2015.04.03 (Fri)
いましたわよ、思い出したww
もちろん、例の「カルト連」の一員(の夥しい別ハンドルの一つと思しき)「amaguappa」が筆頭格。それに、
同じく「カルト連」の魔女たるwlittlekiss(にゃんこ~!)の場合も、
「フィロトピア」なるキ●ガイ サイトにて、初期の頃、stomachmanつうヘン●イおやぢが、がらにもなく頬染めつつという風情でw褒めちぎってからというもの、俄然大ハリキりで、そのケッタイな傾向を、いよいよ激しくしていった、みょうに純情なオババさま(←純愛好きなのw)、
とにかく、リンク先(関係ないもののほうが圧倒的に多かったみたいだがw)を膨大に添付してみせる癖というか病的特徴があったww
すっかり その気にさせちゃった罪深い胃袋のボスwww
むかーし、「まじめに哲学的議論をするための」と称しながら結局は、気のふれたネトウヨらの巣窟と化してしまっていた「フィロトピア」、
私は、その間の経緯を全く知らないで参加してしまい、猛烈に厭な思いをしたわけよ。
さて、この記事。
なるほど、これで分かった。
アマぐあっぱあたりが、なぜ、あれほどに、検索自慢ぽいイヤミたらたら述べていたのか、
そして、リンク先を夥しく添付するオババさまの病的な癖の理由も。
『ネット検索は「自分は賢い」と錯覚させる 米研究』
ITmedia ニュース 4月1日(水)13時48分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150401-00000033-zdn_n-sci
私自身は、普段、あまり、検索という方法を とらないほうだし(これまた、めんどいのでなw)、
ましてや、自分が知らなかったことで参考にできた良記事が見つかれば、私の当ブログを読んでいたら分かるように、引用として紹介してきている。不明の場合でも、あくまで、過去に見聞した話として紹介している。
そもそも、他者の説を、最初から自分のものみたいな言い方を するシュミは ない。
ことにネット上では、こういうこと やってる輩を、よく見かけるけどね。彼らに自覚のあるなしは分からんけど。
他人が、お勉強してお勉強して研究して、やっとこ分かったという成果、それらプロセスを はしょって、個人的経験・体験のみから、もう すでに、おおよそ見当が ついていた場合でも、そんなふうにして私は自分自身で独自に得ていた説を、他人に、けっこうパクられてきてるけれどw
しかも、
私を徹底的に誹謗・中傷し罵倒してきた相手ほど、私からの、そういうパクりを やるもんだから、その心理面も、甚だ理解不能だった。
ちなみに、
大学院出てます、っつう自称のひとなら、大学行かなかった私の答えが妥当であっても、ひたすら無視するタイプもいたwこういうのって、なけなしのプライドのせいなのか?(嗤)
まあ、それでも、こういうことが原因で、こっちから目くじら立てることは、ほぼ全くなかったが。
理不尽にケンカ売られたときは、ついつい買ってた時期もあったけどさ(苦笑)
大概は、
「これで参考になったの?ああそう、それは結構でござんした」
てなもんだから本来の私は(笑)
「グーグル」自体を好かんということも、以前から公言してきてるしね。
「ぐぐるなカス!」とww
だから、ガッパの、あの「グーグル」検索自慢ぶりにも、なんか違和感が拭えなかったんだ。
いやー、これで、腑に落ちた。
ほんと、感覚が全く違うんだわなあ、あの連中とは。
【続く】
2015.03.28 (Sat)
の続き。
「いま、マスコミには黙ってほしくないんですよと言ったら、世の中の人にはわからないと言うんです」
あほかいなねえ。わからないからこそ、わかるようにしてやれや、ということじゃないかw
何のための一般向け報道であり、メディアなのか。
そういや、私も言われたっけなあ。。。例のQAサイト「汚気・愚」で、スレを私物化してる、つってさw
いちゃもんつけてきたのは、言わずと知れた、あの「カルト連」だあねww
