2023.05.07 (Sun)
『近ごろ、だいじょうぶかよ?(-_-メと思うこと幾つか』の続き。
二つめ。
「男性に負けるもんか」という意気なら よいのだが、悪いところだけをバカみたいに真似する近頃の若い女性の猛々しさと言うか、荒みぶりと、
お肉の食べ過ぎ、栄養の取り過ぎなのだろうか?近頃の高齢者の、「枯れる」どころか、やたら血の気の多いこと。
殴った、刺した、殺した、埋めた。。。![]()
この現代に、何が理由で、何が悲しゅうてか、「立ちんぼ」だの古い性病だのを呼び戻し、蔓延させ、避妊も せずに産んだ端から殺して埋めるか流す。![]()
そりゃ、そんなのが一般的にまでは至ってないからこそ、まだニュースになり得るということは、あくまでも一定数だからとは分かってるけど。
いつまでもナマグサい男や女をケダモノめいて振りかざすような風潮の、こういう ご時世。
「肝っ玉かあさん」のイメージとか、
私が幼い頃に耳にした記憶が ある、こんな歌も、忘れられたか、はるかに遠くなりにけり。
〽逃げた女房にゃ未練は ないが
〽お乳ほしがる この子が可愛
~『浪曲子守唄』作詞・作曲:越 純平
ちなみに、
この、一聴したら忘れられないインパクトある名曲を歌った『一節 太郎』さんのことを、うちの両親は、「ほんとに一節だった!w」なんて失礼なことを言って苦笑していたが、間違いなく、良い歌い手さんの一人だったと思うよ。
もう二度と味わうことは ないのだろう、『昭和』にしかなかった雰囲気。
子どもの頃は何とも思わなかったけど、
お若い頃の映像を再見して、いまの自分が見ると、
ああ、まだ こんなに若かった人なんやなあ、若いのに、こんなシブい唄を歌える、なかなか面構えのエエ男やったんやなあと、このトシになって理解できた(笑)
まっ、日本列島の人口そのものがガタ減りだからというので、やっぱり、海外から移民ドンドン来てもらうという穴埋め策が、あくまでも、来てもらえる、住み着いてもらえる日本、との大前提で言うならばだが、
大昔から、見たこともない、遠く遠く離れた知らない他国へでも移住するだけの逞しさが あるような人々は、けっして、従順なばかりじゃなかったはず。
ということは、、、
われわれ現代日本人みたいに、
「シモジモの皆さん!」
「黙れ平民!」
「や~い負け組!無能者!!」などなどとバカにされたり、搾取され続けても、おとなしく泣き寝入りしては くれないだろうよ、ってことだ。
ということは、、、
いろいろ、今後を推して知るべしだね、「特権階級・上級国民」の皆さん(嗤)
悪いやつほど、または、どこかで悪いこと してきてるから、
あるいは、いわゆる虚業だからこそ儲かる儲かる。。。w
どこぞの「戴冠式」にて、
世界じゅうで搾取し収奪してきた金銀宝石を、
じつに、取ってきて付けた如く、滑稽なまでに全く似合いも せん身に まとい、勿体ぶって、われこそは王なり!!と ふんぞり返ってみせる儀式に象徴されている、
そんな、この世を支配しているものの正体とは。
『強制的に祈らせる』
『ブルボン王朝』時代のフランスでも そうだったらしいが、
あるていど余裕ある生活力を持っている一般人が希望すれば、王宮のなかに入って、王家の人々の食事風景その他の ようすなどを、一定の距離ごしに直接、眺めることが許可されていたという。
私は少しビックリして、そんなの見たがる市民のほうもヘンな趣味だと思いかけたが、よく考えてみたら、似たようなことが現代でも続いてるんだわな、『イギリス王室』の熱狂的なファンなどの姿にも、それは垣間見えるし、
日本の場合だと、「美しき お手本」たる『皇室』は勿論、
こんにちでは、ペットなどの動物を、われわれ人間以上に、こまやかに世話してやり、貧窮のシモジモなんかよりも、よっぽど快適、安楽に過ごさせてやることで、むしろ、飼い主の側が、深く自己満足を得ている心理も そうだし、
端的には、あかの他人が、ごちそうを食べてるところや、「丁寧な暮らし」みたいな優雅な光景を演出しているテレビ番組や動画などを視聴しては、願望を刺激、あるいは満たしたつもりになる心理と共通しているんだなと思う。
さて、宿命的「ロシアン ルーレット」列島、日本。
私は、この連休中かも?と、なんとなく予感していたのだが、またぞろ大きめ(数年前の大阪にてと近い「震度」6強)の地震が起きたが、こういう災害が起きると、そのたびにアッサリばったり倒れ伏す「鳥居」などの信仰対象や宗教施設。
