2019.07.15 (Mon)
『ユーチューブ』で、『アンコール トム』の敷地の森林にて、各グループに分かれて暮らしている、基本的に野生だが、人間との関わりも大きい
(観光客から食べ物を もらったり、周辺の商売人たちも、飲食物を与えたりするとともに、毎日、継続して、スマホで動画撮影している。また、押し寄せる人間たちが乗っている車やバイクに はねられて、もちろん、死んでしまったり、大きなケガを負い、身体障碍者になってしまったり。)
猿たちの社会を観察していたという話を、今年に入ってから、しばらくのあいだ、シリーズ的にエントリー アップしたけれど、
ここの猿たちは、主には『アカゲ猿』あるいは『ピッグ テール』と呼ばれる種類の猿たちの混合なのだが、
これらの猿は、からだの大きさは、人間と比べると、驚くほど小さいけれど、猿ならではの手指の器用さや顔の表情の豊かさなどは特に、人間と近いものが あるので、眺めているうちに、だんだん、人間っぽく見えてくる。
他の閲覧者のコメントを読むと、
「バカな猿はバカまる出しの顔を しているが、賢いのは、顔つきも賢そうで、人間に見えてくる」
と言うくらいだ。
さて、
最近、私が今までに見たなかで最も悲惨な光景が撮影されているのを見て、
子猿たちが、なぜ、あれほどまでに、母親に しがみつき、とっくに乳離れしていなければ ならない頃になっても、必死で母親に密着し続けようとするのか、幾つかの理由は察していたけれど(たとえば、眠っているときは特に、母親の胸に抱かれるようにしているときが、最も安心して眠れるかららしいとか)、
母親と離れてしまっているときは、とにかく、すぐ そばに居る同グループの仲間である、おとなの雌猿(たいがいは、何らかの繋がりで血縁関係が あったりする)の背中に隠れたり、足もとに蹲ったりして、ひどく怯える。その大きな原因が、はっきりと分かった。
よそのグループのオス猿に襲われる危険が あるからだ。
で、
その、最近 見た動画では、人間で言えば、おおよそ2、3歳になるかどうかというくらいの幼い女の子の猿が、自分の母親と離れていて、頻りに、母親を呼びまわっていたところ、突如、背後から、大きな猿が追いかけてきたのに気づいた。
子猿は、振り向いた瞬間、恐怖の表情を浮かべると同時に、小さな足で、脱兎のごとく逃げようとしたのだが、幼い子猿が、おとなの猿の本気のスピードに かなうはずもない。
あっという間に噛みつかれ、鋭い牙で、小さな おなかを切り裂かれてしまった。
この子猿の母親は、まだ若いほうなのだが、長男である最初の子を、ろくろく、せわも せず、ほとんどネグレクト状態だったというので、閲覧者たちのコメントにも、悪い母親だと責めるものが多いのだが、
今回、殺されてしまった子猿の場合は、いつになく、まめに めんどうを みてやっている ようすだったし、周囲の雌猿たちも、かなり、気にかけてやっていたのに、
ある程度、大きくなってきて、乳離れの時期を迎えたとたん、またぞろ、ほとんど放置状態にして、自分だけ気ままに ほっつき歩いていたようだ。
そこを、よそのグループから来たと言うか、追われて脱落したのかもしれないが、いつから、この子猿を狙っていたのだろうか、とうとう、オスの猿が、歯牙に かけてしまったわけだ。
猿の世界にも、われわれ人間に近い風習や社会的慣習のようなものは あり、グループ内の子猿が犠牲になったことへの悲しみと悼みのような態度が見受けられるのだけれど、
私が、えっ!?と驚くと同時に、呆れてしまったのは、
その子猿を亡くしたばかりの母猿は、なんと、
殺害した当のオス猿と、間もなくして交尾していたようなのだ。
いやはや、なんと まあ、、、
と絶句したものの
(この場面にさしかかったとたん、現地の動画撮影の人たちは、慌てて、方向を外していた。どういう意図なのか知らないが)、
考察するに、
恐らく、子どもを奪われた雌猿には、奪ったオスに対して、次の子を孕ませるよう要求する権利みたいな考えが、猿なりに あるのかもしれない。
人間の場合でも、昔の(現代でもか)田舎の村落などでは、子どもの出生数や住民数の増減は重大事でしょ。
猿たちのグループの規模は、彼らにとっても、特に重大な条件なのよね。
