2019.02.07 (Thu)
絶望と孤独のなかで 死んでいった子どもが、また一人。。。
当ブログでは以前も言ったことだけど、
「ヤフゴミん」らのなかで特に目につくアホな主張が、
やれ「親を選んで生まれてきた」とか、
やれ「次に生まれてきたときは」とか、さも見てきたようなことを言う。
しょーーーもないのも通り越して、ひたすら愚かなコメント。
こんなだから、デマも平気で こくわけよ。
親を選んで、って、
じゃあ、そう言うオマエさんは、選んで生まれてきた覚えが、カケラでも あるのか?
おめえみたいな愚物が、たまたま、なんとか人並みの生活できてる、
いまのとこは「まあ、運が良かった」というだけのこと。
えらそうに、他人の人生を、そんな単純に片付けられるもんじゃない。
あるいは、人並み以下の苦しい生活環境を余儀なくされていたりしたら、それでも、すべてが自己責任、自己判断の結果です、と潔く言えるか?たぶん、そうは できまいよ。
それに、自分自身が子どもを持つ側の者が、「子どものほうが、親を選んで生まれてきた」なんてな、ごつごう剥き出しの、それこそ無責任な戯言をホザくな。
見てて不愉快極まる。
うちの親だったら、
「そうそう!自分たちのところが良いからこそ、おまえは選んで生まれてきたんだ」
と、さっそくウヌボレの材料にするのは、火を見るより明らかだ。
もっとも、そういう親ら自身、じゃあ、自分も、生まれるところを選んだのか?と問われると、それは猛然と否定するはずw
そんなもんなんだよ。
基本的に、親というのは、身勝手で脳天気だからこそ、ほいほいと、子を産み落とす。それが現実。
だからこそ、子を負い、責任を負い、子育てによって成長し、人間として成熟しなければ ならないとされる。
未熟だからこそだ。そうじゃないか。
甘ちゃんだからこそ、「すべては自己責任」とか、「次は」などと、あたかも「リセット」可能と思えるんだ。
こういう感覚だと、そりゃあ、他人事、他人まかせにしてしまうわな。
呆れた脳天気だよ。
ま、そういう脳天気のウヌボレやでなければ、安易に子どもを つくることは できないはずなんだけどね、人間としての知性が備わっているのならば。
いいですか。
命は、一回コッキリです。
代えは ない。
だから、取り返しが つかないの。
厳しいもんだよ。
私自身も、家庭内暴力や虐待被害の当事者だったので、年齢を重ねるにつれて、ますます、この類の事件を見聞すると、ほぼ反射的、と言えるくらいに、気分がダウンする傾向が あるので、すぐ反応して、ブログとかに、自分なりの見解を書き込む意欲すら、ここ年々、起きにくいようになっていってるのだが、
例の「ヤフゴミん」らのコメントを見ていると、やっぱり、ここの連中の多くは、わかってない、わからない連中なんだと感じる投稿が多過ぎるほど多いので
(障碍者の問題にせよ、生活保護の問題にせよ、政治や社会一般についての問題にせよ、何でも その傾向。よくも まあ、こんな無知かつ下劣なコメントを、恥ずかしげのカケラもなく投稿できるもんだよ、いくら匿名でも。)、
特に、自分自身で、実態というものを経験していないと、なかなか理解し難いのだろうなと思えることについて触れておく。
まず、
今回の事件で断定することは避けたいものの、やっぱりなあと感じざるを得なかったのは、お役所の、公務員さんの、「事なかれ体質」「他人事で済ませたい性質」といった、昔からの定番の批判。
これは、障碍者自身や、支援等の関係で、障碍者と関わっている人たちの大多数が、よーく知っていることだ。
原因は「人手不足」?なぜ、そうなる?
政治や政策、行政の ありようは無関係か?