いわゆる「神」とは、まさしく、何者が思い、拵え、営々と造り続けてきたものか、よーく分かるわな。
三つめ。
私は、まだ詳しくまでは知らないのだが、『チャットGPT』とかいうものについて。
ったく、「見切り発車」大好きな『アメリカ』は、毎度ろくでもない商売モノを、実際に拵えよるなあと、また感心(嗤)
真っ先に連想したのは、女性音声の対話型機械に恋心を抱いてしまう男の話。星 新一氏の『オフィスの妖精』だったか。
(過去エントリーで言ったかもだが、あるとき、年下の男から「これ読め」と無理やり貸しつけられるまで、星 新一作品を読むのは後回しにし続けていたために、これもまた非常にデオクレチアヌスだった私は、基本的に古典優先としていただけで、SF(サイエンス フィクション)のジャンルも実は好きなので、素直に読んでみて、いちばんジワ~と来たのは、『友を失った夜』でした。)
もう一つは、
かれこれ半世紀前にもなろうか、女子向けのマンガで、ハンサムかつクールな男性型万能アンドロイドに恋してしまう、冴えない女性の物語というのも読んだ記憶が ある。たしか、ダニエル、いや違った、『ダニイル』という作品名のようだ。途中までしか読んでないのか、後半は憶えてないのだけど、なかなか おもしろかった印象。
ただ、実在と紛らわしいほどリアルな画像などを筆頭に、似たものは とっくに、いろいろ存在してるじゃんと思うし、
特にポルノの類、児童ポルノにも大いに利用されていくんだろうなあと、容易に想像できるわな。
ただでさえ、視覚刺激に毒されやすい男ども中心に、どんだけノセられることやら。。。(嗤)
だいいち、どのあたりがAIによる生成なのか、
皮肉にも、それが、よいデキであれば あるほどに、全く見分けが つかないことも、一般人には多々あるはず。
例のトランプさんも、「もう一つの真実」などと、都合よくフェイク画像を活用していたことが批判されてたけど、
しかも、
これが最も困った弊害、フェイクや合成ものだということ承知で踊る手合いすらも いるわけで。
素朴に、お茶の間のテレビ ドラマなどで、悪役を、または善人役を演じている俳優が、私生活でも悪人あるいは善人であるという思い込みを持つ一般の視聴者は、意外なほど多いということは昔から指摘されていたが、
AIによる文章や画像等の「生成」であることの表示を、たとえ、国際規模で厳格に義務づけても、恐らく、大きな悪影響が発生することは免れず、避けきれないだろう。
すでに各方面で、いろいろと問題が起きているのだから、シロウトでも想像に難くないね。
小説などにも敢えて、大いに活用されてきた、「虚実綯い交ぜ」ってやつ。
さて、
「知識と収集は膨大にして素早いが、オリジナリティには欠ける」って、なんか、昔の典型的日本人イメージみたいな感じが少し あるような、、、(苦笑)
いまの日本人の概ねは、オリジナリティの乏しさは相変わらずのままで、もっと退化して、他の得意面までも衰えていってるもんな。
とは言え、
およそ人間の創作活動に、意識的であれ無意識的であれ、そもそも、他からの影響と蓄積が皆無なわけでは ないけれど。
ま、敢えて言うなら、「掛け合わせの妙」が決め手になるのかな。
やはり、結局は、支配や操作され、依存させられてしまうとマズイのである、
これは、人工知能(AI)に限らずとも言えることだろう。
もう一つ、
ささやかな個人的経験・体験から付け加えると。
私は、ごく若い頃の数年間、障碍の問題も あるゆえ、これも不本意ながら辛い思いを し続けた仕事に就いていたことが ある。
そもそもが私の意志でなく、娘の障碍を、ないことにしたいという親からの要求が大きかった。
なぜかというと、
聴力を必要とする仕事が、現に勤まっているじゃないかということを「証拠」に できると、親の身勝手な思惑を潜ませてのことだった。
その仕事は、専用機械を使って、いろんな種類の音声などを加工・編集する作業が含まれていたのだが、
残業などで疲れていたり、納期が迫って急ぐあまりに、つい、少し乱暴な扱いかたを したりなどすると、機械たちは、何度操作しても動かなくなったり、押したボタンをバン!と押し返してきたりで、あたかも、意志を持って反抗しているとしか思えないような現象が たびたび起きた。
深夜まで一人きりで作業していて、ちょっとブキミに感じ、あわてて帰宅したことも あったなあw
『一節太郎』から『チャットGPT』へwww
いやぁ、なんか、二つめの話題と、三つめの話題の乖離が、ワープの如くスゴイことになってしまった。。。(苦笑)
