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Updated   
2019.02.14 (Thu)

というのは、おシャカさまのコトバじゃなかったかと思ってたんだが、検索しても出てこないので、記憶違いかもしれない。

でも、ショーペンハウエルあたりが、とか言うけれど、錚々たる西洋哲学の大家たちよりも、ずーっと昔に、そういうことを喝破したのは、やはり、お釈迦さまだろうと思う。

とは言え、王子時代の彼は、すでに自分の子が いて、その後に出家したそうだけれど。

 

 

お釈迦さまと言えば、「悟り」。

ほんとうに悟りを開いたとなれば、以降、生まれようが生まれまいが、いっさい、頓着しなくなりそうなもんだがね。

生まれるも良し、生まれぬも良し、と鷹揚にw

 

 

「神」なるものを希求するのも、人間ゆえだ。

人間は、他の生物と比べ、知性が非常に発達しているので、意味のないものには耐えがたい。

快楽に理由は なくても よかろうが、
苦痛を伴っていれば、理不尽さや無意味さには耐えられないからだ。

 

およそ宗教というものは、源を、肉体ゆえの煩悩に発する。

だから、

大概、どの宗教の戒律を見ても、

肉体の超克

を目指すようなものが多い。

肉体こそが、この世を「苦」ならしめているからだ。

 

もちろん、そこへ、快楽というものも多少なりは加わるのだが、

圧倒的に、「苦」の存在が大きい。

 

 

「生まれるの、やめときまっさ」

と流れていった胎児の話は、芥川の『河童』に登場するんだっけ?

 

 

「本人の同意なしになぜ生んだ?」インドの男性が両親を告訴へ

2/7() 17:26配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190207-00010006-huffpost-int

 

うん、まさに好事家的というか、高等遊民的な、そしてナンセンスな提案では あるだろうけれどもw

これってのは、永遠の哲学的テーマとしての典型よね()

ほとんどの人は、若い頃に、一度は考えたことあるんじゃないの?

 

あるいは、この「自分」とは何か?とね。

まあ、これに関しては、イタリアか どこかの学者さんが提唱したらしいが、ある一個の肉体の内側を通して見たり、聞いたり、触れたりなどすることによって、これが自分で、自分そのものである、というふうな感覚が できあがっていく、という説が、私は、もっともだと思う。

ある意味、「自我」って、その程度なんだ。

脳という、肉体の一部をチョチョッと弄っただけで、記憶・性格・気質までもがコロッと変わってしまうそうだし。

 

このことは、いつぞやのエントリーでも少々触れたけど、

「リサイクル」。

少なくとも、「この世界」では、おそらく、すべてが物質ゆえのことなのだ。

もちろん、肉体も、そこから生じる心の動きも、この物質世界ゆえの現象に含まれる。

 

 

さて、この記事に付いた「主コメ」の一つには、そして、諸手を挙げて賛同している大量の「従コメ」にも、心底、呆れてしまった。

同意ができると考えてるなら拒否もできるはず

それは違うよおw

チミたち、はなはだズレてるよww

まったく分かってないね。やれやれ。

 

だって、

同意するも拒否するも ないじゃん。

そもそも、ハナから聞いても聞かれてもないんやがなw

 

ふつうに、われわれの日常生活のなかでも、基本的として心がけてると思うけど、

当事者本人の同意を得てもいないのに、勝手に実行するなー!

ってことでしょうよ、言いたいのは。

 

でも、それが罷り通っちゃうのよねー。

 

「本人の同意をー」云々とメクジラ立てるのは、

たとえば、「神」の存在を求めちゃう心情と同様、あくまでも人間ならではの、そして、その社会におけるものであって。

自然の摂理は、そんなことに お構いない。

「出物腫れ物ところ選ばず」ぢゃwww

 

 

およそ哲学の初歩レベルのショッパナから、外れてしまってる代表的な思考停止コメントを挙げてみると、

「無よりは有であるべきだ」なーんて断定しちゃってるコメント投稿者ねw

チミは、哲学的センスを持ち合わせていないのだから、こういう話題には参加しないほうが無難だわよww

 

根本的に、

なぜ、「無では いけないか」。

なぜ、「有のほうが良い、望ましいと言えるのか」。

ほれ、答えてみな?wほれほれww

 

哲学というものはね、何ごとも、徹底して根源根本を考察するの。

あってアタリマエの感覚を大前提には しないのよ。

そこに、自力で気づけない人は、そもそも、自分は哲学的センスを備えていないんだと悟ったほうが いい。

 

 

まあ しかし、このように、

「同意を得ていなかった」こと、すなわち「拒否しなかった」ことにイコールであるとか、「同意が できると考えてるなら拒否も できるはず」とかいう、のっけからズレズレなコメには、「完璧な論破」と称賛の列だわ()

 

案の定で、見るからに「ネトウヨ」まる出しなプロフィール画像を掲げてるところを見ると、しょせん「ヤフゴミん」は、このレベル。ぜんっぜん、哲学方面の適性ゼロwわかってたけど、あらためて、ため息が出るww

 

無理して、こういう話題に参加し、滑稽なくらいにズレたコメント投稿するのは よして、気が狂いそうなほど大好きな「特ア」関連とかミリオタ向きの記事にでも飛びついてろよ、いつものようにw

あさはかが剥き出しになってる自覚もないんだから、哀れさえ もよおしてくるぞww

 

それとね、

「精子」も「卵子」も、おとっつあん、おっかさん、それぞれのカラダが持つ機能や生理反応の一部でしょ。

そこの「ヤフゴミん」ら、わかっとるかい?

