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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2015.08.17 (Mon)

落下傘【抜粋】 金子光晴

    一

 落下傘がひらく。
じゆつなげに、

 

旋花(ひるがほ)のやうに、しをれもつれて。

 

青天にひとり泛(うか)びただよふ。
なんといふこの淋(さび)しさだ。
(ひよう)
雷の
かたまる雲。
月や虹の映る天体を
ながれるパラソルの
なんといふたよりなさだ。

 

だが、どこへゆくのだ。
どこへゆきつくのだ。

 

おちこんでゆくこの速さは
なにごとだ。
なんのあやまちだ。

 

 

・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・

・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・

 

さくら〔部分抜粋〕 金子光晴
〔前略〕


さくらよ。
だまされるな。

あすのたくはへなしといふ
さくらよ。忘れても、
世の俗説にのせられて
烈女節婦となるなかれ。

ちり際よしとおだてられて、
女のほこり、女のよろこびを、
かなぐりすてることなかれ、
バケツやはし子をもつなかれ。
きたないもんぺをはくなかれ。

 

・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・

 

Sensation」 金子光晴

 

――日本は、氣の毒でしたよ。(僕はながい手紙を書く)燎原〈やけはら〉に、

あらゆる種類の雑草の種子が、まづかへつてきた。(僕は、そのことを知らせてやろう。)

 

地球が、ギイギッといやな軋〈きし〉 りをたてはじめる。……山河をつつむウラニウムの
粘つこい霧雨のなかで、かなしみたちこめるあかつきがた、

焼酎のコップを前にして、汚れた外套の女の學生が、一人坐つて、
小聲でうたふ――『あなたの精液を口にふくんで、あてもなく

 

ゆけばさくらの花がちる』いたましいSensation(サンサシオン) だ。にこりともせず

かの女は、さつさと裸になる。匂やかに、朝ぞらに浮んだ高層建築(ビルデイング) のやうに、

そのまま


立ちあがつてかの女があるきだすはうへ、僕もあとからついてあるいた。
日本の若さ、新しい愛と絶望のゆく先、先をつきとめて、(ことこまごまと記して送るために。)

 

 

・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・

・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・・

 

落下傘【抜粋】 金子光晴

    

ゆらりゆらりとおちてゆきながら
目をつぶり、
(ふた)つの足うらをすりあはせて、わたしは祈る。
 「神さま、
 どうぞ。まちがひなく、ふるさとの楽土につきますやうに。
 風のまにまに、海上にふきながされてゆきませんやうに。
 足のしたが、刹那(せつな)にかききえる夢であつたりしませんやうに。
 万一、地球の引力にそつぽむかれて、落ちても、落ちても、着くところがないやうな、悲しいことになりませんやうに。」

 

 
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