2023.03.06 (Mon)
最近ハマっている『山田五郎 オトナの教養講座』、
今回は、ウィリアム・ブレイクでした。
ブレイクは、てっきり、詩人が本職だと思っていたけれど、その詩作品にしても、かなり難解だし、絵はグロテスクでバッチイ感じのが多いようで、
ぶっちゃけ、私は、ブレイクの どこが、そんなにもイイんだ?と思っていた。
ピカソ大キライだった親父なんかは、ウィリアム・ブレイクだと、どのような反応を示しただろうか、それは、ルソーに対する反応を予測するよりも難しいw
ただ、どちらにせよ、少なくとも、好きでは なかっただろうなとは思う。
ブレイクなどに比べたら、よっぽど悪いやつを実行してたクチだったけどね、親父はw
ブレイクと同時代人で、共に『ロマン主義』の先駆者にして、実際に親しかったというフュースリ、
私個人的には、フュースリのほうが、だんぜん好みなのだが、
特に、妖精を題材にしたブレイクの作品は、一見してフュースリを連想した。
しかし、ブレイクの場合、実は、ばりばりアカデミックな絵画教育を受けたという経歴のわりに、それを感じさせないね。むしろ、ある種の軽妙さすら漂っている。
この前の先日、視聴したのは、ゲリシトルじゃなくて、、、ゲルストルさんだっけ、
この人の場合も、若死に(自殺だったか)で非常に短命だったそうで、
作品数も限られているせいか、私も初めて知った画家さんでしたが、
ブレイクにしてもフュースリにしても、あるいはゲルストルにしても、ある面、現代的な、イラストチックなセンスが共通してると思う。
つまり、ブレイクでさえ、いわゆるアカデミック臭が ないわけ。
ゲルストルの、わははと笑ってる顔の自画像、
あれなんかは、それこそ、Tシャツにプリントしたらウケるんじゃないかしら(笑)
で、ここから、少し真面目な考察に入るんだけど、
ブレイクの巻を視聴していて、あらためて、つくづく思うには、
一般的に宗教という、多かれ少なかれ体系的に築きあげられるヒエラルキー世界は、やはり、男性が好むところのものだなあと。
そうして、
宗教は、古今東西、これも特に男性の多くが好むところの戦争の、一大要因で あり続けている。
さて、
このテの話、うちのブログで、どこまで述べたことが あったか、自分でもハッキリとは憶えてないんだけど、
興味深いことに、うちの母親は、脳に異常性が あったこと、私の観察に おいても、おそらく『癲癇』などの潜在的遺伝が あったように思うこと、母方の叔母も、晩年に入る頃から、精神疾患を抱えるようになっていたこと、これらのことは、うちのブログの読者さんのなかには、すでに読んでいて、知ってる人も いらっしゃるかもしれない。
とりわけ、うちの母親が、幼少時から、ご近所でも有名な「霊感少女」として知られていたということ、本人自身も、そういう方面の経験・体験を重ねてきていて、
なかには、私自身も、長じてのち、身近でリアルタイムに見たり聞かされたりした出来事も あるので、私自身のことも含め、ふしぎな、奇々怪々な出来事の経験・体験を、そのうちには披露しようかなとは思っているのだけれど、
ただし、
うちの母親は、ここの自覚アリなのかナシなのか不明なままなのだが、時々、平気で嘘を言ったり、作話を述べたり、他からのパクりも やる人だったのよ。
それらも また、私自身がトシくってから、いろいろと、少しずつ気づいていったことなんだけどね。
もちろん、もともとマザコンで、単純な気質の私は、20歳代くらいのうちまでは、ほぼ盲目的に、母親の話を真に受けていたわけ。
とりあえず、
『山田五郎 オトナの教養講座』で言及された「見えちゃう人」っていうのが、いわゆるオカルトとか霊感とか、そういう方面の能力を備えているという話であれば、ブレイクの場合、そっちのほうでは ないように思う、たぶん。
もっとも、山田五郎さん御自身は、薄々にせよ、わかっておられるように思うんだけれど、コメント欄を眺めていると、やはり、わかってなさそうな一般人たちも多いようなのでね。そのくせ、わかったような尤もらしいことを言うw
むしろ、ブレイクは、私のほうと少し近いのでは なかろうかというのは、
殊のほか「ビジュアル イメージ」が豊かで鮮明なのね。それも、確信的なまでに。
やはり、さすがに画家だけあって、この事物は、こうに違いない!こうでなければ ならない!というくらいの強さで。
どこか他の所で、たまたま目にしただけの、他者によるイメージでも、