よく考えてみれば、
「嬰児殺しと同時に行われる強姦」。
人間も、その歴史を紐解いてみれば、
いや、遠い昔にまで遡らなくても、現代においてすら、いくらも起きていることだ。
宗教、異文化の衝突、戦争・内戦。。。
昨今の日本で問題化している、子どもへの虐待やDV。
なぜ、
このとき、母親が、子を守るどころか、積極的にさえ見えてしまうほど、男の言いなりになってしまうのか、
それ以上に、
暴力的な、凶暴なほどの男に魅かれ、服従してしまう女が、いつの時代にも一定数は いるらしいということの理由が潜んでいるかもしれない。
ほんと、
あの猿たちの社会を観察していると、われわれ人間の社会のルーツをも垣間見ることが できるし、
やっぱり、もとは同種なんだろうなあと、つくづく実感するよ。
だからこそ、
「猿の本能なんだから;」と、とりなすように言うコメント以上に、
不道徳で「けしからん!!
」と怒りまくるコメントも多いんだろうなw
2019.05.19 (Sun)
言うほど深刻な事態でもないそうだけれど、興味深いなと思って読んだ。おおむね、動物の話というものは おもしろい。
『神社の壁に無数の穴 忍び寄る”キツツキ”被害 各地で謎の行動、研究者が警鐘/兵庫・丹波篠山市』5/19(日) 8:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190519-00010000-tanba-l28
記事によれば、餌取りのためでは なさそうで、巣にしようとしたらしいと思しき形の穴だということだ。
うーん、
アカゲラさんたちにインタビューしてごらんよ、というわけには いかないので、やっぱり、あて推量にしかならないけど、
しろうと考えでは あるものの、たぶん、最初は、やっぱり、巣にできるかなと思って、ツツイテみたんだろうか。しかも、板と板の継ぎ目を狙ってるとは、それなりに、効率を考えてるんだなあ、アカゲラさんも(笑)
ところが、
巣にしたろうとツツイテみたらば、ほどなく素通しの穴になってしまうので、これじゃアカンわ、と、同じ壁面を、ちょっとずつ、ちょっとずつ、位置をズラシて、根気よく試してみることを繰り返した結果が、ああいうことになったんじゃないかなあ。
あるいは、
ただ今パートナー募集中とか、テリトリーの宣言活動ということで、通常の樹木をツツクよりは、薄板の、それも継ぎ目だと、なんたって お手軽!(通常の樹木だと、脳シェイクにならんのかな?と心配になるほどの勢いだもんねw)ってんで、
つついては穴が空いて素通しになるたび、音が鳴らなくなるわけだから、やっぱり、ちょっとずつ位置をズラシていき、ああなった、と。
ちなみに、アカゲラの出す音って、「ドラミング」と称されるほど、けっこう やかましい音だよね。
すごいのになると、機関銃みたいな録音を聴いたことが あるが(くだんの穴も、そんな感じの穴あきかねw)、だいたいは、腕っこきの大工さんが熱心に作業中、みたいな音よね(笑)
「ヤフゴミ捨て場」のなかに一つだけ見かけたが、アカゲラが穴あける、それも見越しての『覆屋』ということなら、なるほど、昔から騒がずにきたわけだ。
ところで、
さすがネトウヨ(=自民党・安倍シンパ&『日本会議』)の巣窟である「ヤフゴミ捨て場」だけあって、さっそく「神さまが~」なんて幼稚極まる、かつ、科学的精神皆無のコメント勢揃いだがw
こやつら、『天皇』『皇室』崇拝するわりにゃ、この鳥のことを詠んだ、最晩年の『昭和天皇』御製の和歌のことなんぞ、ついぞ知らんままだろうな。
無教養で思考停止なネトウヨ(=自民党・安倍シンパ&『日本会議』)どもに、教えてやるからwたまには、心静かに、鑑賞するが よいぞよww
まあ、当方自身、和歌でも何でも、どシロウトの域を出ない者だけど。
私みたいな無関心なほうの者でも、
おお、これは、、、と、『皇室』のかたがた、そして『昭和天皇』にしては、非常に珍しいほどの(まことに失礼ながら。。。苦笑)、高レベルであると感心した和歌だったので、いまだに憶えているのであるが。
あかげらの叩く音する あさまだき
音たえて
さびしうつりしならむ
…
ね?