もちろん、相手は、ハンドルぐるぐる変えたり、いちゃもんケンカふっかけてきたあとソッコーのピンポンダッシュで退会し、またすぐ入り直すという繰り返しだ。
その遣り口も、なぜか、サイト側が特別大目に見ている(嗤)
ま、「カルト連」は勿論、悪意ある自分ら保身のためが第一の理由なのだし、まわりで楽しんでたシンパやヤジウマ連にも、私が敢えて やってきたことの意味や真意は、さっぱり理解する能力がないらしいか、あるいは、やはり悪意マンマンなわけでね。
あのサイト、どうやら、宗教絡みのサイトなのだなと、いまでは、おおよそ見極めが ついてるから、もう二度と関わる気はない。
思えば、時間のムダどころか、どういうわけだか、しょっぱなから不愉快なことばかりだった、あの「汚気・愚」。いずれ潰れることだろうが、
あそこのサイトは、安倍政権で、ますます儲かったという孫さん「ヤフー」の後追いマネっこばかりしているけど、経営者が、これまた、もと朝鮮系在日というのも、どういうこっちゃと思ってしまうよ。
しかも、ここいらへんの熱心な投稿者には、「ネトウヨ」さんが多いときてるしね(爆)
古館:「4月から番組の様相が変わっていく中でも」
ほう?どう変わっていくんだろうねえ?楽しみですなあw
と言っても私は、もうすでに何年ものあいだ、自宅でテレビを見なくなってる(見られなくなってる)んだけどさ。
まあ、一部では、わざとの遣り取り演出だったんじゃ?という声もあるようだが、もしも そうだとしたら、これは、今後の闘い方として、一つの示唆ともなり得そうだ。
考えてみれば、歴史の大昔から、権力に対する庶民の、虐げられる側の闘い方も、その様相だったわけだ。
「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。 そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」
「つまり圧力とか自粛に慣れていって、何もしない、ひとりでやったってしょうがない、ただ叩かれるだけだ、ということでやらないと、知らないうちに自分が変わってしまって、本当に大きな問題が起きているのに気がつかないということがあるんですよ。(中略)」
いやあ、めんどくさがりな我が身にも実感は大いにあり、身につまされるわあ。。。
本当に頭の良い人というのは、自分の個人的経験や体験範囲に とどまらず、あるいは また、古今東西歴史上の偉人・賢人の発言のみに依存しなくとも、たちどころに本質を見抜き(想像力、洞察力の たまもの)、世の現実をズバリ突いていくものだね。
その慧眼なる人が発し遺したコトバを適切に判断し、ここぞと見抜いて、タイミング良く提示できる人も。
2015.03.15 (Sun)
私も、たまに閲覧するんだけど、まあ、見てるだけでも楽しいし、そこそこ参考にもなるとは思うけど、月に280円も払うほどの価値は感じないなあw
手早くラクに安上がりに作れる重宝なレシピは、ある程度の日数を埋められるくらいのパターンを収集しておいて、あとは、それらを順繰りに回していけばいいんじゃないのと思ってた私は、常に、新規メニュー開拓に励むほど、クッキングや食事に対する情熱もなしww
仕事帰りなんかの時間おしてるとき、駆け込んだスーパーマーケットのなかで、お買い得・見切り品を見て、急ぎ検索、気の利いた献立は?というシチュエーションでは、それなりに重宝するのかもしれないが。












『クックパッド、月280円の有料会員はお得か』
東洋経済オンライン3月14日(土)6時0分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150314-00063179-toyo-bus_all&p=2
~
コンテンツ有料化のお手本ともいえるクックパッドだが、野尻氏に言わせるとプレミアムサービス課金は「新しいことや特殊なことをしているつもりはない」という。なぜか。「元々、日本人にはレシピが載った本を買ったり、料理教室に通ったりなど、料理をつくるノウハウにおカネを払う文化がある。新たな需要ではなく、既に価値がありそれをリプレース(置き換え)している」(野尻氏)。
