2018.11.14 (Wed)
『「風化」ということ』続き。
…「どっちも どっち」というコトバは、「自業自得」というコトバと同じく、私は、好きでないし、問題を孕んでいる場合が多いと思うので、めったには使わないのだけれど、どちら側にも、何らかの やましい点が あり、被害者とも加害者とも決めつけにくい場合は、結局、「同じことは、お互いに、もう二度と、しないでおこうね」ってところに落ち着くしか ないわな。
こんにちの朝鮮人に関しては、私も個人的には、そんなに嫌ったり憎んでいるんであれば、なんでワザワザ、日本に来るのよ?と思うことは あった。でも、詳しい識者の話では、韓国の、主に若い人だと、嫌悪とか憎悪というほど深刻なレベルでは なくて、実際には、もっと軽い意識しかないし、むしろ、憧れの国の一つというくらいの感覚しかないんだそうな。「反日」というような過激な言動や活動は、日本で「ネトウヨ」と呼ばれる連中と同じくで、ごく一部の者だけだと。
私は、むしろ、台湾の人のほうが、より複雑なんじゃないかなという気が する。
表面的には「親日」ムード全開にしてるけど、内心は、そんな単純なもんじゃないと思うよ。
いわゆる「ネトウヨ」とか「ウヨ」系は、うわべだけ見て嬉しがってるけどw単純バカと言うか、無神経だからね、あの連中は。
まあ、台湾側も、政治的な計算してる面は あると思う。
中国人に関しても、よくまあ、あれくらい押し掛けてくるもんだと思わないでもなかったんだけど、韓国人と違って、こっちは もっと割り切ったものを感じるなw明らかに商売絡みとか、観光目的以上に、便利でエエもん買い出しに来てるだけ~って感じがアカラサマだもん(苦笑)
まあ、それぞれ、なんと言っても、地理的に近いからね。
日本人だって、あっちへ観光に行くんだし。
うちの親父も、中年期に、憧れの『万里の長城』とか行きたいぞ!(そこから雄大な眺めを見渡しつつションベンもしてきたいぞ!とか言ってたwそれだけは、ぜったいに、やめときなさい!と、私も母親も慌てて諌めたけどww)ってことで、自分の妹らと一緒に中国に旅行に行き、現地の食堂でラーメン食べてると、周りの中国人に、穴が あくほど観察された~、って言ってたよ(笑)当時は まだ、「人民服」着用してる人が圧倒的に多かった時代の中国。あれから、あっという間に、人々のファッションも様変わりしたなあ。
私が、直近のエントリーで指摘したように、同じ国の者どうしでも、「温度差」というものが あるわけでね。それには、教育とか、個人的資質とかも、いろいろと絡んでくるんだろう。
ただ、韓国は、徴兵制が ある国だし、長らく休戦状態とは言え、戦時下の国でもある。そのために、ことさら、好戦的な雰囲気とか、戦火を交えることも辞さない意欲とか、そういうものを鼓舞したり持続させる教育を施すのに、まさに、日本は、うってつけの対象でもあるんだろうと思う。
同じ「西側」の、と言っても、体制が異なる。
おのずと、日本の子たちとは、同世代であっても、温度差が違い過ぎるだろう。それを まず、こちら側の子が、わかってないんだろう。
~
そんな韓流好きの皆さんに、「韓流スターは陰で日本の悪口を言っているぞ」「あいつらは原爆を喜んでいるぞ」とどんなにしつこく説き伏せたところで、彼女たちの「韓国カルチャー」に対するロイヤリティーを崩すことができるわけがない。むしろ、「ネトウヨが昔のことを根にもって、いつまでもゴチャゴチャ言うからよその国と仲良くなれないんじゃない」と先鋭的な韓流ファンになって「分断」が進む可能性のほうが高い。~
そういう子たちもね、いつか、あちらの人と親しくなったりして、たとえば、朝鮮半島を植民地化していたことなどについて、「日本人は、日本人である あなたは、どう考えてる?」と問いただされる機会が訪れたときに、どう答えるのかしらね。まさか、目の前の韓国人相手に、