言わば「内部告発」の かたちを とらざるを得なかった、抵抗が困難な者を守らず、逆に突き出す結果になってしまったような、アンケートのコピーを渡した行為に、「人手不足」を理由には、決して できまい。
中途半端な行為が、かえって、事態を悪化させることは ままある。
私が受けた印象は、今回も、「しょせん、苦労知らずには分かるまいさ」ということ。
政治屋や公務員らが、苦労知らずのオボッチャンお嬢ちゃんのまま、いっちょまえの肩書き付けた「おとなモドキ」だと、庶民は苦労する。その端的な現れが、こういう場面にも噴き出してくるのさ。
私が小学生の、ちょうど、この事件の被害者である少女と同年齢の頃、当時の担任は、大学卒業したばかりの新米の女性教師で、子どもから見ても、見るからに若い お嬢さんタイプで、地元の旧家育ちという話は、子どもたちの耳にも入って来ていて、
当時、うちでは、母親が経営する飲食店の閉店後に、交通事故に遭い、長期入院中だったのだが、クリスマスから年末の季節となり、私は、母親の見舞いの帰りだったかに、幾ばくかの小遣いを もらったので、駅前の目抜き通りの商店街を散策中、この担任教師とバッタリ遭遇したことが あった。
「あらぁ、○○さん」と一言二言、短いコトバを かわしているあいだ、にこやかに、こちらを見ていた、彼女の母親らしき、品の良さげな中年女性と連れ立っていて、二人で買い物を楽しんでいるところだったようだ。
先生は、上質で温かそうなコートに身を包み、とても幸せそうだった。
子どもだった私の目にも、何不自由なさそうな母子連れで、「先生って、ほんとに、お嬢さんなんだ」と感じたものだ。
さて、その頃に、クラスでイジメられっ子の一人と見做されていた立場の男の子が、どういうわけだか、いきなり、学級委員に選出されたことが あった。
ふつう、学級委員というのは、昔も、いまでも、まずは優等生で、リーダーシップが ありそうな子が選ばれるのが相場だと思うけど、
私も、あれれ?と思ったものの、要するに、こういうことも、イジメのネタになり得るからなんだな、ということは察した。
一部の男子らが、やんやと囃し立てていたことからも、それを確信した。
選ばれた当人は、あきらかに当惑していた。
案の定、
それから ほどなくして、何かの問題が もちあがったときに、その男子は、学級委員でありながら!とて、教壇に一人立たされ、クラスじゅうの総攻撃を一身に受けるハメになった。
そのとき、あのクラス担任は、どうしていたかっつうと、
どこか薄笑いを受かべて、他人事のように眺めているばかり。
私は、その光景を黙って見ているうちに、とうとう、たまらなくなって、挙手して発言した。
「わたしたちクラスのほうにも、○○クンを学級委員に選んだ責任は あるし、○○クンを責めるだけでいいとは思えません」とね。
もっとも、私自身は、その男子を学級委員に選んでいたわけじゃないよ。
で、担任の先生は、私の発言を受けて、こう言ったの。
「それは そうやね」
それだけ言って、にやにや笑っていた。。。
その後、学年が上がって、担任も変わったおり、その女教師は、同時に退職したという話を聞いた。
教師を続ける自信が ない、と。
なんでも、そもそもは、校長先生あたりのコネが あったらしいのだが、たった2年ほどの教員生活に懲りて、以後は、花嫁修業に邁進します、ということだったそうな。
この時代、日本は高度成長期の花盛りと言っていい時世、公害問題が もっぱらというくらいで、いまどきのような複雑かつ深刻な心理的問題、「貧困の連鎖」だの「暴力の連鎖」だのといった問題は、あまり、浮上しては いなかった印象が、いま振り返ってみても残っている。
もちろん、実際は、いろいろと あったに違いないけど。
まあ、うちに関しては、いまどきなら、それこそ児相からの偵察が来てもフシギじゃない環境だったことは、先日のエントリーで言ったとおりだけど。
なにしろ、「心理学」というコトバすら、うちの無教養な親なんかは、知らなかったろうし、ましてや、
子どもが、「DV」すなわち両親のあいだで繰り広げる暴力行為を目撃しただけでも、虐待に該当するなんて知見は皆無だったと思う。
ええ、委縮してるかもね、私の脳もw
つくづく、融通が利かないんだなー公務員さんというのは、とも思った。
その、どうしようもない融通の利かなさの原因は、私が、ここで先述したことも、要因の一つだろうし、それこそが、役所の特徴的な体質なのだろう。
「判で押したような」
「杓子定規」
…
「杓子定規」というものは、不公平や不合理を生む。
【続く】