2023.05.11 (Thu)
まずは、
私は、ここの党や人らは信用に足るのか どうかを、ずっと危ぶみ続けてきて、
特に、最初から、橋下さんあたりの、哲学精神など皆無な言動、俗悪かつ軽薄そのものなパフォーマンスと、結局、それに見合ったオソマツな結果を見るに つけ、
いまではハッキリと、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』の派出所みたいなもんだわと見極めを つけた。そういうわけで、雨がっぱ『大阪維新』にせよ『維新の会』にせよ、結局、今に至るまで信用したことが ないのだが、
ここを応援してやまない人たちの大半は、やっぱり、「カジノ」でも何でもイイ、毎度のハコモノだろうが何だろうが、とにかく、ぱあっ!としたことを やってくれるなら!という、これまた軽薄短小な欲ゆえの本音を抱いている、おカネおカネの商売人やら、既得権益を見込む人たちが、その中心部の応援団なんだろうと察している。
この党のパターンは、とっくに知られているように、一も二もなく「ポピュリズム」であると同時に、一見は調子よく理想的に見せかけたスローガンやプロパガンダを発しておきながら、あとになって、こんなはずでは、、、という失敗が多いこと。
この点、やっぱり『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』の縮小版みたいなもんだが、それでも、まだ、政権の座にまで就いたことは なく、あくまでも地方政党の延長でしかないから、見逃されて済んでる。
「引退」した松井さんの、つごうよくタイミングを見計らった如くにバレた不正(政治資金規正法違反・有印私文書偽造などの疑惑)と、橋下さんに同じパターンの、他人事みたいな言い訳、だらしない態度も、まさに、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』の弟版さながらで、既視感が あり過ぎて、あまり驚かないのも問題だ。
さて、
このたび、ポビドン吉村氏が得意そうに発表した、「高校無償化」についての、所得制限撤廃のことだが、これも、私は、危ぶんでいる。
何度か言ってきたと思うけど、
私が、これ危ういんじゃないか?とか、失敗しそうだなと予見したことは、概ね、そのとおりになってるからね、悪しからずです。
で、
「高校無償化」これについて、所得制限を撤廃するぞという宣言だけれど、
いつものように単純至極に喜んでいる層に言っておきたいのは、
『大阪維新』って、何よりも、とにかく、まずは減らすぞー!!っていう方向性が第一の特徴よね。そして、これは与党である『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』とも共通だけど、民間まる投げ、かつ、カネを出したら口も出す、アッタリマエだーという主張と方針。
深刻なレベルに陥るまで、教職員の不足事態を招き、学校そのものについても統廃合ということを真っ先に押し出してきて、しかして、私立も含めた「高校無償化」の所得制限撤廃します!とブチアゲ。
私個人はね、いままでにも言ってきたように、裕福層が、ますます裕福になることなんかには、それほど問題視してないよ。
むしろ、余裕が あるんなら、「100円ショップ」だの、われわれビンボボ御用達の店なんか使わずに、おまいらは、それらしい高級品を気前よく購入しろよぉ、と言いたいくらいなんだけどさw
そんなことより喫緊に必要なのは、いつも言ってるように、全体の「底上げ」。
問題は、毎度のパターンで、公立を片づけ、減らし続けてきて、
そうすると、その分、あぶれたカタチになった子どもらは、私立へ行けばエエってことなん??
だけど、
私立は、やっぱり、公立の何倍も、費用が大きいことに何らの変わりは ない。
ヘタすると、高校進学そのものが、もっと厳しくなる恐れは ないの?って疑問よ。
『出産育児一時金』にしても、8万円だっけか、増額した分だけ、病院側は、きっちり値上げしとるというんだからねえ。
また、これも大事なこと。
私立校には、それぞれに「建学の精神」ってものが あるんだわ。
「カネ出してやるから、口も出すぞ、あたりまえだろ」の基本姿勢だわよね『維新』も『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』と同様に。
いや、なにしろ、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』よりもキツイでしょ。
橋下さんなんか、卒業式などの行事に おいての国歌斉唱時、本当に声を出して歌っとるか どうかを、きっちり見張れ!とか、なんともイヤラシイこと言い放ってたし、
実際、教育現場で管理職やってる仲間らが協力して、従わなかった教員を責めたとか あったわね。
「新自由主義」を基底方針としている点では、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』顔負け以上だなということは知ってたけど、
ちゃんと歌わないにせよ、いちおう起立くらいは するであろう私ですら、ここまで来たら、まさに『ナチ』志向だな、、、と呆れましたわ。