~
「ノウハウにおカネを払う文化」
それは、プロに対して、だったのだと思う。
だけども、
いまは「ネット時代」となり、いやがうえにも情報溢れる時代となり、
とにかく発信できることにおいては、プロもアマも ごっちゃごちゃ、
という以上に、
あらゆる方面において、プロや専門家といった側の値打ちが激下がってきてるという現象が大きくなってるということなのかもしれない。
「汚気愚」なんかのQAサイトだって、システムの根本が似たようなもんだわな。
どシロウトたちのボランティアと言うよかタダ働き(それとも、1回につき20円の内職かな?w)の おかげで、大いに稼がしてもらうのは飽くまでもサイト側なんだけど、
シロウトたちが、それでも、いっこう腹も立てずに、きょうもイソイソ、回答投稿に励むのは、なるほど、たしかに、自己顕示欲求充足という報酬を得るのが、大多数の者の潜在的目的でもあるからなのだろう。
と言うより正確には、一種の麻薬みたいなもんかww
だから、ある種のひとたちは、何年経とうが相変わらず飽きもせず励み続け、
やがて哀しき、サイトのカモに過ぎない おのれの姿、その滑稽と虚しさに直面して悶々とするようになってからさえも、すっぱりと、手も足も洗えないまま、きょうも きょうとて また耽り、かつ没頭する。
そう、パクりと物量作戦の、あのカルト連みたいに(嗤)
2014.12.27 (Sat)
さぞかし、耳が痛かろ。w
いや、
およそ反省心というものを かなぐり捨ててこその「カルト連」なのであるから、まさに馬耳東風なんだろうなあwやれやれ(嗤い)
『理研「STAP細胞はES細胞の混入」』
2014年12月26日 12時18分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141226/k10014301221000.html
~
科学の基本は、有名になりたいからとかノーベル賞を取りたいからということではなく、自然の謎を解く喜びと、社会的責任をどう果たすのか、その2つが重要だ」と述べ、科学の原点に立ち返ることの重要性を訴えました。
~
(文字強調はブログ主による)
だいぶ前に、「ヤフコメ」で見かけたときには、これは、また全然別のアカウントだけど、
恐らく、あの連中のうちのアイツだなwと、すぐに察しが ついた投稿で、あたかも、この私を して、小保方嬢に 擬えているかのようなカン違いと願望系なセリフを吐いてたが、
んじゃあ、
亡き笹井氏を誰ぞに擬えて、二人がデキてたの なんのと言いたいわけかぁ?と呆れ、
その後、うちのエントリー内で、
「そもそも、わけワカメ『実験』なんぞを やっておったとシャアシャア宣言したのは、あいつらのほうなのだし
(私はと言うと、それこそ、実験台にされていたと聞かされたのだからw)」と、
むしろ、あのオババさまこそは、おボボ、もとい、小保方嬢、
(なんせ「ボス」せんせいとのあいだに、まだ幼い子供もいると言うオバボさまだwもちろん、お得意の遠回しにネww)
するってえと、
胃袋のセンセイは、こりゃまさしく笹井氏ということでピッタシじゃねえかよ、
といった指摘を してみたところ、とたんにパッタリ、言わなくなったなー(爆)
なんだ?やっぱ図星だったのかねえwあるいは?ww
最近では、やたら「赦せ、赦しなさい」と のたまう者が出没しとるがな(爆(爆)
もちろん、
まじな話、小保方さんの「科学者」としての点では残念ながら、はっきり言って、しろうとに毛が生えた程度のことだったのだろうけれども、
(て言うか、あの、小学生なみのポエム「実験」ノートには、さすがに、
あーた、ちゃんと仕事してましたか?と問いただしたくなった 爆)
しかし、
彼ら実物の容姿にしても経歴、能力にしても、かの御両人の足下にすら遠く、とうてい及ぶものでは なかろう。特に、笹井氏のキャリアや能力にはね。雲泥の差とか月とスッポンどころの話でないよ(嗤)