それが、自己の内部でシックリきたものであれば、そのまんま、自分の吐き出すイメージとして用いてしまう。
ブレイクの、いわく「見えちゃう」というのも、そういうことなんだと思う。
小説とかを読んでも、つまらない、楽しめないというタイプの人が時には いるもんだけど、
そういう人は、文章を読んでも、ただ、文字の羅列でしかなく、そこからイメージが広がっていかないというのね。
私なんかは、そのシーンごとに、全体の情景は勿論、登場人物の風貌から身なりから声や しゃべりかたの感じまで、ありありと思い浮かべてしまうんだけど、だからこそ、小説のなかへ没頭できる楽しみ、醍醐味も あるわけよ。それがカラッキシないのなら、そりゃツマランわよね。
この人の存在も、私は知らないままでいたんだけど、なんと、日本でも、すでに明治時代から知られていたらしい。
そんな昔の感じの作風じゃないわよね、この画家も。こちらも、軽妙なイラストチックなセンスを感じさせる。
時間が なくて、ざっと流しつつの視聴なので、こまかいところは端折るけど、
この人の場合も、親の代から大変な お金持ちで、おとうさんが、思いがけず早く亡くなったゆえ、ロップス氏は、ごく若いうちの莫大な遺産相続によって、自分自身も大金持ちになれたそうなんだけど、その おかげで、女性関係も やりたいほうだい、という、典型的な男性の夢を叶える放蕩的、デカダン的な人生だったらしい。
たとえば、
本妻と、その子が ありながら、とある姉妹の両方とも性的関係を結び、そのあいだの子も儲けたりしていたそうなんだけど、
まあ、
カネあればこそ、だわな。
私が、「露悪」を奨励してやまなかったというロップス氏を前にしたら、
このように言い放つだろう。
「ぺんぺん草とて1本だに生えない、赤貧洗うが如しの生活だったら、こうは できなかったのじゃない?」
「あなたは自分勝手に好きほうだいで大満足できたわけだけど、奥さんや愛人たちも、あなたに負けず劣らずな身勝手、放蕩、デカダンぶりで あったなら、太っ腹に受け入れられましたかねえ?」
と。
加えて、
彼の作品の一つを見て、もよおした不快感とともに、
「悪いタネ撒きちらかして悦ぶのは やめい!!
」
と怒鳴っちゃうかもw
だって私はね、
幼い頃から、おとなたちのドロドロした汚いものを、いやというほど見せつけられて育ってるから、もう、おなかいっぱいなの。
ただね、
このロップス氏、正妻さんたちは本宅(←お城なんだって!)に ほったらかしだったとしても、唸るほどの大金持ちだから、愛人である姉妹たちも同じく、生活は しごく豊かに、最後まで、めんどうみてあげてたらしい。
画家として自分の仕事にも励み、熱心に取り組み、それが また、大いに稼ぎを呼んだという。
決して、根は不真面目というタイプじゃなかったんでは なかろうか。
だいたい、貧しい姉妹を両方とも引き取って、捨てることなく養ったというのは、さしづめ、『イスラム教』あたりでは、お手本とするところじゃないの?w
ただ、作品そのものについては、あくまでも私個人的に、好みの作風では ない。
私は、グロテスクとか陰気とかバッチイ系が苦手なので。
それでも、フランシス・ベーコンなどの作品を初めて見たときは、つい、まじまじと見つめてしまったし、いまでも、そういう傾向は あるんだけどね。
陰惨な作風でも、どこかしら美的なものを少しでも見受けられたなら、けっして心底からキライでは ない。
あるいは、
もしかしたら、
「自分にないものだからこそ、求めたり憧れたりするもの」
という説が妥当だとするならば、
根が真面目で、おとなしく平凡なタイプほど、いわゆる「危険な男」やら「悪女」タイプに魅かれるのとは真逆で、
それこそ、自分自身が不真面目でデカダンなタイプだからこそ嫌うのである、と言えるのかもしれないw
たしかに、私は不真面目かもしれないが
ww
はて??どうでしょうか?(苦笑)
2023.02.26 (Sun)
太宰 治:
「死ぬ気で恋愛してみないかい?」(キラ~ン
)
私:
「やーよ。あたしゃ まだ死にたくないわ。死にたいなら、あなた一人で死ねばエエやん」
…冷酷な女です(苦笑)
私の場合はね、好きな人、愛する人が傍にいるのならば、
「何が あっても蹴散らかして、あたしたちだけは二人で生きていこうね!!
」
って感じになると思うの(笑)
なので、
ハレタ ホレタでスッタモンダの果て、深刻至極に陥っちゃってさ、
〽世間に負けたぁ~![]()
二人で死のうか、なんてイジイジ言われようもんなら、
「おらおらぁ~!!