この、にぎやかな、または、やかましいほどの連続音のあとに、パタッと訪れる静寂、その落差。。。
なんとなく、おさまりの悪さが残るところさえも、言い尽くせぬ余韻を漂わせていて、絶妙の作品である。
2019.05.11 (Sat)
『【続】おっぱいは、何のためにあるの?』の続き。
やっぱり、われらヒト族と、ルーツを共にしているとされるだけあって、猿の子どもの観察は、大いに参考になるよ(笑)
先日のエントリーで、仲間の年上オス猿の おチ○チ○を、おチチとカン違いして、執拗に咥えようと迫る子猿の姿に大笑いした動画を紹介したが、この子猿の癇癪も、そうとうなものだった(笑)
理由は、子猿たちの共通点、「乳離れ」を強制されるからだ。
それは、すなわち、母親の庇護と愛情が遠ざかることの怖れを伴う。
人間関係においても、あらゆる原点を なしているものと察せられるのである。
こちらは、親に捨てられたか、生後間もなくして、親から引き離され、人間のペットとして飼われていたのが、そこからも捨てられたといった何らかの事情があるらしい子猿。
彼は、母親の乳代わりに、何を咥えているか。
不安なとき、眠たくなったときの癖。
とにかく、母親の乳を得られないという時点で、直接的に命に かかわるわけだし、
ましてや、親と言えども、自分の得た食べ物を、
「欲しかったら、自分で探しなさい!」
とばかり、基本的には、わが子に対してさえも与えることを拒絶するのだから、空腹な子猿は、親や「キッド ナップ」された猿が、人間にもらった果物などを手にしてムシャムシャ食べている姿を、とても羨ましそうに見つめる。
最近、こんな動画がアップされていたのを見て、ビックリした。
いわゆる「キッドナップ」するオス猿も いるんだ。。。どうやら、父猿なのかな。
見ていて、だんだん腹が立ち、
「こら!!食べ物を分けてやらないんなら、せめて、父の乳くらい出さんかい!
」
と、先述の「キッド ナップ」したオス(父)猿を怒鳴りつけたくなったw
このオス(父)猿は、コメントなどを見たところ、どうやら、「フード スタンプ」として、子猿を連れ回しているのだろう、という。
「フード スタンプ」という意味は要するに、幼い小さい子猿を連れていると、人間たちから、フルーツなどの上等な食べ物を、自分だけのときよりも格段に多く もらいが増える、ということらしい。
人間にも、こんなやつ いるわな。子どもを利用する親。
なんで、こんな目に遭わな あかんねん。![]()
この、途方に暮れた子猿の眼よ。。。
大きなスイカやら蓮の実などを受け取り、その全部を、くだんのキッド ナップ親父が独り占めして、むしゃむしゃと喰ってしまう。
空腹な子猿は、少しでも分けてほしくて泣くのだけれど、いっさい無視されるので、思いきって、下から もぐり込むようにして、食べるのに夢中な親父の目を盗むようにしつつ、食べ物の端っこを ひとくち、もう一口と、ちょこっとずつ齧るのだが、それに気づかれるや、たちまち、噛みつかれるは叩かれるはで、こっ酷い目に遭わされるのだから、結局、ずっと空腹なまま。
そうしているうちに、その子猿は、死んでしまった。
ほんとうに無念そうな死に顔をして。
いったい、この子猿に、何の罪が あったのだろうか。
「業」だの「因縁」だのと、訳知り顔で言う者らに、再度 問う。
そもさん、何の所為ぞ。
この世で最初に「因縁」やら「カルマ」やらのカラクリを拵えたのは、誰だってんだよ、いったい。![]()
![]()
この子猿が会いたがっていた頼みの母猿も、一度や二度は、毛づくろいを理由に近寄って来て、うまく乳を含ませたり、連れ戻したりしたものの、最後は とうとう、助けに来てくれなかったようだ。
