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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2019.02.25 (Mon)

【続】再び、「猿に教えられた」こと。の続き。

 

常に しがみついてくる子猿の握力は、ヒト族の あかんぼうを思わせるところだが、その何倍もの強い力なのだから、のべつ しがみつかれているほうは、そうとう痛いのが伝わってくるし、その状態で、いつも密着されるので、接触している箇所がムレて、ますます痒くて たまらないらしい。

母猿が、高い木に よじ登ったり、もの凄いスピードで走り回っても、子猿は、まず、振り落とされないのだから、推して知るべしだ。

 

そのうちに、母猿の疲労・ストレスと呼応するかのように、多くの場合は若い未出産の雌猿が、「キッド ナップ」という、子ども誘拐を実行するのだが、

もちろん、子猿は抵抗し、いやがって泣き叫ぶけれど、
母猿は、敢えて放置している。その間、
いっきに解放されたかのように、気ままに ほっつき歩いたり、好きな場所で、好きな食べ物を探したり。

そんなようでも、ほとんどの場合、抜かりなく、自分の子の居場所を把握していて、最終的には、頃合を見た母猿が、自分の子を取り返しに来るのだが。

 

まあ、そうするとも限らないのは、猿の母親とて、わが子に対する愛情が薄い?のか、あくまで自分優先するケースも ままあるようなのだ。

 

そして、そういう母親の子は、早々諦めざるを得ないのか、ひときわ痩せて小さなカラダで、ひとりサッサと歩き始める。

冷たい母親に執着しても、乳は一滴たりとも もらえず、食べ物も分けては もらえず、さりとて、要求すれば、激しく叩かれ、踏みつけられる。

そのままでは、どのみち、命にかかわることに違いは ないのだから、
恐ろしいけれども、ちっとも守ってくれない母親から離れて、自分の足で歩きだすほうが、少しは望みが あるか。

 

『アンコール トム』周辺の猿の場合は、押し寄せる観光客たちから、果物等を与えられることも多いわけなので、それは、猿たちの健康にとって、大きな問題が あるには あるが、辛うじて、餓死までは せずに済むだろうということも言えるのかなあ。

 

 

これは、珍しいケースなのかと思うんだけど。

他のボス猿だと、ほとんど「ヤーさん」wみたいな粗暴さで、いきなり何を やるやら、気まぐれなタイプが多いみたいだから、こういうボス猿は、やっぱり希少なほうでは ないかな。

顔つきを見ても、非常に賢いことが窺える「ボス」だ。
冷たい母猿に、いつもネグレクトされている子猿を抱きしめてやるボス猿。

 

子どもを可愛がる父親、子ども好きなオス猿も、けっこう いるようだ。

 

 

 

「ヤーさん」みたいなwボス猿なら、例のアブノーマルなマザコン息子に対して、むしろ親し気に接するのだけど
(自分も、凶暴ゆえ、仲間から敬遠されてて寂しいみたいw)。

だが、

上で挙げた動画に登場する、子ども好きのボス猿は、アブノーマル・マザコン息子に対しては、ことのほか厳しい。

なぜなら、知能に障碍が あり、精神年齢が低いせいなのか、ずぬけて巨体でありながら、年下の小さい子猿たちをマジでイジメる、異常発達であることを見抜いてるから。

「ヤーさん」タイプのボス猿でさえ、くだんのボス猿に対しては、自分から遠慮し、敬意を払っている。

 

人間も、いまだに、その傾向だろうが、

猿の社会でも、ほとんどのオス、父親は、子どもに対して無関心な傾向であり、何か教え込む場合でも、雌猿以上の手荒さだし、ボスとしての力を誇示せんがためだけで暴力を振るうことも多いようだ。
ただ、手加減しているふしは窺える。

次の動画は、子猿に しがみつかれて焦りまくるボス猿に大笑い。
母猿たちの呆れ顔にも注目w


必然的に、もっぱら母親のほうが、子との密着度が高いゆえ、普段は、いろいろ教えて、しつけるのも、雌猿が中心的に果たす役割のようだし、母猿どうしで助け合っていることも窺える。そんななか、

概ねは、自分の子に穏やかに接する雌猿は、よその子猿も優しく扱っていることが多いと見受けるのだが、

知的で優しい気性の猿の場合だと、それが自分の母親でなくても、子猿たちは慕っていくようすが見られる。

しかし、
「ハンサム ウーマン」な雌猿も、アブノーマル・マザコン息子に対しては厳しい表情を見せる。やはり、大きな ずうたいして、幼い子猿をイジメるからなのかもしれない。

 

次に紹介する動画に登場の「男前」な雌猿は、子を産んだことが ないらしいのだけれど、よその子猿たちに大いに慕われている。特に、「女王」格の娘で、「プリンセス」と呼ばれている子猿は、彼女に甘えたがってメロメロ()

猿なりに「社会正義」を持つことが垣間見えて、おもしろい。
しかも、ユーモラス。

 

プリンセス・ロリ子のブザー!警戒警報発令!!