なに湿っぽいこと言うてけつかる!!」
って喝を入れちゃうと思うw
ほんと、色気なしやなww
自分でも認めざるを得んわ(苦笑)
従兄にも、つき合った男らにも言われたことを思い出します。
「おまえは強いからなあ」
「一人で生きていけるやろ」
…それは違う!違う!!ちゃうねん!!!![]()
いくら否定しても、とりあってくれなかった男たち。。。
ちっ!!w![]()
さてと、
『鎌倉文学館の展示で「文豪の愛」堪能を 4年間の改修休館前に企画』朝日新聞デジタル(地域)
この記事を目にしまして、
旧ブログ当時、太宰と、彼との恋愛関係にあった女性たちについての記事を読んだとき、いろいろと感想を述べたことが あったのを思い出したわけだけど、
近頃も、太宰を めぐっての恋愛の鞘当ての如き経緯に おいて、
「戦闘開始!!」
とて、
女性たちのうちの一人が、闘志も あらわに、日記に書き綴っていたというエピソードを読み、
あらゆる面で、こんにちの私らよりも不自由な、厳しい境遇に置かれていた、はずの、『明治』や『昭和』始め頃の女性たちの大胆不敵さ、剛毅さ、
やりたいように自由にやってるように見えながらも、みずからの選んだとおり、好きなようにやってるように見えながらも、その実、いろいろの不満や文句が多いようであり、それでも思考は浅く、フニャフニャと迎合して、弱っちいだけのような、カネか男かに搦め捕られ、自分の子一人すら守れない、だらしない体たらくが目立つような、現代日本の女たちとは異なった、はるかに激しい気性ぶりを垣間見て圧倒される感を覚えた しだい。
…
鎌倉は、すてきな所でした。また、『江ノ電』乗って、行きたいなあ。
ところで、
山田五郎氏の『オトナの教養講座』を視聴していて、つくづく思うのは、
やっぱり、「歌は世に連れ」と同じく、芸術・芸術家も また、そうなのであり、時代と俗世間から無関係では いられないのであるということ、
それと、女性関係に問題が多かった画家がチラホラいるんだなあ
ってこと。
やっぱり、えぐい人、もとい、エゴイスト タイプが多いのかしら?
振り返ると、フシギなことに、私は、そういう、女性との あいだで大きな問題を起こしていた画家の作品には、どういうものか、あまり、食指が動かなかった傾向。
もちろん、その画家個人の人間関係のことなどを知っていたわけでは ないのだが、
いつかも述べたことが あるように、
シーレとか(私は聴覚障碍なので、字幕機能を利用することが多いんだけど、日本語の字幕では、「仕入れ」と出てくるよw)、ムンクとか、その他も、いずれ、たいへん有名な代表的作品で あっても、なんとなく俗な計算っぽさと、その裏に漂っているナルシスト臭みたいなものを感じたりもして、もちろん、そもそもから、たぐいまれな描写力とセンスを備えているのは よく分かるので、けっして、きらいというわけでは ないけれども、敢えて どちらかと言えば、それほどには興味を持てないままで いた。
うちの親父もさ、家庭環境や時代が許してたら、画家の道へ進んでたかもしれないんだけど、
実の生家は非常に裕福だったのに、わざわざ、貧乏な伯母夫婦の養子にさせられたとは言え、親父の場合も、損したと同じくらいには、ヘンなところでトクしてたと言うのか、命拾いしていて。
家柄の おかげで、戦地には行かずに済んだエリートだったので、あの時代は、ごく若かったことも あり、女性たちに特にモテモテで、
終戦後は、進駐軍とモメ事を起こしたり(←アメさんとの「掛け算事件」、ご存じのかたも いらっしゃるかもねw
『衣替えしただけの「新・自由主義」?』
『【続】なんだかんだ言って『自民党』を擁護(嗤)』)、
21や22歳の若造の身で、帰郷した地元の議員になったり、
育った千葉から生家のある大阪へ出てきて、全く畑違いの方面で仕事に就いたりと、
それなりに苦労して、アップ ダウン激しい人生では あったものの、
総じて、な~ぜ~か、女性たちに好かれていた。
同性にも好かれやすい傾向だったようだがw
ま、いわゆる「外ヅラ」が良かったというか、チョーシが よかったのよねww
そのくせ、突然ブチ切れて凶悪化したりするから、なんか、よくワカラン性質だったけどwww
なんだかんだ言って、うちの親父も、本人自身は、
損ばかりしてきた俺カワイソ―!!![]()
![]()
とか思ってたんだろうけど、なんのなんの、
けっこう、やりたいほうだい やれてたわけさ。
私は、子ども時分から、
「ブ男、ケチ、酒癖わるい、こんなDV野郎の、どこがイイんだよ?」
と思うばかりだったが、どっこい、娘の私ただ一人を除いてw、母や姉らも含めた女性たちにモテていた。
父母は年がら年じゅう、殺し合いが始まるんじゃないかと、子らが怯えるほどの激烈な夫婦ゲンカを繰り返していたが、それでも。
アッチのほうは離れられないんだよねえ、執着し合ってるんだわねえ(嗤)
さすが、デキちゃったド修羅場のダブル不倫ですわねえw
けっ
鬱陶しいったら ありゃしねえわ。![]()
![]()
んで、話を戻すと、
『歴史を騒がせた女たち』という本を、高校時代に読んでいたことを思い出し、先日のエントリー『最近の私の日常の一部と、各所感。』で、そのことを述べてから少しあとに、著者である永井路子氏が亡くなられたという記事が出た。
それで思い出していたのが、海音寺潮五郎先生の おコトバ。
「わし、あの二人(←永井路子氏と杉本苑子氏のこと)、どっちが誰だかサッパリ分からんのぢゃ」
このように言われたことが あったと、当の永井氏が おっしゃっていて、
この話を聞かせたら、くっくっくっと、こらえきれないようすで笑いを洩らしていた うちの母親。
ちなみに、
旧『国鉄』が民営化されたあと分かれた『JR』各社のうち、西だか東海だったか それぞれの社長さんどうしが、すごく仲わるいんだってよ、という話を したときも、けっこう意地悪な面が あった母親は、何やら嬉しそうにクックックと、しのび笑っていたものだ。
他には、、、と、
そうそう、「火葬後の御骨」に関する話題で、「のどぼとけ」が どうたらいうのが あった。
私も、親や叔母らで何度か経験済みだから、また思い出したんだけど、
うちの母親のときもね、「のどぼとけ」が、たいそうリッパだ!っていうんで、皆が感心してた。
私は、母親のが初体験だったから、へえ~としか思わなかったけど、
ただ、
「生前の行いが立派だったから、のどぼとけもリッパ」というのは、全然ちがうと思うよw
あのとき、「こんなキレイな のどぼとけ、俺も初めて見た」と驚いていた父親も、
「あれだけの持病持ちの薬漬けだったわりに、骨は じょうぶだったんだなあ」
からだが弱かったなんて、嘘だったんじゃないかぁ?
