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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2017.02.22 (Wed)

箸と歯ブラシの続き。

 

小学生にもなって、これだもの。

そりゃあ、幼児はねえ。

まして、年齢の近い きょうだいが いると、子どもは、何を やってるときもフザケるものだし。

子育ては大変ですね。

でも、それも、人生のなかで いっときのことですから、

親さんがた、なんとかガンバってくださいませ。

 

夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』より抜粋

風呂場の横を通り過ぎると、ここは今女の子が三人で顔を洗ってる最中で、なかなか繁昌している。


 顔を洗うと云ったところで、上の二人が幼稚園の生徒で、三番目は姉の尻についてさえ行かれないくらい小さいのだから、正式に顔が洗えて、器用に御化粧が出来るはずがない。一番小さいのがバケツの中から濡れ雑巾を引きずり出してしきりに顔中撫で廻わしている。雑巾で顔を洗うのは定めし心持ちがわるかろうけれども、地震がゆるたびに おもちろいわと云う子だから このくらいの事はあっても驚ろくに足らん。ことによると八木独仙君より悟っているかも知れない。さすがに長女は長女だけに、姉をもって自ら任じているから、うがい茶碗を からからかんと抛り出して「坊やちゃん、それは雑巾よ」と雑巾をとりにかかる。坊やちゃんもなかなか自信家だから容易に姉の云う事なんか聞きそうにしない。「いやーよ、ばぶ」と云いながら雑巾を引っ張り返した。このばぶなる語はいかなる意義で、いかなる語源を有しているか、誰も知ってるものがない。ただこの坊やちゃんが癇癪を起した時に折々ご使用になるばかりだ。雑巾はこの時姉の手と、坊やちゃんの手で左右に引っ張られるから、水を含んだ真中から ぽたぽた雫が垂れて、容赦なく坊やの足にかかる、足だけなら我慢するが膝のあたりが したたか濡れる。坊やはこれでも元禄を着ているのである。元禄とは何の事だとだんだん聞いて見ると、中形の模様なら何でも元禄だそうだ。一体だれに教わって来たものか分らない。「坊やちゃん、元禄が濡れるから御よしなさい、ね」と姉が洒落れた事を云う。その癖この姉は ついこの間まで元禄と双六とを間違えていた物識りである。


 元禄で思い出したからついでに喋舌(しゃべ)ってしまうが、この子供の言葉ちがいをやる事は夥しいもので、折々人を馬鹿にしたような間違を云ってる。火事で茸が飛んで来たり、御茶の味噌の女学校へ行ったり、恵比寿、台所(だいどこ)と並べたり、或る時などは「わたしゃ藁店の子じゃないわ」と云うから、よくよく聞き糺して見ると裏店と藁店を混同していたりする。主人は こんな間違を聞くたびに笑っているが、自分が学校へ出て英語を教える時などは、これよりも滑稽な誤謬を真面目になって、生徒に聞かせるのだろう。


 坊やは――当人は坊やとは云わない。いつでも坊ばと云う――元禄が濡れたのを見て「元どこ べたい」と云って泣き出した。元禄が冷たくては大変だから、御三が台所から飛び出して来て、雑巾を取上げて着物を拭いてやる。この騒動中比較的静かであったのは、次女のすん子嬢である。すん子嬢は向うむきになって棚の上からころがり落ちた、お白粉の瓶をあけて、しきりに御化粧を施している。第一に突っ込んだ指をもって鼻の頭をキューと撫でたから竪(たて)に一本白い筋が通って、鼻のありかがいささか分明(ぶんみょう)になって来た。次に塗りつけた指を転じて頬の上を摩擦したから、そこへもってきて、これまた白いかたまりが出来上った。これだけ装飾がととのったところへ、下女がはいって来て坊ばの着物を拭いたついでに、すん子の顔もふいてしまった。すん子は少々不満の体に見えた。