それへ、アブノーマル・マザコン猿もヘンな声で参加w

クイーンは、つと立ち上がり、「ま、ここは私が」と、ボス猿のもとへ。

そして、まるく おさまった()

 

 

ちなみに、先日のエントリーでも、

子育てストレスを緩和させるためという側面もあるらしいことと同時に、

猿の社会では、若い雌よりも、「経験豊富な熟女」である雌猿のほうが、だんぜん、オス猿にモテるらしい、と述べた。

 

若い雌猿ほど、いわゆる「キッド ナップ」という、要するに、他の雌猿の あかんぼうを奪って、連れ去り、自分の子であるかのように振る舞っているのだが、

そういうことから、

つまりは、ミエで「子育て経験豊富な熟女」を演出したい、それが、ボス猿たちにモテる条件だからということも一因なのかもしれないと察せられたわけ()

 

極端な場合は、近くの人家から、子猫や子犬までも誘拐してきて、連れ回している しまつ。

もちろん、乳を飲ませてやることが できないのである以上、連れ回しているうちに、子猿でも、子猫、子犬でも同じことで、早いとこ取りあげないと、やがて、空腹のために弱ってくる。最悪の場合、死なせてしまう。

 

 

連れてきたものの、おなかを すかせて、激しく泣く子猿に、自分自身の乳は与えられないからなのか、この若い雌猿は、なさけなさそうな、とても困った顔を している()

寄せられたコメントのなかにも、この雌猿の顔を見て、大笑いした、という人が いる。
ちなみに、この子猿は、例のアブノーマル・マザコンの あかんぼ時代w

 

 


同じく、「キッド ナップ」された子猿の、猛烈に不機嫌な抗議ぶりのようす。でも可愛い()

誘拐されたまま、しばらくのあいだは、そのままなのだが、そろそろ取り返すべく水を向けてくる母親のほうへ、直接、自分から戻ろうとは敢えて しない、という屈折心理が窺えるような場面も あった()

 

この場合、子猿を抱いてる若い雌猿が「キッド ナッパー」、すぐ横や近くで見守ってるのが、母猿。子猿が泣き出しそうな顔しながら、目で追っている視線の先を見たら、おおよそ察しが つく。実の母猿に抱かれていると、明らかに落ち着きを取り戻すことでも分かる。

 

4:25くらいからのシーンが圧巻ですよ~()

この子猿の激しい癇癪ぶりを見ていて、自分が幼児の頃、親戚か誰かが買ってくれた、ゼンマイ仕掛けの お猿が、規則正しくシンバルを打ち鳴らす玩具を持っていたことを思い出した()

むかしは、あのオモチャ、一種の定番商品だったと思うんだけれど、いまでも売ってるのかな?


 

最後に、これまた可愛らしい男の子たちを紹介しておきます。

いたずらっ子で、聞かん気で、野生児らしい意志の強さを垣間見せるDopeyくん。

『白雪姫』の小人たちの一人と同じ名前なのね()

 

ソレは、おチチじゃないよ~()

おにいちゃん、困った困った()

 

 

こちらは、とても ちっちゃい、甘えんぼだけど、賢く、自立心あるTinyくんでーす。カワイイ!!


 

 

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Updated   
2019.02.25 (Mon)

再び、「猿に教えられた」こと。の続き。

 

さて、

おもしろいのは、まだ若くて、初めて一子を儲けたばかりの雌猿のほうが、子育て熱心だったりして、

むしろ、

すでに何度も出産・子育てを経験してきたベテラン母猿のほうが、子どもを邪険に扱ったり、ぞんざいに あしらい、早々と育児放棄することも多いという現象。

 

初めて母親になった若い雌猿でも、これが賢い場合には、第一子に対し、人間と同様に、あたかも「記念の子」よろしく、教育熱心なように感じられた。

まめに あやしてやり、何か語りかけているような そぶりさえ見受けられる。

 

