2015.04.22 (Wed)
『<福島瑞穂氏「戦争法案」発言>自民が社民に修正要求』
毎日新聞 4月20日(月)20時52分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150420-00000081-mai-pol
「戦争ができる」云々なのだが、
福島瑞穂さんも、こういう迂闊というよりは、このほうが敢えての戦略的発言だとでも考えてのことかもしれないが、
「戦争ができるようになるのだから」は改めたほうがいいと思う。
基本的自衛権に関する錯誤を一般国民間に招く原因になっているかもしれないので。
それと、
国民にとって、どうにも笑えぬ深刻な事件が起きている最中に、楽しく歌って踊って、という敢えての「政治活動」も、私は、そういうのを見ていないけれど、本当に、そういう仕方でアピール活動やってたのなら、あまりにも不謹慎でバカっぽいから、やめといてほしいw
さて、
「なぜ集団的自衛権か、身近な事例で話します。
目の前の人や仲のよい人が理不尽に暴漢に襲われているのを見たら、普通やめさせるよねという話です。
またそれが側にいる自分にも危害が及ぶとなったら及ぶ前に阻止するのが当たり前で、国連憲章でも認められ、法的にも正当防衛にあたるからです」
…「という話」なんかじゃないよおw_| ̄|●
あのね、国家というもの、国家間というものは、「理不尽」とか正義とか、そういうことで動いているのではないわね。
ましてや、戦争・紛争、ドンパチするにあたっては。
「身近な事例」なんかに喩えるほうが おかしいんだわ。
分かり易くしたつもりで、かえって錯誤に導く。
だから、「カルト連」のオババさまやキグルイもとい「キグルミ」らに対しても、私は言ったように、
「それ的確でなければ、比喩として役には立たぬ」
あえて卑近な例に喩えたところで、だいいち、暴漢を制圧するにも、その方法は一つではないわな。
現実的には、おのおの自分自身の力量に沿った方法でもって対処するもんだろ。三十六計逃げるに如かず、君子危うきに近寄らず、というのもアリなんだよ。
「国連」というものが畢竟、戦勝国中心の組織なのが実際のところであるように、それこそ「理不尽」を なんぼでもやってきた大実績あるアメさんが「世界の警察」を気取りたがるからといって、まんま、そのとおり「世界の警察」なんだぁと信じてるほどのマヌケw
おめえはコメントすんなやと言いたくなるタイプの一例だわ。
「あくまで集団的自衛権を身近な例で例えるならの話をしただけで、現行犯で捕まるとか実際の事件の話されても困るのですが…」
なにを言っとるんだ?このひとはw
「リベラル派一般に言えることですが、あなたは戦闘や軍というものに過敏になりすぎている。
諸外国や世界情勢、過去をもっと冷静に見て日本という国を、そして日本の防衛というものを考えるべきだと思います」
うわあ、これまたハズカシイ言いぐさww
よくも、こんなコメントを、しゃあしゃあとできるよなあという、、、
まあ、そうは言っても、めずらしくもない証拠に、そこに出てる「ヤフコメ」一覧だけでもズラリ、このテの稚拙かつカン違いなコメントが ひしめいて並んでおる。
目の前クラクラクラくなるよぉwww
ああ、それと、安倍ちんが毎度似合わんのに賢しらにも、
「レッテルを貼って議論を矮小化するのは断じて」云々。
こういう定番的な小賢しいセリフを持ち出して自己防御の役に立てようとするひと、その個々に持っている見識の高低に かかわらずして、よく見かけるものだけれど、私に言わせりゃ、
レッテル貼りこそは、学習の基本w
そこで問われるべきことは、比喩の問題と同様に、
的確であるか、本質に かなっているのかということ。
2015.04.18 (Sat)
