
まず、そもそも、樹木の根元は厭だなあという思いが あってwじつは、それは、ぶっちゃけると、むかし、『スリ-ピー ホロウ』という怖い映画を観たからなんだけど、、、(苦笑)
なので、
むしろ、草花ていどのほうが良いとさえ思っていた。
おやおや!
『スリーピーホロウ』の話で、全く期せずして、「ポスト トゥルース」とか、トランプ派のウリである「オルタナティヴ ファクト(もう一つの事実)」ってやつに繋がっちゃったらしいわw
閑話休題。
うちは、すでに御存じの読者も いらっしゃるかもだが、兄弟姉妹にせよ親戚にせよ、ほぼ全員が、腹違いとか義理とか、もと他人という関係性が続いてきた、世間では奇異に思われるほど特異な構成の家で。
私自身も、ついに結婚せず、子どもも儲けなかったので、両親が亡くなれば、右を見ても左を見ても、イイとこ「半他人」だらけな事情。
終生にわたって振り回された、虐待親らの墓に入れてもらうのも、ふるふるマッピラだし。
ただ、
特に母親のときは、見栄っ張りな本人の望みどおりに、精いっぱい立派に豪華にしてあげたけどね。
そんな こんなで、
いちおうの「仏教徒」とは言えど、お葬式も墓石も「戒名」なんてのも、私には不要と思っている。
いつぞや、大昔のイギリスの高名な王様だった人の お墓が、すっかり忘れられていた あげく、そのへんの道端で発見されたとか、日本でも、そうとう有名な人の お墓が、いつしか行方不明になったまま、という話など幾つか聞いてるし、
いずれにせよ、やがては何もかもが忘却され、分からなくなっていくのだ。
ただ、静かに、土に還れば良し。
けれど、私個人の、せめてもの ささやかな理想を述べるとするならば、
「お血筋」(!?)wから言っても、ふさわしい(??)ww『亡き王女のためのパヴァ―ヌ』をバック ミュージックに、『シュネーヴィッチェン』の薔薇の木の下、
春まだ浅き頃に葬られたいものと、切に願っておりまするw(気温が高くなると大変だからよ
www)
おカネ
を用意できるようにしておかねばなあ(苦笑)