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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2025.11.15 (Sat)

最近、またぞろ、『ヤフー』からの告知として、

わたしゃ、今回の それを、いままで無視していたんだけども、

『ライン』たらいうのと合体し、いろんな方面の個人情報を収集・利用させてもらいますよってに、ユーザーのアンタは、さっさとOKしなはれ!

みたいな文面が突如として出てきてさ、

それについては、どの情報は利用を許可しないという選択も できるでヨ、てなことも並べていたけれど、

私が、自分個人用のパソコンを入手して、インターネットを使い始めて間もない頃に、『ヤフー』の顧客の個人情報が流出したとかいう騒ぎになっていたことを憶えているが、そもそも、個人情報を収集して利用しますという内容の告知は、これで何度目なのだかねえ?

もうメンドクサくてさ、じっくり検討する時間も なかったので、とりあえずは、しぶしぶながら容認しといたけど、時間が あるときに、見直ししようかと思っていたら、こちらも世界最大級IT企業である『グーグル』のほうも、やっぱり、同じこと言ってるらしいよね。
まあ、十年以上も前に、何かで提携している関係らしいけどね、『ヤフー』と『グーグル』は。

私は、このことも、早くから言ってきたんだけど、

ユーザーが、いろいろな場で書き込んだ文面だとか検索・閲覧対象から、ちょっとした単語やら名称やら、何らかのキーワードと見做したものらしいコトバに関連した宣伝広告を続々と突き出してくるが、私なんかは、検索の やりかたがヘタなのかもしれないけど、まじで得たいと思っている情報が、ドンピシャで出て来ないことが まま多いわりには、ほんとうに、ただの一時的な気まぐれで検索や閲覧することも多々あるので、もともと、関心も興味も薄いのに、何か売り込めそうだと期待してか、それっとばかり、あれや これやの広告をデカデカと執拗に並べ立てられても、購買意欲などを刺激されるわけもなし、

だから、

「そのユーザーにとって適切な情報を届ける」って、どこがじゃあ?!emoji
全然、「適切」ちゃうぞ!!()ヘンなアルゴリズム出してくんな!!()

と、指摘してきたわけです。

 

近年、がぜん増えてきた、画面のスペースの かなりの部分を占領して、特に、ガチャガチャごちゃごちゃ、せわしなく動く広告ね、ただただ、目障りで鬱陶しいだけなのよねー。文章を読んでいるときは、どうしても、視野の隅に入って来て、気が散って しゃあないし、しまいには、腹が立ってくるわよ。

そんなわけで、せっかくの宣伝広告のはずが、大いに逆の効果を もたらしてるという、さてもバカな商売やってるもんだと、いつも呆れてます。

 

それと、

このブログに書き込んだ内容しかり、メールの やり取りの内容しかり、
検索しようと打ち込んだ単語の ことごとくも抜きまくりの収集しまくり、
オール利用しまくりよね。

安くもない使用料金を払って、そのうえ、なぜ、こちとらの個人情報を提供し、奉仕してやらにゃならんのかと、かねがね、不愉快に思ってきたけど、

さて置き、そんなことよりも、

私が、自分用のパソコンを入手し、インターネットを使い始めた頃というと、かれこれ20年近くも前になるのかな、その後、しばらくしてからだったが、とあるニュースの記事で、『アメリカ』の政府が、『グーグル』に対して、収集した国内の(だったかな?)個人情報を提供せよと要求、という内容を読んだ記憶が残っている。

不慣れだった当時、これって、どえらく深刻な、忌々しいことじゃないの?と、疑問に思ったものだけれど、本当に、個々人を特定できるような情報収集や提供でない限りならば、まず、一般のユーザーには、受け入れに甘んじるしかないのが現実だろう。

まあ、そりゃ、私自身も、自分の個人情報を、権力筋に知られたからと、大あわてしなきゃならないことは何もないっちゃないけれど、

なにしろ、個々人の関心分野や興味の方向とかを鵜の目 鷹の目で嗅ぎまわり、ユーザーの内面、内心を把握せんものとヤッキになってるわけだからね、不穏な想像は、なんぼでも掻き立てられるわな。

つくづく、思う。

このテの分野の巨大企業経営者や運営者が、もし、悪徳な人物だったり、
われわれ一般のユーザーの あずかり知らぬところで結託した政治権力が、個々のプライベート情報を握れる状態になっていたとしたら。
想像するも恐ろしい世界だわなあ。ぜったいに ありえないとは、言えないでしょうよねえ。

 

 

次に、

目下、継続している大きな話題の一つで、26年ぶりに突き止めた犯人を取り調べ中であるという、名古屋市の主婦の事件について少し。

この不可解な事件も、ほんとうに、動機を明らかにしてもらいたいケースの一つだけれど、

私は、当初、被害者の夫君が、犯人について推測していたことを、テレビ局のインタビューに答えて、
(奥さんの)おかあさんのほうの」スジかなぁ?
というふうに思っていた旨をボソッと おっしゃってたので、この答えには、なんとなく違和感が残っていて、なぜ、奥さんの おかあさんまでが関係する可能性が あるの?と、怪訝さを拭えないでいた。

ところが、

どうやら、その おかあさんには、かつて、取り扱っておられた商品のことで、何かの問題を起こしていた事情が あったということ、被害者宅には、その商品と共通した分野の飲料が残されていたこと、しかも、被害者の家庭では、そのような類の飲用の習慣が なかったはず、という疑問点が幾つか浮上しているらしい。

私は、最初、近頃のエントリーでも述べたように、学生時代の片思いなどといった、あまりにも単純すぎるような動機で、ここまでの凶悪犯罪を やらかすものだろうか?という驚きで唖然としていて、もうちょっと、それらしく深い動機が隠されていたんじゃないの?と思わずに いられなかったのだが、