最近の「ヤフコメ」でも相変わらずで、多重アカウント同時出没、このことについても以前から、私が指摘しておいたように、
罵倒し合ってる投稿者どうしと、傍目には、そのように見える場合でさえも、実は自作自演、または八百長、
そんなふうの やり取りを繰り返しているところを見ていると、
渦中の小保方嬢ではないけれど、たしかに、何かが決定的に欠けているのかしらんとさえ思えてくる。
まあ、私個人的にも、よりによって家族のなかに、ある種と言うか一側面において、
決定的に何か(それは多分、「良心」と呼ぶもの)が欠けているとしか考えられない者がいる(いた)ので、実際、こうした類の存在も、世にあること自体には、それほどの驚きは なかった。
うちの身内も そうであったように、
要するに「良心」の欠如と言っても、
そのもとを ただせば、素朴な「自己保身」に発す、人生最初の出発点と同じくで、最後の最後は、やっぱり、自分が一番可愛い、ということに他ならないだけ。
特には「自己愛性人格障害」についても言えることだと思うが、
もとは「普通」と言うべき俗的価値観なのであって、いたって素朴なものである。
だからこそ、あのテのひとたちには往々、他人の示したところを、まるで自分のもののようにパクリつつ、自分は「アーティスト」だの「芸術家」だのを標榜したがり、いかに「ひらめき」や「天啓」に恵まれた「天才気質」であることかとアピールしたがる。
そこまでラッパでない場合でも、
いかに「個性的」であるかを喧伝し、
もっと控えめには、「変人」アピールを、やたら したがるという、みょうな癖がある。
これらも、もう何年も前から指摘してきたことだ。
ただ、血縁であろうと、あかの他人であろうと、誰かしら他者というものを巻き添えにしてでも、と言うか、
巻き添えにしたほうが、自分にとって、だんぜん有利と考えたら最後、
それを利用することで、おのれの保身や自己保全の最大強化へと向かって突っ走るから、問題が大きくなり、やがて他者からの怨みをも積もらせ、
「愛が、悟りが、赦しが大事」
てな臭いことを演説しつつも、収拾が つかなくなるほどまで事態を紛糾させるのである。
そして、なお困ったことに、
はなっから、おのれで焚きつけておいて、広げるだけ広げた それらを、どうする能力も、生来、備わってなど いないのだ。
もともとが、大いに他者利用のうえでのことだったのだから、本人持ち前の才能や実力が乏しいとしても、なんのフシギは ない。
必要もない所に広げきった大風呂敷を畳む すべさえ知らず、広げるだけ広げてしまい、
さらに、そのうえ、ありとあらゆる塵芥をもカオス状態さながら、これでもか、とゴッチャリ盛り上げて載せてしまっているのだから、
これは もう、
時、年数が費やされてしまっているほどに、その時間の積み重なり即、罪の重なりとイコールになってしまっている。
取り返しが つかない。
だから、あとは もう、とことん開き直るしかないという必然の なりゆき。
よりいっそう目も耳も塞ぎ、心も閉じて、ただ一心不乱に念仏を唱えるがごとく信念と確信を装い、同じ愚かな所業を延々と繰り返していくしかないだろう。
うちの身内らは、そうやっているうちに、人生の最期を迎えた。
すべてを見通し、見透かしている私に、それでも なお、見捨てられなかった者もいるし、
最後は放っておかれたままになった者もいる。
そこでの私の判断基準としては、
その者と私との関係性において、それこそ、「掛け替え」が なかったか どうか、
私に見捨てられてしまったら、もう誰一人もいないのと同様の境遇にしてしまうか どうなのか。
優しいw私は何だかんだ言って、相手が、どんなに虚勢を張っていても、私以外に縋る者、頼む者が ないと知っていれば、自分自身の つごうは二の次にして結局、相手を見捨てることが よう できないのだが、
一方で、私の代替存在になり得る対象が一切ないというわけでは なかろうと判断した相手には、「掛け替えのなさ」は ないものと判断した。