なぜに、
おとっつあんの「精子」が、おっかさんの「卵子」目指して突進して行ったのは、まだ胎児にすらなってない、その時点では影も形も ありゃしない自分自身が突き進んで行ったからで、それ自体をもって「同意した」と見做せる、なーんて、えらく支離滅裂なことが言えるんだよ
(^_^;)

 

父・母と自分の違いは分かるかね?

もしかして、同一視してるんかな?

「ネトウヨ」や「ウヨ」の特徴的思考回路だからなあ、自他の区別が曖昧模糊で、つい「同一視」してしまう傾向性が大というのはw

 

それと、
「ネトウヨ」らは、子どもを産むのは、愛国の義務!みたいに思ってるらしいから、そりゃあ、生まれることに文句を言うなんて、「不孝」で「不忠」で、けしからん非国民!と思うんだろうなw

 

まっ、「ヤフゴミ捨て場」は、いわゆる「ネトウヨ」系の巣窟、
こんな思考レベルの連中に、およそ哲学的考察なんざ、ハナッから無理ムリ!(ヾノ・∀・`)ムリムリてなもんだけどw

 

辛うじての救いは、せいぜいのところ一人か二人か三人くらいかな、
まずまずな解釈を してるのは、しかし、そのコメントには、青ポチわんさかw

 

 

もう亡くなられたが、生前は個性派で鳴らした、ある有名俳優さんは、

「子どもを産み落とすということは、この世にツバつけるようなものだ」

と おっしゃってたのを思い出す。

 

もう一つ、思い出すのは、

おとうさんが、たしか、黒人の米兵だという、(もと?)女子プロレスラーの何と言ったっけ、名前は失念してるけど、
彼女が思春期の頃だかに、イジメの原因になってたということで、

あるとき、おかあさんに向かって、なぜ勝手に産んだんだよ、と文句を言った。

すると、おかあさんは、

「ああ、勝手に産んだよ、それが どうした」

とピシャリ答えたんだと。

 

そのことを取りあげて、

むかし、例の『汚気・愚』で、「生まれぬが幸せ」についての質問投稿したことが ある。

 

あそこのサイトでは大概、何のつもりなのか、いきなり噛みつかんばかりの凶悪な回答者が出てくることが多々あるんだけど、

そのときも、おそらく、回答している自分自身が、親として忸怩たる状態に あるのか、または反抗期の子どもに手を焼いていたのか何か知らんが、

えらく無礼で屈折しまくったオッサンが、さっそく乗り込んで来て、さんざんヒステリックに八つ当たりの説教したいほうだいしていきよったことが あった。

口先で説教している内容と現実のあいだに、大きな乖離が あるんだね、ということが窺えるってもんです。

 

 

【続く】

 

 

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Updated   
2019.01.06 (Sun)

この年末・年始に:ヒトから猿へ返れ?wの続き。

 

「何見てんのよ!見せ物じゃないわよ!!emoji

だめ息子を撮影されて、歯を剥いて怒る母猿のほうも、この息子の二の舞になったら困るからというつもりでか、少し大きくなり始めた娘に対しては、ことのほか厳しく あたり、ずいぶん早いはずなのに、乳離れを急かす。

 

この娘は、わがままなアニキの とばっちりで、わりを喰わされたあげく、まだ子どものうちに、交通事故で、あっけなく死んでしまったそうな。

 

長男の育てかたに失敗したからとて、他の雌猿に比べると、じゅうぶんに出る乳も敢えて与えてやらず、罪もない娘には、何かと厳しくして、ある日、思いがけず死んでしまった娘を嘆き、いつまでも呼び続ける母猿も また、多くの閲覧者の軽蔑を買い、

「息子とは大差つけて、幼い娘にはネグレクトしてたくせによ」

と批判されていた。

 

 

ところがね、この母猿、なぜか、ボス猿にモテるんだわ。

片目は潰れてるし、けっして、器量良しでもなく、人間で言えば、巨乳というか、まあ、つまりは おでぶちゃんなんだが、

自分の息子に大甘であると同時に、他の猿の子どもも、よく あやしてやったり、毛づくろいしてやったりしてる。本来は、子どもが好きなのね、この愚かな母猿も。

 

こういう面は、自分の子を大事に育てている母猿に共通するのか、他のグループの雌猿のなかにも、似たタイプは いた。

もっとも、そっちの雌猿の場合、くだんのマザコン息子の母親よりは聡明で、自分にベッタリしてくる長女の嫉妬深さと、気立てが良くないのを見抜いていて、あかんぼの妹にチョッカイ出すたびに、姉娘を厳しく怒っていた。

 

仲間たちに穏やかに接し、怒っている若い雌猿には、すみやかに謝り、なだめるのだが、

基本的に、いつも子どもを抱きしめ、こまやかに見守りながら、慎ましく座っている。

それが、
どこからか、若い雄猿が闖入すると、仲間に加勢を呼びかけつつ、自分は赤子を抱えたまま、勇ましく撃退に向かう。

あっぱれですなあ。そこいらの人間の雌よりもアッパレである。

 

 