すでに指摘されていたらしい「構図」では、被害者の おかあさんが、過去に従事されていた お仕事上で発生していた問題、その問題の「被害」的関係者の一人が、犯人と、子ども時分に病死している娘では ないかとのこと、被害者宅に残されていた、類似分野の飲料といった、これら繋がりが、事実として あったことならば、なるほど、犯人の、もともと片思いゆえの嫉妬心の上にも、実子の病死に伴う被害意識も重なったと、まあ、それなりには、この凶行の理由らしきものがボンヤリ浮かび上がっては くる。しかしながら、当局から、まだ、そこまでの事情と事実が確認されたとは聞こえてこないのだから、やはり、憶測にしか ならない。

私自身が、ニュースの動画で、被害者の夫君が、「おかあさんのほうの」云々と おっしゃっていた場面は、これは確かに見た。それゆえに、なぜ、おかあさんのことが出てくるのかしらん?と、キミョウさを覚えたわけだ。

それよりも、

最新の情報では、被害者の夫君の、女性や家庭についての考えかたが嫌いだった、という、これまたキミョウな主張が、犯人の口から述べられたということなので、こちらのほうが、心理的に洞察しやすいようには思う。

つまり、

そもそも、学生時代に おける片思いだったのだが、一度ならず意思を示しても、「かなわぬ恋」のままに終わった。そして、数十年後の同窓会で、被害者の夫君が、再婚した奥さんや家庭のことで、気軽に言及した内容が、犯人の気に障り、というところからしてが、もう、その時点に なっていてさえも、片思いは継続していたのであり、犯人のなかでは、学生時代と変わらぬほどの恋情が存在していたからこそ、相手の言動についての、殊更な憤りの理由を設けた、というふうに窺える。

要するに、

相も変わらず消えない恋着を断ち切れないからこそ、敢えて、対象の人の、言わば、「粗探し」を やってみた、というようにも見えるわけだ。

それを切っ掛けに、いわゆる「可愛さ余って」ナントヤラへと、一気に舵を切る。

かなえられぬ恋愛感情が、一転して憎悪に替わるというパターンは、それほどには、めずらしくもないだろうし、そのためにも、粗探しして、相手の欠点を見い出し、嫌悪への切り替えに必要な理由が欲しかった。こんな感じだろうか。

 

ただ、私は、当初から、被害者と犯人が、激しく口論していたという理由は何だったのかが、カギを握っているように感じていて、そこが、ハッキリと吐かせられたら いいのだがと思っていた。

どうやら、最初は、口論だけに終わり、その後に、再び、出なおすカタチで、そのときは刃物を用意して、押し入っているらしいので、

そこで、例の飲料と、犯人の娘の死、という構図が、構図としては事実であればの話だが、
こうした過去の問題の当事者の身内でもあった被害者に対し、いきなり、自分の娘が病死したことの経緯やら関連ありげな事情などを突きつけてみたところで、娘の死因が、問題となった飲料に あったわけでも なかろうし、当然、被害者は気丈に拒絶したであろう。
この被害者を、再婚相手に選んでいた夫君にでは なくて、奥さんである被害者に直接、凶行を はたらいたことの動機らしきものも垣間見えるような感じは してくる。

ひょっとすると、単に、奥さんに対して、わざわざイヤガラセを したかっただけかもしれないが、思いのほか、つよい拒絶を見せた気丈な奥さんに、よりいっそう、激しい屈辱感を刺激されたのかもしれない。
もともと、長年の片思いを引きずり続けた相手の奥さんとなった女性なのだから、襲撃の土台には、つよい嫉妬心が あったとしてもフシギは ないだろう。

 

ただ、
私でも そうだが、一般的なタイプの人ならば、たとえば学生時代の恋愛感情なんて、自分も結婚して、子どもの幾人か儲けた あとには、笑って話せるような「青春の一コマ」でしかないようなものだから、フラレてもフラレても、きらわれてしまう恐れも辞さずに追いかけ、数十年もの あいだ、心底の火種を絶やさず保ち続けていたとしたら、やはり、異質さ、異常性を感じてしまうのだろう。

 

まあ、くだんの「構図」が当たっているのか否かは、いまのところ全く不明なのだから、憶測以外のものには なりえまい。

それにしても、この執着の凄まじさの陰に、少しでも、もっともらしい何かが あってくれたら、と、つい、思ってしまうのは、
この犯人が、「ふつうの」精神病という言いかたも おかしいだろうけれど、そういうふうには思えないからでも ある。

精神方面の鑑定も云々されているらしいが、この犯人の場合、学生時代の友人たちも近所の人たちも、まったく意外だったという感想しか出てきていないようであり、

現に、いちおう、日々の仕事を こなしつつ、人並みか、それ以上の家庭生活を営んできているのだから、

「ふつうの」精神病よりも、独特な執着心と、根拠とは無関係のプライドの異様な高さも窺えて、『自己愛性人格障害』のほうを疑わしく思える。

この犯人は、本来が、おとなしいほうだったというし、事件後は、さすがに、息を潜める思いで生きてきたであろうから、日常生活のなかで、余計な悶着を起こして、周囲の人の警戒を招かないよう、おだやかなイメージを保つよう、努めてきたのだろうと思う。

往々、通常の場合には、終始、とても「感じが良い」人という印象を持たれやすいのも、また、『自己愛性人格障害』者の特徴の一つである。

そして、

こういう人と かかわってしまったが最後、「三十六計逃げるに如かず」、
黙って、とことん逃げるしか、この災いから逃れる手段は ない、という話も よく聞くところである。

しかしながら、その正体に気づいたときには、、、もう遅かったりする。

 

 

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Updated   
2025.11.09 (Sun)

【続】最も弱き者の続き。

 

ところで、

私は、だいたいが、自分のプライベート(拒否しようもない幼い子ども含めて)を切り刻んで切り売りしているとしか思えないような(加えて「投げ銭」やらでは足りないのか、いわゆる「案件」まで混ぜ込んでくる)『ユーチューバー』には、自己満臭と、どこか必死な痛々しいものを感じることも多いので、気まぐれに数回ほど見てみても、すぐにウンザリしてきて、飽きてしまうことが殆どだ。

それ以外でも、大概は、「優雅な生活」自慢か、嘘っぽさミエミエな演出の「ライフ スタイル」。

 