誰も助けてくれなかった。
ただ、人間どもが、カネ稼ぎのため、ユーチューブ ネタにしただけ。
くだんのオス猿だか父猿は、子猿の死後、しばらくのあいだ、多くの母猿が行うのと同様、なおも、死んだ子猿を連れ回して、時々、かいがいしい ようすで、死体の毛づくろいなどしてやっていたが(猿の世界では、子への愛と言う以上に、むしろ「儀式」的な手続き行為でもあるように見受けたが)、
やがて、そのへんに、死体を放置したあと、
またぞろ、小さな子猿を さらおうと、虎視眈々狙っているんじゃないか?と、閲覧者たちの疑いと怒りの声。
ところで、くだんのオス(父)猿から逃亡するチャンスが全く ないわけでもなかったのに、なぜか、子猿のほうから、しがみついて離れなかったりする場面が少なからず見られたので怪訝に思えたのだが、もちろん、オス(父)猿のほうも、逃げられてなるものか、と、すぐさま追いかけて つかまえてしまうのが常だ。
やはり人間の心理と似て、
「DV」といった情況のなかに置かれると、あたかもフリーズした如くなり、逃げ出せなくなるのと共通しているのかもしれない。
なによりも、おとなの猿に くっついておかないと、子猿は、小さな小さな自分の身を守ってくれる者が いないと感じ、非常な恐れを抱き、怯えるようだ。
だからこそ、母猿に突き飛ばされようが噛みつかれようが叩かれようが、断末魔の表情して、必死に しがみついていく。
人間社会の根源を窺わせる猿の社会は、徹底した上下関係の社会だ。
わが子だろうが何だろうが、利用できるものは、片っ端から利用する。
自分が生き延びるために。そういう者こそが、生き残る。
それが「摂理」であり、大自然界の法則であり、「自然淘汰」ってやつ。
ちっ、ほんとに、宇宙ごと一瞬にして潰れろや!!
と思うわ。。。
このような情景は、野性の(また、それに近い)世界では、猿に限らないのだろうか、
昔、かの森 鴎外が、奈良公園に訪れたとき、例によって「鹿せんべい」を与えたところ、子連れの鹿が独り占めして、自分だけ次々に食べてしまい、立腹した鴎外が、それではと、直に子に与えようとした煎餅までをも、親鹿がサッと奪ってしまうので、いたく憤慨したという話を読んだ記憶が ある。
しかし、常々、「自然淘汰」バンザイ!!を唱え、『ナチス』を信奉し、「ディストピア社会」を推進すべく、ネットじゅうを徘徊活動している、例の「カルト連」にとって、こうした野生の猿の社会などは、これこそ、人類が立ち戻るべき理想の社会なのだそうな(嗤)
2019.05.11 (Sat)
『おっぱいは、何のためにあるの?』の続き。
ついでに、
こんな記事を読んだのだが、
『子供のかんしゃく、放置はNG!ベストな対処法は?』5/4(土) 18:15配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190504-00017207-nallabout-life
「(癇癪を)放って置かれるとママが容認していると」
必ずしも そうとは限らないでしょうね。
むしろ、これじゃ効果がない、と、子ども自身で学習する場合も ありうるでしょうから。
コメント投稿者の大多数も誤解しているようだが、
たぶん、この記事自体が、ことば足らずだからなのかもしれない。
かつ、あくまで「普通の子」の場合の解説だろうね。
要は、「癇癪の放置」とは、終始にわたる放置が いけないのであり、その間も、その後も、フォローを怠っては いけないということなのだろう。
おぎゃーと泣いて訴える方法しか持ち合わせない あかんぼの場合は、それを放置していると、実際に、命にかかわる恐れも あるし、心理面や性格の面でも、のちのち、悪影響が伴うという、専門家の指摘も ある。