『「その主張の内容には改めて首を傾げざるを得ない部分が多い」【続】』
ところで私個人は、テレビ局というものに対して、すでに早くから不信感を持ち始めていたし、
思えば、ごく若い頃には、NHKのドキュメンタリーを中心に視聴していたものが、
やがては、それこそ「アド街っく」とか動物系とか、ああいう、のんびり・まったり方面の番組で、他愛なく笑ってて、
それでも、やがてのことにテレビを一切見なくなってしまってるので、
くだんの番組も、最中、古賀氏と司会者のあいだで口論みたくなったという現場のようすは知らないのだが、そういうことだったのなら、いっぺん、見ておけばよかったなあと、ちょっと残念ですわw
実際、おもしろかったと、一般視聴者からも大いに好評だったらしいじゃないですか?ww
いっそ、毎回、こういう方向でやってみたらどうかしらと(笑)
「~自分が一時期でもお世話になったところに後ろ足で~」
いやいや、古賀さんに、お世話になったんじゃないの?(爆)
「実際、元官僚の大半が「もう古賀氏とは関われない」と言っています」
へええ、「大半が」ね?「言っています」と?w
「小泉時代の経験から私は、特に日本のように既得権益が強固な国では、改革は、もちろん最初は100点満点を目指しつつも、実際には60点の成果が得られれば合格点であり、満足すべきだと思っています。」
「小泉時代の経験から」ねw
「満足すべきだ」なんて殊更言うことではない!にしても。
まあね、周囲の鈍さが、よほど歯痒いのか、キレの冴えわたった人は、それだけに、
「水清ければ魚住まず」
となりがちかな。
そんなわけで、はたまた、
「もとの濁りの田沼恋しき」とか?w
だが しかし、
総じて言うと、現状、古賀さんよりも、ずーーーっと子どもっぽくも「原理主義」的で何倍何十倍もの問題が大きいのは、
よりによって現首相の安倍ちんと、その政権、および、とり巻きのオトモダチ連だと思いますよ。
なんせ、のちの世に禍根を残しても、もはや取り返しが つかない、それが、権力の暴走が もたらすものなのだから。
つい最近も見かけた「ヤフコメ」で、「消費税20%から上げるべきだ」という話題について、またもや別ハン使って毎度のパターンで臭いホラ演説しておった「カルト連」みたくに、
まあ、心底で、日本とか社会そのものを憎んでいる者だって、安倍政権を支持するわなww
当の安倍政権に、国民と言うか庶民層への愛がポカッと欠けているように。
やいこらw
投資で「80億円」とか儲けたしぃ、あとは自分個人のトクになることしか興味ないよだとか、日本のことなんか どうでもいいとかホザいとった、
正体は、安倍支持ネトウヨの「カルト野郎」、
それだけ稼がしてもらったんなら十二分にマンゾクいったろうに、いつまでグズグズしてんのじゃ。
おまえさんの憎悪の対象である日本からサッサと出て行かんかーぃ(嗤)
※このあと、「フォーラム4」に関し、何か思うところあれば述べる予定。
2015.04.18 (Sat)
『「その主張の内容には改めて首を傾げざるを得ない部分が多い」』
「~テレビ局に圧力をかけたと官房長官や官邸を批判することにも違和感を覚えます。安倍政権の政策を批判する識者や番組がたくさんある中で、それらの個人やテレビ局に対して圧力をかけられるほど官房長官はヒマではないし、そもそも古賀氏が最重要人物(危険人物?)と官邸が考える理由もないからです」
「小泉時代に不良債権処理や郵政民営化に取り組んでいるとき、本当にたくさんのテレビ番組、新聞、週刊誌や識者が、竹中大臣(当時)を人格否定も含めて激しく批判・攻撃しましたが、竹中大臣も当時秘書官だった私もそれらに対して圧力をかける余裕など一切ありませんでした。それが政権中枢の現実なのです」
(文字強調は、当ブログ主による)
ほおぉ?