『ユーチューブ』を、わりと、よく閲覧している私でも、対象は、かなり絞ってきているので、まったく知らないことだったが、生後3ヵ月の実子を刺し殺した この母親、ユーチューバーも やっていたとかいうので、先日、和歌山県で、2歳の実子を虐待の あげく、死なせてしまった親も、ユーチューブの自分のチャンネル内で、ずいぶんとエエカッコな、自己陶酔的なことを並べていたというニュースのことを思い出した。

 

だいぶ前の過去エントリーか旧ブログでだったか、
かつて、一般人が、日常的な自分の身近の、たとえば、家庭内や子どもをネタにした内容の動画を、当時は、インターネットやユーチューブは存在していなかったので、世間の「お茶の間」向けに取り上げて放送している番組が あったのだが、

その頃は、まだ実家で生活していた私は、文字通りの「茶の間」のテレビで、くだんの番組を見ていたら、いっしょに見ていた母親が、プンプン怒りだすことが何度も あったのを憶えている。母親の憤りは、視聴の回数を重ねるごとに増えていった。

その理由は、

登場する(させられている)幼い子どもが、いかにも可愛らしく、あどけなく、ユーモラスな光景では あるけれど、高い位置から落っこちるとか、何かの硬いものの角に、頭を ぶつけてしまうとか、見るからに危ない場面を映していたりするので、それらを、不審なほどのグッド タイミングで撮影して、テレビ局に送りつけて、採用してもらっている親たちは、自分の子どもを、わざと危険に さらしているのに違いない!怪しからん!!と、怒っていたわけです。

あれが、こんにちでは、そのへんの一般人までが芸能人気取りで、ユーチューブあたりで発信している「プライベート切り売り」チャンネルの原型の一つなんだろうなと思う。

 

 

車椅子の女性がと聞いて、真っ先に思い出したのは、何年前だったか、観光目的で、静岡県内の『JR』の駅を利用しようと予定していたつもりが、あいにく、無人駅になっていたので、エレベーターなどが なく、階段を経由するしかないため、昇降を担ってもらう人員を数名、要請したものの、事前の申請が なく、急に応じることは できないということで、双方の それぞれから思い違いや行き違いなども あったせいか、悶着が生じ、車椅子の女性側は、『JR』側の協力を得られなかったというので、車椅子拒否である!と、憤りを込めた表現で、インターネット上で公表しておられ、そのことが、批判という以上に、多方面からの非難や誹謗中傷までも招いたという、そのような騒ぎが あったことを、私も、おおよそは憶えていたのだけれど、この女性も、今回の子殺し事件を起こした母親と同様の難病、それも、もっと重度に見受けるが、お子さんを数人ほど儲けていらっしゃるし、育児については、やはり、まとまった人数で、そうとうのサポートを担当してもらっているということだったけどね。

 

 

分野は違えど、障碍者のハシクレである私自身、障碍者に対する色眼鏡や侮蔑や差別は許せないと思ってるけど、だからと言って、いきなり、何でも かんでも、「健常者」と同じようにしてくれて当然、扱いの差が、僅かでも見受けられたら、徹底的に糾弾すべしとまでは思わない。

 

たとえば、『名古屋城』の復元だったかな、車椅子でも登れるように してほしいという要望を表明したら、「かたわのくせに」「ずうずうしい」といった罵詈雑言が飛んできたという話が あったが、

私個人的には、てっぺんに登らないと死ぬわけでも あるまいにと思ってるのでw忠実な復元の妨げになるとかいった問題については、耳を傾けるに吝かでないし、いまどきは、安全な場所に居ながら、どのような危険な場所でも、臨場感ある鮮明な映像を楽しむことが可能になっているので、とにもかくにも無理してでも叶えてもらいたい、などと、強硬に要求する気には なれない。

だいいち、「健常者」が すなる「ロック クライミング」とかさ、ああいうのも、車椅子使用の障碍者だって、できるようにするべきだ!と要望しますかね?w

 

しかし、

「かたわのくせに」「ずうずうしい」などという罵声を聞いたら、即、猛抗議するよ。

そばでヘラヘラしていた市長に向かっても、噛みつくと思うw

私も、ほんとうに許せないと思ったときには、ふだんとは違って、ガンガン言うほうなのでw

ところが、あのときは、誰も、何も抗議の声を上げなかったのね。

障碍者たちの声も参考にということで集まっていたらしいので、車椅子を使っている人なのだから、一人だけ参加しているのでは ないはずと思えたので、そこが怪訝で不審で、なぜ、誰も何も言わないままだったのか?という疑問を、当時のエントリーでも指摘してあると憶えている。

 

すべてのことに おいて、「健常者」と寸分の違いなきように してくれるべし!と要求して、なかには、

いらぬリスクや周辺の無理を来たしかねないケースも ありうる、そのことで、非難や誹謗中傷を巻き起こしてしまい、かえって、障碍者すべてに対する偏見を助長し、それでなくても、世間には、まだまだ、障碍者に対する排斥感情も少なからず残っているのが現実なのに、ますます、障碍者が生きづらい思いを抱え込むことに なるのでは ないか、私も、そんなのは厭だなあと思うし、いずれは、改善していってもらわなければ ならないことが幾つも あるのは事実として実感しているけれども、むやみな強硬姿勢で、激しい主張を繰り広げても、ただでさえ、自身の身に思い知る事が ないかぎりは、「健常者」という者は、最も、想像力が乏しいのだから、「多勢に無勢」の勢いでもって、激しい反発を投げつけてくるのが関の山だ。

それって、誰の役に立つの?と疑問を覚えるくらいの「完璧主義」的要求を押し通したために、かえって、ますます、「やっぱり、障害者はワガママで迷惑な存在だ」と確信させてしまう逆効果なケースも あるよなあと、私自身、困惑した。

 