 長火鉢の傍に陣取って、食卓を前に控えたる主人の三面には、先刻(さっき)雑巾で顔を洗った坊ばと御茶の味噌の学校へ行く とん子と、お白粉罎(びん)に指を突き込んだ すん子が、すでに勢揃をして朝飯を食っている。主人は一応この三女子の顔を公平に見渡した。とん子の顔は南蛮鉄の刀の鍔のような輪廓を有している。すん子も妹だけに多少姉の面影を存して琉球塗の朱盆くらいな資格はある。ただ坊ばに至っては独り異彩を放って、面長に出来上っている。但し竪(たて)に長いのなら世間にその例もすくなくないが、この子のは横に長いのである。いかに流行が変化し易くったって、横に長い顔がはやる事はなかろう。主人は自分の子ながらも、つくづく考える事がある。これでも生長しなければならぬ。生長するどころではない、その生長の速やかなる事は禅寺の筍が若竹に変化する勢で大きくなる。主人はまた大きくなったなと思うたんびに、後ろから追手に せまられるような気がして ひやひやする。いかに空漠なる主人でもこの三令嬢が女であるくらいは心得ている。女である以上はどうにか片付けなくてはならんくらいも承知している。承知しているだけで片付ける手腕のない事も自覚している。そこで自分の子ながらも少しく持て余しているところである。持て余すくらいなら製造しなければいいのだが、そこが人間である。人間の定義を云うと ほかに何にもない。ただ入()らざる事を捏造して自ら苦しんでいる者だと云えば、それで充分だ。


 さすがに子供は えらい。これほどおやじが処置に窮しているとは夢にも知らず、楽しそうにご飯をたべる。ところが始末におえないのは坊ばである。坊ばは当年とって三歳であるから、細君が気を利かして、食事のときには、三歳然たる小形の箸と茶碗をあてがうのだが、坊ばは決して承知しない。必ず姉の茶碗を奪い、姉の箸を引ったくって、持ちあつかい悪(にく)い奴を無理に持ちあつかっている。世の中を見渡すと無能無才の小人ほど、いやにのさばり出て柄にもない官職に登りたがるものだが、あの性質は全くこの坊ば時代から萌芽しているのである。その因って来(きた)るところはかくのごとく深いのだから、決して教育や薫陶で癒(なお)せる者ではないと、早くあきらめてしまうのがいい。


 坊ばは隣りから分捕った偉大なる茶碗と、長大なる箸を専有して、しきりに暴威を擅(ほしいまま)にしている。使いこなせない者をむやみに使おうとするのだから、勢(いきおい)暴威を逞しくせざるを得ない。坊ばは まず箸の根元を二本いっしょに握ったまま うんと茶碗の底へ突込んだ。茶碗の中は飯が八分通り盛り込まれて、その上に味噌汁が一面に漲っている。箸の力が茶碗へ伝わるやいなや、今までどうか、こうか、平均を保っていたのが、急に襲撃を受けたので三十度ばかり傾いた。同時に味噌汁は容赦なくだらだらと胸のあたりへこぼれだす。坊ばはそのくらいな事で辟易する訳がない。坊ばは暴君である。今度は突き込んだ箸を、うんと力一杯茶碗の底から刎ね上げた。同時に小さな口を縁(ふち)まで持って行って、刎ね上げられた米粒を這入るだけ口の中へ受納した。打ち洩らされた米粒は黄色な汁と相和して鼻のあたまと頬っぺたと顋とへ、やっと掛声をして飛びついた。飛びつき損じて畳の上へこぼれたものは打算の限りでない。随分無分別な飯の食い方である。吾輩は謹んで有名なる金田君及び天下の勢力家に忠告する。公等()の他をあつかう事、坊ばの茶碗と箸をあつかうがごとくんば、公等の口へ飛び込む米粒は極めて僅少のものである。必然の勢をもって飛び込むにあらず、戸迷(とまどい)をして飛び込むのである。どうか御再考を煩わしたい。世故にたけた敏腕家にも似合しからぬ事だ。


