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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2016.03.06 (Sun)

【旧ブログの記録より(少々加筆等あり)

哲学詩~みすずさん                   2010/10/26 06:12

味噌にも音韻波長の効果ってことかな。

乳牛にモーツァルト聴かせると よく乳を出すとか、そういう話、もう ずいぶん前に、テレビでやってたわ。

 

 

「大漁」

 

朝焼け小焼けだ

大漁だ
大羽鰮(いわし)の

大漁だ

 

浜は祭りの
ようだけど
海の中では

何万の
鰮(いわし)の弔い

するだろう

 

 

私も子ども時分は特に、こういう傾向の感性があったので、この詩には、一読して胸が詰まる感じがした。

あるいは また、この作品のような発言を忌み嫌う人もあるだろう。(私の身内には、そういう者が多い。)

けっこう有名な人だったと思うけど、どなただったか、この詩を読んだ人が、

「この感性では、とうてい長生きできなかっただろう」

とか おっしゃってた。

 

たしか、金子みすずさんは、自死なさったのだっけ。。。

 

 

「お魚」

……

けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたづら一つしないのに
かうして私に食べられる。

ほんとに魚は かはいさう。

 

          

この詩は↓今回初めて知った。

 

「鯨法会」

……
はまの お寺が鳴るかねが、
ゆれて水面(みのも)を わたるとき、

村の りょうしが はおり着て、
はまの お寺へ いそぐとき、

おきで くじらの子が ひとり、
その鳴るかねを ききながら、

死んだ父さま、母さまを、
こいし、こいしと ないてます。

海の おもてを、かねの音は、
海の どこまで、ひびくやら。

 

 

こういう感性って、「青い目の お人形」という童謡にも みられるものだ。

 

青い目をした お人形は

アメリカ生れのセルロイド

日本の港へ着いたとき

いっぱい涙を浮かべてた

「私は言葉が分からない。迷子になったらなんとしよう

やさしい日本の嬢ちゃんよ

仲良く遊んで やっとくれ

仲良く遊んで やつとくれ

 

http://www13.big.or.jp/~sparrow/MIDI-aoimenoningyo.html

「青い眼の人形」は大正12年、野口雨情によって作詞されましたが、<セルロイド>という歌詞があるところから、キューピー人形から想を得たと思われます。これに本居長世が作曲して国内で大流行し、アメリカ公演でも歌詞と相俟って、“Blue Eyed Doll”と呼ばれ、大盛況だったようです。

しかし、青い眼の人形のイメージは何かしらフランス人形的なものが想起されます。これはこの曲の5年後の昭和2年、アメリカから親善使節としてパスポートや切符付きで送られてきた、12,000体ものビスクドール(ジュモーなど)人形などのイメージでしょう。即ち、この曲とこの寄贈された人形には直接の関係はありませんが、贈られて来た人形たちが<青い目の人形>と呼ばれたのは、間違いなくこの曲の影響でしょうし、戦後、この戦争を乗り越えてきた青い目の人形が発見される度に、新聞報道され、青い目の人形=フランス人形のイメージが定着したものと思われます。

こういう心温まる民間の交流も、イケイケドンドンの人たちによって、わずか10年ほどで、日米は犬猿の仲となるのです。

 

 

当時を知る91歳のかたのサイトだそうだ。
この世代の生きた声は、どんどん消えていく。。。

私も、あとで、ゆっくり拝見するつもり。

http://www.urban.ne.jp/home/safuro/ongaku34.htm

 

http://www.dokidoki.ne.jp/home2/furusato/sousei/ningyou.htm

 

http://www.padoma-net.com/chichibu/ningyo/aoime4.htm

 

http://www15.ocn.ne.jp/~marifu/html00805.html

 

【この項、続く】

 

 

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