ところが、
ある日のこと、体調を崩したのか、しかたなく、気立ての悪い長女に、妹の子守を させつつ、気分の悪さを堪えているようだったが、何が原因になったのやら、片足が壊死したようになって、そのまま、姿を隠した。

 

ついには、
撮影隊メンバーが探しに赴いた遠い森の片隅で、すでに、土に還り始めた死骸を発見したようだったが、

あわれ、まだ乳飲み子のうちに取り残された妹は、よからぬ たくらみを秘めているような、見るからに冷酷そうな顔を した長女の腕のなか。

以後、

若過ぎて、子育てなんて到底ムリなうえ、母親を めぐって、かねて嫉妬に満ちた長女に、案の定、さんざん虐待され、行方不明となってしまった母の乳も飲むことが叶わなくなったので、地面に落ちているものに必死で腕を伸ばし、拾って食べようとしても、見かねた人間が何か与えようとしても、意地悪い姉が、ことごとく、邪魔を する。

 

レスキュー隊が救出したとき、すでに遅し。

飢餓状態が極まってしまっているから、栄養摂取も進まず、皮肉にも、母親と同じく、足を痛めつけられたまま、回復しきれずに、ほどなく死んでしまった。

 

 

そりゃあ、行き届いた世話を してくれた情愛深い母親ならでは、いつまでもベッタリつきまとい、未練がましく、どんなに大きくなっていても、かつて自分のものだった乳を独占している、下の きょうだいを憎む、嫉妬深い長男や長女。人間世界でも ありがちよねw

 

 

うちの犬を見てても思ったように、野性や動物の世界では、子どもを可愛がる母性豊かな熟女のほうが、オスのウケが断然、良いようだw

人間の価値観とは違うと言うか、特に日本の社会とは真逆なのかもね。

 

「マチュア」よりも、どこかは青いまま、どこかは黄色いまま、脚は棒切れの如くして、首筋は鶏ガラみたいに痩せぎすの「オコチャマ」が大好き、

そして、自分の子どもよりも、他人の産んだ、大きな子どもである「おこちゃま男」を最優先にしてくれる雌女(メスジョ)が大好きw
なぜって、

どうしようもなくアホでバカで、何につけても、心身ともに さえないオスで あるにも かかわらず、全面的に受容してくれる。
こういう雌女こそは、俺にとって最高の母性の持ち主だからだ!!w

 

「他の男とのあいだに産んだ子どもを殺せ」。

猿でも やらんみたいだよ?自分以外の男の子どもは殺すなんて、少なくとも、私が閲覧したマカク猿たちの社会では。

 

親と はぐれて、泣きながら呼び続けるマザコン猿を、ずっと傍について見守ってやったりする。

「グルーミング」も、小さい若い猿が、おずおずと求めると、時間を かけて丁寧に、虫取りを してやり、つきあってやる。

 

そうかぁ、「ボス」や「ボス」候補になるには、ガタイが大きくて、ケンカが強いという条件だけじゃダメなんだ。

人望ならぬ「猿望」も確保しないとならないんだなあと理解した。

見習うべきよね、人間社会のほうがw

 

強くなくては、生きていけない。優しくなくては、生きていく資格が ないって、チャンドラーは言ったもんだ。

 

けれど、猿の世界でも、優しく、良心的で、ものが分かってる賢さ、誠実さを備えている者が、あっけなく死んでしまい、

素直で無垢な者ほど、虐待や苛め殺されたりして、

結局は、

嫉妬深く、おそろしく執念深く、拒まれても拒まれても徹底的に自己利益を求め続けた者が生き残ってるのは、あのマザコン息子や、妹殺しの姉が証明してる。

 

 

人相ならぬ猿相だってあるみたい。

冷酷な姉猿は、冷酷な顔つきだったし、

マザコンあほ息子は、アホまる出しの顔してたw

 

閲覧者のコメント欄には、

「妹殺しに餌やるな!」

「バチが当たることを祈る」とか、

「マザコンのヘンタイ息子は、とっとと追い出せ!」

「このバカ親子!」

「周囲を見張ってるつもりのボスの父親の眼は、UFOでも探してるんだろう。結局、何も見ていないのだ」

と、人間たちの揶揄と怒りの声が並ぶ。

 

「あの姉猿も、まだ子どもだし、ストレスが溜まったのでは」とか

「食べ物を譲らないのは、それが、猿社会の文化なんだから」等と擁護する人も混じっているが、

ほとんどは、非人道的で、けしからん猿に対する非難轟々()

 

 

人の子らに臨むところは、また獣にも臨む。…皆、一つの呼吸に よれり。…人は、獣に まさるところなし。みな空なり」(『コへレトの ことば』)

 

いやいや、より劣るのかもよー?