 姉のとん子は、自分の箸と茶碗を坊ばに掠奪されて、不相応に小さな奴をもってさっきから我慢していたが、もともと小さ過ぎるのだから、一杯にもった積りでも、あんとあけると三口ほどで食ってしまう。したがって頻繁に御はちの方へ手が出る。もう四膳かえて、今度は五杯目である。とん子は御はちの蓋をあけて大きなしゃもじを取り上げて、しばらく眺めていた。これは食おうか、よそうかと迷っていたものらしいが、ついに決心したものと見えて、焦げのなさそうなところを見計って一掬(ひとしゃく)い しゃもじの上へ乗せたまでは無難であったが、それを裏返して、ぐいと茶碗の上をこいたら、茶碗に入りきらん飯は塊まったまま畳の上へ転がり出した。とん子は驚ろく景色もなく、こぼれた飯を鄭寧に拾い始めた。拾って何にするかと思ったら、みんな御はちの中へ入れてしまった。少しきたないようだ。


 坊ばが一大活躍を試みて箸を刎ね上げた時は、ちょうどとん子が飯をよそい了(おわ)った時である。さすがに姉は姉だけで、坊ばの顔のいかにも乱雑なのを見かねて「あら坊ばちゃん、大変よ、顔が御ぜん粒だらけよ」と云いながら、早速坊ばの顔の掃除にとりかかる。第一に鼻のあたまに寄寓していたのを取払う。取払って捨てると思のほか、すぐ自分の口のなかへ入れてしまったのには驚ろいた。それから頬っぺたにかかる。ここには大分(だいぶ)群をなして数にしたら、両方を合せて約二十粒もあったろう。姉は丹念に一粒ずつ取っては食い、取っては食い、とうとう妹の顔中にある奴を一つ残らず食ってしまった。この時ただ今まではおとなしく沢庵をかじっていたすん子が、急に盛り立ての味噌汁の中から薩摩芋のくずれたのをしゃくい出して、勢よく口の内へ抛(ほう)り込んだ。諸君も御承知であろうが、汁にした薩摩芋の熱したのほど口中にこたえる者はない。大人ですら注意しないと火傷をしたような心持ちがする。ましてすん子のごとき、薩摩芋に経験の乏しい者は無論狼狽する訳である。すん子はワッと云いながら口中の芋を食卓の上へ吐き出した。その二三が どう云う拍子か、坊ばの前まですべって来て、ちょうどいい加減な距離でとまる。坊ばは固(もと)より薩摩芋が大好きである。大好きな薩摩芋が眼の前へ飛んで来たのだから、早速箸を抛り出して、手攫みにしてむしゃむしゃ食ってしまった。

 

 

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Updated   
2017.01.19 (Thu)

つい最近、実家の母親の祥月命日であったため(ちなみに、ちょうど十日後は、父親の祥月命日で、どちらも1月中のことであり、偶然なのか どうなのか、末尾の数字も同じと きている)

そのせいか、この時期になると、特に、いろいろ思い返すのだけれど、
 なかでも、ある場面が、いつも必ず思い出される。

それは、「脳のなかの光景」だ。

こんなことは、言っても しょうがないだろうので、周囲の者たちの誰にも、わざわざ言うことなく きているのだが。

 

いよいよ、今晩が峠であろうという旨を宣告された日だった。

母は、意識不明に陥っていた。

(急激に、この状態になったのは、ある看護婦からの心無い仕打ちが切っ掛けに違いないと、私は確信している。思い出すと、胸が苦しくなるので、あまり考えないようにしている) 

実母と二人きりで過ごすのは、幼い頃に生き別れて以来だったはずの、母の先夫とのあいだに もうけた娘すなわち、私の、父親違いの姉に当たる者を、その夜は、病室に残して、見守らせることとなり、
父も私も、とりあえず、それぞれの自宅へ戻った。

 

出勤したばかりで、他の同僚らも出て来ていない早朝、近所の人からの突然の電話で連絡を受け取り、母が入院中だった病院へ大急ぎで直行して以来、

私は、どこか、現実離れしたような浮遊感覚のまま、

また一方では、今後の流れを冷静に見越しながらという、
真逆に相反する心と引き裂かれる思考を同時進行で保持しながら、
好むと好まざるとに かかわらぬ、さしあたっての やるべきこととして最低限の準備を済ませて、ようやっとのことで、真夜中過ぎのベッドに もぐり込んだ。

 

すでに、不眠症が深刻化していた身には、
疲労困憊していたせいで、かえって、眠りは訪れにくく、少々うとうとしたかと思ったとたん、目が覚めてしまった。

 