歯が生え揃い始めたら、もう乳離れさせる時期を迎えたと判断するらしく、聞き分けのない子に分からせるための しぐさも、その若い母猿は、他の母猿たちと比べると、優美と言っていいほどの しぐさでもって、自分の乳首を、そっと手のひらで覆うようにし、静かに、子の口から遠ざけるのだが、

これが、ベテラン母猿となると、子の口を つねるようにして、乱暴に引き離したり、それでも言うことを聞かないと、
まだ あかんぼうと言っていいくらいの幼い子猿に つかみかかって押さえつけたり、ヒステリックに振り回したりする。

 

でも、何らかの脅威を感じたら、反射的に、子を持って逃げてる()

 

こういうのを見ると、母性愛の強さ、と言いたくなるかもだが、

もしかしたら、それは、やっぱり、

「子どもは、自分のもの」という「私物感覚」の現れなのかもしれない。

最近、日本の社会でも、深刻な問題となってきているところだね。

 

特に人間と似て、社会性の つよい動物である猿にとっては、おすでも雌でも、子どもという存在は、自分に、仲間たちから、生殖対象となる価値を高めて与えてくれる存在でもあり、また、

子が無事に育ち、成獣となった あかつきには、基本的に自分の味方、協力者として、一つのグループを形成していく要員ともなるわけだから。

 

それゆえか、母である自分以外の猿が、子どもにチョッカイを出したり、叩いたりしようものなら、たちまち臨戦態勢を とる。

 

なかには、互いに子どもを抱えている実の母と娘が、血で血を洗うような大ゲンカを繰り広げる場合も あるようだ。

理由は やっぱり、自分の子に対する扱いが気に入らない娘が、母親に激怒してのことらしいのだが、そういうところも人間と似てる?w

 

ただし、猿の場合も、厳格なヒエラルキー社会であるので、基本的には、自分よりも格上の相手なら、恐れを示したり、遠慮がちだったりもする。けれど、

ひとたび戦うことを決意したら、仲間たちと団結し、女王格の雌猿やボス猿さえも追放することが あるようだし、

そのへんのヒラ雌であっても、特に、子どもにかかわる場合は、いざとなったら、ボス相手に戦うことも辞さないようだ。

 

やっぱり、ヒト族の雌のほうが、おすに媚び媚びでダメダメかもしれないぞ?w

 

 

躾か虐待かw

この雌猿は、他の子猿たちにも恐れられてるほど、普段から凶暴な性質であるらしい。

ボス猿にすら呆れられるほど、権勢欲も強いらしいw

 

ただ、この場合は、上下関係に厳しい猿の社会において、親が食べてる最中、幼い子猿が無邪気に、それに手を伸ばしたので、激しく叱責している母猿がヒステリックに怒っていて、仲間の顰蹙をも買っているようだ。

 

こういう事態にエスカレートすると、興味深いことに、他の猿たちが三々五々集まってきて、くだんの親子を包囲するかのように、じろじろ見つめながら、にじり寄ってくる。

 

周囲の視線をチラチラ気にしつつ、子を痛めつけている母猿と、
急に凶暴になった母猿に怯える子猿の あいだを離そうとしたり、子猿を守ろうとするかのようにピッタリ寄り添ったりする、少し年上の子猿。

このような ようすが、多くの場合に見受けられる。

 

ほれ、ヒト族よ、特に、弱者叩きに励む「ネトウヨ」は、見習わないとなあ~ww

「猿並み」どころか、猿以下にされちゃうぞおwww

 

 

子猿の成長は意外に早いらしくて、小さな小さな見かけによらず、歯が生えそろってくるのも、特に早いケースでは3週間ほどだそうで、あんなシッカリした歯が生えた口で吸われっぱなしじゃあ、母猿も痛かろう。

 

子猿は子猿で、必ずしも空腹だから吸うのでは なく、

かなり硬そうな木の実を齧られるようになっても、なかばは遊びなのか、相も変わらず、母親の伸びきった乳首を吸いつつ、どこまで伸ばすんだemojiと言いたくなるほど、思いっきり引っ張ったりする。

 

そして、ある日、急に、優しかった母猿が、乳を与えることを拒むようになった意味が分からないのか、

それは もう、「なんでー?なんでー!?」と、必死で抗議する()

 

拗ねてギャン泣きする息子を、しかたなく迎えに来る母親w


 

(4:50ごろ)

「かあちゃ~ん、チチ、チチ、チチ~」

(よその あかんぼが、母乳を飲んでいるのを見てカンシャク)