それよか、せっかく、辛うじて「まさる」ところを やめれ、とワザワザ、生きるか死ぬかの「ヒリヒリ」するよな暗黒のディストピア、ヒャッホウ社会に戻すべきだー!と主張する愚物とか、くだらん「先祖返り」を煽ってコメント連投する、ネットのなかでしか大きく出れないバカは(←すでに指摘してきたように、私が『カルト連』と名付けている、あの連中の誰かですわ、こんなバカな投稿しまくるヒマなのは)

ドンパチやってる国の一兵卒にでも、さっさと志願して来いよw

まあ、ろくな体力もないヘナチョコ男じゃ、雇ってすら もらえんけど。口先だけ勇ましいのはね()

自衛隊に、この類のアホが入られたら困るんで。いや、もう入ってる者も実際には いるんだろうけどさ、増殖したら、ますます困るから。

 

 

ということで、

当シリーズ エントリー冒頭にて、インターネットに対する不審や不信を、いまだ解消できていないことを述べたけれども、

インターネットにおいては、常に、選択眼と主体性を根底から問われていることを大前提としなければ ならないことを念頭に、

問題は、この能力が乏しい者には、まさに危ない玩具で あり続けていること、

ましてや、悪意ある者にとっては、堂々と利用できる凶器で あり続けている。

 

従来の「パターナリズム」的な情報メディアでは限界が あることに気づかせ、幅広く、深く、情報に接することが可能となったのは、インターネットの最大の長所だ。少なくとも私個人にとっては、メール以外では、そういう点が、有用なところ。

ただし、他は、相変わらず、問題だらけのまま拡大していってる。

しかも、
いまや、従来の大手メディアまでが、ネット上で跋扈している、胡散臭い連中、魑魅魍魎の後追いをし始め、愚かな真似を するようになった。

 

現状、
政治でもメディア業でも、どういう層に支持してもらいたいのか、それによって、大きく左右されている。

とにかく当選したい、とにかく支持してもらいたい、とにかく儲けたい、
とにかく生き残らねば ならぬ。。。

 

理念も理想も そっちのけになるの、あたりまえだ。

これを多少なりとも解決に向けていくには、「層」の質を変化させていくしかない。

やっぱり、教育だ。

でも、その教育の なかみが問われている。

 

 

ま、そんなわけで、検索していたら、たまたま遭遇し、このところハマっていた動画の おかげで、子猿は まだしも、お猿さん全般、なんとなく、好きになれないでいた私だったのに、その印象を大きく変えることが できた。

そして、これまで接してきた他の動物たちと同じく、学ばせてもらうことが できた。

なまじっか、おえらいセンセイがたよりも、よっぽど、深いところを教えてくれる。

とても有意義な、精神的収穫だった。

 

生き残りの厳しさゆえに酷薄、
それと同時に持ち合わせている、人間以上の優しさ。大らかさ、繊細さ。

特に、猿という種類のものは、知られているとおり、最も、われわれヒト族に近いだけあってか、そういう社会のルール、マナー、家族や仲間との関係の ありかた、人間に おける恋愛や、親子・兄弟姉妹関係の原型というべきものを見い出せた。

 

 

Updated   
2019.01.06 (Sun)

この年末・年始に:なんてステキな お猿の世界wの続き。

 

ボス猿ともなれた雄は、群を抜いて大柄だけど、雌猿どうしのなかにも、それなりのランクとか階級的なものは あるらしい。

でも、それに直接の関係は なくて、「女王」格と見做されてる雌(たしかに、ひときわ、プライド高いし、気が強いw)でさえも、ひどく痩せて、お乳ペッチャンコだったりする。可愛い娘に与える乳も出ず、ひらきなおって、育児放棄状態になってしまってたり。

 

で、その娘は、他の子猿に授乳中の母親たちに向かって、「あたしにも、お乳を分けてほしいの」と、幼いながら、ある象徴的な口つきで訴える。

その「口つき」というのは、われわれ人間にも思い当たる風景が、猿たちの「グルーミング」という実用を兼ねたコミュニケーションだが、

それを するときの一連の動作に伴い必然的にやる、あの、もぐもぐとした口つき、それが、親愛表現や友好的態度の象徴となっており、猿たちにとって、あいさつ代わりにもなっているようなのだ。

 

その口つきでもって、「女王」格の猿の子は、よその母猿に対して、お乳を分けてもらえまいかと、みずから尋ねまわってたわけ。

でも、どうやらタブーなのね、猿の世界での「もらい乳」というのは。

 

なので、母猿たちは、かわいそうに思いながらも、それだけはダメなのよと、これも象徴的な しぐさをもって教え示すのだが、

なんとなく、この、ひもじい思いを訴える子猿に対しては、乳を分け与えること自体は拒否するものの、形式的に、いちおうダメなんだからねえ、という、どこか柔らかい示し方を する。

手を噛んだりしていても、実際には、それほど痛くも してないように見えたのだが、やはり、「女王」格の猿の娘であり、しかも、気の毒な状況にあるという慮りが あるようだった。

 

他の、言わば「平民」クラスの猿の子どもや、せっぱ詰まるほど餓えてもいないのに、単なるワガママの場合には、もっと厳しく、牙を剥いて拒絶していたから。

 

 

そういう、せっぱ詰まった猿たちの場合は、ときに、レスキュー関係の人たちが応急手当を施したあと、『アンコール トム』に戻さず、別の所、たとえば、公園型の動物園とでも言うか、一般の日本人にとっては、ちょっと想像できないかもしれないくらいの広大な、もとは森林のなかだったのであろう施設内で、健康回復さえ達したあとには、ほぼ自由に動き回れる状態にして、開放的に飼育しているということだった。

 

『アンコール トム』周辺で、生存にかかわる事態の猿(多くは子猿であるが)を連れ出せたなら、とりあえずの応急処置等を施してから、獣医など関係者らの判断の結果、上記のような場所に移された猿たちは、以後、食べ物の心配なく、安全が確保されていることを徐々に理解したとたん、人相ならぬ猿相までも、穏やかに変化するのね。テキメンだ。