とまで言ってたけどw
たしかに、生まれつき病弱だったと言うわりには、暑苦しいくらいエネルギッシュな性格だったし、何よりも、健啖家だったからね、やっぱり、骨なんかが じょうぶだったというのは あるのかも。
それと、声が良く通るし、歌唱力も優れていたのよね。
そして、これだけは断言できるぞw
生前の行いと、「のどぼとけ」のリッパさには、何の関係も ない、ということを。
うちの母親は、すごく頑張り屋なところは あったし、なかなか正義感も あり、逆境や苦労のなかで良いことも してきたと思う。
しかしながら、
ほんとうにエゴイストで、だらしない面も あったし、
人としても親としても、許されないこと、悪いことも やってきてたのは、虐待児である娘の私が、よーく知ってるからねww
【続く】
2023.02.05 (Sun)
『教育も敗北した日本。』の続き。
まあ、隣が女性でも、同棲を始めた男のほうの行儀が悪くて、たちまち騒音に悩まされる日々となり、たまりかねて苦情を言ったら、あべこべに、こっちを酷く罵ってきたということも あったので、たとえ、女性側は、せっかく おとなしくしていても、やっぱり、連れの男が大迷惑だったりする。
うちの母親は、
「そもそも、自分の城に、男に自由に入り込ませるような女はダメ」
と、言い切っていたものだが。
自分の子を、男が虐待する生贄の対象に捧げるような、いわゆる「シンママ」の目立つ世情も あり、世の「シンママ」さんたちも、重々、心すべきところだろう。
さてと、
私は、学校時分に、
世のなかの男性が全員、ホモ(男性同性愛)になってくれたら、私ら女性は、その分、平和に安心して暮らせるんじゃなかろうか、などとまで思っていたものだw
ただ、
私自身も、子どもの頃、同性からの性的被害も一度ならず経験している。
しかも、「ふつうに異性愛」指向・志向の女性だ。
当時としても、やや早めの20歳代前半で結婚し、子どもも年子で、早く できた。
そうした出来事から考察するに、
女性であっても、性欲が殊のほか激しいタイプの者は いる。
どういうものか、ものごとの考えかたや思考が、みょうに俗悪で、心理面にも、殊更な被害意識など、偏り傾向が見受けられ、専門医からも、脳や性格に異常レベルという診断が下されていたりする。
そして、女性でありながら、性欲、その方面の とらわれや拘りが、一般的な女性以上に激しい傾向の者は、そこのところで、男性一般と近いようでも ある。
先日のエントリーでも指摘しておいたように、そもそも、一口に同性愛と言っても、男性と、女性の それとは、どこかで多少、異なっているのだろうと、私は思っている。
なので、
男性どうしでは、基本的に、瞬発力や腕力などが互角になるわけなので、多くの女性が、男性一般に対して持つ警戒心と似たような構えに なってしまうのか、そのために、女性の同性愛に対するよりも、男性の同性愛に対しては、「異性愛指向・志向」の男性側の嫌悪や反発が、格段に激しい傾向になるのかな、とも思う。
単なる視覚からの刺激でも、女性以上に興奮し易い傾向である男性の場合、恋愛感情は全く持っていないからといっても、同性愛指向の男性が、たとえば、同性の裸体を目の当たりにするような場に おいても、何らの性的興奮も起こさないのかといったことは、正直言って、女性である私には分からない。
そのへんは、学問的、臨床的にも分析が必要なのかもしれない。
女性であろうが男性であろうが、等しく同性愛や同性婚の権利を認めていくためには、
特に、異性愛指向・志向側の男性たちの警戒と反発が激しくて、それが根強い妨げとなっているのであれば。
障碍者という少数存在も そうだが、
大多数の者とは異なる者は、やはり、みずからの側にも、慎重さと配慮は必要にならざるを得ない。それは現実だ。自分を守るために。
まあ、私自身は、無理やりというのが、何によらずキライなので、どんな立場に立つ者であろうが、他者に無理強いするのが大好きな、エゴのカタマリの如き者には一切、くみしない。
どんな立場に立つ者であろうが、だ!