そりゃあ、障碍者全体に対する色眼鏡や侮蔑は許せないと思ってるし、「健常者」側の無自覚なウヌボレは、ほんとうに無神経で、鼻持ちならぬと思うことも少なくは ない。

けれど、

たとえば、私は、聴覚障碍を抱えているが、同じ聴障者どうしでも、全くの同じ状態と言えるのは、完全に聞こえない、という状態でもない かぎり、それぞれに、ばらつきが ある。

異なる分野の障碍ともなれば、わが身に抱えていない障碍については、「健常者」側なのだ。

要するに、視覚障碍の場合ならば、誰しも、その不自由を、わが身を以て理解しやすいであろうのは、せいぜいが、全盲の状態だ。それ以外は、やはり、ばらつきが あるだろう。

 

様々な病気についても同様だ。

わが身に背負ってみなければ、想像が追いつくことは、ほとんど ない。

自分の子ですら、他者だ。

他者の痛みは、しょせん、他者の痛み。自分の痛みとして感じるわけじゃない。

 

障碍ゆえの、いろいろな負荷や不利益は拭いきれないし、「健常者」には想像も できないであろう苦悩も ある。そういったことは、がんばって乗り越えたつもりで生きてきても、年数を重ねるほどに、否応なく深まっていくことも ある。

けれど、

誰だって、完全な健常者とか障碍者では ありえず、それぞれの立場で、何かしら、どこかしらで、遠慮や配慮を要求し合いつつ生活しているはずで、

この世界に、完璧フラットという状態は、障碍に限らず、どの方面や分野にも、ありえないことなのだ。最後の最後に、「粒」に戻るまではw

それまでは、

見下して、勿体つけるような態度は勿論、だんぜん、こうしたほうが合理的だと分かっていることにすら、ヘンに出し惜しむような、底意地の悪い態度も控えてほしいものだ。

かつ、誰もが疲弊するだけで、ムダにしかならないような、あまりに硬直した拘り過ぎも控えてほしい。

 

ほんとうに、自分は、「健常な人」なのか、疑い、考えてみたことも ないのだろう、「健常」である自分が当然という、無自覚なウヌボレ。

同時に、

すべてが、「健常者」と寸分たがわず同じでなくては許せないから、結婚も、出産も、何に おいても、これで「健常者」と互角、「人並み」になれたのだという満足感を得られるまで追い求める障碍者側の欠乏意識ゆえの完璧主義的要求。

どちら側にも、それぞれの被害意識が あるのだろう。

 

ちなみに、また言っておきます。

ネット上で、明白に突きつけられた事実。

ネット以前から、家族などの周辺で薄々は感じていたことでも あるのだが、それは、

身体障碍を最も嘲笑し、侮蔑と罵詈雑言を浴びせてきたのは、「健常者」よりも、精神障碍者だった、ということ。

正確には『自己愛性人格障害』者だった。
要は、俗物中の俗な感性と価値観とを備え持っているからこそ、「カクレ」と して、俗世間に混じりやすい彼ら彼女らも、「健常者」のつもりやフリをしながら、おおぜい混じって生きていることだろう。一見は、「感じが良い」だけに。

 

 

むろんのこと、障碍者が、いわゆる「健常者」を筆頭とした他者の全体に、不必要な負担を かけなくて済む程度には、社会的基盤システムの構築と合理的配慮は求めたい。

それは、障碍者側の「わがまま」では なくて、どちらか一方だけの利益のためでも なく、誰しも、お互いが、許容や譲歩可能な範囲のなかでスムースに、快く過ごしていきたいからだ。それだけだ。
むやみと好戦的な振る舞いを辞さないほど、自己主張できる障碍者は、少数派だ(苦笑)

 

 

さても、子という存在に対して、何らかの目的を課すことは、邪悪な所業だ。

 

子どもに性的暴行、

子どもを取られまいと親権争い、その あげく惨殺、

いずれも、子どもを私物視し、依存しているからだ。

 

そもそも、子どもを利用することで、俗物は、自分のなかの欠乏を埋めようとしたのだろう。

 

最も弱く、抵抗が困難な者を利用して、おのれのなかの埋まらぬ穴ぼこに、人身御供のごとく嵌め込み、塞ごうとする。

抵抗力に欠けた、弱い者が やる、邪まな所業。

ほんとうの意味で、最も弱い者。

 

 

Updated   
2025.11.09 (Sun)

最も弱き者の続き。

 

話題を移して、

こないだ見かけたニュース記事の一つで、何やら、性犯罪に かかわる話だったと思うが、近頃は特に、この方面のニュース記事が多すぎるので、どれが どれだったやら錯綜しがちで、詳しい内容については、早くも曖昧になってしまっているのだが、

ただ、例の「ヤフごみ捨て場」のコメントのなかに、いわゆる水商売系の店で働いているらしき投稿者が、ある男性客から、「自分が若かった頃は、とにかく女性との性行為を欲するあまり、騙してでも、というガツガツぶりだったのが、娘を儲けて、父親になってみれば、自分の娘が、男の性欲の餌食になってしまうのは許せないと思うようになった」のだとかいうふうなことで、それで、そのコメント投稿者は、くだんの客から、そういう下心な男に用心しなくては いけないよ、というような諭しというのか、要するに、お説教に近い内容を聞かされたらしい。

そのコメント投稿者自身は、素直に受けとめているふうだったが、水商売の接客業だから、若い女性の従業員に向かって、常連のオッサンあたりが、いかにもな「親心」ふうに言いたがる類の説教だわなと思ったw

時々、いるのよね、さも温かく親身な注意喚起を向けてくる、訳知り顔おじさんw私も、まんざら、そういう世界を知らないわけじゃないからw似たようなことは あったのだけども。

 

ただ、それとは全く逆なことを言ってのけたオッサンも いたよ。

ずばり、

年頃になった自分の娘をヤリたい、とぞ思ふ。

ってさwwemoji

 

同じ家のなかで生活するのも危険な、こんな父親のとこに生まれてくるのも災難だなあ、と、当時の私は、内心ひたすら呆れたが、

しかし、うちの親父だって、私の入浴中、間違ったフリして覗きに来たし(一度ならず繰り返しやがったので、その後、浴室のドアに錠前を付けてやった)、そのことを訴えたら、母親は、なぜか、モゴモゴと歯切れ悪く呟くのみだった。