もとより、その者は、むかしから裏切りにつぐ裏切りを好む性質であったし、
私自身にとっても「掛け替えのなさ」など、ほぼ全く、感じなかった。
それでも、ずいぶんと、逆恨みも誤解も侮辱も受けてしまったが。
個人間でも、企業、国家間においてさえも同様だが、
誰であれ他者を利用することで、旨みのある何ごとかを自分だけが入手することについて常に脳内が満タンになっている者は、相手を疲弊させ尽くす。
たちまち、あたりの空気を強張らせ濁らせ、風は荒れるか停止し、水は流れなくなり、よどみ、やがて、気づかぬうちに、地を腐敗させる。
私は、自分の人生で目の当たりにしてきたが、
誰も幸せになることは ない、
あべこべ手品の如く巧妙に何かと摩り替え続けているうちに、
他者の人生の妨害を はたらいているという自覚も、頭の外へと追い出し、
ついには全ての崩壊に導く。
これが、硬いゆえ脆くもある鎧を纏った脆弱な自己保全・保身の究極の姿と、その世界(ディストピア)。
2014.12.25 (Thu)
~
近頃、「2ちゃんねる」でも、あそこのへヴィユーザーたちの個人情報が暴かれ、とある作家が、同業者に謝罪したという、みっともない出来事もあったそうだが(多分にネタミが原因だろうかと思うw)
~
いまでは知ってる人が、どれだけいるのか分からないが、
数年前から、旧ブログで、私は、「文春」という出版社についても、疑念を持ち始めたことを表明している。というのも、
切っ掛けは、これも「OKウェイヴ・おしえてgoo」で遭遇した「カルト連」の一人、bragelonneとのトラブルに由来している。
なんせ、このブラ下論ぬが、頻りと、
ある作家と言うか小説家と言うか物書きと言うか売文家と言うべきなのか、その作品など一度も読んだことも見たことさえもないので、まったくと言っていいほど、私は知らないのだが、ただ一つ、
その人のデビュー作らしい『ケサランパサラン』(?)とかいうのに ついて、どこぞの出版社の新人賞を獲得した云々という話題があったのを、どういうわけだか、はるかに遠い日の小学生か中学生かの時分に、ふと目にした記憶だけが残っている。
この、作家と言うか小説家と言うか物書きと言うか売文家と言うべきなのか、私は知らない人の作品名を、また、その人とは個人的に やり取りしてきたという問答の内容等を、「OKウェイヴ・おしえてgoo」のなかで、bragelonneが、何度も熱心に薦めたり紹介したりするのを、見かけてきたからだ。
その作家と言うか小説家と言うか物書きと言うか売文家と言うべきな人とは、学生時代からの友人だという話なのだが、、、
ブラげろげろ自身にも、何やらの著作があるという自己申告だ。これは、小説等ではなく、外国語に関する内容だそうだが、詳しいことは、めんどうなので、もう、このエントリーでは触れない。
が、どこぞの田舎の大学図書館で、この著作を購入したという記録を目にしたことがあるので、それなりの学問的内容を含むのだろうか。
「のたまわります」てなことを堂々と言う、日本語さえも覚束ない者が書いたものをか??と、思わず、わが目を疑ったことだ。
加えて、
あるとき、質疑応答に絡め、私に対し、なんともヘンな絡みかたをしてきた、恐らくは、女にナリスマシた男(いわゆるネカマか)みたいな胡散臭い者あたりが、「四国」は香川県との縁の深さ等の話題を出してきたことがあって、
「香川県」と言えば、、、と、だんだんに思い当っていったのが、「文春」という出版社だ。
そして、
先述した作品の著作者であり、bragelonneが学生時代からの友人だという城島某氏というのは、その出版社との縁が小さからぬわけである。
オモシロいことになったもんだww
『百田尚樹“作家タブー”の深い闇…「たかじん長女手記」を潰していた『週刊文春』』
宝島 12月24日(水)18時0分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141224-00010000-takaraj-soci