2021.10.25 (Mon)
『【続】とにかく汚い『自民党』はダッピッピw(←誹謗中傷?ww)』
の続き。
『秋篠宮』さんも言及して、これまたバッシングされてた『大嘗祭』のことは、明らかに「政教分離」に反しているし、
だいたい、『明治維新』で、貧乏武士の倅どもにホイサホイサ担ぎ出されるまでは、すっかりビンボボこいてて、武家政治の世となって以来、時の権力者に、「パトロン」に なってもらって食い繋いでいたらしい『皇室』が、手間もカネも かかりまくる、様々の祭祀を、税金を費やして行なっている こんにちのように、実行できていたものやら、はなはだアヤシイでは ないか。
『皇室』の存在と「民主主義」体制の矛盾は、
さしづめ、「殺人罪」と「死刑制度」の矛盾に似ている。
で、私はね、
「『天皇制』『皇室制度』ゆえの、自分にとってのデメリットを言え」
と問われるなら、
「『籠の鳥』のようで苦しい」とて仰せの『皇族』がたに、こちらが、それを強いているかのような「被害意識」を持たれてしまっていることのほうが、よっぽど不愉快、つまり、デメリットですわ。
苦痛だったら、おやめになれば よろしいです、
少なくとも、私が強制しているのでは ないですよ、
としか言いようが ない。
なんせ、国民でありながら、「総意」のなかに加わった覚えは皆無なんだから。
選べずして、『皇室』に生まれた。
私だって、選べずして、あの親、この国に生まれましたわ。
いったい、誰が望んでいるというのだろうか、あのような制度。
『天皇』や『皇族』たち自身では ないのか?
『保守』とか『右翼』の連中なのか?
最近のエントリーにて、『天皇』『皇室』というものが、敗戦後に、なおも、その存続を、『アメリカ』によって許可された理由は、統治上の つごうの良さを考慮してのことだと指摘しておいたが、
そのなかには、いわゆる「赤化」、日本の「社会主義」や「共産主義」からの影響を排除する「歯止め」としても、つごうが よいからで あった。この一点だけでも、(旧)『天皇』側と(新)『天皇』アメリカ側との利害は合致していた。このことは、『昭和天皇』みずからによる『沖縄メッセージ』にも端的に あらわれている。
ところで、
むかしの職場に勤めていた頃、当時は、なかなか、「お嫁さんの来手」が なさそうな『皇太子』の結婚問題が騒がしい話題になり始めていたと憶えているが、
お元気だった『高円宮』さんも、「それは、心配は しておりますけれども」と、記者たちの不躾な質問に、少々ムッとした表情で答えておられたり、『内親王』だった清子さんが、これも記者たちの質問に対して、
「(私の)結婚を、何歳までにと申し上げると、皇太子殿下のようなことに、、、」
と答えられたとかいうので、同僚が、「妹にまでバカにされて!」と嗤っていたwその同僚は また、
「日本じゅうの国民全部が親戚みたいな感じやもんねえ~」と、
当時の『皇太子妃』選びを めぐる騒ぎについて、いささか同情的に呟いても いたものだ。
彼らは何故、他人である私らの頭の上に鎮座ましましていて、
私らの頭の上から、何やら有難いことを垂れてくださる存在とされているのだろうか?
誰が、「皇」と名乗るように、
誰か頼んで、そうしているのだろうか?