生まれたばかりの甥を連れて、うちに滞在していた姉(当時17歳)が、母乳を与えているところを、やっぱり、間違えたフリして、覗きに行ってたわ。たしか、姉も、入浴中に覗かれたことが あって、そのときは、さすがに、母親が注意してたけど。

おのれのヨメさん(私らの母親)のトイレ中を覗こうとするのは、まあ勝手に やっとれ、ちゅうとこだがw

ま、性犯罪でも殺人でも、最も発生しているのは、家族や身内間だというもんね。

 

ちなみに、

中学時代に親しくしていたクラスメートは、小学生の弟が、夜間、寝ているときに、布団のなかに手を入れてきて、胸を触ってきたので(だが、友だちはペチャパイだったw)、寝返りを打つフリして誤魔化したらしいけど、
まあ、小学校の高学年ともなると、男の子だし、性的な好奇心が出てくる頃だわね。

私も、弟くんのことは よく知っていて、姉である友だちに似ている、童顔の可愛らしい子で、友だちと私が、怖い話を して面白がっていたら、2階の部屋に一人で上がるのが怖いと泣きべそを かいたので、なぜと聞いたら、2階に、おかあさんの和服が、衣桁に かけてあるのが怖いんだとw

 

弟という存在が羨ましかった私は、なんだかんだ言っても、まだまだ幼くてカワエエのうと思っていたので、さんざっぱら、かわええ、かわええと、常日頃、愛でていたら、しまいに、将来は、私と結婚してもイイみたいに言ってたと、友だちも笑っていたww

 

これは、同じ友だちの話だけど、

田舎の親戚の家に泊まると、従兄が、「なあ~なあ~」と、キショクわるい声を出しつつ、ねっとり つきまとってくるから、鬱陶しかったとも言っていたわ。

 

 

それにしても、

特異な難病と障碍ゆえに、車椅子を使用している身で、せっかく授かったばかりの、生後3ヵ月ほどの女児を、何たることか、メッタ刺しにして殺害した母親の事件には、よりいっそう、唖然とした。

 

先日のエントリーでも述べたように、私なんか、腹のなかに いる あいだに殺されかけたわけだけどさw

 

なかなか、ケジメを つけて離婚しないようだというんで、業を煮やしていた(私の)母親が、友人らを伴って、まだ前妻と共に暮らしていた親父の所帯へ乗り込んで行き、そこで、親父の前妻が、そろそろ産み月かという頃になっているらしき大きな お腹を している姿を目撃し、事の真相を知ったという話、わりと最近の過去エントリーでも触れてある。

 

でもさ、私も、いろいろと、世間を見てきたから、世のなか、ヨメさん妊娠中に、とにかく、溜まったものを処理したくて、風俗業だろうが人妻だろうが、隙あらば、よその女に手を出すということなんか、大昔からの定番みたいなもんでしょ。

ましてや、自分も人妻、一度や二度は妊娠・出産を経ておりながら、なにを、生真面目な娘ぶってさ、、、と、わが母親ながら、せせら嗤いたくなるのだけどもw

 

なんせ、前妻の末娘、つまり、先述した、私から見て、腹違いの姉に当たるわけだけど、年齢差、たったの6ヵ月だ()

ま、そんなわけだから、勇んで乗り込んで行ったとき、おそらく、私の母親自身、すでに、堕胎も困難な月数に差しかかっていたんだろう。

で、母親の言うことにゃ、忌々しき事態が発覚するまでは、親父に、自分の腹のなかの子()の父親だという自覚を持たせるため、産院での受診時、必ず、付き添わせていたもんだと。

ところが、

あろうことか、母親に言わせれば、まだ出て行かずに「居座ってた」前妻の大きな大きな お腹を見てしまい、いっぺんで、現実と親父の本性を突きつけられた、と。

 

さあー、ど修羅場ど修羅場、

 

たちまち、まともに妊婦を やる意欲も萎え、産科への通院も うっちゃらかし、すでに、自分のほうも、堕胎が困難になってしまってるしで、

そこへ、不倫相手であった親父は、出産予定日を過ぎても、

「そんなもん、無理に出すことないだろー、出て来たがらないんだからよ」

そっとしといてやれ、とかwきわめて無知で無責任なことを のたまうww

本音は、出て来てほしくなかったからだろ、と、いまの私は確信しているが、

でもね、母親は、こう言っていた。

「あんたの おとうさんは、自分の子を産ませることで、私を離すまいとしたんだ」

ケッ、

せっかく つかまえた親父を離したくなくて、子をダシに利用して、自分との結婚を迫ったのはアンタのほうだわな()

このように、私は察している。

 

若かった頃の私は、母親の言うことを、素直に信じていたんだけどね。。。その分、親父を軽蔑していた。

 

もう、どうにでも なれと、なんなら、最初の死産の子みたいに、生まれる前に死んでしまってくれていたほうが好都合、、、とか、不埒なことを考え始めたんでしょうよ、あのバカ母は。

 

まあ、あかんぼうだった私は、酸素も栄養も途絶えかけた重度仮死状態で産み落とされて、疲れ果てていたのだろう、

「よく眠ってくれたので、手が かからなくてラクな あかんぼだった」

と、バカ母は申しておりました()

 

おまけに、どういうわけか、添い寝を嫌がる あかんぼで、一人にして寝かせてやらないと、かえって眠らなかったらしいw
ますます、ラクできたバカ母でしたww

あかんぼなりに、母親を警戒していたのかもなwww

 

 

とかく、母親の子殺しについては擁護の ていで、
その実、自分自身の出産・子育ての過酷さを、めんめんと訴えるコメントが殺到する風潮にも異様なものを感じるが、

何なの?誰に頼まれたわけでもなかろうに、自分で望んで産んでおきながら、あの ものすごい被害者意識は。

子どもを産めるってことは、基礎体力だけは人並みに あるということだろうに。

私、生まれつき、胃腸も弱く、若い頃は、時々、ひどい吐き下しを起こして、救急車や入院騒ぎになったこともあるけど、
あるときに、生まれて初めて酷い腹痛になって、辛抱たまらず、救急車を呼んだという同僚に、
「お産と比べて、どっちのほうが痛かった?」
と、興味津々で聞いてみたら、
「お産のほうが、ぜんぜんマシだった!」
という答えだったよw