あかちゃんですら、生後何ヵ月か経つ頃には、自分の傍で、おとなたちが話している内容を、多少は理解できるようだと思うが、
その あかんぼう時代を過ぎて、みずから、かたことのコトバを話し始めても、なお、幼児は基本的に「ボキャ貧」である。人生経験も、これから積み上げていくのである。
だいたい、「椅子を倒す」等の力を発揮できる頃には、話すコトバの発達も目覚ましく伴ってくる年齢だ。
そこが、あかちゃんとは決定的な違い。
まあ「ふつうの」子どもなら、おとなが思う以上に、案外、りくつを理解するもんです。
「おとうさんと おかあさんは、好きだから、結婚したんでしょ?なのに、なんでケンカばかりするの?」
これ、子どもが主張する素朴なリクツの典型ね(笑)
ちなみに、大のオトナが、自分の子どもである新生児に噛みついてタイホされたとかいう、信じ難い事件が あったが、
ついつい、噛みついたり叩いたりという暴力行為に訴えてしまう場合は、知能障碍や「発達障碍」絡みのケースが多いようだし、この場合は、「シャワーのようにコトバを」かけようが何だろうが、完全にスルー、という子どもも いるんですよ。
いいオトナになっても「ボキャ貧」のままだったりもする。
いみじくも、実家の酒乱親父が、自分の女房をブン殴るときに、
「おれは、おまえみたいに、口が達者じゃないんだー!!」
と言いつつ殴ってたもんだw
たぶん、カクレ発達障碍だったんだろうww
娘の私だって、けっして、口は達者じゃないが、親父みたいに、暴力は振るわないよ。結局、人間性の問題だわねw
私は、母親に対する親父の暴力を静め、落ち着かせるため、親父の気持ちを的確に「代弁」して、本人からも、「そのとおりだ!」と、お墨付きを もらってたよw
それでも、暴力が止むわけじゃないんだ。
むしろ、
「だから!」というので、正当化できたかのように、かえって大いに暴れたりした。
幼い子どもの癇癪の気持ちを、あれかコレかと推し測って「代弁」するのは、結構だろう。なんせ、相手はボキャ貧なんだから。
ただ、「共感」だけではダメな場合も ある。
単に、そういう時期、ってことも あるし。「反抗期」とかね。
ま、いずれにせよ、養育者側の度量にも左右される。
子どもの側が、いっしょうけんめいに、理解を訴えても、自分の利害を計算して、スルーする親もいるよ、うちの親みたいに。
私自身は、癇癪とか、あまり起こさない子だったらしいが。
しかも、ことばを発するのも、とても遅かったらしい。
それは難聴のせいだったのだと、自分で気づく頃には、成人する前後になってしまっていた。
あれほど私を罵倒し続けた親からも、乳幼児期の私は、ほとんど いつも、こんこんと眠っていることが多く(超難産で、栄養ならびに酸欠で疲労困憊してたからさ!w)、
あまり泣かないし、時々、非常な高熱を出す(むやみと薄着で育てたせいかもね。母親は、それも自慢の一つにしていたがw)
以外は、いたって育てやすかったと言うのだから。
さて、
この記事に付いたコメント投稿者は、やはり、お子さんを お持ちの人が殆どのようだが、一つ、特に気になったのは、
私の目から見てもトンチンカンなと言うか、あまりにも狭量な思い込みとヘリクツが多い投稿ゆえ、それは、大多数からの顰蹙を買っても しかたなかろうし、
あの「カルト連」ソックリで、
投稿者本人の劣等感が激しく、ある面で、とても寂しがりやなのだろうか、それとも、単にヒマ人なのか知らないが、
とにかく、いわゆる「かまってちゃん」そのものであると、私も見受けたけれど、
それ以外の「子育て経験者」たちの多くも、なかなか狭量じゃないかと思ったのは、