直前に見ていた、夢とも言えない夢の光景は、あたかも、放送終了後のテレビ画面さながらの、「砂嵐」そのものだったことを憶えている。

 

そのまま寝直す気にも なれず、

まるでロボットのように機械的に起き上がり、

敢えての計算で着ていたワンピース型の寝間着の上に、
セーターやボトム、防寒コートを着込み、

その間、何の感情も動くことなく、機械的に、
再び、母のいる病院へと向かっていた。

 

冷たい冷たい早朝の澄んだ空気のなかを、昇ってきたばかりの陽の光が、まばゆく きらめいていた。

 

あの日から、はや10数年が経っているのだが、毎年、あの早暁の前後の光景を、まざまざと思い出さずに いられない。

朝が来るのが怖かった

今年も、1月18日によせて。。。(続き)


 

さて、もう一つの「脳内ビジュアル」の話。

例の「カルト連」の巣窟サイトにて、

あそこの連中の誰もが無関心だったなか、その詐欺サイトと連中の正体に気づき始めていた私が、あえて、ひとり呟くように語ったことだ。

 

それは、私が、その時点から数年前に経験した麻酔の効果による現象の話だった。

 

それよりも もっと前には、全身麻酔も経験していて、

そのときの印象は、「砂嵐」どころか真っ黒な画面と言うか、
まさに「疑似的な死」あるいは「限定的な死」とも言うべきものであったが、

局所麻酔の場合、自分の意識自体は、まず通常どおり働いているので、
意識が全く働いていない全身麻酔のときとは異なった、興味深い現象を垣間見ることが できたのだった。

 

そのおりには、より近年の経験だったわけで、記憶も、より詳細だったとは思うが、
多少アヤフヤになってしまった今でも、鮮やかに残っている光景。

 

オペ室のベッドに横たわり、しばらくしてから、
寝入りばなの夢のような感覚で、わりと心地よく うとうとしながら、

しかし、私のなかの「もう一つの眼」はシッカリと見開いていて、
眼前に繰り広げられ始めた鮮やかな光景を見つめていた。

 

乳白色の滑らかなプラスチック様材質を思わせる、四角い、かつ細長い帯状の物体が、左右から静かに、同じ速度で、蛇のように するする伸びてきた。

 

基礎の乳白色の物体のなかから、不思議な光が漏れている。

少しアヤフヤになっているが、
一方はオレンジがかった赤系の蛍光色、もう一方は緑系蛍光色だったと記憶している。

左右で全く異なっている色調の それらが、全く同じ速度で、中心に向かい、同時に伸びてきている。

と見る間に、

その両側の細長い「光の帯」は、中心の位置で出遭うと、
たちまち、鉤なりに組み合わさって合体した。

そのとき、
麻酔が確実に効き始めていることを、私は自覚したのであった。

 

思うに、脳のなかで、薬剤の化学反応の光景を如実に眺めていたという感である。

 

 

Updated   
2017.01.15 (Sun)

ワキ毛ぼーぼー、

と聞くと、反射的に思い浮かぶのが、

腹違いで、一回り以上も年上の義理の姉。

 

私が小学生のときのこと、その姉は、すでに、社会人で、いわゆるOLを やっていた。

たまたま、他の家族ら皆が出かけていて、私と、義姉だけが、家に居た夜、

茶の間のテレビを つけっぱなしの食卓の前で、義姉が、何を思ったのか、おもむろに、ワキ毛処理の準備を始めた。

ふつう、そんな所で、ワキ毛の始末なんか しないだろと思うけど、

そのときの ようすが、いま思い返しても、奇妙なことに、

なんか、小学生の私に見せびらかすかのように、自慢げな態度むき出しで、さも、もったいぶった手つきで行なっていたものだ。

それは、子ども心に呆れるほど、

 

ぼーぼーだったよ。。。emoji

 

 

ちなみに、

このひとは、自分自身の母方の家系に似たらしいと聞いては いたが、

結婚してから、精神的に病んでることが明らかになって。

おとなしい婿さんや娘らにも、ずいぶんと苦労させていたようだが、

まあ、精神的に おかしいのは、うちのアル中親父に似ていたとしても、べつだんフシギでない。

 