 

そうして、仲間たちと、命を賭して争う必要もなくなり、子どもを見殺しにすることもなく、仲良く暮らしてる。

 

 

『アンコール トム』に住み着いてる猿たちも、餌の確保は、親子間ですら容赦なく、しかも、交通事故、その他、「猿も木から落ちる」そのまんまのアクシデントで大ケガするし、死とスレスレの様々なトラブルは日常茶飯事であり、過酷な生活では あるのだが、でもね、

そんななかでも、幼い者に対し、基本的には、皆で可愛がる対象と認識しているようで、

親に連れられて遊びに来た人間の幼児に対してさえも、熱心に あやしてやってるんだから、驚いた。

 

成獣の猿よりも、ずっと大きいんだよ、人間の幼児のほうが()

でも、抱きかかえて遊んでやろうとする。分かるんだね、これは人間だけど、まだ幼い子だってことが。

 

もっとも、人間の子ども側は、お猿さんが あやしてくれるのを、なんだか迷惑そうに厭がってたけど(苦笑)

 

まだ、木登りが じゅうぶんに できない子猿が、高い所に取り残されて、ギャン泣きしてると、少し年上の子猿が、必死に抱き上げて、降ろしてやったりするのね。

ふだんは、思いっきり、取っ組み合いを してるんだけど。

 

 

また、人間ならぬ猿の世界で、「乳離れ」が、あんなにも大変だというのが、最も驚いたこと。

あの ちっこい子猿が、もの凄い食欲と、もの凄い瞬発力と握力で、母猿に しがみつき、育児疲れの母親に、邪険に振りはらわれても振りはらわれても、磁石みたいに、母猿に飛びついて密着してる。

で、母猿も、根負けして、ヘトヘトになりながら、結局は受け入れてやったり。母系社会なのね。

 

私ら娘の離乳について、うちの母親が笑って指摘してた話。

もちろん、いちおうにせよ()ヒト族の親子ですが()

父親違いの姉の場合、やっぱり大泣きして激しく抵抗したそうなんだけど、母親が、誰かのアドバイスで、乳房に「へのへのモヘジ」の顔を描いておき、姉が吸いつくたびに、「痛いよ痛いよ」とやったら、しばらくは困惑の表情を していたが、ほどなくして、乳離れしてくれたという。

この姉は、幼稚園に入園するにも、大泣きして、母や先生を困らせたそうだが、1週間も過ぎると、嘘だったかのように、けろっと機嫌良く通園するようになったという。

さて私の場合。

味を占めて、例の「へのへのモヘジ」作戦を とった母親、大げさに「痛いよ痛いよ」も再び演じたが、そのときは、いちおう、口を離すものの、昼寝で添い寝しつつウトウトしている隙に、ふと見ると、

母親の着衣の前を はだけさせ、乳房を取り出して、勝手に吸いついてたそうな(苦笑)

そのうちに、「痛いよ痛いよ」を始めると、それならと言わんばかり、6ヵ月で歩き始めた足で、よちよちとタオルを取って来て差し出すようになったという()。「そのヘンな顔を拭いちゃえば?」と言いたかったのかなw私って、すべて お見通しだったのね、あかんぼのうちからww

 

 

ボスの父猿は基本的に、子育てのことは全て母猿まかせなんだけど、

目の前で、子猿どうしがケンカして、いつまでも激しく くんず ほぐれつしてるのを見ると、「やかましい!!静かに仲良くしろ!」と言わんばかりに押さえつけたりする。

自分は、他のグループのボスと死闘を繰り広げるくせにね()

 

じつは、このことに最も驚いたのだが、

猿の社会にも、どうやら「知能障碍」とか「発達障碍」といったものが あるのかなあと思ったのは、母親ベッタリ、まさに「マザコン」の、ある息子猿。

 

これが、大きな ずうたいになっても、いつまーでも乳を欲しがり、しつこ~く甘え泣きしてると、うんざりした表情ながらも、「とうちゃんの食べ残しでも食っとれ」とボス猿である父親が促したり、

自分の傍で、「かあしゃんが乳を くれない!!」と大泣きして訴えるマザコン息子が、またぞろ母親のほうへ走って行こうとすると、シッポを掴んで引き止めようとしたり、

しまいには、他の子猿とケンカしている息子を激しく怒ったひょうしに、母猿が心配して近寄って来たら、「だいたい、おまえの教育が悪い!!」と言わんばかり、母猿を引きずりまわしたりしてたw

 

やっぱり、どこか、従来の人間の世界との共通点が濃厚なんだなと感じた。ヒトと猿は、もともとの先祖が ほぼ同じという説に頷けますわ。

 

このマザコン息子、多くの閲覧者に顰蹙を買っていてwコメントで、「アブノーマル」とまで罵られてたww

 

なるほど、ここまで、母子の密着度が高いと、男の子の場合は、成獣になったら、よそのグループに入るなりして、さっさと出て行ってもらわんとマズイわな。

 

人間の場合でも、幼いうちは、男の子のほうが、女の子に比べて多少、甘えんぼ度が高いなとは思ってたけど。

 

とにかく、あのシツコさには驚いた。

とっくに乳離れしているはずなのに、他の同年齢の子猿たちよりも二回りくらい大きくて、と言うか、ぶくぶくに肥えてるのに、隙あらば、コソコソと、かあしゃんの胸に手を伸ばし、なおも、乳に ありつこうと、虎視眈々。