「いーなあ、いーなあ、ボクちんも飲みたいよ~、ぷーぷーぷー!」

 


(
6:25ごろ)

これも片目が潰れてる母:

「ほれ、ニンゲンが寄ってきたさかい、はよう、かあちゃんの背中に乗んなさい」

甘ったれ息子:

「やだ~!チチ、チチ、チチぃ~」

母:「ほな やめときぃや!emoji

息子:「わーん!!emoji

母:「せやから、はよ乗れちゅうてるやろemoji

 

そうとう大きくなって、立派な歯も生え揃ってるのに、相変わらず、母親の乳を欲しがる。
しつこい子どもにウンザリし、持て余して、噛みつき、ひっぱたき、
突き放しても突き放しても、しがみつく子猿。

その唖然とするほどの敏捷さには、大のオトナの猿ですら、手の施しように困るほどだ。

その何分の一に満たなくても、人間世界では、オリンピック級の選手に間違いない()

 

だって、かあちゃんしか いないんだもんね、自分を守ってくれるのは。

かあちゃんに捨てられてしまったら、不安と絶望しか ないんだもん。

 

「えっ?あれ??かあちゃん、どこ!?emojiぎゃーん、かあちゃ~ん!!emojiあっ、これかな?かあちゃん!!」
(と、人間の靴を、かあちゃんと間違えて、すがりつこうとする子猿)

 

 

こっちも、片手が ない、身障者の かあちゃんに、いつまーでも、おんぶに抱っこの甘ったれw

母:

「これ、いいかげんに、背中から降りなさい!降りなさいんか!!降りろ言うてんのに」

娘:

「いやだあー!いやだあー!!」(ヒシと しがみつく)

母:

「ああ、重たい。。。ふう~、やれやれ」


 

こっちの女の子も、甘ったれ度では抜きん出ているw

2、3分見ていったら、かあちゃんに厳しく怒られて、ひいひい泣いていたところ、突如、凄まじい勢いで起き上がり、脱兎のごとくに追いかけていって、まーた飛びついてるようすが見られるw

一見ぶさいくだけど、よく見ると、いかにも女の子らしい、おずおずとした可愛い表情を しているよ()

 

だいたい、大きくなっても、異常なほど母親べったりの子猿は、平均よりも警戒心が つよく、内向的で小心な性質と見える。それは、ある意味で賢いからでも あろうが、そうでない場合は、知能や精神年齢に問題が ありそうだ。

 

この女の子の母親はね、ある日、グループ間の闘争か何かで死んでしまい、それ以来、娘は一人ぼっち。

おとなしいし、もともと、よそのオバサンらに、いじめられやすかったみたいなのだが

(猿の社会では、母猿に、いつまでも依存して、自立心が薄いと、憎まれやすい傾向と見受ける。それは、子育てのストレスを、母猿どうし共有し、理解し合っているからなのかもしれない。ただし、あきらかに知能面に問題が あって、精神年齢が異常に低い息子が、かえって、母親に過保護に育てられているケースも あり、また、父親やボス猿は、「男どうし」ということなのか、母猿に代わって容赦なく噛みついたりして叱責する)

これまで守ってくれていた、優しい母親が居なくなってからは、ますます、よそのオバサンらに噛みつかれ、
知能に問題ありのマザコン・アブノーマルな、幼なじみのオス猿
(←精神年齢が異常に低いわりに、からだはデカく、性欲は平均以上ときてる)には、初体験の相手として利用されてレイプされた。

もう、さんざんな毎日。

 

【続く】

 

Updated   
2019.02.24 (Sun)

の年末・年始に:なんてステキな お猿の世界w

この年末・年始に:ヒトから猿へ返れ?w

この年末・年始に:人は、獣に まさるところなしw

 

今回のエントリーも、多くは『アンコール トム』の猿の社会なんだけど。

これから紹介する動画の いずれも、ちょっと長めなので、ゆっくりできるときに、のんびり眺めてくだされ。

(それと、音声に大きな雑音が入ってることが殆どなので、音量を調節してくださいね。)

いろいろ興味深い場面が多いですよ。

 

その前に。

最近、とあるタレントさん、この人は、女医さんでもあるそうだけど、このたび、オリンピック候補だったらしい気鋭の若手選手である女性が(疎いので、全く知らなかった私)、思いがけずも、大変な病気になってしまった件についてコメントしたということで、

「スポーツ選手は、病気になり易い」云々と発言したそうだが、
それに驚いている人たちのほうに、私は驚いたわ。

 