ほれ、

いまよりは もう少し不便で、様々な公的手当ても なかった頃、26年前の犯人だった女が逮捕された、名古屋市の事件ね、あの被害者は、ご主人が仕事で不在の日が多く、それこそ「ワンオペ」だったみたいだけど、
それでも、育児日記をマメに つけていて、
「かわいくなってきた」
「ますます可愛くなってきた」
と、盛んに記しているじゃありませんか。

 

そもそも、先天性の重い障害を抱えており、車椅子を使用しなければならない人が、誰の助力も なしに、いわゆる「ワンオペ」育児を していたのか?と、育児の過酷さを訴える擁護コメントを見て、甚だ疑問を感じたのだが、そのへんに触れている記事は見当たらなかった。

同時に

誰かもコメントで指摘していたように、
あかちゃんを、この母親と残して、離婚に向けた別居状態になっていたという父親の浅慮を疑問に思う人が いるのも、当然だろうと思う。

母親が、自力での育児を、いったい、どの程度まで行えていたのかにも よるだろうが、このへんも不明なので、腑に落ちないことだらけだ。

 

私なんかも、親父が暴れ回っている家のなかに、母親を残して逃げる気には なれないから、自分の身を投げうっても、母親に付き添った。

自分が不在の あいだに、もしものことが起きたらと心配で、修学旅行にも行かなかった。

 

今回の事件の母親は、「親権」を奪われるということに我慢ならなくて、「無理心中」を図ったと主張しているそうだが、

少なからぬ人が、少なくとも、生後、たった数ヵ月の あかんぼうを、しかも「メッタ刺し」にしたということに対して、誰が、どのような擁護に努めようとも、激しい疑問と嫌悪を感じることは止められないし、最初から、自分は死ぬつもりなどサラサラなかったのでは ないかと疑っているだろう。

 

 

で、やっぱり出てくる、

「この次に生まれたら、今度は幸せな家庭に生まれておいで」

てな定番セリフを言いたがる「ヤフごみ」。

自分の出産・育児の苦労を、めんめんと語りたがる被害意識でパンパンな母親と同様、不快になってくる。

 

「この次に生まれたら」、

子どもをメッタ刺しにして殺した母親は、どうなるの?w

それについては、誰も、何も言わない。

他の似たような事件についても、いっさい、見かけたことが ない。

フシギだわ~。

ただただ、極刑に処せ!!みたいなことだけは言い募るようだけどね。

 

だって、「来世」が あるからには、すべて「前世」での報い、なんでしょ?

自業自得で殺されたはずの幼子についてだけは、頻りに、「次に生まれたら~」云々するのにさ()

言ってみろや「ヤフごみ」、ほれほれ。

子どもをメッタ刺しにした母親が「次に生まれたら」どうなんのよ?(()

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.11.08 (Sat)

目下、例の「名古屋市に おける26年前の殺人事件」の犯人に対する、その犯行動機の解明を待っている世間だが、毎度のごとく、メディア各社の取材合戦の様相が繰り広げられている最中、犯人の周辺から搔き集めるように聞き出した、こまごました話にも、あれほどの凶行を向けた理由が明確には全然、なっておらず、いま現在の印象としては、とにかく極端で、異常性を感じさせるほどの執着と自己中心性とを見受けるので、一般的な人なら、そんなにも単純な、単純すぎる動機で、あのような惨いことを突如として やるものだろうか?という違和感の あまりに、だろう、しまいには、被害者の夫君の、過去に おける対処や言動にまで、疑いを向けるコメントがチラホラ。

どのようなケースでも、あまり露出度が高くなると、それだけで、叩きたくなってくるらしい向きも、一部には発生するもののようなので、なんとも、困ったもんだなあとは思いつつ、やはり、犯人の心情や行動が特異すぎるゆえに、少しは、それらしい経緯が、水面下に隠れていは しないものかと、鵜の目鷹の目になりがちなのが、俗に言う「やじうま根性」の大衆なのだろう。

それだけ、異様に理不尽な物事に対しては、少しでも尤もらしい理由が欲しいのが、人のサガということでも あるのだろう。

 

さて、

この事件については、数ある一般のコメントのなかで、私が、あ、なるほどなと思わせられたのが、二つほど、あった。

大概の場合は、的はずれや料簡違いも甚だしいと呆れるしかないコメントだらけなのだが、

私にとっては、自分では思いも よらない心理を指摘していたのが、まず、

「直接の相手よりも、むしろ、その相手の大切にしているものを傷つける」

ということ。

これは、思い起こせば私自身の周辺でも実際あったことで、人生の最初の記憶では、親父と前妻との長女。
もう一人は、近所の幼なじみだった女児。

この義姉と幼なじみには、明白に共通したパターンが あった。

それは、
端的に言って、私が大事にしているものを、どさくさに紛れて壊そうとしたり、こっそりと隠したりすることだった。

 

それと、

陰で、悪口を言うことが大好き。しかも、作り話。あるいは、いちおう事実であったとしても、もともとは自分に原因が あったことは伏せ、一方的に、対象の せいにする。その裏には、自分勝手な被害者意識。

この癖が、うちの親父にもハッキリあって、親父の晩年は、亡母の代わりに、私をターゲットに していたので、母親の生前は、母親自身が、真相を知ったときに憤っているのを見てきた私だが、母親の死後に、自分も同じ立場に されていたことを知ったときは、愕然としながら、怒りなどよりも、ああ、もともと、やりかねない性格だもんな、あいつらは、と思った。