岸さん ご自身が、あの竹中さんの秘書官という関係者だったのですか。。。
なーるほどねえwちっとも存じませんでした。あなたの ご存在自体を、きょうまで全く。
だって、いまは、
「ヒマでない」はずの政治家が、「ネトウヨ」ご用達のナンチャラ速報だの「2ちゃんねる」だのを覗いては、
お次に「フェイスブック」だら何だらと、自前のブログにて盛んに、
デマ混じりの発信を堂々とやる時代ですがなw
そう、あろうことか、首相を筆頭に、
自民党は、こっち方面のリキ入れよう凄いんだそうでww「ネトサポ」とか?www
だから、私は、古賀さんたちにも言うの。
まず、あれらの「ネット物量バ●攻撃」に打ち勝たないと、って。
さて、
岸さんとやらも述べられる、そのテのパターンの指摘は、あちこち、
なかんづく安倍政権支持派の意見に多く見られるようなのだが、
はたして、ここで岸さんもおっしゃるようなことが、そのとおりであるかどうか、これだって保証の限りでない。
なぜなら、私自身、このブログでも、旧ブログにても、
「カルト連」と呼ぶ連中からの、ネットじゅうで、ありとあらゆる手段の陰湿なイヤガラセや人格攻撃を蒙ってきたことについて、
こちとら全く、そのようにされなければならなかっただけの発端や必然性や心当たりがサッパリ見当たらなかったために、そうとうの怒りと不審を募らせて思うこと考えるところを述べ続けてきたのだけれど、、、
要するに、
先方は、私を、何らかの思想関係のバックやら組織みたいなものが付いているとでも思ったのらしくて、
言ってしまえば、
こんな私を、何かしら「危険」を もたらす恐れありと見て、
「おらおら~仕事の邪魔するなぁ!!」
とて、ひきずりおろし、徹底排斥しておこうと監視、付きまとってきたものらしい。
じつに、「あほらしやの鐘が鳴る~;」ってなものだが、
早い話、「自己投影」してたってことよ、先方らがね。
あの連中と違って、政治団体やら宗教系やら、その他、いかなる組織とも無縁で生きてきた、ただの一般人に過ぎない、無辜の私に。
ましてや古賀さんは、もとがエリート官僚だっただけに、中枢内部を知らない立場でもないし、
しかも、あのとおり、
ズレまくり安倍ちん菅ちゃんコンビの痛いとこ容赦なく突くは舌鋒鋭いは、
あのコンビらとオトモダチらの おつむとは、まるで出来が違うのかなあと呟いてしまうほどのキレ者だからね(笑)
政府筋一同からすれば、なかなかに危険性を感じさせる煩い存在なんじゃないの?(爆)
【続く】
2015.04.18 (Sat)
のは、
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授という岸 博幸さん、
あなたのほうだって、そうじゃないかと思います。
『今更ながら古賀茂明氏「報ステ騒動」の是非を考える』
2015年4月17日
http://diamond.jp/articles/-/70280
私自身は、その一歩手前近くまで来ているのかな、くらいに思っている。
それでも、古賀さんたちのような意見の表明が、政権に真っ向から反発していても、おもてに出せるうちは、あくまでも、「一歩手前に近い」くらいなのだろうかなと。
なぜ、そのように考えるかというと、
取りも直さず、かつての戦前・戦中を体験した世代のなかに、こんにちの情況と、あの時代の酷似性、かつ、
「まだまだ、と思っているうちに、あっと気づくと、完全に行っちゃってたんだよ」
と警告する著名人たちの指摘を何度も見かけてきたから。
少なくとも私自身も、あの時代を全く経験・体験していないのだから、
その経験・体験を くぐってきたうえで警告している人たちのほうを重視して参考にします、岸 博幸さんの述べるところよりも、ずうっと。
「報道の自由は当然守られるべきであり、かつ報道機関の使命の一つがいわゆる“Watch Dog”、即ち権力側の監視であることも当然です。しかし同時に、報道機関には、そうした自由や使命とともに、ビジネスという側面があることも忘れるべきではないからです」
そうですね、
だから、私も、ふだん、「ネトウヨ」と思しき連中が中心になって主張している、
「マスゴミは事実だけを淡々と羅列しておけ」
てな浅はかなコメントを見かけるたび、これだから、まともに相手にするだけのオツムですらないわな、と呆れ果ててしまうわけ。
マスコミ各社それぞれに、一個の営利企業体であるという土台、
だからこそ、各社主張は、様々にカラーが出ていて当然なのだ。
しかし、そこに、ねちねちガミガミだめ出ししてるのが、ときの政権という始末では、しょせん、一人の一般人が主張するどころの始末ではないです。
かつ、
営利企業体であるがゆえ、岸さんおっしゃってる「ビジネス」だ「視聴率」だ、そこばかりを追求しているのでは、「報道」だの、やれ「木鐸」だのと、どの口が偉そうに言えるのか?と思う。
「世間受け」ですかw
「“イロモノ”に多くの時間を割いたのも、マスメディアの現実を考えると やむを得ない」
ですか。
~「古賀氏は報道番組が原発と行革を扱わないことを非難していますが」~
「扱わないことを非難して」いるんですね?