片目が潰れてる かあしゃんに、「おまえは、、、」と、キッと睨まれて拒絶されるたび、大げさに全身を激しく震わせ、のけぞり、おっぱいー!おっぱいー!!と大声で泣きわめくw

母猿は、なさけなさそうに、うなだれるww

 

ついには、他の母猿の乳房にまで吸いつきに行き、

「ん?ぎゃーっ!!なにやってんのよ、あんた!」

と、どつかれてた()

 

それで、いつも、自分より小さい子、それも、母親の乳を飲んでる最中の子猿を苛めに行くのよねw

無理やり引き離すは、引っ掻くは。

「おまえはイイよなあ、かあしゃんの乳が飲めてよぉ」

って言わんばかりww

 

そして、めげずに、またも母親に にじり寄っては、母親にも どつかれ、

当然、他の猿たちからも呆れられ、嫌われ、

特に、先述した、痩せて乳房ペッチャンコで、育児放棄を余儀なくされた「女王」格の猿からは、親子そろって軽蔑されてw

息子のほうが、何かの ひょうしに、たまたま、ちょっと触ってしまっただけで、「なんなの?!」と怒られて、オシッコちびってたよ、かわいそうに()

 

実際、母親のほうも、いいかげん疲れ果て、「どうして、うちの息子は、、、」と思い悩んでるのが、閲覧してる人間にも伝わってくるんだけどwやっぱり、完全には突き放しきれないでいるのね。

 

「バカな子ほど可愛いもんだ」って、人間の社会でも言うけどねえ()

 

「あんた、息子を甘やかし過ぎ!!」

マザコン息子が、根負けして受け入れた母親の おっぱいに むしゃぶりつき、

「えへへ」と、さもウットリしてるツラを見ていると、私も、だんだん腹が立ってきてさw

このように、腹たててる閲覧者のコメントがズラリ並んでるよww

しつけと教育に失敗した猿のダメ親子に、人間どもが怒り心頭の図www

 

 

そのせいか、次の子が生まれたなら、さすがのバカ息子も乳離れさせられるんじゃないかと、「ボス」である亭主と、下の子づくりに励み、今度は妹が生まれたんだけども、

案の定、乳を独占してる妹を、マザコンのアニキが嫉妬し、イジメまくる。

このマザコン息子は、コメントしてる人たちが言うように、知能や精神に問題が あるのではという見解に頷ける。

 

猿社会での基本的な生活の知恵とマナーを兼ねている「グルーミング」すら、他の猿なら、もっと幼いうちに、おとなたちを見習いながら、積極的に練習しながら身に付けるものを、この異様に甘えた息子は、いつまで経っても できないまま。

ちょっと、やってみようとするような そぶりは、たまに見せるが、結局できないようだ。

どうやったら いいのかさえ、わからないみたいに見える。

グルーミングは、自分が、やってもらうほう専門。

ひたすら、ただ食べるだけ。

食べ物の皮を剥くのは、上手に できるのに。

あとは、かあしゃんの周囲をウロついて、隙あらば、にじり寄っていくw

 

だけど、

観光客たちに対して物怖じせず、と言うよりも、なれなれしく寄って行って ねだったり、おどけたりするので、人気は なかなか高いみたいよ()
そんな彼を嫌っているオマエら、ねたんでるんだろwとコメントしてる人も いる。

「母親のオッパイに執念を燃やす息子w」


 「おっさん顔の女王に叱責されるダメ親子w」

 

 

【続く】

 

 

Updated   
2019.01.06 (Sun)

この年末・年始に:嫉妬とは、呪うことかなwの続き。

 

ところで、

個人的に、手軽に気分転換したいときなどは、いろんな動物が登場する動画を眺めたりすることが ある。
私は基本的には、動物たちが好きなのだが、これまで、猿については、あまり好きになれなかった。特に、日本猿は(苦笑)

 

しかし、

年末近くに、たまたま、『アンコール トム』に住み着いてる、おおぜいの猿たち(アカゲザルとかマカクとかいう種類なのかな)の生態を、それぞれの猿の生活ぶりに密着するように継続撮影したものを見かけて、ちょっとハマっていた。

こういう撮影のやりかたは、猿たちにとってストレスになっていると指摘し、批判するコメントも あったし、実際、見ていると、私にも、そのように思えるふしは少なからず あった。

けれど、同時に、興味深い場面や、ほほえましい場面も多々あったので、ついついハマってしまったのだが、関心を持たれた向きは、まずは『アンコール トム』の猿たちを、“youtube”で検索してみてね。

 

 

広い動物界のなかで、最も、人間に近いことを感じる猿が好きになれなかった、ということは、私は、人間が、あまり好きじゃないからなのかなってことになるかもしれないけど、たしかに、動物たちを見ていて、人間のほうが、よっぽど下品なんじゃなかろうかと思えたりすることが ある。

それも野性か、それに近い動物、特に、彼らが幼い子どものうちは、そこいらの人間の子どものほうが、よっぽど可愛げもなく、野性動物の幼児のほうが、周囲の ものごとを直感的に理解して、とても慎ましい感じさえ受けるのだ。