じつは、

性的にも、女性には めずらしいのではと思えるほど、「淫乱」のケが あってね。。。

ちょっと、と言うか、だいぶ、人聞きが悪く、言いにくい話なので、

向こうの家族には勿論のこと、ほとんど誰にもバラシたことは ないんだけども。

 

近頃、父親のほうの義姉らについて、私の腹に据えかねるほどの怒りが あったので、

これまでは、情けを持って秘めてやっていた過去を、

これ以上、チョーシに乗っていたら、本人の前で一気に、ぶちまけてやるかもしれんと心づもりしてた。

まさにバクダン級に恥ずかしい話だからね。

もっとも、証人や証拠は ないから、認めようとしないだろうけど。

それくらい、みっともない話だった。

 

 

以前、これも、ネット上でストーキングを はたらいてきた自称「心理学徒」なる女も、何らの臆することなく、自分は「自己愛性人格障害」者であり、かつ「セックス依存症」であると、のたまっていた。

恥ずかしいという自覚が希薄なのだろうか、

その者みずから語っていた幼児期のエピソードによっても、特に性的なことに関する、並々ならぬ関心が生来的に、異常に高い傾向が窺え、

なるほど、

人格障害の場合、性的な方面の問題をも特徴的に、つよく保持しているケースが多いという説に頷けたことだった。

 

 

うちの身内連中も、あやつと言い、こやつと言い、

病理的に顕著な傾向を示していた事例豊富なので、

この方面の学者さんには、さぞ、興味深いだろうと思います。

よかったら、研究に資するであろう参考事例を提供いたしますぞよw

ま、私自身が、第一志望だった心理学部を出て、その系の分野の学者になっていれば よかったんだけどww

 

そう言えば、

あの『汚気・愚』で、ワキ毛についての質問したとき、

いやに悦んで「ボーボー♪」「剛毛~(^^♪」とハシャイでた野郎が いたようだ。

たぶん、これも「カルト連」のオッサンだな、と睨んでいたが()

 

 

26歳のイギリス人女優、レッドカーペットのドレスでわき毛を露出!
Movie Walker 1/12() 9:53配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170112-00000023-mvwalk-movi

脇毛ぼーぼーでレッドカーペット 26歳女優が話題に
シネマトゥデイ 1/13() 7:16配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170113-00000005-flix-ent

 

この女優さんのこと、知らなかった。

ワキ毛の話題で、イッキに知名度アップかな()

 

いや、ワキ毛を生やしてるつうの自体は、いまに始まったことじゃないよ。

 

もっと こう、クール系とかハード系の感じな衣装なら、ワキ毛とバランスも とれていたのだろうけど、

この女優さんの場合、なんせ、その着用している可愛らしい花柄ピンクのドレスと、ギャップ激しいよね()

わざとの演出かなー?

 

たとえば、このPVのなかの女性たち、
こういうファッションの場合に、ワキ毛が あると、よりセクシーで、退廃的このうえない。
ただし、ボウボウは いけない。emojiあくまで、しっとりと艶っぽく、だ。

 

私が出演する女性側なら、可愛く生やしたワキ毛姿で堂々と腕ふり上げて踊るだろうし、

監督する立場なら、彼女たちには、プリティなワキ毛を見せて踊ってちょーだいと命ずるであろう。

 

じつは、
むかーし、このヴィデオ見ていた頃、
ダンサーの女性たちに、ワキ毛あったものと思い込んでいたのだが、
あらためて見てみると、なかったな。。。チッ、残念。

 

Robert PalmerI Didn't Mean To Turn You On

 

The Power Station“Some Like It Hot”

 

 

まだ一般的でない、普通でないからこそ、インパクトが あるのであり、
一種のファッションにも なり得るということの一例。

 

知ってる人も多いだろうけど、

私が若かった頃から、特にはロック界や映画界あたりの有名人で、一部の女性たちが、フェミニズム思想とかいうよりも、エロチシズムを滲ませたファッションとして見せつける向きは存在してた。しかし、同時に、

女性のワキ毛は処理してあるのが普通というのが、あくまでも一般的には、基本的マナーとしての社会通念だったし、

あるいは、もともと、女性には生えないか、生えにくいものなのだ、というイメージを信じていたウブな人も いるかもしれないね。

 