なお、付け加えておくが、
近頃の性犯罪に おいて伴う、盗撮の事案の夥しさよ。
これは、そういった盗撮の投稿サイトが大いに絡んでいるのでは ないのかね。
そういうところに投稿することで、多少なりカネになったりするらしいし。
とんだ「趣味と実益」だわな。![]()
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当局は、そのあたりの検証や摘発も しているのだろうか?
それとね。
女性に、「ハゲ」とか「おっさん、キモチ悪い」とかと、容姿や年齢のことに絡めて罵られるのは許せないと思うのなら、女性の それを嘲笑するのは やめなさい。
女性の年齢や容姿のことを殊更に言いたがるのは、むしろ男性のほうでしょ。
昔から そんなだから、経済や生活力が上がってきたら、女性側もズケズケ言い返すようになるんだわ。
全体に見渡してごらん。
どんだけブサイクな、そうとうトシいった男とでも、結婚し、子を産む女性はアタリマエに多かった。
男性は どうか?
自分よりも少し年上というだけでも拒絶する男は多いでしょ。
許容度が高いというのか、まあ、しかたなく受け入れてきたのは、圧倒的に、女性側でしょうが。
昔はね、女性の経済自立力が概ね乏しかったから尚更だ。
私なんか、こと男性に関しては、受け入れ範囲が狭いほうなのでwうちの身内でも他人さまのカップルでも、見ていて、
「まあ、ああいうのとでも ひっつくことが平気なんて、すごく大らかなんだわなあー」
と、感心さえ することが多いよ?w
ま、「迷惑」がー「実害」がーというのであれば、それこそ「異性愛指向・志向」の男が最多に もたらしているのだし、
また、
「不倫」のほうが よっぽど、婚姻制度に逆らっており、傍迷惑そのものだし、ほぼ確実に、身近の誰かを悲しませるでしょ。
特に、否応なく巻き込まれる子どもは不愉快な思いを させられることが多いし、
結局、誰も幸せにならないまま、最後までエゴとエゴの ぶつかり合いで終わったりするのは、「不倫」の当事者である身内を一人ならず持った私自身から見た実感ですわ。悪しからず。
2023.01.31 (Tue)
『最近のニュースから――猿と虚無とチョコレート』より続く。
それと、
そもそも猿の一種である人間も、そういう価値観を継続して持っていることが、この現代になっても見られるけれど、
お猿さんにとっても、子どもを持つということは、一種のミエやステイタスみたいなもんで、さしづめ、「子を持って一人前」というふうな価値観を持ってる感じは するのよね(苦笑)
だから、生殖可能な年頃になっても、まだ出産・育児経験が ないとか、せっかく産んだばかりの子を亡くしたなどの場合に、隙あらば、他の猿が産んだ子を奪い去ったり、それどころか、周辺の民家から、ペットの子犬や子猫を さらってきて、自分で母乳を与えられやしないのだから、だんだん弱らせて死なせたり、抱きかかえたまま高い所へヒョイヒョイと上って落っことして死なせてしまうといったことも頻々と起きる。
猿という動物も、基本的に集団で生活しているので、人間も そうであるように、子孫の継続如何は、自分自身も一員として所属する集団・組織の存続と直結してるからね。
そして、「ボス猿」という存在が ある。
縄張り争いや敵対対象である他集団のオス猿と交尾する機会が意外に乏しいのも、それなりの理由が あるわけ。
ヒトの場合も、近親交配は、先天性障碍や病弱傾向の問題を引き起こしやすいことが知られているように、広く遺伝子の多様性が、生き残りを有利にする。
だが、ま、原初や太古の昔には、単体生殖・単為生殖・無性生殖アタリマエで、自分の遺伝子のみの次世代を産んでいたらしい。
でも、やがてのことに、そこへ異性、オスという存在が発生。
これは突然変異、言わば特化されている存在であり、だから、人間の男性に おいても顕著であるように、もとの脆弱さとは裏腹の、ばら撒く性欲や性衝動の激しさは、ほとんどの女性とは比べものにならない。
ことに性犯罪と暴力事件の割合が突出していることが事実として明らかなように、大概の世の男ってのは常に、性犯罪やらかしてるか、戦争してるか、または同時進行だ。
でも、欠点だけでは ないよねw
もちろん、いいことだけでは ないのだがww
もともと、脳みそが偏ってるだけあって、ある種の鋭敏さを備え、一般に、女性以上の業績も数多い。
というのは、男性の暴力性のもとで、多くの女性が、いろいろ不利な、抑圧された状況に置かれがちだった側面という歴史上の長きにわたる経緯も考慮すべきなのでは あろうが、