意見が異なる相手に対して、口々に、
「子育てした経験が ない」
と決めつけてることだ。
そうかと思えば、先述した「かまってちゃん」を、子育て経験者と見做したコメントも している。
まあ、「ヤフゴミ溜め」に集うような人、ましてや、育児中の親を やってる「ヤフゴミん」だもの、私に言わせれば、基本的に、まともな信用に足る人々とは思い難いのが正直なところだがwそれは ともかく。
ここで言いたいのは、
記事の本文に挙げられている「癇癪を起こした子どもを抱きしめてやる」という対処行為が、逆効果になる場合も多々あるのでは ないか?ということ。
こう推察できるのは、子を産んだことも育てた経験も皆無な私自身、他人さんの子どもたちと身近に接した経験は あるし、
そのなかには、「発達障碍」の子どもたちも いたし、
何よりも私自身、自分が幼い頃に戻ったら、どんなふうに感じるだろうか?と想像してみたら、「抱きしめることが逆効果になる」場合も、容易に察せられるからだ。
ちょっと考えてみたら分かるはずと思う。
驚異的に敏捷な猿の子とは違ってwふつうにヒトの子なんだから、おとなの圧倒的な力に逆らえるはずもないのだ。そう考えたら、
おそらくは、当の子ども自身、自分でも、明確な理由が不明ながら、とにかく、キーッ!!となってしまうのを(あかんぼなら、昔から、「疳の虫だな」と言うやつ?)、すかさず、おとなに抱きしめられてしまったら、
「制圧」
としか感じられないだろうよw
案の定で、
「危険回避の為に子供の手と足の行動を制限するように抱きしめる」云々
と記事にも書いてあるがなw
まあ、とにもかくにも、第一には、子どもの安全確保して、それからということだね。
【続く】
2019.05.11 (Sat)
おっぱいは、何のためにあると思いますか?
ン十年前の ある日、私が高校生のときの授業中、女性教師が、このように問いかけた。
すると、クラスメートの幾人かが、
「パパのためぇ~」
と答えたので、教室内は爆笑、
当時、4、50歳代だった先生は絶句。
ややあって、先生、気を取り直し、
「あかちゃんのためでしょおー!?!」
と、必死に訴えておられたけれどw
わがクラスメートたちは、髪のカーラーをセットしたり、お化粧の手直し等しながら、どこ吹く風ww
そんなシーンを思い出した。
地元では富裕層や名士の家庭の お嬢たちが通う学校で通ってた、伝統ある女子高だったんだけどw
以前にアップした↑エントリーで、子猿に対する一般的なオス猿の態度なども再び取りあげたが、
いわゆるマカク猿の「キッドナップ」には、それなりに大きな意味が あるようで、
まず、母猿の母乳が出るか出ないかは、個体差も大きいようだが、殆どのケースで、よくは出にくいみたいで、その場合は特に、母猿にとって、常に しがみついてくる子猿が、生死を かけた猛烈な勢いで吸い続ける痛みも あるせいか、だいたい生後3週間前後も経てば、それを疎ましく思い始め、ましてや、猿ならではと言えそうな立派な歯が揃い始めたら、たちまち、子猿を邪険に扱ったり、虐待し始める。なので、
母猿が、授乳を苦痛に思い始めたと察するや、仲間どうしでグルーミング(毛づくろい+マッサージ)を施し合い、
歯も揃ったのに、いつまでも、乳に吸いついたり、母親の背中に しがみつく子猿には、いいかげんにしなさいと言わんばかりに、他の雌猿たちが、母と子を引き離しにかかったりもする。
なかには、変わった気性の雌猿も いて、自分の子だけでは飽き足らずか、と言うよりも、自分の子にも厳しく、早々に ほっぽり出し、他の雌の子どもを常に見張っていて、
特に乳離れが遅いとか、いつまでも甘えんぼな子猿とか、母猿が少しでも持て余していると見るや、