ン十年前の若い頃に、私なんかは、

「スポーツというのか、特に、戸外で走ったりする系のスポーツやってる人って、たしかに、動きがキビキビして、それ自体は、いかにも若々しいと言えるだろうけど、これが容貌の面とかになると、意外なくらい老けて見える人が多いね」

と指摘してた。「活性酸素」も絡んでるんだろうなとも言ったけど、
だいたい、過酷なことやってると、心身の負担が大きいのアタリマエだわな。

でも、そういう過酷な状況に、みずからが飛び込んで、しかも、耐えられて、やり遂げられる、ということ自体に、そもそも、心身の両面で、人並み以上の有利さを備えているわけでね。

 

それから、

「子どもにとって重要なことは、愛情よりも安心」という内容の、専門家筋のコラムを読んだんだけど。

まあ、ご尤もな示唆ですが、しかし、このことも、私なんかでも、数十年前も前から察していたことで。

要は、「安心立命」ということかな、と(微妙かもだけどw)

先日のエントリーでも触れたが、

「もともと知らないものを、それが足りないんだとて、不足に思うものかな?」

と。

要は、落ち着きなんだろう。

 

私は、大学も出てないし、およそ専門的な学問教育を受けたこともない。ただ、このブログでも再三ことわっているように、自分自身の経験・体験による観察・洞察から、直感・直観を駆使して、思うところをを述べているだけ。

その結果、特に、「心理学」の方面では、そうじゃないかなと自分なりに察していたことが、大学で教鞭を とり、長年を研究に費やしてきた立派な学者や識者たちの出した結論と合致することも よくある。
なので、もともと、大学進学するなら心理学を専攻しようと思っていたことの動機にもなってたんだけど。

 

えらいセンセイがたが提唱した論説を殆ど知らないし、
私以外の人から、人生についての、これというほどの参考を得たことも少ないと言うか、もの足りなく思うことのほうが多いので、ほぼ自分自身で辿り着いた答えだ。ただ、残念なことには、時すでに遅しということも、これまた多いから、正解が分かっても、手の施しようが ないことも多いんだけどね(苦笑)特に、障碍のことは。

 

私から見ると、「この専門家、研鑽と洞察力が足りないな」と思えてしまうことも少なくない。

私みたいな、ハッキリ言って人並み以下の学歴や心身の状態にある者に負けてて どうすんだよ、と、しまいには腹が立ってくることも多い。

恵まれた環境で、「ぼーっと生きてきたんかよ?」とねw
キツイこと言ってしまってゴメンナサイだけどね。

 

 

まあ、「ヤフゴミん」の浅薄なコメントのパターンは、いつもいつも、どっちかだけのスタンスでしか考えられない特徴が まる見えだから、ここでも相変わらずでトンと忘れられ、すっ飛ばされているのは、

実親から離されて、養子先の家庭とか公共施設等で育った子どもは、じゃあ、どうなんだ?ということ。

 

 

たとえば、猿の あかんぼうの実験で、針金細工の疑似母と、柔らかいファブリックを着せた疑似母とを用意して、子猿が、どういう行動を とるかという実験が あったそうだね。

ただし、乳が飲めるのは、針金の疑似母。

結果、あかちゃん猿は、乳を飲みたいときは、針金の疑似母へ、眠るときは柔らかい素材の疑似母へ しがみつく、という行動を とったんだそうな。つまり、

言わば「機能」によって、「母親」を選り分けることを覚えた、とも見える。

これが良いのか悪いのかは、よく分からない。

 

自然本来なら、乳も安眠も、実の母親のみで満たされてしかるはず、なんだけれどね。

「自然」のままでも、実母によって授乳できないケースは あり、だから、「もらい乳」ということも あったし、

昨今の国内情勢を鑑みても、実の親によって「安心」が確保されるもの、とは、とうてい、言えなくなってきた。

 

 

人間が、あかちゃん猿を育てる場合にも、ヒトの あかちゃんに授乳するときと同様、横抱きするなりして、包むように抱き、その状態で、哺乳ボトルの乳首を吸わせながら、その間、じっと見つめ合うことによって、「親子としての絆」が醸成される、というんだけどね。

たしかに、ヒトの子でも猿の子でも、乳を飲んでいるあいだは、授乳者の顔や目を、じいっと見つめてるシーンが多いわね。

 

 

上記に挙げた記事に付いた「ヤフコメ」も、それっとばかり、「ミー トゥ」的なコメントがズラリ並んでいるという毎度の現象で、こういう場合、それらのコメントを読んでいるうちに、私自身が当事者でもあったせいか、よけいにウンザリしてきて、ササッと流してしまいがちなの。

私は、ふだん、真剣に悩んでいる人の話を聞くことを厭うタイプでは全然ないんだけども。。。

 

なぜ、とりわけ「うんざり」してしまうかというとね。

その代表的な違和感というのは、手短に言って、

「ああ、そう?