少なくとも私は、お願いしてない。
「陛下」だの「殿下」だのとまで、決して呼ばないのは、主権者としての私なりの、ささやかな抵抗だ。
外国の要人たちに対する尊重と儀礼などの意味は、けっして軽んじないけれど。
再び三たび言うが、
『皇室』の問題も、『ヤフーコメント』の問題も、一言で済む。
なくせば いい。
それだけで、どちらの諸問題も、ほぼイッキに解決する。
なぜ、そうしないのかな。
どちらも結局、
くだらない、邪まな思惑が絡みついているからだろう。
『ヤフコメ』奪われたら悲し~いなんて、そんなやつは、自分でブログやるなりすれば いいだろがw
「闊達な意見の遣り取りだぁ」なーんて、尤もらしいリクツこきながら執着してないで、
中毒レベルの依存状態に陥ってる自分を自覚し、絶ち切る努力しなさいよね(嗤)
あ、そうだ、これも最近、たまたま見かけて、「へーえw」と思いつつ読み終えたコラムが ある。
読後の評価は、、、まあ、なんともだけどw
むしろ、筆者さん御自身の思想とかよりも、いろいろオモシロいエピソードが繰り出されているので、そっちが興味深かったわ。
さるパリピな『夫人』のダンパが、「コロナ禍」進行の最中にも かかわらず催されていたというので、顰蹙を買ってるみたいな記事を読んだの憶えてるんだけどもw
そのダンパに、これまたパリピな『高円宮』久子妃が参加しておられて、夜も遅うまで踊りまくっていらしたそうでw
【訂正:
久子妃が参加しておられたダンパは、「パリピ夫人」が主宰したものとは 別のダンパであるらしい。うっかりミスで失礼しました】
じつに お元気よねえww体力横溢していらっしゃるwww
『皇族』の女性たちってのは、とにかく踊り系が特に お好みのようですかね、なぜか(笑)
http://www.human.osakafu-u.ac.jp/w-center/mnaishinnoutokshi/
うちの叔母は、若かった頃は東京に住んでいて、
イギリスの貴族とも日本の「お公家さん」とも交際してたことが あるんだけど、
お公家さんは、たしかに、独特の感が あるらしいことはチラッと聞いていたw
私が小学生の頃、叔母は、イギリス貴族との つき合いを本気で深めるためにか、自宅へ、英語の個人教師に来てもらっていたのだが、
そこまで しても、まあー、さっぱり、身に付かなかったみたいでwくだんのイギリス貴族から電話が かかってきても、「イエ~ス♪イエ~ス♡」しか言えないんでやんのwそのあとは、じきに、もとの日本語オンリーに戻るもんだから、うちの母親は、
「あいつは、高い月謝はらって、いつになったら英語を覚えるんやら。横で聞いてるだけの わたしのほうが、とっくに覚えたわ。先生も呆れてはるわ」と、せせら嗤っていたものだが、
英語は抜きに、家族で親しくなったので、私は特に可愛がっていただいた。
その英語の先生のことは、だいぶ前の過去エントリーでも少し触れたと思うけど、お父上は外交官、ご本人も、もとは『アメリカ大使館』に勤めていたという、ほんものの お嬢さまだが、およそ気取ったところは微塵も なく、着飾るでもなく、いたって質素に、地味にしておられたけれど、穏かな口調と物腰のなかにも、芯の強さと誇りを秘めた、ほんとうに品の良い人だった。
「ナニヤラ夫人」「ナニヤラの宮妃」「ホニャララ女王」と いった かたがたよりも、ずっとね。
しかし、ご実家の兄嫁さんと合わなかったとかいう事情で、ご実家と疎遠なまま、遺産も もらえなかったらしくて、外国人の顧客相手に観光案内や通訳業とかしながら、一人で生計を立てておられたが、眼の病気など されてしまい、そうとうに質素な暮らしぶりだったようだ。
うちの実家に遊びに来られたときなどは、子どもの私は関心も持たなかった、玄関先の花瓶なんかにパッと目を留められ、「あら、これは良いものですねえ」などと感心しながら褒めてくださったりしたけど、その花瓶は、よろず高級志向の叔母が買っては次々に飽きて、飽きたハシから、うちに寄こして処分したつもりになっていた品々の一つだったり。
おりおり、私にと いただいた小さな「人魚姫」や心尽くしの、エキゾチックなクリスマス カード。いまでも飾ったり、保管してあるが、私も、自分自身がトシくってから、たぶん、体調不良と家計が苦しいなかでも、その確かな審美眼で、私のために選んでくださったんだろうなと思い至り、ときに、しみじみと眺めるようになった。
【続く】