しかし、親父が亡くなったとき、先妻に連れて行かせた娘(腹違いの義姉の一人)が、親父らがサンザン吹き込んだらしい虚偽の話を鵜呑みにしているという自覚もなく、私の母親ならびに私の罪として、えらそうなことを言って寄こしたので、こちとら、母親の保険金までも、親父が勝手に名義を書き換えて、その娘に渡してしまっていたので、さすがに、腹が立った。

 

何も見てこなかった、何が あったのかも知らないまま、何の役にも立ったことがない分際で。
もし、前妻が、親父と離婚することなく、次女である自分も同じ家で生育していたら、アル中親父の暴力に さらされたのは、その娘なんだけどね。

 

ただ、嘘や作話が多いという傾向は、実は、私の母親のほうにも あったのを、その死後になって、私は思い知らされているので、動機としては、第一に、被害意識的妄想が大きいとは言え、それだけでもなくて、何らの必要もない作話も少なからず混じっていたことから、やはり、異常性格の一種なのだろうかと思う。

 

私の実の両親なのだから、かく言う私自身にも、そのような特徴が あってフシギは ないはずなのだが、彼ら彼女らとの決定的な違いは、
私は、必要もない嘘や作話を楽しむ癖は持ち合わせていないということ。

そういうことにも、一種のエネルギー旺盛さや、労力と計算を惜しまない執念深さや細やかさみたいなものは必要なのだろうからwそりゃあ、小説家にでも なろうかなと、就職に不安が あった若い頃は思ったりしたが、「虚構でもって真実を」云々も何も、やはり、「事実は小説よりも奇なり」という実感のほうが、だんぜん大きくて、「お話」を拵えては、他者に聞かせて楽しんだり、相手の反応を見たいというシュミが ないのである。

やはり、作家や小説家には向いてないと、自分で思うww

 

もう一つは、

あるコメントの投稿者が指摘していた心理で、要するに、「共有」ということだろうか、

被害者の夫君は、犯人である女について、薄々ながら、心当たりのようなものは あったのでないかという前提の もとになるだろうが、これについては、私も、ご本人が無自覚のままながらも、潜在的には、そのようなものは、微かにせよ あったのかもしれないとは思っていたのだけれど、

要するに、犯人は、被害者の夫君が、最も大切にしていた存在を、自分の凶行で、決定的に傷つけることによって、被害者の夫君との、ある種の「共有」を得たかのように感じていたのでは ないかと、そういうふうな指摘だった。だとすると、

やはり、目的の当人に直接では なく、相手が最も大事にしている存在をこそ破壊する方向へと向かった理由を、相手の男性には、多かれ少なかれ思い当たるところあるはずという確信めいたものが あったのかも しれない。

ほとほと、凄まじい被害意識だなと思うと同時に、

このような異様に歪んだカタチを取ってでも、相手との接点なり、共有とも言えそうな、ある意味の「関係性」を欲したということか?と。

ストーカー心理の特徴だという指摘も頷ける。

でも、あの当時は、まだ、ストーカーという名称や呼称は、日本の社会に おいて、一般的には知られていなかったかと思う。

 

あのオモチャが欲しい~あれが食べたい~買ってくれない~手に入れられない~と、地べたに寝転がって、そっくり返って、ぎゃーぎゃー泣きわめく小児のような精神だと、傍目には見えるのだが、

まあ、とても好きな相手のことは、大小に かかわらず、知りたいと思ったり、近くに いたいと思ったりするのも、あるていどは自然な恋愛感情ゆえだろうけれど、

どうしても、かなえられない、欲求が満たされないとなると、これは、わが国でも昔から言われる、
「可愛さ余って憎さ百倍」
に転じ、どんどん被害意識を募らせていくのだろう。

それも、最初のうちは、自分の側が、相手の歓心を買おうと尽くしていたつもりになっていたり、そこへ、相手が、なまじっか優しい、どっちとも とれるような、曖昧な態度だったりすると、「もしや もしやに ひかされて」じゃないが、引きずる未練が、相手に振り回されている、かわいそうな自分という被害意識に変転していくのだろうか。

 

正直、根がボンヤリ、かつ、テキトーな私なんかには理解し難いけど、

自己愛とか自己肯定感が つよ過ぎなのかね?

それとも、

反面では、劣等感に陥ったり、敗北感に苛まれることを恐れているので、とことん、勝ち負けに拘ってしまうとか。

うちの母親も、病弱なわりには、スポーツが得意なほうで、勝つか負けるか思考だったわ。

 

もしかしたら、

スポーツを やってた影響も あるのかもな。

たしか、彼らは、学生時代に、同じスポーツやってたんだっけ?

ミョウな言いかたかもしれないけど、被害者の夫君も、ある意味で「執念」だったわけだし。

 

ちなみに、

うちの母親は、いみじくも指摘していたのが、

「人が大事にしているものを壊そうとする、これは、性悪の特徴や」

と。

おのれの「破壊神」ぶりは棚に上げて、、、と思うけどさwemoji

 

 

私が20歳代のときに、母親とは また異なる意味での「悪女」タイプと言うか、まさにトラブル メーカー的なタイプの女性と、職場の同僚だったことが切っ掛けで、その後、思わぬ関わりが生じ、その時点では、むしろ、年下の私のほうが、仕事上で世話になるという感じの経緯だったので、母親が、ご挨拶しておきたいということで、和食店の座敷に招いて、食事を共にしたということも あったのだが、

後日、くだんの女性に、こう言われた。

私の母親に対する第一印象としては、

「まあ~、えらく貫禄のある おかあさんだね、あんたとは全然、似てないね」

と、からかうような口調で言ったのは、まあ、そうだなと、私も納得だったのだが、

それとはウラハラに、

「あんた、おかあさんを、あまり信用しないほうがイイよ」

と、

急に真剣な顔で警告されたので、えっ??と、困惑した。

 

いまになって思うに、

同じ悪人どうしは、互いに見分ける、鼻が利くとか言うらしいからw

うちの母親と、くだんの女性も、同じく悪女の類では あり、トラブル メーカーということで、即座に、ピン!と来るものが あったのだろうかとww

 