そんなに、虐待された結果、『自己肯定感』が酷く損なわれ、『承認欲求』が強くて、とアナタは言うけれども、

だいたい、本当に虐待の影響が酷いと言える場合、まず、『承認欲求』のためにガンバる

(こういうガンバりは、そもそも『自己愛性人格障害』者に顕著に見受けられるところ)

それを満たすために遂行する気力も体力にも乏しいのよ。

ともすれば虚しくて無気力に陥りやすいからね、ほんとうにダメージ酷いとね。

そのうえ、

よくも まあ、子どもを拵える気になれたもんよねえ?

私の観察によれば、
えてして劣等感が つよいからこそ、何が何でも人並みをと、

要するに、人並みに家庭を持ち、親になることで、押しも押されもしない、人並みになれた、と、俗世間の価値観に従って、劣等感を慰撫しようという心理が はたらいているように見えるのだけれど、

『自己肯定感』が徹底的に損なわれているのだ、と頻りに主張するのに、

なぜ、『子どもを幸せにしてあげる』自信が持てていて、
『幸せにしてやる』ために子どもを産めたのか。

中学生時分に、『生まれてきたことを、自分で肯定できないかぎり、子を産むことは すまい』と決心していた私には理解の外だわ」

と思ってしまうのよ。

 

もちろん、ハナから人並みか、自分は それ以上であると自負している人たちは、何らの疑問を持つことなく、当然のこととして、人並みに、子どもを拵えるわけよねw

 

現状の自分は、俗世間の価値観にラッキーにも上手く乗っかれているのだから、したがって、このままで良いのだと満足している、
さしづめ『自民党』や安倍政権を強く支持している一部の既得権益・富裕層みたいなもんだwとにかくマンセーだww

 

だから、そういう人たちに、ほんとうの哲学的精神は持てなくてフシギは ないし、

深い話を する気にもなれやしない、私はね。

 

へたに話すと、彼ら彼女らを混乱させ、

あるいは、

「この人、障碍者だし、家庭環境も人並みじゃなかったそうだから、そんな考えかたになるんかね」と、アワレまれるのが せいぜいだ。
こっちが疲れてしまう。

ましてや、
すでに親になってしまってる人らには、めちゃくちゃに猛反発させるだけだから。

 

うちの両親も、家庭環境が悪く、血縁関係も複雑だったし、その延長で、ますます血縁関係も人間関係も、より複雑化した家庭を拵えてしまうくらい、問題が大きい成育歴だったが、

それでも、劣等感に猛反発する勢いで、あるいは、人並みになってやるという負けん気でか、いやいや、何にも考えてなかったようでもあるけれど、

とにかく、少なからぬ数の子どもを持ってしまった以上、

しかも、
まともな からだにも育てられずに敢えて放置していた現実を直視できずに、頑として、自分らの凄まじいエゴを認められなかった。

 

なので、

私自身は、実際の日常生活においては、当たり障りなく「ああ、そうですねえ、そうですねえ」としか言わないようにしてるw

すごく物分かりの良い人だと思われてるよ、たぶん。もしかしたら、単に、くみしやすい、単純なタイプだなと思われてるかもだけどww

しかしながら、単純さこそは、複雑のタネwww 

【続・続】「生まれぬが幸せ」

 

さて、それでは、

いきなり、そうとうにキツイ場面から紹介するのであるが。

これは、体調を崩してしまった年老いた母猿が、辛うじて出産したものの、生まれたばかりの子猿に母乳を飲ませてやるどころでないほど苦しい息のなか、当然のこと、あかんぼうが、気には なるものの、どうにもならず苦悶しているところへ、長男である若い猿が、ようすを見に来た、

瀕死の母親を心配し、あかんぼうである妹を不憫そうに、涙を溜めているように見える眼で見つめるシーン。

 

ほとんどの場合、病気になったら、死期を迎えたら、このように苦しむのだ。それは、人間以外の動物も同様の現象で。

 

「かあちゃん、もうダメだあ~。。。」

 