 

西欧においても、
「エンパイア様式」とか言うんだっけ、シュミーズみたいなドレスが大流行した時代は ともかく、18~19世紀に入るあたりまで、いまどきのタンクトップみたく、肌を露出するような衣装は、少なくとも一般女性の日常では、ほとんど用いられていなかったようなので
(西洋絵画を見ていたら、フランスあたりの、うら若い女性でさえも、多くは、まるで厳格な修道女みたいな服を着用してたのが分かる)

ダンナに対する恥じらいとか、見られてなくてもエチケットとして、というのは、あったのか なかったのか知らないけれど、
わき毛を剃ろうが剃るまいが、他人の目につく気遣いまでは、あまり必要なかっただろう。

 

そもそも、わき毛を剃る習慣なんて、日本の古来文化じゃないわね。

極端なようだが、強風の日に、着物の裾が巻き上がって、アソコまる見えでも平気だったらしいし。

腰巻だけじゃなく、パンツも履くようになったのと同様、やっぱり、アメリカあたり由来で定着したのでは ないかな。

私が、ごく幼い頃は まだ、盛大なワキ毛も気にせず、袖なしであろうが平気で着ていたオバちゃんたちの記憶が残ってるし、
ちょうど、街なかで授乳するのも、人目はばかる感覚自体が薄かったのと似ていたように思う。
男女混浴にさえ、抵抗感なかったみたいだもんね、昔の日本人て。

 

 

ワキ毛を含む体毛というのは、だいたい、男性ホルモンの影響が強いのだろうから、上述したように、性欲や性的な方面への関心が盛んだった義姉などは、性格も非常に攻撃的だったことと、多少は関係性ありそうだ。

 

 

ちなみに、

私には、ワキ毛ありませんのだす。

 

20歳代の頃までは、かろうじて、それらしいものが あったには あったが、以降は、いつしか、とんと ご無沙汰。

いまでは、ほんに、つるつる状態なんだす。

 

 

母親の話では、戦後しばらくの若い頃、友人に誘われ、費用も出してくれるというので、
その当時、最先端美容だったワキ毛の永久脱毛を、つき合いで試したというのだが、もともと、母親も、体毛が薄い。

親父も青年時代は、髭すら生えてこず、青インク塗たくって、髭よ生えろ、と、せつなく祈ったそうだ。

軍隊時代の戦友らに、肌の滑らかなることを、いと愛でられていた!wという本人の自慢どおりでww、男にしては、体毛が薄いので、

肌が色白なのと同じく、いったい、両親の どちらに似たものなのか、自分でも、いまだに分からんのだす。

 

まあ、手間と費用を かけずに済むのは、大いに助かるわ。

そのかわり、
エロを演出したくてファッションで生やすのは、自前では不可能なわけだが(苦笑)

ひょっとしたら、ワキ毛エクステというのもアリか?

 

聞くところでは、

おシモのほうに生えてこないという遺伝か何かの現象が あって、

近く結婚を予定している娘さんの親が心配して、ついに、おシモ用カツラを誂えたという話が あった。

冗談かと思ったけど、マジな話であったそうな。

 

 

Updated   
2017.01.07 (Sat)

これ、でも、このときで、スティーヴは、もう すでに30くらいの年齢だったみたいよね。『アトミック プレイボーイズ』の頃だから、たぶん。

おメメの澄んで、なんと可愛らしいこと()

トシとともに、だんだん、影を宿したような眼になっていったのだろうか。。。

しゃべってる声まで可愛いぞ、いまと全然、違うやんかぁー!
なんでやね~ん(怒り笑い)

  

この動画で演奏してるギター、どっちもステキなんだが、
特に、アコースティックのほう、デザインも あか抜けてて、私の好み。

私の好みと言えば、このPVのときに、
 
スティーヴが着てる水玉のブラウス、最初に見たときから ずっと、ワシが着たいわと思ってて()
なんか女物っぽいし。スティーヴなら、着れるサイズありそうだしな。

おまけに、

このとき、スティーヴが つけてる指輪、エリック・ヴィクター・バードンが、まだ若い頃に嵌めてた指輪のデザインそっくり。それが また、私の好みときたもんで()