ただし、

あかんぼうや幼児でも、生き延びるための自己主張の強さには、驚かされるばかりか、思わず笑いだしてしまうほど、とことんストレートで激しい激しい。それが、このさき、生きていけるかどうかを試されるエネルギー量なのだ。やはり、野性動物として生きていくうえでの過酷さゆえ。

それでも、

『アンコール トム』の敷地に住み着いてる お猿さんたちは概ね、国内外から大挙してやって来る観光客たちから、フルーツなどを中心とした食べ物を、ふんだんに もらってるみたいなんだけどね。

 

野生動物は、ごく幼い子どものうちから、すでに、プライドの片鱗を示す面を備えているようだ。

そもそも、仲間内でも、油断なく見張り合っているし、子育て中の母猿は特に、のべつ周囲を警戒しながら、乳児を見守っているから、寝不足で疲れて眠いのは、人間の親と同じだ。猿どうしでも、そこは同情的なのか、子どもを虐待しそうだなと察するのだろうか、その一歩前で、なかばムリにでも、母親から子を引き離しにかかり、疲れている母猿を休ませてやる意味も あるように見受けた。

いわゆる「キッド ナップ」ということも多いようでは あるが、だから母猿は、しぶしぶながら託した仲間の猿に抱かれている自分の子を、ずっと眼で追い続けているし、安心できない相手と思えば、拒絶する。

だいたい、子猿のほうが、母親から離れるのを、ひどく嫌がるんだけど。

 

眠たいのは、基本的に皆が同じ。なので、「グルーミング(毛づくろい)」してもらってるあいだに、少し眠る。お互いに、そういう手続きを踏まえて、協力し合っているところが ある。

 

ましてや、人間に対して、警戒心を完全に失っているはずが ない。

病気やケガで、食欲を失ってるとか、よほどの事情がなければ、勿論、人間から、食べ物を受け取るのを拒むことは ないし、空腹のところへ、おり良く、人間が やってきたら、服の裾を掴んで、「ねえ、ちょうだいよ」と、ねだりもするものの、それでも、

「あっそう。どうしても くれたいのなら、受け取ってやるよ」みたいな態度と雰囲気だったりもするし、食べたくなければ、無視(苦笑)

そして、せっかく、極上のフルーツを楽しんだあとに、見るからにマズそうな木の根っこや草をバシバシ齧っている()

 

そもそもは、人間なんかに頼らずに、自分で食料を探し、調達して生きていけるはずなんだから、人間に媚びる必要なんか あるはずもない。

 

実際、親子のあいだですら、いったん、自分が手にした食べ物を渡さない。基本的には、それが、彼らの社会のルールであり、マナー文化でもあることが窺えた。

人間社会でも言う、「人の物を欲しがったり、取ったりしちゃダメ!」って ことだろう。

 

自分の子どもが、どうにも執拗に ねだって、あきらめないときは、じかに渡して与えるのでは なくて、足もとの地面に放り捨てるという かたちを とることで、譲り渡す。

他者が放棄したものであるなら、もらっていい、ということだね。

もちろん、敢えて横取りする者もいるのは、人間社会と同様。猿の世界は、特に、上下の力関係も大きいようだ。

 

うちの犬なんかは、自分の餌に、子どもが鼻先を突っ込んできて、そのままパクパク食べ始めても、「しょうがないわねえ~」と言わんばかりの表情で、温かく見守ってたけど()

日常的に、食べ物が確保されてるかどうかの安心度にもよるんだろうなあ。

 

離乳期が近くなり、歯が生えかけると、歯茎が痒いせいか、まだ幼くても、かたい物に喰いついたりするようになるが、母乳を飲んでいるうちは、人間さま用の牛乳などは(うちはイイカゲンで、犬用だ猫用だとまでは頓着しなかったw)、母犬のほうに飲ませていた。それが、母犬の体内を通って、子犬が飲むわけだから。

 

 

『アンコール トム』の お猿さんたちは、ほとんどが、何らかの身体障碍者だ。

 

足や手や鼻や下顎や、どこかしらが欠損していて、その不自由な からだで、雌たちは、いっしょうけんめい、子育てしているし、子猿たちの要求も、生まれ落ちた瞬間から、ハンパなく激しい。いつも、かあしゃんの乳を、貪欲に ねだっている。

見守ってくれる かあしゃんの頭は屋根、

かあしゃんの胸は あったかい布団。

移動するとき、安全で良い所へ運んでいってくれる かあしゃんの背中は、自動車の座席になる。

子猿たちは、かなり大きくなっても、かあしゃんの傍を離れたがらない。

 

 

「ボス」格のオス猿などは、自他のグループ間で、生き残りのための乱闘を繰り広げ、大ケガして、それがキッカケで死んだりもするんだけど、

『アンコール トム』に住んでいる猿たちの場合、ほとんどは、人間どもが乗り回すバイクや各種の自動車のせいだ。

 

すごいよ、あの傍若無人いや傍若無猿な騒音は。

低めに音量調節しなおしたイヤホンを通してすら、この聴障の私の耳を つんざく、という表現どおりの爆音。

子猿たちが甘え泣く、あるいは、子を見失ったり、亡くしたりした母猿が、哀しげに呟く「ホーホー(ポウポウ?)」という、はかない声とは大違い。

 

ふだん落ち着きはらってる風情のボス猿でも、「なんだよ、あの煩い音は」と言わんばかりに、頬を引きつらせ、他の猿たちも、ひっきりなしに、けたたましい音を撒き散らされるのにウンザリしてる感じ。