この乳児の猿は、母猿が死んでしまったあとも なお、乳を求め、必死で しがみついていたが、もちろん、そのままでは、母親の後を追うしかないのは必然。

結局、レスキュー隊が、救護施設へ連れて行った。無事に育ってるのかな。。。

 

 

こちらは、産んだばかりの子を亡くしてしまい、じつに哀しげな声で泣く母猿。なおも未練そうに、死んだ子をグルーミングしてやっている。

 

 

【続く】

 

Updated   
2019.02.14 (Thu)

【続】「生まれぬが幸せ」の続き。

 

さて、最後になったが、本題。

 

哲学や宗教としてでは なくて、

あくまで法律としての面で考察するのであれば、現実的・実用的というのか、早い話で片付けられそうだわね。

つまり、相続絡みといった一部の場合を除いて、

「胎児には、人権は認められない」。

ということで、

はい、却下!w

となるんだろうけどね、ただし、日本では。

 

インドでは どうなんだか、調べてみても、わかんなかった。

古来、各種の宗教色が濃い国柄だし、

女性や女児の人権が、そうとうに混沌とした現状では、胎児の人権など考えてるどころじゃない次元かもね。

 

だけど、

そもそも、「意志表示」というものが できない者には、人権は ない、ということとなれば、意味深なことではある。

もちろん、現実的な問題も生じるし。

胎児でなくても、意志表示が可能でない人も存在するのだからね。

石原チンタロ爺さんあたりは、躊躇なく、人間としての範囲から外すのかも しれないけどw

 

 

ま、自分は生まれて生きて、いちおう満足してる、あるいは、幸せだ、と言える人は、素直に感謝しておれば いいことで、

自分よりも艱難辛苦を味わっている人を指して嘲笑したり、侮蔑したり、罵倒したりは、厳に慎むが よい。

そういう行いを見るにつけ、

「ああ、この者、ほんとうには、自分自身が不満タラタラの心であるのを、他者が そうであると見て、ケシカラン!と非難しているのだな」

と、見抜かれてしまうよ。

 

 

ところで、

「憂きことの尚この上に積もれかし、かぎりある身の」……

と、
ここまでエネルギッシュなことは、私は、よう言わんし、すでに、おなか いっぱい。

けれど、

誤解している者を多く見かけるが、

自殺でさえも、実際には「自由」とか「選択」では ないのよね。

本人としては、追い詰められ、のっぴきならなくて、まさに「不自由」ゆえのことなんだから。

しかも、

失敗したら、目も当てられねえ。

今度こそ、自殺を図る行為すらもできなくなって、カンペキなる不自由に陥る場合も ある。


 

 

「意志」って何なのか。「自由」って。

ほんとうのところ、そんなものが、われわれに あるんだろうか?

 

 

Updated   
2019.02.14 (Thu)

「生まれぬが幸せ」の続き。

 

かく言う私、
若い頃、『ウパニシャッド』に興味と共感を持ったことも あった。

ぶっちゃけ言うと、

いわゆる「カルマ」が どうこうといったことについて、頷ける気持ちが全く ないでは ないのよ。

だって、

それこそ、「生まれることを自ら選んだ」覚えはサラサラないけれど、

敢えて言えば、

親でもない、それとは全く別の、正体不明の存在に、

「ほーれ、あの愚かもん夫婦のとこへ、生まれに行ってやらんかーい!!早う行けー!早う行けーー!!そりゃーーー!!!」

蹴っ飛ばされて、泣く泣く、生まれさせられた、

ような感覚なら、なんとなく ある。。。(苦笑)

 

とは言っても、

私は、泣き声を あげるどころか、黙ったまま、

ほとんど死んでる状態で産み落とされた。

 

放っておいてくれたら、ほどなくして、きげん良く?死んでいったはず。

ほんと、リーヴ ミー アローンですわ。

そのまま死なせてほしかった。。。

 

しぶしぶ、生まれさせられたというか、蘇生させられてしまったのよw

とほほ。

おかげで、

最後の最後まで、あの愚物夫婦に つきあわされてしまった。

 

 

腹のなかに居るあいだにも、無知で愚かもんの不倫妊婦である母親に虐待されてる状態だったんでね。

酒責め、予定日が、とーっくに過ぎていても完全無視、

そのあげくが、

胎盤ズル剥け剥離で、栄養どころか、酸欠状態に晒されていたんだから。

 

体力なく、虚弱、おつむの回転ぐあいは常に、ぼーーーと停滞状態なのも、極限に置かれていた胎児時代と、続く大難産の悪影響が終生、つきまとっていたゆえだろう。

 