もちろん、子は泣き叫んで拒絶し、母親は抵抗しても、
「いーから、預かってあげるから!わたしに寄こしなさい!!」
と、嫌がる子猿を無理やり引っ張って行こうとするwそして勿論、ぶっ叩くw
多くの場合、未出産の雌猿が連れ去るようだが、
大概の猿どうしは、同じボス猿を父親にしていることが殆どなのか、母猿の姉妹や、そのまた母猿(子猿の祖母)等の血縁関係が ある身内どうしで、そろそろ乳離れすべき子猿を預かり、連れて行くものらしい。
子育てに疲弊し始めた母猿が、信用できる自分の長女などに、敢えて、幼い末子を託す現象も見受けられる。
私が、一連の動画を通して観察した『アンコール トム』の猿の場合、
第一に、基本的には、母親以外の乳は飲まないゆえだろうが、
本当のところ、子猿にしてみれば、乳さえ飲めるのであれば、必ずしも母親でなくても結構らしい(笑)
だから、何らかの理由で、母親がアテにできなくなったら、ほかの雌猿に、乳を ねだったりもするわけだが、
ごく若く、未出産の雌だと、そもそも、乳が出ないのだから、子猿を預かるのに、かえって、つごうが いいのかもしれない。そういう意味でか、
珍しくもオス猿や父親が、女房である雌猿から、自分の子を引き離して連れ歩くというケースが、稀のようでは あるが、起きるみたい。
ただ、子猿にとって大迷惑なのは、乳を飲むことが不可能な雌猿に連れてこられた場合と同様で、
単に母乳を飲むということだけが目的でなく、ある程度は、固形物を食べられるようになり、離乳済みであったとしても、なおも、
乳首を咥える、ということ自体に、安眠やメンタル面での深い意味、
ひいては(庇護される)優越の意識が あるようだ。
周囲からの「甘い!!」というプレッシャーを意識しつつ、娘を厳しく叱るフリする母猿w
大きな ずうたいして、妊娠中の母親に乳を ねだり続け、さも、せつなそうに泣く息子w
ぷーギャン!!じゃない!あっぽーぅ。人間どもが嗤ってるぞww
このように、大きくなっても甘やかされてと言うよりは、母猿が根負けしたあげく、いつまでも、おっぱいにしがみついている子猿もいるけれど、
それだけ、猿の子どもの要求は凄まじい。
けれど、下の子が生まれたら、さすがに乳離れし、弟妹の せわを心がける良い お姉ちゃんに成長したりもするのである。
ほとんどの場合は、まだ ずいぶん小さいうちから、母親に噛みつかれ、叩かれたりして、乳離れを厳しく促され、しかも、もともと、乳の出が不良となると、常に不足感に苛まれているから、じゅうぶんな母乳を得られないまま、乳離れを余儀なくされた子猿は、いつまでも母猿に しがみつきたがるのかもしれない。
その点、生後間もなくして、母親を失った子猿は哀れだ。
生後間もなくから噛みつかれ、母乳もロクロク飲ませてもらえないまま、さんざんに虐待されるケースも少なくないようだし、いずれにせよ、いつも空腹に耐えなければならないので、親と共に過ごしていても、哀しそうな眼をしている子猿は多い、けれど、
どんなに冷たい、虐待する母親でも、親が いる子猿とは、どこか決定的に違う眼を している。
母親を失った子猿の、独特の寂しさに満ちた眼。
いつも いつも、母親の乳首を探し求めて歩き回り、時おり、周囲の人間たちを怪訝そうに見上げては、「わたしの おかあさんは、どこ?」と言いたげな まなざしを向ける。
よく似た情況に置かれ、姿の雰囲気も似ているが、これは別の子猿。
人間から与えられた何を飲んでも食べても、それは、かつて、つかの間に味わった記憶の母親の乳首から得たものだと感じたいゆえにか、この子猿は、飲んだり食べたりしたあと すぐ、自分の指を咥え、母親の乳首の代わりとしている。
【続く】