「扱わない」から、なんですよね?
なるほど、デフレ脱却、税金のこと、経済動向、
また、原発のゆくえ、地方の問題、どれも累積していて深刻な重大問題です。いずれとも密接に関連性があるはず。
なにも、番組の一日の時間枠内で、これら全てを盛り込み放送する必要もないし、かと言って、連日毎日、同じことばかりを取り上げる必要性もないでしょう。
まあ、たしかに、
詳細に疎い私も、古賀さんが御自身で、ブログなりの発信媒体を用意されてあるのなら、そこで、あらいざらい一部始終をドカンと述べられたら、それが一番無難でよかったのでは?とも思っていたけれど、
それだと、大多数の一般視聴者の耳目を集めるまでには いかなかっただろうなあとも。
大衆受けしてくれてというか、受けさせるよう仕向けて、やっぱり、こんなのがオモシロいのですか そうですか、そうですよネと、
せんぐりせんぐり、そればっかり垂れ流す。
そういうことばかりのうちに、国民一億やがてのことに「総ハクチ化」てな嘆きも起きてくる。
いっそ、これは飽くまで「ニュース・ショウ」なんですよ、と潔く徹するほうが、まだ罪がない。
【続く】
2015.04.14 (Tue)
一応、行ってはきたんですがね。。。この日曜日の統一地方選挙。
いままで以上に、ものすごく困っちゃってさ。
なぜかって、
どの立候補者にも、票を入れる気に全くなれなかったんだもん。。。
「●んこ味のカレーとカレー味の●んこ」なんて、
どっちもゼッタイ厭だわな![]()
![]()
このブログを以前から読んでもらってきた人なら、先刻ご存じでありましょうが、
もちろん、わたしゃ、自公の推薦や公認候補にだけは、金輪際、入れる気ないしね。
どうして、他の党は、手を拱いているんやら、よくは分かんないのだけど、
これじゃあ、棄権はイカンとか、選挙に行こうよとかという以前の問題だわなあ。
ほんとうに、いつも以上の苦渋の選択で、
所属政党は全然気に入らないものの、
その候補者個人の出た大学での履修分野を考慮し、福祉の現場の経歴を重視し、街頭演説を記録した動画までを確認してみて
(なんせ、各候補者の選挙活動じたい、全体に、ひどく低調だったようだ)、
想像してたよりは冷静で明瞭な話しぶりや、雰囲気に落ち着きがあったことも加味し、かつ、
まだ若いので、私が警戒している その所属政党から、この先、いつかは抜け出る可能性もあるやもと淡く期待して、渋々、ほんとうに渋々、その人に投票した。
ただし、
自公からの候補者ではないよ。これだけは、ぜったい、ないからな。w
やれやれ、
こんなことだと、完全棄権は論外としても、敢えての「白票」を投じておくという心情も大いに理解できるってものだ。
このようにして、政治は、選択肢が狭まり、奪われていった国民・庶民から遠ざかっていき、やがて、民主主義が廃れていき、国全体が沈下していくんだなあという実感が、いよいよ迫って来た。
選挙シーズンともなると、候補者入り乱れて演説の声やら選挙カーのスピーカーが大変喧しいと苦情が溢れてた、そんな むかしには、考えもしなかった、こんな事態になるなんて![]()
恐ろしいことになってきました![]()