 

いまじゃ、ステージでギター抱えて歩いてる後ろ姿を見たら、
のっしのっし、がに股っぽいオッサンそのものよ。うっううっ(笑い泣き)

 

まあ、顔だちも全体の姿でも、もともと彼には、いくつかのアンバランスな、というか、それゆえにこそ!えも言われぬフシギで深みある魅力が醸し出されているのだと思う。

彼のギタープレイも そうだ。
じつに繊細にして正確、しかも、メリハリきいてて強力。

 

これまで、マリリン・モンローやピート・バーンズあたりとの共通性を挙げてきたりしたけど、トシくってからの姿を見るたびに、まざまざと思い出すのが、ミシェル・ポルナレフです。

どこか女性的ながらも、しっかりと男性的でもある、
相反する外見上の特徴、
外見と内面性のギャップ、

音楽性とパフォーマンスにおける、際立った華やかさ、
アーティストとしての意外な幅広さ、

そのミシェルも、若い頃と、近年とのギャップが(苦笑)

 

母方の従兄が若かった頃、やっぱりギターやってて、音楽や機器にも凝ってて、
あるとき、デートを兼ねて、婚約者を連れ、来日時のポルナレフ コンサートに行ったときの話を、私が子ども時分に、聞かされた覚えが あるんだけど、彼女のほうが言ったには、
そりゃあ もう、演奏開始しょっぱなから、めちゃくちゃカッコよかったそうだ。

スリムだった若い頃には、どんな動きもシャープでセクシーでキマってたわけだが、

要するに、いまでは すっかり肥っちゃってるからねぇ。

 

彼には、数年前、すごく年下の女性との あいだで、かなりのショッキングな出来事が あったんじゃなかったっけ。

ささっと調べてみたら、この人、音楽業界にデビュー前は、兵役に就いたり、いかにも世俗の職業に従事した経験が あるんだね。保険会社とか。すんごく意外。

やっぱり、兵役は6ヵ月でクビだったそうな(苦笑)

上司と衝突して退職。(私も経験あるよw細かいことクダクダ言い続けるオッサン上司を向こうに回してタンカ切ってww)

 

かわいそうだわよお、兵役なんて、こんな最も似合わない人に。。。emoji

ロマンチックにピアノやギター弾いてるのが一番しっくり くる人だもの。

 

「フレンチ ポップス」と言い、ポルナレフ自身の楽曲も、どこか、映画音楽を連想させるような、ドラマチックな雰囲気のものが多いみたいね。

 

旧ブログでもアップして紹介したことが あったけど、

ほーら、りっぱな お鼻に、プッペのようなパッチリと澄んだ おメメ、
とーっても可愛いボウヤでしょ()

なんとなく、どことなく、スティーヴに似てるでしょ?())

 

  Michel Polnareff La Poupée Qui Fait Non

   

『愛の休日』も『愛の願い』も、ギター弾きながらカバーして歌ってましたわ。習ったことのないフランス語を、あてずっぽでマネしながら。

  Michel Polnareff Holidays

   
 

Updated   
2017.01.01 (Sun)

スティーヴのピックぽちぃ。。。

英語の翻訳は難しい。。。

“Cyberpunk”

 

すでに ご存じの読者さんも いらっしゃるかと思いますが、私は聴障者なので、日常生活のなかでは、母国語である日本語ですらも、聞き取るの大変なことが多いんですけれど、

そんななかでも、フシギなことに、聞き取りやすい人と、そうでない人とに、わりとハッキリ分かれがちなんです。歌声でも話し声でも。
ビリーの歌のコトバも、比較的、聞き取れるし、エリック・V・バードンなら、夢中になってた年頃に、さんざん、声を合わせて一緒に歌っていた おかげで、いまでも、エリックの歌を聴くと、歌詞がスルスル出てくるからエライもんで。そういえば、この二人、歌いかたとか、ちょっと似てる。。。

これも以前からフシギだったんだけど、

さきごろ亡くなられたカストロ氏の演説なんて、英語以上にチンプンカンプンの、私には全く無縁だったスペイン語でしょ?
なのに、何の前知識なく、ハッキリ聞き取れた箇所が、ごく僅かながらも あるうえ、全体を通して聞いてるうちに、ひょっとしたら、学校で中途半端に習った英語なんかよりも、よっぽど、いや、それどころか、わが日本語よりも、むしろスペイン語のほうが、学習していれば、もう少しは聞き取れやすかったかも?と思えたのです。

これは、、、

やっぱり、わらわの前世というのが、七色のヴェールを纏って舞い踊る、スペインの王女だったからなのか!?