 

こっちから向こうの森へ移動するのに、車の流れが僅かに途絶えた隙を見計らい、あるいは、車のほうが遠慮してくれるのを期待するかのように、子ども抱えて、えっちらおっちら渡ってる。

発展途上に ありがちな国の、野放図な人間の往来。

なかには、『アンコール トム』周辺道路のみならず、敷地内の森のなかまで入り込んでるバイクや、果物売りの車も あって、カンボジア政府も、もう少し考えたら どうなのと思ってしまうくらいだ。

 

また、

猿たちは、『アンコール トム』の非常に広大な敷地のなかで、グループを作り、集団で暮らしているのだが、所属してる集団のなかでのルールやマナー、コミュニケーション時以外は、基本的には好きなように、気の向くままにやってるみたいだから、あの立派な、クメールの精華である壮大な遺跡が、猿たちの住まいになっていて、かなり荒れてる。

 

【旧ブログより】

アンコール ワット                     2010/08/22 20:03

褐色の肌して女神らは踊る

 

石の音楽、
肢体しなやかに踊る神々、
クメールの誇り、
南方アジアに咲いた大輪の花、
年古りて美しき大伽藍の姿した女神よ。

私が子どもの頃からの憧れやまぬ遺跡です。

 

なかには、技術力が及ばぬ国の修復箇所から早くも傷んできているという話だが、
わが日本が最先端の技術をもって、このような人類遺産の一大精華に関われるのは名誉なことと思う。

 

 

年古りて麗し肢体傷むるは

ナーガも かくや

ガジュマルの幹

 

胎内に

あまたの神ら

孕みいて

女神化身し

横たう伽藍--- 

 

**************
そして、観光客などの人間たちから もらう食べ物や、観光客たちが置き去りにした、人間用の飲食物の残骸を漁り、それも足りないと、

味が残るビニール袋を舐めたりしているうちに、歯で引きちぎって食べ始めた母猿も いた。

 

木の皮や根は勿論、生後いくらも経たないほどの 赤ちゃん猿でも、殆どは、早々に、母親の授乳に期待できなくなるから、地面の上を、小さな手で まさぐっては、なんでも かんでも、口に入れている。

 

そんななかでも、なぜか、常に肥満気味で、子に与える乳も不自由しない猿と、眼が見えなくなるほど栄養失調になる猿もいるのね。

【続く】

 

Updated   
2018.06.14 (Thu)

【続】ヒュー・グラント「初婚」のニュースwの続き。

 

それと、

以前に、

「結婚後も、シットせず、夫婦お互いの自由恋愛を認めるべき!」

と盛んにブチあげてた「ヤフゴミ」ユーザーに向けて、

(「カルト連」も、なんか似た主張してたよな。その反面、おババは、「不倫だめ。ゼッタイ」みたいなことも言ってたし。ま、ダブスタ「カルト連」は毎度のことで二枚舌。)

そんならば、
いっそのこと、
ケチくさい「婚姻制度」なんて廃止する運動したら どうなのよ?w

と言っておいたことが ある。

 

ケチなこと言わず、好きな男、好きな女は、みんなで共有しようぜぇ!!()

しちめんどくさい「不倫」なんてぇコトバと煩い騒ぎも一挙に なくせるよ?ww

いかが?

「一夫多妻」を認めたが良いという主張の皆さん。

それを言うのなら、

要は、甲斐性の問題だと言うなら、

「一妻多夫」でも良いよね?

古今東西、実際に、そういう事例も あるようだしね。

 

 

ま、安易に「一夫多妻」やらを奨励する前に、

女性の経済力を向上させる、
男女とも、すべての人々の甚だしい経済格差を改善する、
そういう社会的施策が喫緊だし、

男だろうが女だろうが、経済と精神の安定は重要です。

 

 

ああ、美男俳優と言えばですね、

ジェラール・フィリップ、最高emoji

 

私は、若い頃、あの「美男薄命」を地で行ったような名優ジェラール・フィリップが、もし存命ならば、うちの親父と同じくらいの年齢らしいと知って、ビックリしたことが あった。

性格も、紳士的で、とても真面目だったそうだし。

 

ジェラールの お子さんたちが いることは、少々調べてみて知ったばかりだが、どんな人たちなんだろ?と、ちょっとだけ興味が。。。おとうさんに似てるかな?あまり似てないのかな?

 

かなた、

「値千金」の月光の如くに優し麗し、君よ、
36歳の若さで、あっさりと世を去ったレジェンド、ジェラールさま。。。

 

こなた、

夏生まれのせいでもあるまいが、真夏の日差しの如く暑苦しく、ひたすらシツコい性格、齢90を とうに超えても、しぶとく生き抜いた親父よ。。。

 

うちの親父とジェラール・フィリップじゃあ、
これぞ、まさしく「月とスッポン」。

 

 

ヒュー・グラントについては、美男子という点で、「イギリスのジェラール・フィリップ」としても いいかもしれないが、性格の面では、かなーり、うちの親父に近い感じが。。。w

 

ただ、ジェラールの奥さんは、ジャーナリストだったそうで、

グラントも、結局、テレビ司会者のほうを配偶者に選んだというところは、どちらかと言えば、知的なタイプの女性が好みなのかなあ?という点で、ちょっと共通してるかも。

お・し・ま・い。