 

うちの親らは、特に母親は、父親と、その連れ子に対する強烈な不満から、

「出来損ない」だの「おまえなんか産むんじゃなかった、おまえのせいで、おかあさんは損してる!」

などと、罵倒し続けた。

 

すべてを見届けた いまなら、私は言えるよ。

「オマエさんらの、少なくとも、晩年、老後は、誰の おかげだと思ってるんだ?あーん?emoji

とね。

 

それを言っても しょうがない、それならば、そっちも、

「おまえなんか産むんじゃなかった、わたしは損してる」

などと、下劣なセリフをホザクな、ってことよ。

こちとら頼んだ覚えは ねえよ、と言いたくもなるわいな。

 

親子が逆転していて、母親を常に心配していたのは、娘である私のほうだった。

親父の暴行から庇い、あらゆる人からの抗議やイヤミにも、本人の知らないところで、私が謝罪していた。

 

 

さてさて、

人間は、「本能を逸脱」していると言われるほど、知能が発達してるだけに、いろいろと余計な、どうかしたら邪まな計算も入り込んでくるのよね。

子どもを産むことにも、「エゴ」が入ってき易いわけ。

 

たとえば、昔なら、

「最低でも、墓守を継ぐ者が絶対に必要だったんだ。だから、好きでもない相手と結婚せざるを得ないことも多かったし、子どもが できないというのは、大きな問題だった」

とは、
まさに、子どもが できない伯母の家に養子として連れ込まれた、実家の親父から聞いた話。

(せっかく、大金持ちの家に生まれたのに、田舎の貧乏人に、もぎ取られるように連れて行かれて、かえって迷惑な事態になったんでねw)

「跡取りが必要」とか、

「子どもが できたと迫れば、彼が結婚してくれるかも」とか「子どもを孕ませたら、俺のものになるかも」とか。

 

子どもを幸せにしたい、では なくて、

ほんとうは、自分が幸せになるためにと期待して産むんだ。ほとんどの者は そうじゃないかね?

もっとも、子どもによって幸せになれたよと思えるなら、それは それで、結構なことなんだろう。

 

 

「単に(子どもを)欲しかったから」という単純な理由は、最も素朴な理由だわね。

むしろ、それくらいのほうが好ましいのよ。

結婚でも何でも そう。

 

うちの親みたいに、あれやコレや、邪念と欲望を下地に、狡猾な計算を巡らして、というよりは、ずっと。

目的を持って、いろいろと事前に目論むタイプは、わたしゃ、鬱陶しい。不自然さが鼻についてしまう。

 

 

ただね、

「エゴ」で産む、ってのは、猿のように、人間と似た社会形態を持つ動物にも、多少は見受けられるようだ。なぜなら、

この あとのエントリーで再び取りあげるつもりだが、

子どもを多く持つこと、子育て経験が豊富であること、というのは、オス猿の生殖相手に選ばれやすい、すなわち、雌猿にとって、一種の「ステイタス」を得られる手段でも あるようだから。

 

母猿が、死んだ子猿の死体を、いつまでも未練がましく、それこそ干からびてる状態になっても連れ歩くのは、そのことにも関係していそうに思える。

 

次回のエントリーでも、例の『アンコール トム』で、社会生活を営んでいる猿たちの動画を幾つかピックアップする予定。
眼を背けたくなるような場面も あるけれど、
ヒト族の社会の原始を目撃しているかのような、とても興味深いものなので、ぜひ、見てみて、そして、考察してみて。

 

 

殺人であろうが何だろうが、それを行えたということは、可能だったからだ。

「この世」が許しているから、それを行える。

そこで、これも哲学的テーマとして取りあげられるのが、

「人を殺して、なぜ悪い?」。

 

しかし、それじゃあ、おのおの剣呑で困るんで、知性と理性が発達しているはずの人間は、あらゆるルールや法律をワンサカこしらえて、お互いに、身を守ろうとする。

そこからハミ出たら、または、バレたら、罰される。

それが、人間の歴史と社会。

 

 

「それを言っちゃあ始まらねえよ」としか言いようのない、くだんの訴えを掲げた男性の御両親ともに弁護士ということなので、

それで、裁判所を、言わば、親子ディベートの場にしちゃえ、というアイディアでも出たのかしらと思ったんだけど、

息子さんは、じきに30歳代に手が届く年齢、そのトシで、いまさら「論理的思考育成」も ないわいなw

【続く】