というのは置いといて、

私の耳って、なんだか「相性判別機」?。。。
とにかく、自分でも奇妙に思えたりすることが。

まあ、しかし、こういった現象は、とらえかたによっては、しごく当然のことなのかもしれない。

 

 

さて、ここでも、ビリー・アイドルの最新アルバムから。

ビリーは、大人気だった若い頃に、喉を痛めてしまったのか、年齢による変化も あってか、いまでは、声の質が違ってるね。ふつうに しゃべってる声もガラガラになってる。ほとんど職業病みたいなものなのだろうか?まあ、ああいう歌いかたしてきてるわけだしね。

 

最新アルバムは(と言っても、すでに数年前のだが)、腕っこきのベテランたちによって、全体に、よく計算されているのだろう、
ビリー自身はイギリス人だし、録音したスタジオもイギリスでのようだが、全体にアメリカンなテイスト濃厚で(先行エントリーで紹介した
“Save Me Nowは特に、そんな感じ)、けっこうキャッチーな聴きやすさも備えていて、
他の曲では(あくまで私個人としての感覚だが)、ちょびっとセンチメンタル的な甘ったるさも感じたけれど、もちろん、そういうのも、嫌いでは ないわよ。

 

ビリー自身も認めていたようだが、歌詞は、彼自身の人生における様々な場面、であると同時に、

いろんな意味合いを忍ばせ、重ね合わせた隠語めいていて、
単一の解釈だけでは済まない構造であると、私は見たね。

 

スティーヴ・スティーヴンスが、ここでも、制作の あらゆる面で関わっており、もちろんのこと、冴えわたったギターを存分に発揮(それで、むかしのビリーには、おまえ、やり過ぎだろ!って怒られてたそうな 笑)

スティーヴ自身の、過去のソロ アルバムにおいては、すでに、「シネマ」をイメージしながら制作したという趣向は、ビリー・アイドルの自伝を下地にしてあるという当該アルバムでも活かされてることが感じられます。

 

(下記も、だいたいの意訳。正確かどうかは自信ナシ)

 

『苦い薬』

この道を降っていく

100万人を踏みつけてきた如くに

この街の通行止め全てを走り抜け

「スピードは、おまえを殺す」

というサインの全てを笑いとばした

俺を減速させるには、おまえが必要だった

 

飛ぶ方法を忘れていた

だが、死ぬ前には思い出すだろう

 

それは、俺が辿る曲がりくねったライン

乗り越える岩だらけの道

呑み込んだ苦い薬

おまえを、俺の傍に引き留めておくための

 

白人が、ブルースを歌う

そこに、明日が あるかのように

惨めさというものには常に、人種の偏見は ないから

俺は、無知と悲哀のための、あらゆる矯正手段を とった

この不道徳な精神を治療する何かを

 

そして

飛ぶ方法を忘れた

だが、死ぬ前には思い出すだろう

 

それは、俺が辿る曲がりくねったライン

乗り越える岩だらけの道

呑み込んだ苦い薬

おまえを、俺の傍に引き留めておくための

おまえを安心させておくための

 

疑問の理由を忘れていた

だが、死ぬ前には思い出すだろう

 

それは、俺が辿る曲がりくねったライン

乗り越える岩だらけの道

呑み込んだ苦い薬

おまえを、俺の傍に引き留めておくため

おまえを満足させておくための

おまえを、俺の傍に引き留めておくための


Satisfied
Satisfied

それは邪悪な世界だ、ベイビー

 

この道を降っていく

100万人を踏みつけてきた如くに

この街の通行止め全てを走り抜け

「スピードは、おまえを殺す」

というサインの全てを笑いとばした

俺を減速させるには、おまえが必要だったんだ

 

"Bitter Pill"