脳の偏り、異常が、ある種の「天才」的業績を もたらす事例も見受けられるように、
男性によって もたらされた、幾多の悲惨きわまる破壊と同時に、あらゆる文明の利器も もたらしている。
そこを どう考え、受けとめるかが難しいw
そもそも、それら一切合切、なくてイイような気もするんだけどさ。
しかしながら、生かさぬよう殺さぬよう、自然界は厳しいからね。
けっして、生きやすい世界では ないからこそだ。
私なんかは、
宇宙自体が醜悪で不要なのに、なんでワザワザ発生しちまったよ、
くらいの考えだからねww
どう?すごい虚無を抱えてるでしょ(苦笑)
ついでに、
板チョコレート特有の形状について、その理由が解説されている記事を読んで思い出したことを。
昔の『明治製菓』かな?『明治ホールディングス』さんにインタビューしたそうなんだけど、私も、いつだったか、あの溝などの形状は、消費者が食べるときに割りやすくするためなどのものでは ないという話、どこかで読んだ記憶が あったんだけど、製造上の理由が あることは分かっていても、詳しい内容は忘れてしまって、表面積を増やすことで均一に早く冷やし固めるためと(それによって、口溶けも良くなる)かつ、その後、型から外しやすくするためだったと、あらためて知り、そうだったよなあと思ったのだが、
今回の記事には、また どういうわけか、同じようなヘリクツいちゃもんを つけている「ヤフゴミん」が何人も並んでいて、なぜか、揃って同じ傾向なもんだから、またぞろ同一人が やってるのかいなとすら感じた。
あの「カルト連」と似てるんだよw
こんなクダランことを「仕事」で やってるとは信じ難いけど、例の『汚気・愚』なんかでは、とにかくスレッドを伸ばしてくれみたいな要請でも あるんかい?と思ったことも多かったのでね(嗤)
ところで、
うちの兄が大学生の頃の あるときに、小学生だった私を連れて、電車に乗り、降りた駅にて、売店のチョコレートを買ってやろうかと言ったことが あって、
ただし、それは、『明治』の板チョコなら買ってやるぞという、ヘンな条件付きなので、なんでや?と、ふしぎに思ったのだが、
兄の言うには、『明治』の板チョコこそは、ほんもののチョコレートの味だからだとかナントカと力説していて、それも また、なんでや?とフシギに思ったものだが、
ここは素直に従って、まずは買ってもらったw
あとで、その疑問を、うちの母親に話したところ、
かつて、中学生になったばかりの兄たちの継母となった、まだ若かった母親が、ある日、義理の息子に買い与えたチョコレートが、たまたま、『明治』の板チョコだったのだそうで、兄は、こんな美味しい、ほんもののチョコレートは初めて食べた!と大喜びし、それ以来、「チョコレートは明治♪」というコマーシャル ソングを地で行くようになったのだそうなw
兄は、いろいろとヘンな拘りが激しい性格だった。
ちなみに、
母が、兄たちと同居し始めた頃、バナナを与えたときは、
「おばちゃん(←私の母親のこと)、これどこから皮むいたらエエの?」
と、尋ねたそうな(苦笑)
母親は、よく、その話を笑いながら繰り返していたものだが、
私の母親と同居するまでは、あの だらしない酒乱親父のせいで、ろくなものを食べさせてもらってなかったらしい。
以後、たちまち教育ママゴンと化した母親は、塾に行かせる余裕もないかわりに、みずからが、兄の お尻を、鬼のように叩きまくって、地元の進学校へ入学させ、次いで、国立大にストレート合格させて、途中に、想定外の紆余曲折も あったものの、母親が計画した最終目的どおりに、教職公務員に就けさせたわけよ。
母親は、それが最大の自慢のタネ、同時に、エネルギーの殆どを費やし終えた。
そして、結局、兄は自殺した。
。。。
これも私が幼い頃のこと、
来客が手みやげに持って来てくれた高級チョコレートのなかには、いろいろな種類を詰め合わせたものが あって、それは、こんにちでも、そういう詰め合わせは あるけれども、あの当時のものは、とにかく大きな箱いっぱいに数多くズラリぎっしりと並んでいるので、箱を開けた瞬間の豪華さと迫力が すごかった。
他にも、スイスだったか外国製のチョコレートの想い出。
特に『白雪姫と7人の小人』の、小ぶりの箱ごとに異なる絵柄が色鮮やかにパッケージに描かれ、それらがワン セットになったものが大箱に納まっている製品。
ほんの子どもだったので、メーカーも確認していないが、いまだに忘れられず、ネットで探してみたことも あるのだけれど、どうしても見つからなかった。
誰か、ご存じないかしら。
(画像:『写真部』さんより お借りしました)