なので、
私は、早々に、橋下さんや『維新』をハッキリ忌まわしく思うようになった。
一切、信用できない。
考えかたが、あまりにも軽薄、酷薄すぎて、信用できるはずが ないんだよ。
あとから知ったには、あのケケ中さんも参画していたということで、ますます忌まわしく思ってる。
こういう人らにノセられたら、時間がドンドン流れてしまってから、引き返しもできず、泣くにも泣けないハメに陥ったことを後悔しなければ ならなくなるよ。もう すでに、あきらかになってるじゃんか。
ところがだ。
ここぞ頼りにしたいはずの『立憲民主党』にせよ『日本共産党』にせよ、他の野党も、相変わらず青臭く、成長しきれてない。
またぞろ、内輪でモメてる。それどころじゃないだろ!っつうのに。
旧『民主党』系は、もともと自分側が提唱し始めたことを、最初は猛反対していた『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』と『維新』に、あとから横取りされてるカタチに見えるよwしかも、「換骨奪胎」までされて。
かわいそうと言うより、怒りと、なさけない感じすらもwあーあ。。。
結局、頼りない。
もちろん、私自身は、こんな『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』と『維新』みたいな、国民や市民のためと見せかけて、その裏は自己利益の計算しかない、こすっからい連中は大キライですけどね。
『NHK』が どうたらいう、ワケわからん政党モドキ(敢えてモドキと付けとく)も、これまた内輪で、わけワカラン争いばっかりだし。これはぁ、てんで お話にならんレベルのメチャクチャだ。投票したやつの気が知れんわ。
いずれも、未熟そのものだ。
そこが、この国の、そして、結局は、有権者・民衆のナサケナイところ。
軽薄だから、「ふわ~っとした」軽薄な主張しか、理解する能力が ないんだ。
政治は、われわれ庶民の生活にとって切実なもの。芸能ショーなんかじゃないだろが
あとはオマケだけど。
先行エントリーにて、
~さて、宿命的「ロシアン ルーレット」列島、日本。
私は、この連休中かも?と、なんとなく予感していたのだが、またぞろ大きめ(数年前の大阪にてと近い「震度」6強)の地震が起きたが、こういう災害が起きると、そのたびにアッサリばったり倒れ伏す「鳥居」などの信仰対象や宗教施設。
いわゆる「神」とは、まさしく、何者が思い、拵え、営々と造り続けてきたものか、よーく分かるわな。~
ということを述べておいた。
残酷で血なまぐさい行事が、古今東西に存在してるけど、ほぼ、共通しているであろうココロは、大昔の人の祭祀事って、基本的に、生き抜くことを希求し、存続するための「魔除け」、ゲン担ぎみたいなことで、そこから、やがては、民衆の娯楽にもなっていったのだろう。
嫌悪や厭悪よりは、楽しい行事、娯楽化してしまったほうが、続けていきやすいしね。
要するに、この世は、けっして、生きやすい世界では ないからこそだ。
大昔は尚更、一歩ちがえば、奈落の底、それが、この世の現実。
そこは、現代に おいても、基本的には大差ない。
大昔は、人間以外の動物などは、ふだんの食料として、日常から殺したり〆たりで、それほどの抵抗感は なかったとしても、危険も あるし、手間や労力は かかるよね。だから、大きくて獰猛な猪を、小さな雀に替えたり。
人間が生贄となると、もっと多大で深い心痛も伴うわけだし。
なにも、昔の人だって、子孫が、厭だなあとか、もう必要ないのに、と思うのを無理して続けることを望んでは いないと思う。
てか、現代のようになることを想像もしてなかっただろうし。
ただ、フシギなことに、残酷な「神」は、血を欲する、という言い伝えも あるのよね。
だから、やめてしまったら、その「しっぺ返し」が来るんじゃないかという強迫観念的恐怖で、やっぱり続けてしまうと。。。
なんで、こういう話を したかと言うと、
愛知県の どこかの神社(なんか『アイヌ』語っぽい名前の神社)では、「生贄」の伝統神事を、いまでも執り行なっているという記事を読んだから。
雀を、本当に「生贄」として「神前」に供えているそうなんだけれど、やっぱり、現代では、当の宮司さんたちも、多少の抵抗感は感じてるらしいのだが、それでも、
「先人が遺したものを継いでいくのは、いま生きている者の務め」
というふうに思っているのだそうな。
私は、一読して、
「無理することないやん。ハニワ使ったらエエやん。気は心やん」
と思ったw
だって、
埴輪って、おエライ人が亡くなるたびに殉職とか生贄とか巻き添えやら大変な労力やらで戦々恐々は かなわんなあという思いから、すでに大昔に始まってたんとちゃう?ちゃうらしいけどなw
「先人の遺した あとを継いで守り伝えていくのは、後世の者の務め」
なんて言いつつ、昔の人だって、うまいこと合理化してたかもしれへんやろ?(笑)
気は心でハニワ!w
「見立て」とか「見做す」とか、「カタチだいじ」、そういうこと、日本の伝統には特に多いように思えるんやけどなあ。
なにごとも、必要なくなったことを、無理にガマンしてまで、強迫的に やることは ないと思うね。