もっとも、その女性は、自分が、あるいは、自分の生きかたが、「善良」とか「純真」とか「真っ当」などとは、お世辞にも言えないこと、
はっきり言って狡猾、それを、むしろ自慢する価値観でも あることを、多少は自覚していたようであったのだが、

外見も対照的で、
うちの母親は、どこの大女優か教祖さまかといった、威風堂々たる貫禄を備えていたのは、まあ、おおかたの人が認めるところでは あったけれど、

それより何よりも、決定的な違いは、

私の母親には、自分自身の内面の深刻な問題性については、ほぼ全く、無自覚だったといいうこと。

というよりも、

自分は間違っていない!自分こそが正しいのだ!!という剛直なまでの姿勢の、その裏側、そこにだけは、徹底的に、目を背けていたと思う。

 

謝ったら負けとか死ぬとかいう病気とは、どなたが上手いこと言ったのか知らないけれど、

うちの親は、まさに、そのとおりのタイプだった。

だから、実は、ものすごく脆い面も あったのだ。

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.11.05 (Wed)

【続】ムジュンということの続き。

 

ところでね、

「溜息が多い」と、時々指摘されることが あった私なのだが、
母親を始め、周囲の人たちは、何かイヤミを込めた溜息なのか?と、言いたかったものらしい。

 

私にしてみれば、全然そうでは なく、なんとなく息苦しいからだった。

このトシになっても、相変わらず、息苦しい感じが つきまとい、子ども時分から、あたまが常にボ~っとしている原因が分からなくて、これも生まれつきの体質なのかな?と、おりおり悩んできた。

 

胎児であった私のほうは、使用可能期間が過ぎ始めた胎盤が、最終的には殆ど機能しなくなっていて、酸欠と栄養欠乏に さらされており、重度の仮死状態だった。

 

だから、母親自身が、

「あの頃は、小児麻痺が流行っていて~小児麻痺が~流行ってたから~」

と、殊更に、頻りに言い募ってたわけだ。

 

なにが流行ってたと?()

そんなの、関係ねぇわな。

出産予定日を過ぎたまま、1ヵ月も放置していたことが原因だったのだから。

 

で、

さすがに、妊婦の自分自身が苦痛に耐えかねて、大慌てで、産科へ駆け込み、急遽、「陣痛促進剤」とかいうのを使い、大出血しながら産み落としたら、あわれ、あかんぼは、ほとんど死にかけてた、っつうわけです。

そりゃ、出てきたくないんだろ(←ばか親父のセリフ)じゃなくて、
出てくるにも出て来れんわ。なんせ、死にかけてるんだから。

無理に私を蘇生させた医師も、責務とは言え、あんなバカップルが拵えた あかんぼうなんざ、ほかっといてくれて よかったのにww

この医師は、私の出生の顛末を、特異なる臨床事例として、学会発表のネタにされたのだそうなwww

 

 

聴覚障碍については、とうとう、死ぬまで無視し通した母親だったけど、

小児麻痺ともなると、さすがに、認めないでは通らないわな。

 

辛うじて、小児麻痺を背負って生まれてこなかったのは、不幸中の幸い、それは誰あろう、母親自身にとって、だ。

 

ミエっぱりの、くだらないプライドの権化みたいな性格では、難病や障害を抱えている わが子、という現実に耐えきれず、もしかしたら、アベシ射殺事件の男の母親のように、いかがわしい宗教に のめり込んだかも しれないし、いっそ、自殺したのかも しれないし、

少なくとも、とりあえず、放り込んでおける施設が必要、その おかげで、疎ましくも、出来損ないな わが子を、日常は思い出ださずに済み、考えずに済むから。ときたま、申し訳ていど見舞っておけば、それで、いちおうの親らしいカッコは つくから。
最低限、そういう状況が得られなければ、「障害児を産んだ惨めさ」には耐えることが できなかったので なかろうかと思う。そういう「プライド」の人だった。

 

まあ、いずれにせよ、私という存在なしでは、親父との不倫を貫き、結婚に至ることも できなかったろうし、そこまでは達成できても、最悪の場合、親父に殺されてしまうことも ありえなくは なかったし、深く、かつ、無自覚に依存する存在だった私という娘なしの晩年は、惨めなものだったろう。自分を庇ってくれ、自分の代わりに殴られてくれる娘は存在しないのだから。

うちは、親と子が逆転していたんだなと、つくづく思う。

 

あの母親、死後も、あとから あとから、いまだに、私をギョッとさせ、愕然と させてくれる。

 

もしも、「来世」とやらにて、うちの親ら、特に母親に出くわしたとしたならw

「あんたには、これ以上、差し出すものは何も ないよ!あっち行け!!」

と、怒鳴りつけてやりたいww
でも、この世に いるかぎりは、できない。どうしても、救おうとしてしまうだろう。

 

父親違いの姉は、私よりも、もっと激しく、冷たく、母親を嫌っていたが、

それも、無理からぬことと理解せざるを得ないほどに、私ですらも、聞いて唖然としたくらいのメチャクチャなことを言い放っていたのだから(いずれ、詳しく書いてやろうと思ってるw私は、姉の味方だ)

なるほど、

脳に異常が あってこその、凄まじい他責と自己保身の言い訳だったのだろう。やれやれ。。。

 

異常性を隠し持っていながらも、プライドが異常に突出して高い。
本人自身が、そのことに無自覚。

結果、ありと あらゆる問題を連れてきて、当の本人だけが、ひたすら被害意識に憤り続け、自己憐憫に浸りきり、手軽に八つ当たりできる わが子をゴミ箱代わりに、すべてを ぶつけて寄こす。

外部にバレない、安上がりなストレス解消法だ。

 

 

ただ、
一見は、いたってマトモなという以上の、非常にシッカリした、頭の回転が速い、賢い女性、というイメージを、概ね、誰もが疑わなかったので(若い頃の私も然りだった)、そこが恐ろしいところなわけ。

凶暴だったアル中親父も、外ヅラは良かったし、なかなかの人気者でも あったようだし、
けっこう、世のなかの あちコチで、澄ました善人顔して生活していそうな異常者は多いのかも、という気が する。