「昔のことを根にもって、いつまでもゴチャゴチャ言うからよその国と仲良くなれないんじゃない」
こう答えたら、おもろい(?)ことになると思うわw
あるいは、
「そんなこと、どうでもいいとしか思えない」と答えても、びみょ~過ぎるねww
戦争経験を持つ世代を親に持つ私らの世代でも、教科書に、日本軍の残虐行為については殆どページを割いては いなかった。
「侵略」を「進出」と言い替えたりしていて、子どもの私ですら、不自然さを感じて、「へんなの」と思ったほどだ(かえって、記憶に残った)。
歴史の授業なんて、年表の丸暗記を要請されるばかりで、こんな退屈な教科もないわとウンザリしていたが、高校時代最後の『世界史』の女性教師は、初めて、暗記では なく、「人間が生きた歴史」というものを教えてくれた。
その教師に担当してもらって初めて、私は、こんにちの中東問題の発端も知ったし、『南京事件』のことについては、これも もちろん教科書では殆ど触れていなかったので(『従軍慰安婦』のことなんかも、全く出てこなかったと思う。なにしろ、トンと記憶にないんだもん)、他のところから資料を集めてきて、プリントにして配ってくれたんだけど、一読して、食欲なくすほど、気分が悪くなり、しまいに泣けてきたことを憶えている。そのショックを、当時の日記に書いたことも憶えている。「時代が違うと言えど、同じ日本人が、こんな酷いことを やれたなんて」というショック。。。
そう言えばと思い当たったのだが、
『世界史』でも『日本史』でも、歴史の授業で配られるプリントって、他の教科と比べるとダントツ大量だった。なかには、自分で集めてきた資料のプリントのみ配って用い、教科書は、ほぼ一度も開くことなく、授業を進める『日本史』の教師も いた。
日本の学校で用いる教科書に、問題が多いと見做すのは、特に、歴史担当の教師には多かったのかね。もっとも、『日本会議』系の大学教員あたりとは、考えかたが大いに異なっていたようだがw
ま、政治に関する話題は、白人文化におけるパーティなんかでするのはヤボでマナー違反だとも聞くし。
ダサい話題と言えば そうかもしれないけれど、かと言って、軽視して無関心でいるばかりでは、いずれ自分自身の身に降りかかってくるんだから、軽く考えていていい方面では ない。
私のクラスメートだった女の子たちの殆ども、いまでは、いい おかあさんになってるはずだけど、政治や外交に関する情況や問題を、もちろん、表面的なレベルでないところを、どれだけ知ってるのか、そもそも、それ以前に、関心を持ってるかどうかを聞いてみたら、相変わらず無関心で、『ライオンズ クラブ』だの『ロータリー クラブ』だのに所属してる裕福な親を持つ お嬢さん学校の生徒だった、苦労知らずの お嬢さんの延長で、のほほんと、「奥さま」を やってるでしょうよ。
あの頃、たとえば、金 芝河の『民衆の声』とか、『これがKCIAだ!』てな本を小脇に抱えてるのを見て、担任にオモシロがられてるのなんて、私だけだったわw
あと、高野悦子さんというかたの遺した『二十歳の原点』とかも。
でも まあ、ふだんの読書の中心傾向は、どちらかと言えば、ほとんどが、日本以外の古典文学や純文学中心だったけど、私は。
ドストエフスキーとかジッドとかカフカとかカミュとか、いろいろ。
ものすごい乱読から、やがて、好きな作家は、系統立てて読むように心がけていったな。
ことに政治方面の話題というものは、ひとたび真面目な遣り取りを するとなったら、日常から、どういうふうに考えて生きているのか、その人の感覚・感性、内面性、知識・情報の蓄積如何から思想傾向も思考レベルも、いっぺんにモロに出るからね。
それがバレて恥ずかしいという気持ちが少しでも あったなら、最初から、そういう議論に加われないし、まともな相手にも されない。